Fast ball
黄金世代。
１つ上の学年のことを世間ではそう呼ぶ。
多くの好投手、好打者が甲子園を盛り上げた。
そしてプロ入りした選手はルーキーながらプロ野球でも盛り上げている。
ズッバァンッ！
龍滝「ふぅ……」
このストーリーの主役、青波龍滝。
１つ上の黄金世代の中心選手である青波聖龍の弟だ。
石水「いまいちスピードが乗ってないな」
龍滝「ストレートだな」
石水「でもまぁ、後１つだ」
龍滝「あぁ、意地でも投げ切ってやるよ」
なぜ兄はあんなにも楽しそうに野球をしていて、しかも結果を残せるのか？
自分は兄には負けてない。ピッチャーとして……
だけど世間の評価は甘くはなかった。
何が違うんだろう。この試合に勝てば……兄が届かなかった場所へ行けたら変われるのだろうか？
…………＊
真次「最後……か」
そして青波龍滝と双璧の評価を今大会受けているのがこの桜井真次だ。
右の桜井、左の青波と言われており、不作と言われている高校生の中でトップ評価の選手だ。
東馬「大丈夫ですか？」
真次「ん、藤真も結構投げてくれたからな。言うほどは疲れてない」
藤真「いつでも代わりますからね！」
真次「あぁ。だけどこの試合は任せてくれ」
鞘師「早めに点とりますね」
真次「頼む」
高校生にしてＭＡＸ１５０キロを超えるストレートを武器とする桜井真次。
しかし事、スピードに関して言えば現状は青波龍滝の方が上だった。
もちろんスピードが勝敗に直結するわけではないが
ストレートに自信を持っている桜井真次にとっては屈辱以外何物でもなかった。
…………*
龍滝「……この試合だけは！」
真次「負けられない……！」
交差する２人の視線。
今大会を締めくくる決勝戦が今、始まろうとしていた。
| 甲 子 園 大 会 決 勝 戦 |
| 先 | 愛媛県代表 |
|
沖縄県代表 | 後 |
| 豊 宣 学 園 |
ＶＳ |
椿 木 橋 高 校 |
| ２年 | ２Ｂ | 進 藤 |
１ |
東 馬 | Ｃ | ２年 |
| ２年 | ３Ｂ | 水 神 |
２ |
根 元 | ＬＦ | ３年 |
| ２年 | ＬＦ | 火 影 |
３ |
鞘 師 | ＲＦ | ２年 |
| ３年 | Ｐ | 青 波 |
４ |
橋 本 | ３Ｂ | ３年 |
| ３年 | Ｃ | 石 水 |
５ |
堀 | ＳＳ | ３年 |
| ３年 | １Ｂ | 日 高 |
６ |
桜 井 | Ｐ | ３年 |
| ３年 | ＲＦ | 後 藤 |
７ |
笠 原 | １Ｂ | ２年 |
| ３年 | ＳＳ | 坂 口 |
８ |
鏡 | ＣＦ | ２年 |
| ３年 | ＣＦ | 須 山 |
９ |
大 村 | ２Ｂ | ３年 |
アナ「第７９回全校高等学校野球選手権大会もいよいよ決勝戦を迎えました。
決勝戦は愛媛代表、豊宣学園と沖縄代表、椿木橋高校で争われます。解説は糸井さんです。よろしくお願いします」
糸井「よろしくお願いします」
アナ「今大会、糸井さんはどう見ました？」
糸井「一部のマスコミからは不作の年と言われてましたが、十二分に盛り上がった大会だったと思いますよ」
アナ「そしてその中で評価を受けているのが今日先発、投げ合う青波と桜井ですね」
糸井「とにかくストレートが速いですからね」
アナ「試合もそうですが、スピードの記録更新にも期待したいところです」
糸井「まぁ、見てみたい気もしますが……ところで高校生の記録って何キロなんですか？」
アナ「１９９４年の汐海投手が投げた１５４キロが甲子園最速です」
糸井「１５４キロですか……速いですね」
アナ「さぁ、その辺も注目しながら見ていきましょう」
１ 回 表
アナ「１回表、豊宣の攻撃はトップバッター２年の進藤豹が打席に入ります」
豹「うし、出るぞ！」
真次「しっ！」
ズバァァンッ！
主審『ストライクッ！』
豹「ひゅー、速ぇ！」
東馬「（のくせに余裕あるな）」
ビシュッ！
カァンッ！
アナ「ストレートに合わせてレフト前にポテンと落ちるヒット！ 先頭の進藤が出塁しました」
糸井「上手く打ちましたね」
豹「よ〜し！」
真次「ふぅ、やるな」
アナ「２番水神は早くも送りバントの構え。送れるか？」
真次「はっ！」
コンッ！
水神「しまっ！？」
東馬「セカンッ！」
真次「（ビシュッ）」
２塁審『アウトッ！』
アナ「セカンドアウトッ！ 桜井、好フィールディングを見せました」
豹「こらぁっ！ 送れねぇか！」
火影「まぁまぁ、俺が打って取り返すから」
アナ「ランナーが入れ替わりまして、１死１塁で３番の火影が左打席に入りました」
真次「しぃっ！」
ズバァァンッ！
火影「（おぉ、速ぇな……）」
東馬「（まだ初回ですし、飛ばさない方が……）」
真次「（悪いな。ここだけはいかせてくれ）」
ズバァァンッ！
主審『ストライクッ！』
真次「らぁっ！」
ズバァァンッ！
火影「キュッ！？」
アナ「あぁっと高めのボール球を振ってしまいました。空振り三振でツーアウト」
糸井「打者はスピードガン以上のスピードを感じてるんでしょうね」
アナ「まぁ、スピードガンも十分速いですけどね」
糸井「確かにそうですが……」
アナ「さぁ、ツーアウト１塁で４番の青波龍滝が打席に立ちます」
東馬「（やっぱり１発が怖いですね」
真次「（そりゃ、そうだろ）」
東馬「（ここはストレートでもいいですが低目をつきましょう）」
真次「（了解）」
キィーンッ
シュッ！
笠原「（パシッ）」
アナ「鋭い打球でしたがセカンド真正面。セカンドが捌いてスリーアウトチェンジ」
糸井「低めのいいボールでしたね」
龍滝「チッ」
豹「ドンマイっす」
石水「立ち上がりしっかりな」
龍滝「分かってるよ」
１ 回 裏
アナ「攻守変わって１回裏、椿木橋高校の攻撃は１番キャッチャーの東馬から」
糸井「珍しいですね、キャッチャーで１番って」
龍滝「はぁっ！」
ズッバァンッ！
東馬「（速っ……桜井先輩の見てるけどやっぱこの辺になると次元が違うな）」
ズッバァンッ！
主審『ストライクッ！ バッターアウトッ！』
アナ「さぁ、ピッチャー青波もエンジン全開。１番東馬に続き、２番も三振で連続三振の立ち上がり」
鞘師「ふぅ、いきますか」
橋本「繋いでくれよ」
鞘師「了解です」
アナ「そして打席には今大会高打率を残している３番の鞘師」
石水「（このバッターは要注意だぞ）」
龍滝「（あぁ、分かってる）」
ズッバァンッ！
主審『ボールッ！』
アナ「まずはアウトコースへ外れボール」
糸井「流石に強気の豊宣バッテリーも鞘師くん相手には慎重になってるみたいですね」
ググッ
カァァンッ
鞘師「………………」
石水「（う、上手っ）」
アナ「外角のスライダーをこれは上手くバットに乗せ、レフト前へ。ツーアウトから３番鞘師が出塁します」
糸井「本当に上手く打ちましたね」
豹「ワンヒットＯＫです。次、締めましょう」
龍滝「あいよ」
ガキッ！
豹「（シュッ）」
アナ「しかし４番橋本を落ち着いて打ち取りセカンドゴロに。セカンド進藤が軽快に捌いてスリーアウトです」
石水「あの鞘師ってやつは噂通り要注意だな」
龍滝「変に逃げずストレートの方が良かったんじゃないか？」
石水「リードにケチをつけるな」
龍滝「いや、そういうわけじゃないが……提案だ」
石水「あ、そう……」
２ 回 表
アナ「２回表、豊宣の攻撃は５番石水から」
糸井「１発もある石水くんですからね。ここは慎重にいきたいところです」
東馬「（まぁ、ここからはストレートでパワーピッチングといきましょうか）」
真次「（いいのか？ この石水も打つぞ？）」
東馬「（あんまり飛ばし過ぎでも困りますが、小さくまとまるよりいいでしょう）」
真次「（そういうことならお言葉に甘えて）」
ズバァァンッ！
石水「んなっ！？」
アナ「三振――ッ！ 全球ストレートで三振を奪いました、桜井！」
糸井「凄いですね。変化球投げる気ない感じですね」
ズバァァンッ！
主審『ストライクッ！ バッターアウトッ！』
真次「おしっ！」
東馬「ナイスピーです！」
龍滝「流石桜井。そうこなくっちゃね」
石水「お前はお前だぞ」
龍滝「冗談。負ける気はねぇがストレートでも負ける気はねぇ」
石水「変なスイッチ入れるなよ」
豹「それをどうにかするのがキャッチャーです」
石水「………………」
２ 回 裏
アナ「２回裏、椿木橋の攻撃も５番からとなります」
糸井「椿木橋の下位打線は打率高いですからね。要注意ですよ」
アナ「まぁ、打率の高さで言えば豊宣も高いですよ」
糸井「そうですけどね」
龍滝「おらぁっ！」
ズッバァンッ！
主審『ストライクッ！ バッターアウトッ！』
アナ「おっと青波も桜井に触発されたかストレートで押して三振を奪いました」
鏡「さぁ、椿木橋はこっからですよ！」
笠原「キャプテン、お願いします」
真次「あぁ、続けよ」
アナ「ワンアウトランナーなしで６番桜井が右打席に入りました」
石水「（打者としてはまぁ、並な印象だが打率はそこそこ高いんだよな）」
龍滝「（俺は勝負強いイメージがあるな）」
石水「（とにかく上手く打ち取るぞ）」
龍滝「（分かってる）」
ズッバァンッ！
主審『ストライクッ！』
真次「おぉ、速いな」
石水「お前も似たようなの投げてるんだが？」
真次「似たようなの？ 俺の方が上だけどな」
石水「じゃあ打ってみろってーの」
キィンッ
真次「くっ！？」
豹「オッケイっ！」
シュッ
アナ「１、２塁間への打球、セカンド進藤が回り込み間に合いました。１塁アウトです」
糸井「守備範囲広いですね。ナイスプレーです」
龍滝「いいぞ、進藤」
豹「守りますよ。どんどん打たせましょう」
ガキーンッ！
笠原「なっ！？」
豹「オーライッと」
アナ「続く７番笠原は球威に押されセカンドフライ。青波もパワーピッチングで３者凡退に抑えました」
豹「今日、いいですね」
龍滝「空振り狙ってるんだがな……」
石水「ちょっと力入り過ぎじゃね？」
龍滝「知らんうちに桜井を意識してるのかもしれん」
石水「（もしかしなくてもしてますよ……）」
３ 回 表
アナ「３回表、豊宣の攻撃は下位打線、８番から」
真次「せぇい！」
ズバァァンッ！
東馬「（ちょっと飛ばし過ぎかな……）」
アナ「空振り三振――ッ！ 桜井、今日絶好調のようです！」
糸井「２年に好投手藤真くんが控える椿木橋ですからね。早めの継投も見越してるのかも知れませんね」
アナ「それぐらい飛ばしていると？」
糸井「えぇ、いくら決勝戦で気合が入っているとはいえ、これまでのを考えたら持ちませんよ」
豹「須山先輩」
須山「ん？」
豹「期待はしてませんが出てくれると助かります」
須山「一言多いよ」
豹「チームの皆、誰も期待してないのは分かってますが俺だけは……うん、まぁ頑張ってください」
須山「ぅおい！」
東馬「（さて、ここらでブレイクタイムといきましょう）」
真次「（まぁ、次は１番の進藤だしな）」
ズバァンッ
須山「あん？」
アナ「おっと１３６キロ……ですがチェンジアップですか？」
糸井「変化したようには見えませんでしたけどね」
須山「（明らかに手を抜いたな、今……）」
シュッ
須山「なめるなっ！」
ガキッ
アナ「セカンドゴロ！ これでツーアウトです」
龍滝「なめられてしかも会心の当たりでもなく、打ち取られるとは……」
火影「貫録の打撃っぷりっすね！」
須山「うるせぇよ！」
水神「………………」
アナ「さぁ、ツーアウトを取りましたがここで打順はトップへ。初回にヒットを放っている進藤」
糸井「足がありますからね。ツーアウトからでも出したくないですよ」
豹「うっしゃっしゃっ」
東馬「気味の悪い笑いをするな」
豹「そういうことは俺を抑えてから言うんだな」
真次「（ビシュッ）」
豹「もらった！」
スゥッ
豹「へっ？」
ガキッ
真次「（シュッ）」
アナ「今度はチェンジアップでしょう。完全にタイミングが合いませんでした、ピッチャーゴロ」
東馬「へぇ、良く当てたな」
豹「当たらん方が良かったわ！」
アナ「しかし膠着状態が続きますね」
糸井「両投手が普通に投げればまぁ、序盤戦はこうなるでしょうね」
アナ「つまり２周り目の中盤から勝負と」
糸井「そうなると思います」
３ 回 裏
鏡「チャンスじゃないがたまにはメークもしてやろう」
アナ「３回裏、椿木橋の攻撃は８番の鏡からです」
石水「（こいつは打率はまぁまぁだが打点が多い。つまり得点圏でしかあまり打たないタイプだ）」
龍滝「（流石にデータあるんだな）」
石水「（データがあっても相方は要求通りにあんまり投げてくれないけどな）」
龍滝「（んじゃ、行くぞ）」
石水「………………」
ズッバァンッ！
主審『ストライクッ！』
鏡「（う〜む、キャプテンで並の速球は見慣れてるんだがな……）」
龍滝「どんどん行くぜ！」
ズッバァンッ！
主審『ストライクッ！ バッターアウトッ！』
鏡「キャッ！？」
アナ「空振り三振ッ！ 青波も負けじといいピッチングを見せます」
糸井「レベル高いですね……昨年もそうでしたが最近の高校生はレベルが上がってきましたね」
アナ「昨年、プロ入りした黄金世代と呼ばれるルーキーたちはプロでも早くも活躍している選手もいますからね」
糸井「反動で今年は不作と言われてますがそんなことないですね」
カキーンッ！
龍滝「（バシッ）」
東馬「あっ！」
アナ「ツーアウトになって１番に戻って東馬が捉えるもピッチャーライナー。青波、いい反応を見せました」
鞘師「ドンマイ」
東馬「あ、あぁ」
石水「ナイス」
龍滝「偶然だ」
石水「自分で言うなよ……」
水神「………………」
４ 回 表
アナ「速いテンポで試合は進み、イニングは中盤４回へ。豊宣の攻撃は２番の水神から」
真次「しっ！」
ズバァァンッ！
主審『ストライクッ！』
水神「（ここらでリズム崩さないとやられるだけだな）」
ビシュッ！
キィンッ！
主審『ファールッ』
東馬「（流石に２番打つだけはあるか……）」
真次「（どうする？）」
東馬「（目先を変える意味でも曲げてみますか）」
ググッ
カァンッ
水神「ふぅ……」
ズバァァンッ！
主審『ボールッ！』
アナ「さぁ、２番水神、粘ってフルカウントまで持ってきました」
糸井「変化球にも対応してますね」
真次「はっ！」
ズバァァンッ！
主審『ボールッ！ フォアボールッ！』
真次「おっと」
東馬「（良く見たな……）」
水神「（今のは手が出なかっただけだが……まぁいっか）」
アナ「さぁ、先頭のバッターが塁に出て打順はクリンナップへ」
火影「おーし、打つぜ！」
パキーンッ！
笠原「くっ！」
アナ「初球攻撃！ ファーストの横を抜け、ライト前へ！」
龍滝「おぉ、やるな」
石水「ここで先制しよう」
龍滝「あぁ」
アナ「無死２塁１塁、ここで打席には４番の青波が入ります」
糸井「どうしますかね？」
アナ「と言いますと？」
糸井「先制点が欲しいですし送ってもいい場面ですけど、３番の火影くんも打ちでしたからね」
アナ「となるとこの場面では打ちですか？」
糸井「の可能性が高いと思います」
東馬「（ここは打ちでしょうね）」
真次「（だろうな）」
東馬「（併殺になれば最高ですが１人ずつ抑えていきましょう）」
真次「（了解）」
ビシュッ！
パッキィンッ！
真次「――！」
アナ「やや高めのストレートを弾き返した！ 打球は右中間を真っ二つ！」
火影「ホームインッ！」
アナ「２塁ランナー水神に続いて１塁ランナー火影も生還。４番青波の先制タイムリーツーベースヒット！」
糸井「ちょっと甘かったですが力負けしなかったですね」
龍滝「おしっ」
真次「チッ」
東馬「ドンマイです。ボールが甘くなってるんで低め意識していきましょう」
真次「分かってる」
ガキッ！
アナ「５番石水はセカンドゴロ。青波は３塁へ進塁します」
真次「しっ！」
サッ！
真次「――！」
コーンッ
龍滝「あっ！」
アナ「スクイズ――ッ！ しかし上げてしまった！」
東馬「くんのっ！」
パシッ
アナ「キャッチャー、ダイビングキャッチ！ スタートを切っていた３塁ランナーは戻れずダブルプレー！」
糸井「仕掛けてきましたね。ですが東馬くんは良く捕りましたね」
アナ「しかしこの回、青波の２点タイムリーで豊宣が先制しました」
真次「ナイス、東馬。助かった」
東馬「いえいえ」
藤真「さぁ、負けてらねーよ。いけー鞘師！」
鞘師「分かってますよ」
４ 回 裏
パキィィンッ
アナ「ワンアウトから３番鞘師、初球を打った！ 打球は右中間を破っていく！」
豹「急げ、３つ行くぞ！」
ダッ！
アナ「バッターランナー鞘師、２塁を蹴って３塁へ！」
ズシャアァッ
アナ「セーフッ！ ３番鞘師のスリーベースヒット！」
糸井「いやー……凄いですね」
龍滝「あのやろう、２年だろ？ 良く打つな」
石水「感心もいいが頼むぞ」
豹「１点はいいんで、バッター集中でいきましょう」
龍滝「だな」
カッキーンッ
橋本「ぐっ、詰まった……」
火影「（パシッ）」
鞘師「（ダッ）」
アナ「レフト火影捕って３塁ランナータッチアップから生還。２−１、椿木橋、１点を返しました」
糸井「ちょっと高めでしたが良く外野まで運びましたね」
龍滝「しっ！」
ズッバァンッ！
主審『ストライクッ！ バッターアウトッ！』
龍滝「おしっ！」
豹「ナイピーです！」
アナ「１点は返されましたが青波、しっかりと後続を抑えました」
鞘師「ズルズルと行くのは期待できそうにないですね」
東馬「まだ回あるし、ゆっくり攻めようぜ」
鏡「そうそう。気楽にいこうや〜」
東馬「お前ほど気楽なのは困る」
笠原「………………」
５ 回 表
アナ「５回表、豊宣の攻撃は下位打線、７番からという打順です」
真次「はっ！」
ビシュッ！
ガキッ！
ググッ！
カキーンッ！
鏡「来た来た！」
シュタタタッ
鏡「（パシッ）」
アナ「センター鏡、いい動きを見せ捕球しました」
糸井「１歩目が良かったですね」
豹「さぁ、先輩」
須山「何よ？」
豹「ここは次の回、俺からになるように自慢のバッティングを見せてください」
須山「言ってること滅茶苦茶だぞ？」
豹「滅茶苦茶なのはあなたのバッティングでしょ」
須山「うるせぇよ！」
ググッ
ガキッ
真次「よしっ」
須山「………………」
アナ「９番須山はピッチャーゴロ。桜井、この回、三者凡退に抑えました」
豹「流石です」
須山「やかましい！」
５ 回 裏
アナ「さぁ、追いつきたい椿木橋の５回裏の攻撃は６番桜井からです」
真次「さて、打撃面では劣ってるが負けたくはないな」
龍滝「しっ！」
ズッバァンッ！
真次「チッ」
石水「（ここは押していこう）」
龍滝「（ほぉ、珍しいね。お前からそう言うなんて）」
石水「（この下位打線はヒットはありえるが長打はないだろうからな。変化球を打たれて長打が一番嫌だ）」
龍滝「（なるほどね）」
ガキンッ
真次「くっ」
アナ「桜井の打球はショートが軽快に捌いて１塁へ。ワンアウトです」
鏡「笠原ぁ！ チャンスでまわさんと怒るでぇ！」
笠原「どこの生まれだ……」
ビシュッ！
笠原「はっ！」
キィーンッ
豹「チィッ！」
アナ「７番笠原は１、２塁間を破っていく！ ライト前ヒットでワンアウトから出塁します」
鏡「むぅ、チャンスじゃない」
笠原「贅沢言わんで頼むっつーの！」
龍滝「しっ！」
鏡「（――サッ）」
コッ
龍滝「――！」
水神「任せてください！」
ビシュッ！
１塁審『アウトッ！』
鏡「嘘ぉっ！？」
アナ「セーフティバントを仕掛けた８番鏡でしたがこれはサード水神の好守に阻まれました！ しかしランナーは２塁へ進塁」
糸井「意表をついたいい作戦でしたがサードの水神くんは落ち着いてましたね」
豹「ツーアウトです。バッター集中で」
龍滝「あぁ、分かってる」
ズッバァンッ！
主審『ストライクッ！ バッターアウトッ！』
龍滝「しゃあ！」
石水「オッケイッ！」
豹「流石です！」
真次「あー、厳しいな」
藤真「まだまだ大丈夫です。抑えていきましょう」
鞘師「点は次の回、何とかしますんで」
真次「頼もしいね。頼むわ」
鞘師「はい」
６ 回 表
アナ「６回表、追加点が欲しい豊宣の攻撃は１番進藤からの好打順」
豹「おし、絶対出る！」
東馬「お前に仕事はさせねぇよ」
豹「嫌や！ 絶対出る！」
東馬「子供か！」
ググッ！
ガキンッ！
主審『ファールッ』
豹「（変化球混ぜてきたよ……そうなるとキツイな……）」
スゥッ！
豹「こんのっ！」
パキーンッ
ビシッ
真次「――！」
アナ「ピッチャー返し！ 桜井の頭上を襲った打球に反応しグラブに当てました。ショート懸命にバックアップ」
豹「てぇぇいっ！」
ズシャアァッ
１塁審『セーフッ！』
アナ「１塁ヘッドスライディングはセーフッ！ １番進藤、ピッチャー強襲内野安打で出塁しました」
東馬「大丈夫ですか！？」
真次「大丈夫、グラブだ」
アナ「主審とキャッチャーがマウンドに行きかけましたが桜井が制しました。大丈夫のようです」
豹「よっしゃ、攻めるぜ！」
ザッ、ザッ
真次「（来るか？）」
東馬「（判断が難しいところですね）」
真次「（もう１点確実に欲しいと俺は読む）」
東馬「（つまり送りバントですか）」
真次「（一応警戒して高めに投げてみよう）」
東馬「（了解です）」
ビシュッ！
豹「（ズギャッ！）」
アナ「初球からスタート！」
東馬「（ビシュッ）」
ズシャアァッ
２塁審『セーフッ！』
豹「まいど！」
東馬「くっ！」
アナ「盗塁成功！ 無死２塁とチャンスを広げます、俊足の進藤」
糸井「いいスタート切りましたね」
真次「ふぅ、大した足だこと」
ガキッ！
アナ「２番水神はセカンドゴロ。進塁打となり、１死３塁とチャンスが広がります」
火影「おっしゃあ、追加点頂きだぜ！」
真次「しっ！」
ズバァァンッ！
火影「むぅ……」
東馬「（合ってないです。攻めましょう）」
真次「（いいね、乗った）」
ズバァァンッ！
主審『ストライクッ！ バッターアウトッ！』
火影「んぎゃぁっ！？」
東馬「やかましい」
アナ「さぁ、ツーアウトランナー３塁となり４番の青波が打席に入ります」
ググッ！
主審『ボールッ！』
アナ「あっと初球、スライダーでしたけど……珍しいですね」
糸井「そうですね。青波くんを警戒してるんでしょうね」
東馬「タイムお願いします」
アナ「ツーボールになった時点でキャッチャーの東馬がマウンドに行きます」
東馬「どうしました？」
真次「悪ぃ、ビビってる」
東馬「珍しいですね」
真次「ここで点はやれないしな」
東馬「じゃあここは……？」
真次「あぁ、歩かせでいいよ」
シュッ！
アナ「明らかに最後はボールを外しました。フォアボールで３塁１塁となりました」
石水「ふぅ……よし！」
東馬「（先輩が青波選手との勝負を避けてまで選んだ道だ。ここは抑えなきゃいけない！）」
スルスルッ
ガキーンッ
石水「なっ！？」
鞘師「（パシッ）」
アナ「ライトフライ！ ライトの鞘師がゆっくり前に出て捕球しました。桜井、３塁１塁のピンチを脱しました！」
糸井「勝負球はカーブでしたね」
石水「くそー……変化球かよ……」
龍滝「ドンマイ」
石水「おっ？」
龍滝「俺が抑えれば問題ない。しっかりリードしてくれ」
石水「了解」
６ 回 裏
アナ「さぁ、６回裏、１点を追う椿木橋の攻撃は１番東馬からの好打順」
糸井「ここで椿木橋としては追いついておきたいところですね」
ググッ
主審『ストライクッ！』
東馬「（変化球？ 向こうも混ぜてきたか）」
石水「（このキャッチャーは相当キレ者だ。ここは要注意だな）」
ズッバァンッ！
主審『ボールッ！』
龍滝「（ストレートを見せ球に使うのか？）」
石水「（まさか。伏線だよ。お前の変化球じゃ決め球には使えん）」
龍滝「（そうハッキリ言われると傷つくな）」
石水「（嘘つけ）」
ストッ！
カァァンッ！
石水「嘘っ！？」
東馬「おっし！」
アナ「やや真ん中付近の変化球を捉え、ライト前へ。１番東馬が出塁します」
糸井「甘かったとはいえ、上手く打ちましたね」
アナ「その東馬を送り、バッターは３番の鞘師！」
龍滝「しっ！」
ズッバァンッ！
主審『ボールッ！』
鞘師「………………」
石水「（凄い落ち着き……というか集中力だな）」
ビシュッ！
パッキーンッ
龍滝「――！」
アナ「これは大きい――ッ！ しかし右へ切れていきます。大ファール！」
石水「（危ねぇ……）」
龍滝「（２年だろ？ スゲーな……）」
ググッ！
カァンッ！
水神「くっ！」
アナ「外角のスライダーを一転して流し打ち。これは面白いところに飛んでるぞ！？」
ポトッ
３塁審『ファールッ』
アナ「惜しくもファール」
糸井「長打あり、軽打あり、いいバッターですね」
鞘師「ふぅ」
石水「（青波には悪いけどここは歩かせ半分でいこう。まともに勝負したらやられる）」
ズッバァンッ！
主審『ボールッ！ フォア！』
龍滝「マジ？」
アナ「あっとフォアボールです。いいところに決まったように見えましたが青波も首を軽く傾げました」
糸井「キャッチャーが構えていたところがボールゾーンでしたね」
橋本「よしっ」
アナ「さぁ、１死２塁１塁で４番の橋本に打席がまわってきました」
糸井「勝負どころですね」
龍滝「しっ！」
ズッバァンッ！
主審『ボールッ！』
龍滝「（チッ、細かいコントロールが利かなくなってきたか……）」
ズッバァンッ！
アナ「フォアボールッ！ ２者連続フォアボールで１死満塁となりました」
石水「タイムお願いします」
アナ「ここでキャッチャーの石水がタイムをとってマウンドへ」
石水「どうした？」
龍滝「疲れた」
石水「………………」
龍滝「まぁ、半分はジョークだが橋本は長打力あるからな。中途半端に行くよりはいいかと思ってな」
石水「そうか。よほどだったら交代もあるが？」
龍滝「いや、まだ行かせてくれ」
石水「だよな。だったらここ一番のピッチング頼むぜ」
龍滝「あいよ」
ガキーンッ！
豹「オーライ」
アナ「セカンドフライ！ ここは球威が勝ちました！」
石水「（よし、球威はまだあるな）」
アナ「ツーアウトランナー満塁、打順は６番の桜井にまわります」
糸井「自らのバットでってところですね」
ガキィンッ！
主審『ファールッ』
真次「（タイミングさえ合わせれば……ストレートにヤマを張る！）」
石水「（完全にストレート１本……と見せかけて変化球狙ってたりな）」
龍滝「（どちらせよストレートで押すしかないだろ）」
石水「（あぁ、しっかり頼むぜ）」
カキィンッ！
龍滝「進藤！」
ダッ！
豹「（パシッ）」
サッ！
２塁審『アウトッ！』
真次「くそー、守備範囲広いな……」
鞘師「……ドンマイです」
真次「おっ？」
鞘師「点は必ず俺がとります」
真次「……分かった。頼むぜ」
鞘師「はい」
７ 回 表
アナ「さぁ、試合はいよいよ７回に突入します」
カキーンッ！
ビシッ！
真次「――！」
アナ「あっと、ショート弾いてしまった。記録はショートのエラーで先頭が出塁します」
糸井「手痛い失点に繋がらなきゃいいですが」
コッ
東馬「（ビシュッ）」
２塁審『アウトッ！』
真次「東馬！」
アナ「２塁アウトッ！ キャッチャー東馬、いいフィールディングを見せました！」
ズバァァンッ！
須山「くっ！」
アナ「三振――ッ！ ９番須山を三振に抑え、ランナーを出しましたがこの回も抑えました、桜井！」
龍滝「お前、ほんと空気だな」
須山「やかましい！」
７ 回 裏
アナ「７回裏、１点を追う椿木橋の攻撃は下位打線、７番の笠原からです」
笠原「（この辺で追いつかないとマジで厳しいな）」
鏡「今度こそチャンスでまわせよ！」
笠原「（長打は厳しいにせよ……東馬までまわせばなんとかするだろう）」
石水「（高打率を残している７番だ。先頭だし、ここ切るぞ）」
龍滝「（あぁ）」
笠原「（狙い目はカウントを取りに来る変化球！）」
ググッ！
笠原「来た！」
カァァンッ！
アナ「上手く打ち、セカンドの頭上を越えライト前へ！ 先頭の笠原、塁に出ました」
石水「（くっ、狙われてたか）」
鏡「おっしゃあ！ ここで盗塁して同点打だ！」
笠原「（走れるわけねーだろ）」
コンッ
アナ「上手く転がした。８番鏡、送りバント成功でワンアウト２塁！」
鏡「なんで？ なんで俺に期待しないの？」
東馬「鞘師じゃあるまいし、無死１塁で打たせるわけねーだろ」
鞘師「チャンスの時の鏡は期待できますけどね」
鏡「そうだよね！？」
藤真「だがそれ以上に笠原の足に期待は出来ないだろ」
東馬「ま、とりあえず何とかするわ」
鞘師「お願いしますね」
アナ「さぁ、場面はツーアウト３塁と変わり、１番に戻って東馬。期待できるバッターです」
糸井「ここは椿木橋にしたら追いつきたい場面ですね」
石水「（ここは辛いだろうけどストレートで押すぞ）」
龍滝「（辛くないし、その方がいい）」
ズッバァンッ！
主審『ボールッ！』
東馬「（まだスピード保ってるか……だが打てなくはない！）」
ズッバァンッ！
主審『ストライクッ！』
東馬「くっ！」
アナ「さぁ、ストレートを続けフルカウントまでいきました。次が勝負の１球です」
龍滝「はぁっ！」
ズッバァンッ！
東馬「………………」
主審『……ボールッ、フォアボールッ！』
石水「えっ！？」
東馬「（あ〜ぶねぇ……手が出なかった）」
アナ「フォアボール！ 良く選びました、東馬！」
石水「青波！」
龍滝「大丈夫。次で切ろう」
石水「……ＯＫ」
ズッバァンッ！
主審『ストライクッ！ バッターアウトッ！』
龍滝「しゃあ！」
アナ「見逃し三振――ッ！ 青波、このピンチをしっかり守り切りました！」
豹「いや〜感服しますわ！」
石水「後、２イニングだ」
龍滝「あぁ、このままいくぞ」
東馬「………………」
鞘師「大丈夫です」
東馬「あん？」
鞘師「次は自分からです。何とかしましょう」
真次「このまま俺も引き下げれないんでね」
東馬「そうですね。お願いします」
８ 回 表
アナ「さぁ、試合は８回の攻防。残すイニングは２イニングです」
糸井「逃げ切るためにも豊宣はここで点欲しいところですね」
アナ「そんな豊宣は１番進藤からの好打順」
真次「はぁっ！」
ズバァァンッ！
豹「（まともに勝負したら負けるな）」
東馬「………………」
コンッ
アナ「セーフティ！ しかしサードがいいダッシュを見せている！」
豹「嘘ぉっ！？」
橋本「（ビシュッ！）」
１塁審『アウトッ！』
豹「読まれてたか……」
東馬「甘ぇよ」
ガキィンッ
アナ「２番水神はショートゴロ。軽快に１塁に送球しました」
龍滝「火影！」
火影「分かっております！」
アナ「ツーアウトランナーなしで３番の火影が左打席に入ります」
火影「好球必打！」
パキィンッ！
笠原「（ダッ！）」
ビシッ！
笠原「くっ！」
真次「間に合うぞ、寄こせ！」
シュッ！
笠原「しまった！」
アナ「あっと１塁ベースカバーの桜井と呼吸が合わず、笠原暴投。１塁はもちろんセーフです」
火影「ふぅ、生き延びた」
笠原「すみません」
真次「大丈夫だ。次、しっかりな」
アナ「さぁ、ここで４番青波との勝負となりました」
真次「………………」
ピッチャーとして１番大事なモノは何か？
もちろんチームを勝利に導くピッチングが出来るかどうか、そう桜井真次は答える。
……建前では。
東馬「（ここは緩急を駆使して何とか抑えましょう）」
真次「（いや……）」
東馬「（えっ？）」
本音を言えば桜井真次にとってスピードが……ストレートで抑えることこそ美学だと思っていた。
少なくても高校生の間は誰にも負けたくない。
プロに入っても誰にも負けるつもりもない。
真次「（ここはストレートで行かせてくれ）」
だが目の前の男に現状負けている。
対戦して分かった。確かに青波龍滝は自分以上のストレートを持っていると。
だからこそこの場面、逃げずに勝負したかった。
東馬「（キャプテン……）」
変化球を否定する気もない。
ただピッチャーなら誰にも譲れないモノ、自分だけの武器があるだろう。
桜井真次にとってそれがストレートってだけに過ぎない。
真次「はぁっ！」
ズバァァンッ！
主審『ストライクッ！』
アナ「これは速いっ！ １５０キロオーバー！」
糸井「ここで出してきますか」
龍滝「面白い」
東馬「（感じ取ったか？）」
高校生活中、磨き続け求め続けた伝家の宝刀。
それを目の前の男は持っていた。
自分より遥かに鋭い宝刀を。
真次「らぁっ！」
ビシュッ！
だからって諦めるわけにはいかない。
変化球を逃げるとは思わないが……
ここで変化球を投げたら自分の宝刀は錆びれてしまう。
パッキィィンッ！
一生、後悔することになっても譲れない１球。
その譲れない１球は確かに桜井真次の宝刀が更に輝きを増した瞬間だった。
アナ「いったぁっ！ ライトスタンドへ、ツーランホームラン！ ４−１、豊宣、４番のバットで追加点をあげました」
糸井「打った青波くん、実に見事なんですが……」
アナ「どうかしました？」
糸井「いえ、スピードガン表示が……」
アナ「えっと……おっと、なんと！？ スピードガンは１５６キロを計測！ これは甲子園史上最速となります！」
糸井「投げた桜井くんも打った青波くんも素晴らしいですね」
ズバァァンッ！
主審『ストライクッ！ バッターアウトッ！』
石水「（よく、打ったな……こんなもん……）」
真次「………………」
東馬「キャプテン、うつむかないでくださいね」
真次「――！？」
東馬「あなたが折れた瞬間負けですから」
真次「東馬……」
東馬「それとナイスボールでした。捕れなくて残念でしたけどね」
真次「……あぁ、サンキュ」
後から悔いる……そう書いて後悔。
そう、後から悔やむから後悔なんだ。
今はまだ試合中。悔やむことなんかこれからいつでも出来る。
打たれた悔しさもあるが確かな手応えを感じながら桜井真次はベンチへと戻ったのだった。
８ 回 裏
アナ「点差が３点差となり、１点でも返したい椿木橋の攻撃は３番鞘師からの好打順」
龍滝「ふぅ……」
冒頭にも書いたが青波龍滝には１つ上の兄がいる。
兄は野球の実力もさることながらいつでも楽しそうに野球をやっていた。
周りの仲間には恵まれ、いつも皆に慕われいる存在。
それが兄だった。
パキィィン！
アナ「初球を捉え、長打コース！ ３番鞘師がヒットで出塁します」
実力では負けていない。それなのに何がそこまで違うんだろう？
青波龍滝はただひたすら悩んだ。
その１つの答えが別の高校に進学することだった。
豹「点差あります。バッター集中で行きましょう」
同じ環境じゃ絶対追いつけないと思ったから。
そしてこれ以上、近くで兄の偉大な存在に嫉妬したくなかったから。
ズッバァンッ！
主審『ボールッ！』
楽しく野球をやるなんて考えたこともなかった。
青波龍滝は常に兄と比べられ、そして兄は必ず上にいた。
ただただ野球を楽しんでやっているだけの兄に自分は何が劣っているのか？
ググッ！
主審『ボールッ！ フォアボールッ！』
だから兄が甲子園で負けた時、心の中でガッツポーズをした。
自分がこの舞台で勝てば兄を超えられる……そんな淡い期待を抱いて。
コッ！
アナ「送りバント成功！ １死３塁２塁とチャンスを作り、６番桜井に打席がまわってきました」
だが憎しみ、妬みからは何も生まれない。
だから自分は兄にいつまでたっても追いつけないのだろう。
カキーンッ！
真次「しゃあ！」
今……ようやく気付いた。
アナ「センター前へ！ ２塁ランナーもホームに還ってくる！」
須山「（ビシュッ）」
ズシャアァッ
主審『セーフッ！』
アナ「セーフッ！ ４−３、１点差に追いつくエースのタイムリーヒット！」
石水「アホ。集中しろ」
龍滝「アホって……他に言い方あるだろ」
豹「大丈夫、まだ勝ってるんですし」
水神「しっかり抑えましょう」
龍滝「あぁ」
石水「兄貴、超えるんだろ？ 笑われるぜ、このままだと」
龍滝「くくっ、そうだな」
野球を楽しくなんてこれから先も出来ないだろう。
自分は不器用な性格だから。
だからせめて実力では上に立っていたい。
ズッバァンッ！
主審『ストライクッ！ バッターアウトッ！』
今はまだ届かない。
この舞台で優勝してもきっとまだまだ遠くの存在。
でも追い続けられるからこそ目指す価値がある。
龍滝「しゃあ！」
石水「ったく……」
いつの日か、憎しみでも妬みでもなく心から尊敬できる人だった。
そう言えるよう、自分自身を磨いていきたい。
そんな心境の変化が起こっていたのだった。
９ 回 表
真次「どりゃあぁ！」
ズバァァンッ！
主審「ストライクッ！ バッターアウトッ！』
アナ「最後の意地、桜井が３者連続三振で９回、豊宣の攻撃を抑えました！」
糸井「完璧なピッチングですね」
東馬「ナイスピッチングでした」
真次「でしたって、終わるつもりかよ」
東馬「終わりですよ」
藤真「俺らのサヨナラ勝ちでね！」
真次「ふっ……頼んだぜ」
９ 回 裏
アナ「さぁ、９回裏、椿木橋最後の攻撃。ラストバッターからですが代打藤真が出てきました」
藤真「うーし、鞘師までまわしてサヨナラといこーかい！」
アナ「さぁ、ピッチャー登録の藤真ですがバッティングはいいです」
糸井「椿木橋としては何とか鞘師くんにまわしたいところでしょうね」
龍滝「しぃっ！」
ズッバァンッ！
藤真「おー、速ぇ」
石水「（いくらバッティングが良くても初見で青波のストレートは打てない……）」
藤真「でもキャプテンのボール見てきて良かったぜ」
石水「（……？ 誘いか？）」
藤真「（こりゃ俺でもいきなりこのストレートは打てねぇ）」
ズッバァンッ！
主審『ボールッ！』
藤真「（１球ぐらい変化球挟んでくれれば有難いんだがな）」
石水「（ボールは見えてるようだな）」
ググッ！
藤真「（ボール球……！ だが！）」
カァァンッ！
石水「んなっ！？」
アナ「レフト前へっ！ 強引なバッティングでしたが上手く落としました！」
糸井「変化球狙いだったようですが、何もあんな遠いボール打たなくても……」
藤真「おし、何とかしたっち！」
東馬「上出来だぜ」
アナ「さぁ、同点、そしてサヨナラへ、大事な先頭が出て打順はトップの東馬へ！」
糸井「盛り上がるシュチエーションですね」
石水「（もう迷わない。ここから全部ストレートでいい。思いっきり来い！）」
龍滝「（ありがたい）」
ズッバァンッ！
東馬「（ストレート……１本って感じだな）」
ビシュッ！
東馬「らぁっ！」
キィンッ！
アナ「打球は右方向へ、しぶとく転がっていく！」
シュタタタッ
豹「なろっ！」
パ、シュッ！
２塁審『アウトッ！』
藤真「何っ！？」
アナ「セカンド進藤ファインプレー！ 追いついて素早くセカンドに送球し、アウトにしました！」
糸井「２塁をアウトにしますか。これは大きいですね」
東馬「くっ……進藤！」
豹「へへ、俺の守備範囲なめんなよ！」
龍滝「助かった」
豹「後２人っす！」
ズッバァンッ！
主審『ストライクッ！ バッターアウトッ！』
龍滝「うしっ！」
石水「（三振はいいが、まわしちゃったな）」
アナ「三振でツーアウト。しかし椿木橋にとっては最高のバッター、３番鞘師に打順がまわってきました」
糸井「文字通り大勝負ですね」
鞘師「（恐らくストレートで押してくるでしょう。少しでも甘く入ればいいのですが……）」
龍滝「おらぁっ！」
ズッバァンッ！
主審『ストライクッ！』
鞘師「（最後でこの球威はちょっとシャレになりませんね）」
ビシュッ！
ギィンッ！
主審『ファールッ！』
アナ「さぁ、追い込んだ青波。決めるか！？」
龍滝「しぃっ！」
ズッバァァンッ！
鞘師「……参りました」
アナ「空振り三振――ッ！ ゲームセット！ 剛腕対決となった決勝戦は４−３で豊宣が逃げ切り、優勝を決めました！」
糸井「素晴らしい試合でしたね」
鞘師「すいません、キャプテン……」
真次「お前が打てなかったんだ。悔しいが相手が上だった、そう思うしかねぇよ」
東馬「キャプテン……」
真次「お前らにはまだ次がある。やられたら分やり返せよ」
ウウウウウウ――ッ！
真次「青波」
龍滝「……ん？」
真次「次やる時は“試合”には負けねぇ。覚えとけ」
龍滝「俺も“勝負”に負けた分、やり返す。覚えとけ」
真次「くくっ、じゃあな」
龍滝「あぁ、また」
奇しくも似たような考え方、価値観を持つ２人が決勝戦で投げ合った。
試合には青波が勝ったが、スピード記録は桜井が作った。
彼らは次の舞台でも自分を見失わず、今日の試合のように輝きを放つことだろう。
決して譲らなかった１球を胸に……
Fast ball〜譲れない１球〜
