螺旋 最終話のエピソード
シャアアア……
「〜〜〜〜〜♪」
夜の11時頃、鼻歌混じりでシャワーを浴びる1人の女性。
先ほど仕事が終わったばかりの彼女、名はわからない。
ヨーロッパを中心に分単位のスケジュールで動き回っている。
そう、確か5年ほど前には日本で仕事をしていた。ある人物から「このキャラクターになってほしい」という依頼を受けたから。
その人物は、一言で形容するならば「神」であった。
けれど、あの時別れを告げてからは1度も顔をあわせてはいない。
向こうも向こうで大忙しだったらしいが、こっちはその比ではないと自負していた。
20分ほどすると、ホテルのバスルームからその女性が出てくる。
そして機械的に携帯のメールを確認してみると、見知らぬ宛先からメールが来ていた。
件名には「鳴海清隆」とあった。文章は、ただ一言。
―弟が、たった今息を引き取った。
と。
それは、日本時間でちょうど0時。その「弟」が21回目の誕生日を迎えた瞬間だった。
「歩ー、まだ生きてるかー?」
「……………」
答えは返ってこない。当然といえば当然だ。今、歩は深い眠りについている。
数々の機器から伸びる線みたいなのが歩を繋いでいる。その数は尋常じゃない。
まるで、操り人形のよう。こうして考えると、皮肉なものだとも思う。
操り人形として生まれ、最後を迎えようとしている今も操り人形のような体を見せている。
「……清隆さん、明日は………」
「ああ、歩の誕生日だな。」
「あの4人は来られそう?」
「浅月と亮子は日本にいるから難しくないが、アイズと理緒はわからんな。」
浅月くんは、半年前に「呪い」が降りかかった。1ヶ月間、苦しみに苦しんだそうだ。
ちょうどその場に居合わせた高町さんも巻き込まれてしまい、同じように苦しんだらしい。
けれど1ヵ月後、私たちが彼らを見にいった時だった……私たちは初めて「呪い」を目の当たりにした。
見た目はいつもと変わらない、だけど呪いを受けた「眼」は通常のそれではなかった。
深い、闇のような黒。どんなものも支配してしまうような、そう「死」でさえも支配してしまうような黒い瞳。
そこに、光は無かった。あの時「呪いには負けない」と言っていた時のあの「光」が。
―俺は今いるブレード・チルドレンの中で1番生まれが早い。
―呪いに勝ったブレード・チルドレンがいるってわかりゃ、お前も安心して死ねるだろ?
私は意識的か無意識的か、そんな事すら忘れた。けれど、気づいたら2人は「光」が戻っていた。
後から聞いた話だけど、あの時私は2人に歩み寄って優しく諭すように何かを囁いたらしい。
囁かれた2人も憶えていないらしいが、とても心地の良い声色だったそうだ。
物思いに耽っていた刹那、来るように連絡した浅月くんと高町さんが来た。
この時、21時58分。タイムリミットはあと2時間と2分。
「鳴海ッ!!」
「ちょっ、香介。静かにしなって!」
「なっ……なんで………」
「来たか、浅月。」
「おい清隆!なんでこんなに線だらけなんだコイツは?!」
来るなり大声を上げて清隆さんに向かってくる浅月くん。高町さんの制止をも振り切って清隆さんを問い詰める。
清隆さんは、冷静に、傍から見れば冷淡かもしれない。けれど、静かな口調でこう告げた。
「細胞がかなり弱ってる。呼吸器官、造血器官に消化器官。あらゆる器官が機能を著しく低下させている。」
「……って事は……?」
「そこにいること自体が奇跡と言ってもいい。正に火澄のお陰と言える。」
そんな事……と言いつつ続きが見つからないのか、口ごもってしまう。
4年前、歩の為に際どい臨床実験などの被験者となり、死後も解剖によって全身をDNA単位まで調べられた。
その甲斐あってか、歩の寿命と言われた18歳頃は元気にピアノを弾いていたものだった。
「浅月くん、高町さん。明日は歩の誕生日。恐らく、明日から3日以内に………」
「オイ……アイツはいつからあのまんまだ?」
「1週間ほど前。いよいよ聴覚が失われてな。五感のうち右半身の触覚を除いて全部失われたんだ。」
初めに無くなったのは左手の触覚、続いて左の視覚、左足の触覚、右の視覚に嗅覚、味覚と無くなっていった。
これだけなくなるのに要した期間は3年半。長いような、短い月日のうちに歩の体は石化したようだった。
「………オイ鳴海!」
「香介!静かに………」
「ちょっと黙ってろ!」
「……………」
制止しようとした高町さんを、今度は強い口調で遮る。その剣幕に、彼女も素直に引き下がった。
「いいか鳴海、俺は今21だ。普通なら呪いにかかって死んでておかしくない年だ。わかるな?」
「……………」
歩は応えない。応えたくても、言語機能がほぼ停止している今では、応える事ができない。
だけれど、浅月くんは続けた。
「俺は今こうしてお前の目の前にいる。呪いに勝ってここにいる!」
「鳴海。香介だけじゃない。私だって、呪いに打ち勝った。香介と2人でお前の目の前にこうして立っているんだ。」
「……………」
「ブレード・チルドレンにも呪いに勝ったやつはいるんだ!どうだ、これで気が済んだか!あとは死ぬなり何なり好きにしろ!」
そう言い放つと、彼は壁にもたれかかる。一息に言い放つだけで、かなりの体力を要したみたいに。
高町さんも、彼につづいてついていく。その時、不意にドアが開いた。
出てきたのは……アイズくんと、竹内さんだった。この時、22時12分。タイムリミットは、あと1時間38分。
「はへぇ、弟さんこんなに線だらけになっちゃった………」
「そろそろ、潮時なのだろうな。」
来る事は無いだろうと思っていた2人の登場に、清隆さんを除いた3人(私含む)はとても驚いていた。
竹内さんは、いつぞや背負っていたウサギのリュックをまた背負っている。身長は大した成長していないように思える。
どこかの国では、「爆裂ロリータ」と「荒れ野のブラウニー」がごっちゃになって「荒れ野の爆裂ロリータ」と呼ばれてるらしい。
アイズ君は、ピアノ業に専念してから各地で精力的に弾いて回っている。若い頃の清隆さんみたいだそうだ。
この2人……どうやら、清隆さんが巧いこと手を回して連れ戻してきたらしい。
ここに、あのおさげさんがいたら歩も喜んだんだろうけど………
「弟さんっ、私も呪いに勝てましたよ!同業のブレチルは、死んじゃいましたけど………」
「私はまだ来ていない。どうやら、カノンが上で手を回しているのかもしれない。」
「カノンくん、こーすけ君や亮子ちゃんを見たら喜ぶだろうねぇ。」
「フッ……そうだ鳴海弟。お前に伝言を預かっているぞ。生きてた時の火澄からな。」
すうっ、と深く深呼吸してからアイズ君は口を開く。
「『行けよ、お前の願うとこまで。』だそうだ。」
心なしか、歩が微笑んだようにも思えた。
その刹那、神が齎した最初で最後の奇跡が起こった。
―ア……レ……ル……………ヤ
弱弱しくも、ハッキリとした口調を、その場にいる全員が、耳にした。
その20分後、深夜0時0分。
鳴海歩は、マリオネットとして生まれ、神のクローンとして生き、最後は1人の青年として、20年の生涯を閉じた。
その場にいた者は、静かに、その後崩れるように涙を流し続けた。
今まで彼と交わしてきた会話の始終が蘇る。あの整った顔立ちや声が、今はもうない。
彼が「神」のクローンと知った時のショックや悲しみも、深い色合いでしかし鮮やかに蘇る。
「さよならの前に、1度握手を。」そう言って交わした握手の感触が右手に戻ってくる。
そう感じた刹那、彼女の頬から一筋の涙が零れた。その涙は、一筋の線を作り出し、床に染みていく。
まるで、作り出された運命が収束した事を告げるように。
―アレルヤ。
レイさんより頂いた、スパイラル〜推理の絆〜のエピソード話。
螺旋を知ってる方は非常に楽しめる作品だと思います。私は素で感動しました。
私は螺旋の最後……歩の最後がこうであって欲しいとこれを読んで思いました。
ちなみに『アレルヤ』とはラテン語で……まぁ簡単に喜悦や感動を表す言葉です。
螺旋を知らなきゃちょっと物語掴めないかもしれませんが、そういう方はいますぐ本屋へレッツゴーですね(ぇ
レイさん、ありがとうございました!
サス