Other Second Melody―目の前が崖と分かっていてそれでも前に進めますか?―


 時は1996年4月某日。千葉県にある桜花学院では入学式が行われていた。

教頭「であるからして…………」


 この高校の教頭が無駄に長い長い話が行われている最中だ。  校長は朝里コンツェルンの会長であり、多忙の身ということで教頭がほとんど校長の代わりを行っているようだ。

連夜「ふぁ……眠い……うざい……」

佐々木「もうちょっとシャキっとしろよ」


 桜花学院に入学した漣連夜と佐々木享介。佐々木は親戚に朝里の職員がいて、男子人数を増やすために。  そして連夜は……

連夜「なんで入学式に校長がいねぇんだ?」

佐々木「やっぱ大企業のトップだからな。忙しいんだと」

連夜「ふ〜ん……」

佐々木「自分から聞いといて反応薄いな」

連夜「別に驚くことでもないしな。興味もそんなないし」

佐々木「じゃあ何なら興味あんの?」

連夜「特にないが……これを機に朝里のこと知っときたい」

佐々木「本当かよ……まぁあの教頭も朝里と関係があるらしいけどな」

連夜「なに? どういうことだ?」

佐々木「急に食いついたな、どした?」


 連夜が桜花に入学した理由。それは朝里グループに近づくため、そしてそこからある情報を得るためだった。

連夜「いや……まぁ暇だしな。で、あの教頭なんなんだ?」

佐々木「あぁ。確かだが朝里の分家だったはずだな」

連夜「分家? 御柳か朝森ってことか?」

佐々木「そゆこと」

連夜「なるほどね……」


 連夜が調べたいこと。それは大きくわけて二つある。  一つは母親のこと。もう一つは弟のこと。どちらもまったく情報はない。  なのになぜ桜花に入り、朝里に近づこうとしたか?  まったくアテになりそうにはないが、母親が朝里と関係があるという情報をイトコ……ある兄弟に聞きその情報を元に桜花を選んだ。

連夜「(まったく、これがデタラメだったら3年間が無駄になるな)」


 中学では野球をやっていたが、昨年度より共学になったばかりの桜花に野球部があるわけもなかった。  だが野球に未練があるわけでもない。ただただ、記憶からいなくなった母親や家出紛いなことをし未だに連絡がない弟を探したいだけ。  父親はこの二つのことに関してまったく教えてくれず沈黙を守っている。それに納得できない連夜は調べることにしたわけだが……

連夜「ふぅ……」

佐々木「どうした?」

連夜「そういや、お前部活どうすんの?」

佐々木「まぁ適当に探すよ」

連夜「あっそう……」


 いくら親戚のためとはいえ佐々木もそれなりの野球部がある高校からオファーがあったりした。  それでも桜花に来た理由を本人に聞くと将来のこと考えると朝里への就職の近道でもあるし、という考え方らしい。

連夜「つーか……長ぇ……」

佐々木「ほんとにな」

連夜「もういい、寝る」

佐々木「………………」


 その後、新入生誓いの言葉を任せられていた連夜が中々登壇しなかったため、急遽別の人がやり進めた。  もちろん入学式後、怒られたことは言うまでもない。



 そして色々話が進み放課後。今日はもちろん授業はなく、後は部活動なのだが……

佐々木「スゲー……」

連夜「ふむ、熱心だな」


 各部活動がとにかく新入部員を入れようと勧誘しまくっていた。  数少ない男子も関係なく誘われており、その凄さに完全に1年は萎縮していた。

佐々木「まぁゆっくり各部まわるかな。漣は?」

連夜「帰る」

佐々木「あぁそう……そういや、漣って寮じゃないんだな」

連夜「んだよ。近くのアパート借りてる」

佐々木「くそ……良いな、プロの子は……」

連夜「そーでもねぇぞ。すでに引退した身だし、貯金少ないし」

佐々木「じゃあ何でアパート借りれてるんだよ」

連夜「…………さぁ?」

佐々木「おい」

連夜「親父曰くコネを使ったと言うが……そういや不思議だな」

佐々木「………………」

連夜「まぁ気にするな。んじゃーなー」

佐々木「お、おい漣――」


先輩「あ、君はどう? テニスに興味ない?」

先輩「バレーも楽しいよ!?」

佐々木「え!? あの……えっと」


 先輩たちに捕まった佐々木を尻目に連夜は高校を後にした。



連夜「……親父のやつ、言ってたな」


 帰宅途中、佐々木に言われたことを改めて考え、そして桜花に進学し一人暮らしをすると決めたとき父親が言っていた言葉を思い出した。  『お前が気になるなら俺は止めはしない。金が必要なら出してやる。だが、俺はお前が求める答えを教えはしないぞ』  これが何を意味するのか?

連夜「良く考えたら金の出所も気になるな。引退してかなりの年数になるのに……」


 桜花に進学すると言った時点で連夜の意図が気づいているとも取れる発言。  考えれば考えるほど意味が分からなくなってきた。

連夜「良いや、後で」


 基本的に面倒くさがりやである連夜。集中力は長くは続かなかった。

連夜「さて、スーパーにいって買い物でも……」


??「漣連夜、久々だな」

連夜「あん?」

 背後から急にフルネームで呼ばれ、ちょっと嫌悪そうに後ろを向く。  しかしそこには信じられない人物が立っていた。

連夜「ビャク!?」


 そこには探している弟がいた。その格好は中学生には見えないほど大人びていた。  更にジーンズにはチェーンを2・3個つけていて、それに合ったパーカー・スプリングコートのチョイス。  連夜的にこれをコーディネートした人はかなりのセンスを感じるみたいだ。

白夜「まさか桜花学院に進学してるとはな。あの人に聞いてて正解だったぜ」

連夜「お前、今までどこに!?」

白夜「さぁな。後、別に帰ってきたわけじゃない」

連夜「……どういうことだ?」

白夜「いや、野球部のない高校に進んだって聞いたからな。ちょっと文句に」

連夜「………………」

白夜「なぜ辞める?」

連夜「……俺にはセンスがないから、かな」


 連夜からすれば辞めた理由ではないが……本心ではあった。  全ては父の教育から興味を持った野球。それでもガキの頃、センスは白夜のほうが明らかに高かった。  そしてその父も白夜を熱心に指導し、連夜は相手にすらされなかった。野球を強要されることもなく……  昔はそれが嫌だった。でも今になれば父は自分のセンスのなさに呆れていた……そう思った。
 
白夜「ぐっ……どこまでふざけたヤツだ」

連夜「別にふざけてねーよ」


 それでも白夜は兄の本当のセンスに気づいていた。  いや、恐らく父もそうだろう。それでも連夜にはやはり野球を教えなかった。  白夜にはそれが不思議ではあったが、連夜の性格も重なりあまり大事にはならなかった。

白夜「……まぁいい。俺は家に帰る気はない、今のところはな」

連夜「お前こそふざけるな! 親父や光がどれだけ心配してると思ってんだ!?」

白夜「父さん……漣鈴夜ねぇ。アイツが犯した罪を知ってなお、お前はそう言えるのか?」

連夜「……なんだと……?」

白夜「あんたは知らなくてもいいことかもな」

連夜「お前……何を知っている?」

白夜「ただ真実を知っただけさ。だから俺は……」

連夜「もういい。何も言うな。全て俺に教えろ、そして後は任せろ」

白夜「何が任せろだ! 何からも逃げてきたお前が偉そうに言うな!」

連夜「………………」

白夜「俺はあんたすらも信用しない。俺を助け出したいという愚かな考えは捨てるんだな」

連夜「それでも……」

白夜「………………」

連夜「それでも、俺は諦めない。弟を救うのが兄である俺の役目だ」

白夜「――!」

連夜「お前、言ったな? 俺が何からも逃げてきたって」

白夜「それがどうした」

連夜「良いだろう。お前からもその真実とやらからも逃げやしない。全て受け止めてやる」

白夜「だから教えろって言うのか? ふざけて――」

連夜「あぁ、ふざけてるな。だから条件を言え。俺を認めてくれるような」

白夜「……良いのか?」

連夜「それぐらいじゃないと、納得しねぇだろ」

白夜「良し、じゃあ甲子園大会に出場しろ。それが条件だ」

連夜「……おいおい、何で野球なんだよ」


 白夜はガキの頃に気づいた連夜のセンスの高さを疎んだ時期もあった。  でも、同時に兄には負けたくない反骨心を生んだ。それは今になっても変わらない。  だから、白夜は兄の可能性に賭けた。

白夜「桜花には野球部がない。一から作り出場できればまさに奇跡だ」

連夜「……厳しい条件出すな……」

白夜「やめるか?」

連夜「いいよ、やる。お前がそれを望むならな」

白夜「まぁ無理だろうがな」

連夜「……ビャク、野球続けてるのか?」

白夜「当たり前だろ」

連夜「そっか、良かった」

白夜「――!」


 今までお互いに真剣な眼差しで話していたが、その瞬間連夜は微笑んだ。  その笑みが白夜の心に深く印象に残った。昔からそうだった、野球をやっていると兄は嬉しそうにする。  それは永遠の謎であった。

白夜「……せいぜい、頑張れよ」

連夜「あぁ、せいぜい頑張るよ」


 白夜はゆっくりと歩き出し、T字路に停車している迷惑な車に乗り込む。

連夜「あ〜あ……厄介なことになったな」


 頭を強く掻き、本当にめんどくさそうな顔をしつつ頭では家に帰ってからすることが真っ先に浮かんだ。  実家に連絡して野球道具を送ってもらわなきゃいけない……と。

連夜「でもビャクのため……か」


 なぜ連夜は弟が野球をやってると嬉しそうにするか?  それはやはり父の教育にあった。元プロの父は息子にも同じ野球をやってプロになってほしい。  そう思い、熱心に勧めた。そのかいあって二人の息子は野球をやり始めた。連夜もガキの頃は父みたいになりたいと頑張った。  だが父は全て弟に期待している……そう知って以来その考えもなくなったが、それでも心のどこかで残っている部分もあった。  だから弟に全て託した。例えそれが逃げの道だったとしても、自分は影で支えれればそれでいいと……


 そして翌日。

佐々木「は?」

連夜「野球部作るんだ。協力してくれ」

佐々木「……なんで急に?」

連夜「勿体無いだろ。全中で優勝してて、このまま辞めるのは」

佐々木「じゃあ何で桜花に来たねん」

連夜「えーい! 細かいことは言うな!」

佐々木「無茶苦茶すぎるだろ!」

連夜「一から野球部を作り、甲子園出場。凄くカッコイイだろ」

佐々木「無理だって」

連夜「うるせぇ! 四の五の言わずに付き合いやがれ!」

佐々木「……お前、それが人に頼む言葉か?」

連夜「お願いします。佐々木享介様のお力が必要なんです」

佐々木「………………」

連夜「享介、俺たちなら出来る。一緒に桜花旋風を巻き起こそうぜ」

佐々木「ふぅ……わーったよ」

連夜「よっしゃあ! 早速部員集めだ!」


 いきなり廊下にいた男子に手当たり次第話しかけていた。話しかけられた生徒はかなり困っている様子だ。

佐々木「……なんで急にねぇ……」


 呆れつつも援護に向かう佐々木。

男子生徒「い、いや俺運動できないから」

佐々木「お〜い、戸惑ってんじゃねーか」

連夜「む〜……あ、君は野球部に興味ないか?」

??「は? 何言ってんのお前?」

連夜「一緒に甲子園目指そうぜ!」


 ここから漣連夜の高校生活……甲子園への夢が始まったのである。



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