ユウ・スティンはあの日、誓った。亡き友のためにも、その遺志を引き継ぐと。
 魔王を倒し、後に『血の聖戦』と呼ばれるこの戦いに終止符を打つと。
 そのために彼は一生懸命に剣を振って自分を磨き、各帝国をまわって戦力拡大のために動いている。
 そしてその礎のために彼は今、ある意味窮地に立っていた。
 自分の殻を破るべく、会得しなければならない技があるから……





――月の光が輝くとき―






 周りには建物なんかはなく、木々も数えるぐらいしか生えていない殺風景な場所に二人の青年がいた。
 一人は銀髪を後ろで束ねており、左目が前髪で見え隠れしているどっちかというと笑顔が似合う好青年だ。
 もう一人は青色の髪で同じように後ろで束ねている。顔立ちは似ているが、こちらはクールな美青年という印象をもてる。
 そんな二人がなぜこういった場所にいるのか?  その理由は……

「月光ッ! 落ちろォォォ!」

 銀髪の青年の声が辺りに響き渡る。
 それを合図に夜空に月が現れた……問題はその月が美しく光り輝いておらず、不気味な月だってことだ。
 その月を確認し銀髪の青年がうな垂れ、青髪の青年は呆れるようにため息をついた。

「おわっ、失敗か!」
「ユウ、いつになったら会得するんだ?」

 そう二人は今、銀髪の青年……ユウ・スティンの月光という技の会得に励んでいる。
 とても強力な業なのだが、ユウは成功した試しがない。
 まったくない……というわけではないのだが、成功率がかなり低いため実戦で使えるレベルではない。
 しかし会得さえすれば心強い技であることに間違いない。
 だからこうして暇を見つけては技の練習をしているのだが……

「おっかしいな……俺のどこが悪いんだ? ルイ兄」

 ルイ兄と呼ばれた青髪の青年はユウの実の兄である。本名はルイ・スティン。
 かなりの強さを誇っており聖ヘレンズ帝国が誇る四大将軍に引けをとらないほどだ。
 そして弟のユウはその四大将軍の一人である。
 もちろんユウの実力も高いのだが、『月光』だけはなぜか確実に出すことが出来ないらしい。
 聖ヘレンズ帝国に伝わる奥義、『光の翼』は難なく使え、『紅蓮』という技もオリジナル性を加えているほどだ。
 それだけに今の状況はルイも不思議でしょうがない。

「早く会得しろ。俺たちには時間がないんだ」
「だからよぉ、アドバイスくれって! 何回やっても出来ねぇもんは出来ねぇ!」
「なら諦めろ。他の技を磨いた方が効率がいい」
「ぐはぁ……冷たい一言だぜ」

 口ではそう言うもののまったく堪えてない様子で、早くも剣を前に掲げ次の準備をしていた。
 この前向きさで、ついこの間の出来事と言ってもいい、聖ヘレンズ帝国が魔族の手によって壊滅させられた『血の聖戦』を戦い生き残ってきた。
 今、聖ヘレンズ帝国は新たに王を即位し、町民たちの活動によって再興をしつつあった。
 そしてスティン兄弟は戦いが終わってからは圧倒的な力を見せつけられた魔族に対し、自分たちの実力を上げつつ戦力拡大のために動いている。
 これも戦いで悲壮な最期を遂げた仲間たちの意志を受け継ぐためだ。

「よ〜し、行くぜぇ!」

 威勢のいい叫び声から強く剣を握り締め、集中し始めた。
 その後ろ姿を腕を組みながら見ていたルイがふとユウを呼び止めた。
 せっかく集中していたユウは肩透かしにあい、少し不満そうに後ろを振り向いた。

「なんだよ〜ルイ兄? せっかく集中してるところにさ」
「さっきから思っていたことなんだが、やっぱ標的があったほうが良いかもな」
「……ふむふむ。それもそうだな。よし、あの岩を狙ってやるぜ!!」
「いや、こっちの方がいいだろう」

 ルイは空き缶を手に持ち、ユウの前に置いた。
 ユウは少し固まり、先ほどの位置に戻っていくルイを見ていた。

「さぁ、やってみろ」

 少し距離をとったルイがこっちは準備良いと言わんばかりに催促した。
 当のユウは腕を組みながら先ほど自らが狙うと言った岩に寄りかかるようにして見ているルイと少し先に置いてある空き缶を交互に見つめ、何か言いたげな複雑な顔をしていた。
 少しの間の後、まぁいいやと思い改め両手でギュッと剣を握り、高々と前へ掲げ再度集中した。

「月光! これがお前の見る最後の技だ!」

 辺りが暗くなり、闇を作った空に低い音を放ちながら月が現れる。その月から一筋の光が空き缶目掛けて降り注ぐ。



―――カン―――



 その余りにも細い光の線は空き缶に当たり、情けない音をたて地に転がった。
 またもや失敗に終わり、缶は多少凹んだ程度のダメージしか負っていなかった。
 これならぷにょん相手でも最後の技にはなりえないだろう。
 二人はその倒れた缶を暫しの間、見ていた。
 いい感じに吹いている風が一層、寒さを引き立たせる。

「……はぁ……」

 先ほどから何度ついているが分からないが、ルイのため息は回数を重ねるごとに大きく深いものになっている。

「もうダメだぁ! ルイ兄、見本見せてくれ!」

 自らの剣を鞘に収め、後ろにいるルイに助け舟を頼む。
 ルイは一息いれ、立ち上がると鞘から剣を抜き、岩から一定の距離をとった。

「下がってろ!」

 ルイの本気に満ちた声にユウは素早く下がり、ルイの姿に注目した。

「月光ッ!!」

 ピカッと強い光が放たれると空が暗くなり、月が現れた。
 似たような感じだが、肝心の月は全然違う。
 不気味な笑みなどない、美しい輝きの綺麗な月だ。
 そこから放たれた凄まじい光が岩を吹き飛ばした。
 岩が見事に木っ端微塵になったのを確認すると目を伏せ、剣を鞘へ戻した。

「おぉ! すげぇな、ルイ兄は!」
「これぐらい普通だ」
「よし、俺もやるぜぇ!」

 すぐに剣を鞘から抜き、前方に掲げる。
 しかし、ルイがそれを制した。

「少し休憩しろ。これ以上やったらいざって時戦えない」
「そうか……そうだよな。じゃあ休むか」

 月光は強力な技のため、消費も激しい。
 未完成とは言え月光を連発しているユウはかなり疲れているはずなのだが、それを感じさせないのはやはり将軍クラスなだけはあると言えるだろう。
 二人は近くに生えていた数少ない木に寄りかかるように座った。
 しかし特に会話することなく、お互い佇んでいるだけ。
 風に揺られ葉同士が触れ合う音だけが耳に入ってくる。
 こう言う状況で何も喋らないユウにらしさを感じず、ふとルイの方から話しかけた。

「どうした、ユウ。らしくもなく悩んでいるのか?」
「ん? いや……そんなんじゃねぇんだけどさ……」

 歯切れの悪い返答が返ってきて、やはりらしくなかった。

「この前の戦い。倒せたのってラーハルトだけだっただろ?」
「俺たちの力不足だった。それだけだ」
「だけどよ、あの時はカインもいた。フリージアもいた。ディアもリナも……多くの仲間がいた……だけどそれらを失って、ようやくラーハルトだけを倒せた。そう思うとこれからのこと不安になっちまってさ」

 本当にユウらしくないのだが、言っていることは良く分かる。

「だが、そいつらのためにも俺らはやらなきゃいけないんじゃないのか?」
「そうなんだよな。分かってる、分かってるつもりなんだけどな」
「ユウ、お前らしくもない。いつものようにしていろ。戦場で後ろ向きな考えは命取りだぞ」
「うん、そうだな。俺はカインの遺志を継いだんだ! こんなところでへこたれてる場合じゃねぇな!」

 たった数秒でここまで考えを正すことができる。
 そのあまりにも楽天的すぎる性格は将軍としては不安な面を見せるが、周りの人間にとってはこれほど心強いものはない。
 勢いよく立ち上がると先ほどの場所まで駆けていき、放置していた空き缶を立て直した。

「まったく……」

 ふぅと一息つきながら呆れた様子を見せるものの口元は笑っておりどこか嬉しそうなのもまた事実だった。

「おし、やるぜぇ……っと……」

 ユウが技を繰り出そうと構え、缶を見たときだった。
 その延長線上に人影が見え中断した。
 ルイもそれに気づき、剣に手を添え警戒をするものの、肉眼で相手を確認するとルイは剣から手を離し、その相手に近づいた。

「一国の王がわざわざどうした?」

 ルイの半分冗談めいた質問に近づいてきた銀髪の男性が含み笑いし、すぐに真剣な面持ちで切り出した。

「二人に頼みたいことがある」

 ユウは剣を鞘に戻し、銀髪の男性の話を聞くことにした。







 スティン兄弟はとある反帝国集団の情報の元、レモリア大陸を訪れていた。
 戦力拡大のため、この大陸にいると言われている精霊を自在に操れるという大精霊術士を求めて。
 そしてもちろん、この技の会得も忘れていない。

「行くぜぇ! 俺様の愛と愛と愛で! 必ず成功させてみせる!」

 口癖であり、お馴染みの言葉も飛び出し今まで以上に勢いよく剣を掲げ、技を出す体勢になる。

「月光ッ! これがお前の見る最後の技だ!」

 ユウ・スティンの『月光』を会得は、血の聖戦の終わりを告げる礎となるだろう。
 彼の月が光輝くとき、きっと戦いに終止符が打たれるはずだ。
 そんな幸せな未来が訪れることを信じて、彼は今一生懸命に頑張っている。



―――カン―――



「…………はぁ…………」

 ルイ・スティンの呆れるほど大きなため息がその未来の遠さを物語っていた……
 そしてこのユウの出す不気味な月が問題になり、とあるハンターチームが依頼を受け二人に出会うのはまた別のお話。










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