0.

 男は一心不乱に剣を振った。目の前に立ち塞がるもの、みな切ってきた。
 剣が返り血で真っ赤に染め上がり、自身の服にも鮮血がほとばしっていた。
 男はならず者を迷わず切り倒し、そして今日まで生きてきた。
 子供が欲しいものをねだるように剣を振り、たくさんの命を地に還してきた。
 しかし飢えは消えなかった。いや、より求めるように心が悲鳴を上げている。
 自身が求めているものが何か? こうしていれば見つかるのだろうか?
 男は悩み続けた。でも答えは見つからない……だから結局剣を振り続けるしかなかった。
 ある男と出会い、対峙するまでは……





−満月の夜に−





1.

 ガルダ港での一戦を終えたマルス王子率いるアリティア宮廷騎士団は辺境地帯からアカネイアに抜けるサムスーフ山のふもとに来ていた。
 タリス城、そしてガルダ港での戦いでアリティア宮廷騎士団は戦闘にもなれそれなりに見れる軍団に変わってきた。ガルダ港ではタリスの傭兵のオグマを始めとした仲間も増え、母国アリティアを奪還するための戦力も少しずつだが上がりつつあった。

「しかしなぁ、この山を抜けるのは少々難があるぜ」

 マルス王子の側近、若き騎士であるカインが目の前に広がる険しい山なみを見てボヤいた。
 しかしカインは決してそういう意味でボヤいたわけではない。いや、まったくないと言えば語弊にはなるが別の意味もあった。
 このサムスーフ山はいつの頃からか山賊が巣くい、近くの村や村人たちを襲うようになった。彼らの悪行は留まることを知らず、人々は恐れからこの山をデビルマウンテンと、そして山賊たちをサムシアンと呼んでいる。

「なんだカイン、山賊が怖いのか?」

 小馬鹿にするような笑いを交えながらカインと同じくアリティア宮廷騎士団の若き騎士、アベルは言った。
 カインとアベル、宮廷騎士団の若きホープとして期待されている頼れる騎馬隊だ。二人とも切磋琢磨で実力をつけていっている。

「な、なにを! 山賊如きで!」
「はいはい、いちいち熱くなるな」
「お前が振ってきたんだろ!」

 猪突猛進のカイン、冷静沈着のアベルと足して割ればちょうどいい二人はいつもこんな感じである。
 状況とは裏腹にとても雰囲気の良い騎士団だ。

「こんなんで大丈夫なのかしら……」

 ペガサスに乗っているタリスの姫、シーダが呆れるようにため息をつく。あまりに緊張感のない一向に不安になるのも仕方がない。
 しかしシーダの横を歩いているマルス王子は微笑みながら全く気にしてない様子だった。
 母国を取り返すために旅をしている張本人がこれでは……シーダは諦めかけていた。
 ただここのところ戦い続きだったこともあり、ちょうど良い息抜きにはなっているのも確かである。

「大丈夫ですよ、姫様。あいつらも戦闘になれば真剣になります」

 一行より少し後ろを歩いているオグマ傭兵がシーダの不安に対して答えた。
 それはシーダも分かっていた。二度の戦闘を共にしてきたのだから。けれどオグマにそう言われたことでシーダはより安心感を得た。
 仲間になって以来、主力兵として誰よりも前に立ち戦ってきたオグマが認めるとそれはとても力強く聞こえるから。

「そう言えばオグマの頬の傷って一体どうしてついたんだい?」

 マルスは首だけ後ろに回し質問を投げかけた。オグマが仲間になったのは戦闘の直前。ゆっくり話す機会がなかったため、今がチャンスだと思ったのだろう。

「どうしてそのようなことを?」
「あ、純粋に気になってね。オグマは強いし、そう簡単に傷を作らないと思ったから」
「そうでもありませんよ。私は元々奴隷剣士。体中傷だらけです」

 確かにオグマは奴隷剣士だった。そしてそれを助けてくれたのがタリスの王女、シーダだった。そしてオグマはシーダに忠誠を誓いタリスの傭兵となった。
 ただオグマの奴隷剣士という言葉にマルスは明らかに反応を見せた。それはしまった、と言うような罰悪そうな、配慮が足りなかった自分を責めている感じだった。現にシーダも複雑そうな顔をしている。
 そんな二人にオグマは微笑し、否定の言葉を並べた。

「ははは、そうお気になさらないで下さい。それにこの頬の傷は違います。ある男と戦った時につけられたやつですから」
「なんだって? オグマ相手にそこまで腕のたつ剣士がいるのかい?」

 マルスは心底驚いていた。現にオグマはアリティア宮廷騎士団の中ではトップの実力者。まだ剣の腕が未熟なマルスはオグマに指導をしてもらったりもしている。だが相手にもこれほどの実力者がいるとなると先行きは不安だ。マルスが驚くのも無理はない。
 アベルとカインが言い合っているの(むしろ一方的にカインが言っているのだが)を他所にオグマはふと立ち止まる。腕を組み、目を閉じた。

「えぇ、ヤツの名はナバール。死神と恐れられた剣士です」

 オグマは思い出すかのように目を閉じたままだった。マルスたちもそれに釣られ足を止める。

「剣士ナバール……聞いたことがあるわ」
「本当かい、シーダ」
「えぇ、確かに腕がたつらしいです。用心棒として雇われ、転々としているとか……」

 シーダの言葉にオグマは目を開け、少し驚いた様子だった。

「へぇ、アイツが用心棒をしてるんですか」
「噂で聞いただけなので、信憑性に欠けますが」

 言葉通り、人伝と言うこともあり自信はまったくないようだ。しかしナバールを知る者として、そのような噂が出ること自体が信じられなかった。オグマが言った通り死神と恐れられた男なのだから。

「オグマ、それでナバールとはどういったヤツなんだい?」

 マルスは興味津々といったように尋ねてくる。ただ表面上は絵に描いたような王子様で決して子供のように興奮している様子は見受けられないが。
 オグマはマルスの質問には答えず、ふっと息を吐くと微笑しながら歩き始めた。

「カインたちがどうやら痺れを切らしてるみたいだ。村で休息を取る意味も込めてそこで話そう」

 オグマの言葉に目線をより先に送ってみると立ち止まってこっちを見ている騎士団の姿があった。
 マルスとシーダは互いに目を合わせ微笑み合うと、駆け足で仲間の元に向かっていった。





2.

 男は剣を振った。何人に囲まれようと素早い動きで相手の攻撃を避け、確実に相手を仕留める必殺の剣。
 一人の男を囲んでいる山賊たちは酷く低い唸り声を上げ次々と倒れこんでいく。

「今宵の必殺剣はよく切れる……」

 男の周りにはゴミのように倒れた山賊たちと鮮血が飛び散り地が赤く染め上がっていた。
 男が剣を鞘に収めると、遠くの方からなにやら声が聞こえてくる。それは段々と良く聞こえてくるようになっている……この場に近づいてきているようだ。この騒ぎを目撃したやつが通報でもしたのだろう。
 男は関係ないと言わんばかりにその場を離れようとした。

「こ、これは……!」

 しかし駆けつけた軍の方が早く、場の酷い有様に驚愕していた。
 その様子を見て、男は何事もなかったようにまた歩みだした。
 だが当然のように軍の兵は男を呼び止めた。

「待て、そこの男。お前がやったのか?」

 男は素直に歩くのをやめ兵の方を向いた。鞘から剣を抜きながら。

「だったらどうするんだ?」

 兵に剣先を向ける。もちろんこんなことしたらただではおかない。並の男では逆に切られ死ぬか軍に捕まるかのどっちかだ。
 男の態度に兵も剣を抜き構える。もちろん二言目を話すつもりだった。しかし男の出すオーラが全てを遮断する。

「お前もこの剣の餌食になりたいのか?」
「くっ……」

 長く赤い髪が特徴的で目が見え隠れしている。その表情は確かに笑っていた……しかし楽しそうに笑っているわけではない。目が据わっているように、意識がハッキリしてないような感じにも見える。
 兵は男が怖くなり手が震えだした。今すぐ逃げ出したい、完全に男に呑まれていた。
 そして男は少し前のめりになると力強く右足を踏み込んだ。

「ひっ……」

 来ると分かった。しかし体が動かなかった、そして男の動く姿すら見えないほど……速かった。
 やってはいけないことと言われながら目を閉じる…………男が通り抜けるのは感じた。しかし兵はなんともなかった。おかしい……
 それに今、剣と剣が当たるような軽い金属音がした。ゆっくりと閉じていた目を開く。
 少し視線を落とすとそこには片膝をついている隊長の姿があった。

「オグマ隊長!」
「戦場で敵から目を背けるなと言っているはずだが」

 オグマの手には剣が握られており、兵はオグマが変わりに防いでくれたものと思った。

「下がってろ。こいつはお前じゃ荷が重い」

 スッと立ち上がると頬から血が流れていた。兵はオグマの姿に開いた口が塞がらなかった。
 相当痛いのか左目は閉じたままである。少なからずそんなオグマを見たことがなかった。
 動けず立ち尽くしていると男が剣を構えなおし、そして後ろから先ほどのスピードでせまってきた。

「――ッ!」

 まったく動こうとしない兵を突き飛ばし、男の太刀筋に合わせ剣を振る。
 先ほどは一打目を防いだものの、素早く切り返され頬に傷を負った。予想以上に太刀筋の速い相手と察した今度はしっかりと合わせ、そして防いでいく。
 男はそれに対し表情を変え、少し驚いた様子で振るスピードを落としていく。

「なかなかやるな」

 バッと一気に後方に飛び、距離をとる。

「お前相手なら俺も楽しめそうだ」

 長い髪で隠れているせいか目や表情では読み取れなかったが、その声は確かにこの時を心待ちにしていたかのようだった。
 体がわずかながら揺れており、自然体を維持している。いつ攻めてくるか分からない……
 オグマは男の手に集中していた。わずかながら攻めてくるときは力が入るはず。その一瞬を見分ければ防ぐことはできる。
 だが峰打ちや傷つけずに捕えることなど、出来そうにない。本能がそう告げている。そんなことしていたら確実に負ける。
 ふぅ、と息を吐いた瞬間、男は動いた。集中を切らしたわけではなかったが、軽く息をついたところで力強く一歩踏み出してきた。一瞬抜けた力を慌てて入れなおし剣を構える。

「遅い!」

 男は確信した。確実にオグマの体を切ったと。
 しかし男の耳に入ったのはキィンと言う体を切ったなら有り得ない音、そしてその目にはオグマが剣で防いでいるのがしっかりと見えた。当然、男は自分の目を疑った。常に冷静な男が、初めて戦闘で動揺をした。そして男の相手をしているのは剣士オグマ、もちろん彼もこのスキを見逃すわけがなかった。
 素早く男の背後につき、峰で首筋を思いっきり叩く。男はバランスを崩し、倒れはしなかったものの混沌としているようだ。

「それだけの腕を持ちながら、なぜこんなことをしている?」

 オグマは男の投げかけた。周りの血まみれの山賊たちを見渡しながら。
 男は剣を片手に力を全く入れてないようにだらりとさせていた。戦闘意思はないようだ。
 オグマ自身、混沌はさせたものの意識を失うほどはやっていないつもりだった。現に男は立っていられている。
 しかし一向に答えようとしない。ずっとオグマを睨みつけていた。

「こんなことしていてもお前のためにならない。どうせ生きていくために必要なら用心棒にでもなれば良いだろう」

 オグマは男に無残に剣を振って欲しくなかった。それほど惜しい腕を持っている。

「……俺は誰かの下につく気はない」
「勿体無い、その剣の腕を正しいことに使えばお前は地位も名声も手に入れることができる」
「そんなものに興味はない」

 男は言い切った。オグマは改めて問う。

「じゃあなぜ剣を持つ?」
「……さぁな」

 間を作り、そしてそっぽを向いた。オグマの質問の答えこそ男が求めているものだったから、答えようがなかった。

「だったら無闇に剣を振るな。剣が泣いている」
「アンタは……俺にないものを持っているようだ」

 男は嫉妬した。自分と大して実力も変わらないオグマは自分よりも大きく見えた。自分にないものをこの男は持っている。
 剣を持つ右手に力を込める。
 オグマを倒せば、自分の求めるものが手に入る。そんな気がした。
 しかし敵意をむき出しにしてもオグマは一向に構える様子を見せない。先ほどと明らかに違った。
 オグマからは戦意を感じない。剣も鞘しまっている。
 その行動に不信感を持った男は攻めるのを躊躇した。今までと違う、この男とはちゃんとした「戦闘」をしたいから。

「どうして構えない?」
「今日のところはここで退け」
「なんだと?」
「気づいたら部下がいなくなっている。恐らく増援を呼んでくるはずだ」

 言われてみると先ほどの兵の姿はなくなっていた。流石にオグマ相手に更に増援部隊が来たら分が悪い。
 しかしそれをオグマに言われる筋合いなどまったくない。ましてやオグマは隊長だ。

「なぜ、逃がす?」
「ここで捕まえるには惜しい男だからだ」

 そう言って男に背を向け、来た道を帰ろうとした。
 男は理解に苦しんだ。明らかに敵意のある相手にこういとも簡単に背を向けるなど……
 しかし男はいつものように切りかからなかった。それはオグマと同じ心境であったから。

「俺の名前はナバール。アンタは?」

 男は初めて人に自分の名を名乗った。オグマは振り向き微笑んだ。

「オグマだ。覚えておくぜ剣士ナバール」
「いずれ決着をつける」
「楽しみにしてるぜ」

 オグマは右手を上げひらひらと振ってみせた。ナバールはふっと頬を緩ますとオグマとは逆の方向へ歩き出した。
 これ以降、ナバールは死神はもとより紅の剣士をいう異名を取った。これまで傭兵として用心棒などをやり、剣士としての知名度を上げていった。オグマとの出会い、戦いがナバールを剣士として目覚めさせた。そう言っても過言ではないだろう……





3.

 サムスーフ山、別名デビルマウンテンには前述どおり山賊が巣くっている。
 険しい山道を一人の盗賊とシスターが息を切らして走っていた。そのすぐ後ろからはその山賊、サムシアンが二人を追っている。

「キャッ」

 足がもつれ盗賊と繋いでいる手が離れシスターが転んでしまう。盗賊は慌ててシスターの傍に駆け寄った。

「レナさん、大丈夫かい?」
「は、はい……」

 しかし状況は大丈夫ではなかった。山賊たちが追いついて二人を囲んでいた。

「チッ……」

 盗賊は舌打ちをし、どうやって逃げ切ろうか考えていた。

「ジュリアン、裏切りはどうなるか分かってんだろうな?」

 ジュリアンと呼ばれた盗賊はそれには答えず思考を巡らせていた。ジュリアンは元々サムシアンのメンバーだったがシスター、レナを救うために裏切り、脱出を手伝った。その救った意図も、サムシアンがシスターを捕まえていた意図も今は分からないが……
 とりあえず持っていた鉄の剣を構え、逃げる方向の山賊に構える。

「レナさん、走れる?」
「はい。なんとか……」

 レナに確認を取った後、素早い動きで目の前の山賊に切りかかる。山賊は斧を振りかぶり対抗しようとするが、素早いジュリアンの動きについていけず、あっさりと避けられると簡単に攻撃を食らう。
 怯んだ隙に二人は駆け抜ける。ジュリアンは戦闘は得意ではないが、剣はそれなりに使え動きの遅い山賊相手なら怯ませる程度のことは出来る。もちろん対峙し、倒すとなると話は別だが。

「麓にはアリティアの騎士団が来ているらしい。そこまで頑張ってくれよ」

 しかし山賊も捕まえたシスターをやすやすと手放そうとはしない。

「剣士ナバール、そいつらを捕えろ」

 山賊の声に反応し、突如横の木々の間から赤い長髪の男が出てくる。ジュリアンとレナは急ブレーキをかけた。
 スッと剣を構える。この男はそんじょそこらの剣士とは雰囲気が全然違う。盗賊でしかないジュリアンでもそれは感じ取れた。

「女に手を出す気はない。そいつをよこせ。さもなきゃ痛い目見るぞ」
「ケッ誰がやるか」
「バカなマネを」

 フッと一息吐くと、ナバールは力強く一歩踏み出した。それは素早さに自信のあるジュリアンですらついていけないほど速かった。
 これは間に合わない! そう咄嗟に判断したジュリアンは「すまない」と呟くとレナを軽く後ろに飛ばした。
 そしてナバールの剣がジュリアンを捉えた。

「ぐわぁぁぁ!」
「お前如きじゃ俺の剣は見切れない」

 ナバールは思い出していた。同じような状況下で自分の剣を防いだ男を。
 あの男は今、どこにいるのだろうか?
 いずれ決着をつけたい。ナバールが用心棒をし始めたのは、あの男と再び出会い剣を交えるため。
 そうじゃなきゃ誰がこんなヤツを守るために剣を振らなきゃいけないんだ。前だったら真っ先に切っていたような相手を守るのは癪に障ったが、あの男と会うためだったらなぜか我慢できた。それほどあの時の戦いは血が騒いだ。

「くっ……ジュリアン……アナタだけでも……」

 レナはナバールに切られたジュリアンの傍により、杖を出した。
 山賊たちはその光景に少し呆気に取られてて、ナバールも何をする気なのか興味があった。
 しかし一人の山賊がこの状況に気づいた。

「あの女、あの杖持って来てたのか!」

 しかし時すでに遅し。杖と一緒にジュリアンの体も光出し、その光が体を覆い隠すように光輝くとジュリアンはその場から消えていた。
 ナバールは少し驚いたように目を見開いた。山賊たちもそれは一緒だった。

「くっ、だが良い。この女さえ戻ってくればな」

 山賊のその言葉にナバールは欠伸をするとすぐ傍の木にもたれかかると深く目を閉じた。
 そして戦闘のさい軽く思い出したタリス軍の隊長との対戦を脳裏に思い描いた。





4.

「ふ〜ん……それが剣士ナバールか……」

 村で休息を取っているアリティア騎士団。マルスはオグマの昔話を聞いていた。
 話を聞くだけでナバールという剣士がいかに優れていたか伝わっている。味方になればこれ以上の戦力はないだろう。

「さてと、ちょっとその辺見てくるわ」

 話し終えたオグマは立ち上がった。

「あ、私も行く」
「おいおい姫様は……」
「オグマがついていれば安心でしょ?」

 有無を言わさず微笑むシーダ。これにはオグマもマルスも苦笑するしかない。
 分かりましたよっと半分呆れながら、剣を背中に背負い宿を出て行った。

「……ん?」

 村を出てすぐのことだった。険しい山道の入口付近に誰か倒れこんでいるのをオグマがいち早く見つける。
 遠目だったがその者は出血していることが分かった。シーダはペガサスに乗り、その者の元へ飛び立つ。

「大変。大丈夫かしら……」
「すぐ治療した方が良いな。傷薬はドーガが持ってるから一度村に戻るしかない」

 ドーガと言うのはアリティア騎士団唯一のアーマーナイト。いつも楯の役目になっているため、よくダメージを負う。
 そのため彼に数少ない傷薬を持たせている。まだアリティア軍にはライブの杖を使えるシスターはいない。
 シーダが村に向かって飛ぼうとした時、男はわずかに動きを見せた。

「ん……ッ……」
「大丈夫か!」
「――ッ……アンタは?」
「アリティア宮廷騎士団の一人だ。何があった?」
「そうか……アンタが……!!! レナさん!?」

 男は傷で痛む体を無理やり起こし辺りを見渡したかと思ったら立ち上がり、山を登ろうとする。

「ちょっと無茶よ!」
「くっ……」

 シーダの言葉と同時に男は痛みから崩れ落ちる。

「状況を教えろ。俺たちが何とかする」
「……レナっていうシスターがサムシアンに捕まっている。しかもとびきり強い用心棒もいるようだ……」
「何……?」
「頼む! 助けてやってくれ……」
「OK。姫様」

 シーダは言われるより早く、山の方へ偵察に動いていた。
 やれやれ、と首を横に振ると男を木の影に寝かせると、急いでシーダの後を追った。

「姫様!」
「オグマ、あそこに誰かいるわ」

 急降下してきたシーダはオグマに合図を送った。その合図にオグマは背中に背負っている剣に手をかける。
 いつでも敵が出てきてもいいように……
 その刹那だった。木と木の間から弓が放たれた。

「なっ!」
「――ッ!」

 間一髪シーダはかわすもバランスを崩し地面に叩きつけられた。
 落ちた後の反応で大したことないだろうと判断したオグマは素早く木の間にいるアーチャーを見つけ剣を振るう。
 確実に急所を捉え、一撃で倒した。

「姫様、大丈夫ですか?」
「えぇ……何とか」

 木に背を向けシーダの方に歩み寄ろうとした瞬間、後ろから殺気を感じた。それとシーダが後ろっと叫ぶのは同時のことだった。
 咄嗟に剣を構え、反応する。いつかの時のように。

――キィン

「変わらないな。その腕」
「やはり貴様か、ナバール」

 剣を合わせ互いに顔を確認する。その一瞬の動きにシーダはついていけなかった。
 次の瞬間、後ろに下がると一気に地を蹴り攻め込む。
 しかしナバールはオグマの攻撃をかわすと剣を逆手に素早く持ちかえて腹を切る。

「――ッ! くっ……」

 力が十分入りきらなかったのか傷は浅かったが、それでもオグマにここまで負わせたのはナバールがやはり初めてだった。

「今宵の必殺剣はよく切れる」
「あれはキルソード!」

 シーダはナバールの持つ剣を見て叫んだ。傭兵、勇者など剣術に優れたものが持つとその力は十二分に発揮すると言われる必殺の剣。
 一方オグマは鉄の剣。アリティア騎士団は金には恵まれていない。敵から奪ったりしてようやく武器を補っているほどだ。
 この間のガルダ港での戦いで最も戦闘を行ったオグマの剣は悲鳴を上げていた。

「姫様、皆に連絡を」

 切られた箇所を押さえながら座り込んでいるシーダに言う。シーダは我に返ったようにハッとし、慌ててペガサスに乗り込むと急上昇して村のある方角に飛んでいった。

「山賊の用心棒をしてるとはな。驚いたぞ」
「金は払ってくれるんでな。後は何してようが俺には関係ない」
「だろうね」

 剣を強く握り、構えなおす。初めて剣を交えてから大分月日が経つが、その間の戦闘数はナバールの方が多かったようだ。以前に増して剣のキレはもちろん、状況判断が優れている。先ほどの一打もそうだ。オグマも決して遊んでいたわけではないが、タリス軍の隊長として街の治安を守っていたりと国のために活動していたため、場数という点では用心棒として各地を回っているナバールには敵わない。

「だが、その様子を見ると未だに収めるべき鞘を見つけてないようだな」
「ふっ」

 オグマの言葉を聞き流すかのように素早く動く。スピードなら負けてないオグマも一瞬でも隙を見せればキルソードの餌食となる。
 逆にナバールが隙を見せれば鉄の剣といえど急所を切る自信はある。負けじと素早く足を動かす。
 距離をとったり、一気に接近し一太刀浴びせたり……だが互いにそれをやっても互いに防ぐ、避ける。一進一退の攻防だった。

「あれか?」

 麓の方面から声が段々近づいてくる。恐らくシーダがアリティア騎士団に伝え、駆けつけてきたのだろう。
 カインの大きな声は耳に入ってきたが、それ以外は何か喋っている程度にしか分からない。いや、そっちに意識を持っていったら最後、ナバールはその隙を見逃さないだろう。
 オグマはナバール相手に全神経を駆使して戦わなくてはいけなかった。

「援護するか」
「待てカイン。ここはヘタに入り込まないほうがいい」

 真っ先に突っ込もうとしたカインをマルスが制する。戦いを見ていれば分かる。今の自分たちじゃ手出しするだけオグマの足を引っ張るだろう。それぐらい理解できた。
 マルスはカインたちにより上にいる山賊たちからシスターを助けることを指示する。念のためマルスと弓兵のゴードンはその場に残りオグマの戦いを見届けることにして、他の兵は指示通り山頂へ登っていった。

「周りが騒がしくなってきたな」

 剣同士合わせて接近しているところでオグマが口を開いた。

「まだ無駄口叩くほど余裕あんだな」
「いやお前相手じゃ一杯一杯だ――……よっ!」

 オグマらしくない大振りでナバールを吹き飛ばす。だがそれで体勢は崩れるわけなく、ナバールは一気に踏み込み距離を縮めてくる。
 それを確認したオグマは少し頬を緩ますと剣をより強く握り接近する。

「なっ!?」
「――ッ!?」

 しかし二人の間に第三者が飛び込んできた。青い残像が間に入ったかと思うと二人の足元にはそれぞれ弓矢が半分に切られた状態で落ちていた。

「すまないオグマ」

 飛び込んできたのはマルスだった。木の影から弓兵が打ち込んできたのをいち早く察し、オグマを守った。が、一歩間違えれば自らが切られていたというとんでもない行動だった。

「戦いの邪魔してすまないが、サムシアンを倒すことに協力してくれないか?」

 思ったより数多く潜んでいたサムシアン。シーダから少し苦戦しているとの連絡を受け、またこの周りも弓兵に囲まれているようだ。
 オグマは鞘に剣を収め、マルスの指示に従った。

「ナバール、お前との戦いお預けだな」
「貴様、タリスの軍隊長じゃなかったのか?」
「ワケありでね」

 それだけ言い残すとマルスらと共に山頂へ登っていった。
 残されたナバールは釈然としない顔で山頂の方を見上げていた。





5.

 数が多くて手間取ったがしっかり陣形を取って攻めれば盗賊には負けない力を持つアリティア騎士団。オグマとマルスが合流後はあっという間に敵を倒し制圧した。そして城からサムシアンが持っていたというお金をもらい軍事金とした。元々は村などから巻き上げていたお金のため快く提供してくれた。
 先を急ぐアリティア騎士団だったが、ここまで戦いが続いたため次に向かう前に城で一休みさせてもらうことになり、酒を浴びて潰れる者、食いすぎて深い眠りにつく者など様々だった。とても国奪回を目指している一向には見えない。ハメを外すにも限度がある。シーダは呆れ返ってしまっており、マルスは微笑を浮かべていた。
 そんな中、城に仕えている者が慌ててマルスの元に駆け寄ってきた。不思議に思ったマルスとシーダだったが、相当慌てていたのか息を切らしており話すに話せない状況だった。とりあえず手に持っていた飲み物を手渡し落ち着かせることにした。息を整え、渡されたものを飲み干すと凄い剣幕で話し出した。

「大変ですマルス王子。オグマ殿が赤髪の男と外で戦っております」
「なんだって?」
「つい先ほど赤髪の男が城を訪ねて来て、オグマ殿を出せと。素性も知らない相手だったので断ろうとしたらたまたまオグマ殿が通りかかって、それで外に……」
「そうか……分かった」

 状況を聞き頷いた後、マルスはスッと立ち上がった。それを見てシーダも続いた。お互い目を合わせ頷き合うと外に向かって駆け出した。宴会の後のような残骸を後にして……



 すぐ外で戦っていると聞き、城を出てみたが戦っているような殺気が感じられない。先ほどの戦いでは剣と剣がぶつかり合う音が響いていたのにそれも聞こえてこない。不思議に思った二人は辺りを見渡すと暗闇の向こうに人影が二つほどあるような……凄い曖昧だが一部景色が違って見えた。恐らくオグマたちだろうと、ゆっくり近づいてみた。

「誰だッ!?」

 オグマの声に二人はその場に直立不動となった。シーダにいたっては冷や汗が出てくる始末。それほど鬼気迫るものがあった。
 マルスは声でオグマと判断できたが、向こうは相手が分かっていないのか剣に手を触れ、いつでも抜ける準備をしている。

「オグマ、僕だ。マルスだ」
「王子? どうしてここに?」

 マルスと分かったためか、手を剣から離し肩の力を抜く。そして呆れ半分って感じで微笑する。
 今まで対峙していたナバールはオグマの意識がマルスたちの方にいったと感じ取ると後ろにある木に寄り掛かった。
 またナバールと戦闘していたのではないかと思ったことを伝えるとオグマは笑って、それはないと否定した。

「実は仲間に誘っていたんです」

 オグマの一言に二人は驚愕した。が、考えても見ればナバールはただの傭兵、用心棒に過ぎない。それを考えると無理に戦う道を選ばなくてもいい。ナバールほどの剣士なら戦力は格段に上がるのは間違いないだろう。
 しかし当の本人は相変わらず木に寄り掛かって、俺は関係ないと言わんばかりに目を閉じていた。

「なぁ、ナバール。どうだ、この際にアリティア騎士団を収めるべき鞘にしてみるのは?」

 問いかけるも特に反応もない。ナバールにだって言い分はある。オグマとの再戦を望んでいるのになぜ味方同士にならなくてはいけないのか? なぜ、弱いやつを守らなきゃいけないのか? 今まで用心棒をやってきたのは、それで強いやつと戦えるから。戦闘の経験を積めるからだ。目の前に対峙すべき相手がいて、なぜそんなことを続けなくてはいけないんだ。それが本心だった。
 でもオグマの様子は変わらず、ずっと返事を待っていた。仲間になる気など毛頭ない。それだけを伝えてこの場を去ろうと目を開けた。しかし目の前には青色の長髪が特徴の女性、シーダが立っていた。マルスもオグマもいつの間にっといった感じだった。

「なんだ?」
「剣士ナバール。サムシアンの用心棒を辞めて、私たちに力を貸して」
「……盗賊どもは滅びたも同然だ」
「では――!」
「お前らに力を貸す気もない。どけ。さもなきゃ斬る」
「ダメと言うのなら構いません。その剣で好きにしてください」

 シーダの覚悟にナバールは少し躊躇した。王子や王女なんて守られるだけの存在だと思っていたが、王子はわざわざオグマと戦っている最中に飛んできた弓に気づき、迷わず飛び出してきた。流石に後ろで待機している二人はいざって時のために鞘に収めながらも剣を握ってはいるが……
 こいつらなら悪くはないかもしれない。そう思い始めていた。

「俺は女を切りつける剣は持ってはいない。そこまでの覚悟があり、俺が必要というのならいいだろう。力を貸してやる」

 ナバールがそう言った途端にシーダはふぅっと息を吐き、全身の力が抜けたかのように地に座った。マルスは慌ててシーダに駆け寄り、オグマはナバールに近づいてきた。

「どういうつもりだ?」
「別に。だが国を取り戻す戦いとやらなら強い相手とやれると思ってね」
「そうかい」

 相変わらずのナバールに笑って応えた。いずれにせよアリティア騎士団は心強い剣士が仲間になったことになる。
 マルスはシーダに手を貸して起こすと、そのまま肩を抱いて城に戻っていった。オグマもそれに次いで歩きだしたが、立ち止まっているナバールを不審に思い後ろを向いた。ナバールは薄らと笑みを浮かべながらキルソードを天に掲げていた。キルソードは満月に照らされて異様な光を発しているように見えた。オグマには感じ取れたのだろう。ナバールの持つ強者の空気を……
 こちらを見ているオグマに気づいたのかキルソードを鞘に戻すといつものクールな表情に戻り、鋭い目でオグマを睨む。

「いずれは決着をつける」
「もちろんだ。戦いが終わったら……な」

 一時、緊迫した空気が流れ……そしてどちらともなく微笑を浮かべた。
 ただ無造作に暗黒の空に存在する満月はアリティア騎士団の、そして二人の行く末を照らしているかのようだった。





〜Fin〜










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