>概要
今は(2018年7月19日現在)ブログで連載中です。
SSの世界観の話であり、違う話でもあります。
読まなくてもこの先、SS作品に問題はありませんが読んでおくとHEAVENがお得かもしれません。
まぁ、軽く書くので軽く付き合ってください。
輪廻転生ファンタジーです。
1話1話きっちりと書きません。

SSの世界の前世の話です。
平たく言えばなぜ漣朔夜は謎の力(悪魔の血)を持って生まれたのか。
それらの補完作品です。

完全にファンタジーな話ですが先ほども言った通り、軽い感じで読んでもらえると嬉しいです。



>注意事項
概要通り、SS世界観の前世の話です。
故に登場人物はみんな、SSで登場済み、もしくはこれから登場するキャラとなっております。

名前は基本的にカタカナです。
国柄とかで漢字表記になるキャラもいる……かもですが……分かりません(苦笑
しかし、SSの現世と名前が変わることはありません。

例えば連夜がレンとなるパターンはないです。
連夜が登場する……って言い方はややこしいですがその場合はレンヤとなります。

なぜそのような追記をしてるかというと序盤にサクという名前が出てきたので最初に漣朔夜の悪魔の血についての補完作品と銘打ったので誤解を与えたくなかったということで改めて言っておこうと思いまして。

そういう意味でもこれから蒼の十字架のキャラの名前であれ、聞いたことないぞってキャラがいたらSSでは名字が多かったり、まだ未登場ということになりますので蒼の十字架で名前があるキャラに関しては全て現世で存在する名前(キャラ)なので蒼の十字架のオリジナルキャラはいません。
(名前がなかったり、いわゆるモブ的なキャラは別ですが)

もうちょっと話が進んで登場人物も増えてきたら蒼の十字架での登場人物紹介も合間に何回か挟んでいこうと思っているので引き続き蒼の十字架も楽しんでもらえると嬉しいです。





>本編(現在、ブログでの1・1〜11、2・12〜15まで、3・16〜27まで)


・前書き。


許されざる罪。

どんなに輪廻して償っても償いきれない罪。

でも道を外れてると分かっていても、その選択が罪だったとしでも、後悔はしないと。

前世、現世、そして来世へと縛られ続けながらも罪に抗い、自分の信念を貫こうと……そして帰る場所を求めてさ迷い、色んな人の想いが交差する。

サザナミが立つ夜にひっそりと蒼色の十字架が現れた。

そこに張りつけられる罪を犯した人を待つかのように静かにでもしっかりと存在感を出して十字架はそこに立っていた。


・1


雲一つない真っ青な空に澄んだ自然に囲まれた街があった。
商人や住んでいる人たちの明るい声が町中に響き、人情味溢れる人々で町が活性化しているのが分かる。
その町を見下ろすように城が建っていた。
高く威厳を放っているその城にはこの国の王様を始め、王族が住んでいる。
全員が支持されているわけではなく、また出世に目が眩んで良からぬことを考えているものももちろんいる。
だが現国王は国民から支持を得ていた。
だから城のあるこの町に住んでいる人々は平穏に暮らしているのだ。

そんな中、城内を駆け回っている一人の青年がいた。
城ですれ違う人、全員に訪ねてはため息をついている。

「あのバカ、どこにもいねぇ……まさか……」

額に手を当て項垂れる。
覚悟を決めて自室に戻り、出かける服装に着替えて城を後にした。

その頃、町の方ではちょっとしたいざこざが起きていた。
ガラの悪い連中が商人に絡んでいたのだ。

「あぁ?それぐらいまけろや」

「そ、そういうわけにはいきませんので」

商人の声は震えていた。
周りの人も心配そうにしていたがビビって近づこうとしてなかった。
そんな中、一人の女性が声を上げて割って入った。

「ちょっと!」

ひときわ大きかった女性の声にそこにいた人の視線が集中した。

「そんだけ食べておいてお金払わないってどういうことよ?」

女性が指差した先には崩れそうに重なった皿が三列あった。
しかし、男の一人が女性に対峙して睨みつけた。

「なんだよ、姉ちゃん。文句あんのか?」

「大ありよ!いい大人がばっかじゃないの?」

「あぁ?威勢がいいのは結構だがちっと可愛いからっていい気になるなよ?」

「あら、あんたなんかに可愛いって言われても嬉しくないんだけど?」

目つきも口調も悪い男に対して全然怯まない女性。
だが絡まれていた店主や周りにいる野次馬は気が気でない心境だった。

「いい度胸だ。ちょっとあっちで話そうか?」

男が女性の腕を掴んだ瞬間、女性はすぐに男の腕を払った。

「お断り。さっさと払って消えなさい」

女性の屈しない態度についに男たちは切れた。

「このやろう!女だと思って手を出さないと思ったか!?」

女性の左頬を目掛けて男の拳が動く。
周りの人も女性も目を瞑った。
だがいつまでたっても痛みは襲って来なかった。
女性は恐る恐る目を開けた。
そこには左手で男の拳を防いだ青年がいた。

「女性に手をあげるのは感心しないな」

咄嗟の出来事にそこにいる全員が呆気にとられた。
しかし青年はそんな雰囲気に構わず言葉を続ける。

「これ以上、騒ぎを大きくするな」

鋭い目が男たちを捉える。
その威圧感に男たちも怯んだがプライドが許さないのか声を荒らげて青年を殴ろうとした。

「やれやれ、口だけじゃ伝わらないか」

その拳をさっと避けて青年はふっと息を吐いた。
そして青年が動いた。

「なっ!?」

素早い動きで殴ってきた男のみぞおちに一発入れる。
その速さにその場にいた全員が何が起こったか理解出来てなかった。
そしてそのまま青年は膝から崩れた男の後ろにいた仲間たちに向かって一歩で踏み込み、鮮やかに拳を入れて同じく倒した。

「これ以上、痛い目に遭いたくなかったらさっさと去れ」

青年の言葉に男たちはそれぞれ食らった箇所を抑えながら苦痛の顔でゆっくりとこの場から立ち去った。
最後の抵抗で青年を睨んではいたが青年は知ってか知らずか涼しい顔をしていた。

「あ、あの……」

そんな青年に女性は声をかけた。
青年は応えるように女性の方を向いた。

「勇気ある行動とは思うけど女性が無理しちゃダメじゃないかな」

女性がお礼の言葉を言おうとしたら青年が先に言葉を発した。
これには女性も目を丸くしたが頬を軽く膨らませて反論した。

「だって悪いことを見逃せって言うんですか?」

「自分を大事にしろと言ったんだ。周りには大人の男もいるだろう」

青年がそうは言ったものの周りにいた野次馬的男たちはみな、ばつ悪そうな表情をしていた。
女性はそれを視線で青年に訴える。

「……まぁ、いい。今度から気をつけたまえ」

「あ……ありがとう!」

青年は手を上げてひらひらと動かしながら女性のお礼に応えてその場から立ち去った。

その数分後、城から人を探しに町に来た青年が先ほどもめた場所に来た。
ただもう何事もなかったようにいつもの光景に戻っていた。

「絶対、町に来てると思ったが……」

青年はその後にアイツが来てたら騒ぎを起こすはず、と呟き足した。
いい加減、取っ捕まえないと上から何を言われるか分からないと軽く頭痛を覚えながら情報収集をすることにした。
そしてものの数分で青年は額に手を当てため息をついた。
探している人物の特徴をこの辺にいる商人や道行く人に片っ端から聞いていたら全員がこの場所で見たと言った。
しかも男数人とやり合ったとか一方的に殴っていたとか痛めつけていたとか……いらぬ尾びれがついてはいるがその探している青年的にあり得ない話ではない、むしろそれを恐れているからこそさっさと回収……いや、見つけなければならないと町に来たのたが……

「肝心の足取りが掴めないな」

この場所で騒ぎを起こしていたのは間違いないみたいだがその後の行動の情報は得られなかった。
とりあえず一息つこうと茶屋場に寄った。
外にある長椅子に座ってすぐ店の中から女性が出てきた。

「いらっしゃいませ」

「お茶と……なんかオススメありますか?」

青年は飲み物はお茶で良かったがせっかくだから何か食べ物もと思ったが別に食べたい物もなかったから女性の店員に聞いてみた。

「やっぱりお団子ですかね。甘いのは大丈夫ですか?」

「あ、はい」

「では砂糖醤油の餡で焼いたみたらしが美味しいですよ」

「じゃあ、それでお願いします」

考えてみれば青年は町の茶屋場で一休みするのはあまりないため、今更ながら新鮮な気分になっていた。
それから程なくしてお茶と皿に四つ団子が刺さった串が二本乗って出てきた。
青年はお茶を一口飲み、団子を食べた。

「おっ!?」

確かに素直に美味しかった。
二本の串団子とお茶をあっという間に食べ終えた。

「どうでした?」

お茶のおかわりを持って女性が聞いてきた。

「えぇ、美味しかったです」

「それは良かったです」

お茶をもらって一口飲んだところで女性の一言で自分がなぜここに来たのかを思い出した。

「えっと、あまり見ない方ですが旅人さん……ではないですよね?」

確かに格好は外出用だが旅をするには軽装だった。

「自分は城に仕える者です。ある男を探してましてこの辺で目撃情報を得たんですが知りませんか?」

そう言って青年は探している人物の特徴を女性に伝えた。

「あ、その人なら多分、私を助けてくれた方だと思います」

「は?」

青年は目を丸くした。
騒ぎを起こすならともかく人助けだと?
聞き間違えか人違いだろうと思ったがこの辺で目撃情報が多かっただけに無視は出来ない。
慎重に話を進めることにした。

「えっと……その男の特徴を覚えてる範囲でいいので自分が言った以外で言えますか?」

「そうですね、強かったです」

「強かった?」

「輩に絡まれてたんですが殴ってきた拳を片手で抑えて、すぐに数人の男たちを膝つかせました」

まぁ、そうだろうなっと心の中で大きなため息をついた。
もう間違いないだろうから行き先を知らないか訪ねようとした時だった。

「あ!」

女性が声をあげた。

「何か?」

嫌な予感が一瞬でよぎったが聞かないわけにはいかないのでバレないようにしながら恐る恐る質問した。

「その守られた時に見えたんですが左腕に蒼色の腕輪をしてました」

もう疑いようがない確信を得てしまった青年は額を抑えて、とりあえず改めて行き先を知らないか聞くことにした。

「そいつ、どこに行ったか分かりませんか?」

「あー……あっちに歩いていったことしか分かりません」

女性が指差した方向は正直、青年には何があるか分からなかった。
基本的に青年は今、追っている人物のお目付け役であんまり城から出ない。
まぁ、その割にはこんなことは日常茶飯事のため、そんな役目のくせに町の土地勘は無駄に知ることになったのだが……

「あっちに何かありますか?」

「物資交換所と町の出口になりますね」

「確か検問ってありましたっけ?」

「はい。簡単な手続きですけどね。名前と職業と年齢を記載すれば誰でも通れます」

だとすれば町を出た可能性は低いか……
そう思いつつ、偽名とか誤魔化して出ることをする可能性が高いやつのため、これからどうしたものかと行き詰まってしまった。

「まず、ありがとうございました。これ、お金です。足りますか?」

「あ、お釣り持ってきますね」

「いえ、いりません」

「えっ?」

「情報料と知人が迷惑をかけた分と思って頂ければいいです」

「い、いえ、そんなわけには……!?」

女性が慌てるのを気にせず、青年は立ち上がり、店を後にしようとした。

「あ!」

二、三歩足を動かした後に立ち止まり、振り向いて女性に一言。

「お団子、美味しかったです。また来ますね」

青年は笑みを見せて足早に追っている人物が行ったと言われる方へ向かった。
女性はあまりに多くもらってしまったお金を手に少しの間、呆然としていた。


・2


時は同じく、場所は城の訓練場のような所があり、活発な声が響いていた。
城や町はもちろん、王族や人々、つまりは国を守るために戦う者たちがいる。
そしてその役目を果たすために日々、鍛練を行っていた。

「たぁっ!」

剣を降り下ろし、それを受けた側が体勢を崩した。

「もらった!」

一本決まったかのように思えたが体勢を崩した側がその一本を決めに来たところを狙って素早く反応し、返り討ちにした。

「甘いな。決めるときこそ、気を抜くな。大振りになってたぞ」

「す、すみません、ナオナリさん……」

「だが力はついてきたな。鍛練は怠ってないことは分かった」

「ありがとうございます!」

「よし、次!」

ナオナリと呼ばれた男性は他の人をどんどん相手をしていく。
刻が過ぎていく中、ナオナリは一太刀も浴びずに訓練を終えた。

「ふぅ」

「相変わらずストイックやね」

「ハヤトか」

声をかけてきたハヤトと呼ばれた人物が飲み物が入った容器を投げてきたのでナオナリは受け取った。

「そんな一生懸命やってどうすんの?」

「お前、兵士の役目を放棄する発言だな」

「やるときやればいいじゃん」

「お前は強いが一人で強くても意味がない。それに強いやつが多ければお前も楽になるぞ?」

「だから訓練手伝えってか?面倒は御免蒙るね」

「全く……」

ナオナリはハヤトが言っても聞かないやつだと分かっていたのか呆れる言葉を発しながらも気にはしてない様子だった。

「で、なんの用よ?」

「用がなきゃ話しかけちゃダメなのか?」

「面倒だと言ってるお前が用もないのに訓練場に来るわけないだろ」

ハヤトは読まれたことにやれやれといったポーズをとった。

「王子様がまたいなくなったってよ」

ハヤトの言葉に入っている、また、もどうかと思うがその王子を守る立場のナオナリは……

「サクさんが探しに行ってるんだろ?」

全然、心配していなかった。
お前が探しに行かないのかという感じたがどうやらこれが通常らしい。

「まぁ、もちろんそうなんだが……」

しかし、ここがいつもと違った。
確かにハヤトは王子がいなくなったことを毎回、ナオナリに言いには来ない。
ナオナリが言った通り、サクと呼ばれた人物がいつも捕まえて帰ってくるからだ。
そう考えたらハヤトがナオナリに用があるのは別件だと考えつく。
ただ、わざわざ王子のことを言ったってことは少なからず、関係はあることともとれる。
流石にナオナリも話を聞かなきゃいけないことを察した。

「なんかあったのか?」

「王子の見合い相手の話は聞いてるか?」

「あぁ、隣国の?」

「そ。三日後に来るんだと」

「決まったのか?」

ナオナリは意外そうな顔をしていた。
王子はお見合いに関しては相手の容姿や家系など見たり聞いたりする前から断っていた。
そのため、実際に相手が会いに来ることは今まで一度もなかった。

「んで、本題」

「あぁ」

「なんかそのお見合い相手の国さんが別の国と臨戦態勢なんだと」

「物騒な話だな。つまり、うちと繋がり持って戦力増加を目論見か」

「ま、そういうことなんだろうな」

「それで?」

「当然、護衛はつけるらしいんだが今、国にいる兵士の数を減らしたくないらしい」

「だろうな」

「そこで、だ」

「断る」

いきなりのナオナリの拒否にハヤトも一瞬呆然としてしまった。
しかし、すぐに反論してきた。

「ちょ、ちょっと待て!俺はまだ何も言ってないだろ!」

慌てるハヤトに対してナオナリは冷静に見解をぶつけてみることにした。

「向こうにもメリットがあるとはいえ、見合い話を隣国各地に頼んでいるのはこっちだ。なんせ自由奔放王子を縛れるんだからな」

ここまで言われる未だ詳細不明な王子はどんなやつなのかは後ほど分かるが一つ言えるのは好感は持たれているが信頼は一切されていない人物と言える。

「んで、うちの王子のお見合い相手だ。詳細は知らんがその隣国での地位はまぁ、高いんだろう」

「た、多分な……」

「向こうは最低限の護衛しかつけないってことはこっちの領土に入ったらこっちから護衛の兵士をまわしてくれって頼まれたんじゃないのか?」

「うっ……」

すっかりハヤトは言葉に詰まってしまっていた。
ナオナリは気にせずというか完全に自分のペースになったと確信し、結論を述べた。

「当然、何かあったらうちの責任問題だ。だから腕のたつやつを指名するだろうな」

「そうなんだよ。それがお前……」

「なわけがない」

ハヤトの言葉をあっさり遮り、否定した。

「俺の役職、知ってて言ってるよな?」

「………………」

ハヤトは言葉に詰まってしまった。
それはそうだ。
何とかその場を収めようとしたのにすっかりナオナリのペースになっているのだから面白くはない。

「俺は兵士の教育係兼守護隊長だ。一応な」

謙遜のつもりの一応だがその地位は兵士の中ではトップクラスだ。
それだけの実力と統率力、そして部下たちの信頼は厚い。

「そんな俺がいくら隣国の王子の見合い相手だからって城を出払っての護衛命令なんて出ないだろ」

「いやー、それがやっぱりうちで頼りになるのはお前だろ?王も腕の立つ者に任せたいって言ってるし」

「だからお前が頼まれたんだろ?」

「……え?」

核心をつかれてハヤトはもうどうすることも出来なかった。

「働きはしないが実力は上も認めてる。更には移動しながらの護衛だ。守備に徹する俺より動きが早く対応力に優れたお前向きの仕事だな」

褒められて悪い気はしないがそうじゃないんだよ。
ハヤトは一刻も早く、ナオナリを説得しなければならなかった。
理由は簡単。
そんな面倒な命令なんて聞けるわけがない。
ハヤトは根っからの面倒臭がりなのだ。

「ま、頑張れ。俺に擦り付けようとしても無駄だぞ?俺はこの後、別件があるからな」

「なっ!?」

「流石のお前も俺以外には頼めないよな?代わりがしくじれば任せたいお前の責任問題だからな」

ニヤニヤと勝ち誇った顔をしているナオナリに無性に苛立ちを覚えた。

「どうやら上もこれを見越しての俺への別の命令だったのかもな」

「ちなみになんだよ、その命令って?」

「言うわけねーだろ。代われって言うんだろ?」

ナオナリ的にも隣国のお見合い相手の護衛は出来ればやりたくはなかった。
日頃の行いの良さがここで明暗を分けたようだ。

「お前が真面目にやればそう事が起きることもないだろうし、大丈夫だろ」

完全に他人事発言のナオナリは刀を鞘に戻してハヤトからもらった飲み物を投げ返して先に訓練場から出ていった。
作戦失敗に終わったハヤトは深いため息をついてその場に座り込んだとさ。


・3


太陽が沈み始めて王子を探しに町へと来ていた青年ことサクは一通りどころか何十週も町を回ったが見つける……否、捕まえることが出来ないでいた。
まぁ、サクにとってみれば見つけたら捕まえたようなもんなのだが。
しかし、いつもならその日に捕まえられる。
つまり夕暮れには城に連れ戻せていたのだ。
それはこのいつもの脱走が王子による退屈しのぎの暇潰しで満足したらサクに捕まってやってるのか、それともただ単に本当にサクが見つけ出しているのか?
その辺の真意は分からないが少なくても今の時間まで捕まえられないとなると流石にサクも真の意味での嫌な予感もしてくる。
これだったら町でガラの悪い男どもをボコボコにしていたっていう最初の証言が現実の方が幾分どころかかなりマシになる。
その場合、王子ということは分からないのだから。
ただ今、他の国同士が揉めていたり、ましてやお見合いの話も進んでいる今、ここで王子の身に何かあったとなればこちらも非常事態だ。
そうなればその隙をつかれて一気に国を落とされる可能性だって十分にある。
日が沈まれたら、正直言って探し出すのは困難だ。
昼の明るい状態でこうなんだから。
なりふりかまってられないと判断……というかもはや決意をしたサクは城に戻って話の分かるやつに応援を頼むことにした。

「サクさんがってよっぽどですね」

「今回ばかりはちょっとな……」

「まぁ、今の状況が状況ですからね。でも自分が言いたいことはそっちじゃないです」

「あん?」

「王子関係は何があってもサクさんが自分で何とかする!というプライドを持ってるようですから」

「いや、そんな気持ちは全くないぞ?」

「あれ?そうですか?」

「俺以外であんなやつの面倒見れる人なんていないだろ」

ため息をつくサクに頼まれている男性はこの人もなかなか素直じゃないなと心の中で苦笑した。
周りに気配りはしっかり出来るし、上司として尊敬もしているがサクももっと自分の気持ちというのを大事にした方がいいと男性は思っていた。
サクは良くも悪くも何だかんだ言いながら忠実、これに限る。

「えっと、手伝うのはもちろん構わないんですが時間も時間ですし、何かあったらということを考えるなら自分よりナオナリやハヤトの方がいいんじゃないですか?」

「ユウジの言ってることは最もだし、実は俺も最初はナオナリに頼みに行こうと思ったんだ」

サクもユウジも城に仕える者であり、厳密に言えば兵士ではない。
普通の人よりは戦えるし、心得もあるが万が一やユウジの言う何かあったらの場合に対応出来るかというと当然、話は違ってくる。
そういう意味で実力もあるナオナリが適役だとサクもユウジも考えたわけだ。

「ただナオナリ、なんか命令を受けたらしくて城に今、いない」

「え、そうなんですか?じゃあ、ハヤトは……ってハヤトは護衛か」

「そう。まぁ、ハヤトに頼んだところで動いてくれるとも思えんが」

ユウジは今度は顔に出して苦笑した。

「そういや、ハヤトに護衛に行かせるためにナオナリに別の命令を出して国に留まらせる的な感じの話をしてましたね」

「なるほど。ハヤトならナオナリに押しつけそうだしな」

数時間前、その通りのやり取りがあったことは二人はもちろん知らない。
しかし、想像がつく辺りハヤトはいつもこういうことをしているのだろう。

「それで情報は?」

「町で茶屋場の看板娘らしき人を助けたっていうのは聞いた」

「……人違いじゃないですか?」

「残念ながら信憑性は高い」

「えっと……じゃあ……今回は……捕まらない……わけですね……」

凄い言葉を選びながら話しているが全く浮かばないのか詰まりっぱなしだ。
そこから若干の沈黙の時間が流れた。
サクは完全に手詰まりなのか話す気配がなく、自分から提案するしかないような雰囲気をユウジは察して必死に頭を働かせた。

「とりあえず、無闇に町に探しに行くのは効率悪いとは思いますが城にいても仕方ないのも確かですね」

当たり障りのない提案しか浮かばなかったがまぁ、現状はこれしかない。
なんせ情報が少なすぎる上に自由奔放王子は常識が通用しないのだから。
サクは今日、何回ついたか分からない大きなため息をついて歩き始めた。
その後を苦笑しながらユウジは着いて行った。

町では昼にやっていた店を閉じているところも多々あるが逆に夜にしかやらない店もあり、中には昼も夜も開いている店もある。
同じことをやっている店もあれば昼と夜で別のことをする店もあるなどこの町は夜も変わらず賑わいを見せている。

「久々に来たけど相変わらずの町ね」

綺麗な和装に身を包んだ女性が町に入っての第一声がこれだった。
夜だというのに明るさで言えば昼に負けていない。
この町の人たちはいつ寝てるのだろうか、などと初めて来た人は疑問に思うこともあるらしい。
現にこの女性もそう思った一人だ。

「さーてと、さっさと用件済ませないと楽しめないわね」

しかし、今ではすっかりこの町の夜の雰囲気にはまったらしく、満喫するつもりらしい。
グッと両腕を上に伸ばして城の方を見る。
そして行こうと一歩足を踏み出した瞬間、後方から何かが飛んできた。
気配は僅かながら察知していたため瞬時に避け、周りを警戒した。
最初から警戒はしていたが態度に出すと相手は仕掛けて来ない。
夜に奇襲的に攻撃してきた時点で正体はバレたくないのだろう。
そんなのが毎回のように現れたらしんどいから警戒して取り逃がしたり、自分から逃げてたらキリがないからこのような方法を取っているのだが何回もやっている辺り、意味がないことにそろそろ女性も気づいたらいいのだとは思うが元々、好戦的でもあるため仕方がないのだろう。
むしろ、わざと仕掛けてる気すらしてくる。

「……?」

警戒をしてきてから気配が一気に変わった。
簡単に言うと殺ってくる気配がしない。
視線だけで周囲に気を向ける。
相当の手練れなのか?
それともすでにこの場を去ったのか?
いや、それはない。
女性の勘と感覚がそう告げている。
久々に味わう余裕のない感じ。
危機感と共に少し高揚もしてきた。
その高ぶる気持ちを抑えて小刀を取り出し、逆手に持って構える。
緊張感がその場を支配する中、女性がふっと僅かに息を吐いたその時だった。
五つの刃物がほぼ同時に飛んできた。

「くっ……!」

二つを小刀で弾き、後は横に跳んで避けた。
片膝をつきながらも体勢を崩さず刃物が飛んできた方をしっかりと向く。

「やるな」

「あら、身を隠すのは終わりかしら?」

「こういうのは本来、性分ではないのでね」

暗闇から男が足音を出さずに女性の前に現れた。
実際に対峙すればより分かる。
この男は自分より実力は上だということ。
そして明らかに今までの仕掛けは試されていたのは発言からも明白だ。

「女狐のリノ。流石の動きだな。悪くはない」

「その呼ばれ方は非公式よ?」

「二つ名なんてそんなもんだろ」

「で、あなたは?」

「カゲミ」

「あなたが?」

カゲミと名乗った男はこの近隣の国に住んでいる者ならほとんど聞いたことがあるだろう。
しかし、姿を見たものはいない。
いや、実際には見た時は最期、生きてはいない。

「死神のカゲミ。誰の依頼で私を?」

「殺し屋が依頼人を言うと思うか?」

「あら?死ぬ相手になら言うのかと思ったのだけど?誰に依頼されたのか気になるし」

「なるほど。後の活動に検討しておこう」

牽制しあいながら互いに笑みを浮かべる女狐と死神の異名を持つ二人。

「それで教えてくれるのかしら?」

「残念ながら無理だな」

「あら、それは残念ね。理由は?」

「依頼人がいないからな。女狐のリノがどの程度のウデなのか、試した。それだけだ」

死神はそう告げるとあっさり女狐に背を向ける。

「また会うだろう。その時は手加減しない。まぁ、出来る相手でもないようだしな」

死神はそのまま闇へと消えていった。
気配が完全になくなったと感じた瞬間、リノからは冷や汗が出てきた。
今、戦っていたら間違いなく死んでいた。
噂は所詮、噂。
対峙したからこそ真に分かる恐怖をリノは感じた。

「ふぅ。町で遊べる気分じゃなくなったし、仕事はしっかりやりましょうか」

気を取り直して服装を正してリノは城の方に向かって歩き出した。

サクとユウジは夜の町に来ていた。
昼とは違う賑わいに基本、真面目体質な二人は全く慣れはしない。

「王子が好きな雰囲気ですけどね」

ユウジは苦笑しながら呟く。

「マジで騒ぎが起きた方が見つけやすいんだがな……」

サクの冗談のような言葉にユウジは返そうと思ったが顔が強張っており、目も据わっていたためやめておいた。
多分、本気で言ってる気がしたからだ。
確かに騒ぎが起きた方が分かりやすいがそれはそれで対応に困る。
サクの精神状態も心配の域に達してきてるため、さてどうしようかとユウジが考えようとした時だった。

「なっ!?」

大きな爆発音が聞こえてきた。
すぐに音のした方を見るともう火の手が上がっていた。

「ユウジ!」

「はい!」

サクはすぐにユウジに声をかけて二人は現場へと直行した。
現場方向から逃げてくる人々の波に逆らいながらやっとの思いで現場付近までたどり着いた。
出来ればここに来る前に少しでも情報が欲しかったが全員、パニックになっていて逃げるのに必死で声をかけても誰も立ち止まるどころか振り向きもしなかった。

「ここは……?」

「物流記録所ですね」

簡単に言えばこの町の外から入荷、輸入した物を記録して保管している場所。
城下町ということもあり、町に出入りする人は簡単な検問しかないが物に関しては中には王族に差し出す物もあるから売り物などの質や入手経緯は明確にしていた。
ここを壊したところで記録が消えるだけだが……

「そんな怪しいのが輸入された?」

記録が消えて得するのはそれぐらいだ。

「いや、そんなもんがあれば昼のうちに分かるはずだろ。ユウジ、お前の方がその辺は詳しいだろ」

「えぇ。つまり……」

「ここを狙ったわけではないってことだろう」

サクとユウジが状況判断をしていると燃え上がる物流記録所の隣の建物から声が聞こえてきた。

「ま、そういうこった」

低い声だったがハッキリと二人には聞こえた。
視線を向けると男が嫌な笑みを浮かべて立っているのが暗闇ながら火のおかげで見えた。
影がまた一段と男の嫌らしさを際立てていた。

「お前は?と聞くだけ無駄か?」

「答えても構わんが俺が誰かより、何でこんなことをしたか?が問題じゃないのかい?」

最もだがそれを自分で言うだけあるのか相当、自信があるらしい。
しかし、これだけの町の騒ぎに城にいる兵士は何をしているんだ?
そんな風に疑問を持ったサクが城の方を見る。

「無駄だぜ。俺の一団が城を攻めてるからな」

「一団?」

こちらの火の音が強くて分からなかったが見てみると城の方から確かに銃声や戦闘音が聞こえ、あっちも火が上がっているようだ。

「じゃあ改めて聞こう。なんのつもりだ?」

「雇われ、言われた通りにした。まぁ、それだけだな」

「雇われた?」

あまり聞きなれない言葉にサクは聞き返した。
しかし、ユウジはピンと来たのか男に問い訪ねた。

「お前、猟兵か?」

「ご名答。この辺じゃあまり聞かないらしいがよく分かったな」

「猟兵って金で動く戦闘集団だっけか?」

「はい。戦闘力に関してはこの辺の国家じゃ勝てないでしょうね」

「ま、全ては金のためよ。お前らには恨みはないが依頼人の望みだ。消えてもらうぜ」

「金のためならこっちが提示以上出せば依頼は変えられるのか?」

サクの突拍子のない提案にユウジは呆気にとられたが猟兵の男も一瞬、目を開いたがすぐに額を手で抑えて声高らかに笑いだした。

「面白いな。そんなことを言われたのは初めてで面白いが……答えは無理だ。金で動くっていうと軽く聞こえるだろうがこの世で一番重いのは命、そして信用出来るのは金だ。これでも猟兵は信頼されてこそ仕事が成り立つんでね。そうじゃなきゃ金がもらえない。金がなきゃ戦力は維持出来ないし、当然生きてはいけない。一番重い命を賭けて俺らは仕事をしている」

中々に自分たち本位の考え方だが言ってることは間違ってはいない。
少し言い方を変えると国だってそんな事情だってあると言える。
それを分かっているからサクもユウジも猟兵の男の言葉に反論することが出来なかった。

「理解しろとは言わねぇよ。どっちみちこの国の重要人は殺れって言われてるしな」

男は銃口が長い銃を背中から取り、構える。
どうする?
と考えようとするがこの状況下で思いつくわけがなく、殺られる恐怖感しかなかった。

「だったらあなたがここにいるのはおかしな話じゃない?」

「おっと?」

サクたちには見えなかったが何かが猟兵の男に飛んでいったらしく、構えていた銃を降ろし、それを身軽に避けた。

「血閃のトシヒロ、お久しぶり」

「女狐か」

「リノ!?」

「サクさん、ユウジさん、ご無沙汰」

ニッコリと笑って挨拶したのは先ほど死神と対峙していた女狐のリノ。
もちろん、この町に来ていたのだから駆けつけたわけだがリノにとっても猟兵にとってもお互いにここで会うのは予想外だった。

「参ったね。女狐がいるなんて聞いてないが?」

「それはこちらのセリフだけど?最近、動きがないと思ってはいたけれどね」

猟兵と普通に話すリノに二人は戸惑う。

「リノ、この男を知ってるのか?」

「まぁ、その道に関わる者なら猟兵の存在はサクさんたち以上には身近よ。ただこの男の猟兵団は特別。それにこの男はその中でも幹部で実力、知名度に関しては郡を抜いてるわ」

そう言われてる男は頭を掻いていた。
やれやれと言った感じなのかとりあえず面倒くさそうなのは見てとれる。

「知名度に関してはお前が言うかぁ?女狐ぇ」

「血閃よりは低いわよ」

サクは猟兵をよく知らないのはあるが目の前の男が危ないやつなのは分かる。
しかし、それと同時にそんなやつと対等に話すリノが凄いと今の状況ながら感心もしてしまった。

「それでなんでこの男がここにいるとおかしいんだ?」

ただ呆気にとられてても仕方がない。
サクはリノに情報を求めた。

「血閃は自分の団、部下を持ってる。それが向こうで戦ってるようだけど今、この男はこう言ったわ。この国の重要人は殺すと」

リノの言葉にユウジが声をあげた。

「そうか!時間帯などを考えてもそれが目的なら城を襲う!」

「そう。だけど指揮をとるべきあなたがなぜこんなところにいるのかしら?」

「やれやれ……だからお前の相手は苦手なんだ」

男がため息をついた瞬間、リノは気配を察した。
そして咄嗟にサクを突き飛ばし、ユウジの前に立って銃弾を弾く。

「ヒュー!さっすがリノ!よく反応したね!」

「紅戦姫!?」

「アハハ!カナミでいいのにー。私とリノの仲じゃない?」

ヒョイと血閃がいる建物の屋根に飛び乗る。
この女の登場にリノが驚いていたが血閃も呆れた様子で女に話しかけた。

「お前がこっちに来たら誰があっちの指揮をとるんだよ……」

「だいじょぶ、だいじょぶ。危なくなったら退いていいよって言ったから。今日は別にぶっ壊しに姫たわけじゃないじゃん」

「まぁ、そうだけどな……」

「それにさ、戦えない重要人を殺すよりリノをここで殺っちゃった方が後々、楽だし評価されるんじゃないかな?」

「言ってることは最もだが相手は女狐だぞ?」

「トシヒロと二人なら楽勝っしょ!」

猟兵二人が明らかに聞こえるように話しているがリノは今のうちに逃げるようにユウジに促していた。
しかし、流石にユウジもリノがいかに腕が立つと言えど置いて逃げるわけにもいかない。
もちろん、いたところで足手まといにしかならないのだが……
ちなみに先ほど紅戦姫の奇襲を避ける際に吹っ飛ばされたサクは打ち所が悪かったのか立ち上がれないでいた。

「私も守りながらあの二人と戦う余裕は残念ながらないわ」

「しかし……」

ユウジが渋っていると猟兵側の意見がまとまったらしく、リノの方に戦意を向けてきた。

「ま、トシヒロは援護でいいよー。リノとはガチでやりたいし」

「ガチでやりたいのに援護を頼むのかしら?」

「えー?そりゃ頼みたくはないけどさー。トシヒロがここでリノと殺り合う条件が確実に殺ることだって言うからさ。確実にって言われたらリノ相手に一人じゃ約束は出来ないし」

チッと舌打ちをしたのはリノだ。
紅戦姫一人なら勝てなくても粘れる。
時間を稼げば一応は鍛えられているこの国の兵士たちが駆けつけるだろう。
城の方にいる猟兵たちは今、指揮をとるリーダーがいないのだから。
だが血閃が援護とはいえ戦いに入るなら話は別過ぎる。
戦況は悪い。
勝算はハッキリ言ってない……というかこの状況で死ぬ以外に思いつかない。
だけど……

「ユウジさん。サクさんを起こして城に行って」

「なに?」

「少しでも兵士を呼んで。それぐらいの時間なら稼げる。恐らく、猟兵の……いや、この二人の狙いは他にある」

「だ、だがそれまでの時間をリノは……!?」

「私は女狐のリノ。騙すのが仕事よ」

ユウジを見て華麗にウィンクを見せる。
そう、ここで逃げたりするぐらいなら血閃を見かけた時にこの町を去った。
いや、血閃を見たからこそ、サクとユウジを助けに飛び出した。
別に異名にこだわりなんかないがせっかくつけられた名だ。
どうせなら恥じない自分を貫く。

「いっくよー、リノ!」

「はぁっ!」

女狐と紅戦姫の戦いが始まった。
こうなってしまってはユウジには手助けしようがない。
だからせめて言われた通りにするしかない。

「サクさん!」

ユウジはすぐにサクに駆け寄る。
しかし、それを見逃す血閃ではなかった。

「おいおい、女狐の狙いぐらい気づけよ。女狐がそこまでするってことはあいつら、結構、重要ってことじゃねーの?」

血閃が銃を構える。
その狙いは倒れているサクだ。

「くっ!?」

「おやおやー?気をとられてー、私のー……スピードについてこれるわけぇ!?」

血閃の言葉はハッキリとリノに届いていた。
もちろん聞こえるように言ったわけだが。
意識が僅かにサクに向けられた瞬間を紅戦姫に狙われて小刀を弾かれる。

「戦えないやつ二人に女性一人。そんな相手に一流の猟兵が二人がかりは卑怯だろ」

鈍い金属音が響いた。

「ほえ?どしたの?」

紅戦姫が血閃の方を見ると長い銃口が真っ二つになっており、血閃はすぐにその銃を投げ捨てた。

「好き勝手やってくれた礼だ。それに二対二なら公平だろ」

「ナオナリ!」

ユウジが名前を呼んだのはこの国一番の実力者のナオナリだった。
ユウジに対して軽く笑みを見せたがすぐに得物である長刀を構えて血閃を睨みつける。
銃を投げ捨てた血閃はお手上げのポーズをして紅戦姫に合図を出した。
紅戦姫は明らかに不満そうな顔をしたが血閃の側まで一回で跳んだ。

「これからが楽しくなるところじゃん!」

紅戦姫は不満そうな顔というか完全に不満を口にしていた。

「得物、これしか持ってきてねーんだ。お前一人で女狐とアイツの相手は無理だろ」

血閃の言葉に紅戦姫はため息をついた。

「仕方ないなー。今日のところはこれまでだね。また殺ろうね、リノ!」

「今日はまだまだ序の口もいいところだ。これから始まる激動の波についてこれるかな?」

そう言い残し、血閃と紅戦姫は去った。
いつもなら後を追って少しでも情報を得ようとするリノもここは町の状況などを考慮して深追いはやめておくことにした。
猟兵が去って少ししてからようやく兵士たちも現場に駆けつけてナオナリの指示で沈静化を行った。
そしてユウジとリノ、指示を一通り出し終えてからナオナリも加わって倒れているサクを囲んで各々の現状報告と情報共有をすることにした。

「とりあえずリノ、本当に助かった」

ユウジはまず、助けに入ってくれたリノに感謝を述べた。

「しかし無理をし過ぎだ。血閃と紅戦姫の二人相手に一人で戦うなんて冷静なお前じゃ考えられないんだがな」

言葉は厳しいことを言いつつナオナリの目は明らかに笑っていた。
というか意地悪くからかいモードだ。
女狐のリノが苦手な相手がそれはこのナオナリなのだ。
戦いにおいてという意味ではなく、ただ単に話せる相手としてリノはナオナリに口では勝てない。
その理由は簡単に言えばナオナリはリノの秘めたる想いを知っているから。
ナオナリは人の心を読むのにも長けているようで上の立場、例えば王族などの関係性を除いてナオナリに対抗できる相手は片手で数えられたらいい方だ。

「だ、大体、こんな時にナオナリさんがいない方が問題じゃない!私がいなかったらユウジさんもサクさんも死んでたわよ!?」

「おー、確かにそりゃ大変だな」

ニヤニヤとするナオナリにリノはもういいと言わんばかりに顔を背ける。
ユウジはいつもリノがナオナリに対してだけこういう感情が揺れるのは疑問に思っているのだがナオナリ相手にしている人はほとんどそんな感じになるため、リノも例外ではないのかなっていう自己完結に落ち着いている。

「んで、なんでサクさんは倒れてるんだ?」

ナオナリは一応冷静に聞いた。
見たところ猟兵にやられたわけじゃなさそうだし、ユウジもリノもそこまで心配してる様子もないからなのだが。

「あぁ、それはリノが吹っ飛ばしたから」

ユウジがあっさりと教える。
ただリノは慌ててフォローする。

「し、仕方なかったんだって!あの状況で紅戦姫の乱発から二人守るのは厳しかったから近かったサクさんを離してユウジさんの方を自分で守ったの」

「つまりサクさんよりユウジをとったと」

「違う!なんでそうなるのよ!?」

ナオナリは誰が相手でも話の主導権を握るんだなとユウジは感心していた。
今更になるがリノが女狐と呼ばれているのはその戦闘力もだが巧妙な手口や話術で人を騙し、情報を得たり、撹乱させてその事態を自分の都合のいいように自在に変える上手さを持っているからだ。
次第にリノの存在は知られるようになり、女狐と呼ばれるようになった。
ユウジはリノとそのように呼ばれる前から知っている仲で性格も分かっているからこそ別に女狐という異名にいい意味でも違和感はないのだが、だからこそナオナリ相手にからかわれてる方が違和感があった。

「それより話を進めたいんだけどリノとナオナリの今日の行動を教えてくれないか?簡単に言えばなぜリノがここにいてナオナリが今までいなかったのかを」

ユウジが質問をすると最初に口を開いたのはリノからだった。

「私はある人からの依頼での調べごと。後はついでにサクさんに情報を伝えに来たの」

「サクさんに、ねぇ……どっちがついでかな?」

ナオナリの茶化しにリノは無視を決め込んだ。

「調べてることは?」

「それは依頼主の希望でまだ伝えられないけど関係あるからいずれ話すわ」

「じゃあサクさんへの情報は?」

ナオナリは顔はニヤついているが話は進めようとはしているらしい。
それがまたリノにとっては癪にさわるのだが……

「まぁ、サクさんにというかこの国のため、だと思うんだけど……」

ちょっと言葉を濁して言いづらそうにする。
ユウジとナオナリは顔を見合わし、不思議そうにする。

「王子を見たわ」

「何ぃっ!?」

リノが一段と小さな声で言った発言にいの一番に反応したのは倒れていたサクだった。
もちろん、三人全員が驚いて身体を少し震わせた。

「急に起きないでもらえますか?」

ユウジが目を細めて起き上がったサクに注意した。

「王子のことに関しては相変わらず恐ろしいぐらいの忠誠心ですね」

ナオナリの聞き方によっては皮肉に聞こえる言葉もサクには届かず、リノを凄い剣幕で問い詰めていた。

「どこに……?とこで見たんだ!?」

「お、落ち着いてサクさん……」

「あのバカが今頃、何かしでかしてると思ったらそれだけで……!」

本当に恐ろしいのか身を震わせ頭を抱えた。
猟兵相手に交渉しようとするほど堂々と話していたくせに、とユウジは失礼と思いながら若干呆れてしまっていた。

「王子に関しては俺からもある。女狐のその話の前に俺の話もいいか?」

今度はナオナリの話となった。
ちなみにナオナリとリノもサクやユウジとほぼ同じ知り合いというか関係性なのだが女狐と異名がついてからは真剣なとき以外は女狐と呼ぶ。
今は真剣な場面ではないのかという感じだが基本的にナオナリも兵士としてや指揮をとる立場上、凄く真面目で堅いイメージが世には広まっているが気を許している人たちには普通の友人として接する。

「ナオナリは国からの命令があったんだっけ?」

「あぁ。最初、命令を受けた時はハヤトを王子のお見合い相手の護衛に行かせるために俺をこの国に留まらせるためだと思ったんだけどな」

現にハヤトに押しつけられそうになったし、と付け加えるとやっぱりか……とサクとユウジは苦笑した。

「その命令って一体何だったの?」

「この城下町の一番近くの村。そこから来る物資が遅れているから確認してきて欲しいってな」

三人は言葉を失った。
もちろん、三人が思ったことは一緒だ。
その程度のことで国はナオナリを使ったのか、と。

「一応、聞くが問題あったのか?」

「まぁ、問題はあった。村の物質とかは全く関係ないがな」

「どういうことだ?」

「サクさん、王子がいなくなったのっていつですか?」

「俺が気づいたのは今日の昼前だな」

「俺もハヤトからそのことを聞いたのは昼の訓練後です」

「それから命に出たわけ?」

「そ。だけど村の人とやり取りをして城に帰る途中、ある人物と会った」

まさかそれが王子と言わないよな……と三人は息を呑んだ。

「いや、流石に王子を見つけたら連れて来てる」

三人の表情から汲み取ったナオナリは否定した。

「リノは分かると思うが風雷が目の前に現れた」

「風雷?」

サクがまた聞いたことのない異名が出てきて聞き返した。
しかし、それを聞いたリノの顔は険しくなった。
ナオナリがリノを名前で呼んだ時点で深刻さが物語っている。

「風雷のシュンスケ。この大陸に暗躍する執行者だな」

「聞いたことはあるけど何でナオナリの前に?」

「知るか。理由も言われないし、無言で襲ってきたんだよ。それで今の今まで相手をしてたわけ」

「つまり、ナオナリは足留めを食らってたってわけか?」

「そういうことですね」

「でも風雷ってあの死神と一緒で誰かに依頼されて動くって聞いたけど?」

ユウジの問いに真っ先に答えたのはリノだった。

「そういうわけでもないみたいよ」

「えっ?」

「この町に着いてすぐ私は死神と会って戦ってる」

衝撃発言に二人はもちろん、ナオナリも流石に驚いた。
サクも死神の異名は知っているらしい。

「え、じゃあ……お前、幽霊?」

「失礼よ、サクさん!」

「でもよく生きてたな。噂通りだとその手の依頼で失敗は聞かないが?」

「なんか依頼じゃなかったみたい。私のウデを試したかったらしいわよ」

「随分とモテるんだな、女狐」

「どうせならいい男にモテたいわよ。それよりナオナリさんが戦った風雷だけど死神と通じてるって噂もあるわよ?」

「は?」

ナオナリは唐突過ぎて抜けた声を出してしまった。
変わりにユウジが口を開いた。

「俺は詳しくはないけど死神と風雷ってやってること一緒じゃないのか?」

つまりは商売敵と言いたいのだろう。
現にそれこそ、この二人が対立している噂はその道の人たちは聞いたことは必ずある。

「それこそが迷彩。ま、確証はないけどね」

「女狐の欺いてるとは相手さんも厄介だな」

「でも問題は……」

「その死神、風雷、そして猟兵。この国の城下町付近でヤバいやつらが相次いで現れたことか」

サクの言葉にリノは頷き、ナオナリは腕を組み、ユウジは思わず唾を飲み込んだ。

「そしてこんな時に王子のお見合い話もだが肝心の王子が行方不明とはな」

「あの……」

四人が話しているところに一人、女性が近寄り話しかけてきた。
すぐに反応したのはサクだった。

「あれ、確か町の茶屋場の?」

「あ、はい。やっぱり昼間の方ですよね?」

この会話に対してすぐに三人は各々、発言をし始めた。

「サクさん、王子を探しに来つつちゃっかりと、ですか?」

「違うわ!」

「ふ〜ん……ま、サクさんも男だしね」

「あのな……」

「俺は反対はしませんが王子を使って町に来る理由にはしてはいけないと思いますよ?」

「ナオナリ……お前まで何を言う……」

三人の明らかに誤解している発言にゲンナリとしたところで女性が戸惑いながら話に入ってくる。

「えっと、城に仕えてるとお聞きしたので分かるかなって思いまして」

「何がですか?」

「サクさんって方をご存知ですか?」

女性の口からサクの名前が出て当人は目を丸くし、三人は揃ってそら、見たことかという顔をした。
もちろん、サクが睨みをきかせた後に話を進めた。

「自分がサクですが?」

「あ、そうだったんですね。改めて私は茶屋場で働かせてもらっているナナミです。昼、助けて頂いた方からこれを預かったんですが……」

「助けた?」

あまりに色々、ありすぎて一瞬なんのことか分からなかった。

「あの、あなたが探していた、左腕に蒼色の腕輪をつけた……キャッ!?」

ナナミという女性が言い終わる前にサクはナナミの両肩を掴んで詰め寄っていた。

「あの男は今、どこに……」

今度はサクが言い終わる前にリノの小刀がサクの頭に強打した。

「不埒よ」

「いや、死ぬけど……」

ユウジは呆れていたが刺さらなかった時点で偽物と分かったため慌てはしなかった。
痛む箇所を擦りながらリノと言い合いが始まったところで話し相手がナオナリに変わる。

「それでその人から何を預かったんですか?」

「あ、これです」

ナナミが取り出したのは紙だった。
ナオナリは受け取り、ユウジに騒がしい二人を止めさせてその紙を四人で見てみる。

『俺の身柄は俺が預かった。返してほしければそれなりの誠意を見せよ』

四人は当然、言葉を失った。
というか何だこれ、というしかなかった。

「すみません、これだけですか?」

ナオナリがナナミに聞くとまた紙を取り出した。

「あ、えっと一通目を見せた後にこちらを見せてほしいと」

また四人でその紙に書かれている言葉を読む。

『にゃーんてね。ちょいと野暮用ッス!ちゃんと帰るから心配しないでね。サクくんなら誤魔化してくれると信じてるよ!帰るまで頼んだよ!』

サク以外の三人はそれぞれどうしようか考えつつ、恐る恐るサクの様子を確認する。

「あんの……バカやろう……!」

紙を握り潰して怒りの声を発した。その声は小さかったがその場にいた関係者たちには悲痛の叫びにしか聞こえなかった。






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