「うん、これにしましょう」

 この一言が全ての始まりだった。
 度重なる事件を目の前にして僕はこの身枯れるまで見守ってやろうとそう思った。それがいつもとんでもない事件に巻き込まれるこの事務所に来た僕の義務であり、運命なのだから。
 そう……



『いつまでも……』



 ある日、僕はロングヘアーでスーツを着こなしている大人っぽい女性に買われ今の事務所にやってきた。
 僕はこの時、心の底から喜んだ。何個も同じのが並んでいる中から僕を選んでくれた。それが嬉しかった。店のトラックで運ばれ、来た事務所らしき場所はは殺風景でデスクや本が数冊しか挟まっていない本棚、テレビなど本当にわずかな物しかなかった。明らかに購入したてという感じだ。余りに殺風景だったから僕を購入した、この推理は間違いではないだろう。まぁ理由はなんでもいい。大事に育ててもらえるなら……
 しかし、しばらくして僕は来る場所を間違えてしまったことを思い知った。いや、買ってくれた人……綾里千尋さんはとても良い人だ。人間からすればただの植物でしかない僕に『チャーリーくん』と名付けてくれた。栄養や水をくれるのに気を使っていいタイミングを見計らい、きちっとやってくれる。それはもう容姿も性格も言うことない女性だ……と思う。
 ただ唯一無二と言ってもいい問題がある。それは彼女の職業だ。どうやら彼女は弁護士らしい、しかも腕利きの。そのせいで毎日、相談者が絶えない。それの何が問題かと言うと、僕が置かれているところだと会話が普通に聞こえてくる。弁護士という職種はどうやら法的な相談が主らしく、重い話が多い。ずっと話を聞いてるとこっちが滅入ってしまいそうだ。しかし千尋さんはそんな素振りを見せず淡々と依頼者のためにと仕事をこなしている。僕はそこに千尋さんの根強さを垣間見た気がした。
 そしてしばらくして千尋さんがある男のことを懸命に調べていることが分かった。愚痴れる相手もいないのかたまに僕に話しかけてくるから、それから察するに千尋さんはその男を探し出すために弁護士になったみたいだ。僕はなにも出来ないけど、いつか見つけ出して欲しいと心から思った。







 この事務所に来て数年がたったある日、一人の青年が訪れた。ギザギザした髪とは裏腹に頼りなさそうというのが第一印象だった。どうやら千尋さんの知り合いらしく、驚いてみたり喜んでみたり、こんなにハシャぐ千尋さんは初めて見た。名前はナルホドと呼ばれていた。変な名前だから千尋さんがつけたニックネームかなんかに違いない。 彼は弁護士の卵らしく千尋さんに弟子入りを志願してきた。多少戸惑いながらも千尋さんはすぐ笑顔で了承した。そしてすぐ僕を紹介してきた。

「ナルホドくん、彼がチャーリーくんよ」

 そう紹介されたナルホドは思いっきり顔を歪めた。

「チャーリーくんって……植物に名前付けてるんですか……」
「かわいいでしょ?」
「いや……動物ならまだしも……」

 そう、観葉植物の僕は千尋さんに『チャーリー』という名前をつけてもらった。ナルホドの言うとおり、動物のように動けずこんな僕たちを人は軽く見てるだろう。でも千尋さんのように手をかけて育ててくれる人もいる。この事務所に来て本当に良かった、そう思えた。その夜、二人が外食し少し寂しかったが……
 数ヶ月後、そのナルホドが初めて、弁護士として法廷に立つことになった。ナルホドが来てから千尋さんが直接僕に話しかけてくれるのはせいぜい水をくれる時だけになったけど、その分ナルホドとの会話で前よりも何をしているかは分かるようになった。少し前に見るからに迷惑を起こしそうな青年が事務所に来た。ナルホド同様、頭を尖らせていてナルホドの友達らしい。お前の知り合いはみな頭を尖らせる宗教でもやってんのかとでもツッコミたかった。(話すことが出来たら間違いなく言っていたことだろう)
 ナルホドは人が変わったように記録を何度も読み直し、法廷の勉強をしていた。普段はかなり情けないヤツのくせにいざとなると依頼人のためにと一生懸命に作業をしている。その目は千尋さんに似ていて案外いい弁護士になるんじゃないかと、密かに思ったりした。
 まぁそんなナルホドの頑張りのおかげでその男は無実になったようだ。千尋さんがお礼に考える人の置物をもらってきて、早速デスクに飾っていた。ナルホドは何やらブツブツと呪文を唱えているようだった。ハッキリとは聞こえなかったが、金がどうとか……人間の汚い部分が見えた瞬間だった。何にせよ、ナルホドはしっかり初法廷をやって終えた。そして綾里法律事務所の物語が幕を終えようとしていた。







 千尋さんには妹がいる。変わった装束を着てはいるが、明るくいつも笑顔でいる芯の強い子だ。
 何回か事務所に訪れては千尋さんと食事に出かけており、面識はある。

「そう、預かってほしい物があるの」

 今、その妹さんと話している最中だ。今度の裁判で使う証拠品を隠しておきたいらしい。妹さんに頼むのは初めてのことではなく、すんなりと話が済んだらしく夜に来るってことで話を終えた。
 それから数時間たった後のことだ。一人の男が現れた。千尋さんは平然を装っていたがちょっと様子がおかしいように思えた。そして別部屋に入っていった。いつもの応接間ではなく……
 この時点で僕は二人が何を話してるか分からなくなった。
 たった五分、十分程度かも知れない。でも凄い長く感じた。嫌な予感が耐えなかったからなのか……変な緊張感が身を包んだ。そして……
 女性の悲鳴と鈍い音が聞こえてきた……
 男が一人、部屋から出てきた。考える人の置物を持って、たった一人で。僕はこの時点で千尋さんの身に何があったか理解できた。でもどうすることも出来ない……僕は植物に過ぎないから。動くことも話すことも出来ない、人間にとっては風景の一部でしかないのだから。事が起きてからすぐ、事務所に誰か入ってきた。

「お姉ちゃん、いる〜?」

 元気のいい声が静寂とした事務所に響きわたる。 紫色の変わった装束に身を包んだ、髪もお団子のように結んである見た目はかなり世間からずれている千尋さんの妹の真宵ちゃんだ。

「あれ〜?お姉ちゃん、いないの?」

 真宵ちゃんは迷わずに千尋さんがいる部屋に入っていった。そしてすぐ悲鳴が聞こえた。これで僕の考えは確信となった。千尋さんはあの男に殺されたんだ。それが分かってもどうしようもないんだけど……
 でも僕は千尋さんがみすみす殺されるまねはしないと思っていた。あの男を探し尻尾を掴むために弁護士になり今まで苦労してきたんだから。
 何よりこの肝心なときに事務所にいないナルホドがいざという時に必ず力を発揮してくれると信じていたから。
 そのナルホドが事務所に来たのは真宵ちゃんが来てから後のことだった。呑気に事務所に入ってきながらも血の匂いに気づいた後の行動はそれなりに立派だった。どうやら追い込まれると力を発揮するタイプらしい。
 それから警察が来て二人は取り調べに連れて行かれた。それからのことは、僕には分からない。
 翌日、警察が証拠集めに来て、その話を聞くところ真宵ちゃんが容疑者として疑われているらしい。そしてナルホドも懸命に無実にしようと、犯人を見つけだそうと頑張っている。僕は少しだけアイツを認めていたのかも知れない。……少しだけだけどな。
 結論から言うと真宵ちゃんは助かった。いきなり結論で申し訳ないが、僕は過程を知りようがないから許してくれ。なんか二日目はナルホドが捕まったりしたらしいが、真犯人をしっかり捕まえたみたいだ。まぁ終わりよければ全て良しという言葉があるようにこれで千尋さんも救われただろう。
 そしてナルホドと真宵ちゃんで事務所の再建をするみたいだ。ナルホド法律事務所、語呂はかなり微妙だが本人たちもやる気みたいだし付き合ってやることにした。あの二人にはいつまでも千尋さんが側にいる。手を取り合って決意した時、僕にはそこに千尋さんがいた。そんな気がしたんだ。







 ナルホド法律事務所に変わって以来、毎月の家賃に泣かされながらも何とかやっていってる。ナルホドはともかく真宵ちゃんはちゃんと僕に水をくれるし。
 ただ大きな裁判が会ったのか外食してきたその日、真宵ちゃんは事務所を出て行った。その経緯はやはり僕には分からない。しかしそれ以来ナルホドは依頼を受けなくなった。事務所は開いているのに、毎日ただただボーっとしているか千尋さんの法律関係の本を開いてはちっとも読むそぶりを見せずに閉じているだけだった。
 そんなある日、事務所に白衣を着た女の子がやってきた。千尋さんを求めて……
 少し食い違いがあったものの姉が捕まり弁護士が必要らしい。ナルホドは曲がりなりにも数少ない裁判を勝ってきた若手のホープ(自分で言っていたことだが)のため千尋さんがいないと知りナルホドに弁護を頼んできた。
 ナルホドは最初は断るつもりのようだったが、心変わりをして弁護を受け入れた。ナルホドはどうか分からないが、僕には彼女は一瞬真宵ちゃんと重なって見えた。これがキッカケにナルホドが立ち直れば良いかなと思っていた。一応僕なりに心配していた、水をやり忘れることが多々あるけど千尋さんの後継者なのだから。
 相変わらず事件に関しては分からないが一つ言えることはナルホドが前にも増して弁護の依頼を受けるようになったことだ。何があったかは分からないけど仕切りに裏切られたと言っていた……お人好しのナルホドにとっては辛いことがあったんだろう。
 僕もこの事件で少し変になった。依頼してきた彼女、茜ちゃんは科学捜査官を目指しているらしく たまに暴走するようだ。水をくれるのは嬉しかったがよけいなものを混ぜていたらしく葉が一部黄色くなってしまった。

「どうです? チャーリーくん」

 どうもこうもない……笑顔で誇らしげに言われても良い迷惑でしかなかったりする。
 結局、ナルホドが止めてくれたおかげでそれ一回に済み、その後にしっかり治ったけど茜ちゃんは僕のブラックリスト二人目に追加した。一人目?
 それは察して欲しい。








 年々、ナルホドの評価は鰻登りだった。以前本人が言っていた若手のホープと言うのは強ち自称ではなく、相談に来た人がナルホドを実力派若手弁護士と言っていた。……こんなお調子者がねぇ……と思ったのは一度や二度ではない。
 しかしそんなナルホドも決して恵まれた人生を歩んできたわけではない。弁護士として一人前になったかなって頃だった。
 いつものように僕に水をやるのを忘れ、前の日に記録を渡されまったく準備が出来てないまま裁判に出廷した。
 全てがいつも通りだったこの日、ナルホドは弁護士を辞めた……いや、辞めさせられたと言うべきだろうか。弁護士バッチを取り上げられたと言っていた。何をしたのか僕には分からないが、重い罪を犯してしまったことは理解できた。それでもナルホドは涼しげな顔をしていた。
 しかし残された問題は山積みだった。今回の被告人は逃亡したらしく娘が一人残された。お人好しのナルホドはその子と一緒に住むと言い出したことには驚いた。ただ女の子は明るくナルホドのことをすぐにパパと呼ぶほどだった。小さいのに気配りもできて、色々あったナルホドのいい支えになったんじゃないかってそう思う。

「これでもみぬき、プロだから。養ってあげるねパパ」

 ナルホドも僕も冗談で受け取っていたが、子供にしてこの子は本当にプロらしくステージに上がって生活費を稼いでいた……
 流石にそれではまずいと思ったナルホドはとあるレストランにピアニストとして行ってるとか……
 ナルホドにとって第二の人生の幕開けといったところだろう。







 これまでが千尋さんと出会い、ナルホドが弁護士を辞めるまでに至った経緯だ。これはほんの一部にしか過ぎないけれど……
 ナルホドが弁護士を辞め、そして七年の月日が経った。
 ナルホド芸能事務所(後、なんでも事務所)に所属してるのは自称ピアニストのナルホドとマジシャンの卵のみぬきちゃん、そして赤い服と髪型二本立っているのが特徴の若い弁護士だ。
 この三人で新たな物語を歩んでいくだろう。ナルホドは相変わらず水を忘れるけど、みぬきちゃんと弁護士くんは僕を『チャーリー先輩』と呼び世話をしてくれる。弁護士くんは毎朝うるさくて迷惑だが……
 最近ナルホドは家にいることが少ない。何やら秘密捜査やらをしているらしいが、まぁ僕には関係のないことだ。
 僕はあくまでこの子たちが歩む物語を見守っていくだけだ。
 そしてナルホドが世話を忘れない限り、僕は枯れ散るまでいつまでもこの事務所にいることが出来る。しかしついこの間弁護士くんが気づいてくれなきゃ僕は枯れていたかもしれない。水が足りず変色してしまっていたから……

 僕の望みは二つだ。
 一つは物語が完結するそのときまで枯れずに事務所にいれること。
 そしてもう一つはその物語が大団円で終わること。

 ナルホド、これでいい加減な物語を紡いだら本気で怒るからな!





〜Fin〜










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