一輪の花



「さよなら……」

 彼女のこの一言がすべての終わりだった。

 二年間付き合った彼女に別れを告げられた。
 世間はちょうどクリスマス。
 恋人たちで賑わう中、僕は一人街道を寂しく歩いていた。

 最近では別れた彼女と結婚も考えていただけにショックも大きく
 頭の中は何もかもなくなった感じになっていた。
 大好きな音楽すら耳に入らず、趣味の曲作りも当然やる気にならなかった。

 僕は普通に大学を出た後、一般企業に就職した。どこにでもいるような人だ。
 しかし高校の時からバンド活動をしていて、音楽がとても好きだった。
 今でもたまに路上ライブをやったり、歌える場があれば曲を作っては歌っていた。
 もちろんプロへの夢も持っていたし、まだ完全に諦めたわけでもない。

 彼女と出会ったキッカケも路上ライブだった。
 歌っていたところに彼女が来て、何気なく会話したところから話が弾んだ。
 何回か話していて、会って間もなく付き合うことになった。
 そう思うと2年という歳月は長かったように思う。

 そんなこれまでの彼女と過ごしてきた時間が走馬灯のように頭の中を駆け巡っていった。

「はぁ……」

 口から出るのはため息ばかり。
 周りを見渡せばカップルばかり。
 そしてカップルを見るたびにため息をつく。

『ため息ばかりだと幸せ逃げるよ』
 彼女に言われた言葉を思い出す。
 今は幸せが逃げたため、ため息をついている。
 むしろため息なんて、得てしてそんなものだと思う。

 でも、どうしても別れを信じることが出来ずにいる。
 一定の間隔で携帯を開き、センターを問い合わせている。
 表示されるのは決まって『新着メールはありません』の文字。
 当たり前だと思っていても、どこかで期待してしまっている。
 まだ残している彼女のメモリーを見ると、今まで見続けてきた彼女の笑顔しか思い浮かばないでいた。

 そんなとき、ポケットの中の携帯が鳴り出した。
 彼女からかと思い急いで携帯を取り出したが、ディスプレイには友人の名前が表示されていた。
 夢から急に現実に引き戻された感覚に襲われながらも、友人からの電話を無視することも出来ずに
 仕方なく電話に出ることにした。

「もしもし?」

「よぉ! 元気か〜?」

 正直元気でもなんでもなかったが、あまり悟られて下手に元気づけられるのもヤダったから嘘をついた。

「あぁ元気だよ」

「嘘つけ! 別れちゃったんだろ!? 大丈夫か?」

「何でお前が知ってるんだよ?」

「はっはっは。そこは気にするところじゃない」

 なんか一番気にするところの気もするが、そこまでの気力のない僕は黙って友人の話を聞くことにした。

「っで、何のよう?」

「あぁ、彼女がいなくなったキミは今日暇だろ?」

 凄く失礼でかつ人の気持ちを考えていないことがこれで分かるだろう。
 友人ならもっと励ましたり気を使ってくれて良いと思う。
 先ほどの僕の言葉と矛盾しているが、そこは突っ込まないで頂きたい。
 僕がそんなことを思っているとは知らず友人は一方的に話を進めていく。

「でさ、高校のころのバンドメンバーで歌うことになったのよ。暇ならお前もどう?」

「普通ならそんな気分になれないってわかるだろ?」

「悪いな。俺は普通じゃないからわからないや」

 ああ、そうでしたね。と心の中で深く頷いている僕がいた。

「場所は俺がバイトしているバーな。来るなら一曲作ってきてくれ。  ソロの場面作ってやるからさ。じゃ!」

 僕の返答なんて聞かず言わさず、一方的に電話を切る。
 ただでさえ、歌う気になれないのに更に一曲作って来いとまで言われた。
 生まれてから一番最悪なクリスマスを過ごしていると自信を持って言える。

 ただ先ほどまで落ち込んでいた僕の思考が、今は作詞・作曲に向いているのが分かる。
 こんな気分なのに自然と詩が浮かび、自然にメロディが頭の中に流れてくる。
 僕は急いで家に帰った。


♪ ♪ ♪


 入口のドアを開けると綺麗な鈴の音と同時に店員のお決まりの声が聞こえてきた。
 あれから家に帰ってから2時間ちょっとで、何とか一曲作った。
 誰かこんな心境でやり遂げた俺を褒めて欲しい……

「おぉ〜来たか! いや、来てくれると信じてた!」

 先ほど電話してきた友人がバーの制服を来てカウンターから出てきた。

「完全に憂さ晴らしの曲だぞ」

 そう言って友人に楽譜と歌詞を渡す。

「うんうん。お前らしさが出てて良いんじゃね? 1時間後にやるんだが、音合わせとかする?」

「良いよ。テキトーにするから」

「OK! さっすが!」

 高校時代もこんな調子でまともにリハーサルとかやらなかった。
 よっぽど大事な賞や大会の時ぐらいだろう。文化祭やこういう場でやる時はその場の勢いが多かった。
 僕はそれがやりやすかったし、誰かに縛られずみんな楽しんでやっていたと思う。
 そんな気持ちが徐々に戻ってきたのか、すでに僕の頭の中は前を向いていた。
 やっぱり音楽が僕にとっての原点だし、音楽をやっていたからたくさんのことを経験できた。
 彼女のこと忘れるまで時間はかかりそうだけど、今日作った歌で少しは楽になれたらっと思う。



 あっという間に1時間が過ぎ、本番開始。
 最初は久々と言うことで小さなズレがあったものの、10分も立てばそんなの感じさせない
 くらい息の合った演奏が出来ていた。
 やはり高校3年間という時間はそう簡単に忘れるものでもなく、体はちゃんと覚えていた。
 ギターとメインヴォーカルを担当している僕は、この日はギターよりヴォーカルの方を中心にした。
 歌って憂さ晴らしってわけでもないが、歌いたい気分だったのは間違いない。

 そして、友人が言ってた通り僕のソロの時間を作ってくれた。
 乗り気ではなかったけど、すっかり火がついてしまったらしく今は歌いたくてしょうがない。

「えっと、実は昨日、2年間付き合った彼女と別れました」

 僕の言葉にざわめきが起る。

「ショックで何も考えられない中、とある迷惑な友人から電話が来ました」

 チラッとその友人の方を見た。ヤツも僕の視線を感じたらしく、わざとらしく『あ? 俺?』みたいな顔をしていた。

「それで半ば無理矢理、参加させられてる格好ですが、やっぱ僕は音楽が好きらしく今日は十分楽しみました  その友人に今日一曲作って来いと言われ、2時間程度しか練る時間ありませんでしたが作ってきたので  良かったら聞いてください」

 僕の合図に合わせて照明が消され、真っ暗な中一つのライトが僕を照らす。

「一輪の花」

 自分でリズムをとり、ギターを弾き始める。
 ここから僕は完全に自分の世界に入っていった……



 何度でもやりなおせるから 思い切って 一歩歩き出してみて  キミと過ごしてきた月日は 色んな思い出ばかりだね  辛い時も楽しい時も いつも一緒だった  僕の前から あの日キミは  一言 話して 去っていった  どんなにもキミを想っても もうあの日には 戻ることはできない  過去を振り返らずにみんな それぞれの道 真っ直ぐ歩いていこう  初めてもらったプレゼント いまでも大事に育ててる  数多くあった花たちも 今は一輪だけ  この花を見て キミの笑顔  浮かぶよ 心に 永久にずっと  どんなに苦しくて辛くて 立ち止まっても 季節は流れていく  何度でもやりなおせるから 思い切って 一歩歩き出してみて  どんなにもキミを想っても もうあの日には 戻ることはできない  言葉も思い出も笑顔も 忘れずにして 未来へ歩いていこう  一輪の花 キミと共に歩んでく


♪ fin ♪

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