Fortieth Fourth Melody―我が敵は……―


 連夜が今、桜花から指定された場所に向かっているところ……そこには大地が先に来ていた。


大地「さて、彼はどんな様子だい?」

瑞奈「眠っています。まだ麻酔が切れないのでしょう」

大地「ふむふむ。それは結構」

瑞奈「桜花の方はどうするんですか?」

大地「駒崎の判断に任せよう。指示は出してるしね」

瑞奈「分かりました」

大地「……あのさ……」

瑞奈「……はい?」

大地「力さえ手に入れば、これ以上付き合う必要はないんだが」

瑞奈「またその話ですか? 聞き飽きました」

大地「ふむ、やっぱりか」


 大地は色々とこの女性に仕事のようなことを頼んではいるが、内心快くはない。  元々、こうなったのも桜花に入学していて、大地がとある人に協力を頼み、この女性にまわってきただけ。  大地としては女性を巻き込みたくはなかった。


瑞奈「それに私はもう戻れませんから」

大地「……それは君の責任じゃないさ」

瑞奈「………………」


 真剣な時とそうじゃない時のギャップが激しい大地には、この女性もいつも戸惑ってしまう。  ヘタに容姿も整っているせいで、つい勘違いまでしてしまうらしい。


大地「さて、そろそろ配置についてもらうよ」

瑞奈「はい、わかりました」


 女性がその場から身を隠すようにいなくなり、大地は一人広い空地の真ん中に立ち  待ち人が来るのを刻一刻と待っていた。







 待つこと数十分、ようやく待ち人が現れた。


大地「来たね、漣くん。約束の時間より遅いんじゃない?」

連夜「どうも。着替えに部屋に寄ってたんでね」

大地「あぁそうか、練習ね。お疲れのところ、すまないね」

連夜「いいですよ。俺としても早く終わらせたいですし」


 連夜のは紛れのなく、本音だった。  自分で厄介ごとに入ったのは確かだが、そのことから若干脱線しているのもまた確かだった。


連夜「話、聞きましょうか?」

大地「そうだね。でも何から話せばいいかな?」

連夜「俺から聞きたいことはビャクを唆し、拉致同然にさらったことぐらいですけど」

大地「拉致とは酷いな。同意の上だよ?」

連夜「唆したことは確かでしょう。人の心の傷に付け込んで」

大地「ふむ。確かに弱い部分は狙った。でもね、白夜くんは私が言ったことに疑念を抱いたのも事実。 自分の中では否定しきれなかっただけだよ」

連夜「堂々巡りですね」

大地「そうだよ、常に表と裏が隣り合わせのように人の意見もプラスにとるかマイナスにとるかで 同じ内容も否定、肯定に変わるものだ」


 口撃では負けない自信がある連夜も、大地に対しては分が悪いと判断した。  なので、ここは素直に聞くことにした。  別に言い争いに来ているわけでもないのだ。


連夜「それで結局のところ、ビャクはなんのために?」

大地「君をこっちの舞台へ上げるためさ」

連夜「……どういう……」

大地「意味かって? 言葉通りさ。僕はどうしても君の力……漣家の魔の力が欲しかった。 そのための下準備にすぎない」

連夜「随分、長い年月下準備してきたこと」

大地「それはそうだよ。直球に君をさらったんだけど失敗しちゃったからね」

連夜「……やっぱりアンタか」

大地「まぁ上手く行くとも思っていなかったけどね」


 白夜や鈴夜との会話で出た連夜が何者かにさらわれたことがある事実。  朝里の仕業だと思っていたが、犯人は大地だった。  それは連夜が8歳のときの話。白夜の一件が中2の時だから6年もの歳月を経て実行したことになる。


大地「ちなみに言っておくと白夜くんは君や父親に劣等感を持っていた。 それを取り除くためもあったよ。こう見えて色んな選手に声かけてるんだ」

連夜「へぇ、そう」

大地「あんまり興味は持ってくれないんだね」

連夜「俺にとってはどんな理由にせよ、なんでね」

大地「ふむ、それはごもっともだね」

連夜「それで、この力をどうしたいんだ? 大体力を貸すって」

大地「まぁ君が僕に着いてきてくれるなら、それに越したことはないんだけど…… 無理なら血を分けてくれるだけでいいよ」

連夜「血を?」

大地「力を解放して、そして血をくれれば僕は満足なんだよ」

連夜「そんなんで良いのか?」

大地「一種のドーピングさ。僕は純粋にその力が欲しいだけなんだよ」

連夜「まぁ……それだけなら」

大地「そう、嬉しいな」


 屈折のない微笑みが逆に怪しく見える。  それほど大地は外見からは何考えているか分からなのである。


連夜「この力、過去に漣朔夜が起こした事件でキッカケになったのと同じなら、危険な力だ。 それで貴方は一体、何をしたいんだ?」


 だから連夜は一歩踏み込んでみた。  危険なものと教えてくれたのは大地なのだ。  その大地がわざわざ力を欲する理由、その目的が気になった。


大地「俺の目的ねぇ……」

連夜「――!」


 その瞬間、雰囲気が変わった。  いきなり溢れ出した圧倒的な威圧感に自然と震えだした。  動きたくても動けない……連夜は今、大地の存在感に飲み込まれていた。


大地「俺の目的はたった一つ、復讐さ」

連夜「復讐?」

大地「俺の姉、兄を奪った朝里に対する復讐」

連夜「あ、朝里!?」

大地「そう、俺はその為に生きてると言っても過言ではない」

連夜「どういうことだ? どうして朝里に貴方の兄弟が狙われるんだ?」

大地「それは俺の父親が朝里の関係者だから。そして朝里グループ乗っ取りがバレ、追放されたから」

連夜「……それじゃあ両親も?」

大地「いや、両親とも生きてる。直前に両親は離婚して、俺は父に引き取られた」

連夜「父親が生き残り、兄弟が……?」

大地「正直、姉も兄も死に関して疑ってなかった。でもある人が教えてくれた、裏で朝里が動いていたことを」

連夜「それで復讐を……」

大地「そう。俺は朝里を破綻させる……必ず」

連夜「………………」


 朝里は今、日本で最も規模の大きい会社と言ってもいい。  その朝里を破綻させるということは本当に命を懸けてやらなければならない。  その裏では刺客を雇い、もみ消してきた事実を知っているだけにその恐ろしさは連夜は安易に想像できた。  最も現実的に、どれほど大規模なことになるのかは想像の範囲外なのだろうが。


大地「今一度、聞こうか。俺に力を貸せ」


 連夜は返答に戸惑った。  目の前の男の雰囲気に素直に「はい」とは答えられなかった。  連夜の頭の中は今、恐怖でいっぱいになっていた……



・・・・*



 場面が変わって、桜花学院。あれから薪瀬は練習に戻った。  しかしいくら経っても連夜が戻ってくる気配はなく、薪瀬よりもっと事情を知らない  慎吾が疑問を口にした。


慎吾「なぁ、薪瀬。漣はどうした?」

司「さ、さぁ? さっき話し終えた後、部室の方へ行ったから道具取りに行ったのかと思ったけど」

慎吾「そのわりに遅すぎないか?」

滝口「きっと彼女さんとイイコトしてるんですよ」


ガンッ


滝口「………………」

大友「悪ぃ」

滝口「え? 君は何を考えてるのかな?」

大友「いや、今のはモーション入ってる途中でよそ見したお前が悪い」

真崎「大体、樋野だったら埼玉に帰省中だろ」

慎吾「だよな」

滝口「じゃあ新しい人と!」

慎吾「一応漣でもわきまえてるぞ」

大友「(一応って……)」

司「ちょっと見てくるわ」

慎吾「あぁ、頼むわ」


 連夜が去る前に最後に話したのは薪瀬だ。  そして内容が内容だっただけに、薪瀬は嫌な予感がしていた。


ガチャ


司「連夜、いるか?」


 部室のドアを開けるも人影はなくいつもの部室風景だった。  広くはないため、入口からでも十分中の確認は出来るが、痕跡でも探そうと入ってみる。


司「野球道具はともかく、バッグまであるな……ん?」


 8個ほどくっつけてテーブルみたいに使っている机の上に置いてある四つ折の紙を見つけた。  基本的にこの机には片付けていれば部活記録帳に使っているノートだけ上がっているため嫌でも目に付いた。


司「なんだこれ」


 ノート上に見てくださいと言わんばかりの紙を手に取り、開いてみる。


ちょっと厄介ごとに巻き込まれた。
野球部まで巻き込む気はないけど、いざって時は色々と迷惑かけるがそこんとこよろしく。
昔の事件を追ってるうちに戻れないところまで来ちまったようなんでね。
綾瀬だいちという一部は知ってる名前かな?
これから会う約束をしてる。別に話すだけだけど、なんか起こりそうな予感がするんでね。
大げさな話だけど、なんかやばそうなんで置き手紙なんて残させてもらう。
これを読んでも良く分からない第一発見者はとりあえず黙っててほしいな。

司、綾瀬、出来ればお前らじゃないことを祈るよ。

PS.間違っても来るようなマネだけはするなよ。まぁ来れたらだけど。

漣連夜



司「連夜……」


 事情を知らないやつが見れば意味不明な内容ではあるが、当事者とも言える司は何となくだが理解していた。  手紙にはこう書いてある『第一発見者は黙っててほしい』
 もちろん、誰かに言ったところでどうなる話しでもないのは確かだが少なくても綾瀬には言うべきではないだろうか?



司「………………」



   綾瀬に伝える           そのまま放置







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