Life〜俺の好敵手ライバルは〜


 時は1996年、8月某日。兵庫県は西宮市、甲子園町にある高校野球の聖地と呼ばれる『甲子園球場』で毎年、数多くのドラマが生まれる。
 好投手、好選手が数多く存在しマスコミからは『黄金世代』と呼ばれるようになり、注目された夏の大会。
 甲子園は今年も数多くのドラマを生み出し、そして大会はいよいよ最後の一試合を残すのみとなった。
 ファイナルバトル、最後に一体どんなドラマが待っているのだろうか?






聖龍「よっしゃ、後一つ勝てば優勝だぜ!」


 彼の名は青波聖龍。黄金世代の中でもトップクラスの評価の右投げピッチャーである。
 肩を故障し、思うように投げられなかった高校生活だったが最後に意地を見せ決勝まで勝ち上がってきた。

木之本「気合入れるのは良いことだが、肩は大丈夫か?」

聖龍「あぁ絶好調。いやー気合が入ってるしね、ここまで来て痛くて投げられないじゃ締まらないし」

野山監督「しかし痛かったら言えよ。痛みは本人しか分からないわけだし」

聖龍「ッス。でもセンバツの時のように投げられなくて、佐紀がボコボコに打たれて負けたら泣くに泣けねー」

佐紀「うるせぇよ」

波野「でもそれは同感」

山本「だな。龍波が打たれたら仕方ないって思えるだろうけど」

佐紀「最後まで人を苛めるな。イジメは今、社会問題になってるんだぞ!」

波野「でもこの物語は1996年ですから!」

山本「残念!」

聖龍「このネタも古いよ、斬り!」

木之本「(そもそもそういう問題ではない)」






ズバーンッ!

伊勢「ふぅ。もう良いぞ立山」


 今回取り上げるもう一人のピッチャー。伊勢的也は高校野球の名門、帝王高校のエースとして群を抜いて評価を受けている。
 帝王最高の完成度とも言われており、左投げピッチャーと言うこともありほぼ確実に上位指名でのプロ入りするだろうと言われている。

立山「とりあえず疲れはなさそうだな」

伊勢「んなわけねーだろ。ここまでほぼ一人で投げてきて、疲れないヤツがいたら人間じゃねーよ」

立山「い、いや……そうだけど……」

伊勢「大体、準決勝の横浜相手にギリギリ勝ちっつーのがな」

立山「それはお前の油断もあったろ」

伊勢「………………」

南雲「油断つーか気負いすぎな。今日も青波相手だし、気をつけろよ」

伊勢「ふん、あんなヤツ気にも留めてないわ」

南雲「そうか。でも珍しいな、試合前に肩慣らしとは」

伊勢「肩慣らしするのは当たり前だろ」

南雲「今日は先攻だ。先攻の時はいつも試合始まってからゆっくり仕上るくせに」

伊勢「……ま、今日で最後だし」

立山「ホント素直じゃないよな」

伊勢「………………」

立山「分かった分かった」






 高ぶる気持ちを抑えつつ、最後の決戦に向けて調整する二人のピッチャー。
 熱闘と呼ぶに相応しい試合が今、幕を開ける。


甲 子 園 大 会 決 勝 戦
東東京代表 兵庫県代表
帝  王  高  校 VS 沼  南  高  校
3年RF相   川 波   野1B3年
3年2B舩   橋 木 之 本3年
3年3B南   雲 青   波 3年
3年立   山 山   本3B3年
3年伊   勢 森   竹SS 2年
2年1B堂   本 佐   紀 2B3年
3年LF福   浦 松   下LF 3年
3年CF川   越   南  RF2年
3年SS小   坂 ク ロ スCF3年


アナ「第78回全校高等学校野球選手権大会、早い話夏の甲子園もいよいよ最後の試合を迎えました。 東東京代表・帝王高校対兵庫県代表・沼南高校となりました。解説は今回のみの汎用解説者、古館さんに来ていただいてます」

古館「マジメなのかギャグ入り混じりなのかハッキリしてください」

アナ「滅茶苦茶マジメですよ」

古館「アナウンサーが早い話、とか汎用とか滅茶苦茶とか言ってはいけません」

アナ「それはさて置き、黄金世代と謳われ注目を浴びた今大会ですが実際はどうでした?」

古館「予想以上の完成度に驚きましたね。特にピッチャーはプロでも即戦力になれそうな選手が何名かいました」

アナ「恐らく古館さんの仰る選手のうち、二人は今日先発するであろう伊勢くん・青波くんを指してることでしょうけど」

古館「えぇ、決勝に相応しい投げ合いを期待しています」

アナ「ロースコアゲームが予想される中、どちらが先に先取点を挙げるか注目していきましょう」


1 回 表



アナ「1回の攻撃、帝王高校の攻撃です。トップバッターの相川が左バッターボックスに入りました」

古館「俊足とバットコントロールは素晴らしいですね。青波くんは彼を抑えれるかがキーでしょう」


木之本「(いくら帝王の打線が強力でも実際は相川と南雲を封じれば龍波なら十分抑えれる)」

相川「(ザッ)

木之本「(球威で捻じ伏せるか)」

聖龍「(おっ今日は強気やね〜)」


ビシュッ

相川「――!」


ズバーンッ!

聖龍「よ〜し、いける!」

相川「(驚いたな、前の試合より全然速い)」

木之本「(ドンドン来い)」


ビシュ

相川「だが甘いッ!」


キィーンッ


 鋭く振り抜いた打球はライト前へクリーンヒット。

木之本「………………」

聖龍「乗せといて打たれたらその仕打ちはないんじゃないか?」

木之本「コントロールが大事ってあれほど言っただろ」

聖龍「せーやせん」

木之本「球威だけで打ち取れる相手なら苦労しない。ホント気をつけろよ」

聖龍「うぃ」


アナ「先頭の相川、ライト前ヒットで出塁。そして2番船橋が右打席に入ります」

古館「セオリーなら送りバントですが、この2人は何でも出来ますからね」

アナ「初回から仕掛けてくるか!?」


相川「(青波はあー見えてマウンド捌きは上手いからな。ヘタに盗塁もバントも出来ない)」

船橋「(さー向こうはどうでるかな?)」


伊勢「最悪1死2塁の形にはするだろ、あの2人なら」

南雲「となると俺が責任重大だな」

伊勢「何言ってんだ。十八番の場面だろ」

南雲「へへっ」


 南雲は含み笑いを残しベンチを出てネクストバッターズサークルに行く。

立山「珍しいな、そんなに先取点欲しいか?」

伊勢「……別に。ただ青波如き早々にノックアウトしてほしいだけだ」

立山「へーへー」


木之本「(ここはバントだと思う。波野、山本前進)」

波野「(OK)」


 ホットコーナーに突っ込むようにサインを出す。しかしあからさまに出たこのサインを帝王1・2番は逆手に取る。


シュッ

相川「(ダッ)

木之本「なっ!?」

船橋「(サッ)

波野「読んでるよ!」

船橋「そうか?」


サッ――カーンッ!

 バントの構えから素早く引き、ヒッティングに切り替える。打球は突っ込んできた波野を襲う。

波野「ギャッ!」


ビシッ

聖龍「くっ」

佐紀「ゲッ」


 波野の弾いた打球は同じく突っ込んでいた青波の後ろに飛ぶ。体を反転させ懸命に飛びつく。  また一塁ベースカバーに走っていた佐紀も急ブレーキをかけ、ボールを追う。

木之本「佐紀、一塁カバー!」

佐紀「え?」

聖龍「なろっ!」


パシッ

船橋「え?」

聖龍「おぉ入った」

佐紀「急げ青波!」

聖龍「へ?」

相川「(ズシャアァ)


 スタートを切っていたはずの相川だったが青波がクラブに入ったことを確認している間に一塁に帰塁していた。

青波「はえー……」

佐紀「はえー……じゃねーよ。すぐに投げれば間に合ったぞ」

木之本「まぁ相川の判断が早かったし仕方なかったけど」

山本「良く迷わず戻ったな。落としたらどうしてたんだろ」

木之本「落としてたら相川はフォースアウト。しかし船橋が残るから結果は一緒だよ。 博打で3塁1塁かランナーなしを選ぶならどっちか残る方を判断した相川が上手かったってわけだ」

山本「なるほどな」

波野「ところで俺の心配は誰もしてくれへんの?」

山本「あれ、何かしたの?」

波野「打球当たってたろ!」

聖龍「余裕でグラブだったじゃん」

波野「それでも心配して駆けつけてくれるもんだろ!」

木之本「それだけ騒げれば大丈夫だ。それより次は南雲だ。気合入れろよ」

聖龍「あぁ」

波野「アッちゃん酷いよ」

木之本「早く守備つけ」


アナ「打球の当たった波野くんですがどうやら大丈夫のようです。ワンアウト1塁でバッターは南雲。 プロ注目のバッターです」

古館「得点圏でまわさなかったのは沼南としては良かったでしょう」


木之本「(南雲か……しかしさっきの船橋のプレー、ちょっと引っかかるな……)」

青波「(なしたー? 早くサイン出さないかな……)」


 普段と違い、初回から木之本がリードしてるためサインを出す動きがなくマウンド上で困っている青波を余所に  木之本は思考をフル回転させ、帝王の攻撃を読む。

木之本「(普通に送れば得点圏で南雲だ。これが一番確実だ。でもあえてエンドラン…… つまりどうしても1点が欲しかった? 3塁1塁なら確かに1点を入れるのは容易い。最悪ゲッツーでも点が入るから……)」

南雲「(初回から飛ばしてるな、木之本のヤツ)」

青波「(おーい……)」

木之本「(相手が予想以上に龍波を警戒してるなら、初回はまだ勝負に来る。高確率で――)」


サッ

青波「(えっ!?)」


 ようやく出た木之本のサインに明らかに動揺する青波。

木之本「(アホが……)」

南雲「(今、絶対おかしかったな。この場面じゃ有り得ないサインってことか……)」

青波「(えーい、俺が悩んだってしょうがない! 俺はアツのリードを信用して――)」


シュッ!

青波「投げるだけだ!」


ズダッ

相川「――ッ」

木之本「読んでるよ」


ビシュッ!

南雲「ウエストだと!?」


森竹「(パシッ)よっ」


アナ「刺した――ッ! 俊足相川を見事なバッテリーの連携で刺しました。盗塁失敗!」

古館「良く読んでましたね。キャッチャーが素晴らしい判断でした」


南雲「(しかも青波はクイックも巧みだ。これでは相川と言えど成功させられないだろう)」


相川「流石に木之本だな」

伊勢「アイツがいなきゃ、沼南はここまで上がれてないだろ」

船橋「うちが負けている部分といえばそこか」

伊勢「だな」

立山「あのさ、ネクストにいても聞こえてくるんだけど」

伊勢「聞こえるように言ってるからな」

立山「………………」


カキィーンッ!

青波「ぐはっ!」


 高めの速球に振り遅れず合わせた打球は右中間を真っ二つ。南雲は悠々二塁へ到達する。

南雲「おいおい、俺をストレートで抑えれると思ってるのか?」

青波「ちきしょお!」

木之本「(チッ、さすが南雲……)」


クククッ

立山「ラァッ!」

ブ――ンッ!!!

 しかし続く立山を外角のスライダーで空振り三振を奪い、1回の表は2安打されながらも無得点に抑える。


伊勢「打てない4番に守れないキャッチャーはいらないんだけど」

立山「それは俺のことか!?」

伊勢「いや、他に誰が?」

立山「ショオォクッ!!!」

伊勢「………………」


木之本「帝王にもやっぱあぁいうのは一人はいるんだな」

佐紀「どうでも良いけどな」


1 回 裏



アナ「1回の裏、沼南高校の攻撃は1番ファースト波野。今大会4割の成績を収めています。 対戦相手によって打順を変動される沼南、今日は1番に波野を持ってきました」

古館「今日は明らかに伊勢くん用、上位打線を固めてきましたね」

アナ「こう見ると打線ではやはり帝王が上ですか?」

古館「そうですね。上位と下位であまり大差ないですから。沼南は少し差が目立ちますね。 それでも上位打線の強さは両チーム遜色ないですよ」


聖龍「波野ォ! 好球必打だぞ! 積極的に打っていけやコノヤロー!」

山本「俺まで回せよチクショー!」

木之本「ガラ悪すぎだぞ」


波野「よーし、きやがれ!」

伊勢「(今日は1番に波野か……)」

立山「(一回り目は各打者がどれだけストレートに反応してくるか見てみよう)」

伊勢「(……いいだろう)」


シュッ!

波野「好球必打!」


カキィーンッ

伊勢「チィ!」


 打球は伊勢の頭上を超え、センター前へ。沼南、先頭バッターをランナーに出す。

青波「よっしゃあ!!! ナイス波野ォォォ!」

野山「よし、木之本送れ」

木之本「はい」


立山「ん〜簡単に打たれたねぇ」

伊勢「まぁ波野はうちの相川ぐらい打つからな。気にしてないさ」

南雲「ほー珍しいな。味方も褒めない伊勢が敵チームを褒めるとは」

伊勢「……いいから守備位置戻れ。たかがワンヒットで」

南雲「へいへい」

伊勢「南雲、分かってるよな」

南雲「……あぁ」

立山「…………?」


アナ「さぁ沼南も先頭バッターを出しました。ここで打席にはキャプテン木之本!」

古館「青波くんの出来も良さそうなので、送って1点取りに来るでしょう」


木之本「………………」

立山「(バントの構えはなしか)」

伊勢「(ここは99%バントだろ)」


シュッ

南雲「(タッ)


木之本「(サッ)


カツッ

聖龍「上手い!」


 真ん中へのストレートを難なくサード前へ打球の勢いを殺す絶妙なバントを見せる。

立山「セカンッ!」

南雲「っしゃ!」


聖龍「へ?」


 しかし打球が地についたかどうかと言わんばかりのタイミングでサード南雲が拾い上げ一塁に。

シュッ

波野「何ィ!?」

小坂「一塁!」


シュッ

船橋「ナーイス」


バシッ!

木之本「な……」


アナ「アウト――ッ!!! なんとダブルプレーを成立させました!!!」

古館「守備が洗練されてますねぇ……」


木之本「そ、そんな悪いバントじゃなかっただろ……」

船橋「これが名門との差かな」


伊勢「ナイス南雲」

南雲「木之本らしくなかったな。アイツだったらバスターやそのまま打つのだってアリなはずだ」

立山「1点に拘りすぎたな」


木之本「悪い龍波」

聖龍「まだ初回だっつーの。チャンスを潰したらまた作ればいい」


アナ「さぁ南雲、そして帝王の守備が光りました。2死ランナーはなしで3番に入っている青波を迎えます」

古館「青波くんも少し粗が目立ちますが良いバッターですし、何より足がありますからね」


聖龍「しゃあぁぁ!!! きやがれぇぇ!!!」

伊勢「弱い犬ほどよく吠えるって言葉、知らないのか」

聖龍「………………」

立山「(静かな青波の方が怖いな)」


ビシュッ

ズッバーンッ

伊勢「弱者は吠えようが黙ってようが結果は変わらない」

聖龍「ちくしょー!」


 その後、ストレートを続けカウント2−2となる。

立山「(最後は落とすか……)」

伊勢「(いいや、1順目はストレートで押す)」


ビシュッ

聖龍「どりゃあぁ!」


ズバーンッ!

伊勢「結果は変わらん。そう何度やってもだ」

立山「(なんでコイツ、こう憎たらしい台詞が似合うんだろう)」


アナ「先頭波野を出したものの、結果的に3人で初回の攻撃を終わらせました」

古館「これまでの疲れは今は出てないようですね」


聖龍「ぐぞー……あの似非リ○ンにやられた……」

波野「似非リ○ン?」

聖龍「伊勢が言った台詞はリメイク版デスティニーのリ○ンの決め台詞だ」

波野「知らんがな」


2 回 表



アナ「2回の表は5番の伊勢から。ピッチングに隠れがちですが、バッティングも中々です」

古館「名門帝王の5番打つんですからね」


聖龍「お返しさせて、あ、頂くわ」

木之本「(悪いもん食ったかな……)」


伊勢「ハァッ」


キィーンッ!

 初球、高めに浮いたストレートを叩きセンター前へ。


木之本「………………」

聖龍「オーケーオーケー」


カツッ

 続く堂本が送りバントを決め、ワンアウト2塁のチャンスを迎える。


聖龍「むぅ……あっさり送りやがった」

木之本「2年でスタメン、しかも6番ってことで警戒してたんだがな」


立山「ナイスバントだ」

堂本「ありがとうございます」

神代「ケッ、ゴマすって主将になる気満々なのが目に見えてるぜ」

堂本「何ィ!?」

神代「実力でアピールしろって言ってんだ」

堂本「2年の分際で偉そうに!」

神代「テメェもだろ」

白鳥「おいおい、こんなところでケンカすんなや」

南雲「神代、落ちつけ」

神代「……すいません」


北野監督「ふぅ……」

相川「2年たちはちょっとまとまりないですね」

北野「伊勢やお前らもこんな感じだったろ」

船橋「そうですが、なんと言うか……このまま対立しそうな……」

北野「先のことは今気にするな。それより今は青波から点取ることだけ考えろ」

船橋「ッス」


ズッバーンッ!

聖龍「っしゃあぁ!!!」

川越「チィッ」


アナ「高めのストレートに釣られてしまった。川越、三振でワンアウト2塁のチャンスを生かせませんでした」

古館「ここぞと言うときのストレートは素晴らしいですね」


川越「くそ……打てないわ、カメラはベンチ行くわ散々やわ」

相川「へいへい、さっさと守るぞ」


2 回 裏



アナ「2回の裏、沼南の攻撃は4番の山本から。沼南が誇るパワーヒッターです」

古館「右打ちですし、伊勢くんが注意するバッターでしょう」


山本「しゃあぁ! こいや!!!」

伊勢「沼南っつーのはこういうヤツしかいないのか……」

立山「(んで、ここもストレートか?)」

伊勢「(あぁ)」


ビシュッ

山本「おっらぁ!!!」


ブーーンッ!!!

 初球はアウトローへボール球。しかし山本が思いっきりスイングしストライクとなる。


木之本「アホ――ッ! ボール良く見ろ!」


山本「むっ……イカンイカン」

立山「(選球眼に問題ありだな。高めのつり球)」

伊勢「(……いいだろ)」


ビシュッ

山本「ムッ!」


ビシッ

 今度はボール球と判別し、しっかりと見逃す。

伊勢「(ま、このぐらいの力量っていうのは分かっている)」

立山「(低めに曲げるぞ)」

伊勢「(OK)」


シュッ

山本「どっせぇい!!!」


ブーーンッ!!!

 外角低めに今度はスクリューボール。タイミングを崩され、膝から崩れ落ちる。

山本「むぅ……」


木之本「あ〜あ……」

聖龍「アイツ、頭悪いからな」

木之本「(お前が言うな、とツッコミたいが……)」


 あえて口にはしない木之本だった。ちなみに聖龍は赤点は当たり前に取るほどの学力だ。  野球で沼南高校に大きく貢献しているため、その分認められ進級してきたって感じのため野球がなかったら  まだ1年をやってる可能性は否定できない。


ビシィ

 1球目と同じアウトローに、今度は際どく投げるが山本はピクリともせず見逃した。

審判『ボール』

山本「ふぅ……」


伊勢「(ボールは見えてる……な)」

立山「(分からんヤツだな。選球眼はいいけど、釣り球には引っかかるのか?)」


 ここで帝王バッテリーは2球目振らなかった高めの釣り球を選択する。  まだ1個ボールが使え、伊勢はコントロールに自信を持っているからこそ、ギリギリまでボール球で勝負できる。

ビシュッ

山本「おっらぁっ!!!」


カキーンッ

立山「ウソッ!?」


 顔の高さのストレートを思いっきり振りぬくと、振り遅れながらもライト前へ運ぶ。

聖龍「よっしゃあ! 森竹、続け!」


アナ「4番山本が出塁。ここで今日、5番に入っている2年生の森竹を迎えます」


伊勢「ハッ!」

ビシュッ


カツーンッ

森竹「あっ!」


山本「くっ」


ズルッ

山本「へ?」


ズシャアァ

立山「………………」


 申し訳なさそうに1塁に送球し、ダブルプレー成立。  初回に続き、バント失敗でチャンスを潰してしまった。

森竹「すいません……」

木之本「ん、ドンマイ……」

聖龍「アホか、お前」

山本「失敗した森竹には何も言わんのかい」

聖龍「伊勢のストレートは中々厳しいからな。野球にミスは付き物だし。でもお前のは許せない」

波野「つーかコケるとかマジ笑えんだけど」

山本「テメェも赤槻戦でコケてただろ!」

南「ところで今、佐紀先輩が打席に立ってますけど」

聖龍「よーし、守備の準備だヤロウども」

山本&波野「ウース」

木之本「おいおい」


ズッバーンッ

佐紀「くっ……」


聖龍「よっしゃ、守れい!」

山本&波野「おぉぉぉ!!!」

佐紀「出てくるの早ッ!」

立山「………………」


聖龍「お前には最初から期待してへん」

佐紀「うるせーよ!」

木之本「まぁまぁ、期待の裏返しだ」

佐紀「の癖に木之本も早かったね」

木之本「いや、俺打席遠かったから最初からレガース外してないし」


アナ「今大会、いい働きをしている佐紀でしたが伊勢の前に三球三振でした」

古館「絶好調ですね。球速も出てますし、まだ決め球のスライダーは温存してますし沼南は苦しいかも知れません」


3 回 表



カーン

聖龍「むぅ……」


 ワンアウトから1番の相川に低めに落としたフォークを拾われセンター前へヒットを打たれる。


カツッ


 それを船橋がきっちり送り、ツーアウトながら得点圏にランナーを置く。

波野「天下の名門がバントバントかよ」

船橋「うちのエースが点を欲しがってるのでね」

波野「ほぉ、うちのエースが余程怖いと見えるな」

船橋「ふっ」


 ここでバッターは3番南雲。世代ナンバーワンと名高い天才バッターを迎える。

聖龍「この打席は抑えたる」

南雲「返り討ちだ」


シュッ


 初球、内角へのスライダー。


ビシッ

 ストライクからボールになる球だったがピクリともせず見逃す。

木之本「(選球眼も相変わらずか……)」

聖龍「(あ〜ちまちまと攻めるのはもう飽きた!)」


 木之本のサインが出る前にプレートに足をかける。

木之本「はっ?」

聖龍「速球あるのみ!」


ビシュ!

南雲「タァッ!」


カキィーン!


 シャープなスイングで速球を捉え、右中間へ運ぶ。

聖龍「キャ――ッ!」


ズダダダダッ

南雲「なっ、あの打球に追いつくだと!?」


パシッ

クロス「YES!」


 右中間を抜けようかと言う打球をセンタークロスが俊足を飛ばして捕球する。
 自分勝手に投げ打たれ、味方のファインプレーがなければ大変な目にあっていた青波は……

木之本「………………」

聖龍「………………」


 ベンチ前で大変な目にあっていた。

木之本「サインを見ずに投げ、しかも打たれただと? センターがクロスじゃなかったらどうする気だった?」

聖龍「ホームラン打って取り返す気でした」

木之本「あぁ!?」

聖龍「すいませんでした……」

波野「まぁまぁ0に防げたんだし、ここいらで攻撃に集中しようやないか」

木之本「………………」

波野「おらぁ龍波! お前、エースならもっと自覚を持ってチームのために投げんかい!」

野山「審判に睨まれてるから、その辺にしてね」


伊勢「惜しかったな」

南雲「……捉えたと思ったんだがな」


カランッ

 ベンチの前で手からバットが零れ落ちる。何度も手を開いたり閉じたりし、感触を確かめようとする。

南雲「まさか詰まらされたとは……」

伊勢「……そうじゃなきゃな」

南雲「高校最後の試合には相応しい……か」


4 回 裏



 3回裏の沼南の攻撃はあっさり3者凡退。
 4回表の帝王の攻撃は4番立山からも木之本のリードに忠実に投げた青波が抑えこちらも3者凡退に抑えた。

波野「よ〜し、点取るぞ!」


アナ「さぁ締まった試合展開になっている決勝戦、沼南高校の攻撃は1番波野からの好打順」

古館「ここは足の速い波野くんが出塁して、伊勢くんをかき回して欲しいですね」

アナ「古館さんは沼南派ですか?」

古館「いやいや。ただ捕手出身なもんで、攻撃目線になってしまうだけです」

アナ「捕手出身は非常に関係ないところですけどね」

古館「………………」


立山「さて、二順目だ。ストレートを上手く打ってきたのは波野と山本だけだったか」

伊勢「木之本はバントだったからコイツは分からん。やっぱ注意するのは上位打線の3人か」

立山「お前、木之本は評価するよな」

伊勢「ヤツはいいキャッチャーだ。お前よりはるかにな」

立山「キミ、ホント俺のこと苛めるようになったね」

伊勢「昔と変わらないと思うが……」


ククッ

波野「てえぇい!」


キィーンッ!

 初球に選択したスクリューボールを逆らわずライト方向へ運ぶ。


船橋「(ダッ)

波野「んにゃ!?」


バシッ

 しかしセカンド船橋がジャンプ一番。タイミングドンピシャに捕球する。

伊勢「ナイス船橋。アホのリードが悪いから、忙しくなるぞ」

船橋「お前が良いピッチングすると暇だから適度に頼むわ」


波野「ヂグショー!」

木之本「惜しかったな」

波野「やっぱ二順目からは変化球も使ってくるらしい」

木之本「みたいだな」


 1死でバッターは木之本。1打席目はバントだったため、帝王バッテリーはより警戒を高めた。

伊勢「(読みじゃ木之本には勝てない。球威で押して行くぞ)」

立山「(でもミートが上手いからな。押しても弾き返されるのがオチ……)」

伊勢「(じゃあ木之本の読みとは逆の配球してみろや)」

立山「(わぁったよ、わかったから)」

木之本「……………?」


 伊勢がサインを出し立山が首を振り、結局頷く。投手と捕手の立場が見事に逆になっている。

ビシュ

木之本「フッ!」


キィーンッ

 高めに来たストレートを上手く流しレフト前ヒット。伊勢がこの試合見せた初めての失投だった。

伊勢「チッ……力んじまった」

立山「球威で押すとか言うからだ。普通に投げればお前は十分打ち取れる」

伊勢「お前、球威で押すの否定してたじゃねーか」

立山「………………」

南雲「うちの唯一の欠点だよな、バッテリーの不仲」

船橋「伊勢の性格を考えたらこれがベストなんじゃね?」


青波「オラァッ! 早くしろや〜〜〜!!!」


南雲「さ、青波からお呼びがかかったしプレイ再開と行こうや」

伊勢「立山。ここはゲッツー取りに行かず、力で捻じ伏せる」

立山「……分かったよ」


ズッバーンッ

青波「おぉ……」


 初球からリミッターを外したように投げ込む伊勢。球速が上がったことについ声を上げてしまった。

伊勢「行くぜ」

聖龍「よっしゃ! そっちがその気ならこっちも行くぜ!」


ビシッ

聖龍「オッラァッ!」


ズッバーンッ!

聖龍「くっ……」


 伊勢の球の出所が左バッターの青波にとっては見えづらく、完全に振り遅れている。  同じ左の木之本が流した理由も同様。ただ青波は流す技術はなく……


ズッバーンッ!

聖龍「きゃふ……」


 アッサリと三振に倒れた。

木之本「(まぁ……しょうがないか……)」


カクンッ

山本「うわっ!?」


ブーーンッ!!!

山本「………………」


 4番山本も変化球でまったく見せ場なく三振に倒れ、1番からの好打順も伊勢の前にチャンスすら作れなかった。

木之本「やれやれ……どうしたらいいものか……」

山本「なんで龍波相手にはオールストレートで俺には曲げてくるんだよ!」

木之本「それはお前が4番で警戒してるから、決め球を使ってくるんだ」

山本「!!! そ、そうかそうだよなー」

聖龍「何ィ!? じゃあ俺は大したことねーってかよ!?」

木之本「(あーメンドクサイな……)って佐紀が言ってたっけ」

佐紀「はぁ!?」

聖龍「こらぁ佐紀ィ!!! どういうこった!!!」

佐紀「言ってねぇよ!」


木之本「ふぅ……森竹、レガース取ってくれ」

森竹「あ、はい」

波野「アッちゃんも中々巧みになってきたな」

木之本「こんな神経使う試合に、アイツに神経削りたくないからな」


6 回 表



 試合はいよいよ後半6回へ差し掛かる。帝王は1番相川からの好打順。

木之本「(今日2安打……まだスライダーは打たれてないが……)」


 バットコントロールが巧みな相川がスライダーを引っ掛けるとは到底思えなかった。

木之本「(龍波がマジメにコントロールしてくれれば球威で押せるだろうが……)」

聖龍「っしゃ行くぜ!!!」

木之本「………………」


 とても期待できそうになかった。


キィーンッ

聖龍「キャッ」


佐紀「なろっ!」


パシッ

 セカンド佐紀がセカンドベース付近で逆シングルキャッチ。無理な体勢ながら体を反転させ送球する。


審判『アウトッ!』


 流石の俊足相川と言えど、緩い送球ながら間に合わず沼南側にファインプレーが出た。

聖龍「オッケー! いいよ佐紀ちゃん」

佐紀「気持ち悪いわ」

聖龍「守備では期待している!」

佐紀「しっかり落とすな!」


カーンッ

 続く船橋に甘く入ったストレートを打たれる。

木之本「………………」

山本「おーい、今日は木之本が怒る頻度高いぞ」

聖龍「ストレスでも溜まってるんだろう。気にするな」

山本「お前は気にしろ」


伊勢「南雲、決めろよ」

南雲「まぁ最悪、立山で決めれる形は作る」

伊勢「(チラッ)

立山「ん?」

伊勢「南雲、決めてくれ」

立山「ぅおい!」


アナ「さぁ1塁には足の速い船橋を置き、バッターは南雲。沼南バッテリー、ここは正念場です」

古館「逆に言えば帝王はここで先取点といきたいところですね」


聖龍「(……南雲……か……)」

波野「(お? 真剣な顔になった)」


 別に今までがふざけていたわけではないが、それでも目に見えるほど青波の目は鋭く南雲を捉えていた。

南雲「………………」

木之本「(変化球でカウントを取ってストレートで決める。単純だが今の龍波ならこっちのほうが良いだろ)」


 木之本からサインが出る。初球、スライダーのサインに力強く頷きプレートに足をかける。

聖龍「行くぜ!」


シュッ

船橋「(ダッ)

波野「んなっ!?」

木之本「何ッ!?」


バシッ

木之本「なろっ!」


シュッ

 懸命に送球するが完全に盗まれた挙句、変化球だったため船橋に盗塁を許す。

木之本「くっ……」


北野「木之本がどんなにキれるキャッチャーでも高校生。まだまだ甘いな」

伊勢「監督が仰るとおり木之本のリードは分かりやすいですから」


 高校生ながらリードが評価されている木之本は主にデータに則ったセオリーなリードをする。  それが決してダメというわけではなく、裏をかくリードもお手の物なのだが重要な場面になればなるほどその傾向が強くなる。

クククッ

南雲「(スッ)


カーンッ

 外角からストライクゾーンに入ってくるスライダーを右手一本で流し打ち。打球はショートを超えレフト前へ。

聖龍「チッ!」

木之本「(幸いワンアウトだ。ゲッツーに取ることが出来れば……)」


 ここの場面は言うまでのなくホームラン、及び犠牲フライなど外野に飛ばしてはいけない。  逆にゴロを打たせれば勝ちとなる。選択するコースは必然的に……

木之本「(低めに落とす。引っ掛けてくれれば……)」

聖龍「………………」


 青波だってただのバカじゃない。野球に関しては天性のセンスがある。特にピッチャーとしてその感性はずば抜けていた。  時に自分でリードする青波は木之本のリードに関して思うことはあった。しかし思うことはあってもそれを口にしたり、直接言うことはなかった。


シュッ


 それほど木之本の力を認め、信用していたから。時としてその信用は力となり……


カキーンッ!


 また仇ともなる。


パシッ

船橋「(ダッ)


 大きなレフトフライ。低め、そしてキレのあるフォークってことでフェンス越えはなかったが  仮にも帝王の4番。木之本のリードの特徴である程度コースを読むことが出来ていれば、外野へ打つことも容易いことだった。

伊勢「……よし」


 帝王に大きな先制点が入った。


野山「……淡野。伝令を」

淡野「あ、はい!」


アナ「沼南高校、ここで1回目の守備タイムを使います」

古館「1点は先制されながらもツーアウト1塁という場面。ここでタイムとは慎重になってますね」

アナ「ここは青波の気持ちを落ち着かせることが目的でしょうか?」

古館「そうだと思いますね」


波野「んで、淡野や。監督はなんだって?」

淡野「1点は気にせず攻める気持ちで行けって」

聖龍「んだよ。そんなことでいちいちタイム取ったのか?」

淡野「後、落ち着かせて来いって言われました」

聖龍「大丈夫。俺はこんなことでイラつかないわ」

佐紀「と言うか青波じゃなくて……」


木之本「………………」


 マウンドを中心に輪を作ってる中、少し外れたところで立っている木之本。  明らかに話を聞かず、考えているって感じだ。

聖龍「ふぅ。ま、良いだろ。1点は取られたがツーアウトだし」

山本「でも次伊勢だぞ? アイツ、ピッチャーのくせに5番打ってるからな」

聖龍「俺だって3番打ってるわ」

山本「帝王とウチの打線の強さを考えて欲しいんだけど……」

波野「つまりウチは弱いから龍波を置かなきゃいけない。向こうはあの打線ながら伊勢を5番に置いてるんだ」

聖龍「まったく俺で勝ってきたようなもんだからな、ウチは」

波野&山本「はぁ!?」

聖龍「すいませんでした」


木之本「………………」


 3人のコントにもまったく反応を示さない。

聖龍「むっ、重症だな」

佐紀「あ、そういう理由はあったんだ」

聖龍「ま、とりあえず俺が抑えるから監督には安心しろって言っといて」

淡野「はぁ……」


アナ「さぁタイムが解け、それぞれの守備位置に戻っていきます。試合はツーアウト1塁でバッターは伊勢」

古館「帝王は狙い打ってますからね。乗っている時にもう1点欲しいところです」


カキィーン

佐紀「くっ!」


 甘く入ったスライダーを捉え、セカンドの頭上を超えて右中間長打コースに。
 1塁ランナー南雲、2塁を蹴って3塁に向かう。

南「いかせません!」


ビシュッ!!!

山本「おぉー!」

南雲「なっ……」


 ライト南からの好返球で3塁タッチアウト。帝王の攻撃を1点で抑えた。

伊勢「……あそこで……」

立山「ん?」

伊勢「誰かがヒットだったならなぁ……」

立山「俺ェ!?」

船橋「………………」


6 回 裏



ガキッ

クロス「イエェェェッス!!!」


ズギュッ

南雲「速ッ!」


 この回、先頭の9番クロスが引っ掛けてサードゴロとなるが足を生かす。

堂本「――!」

南雲「しまっ!」


 結果、守備に定評のある南雲のエラーを誘い1塁はセーフ。ノーアウトのランナーとなる。

伊勢「………………」

南雲「スマン」

伊勢「……ベツニ」

南雲「…………立山、ヘルプ」

立山「伊勢も動揺してるだけだ。気にするな」


野山「よし、俊足クロスだ。波野! 絶対送れ」

波野「お任せあれ!」

聖龍「!!!!????」

山本「か、監督! 波野にバントはダメです!」

野山「あ、そうだった……じゃあどうすんの!?」

山本「お前が取り乱すな!」

聖龍「えーい、もういい! 打てぇぇぇ!」

波野「よっしゃあぁぁぁ!」

聖龍「ゲッツーなんて打ったら次の回、グラウンドから消えてもらいます」

波野「イエッサー」


伊勢「………………」


シュッ

伊勢「…………あ」


キィーンッ

波野「しゃあらぁっ!」


 打球は右中間真っ二つ。1塁ランナークロスは俊足を飛ばしてホームに還って来る。
 1番波野の同点タイムリーヒットとなった。

伊勢「……ま、俺だって人間だし」

立山「自分で言うな!」


ズバンッ

木之本「くっ……」


 打って変わって2番木之本には厳しいコースをつき見逃し三振を奪う。

木之本「悪い龍波」

聖龍「無問題! 後は任せぃ」


伊勢「来たな、青波」

聖龍「チクショーッ! よくも俺のアツを亡き者にしたな!」

伊勢「いや、勝手に潰れたんだろ」

聖龍「許さん! 寸劇っぽくなってるがお前を倒す!」


審判『………………』


伊勢「ハッ!」


ビシュッ

聖龍「オラァァァ!」


ガキッ

伊勢「っし」


 完全に打ち取りながらも……

南雲「くっ……」


 打球はしぶとく内野を抜ける。

聖龍「アッハッハッハ! これぞ勢いの差!」


ビシュッ!


ズッバーンッ!

山本「………………」


 続く4番山本。


クククッ


ブーーーンッ!!!

森竹「………………」


 5番森竹を連続三振に奪い、ピンチを脱する。

伊勢「これぞ実力の差。ふっ」


聖龍「………………」

山本「………………」


7 回 表



アナ「1対1。決勝戦らしい攻防が繰り広げられてる中、試合は終盤7回に突入します」

古館「流石に両投手、疲れがあるんでしょう。先ほどの回、コントロールにバラつきが見えましたね」

アナ「先にどちらの投手を打ち崩すのか? 帝王はこの回、6番の堂本くんからになります」


聖龍「(チッ……下半身に来てやがる……いつもより持ちそうにないな)」


バキィッ

聖龍「!!!??」

波野「シャキッとしろシャキッと」

聖龍「……何で殴った?」

波野「なんか卑猥なこと言ってたから」

聖龍「それはお前の取りようだろ! つーか思ってることに突っ込むな!」

山本「おーい、木之本がトランス状態だから誰も突っ込まないぞ」

聖龍「むっ、じゃあやめるか」

佐紀「………………」


カキィン

聖龍「オッケ、セカンッ」


スカッ

佐紀「ゲッ!」


 平凡なセカンドゴロだったが、佐紀が見事なトンネルでノーアウトのランナーを出してしまう。

聖龍「佐紀ちゃ〜ん」

佐紀「ゴメン、ゴメン」


北野「ここで勝負をかけよう。結城、代走だ」

結城「ッス!」


 ここで堂本に代え、俊足の結城を代走に送る。そして……

北野「福浦、代打に神代を告げてきてくれ」

福浦「はい」

堂本「!?」

北野「いけるな?」

神代「大丈夫です」

堂本「ちょ、監督! この試合は決勝戦ですよ。福浦先輩を差し置いて2年が……」

北野「じゃあ聞くが、お前も2年じゃないのか?」

堂本「くっ……確かにそうですが……」

南雲「堂本、今必要なのは勝つための布石だ」

堂本「ぐっ……」

白鳥「繋げよ、神代」

神代「ふっ」


 そして甲子園球場に神代の名がコールされた。

木之本「ここで代打?」

聖龍「代走といい勝負をかけてきたか……」

木之本「神代……聞いたことないな。2年か?」

聖龍「勝負かけてきたってことだろ。とりま、ゲッツー狙いで」

木之本「だな」


神代「ふぅ……」

木之本「(落ち着いてるな。左……か。同じ左の福浦に代打だ……足か?)」


 ここで考えられるのは送りバント、セーフティ、そしてエンドラン。代走、代打と送ってきて何にも仕掛けてこないのは考えにくい。
 そして木之本は神代は俊足で最悪ゲッツー崩しを期待していると読んだ。


ククッ

聖龍「くっ」


 左バッターにとって引っ掛けやすい低目への決め球であるスライダー。しかし疲れから本来のキレが出ない。

神代「ハァッ」


キィーンッ

波野「くっ!」

佐紀「チッ」


 打球は一・ニ塁間を抜け、代打策成功でチャンスを広げる。

北野「川越、送りバントだ。確実に行くぞ」

川越「バント苦手です!」

北野「じゃあ交代だ――」

川越「バントくらいお任せあれ!」

相川「(大丈夫か?)」


カッツン

山本「届かないか――!」


 ふわっと打球が上がってしまったが、ちょうど良いところに落ち冷や冷やしながらも送りバント成功する。

川越「ナイスバントだったな」

相川「……運が良かったな」

白鳥「監督、ここは俺に行かせてください」

堂本「なっ! 何を言い出している!!!」

白鳥「黙ってろ。俺はこの試合勝ちたいだけだ」

堂本「ふざけるな! 全ては監督が決めることだ!」

北野「……良いだろう。白鳥、代打だ」

白鳥「ありがとうございます」

堂本「か、監督――!」

北野「バッティングだけを見れば小坂よりレベルは上だ。ここは託しても良いだろう」

堂本「……ッ」


アナ「さぁ代打攻勢、9番小坂に変わって2年の白鳥を出してきました」

古館「流れを変えようとしてるんでしょうが……ここで2年を立て続けに代打とは層が厚いですね」


聖龍「チッ、舐めんな!」


ビシュッ


ズバンッ!

 初球、高めに甘いボールが来るが球威が少し前の回までのに戻ってきた。

木之本「(ケガの功名だな。疲れからか、少し覇気が感じられなかったからな)」

聖龍「オラァッ!」


ビシュッ

白鳥「確かに球威は上がった」


キンッ

木之本「くっ……」

白鳥「肝心なコントロールが甘いね」


 軽く合わせるように当てた打球はライト前にポトリと落ちる。
 帝王に勝ち越しの1点が入る!

山本「ランナーいった! 4つ!」


ダッ

 2塁ランナー神代も3塁を蹴ってホームを狙う。


聖龍「くっ……」

木之本「龍波、諦めるな」

聖龍「アツ?」

木之本「お前が作った勢いにみな着いてくる」


ズバンッ

神代「――!?」


 神代の予想に反して、滑り込む前にもう木之本にボールが返ってきた。これでは為す術なくタッチアウトとなった。

白鳥「嘘だろ……」

波野「ふっ、お前らも大したもんだがウチの2年も侮るなよ」


聖龍「サンキュウ南!!!」


南「ははは、凄いな青波先輩。ここまで声が聞こえてくるよ」

クロス「ソレガセイリュウノイイトコロネ」


聖龍「よっし、南のプレーに応えてやるぜ!」


ピキッ

聖龍「!?」


シュッ

相川「ちょ――」


ドスッ


 完全にバランスを崩して投じられたボールは一直線にバッターボックスの相川に向かっていった。

木之本「大丈夫か?」

相川「あぁ、完全なすっぽ抜けだったからな」


波野「おーい、龍波〜?」

聖龍「ははは、悪い悪い」

山本「お前、南の良いプレーの後にそれじゃあ締まらんぞ」

聖龍「OKOK。任せとけ」


 しかし言葉とは裏腹に次打者の船橋にストレートのフォアボールを与えてしまう。

伊勢「急に乱れたな」

立山「ホントにな。フォアボールはデットボールの影響かな」

伊勢「だとしてもそのデットボールが疑問符だな。アイツの性格なら味方のファインプレーの後なら本気になるのに」

立山「なんだかんだ言って青波のこと詳しいよね」

伊勢「……………………」

立山「俺が悪かった、マジで」


 帝王ベンチで立山が泣いてる頃、沼南高校は二度目の守備タイムを取っていた。

木之本「龍波、肩痛むんだろ?」

聖龍「な、なにが?」

木之本「仮にも3年間お前とバッテリー組んできたんだ。フォームの違いで何となく分かる」

聖龍「…………満塁で南雲なんだ、交代できるわけねー。いや伊勢と投げ合ってる以上、マウンドは降りたくない」

木之本「お前は今日の一試合と明日から続く10年以上の野球生活とどっちを取るんだ?」

聖龍「考えるまでもねーだろ。俺は逃げたくない」

波野「いや、この場合逃げるとは違うだろ……」

木之本「お前から野球を取ったら何にも残らないだろ。ここで潰すのは得策じゃない」

聖龍「アツ、悪いがここは引かないぞ。俺はこの試合最後まで投げきる」

山本「木之本、諦めろや。龍波は言い出したら聞かないぞ」

木之本「だって!」

聖龍「大丈夫だって。つーか肩を壊す前提で話が進んでるのも気にくわねー」

波野「そうそうアッちゃんの杞憂だって」

聖龍「さ、散れ散れ。俺は南雲との勝負を楽しみたいんだ」

木之本「……分かったよ」


アナ「さぁ二死満塁の大チャンス! ここで3番南雲に打席が回ってきました」

古館「いやー、凄く良い場面ですよ。逆に青波くんが抑えれば1点負けてると言えど流れが来ますね」

アナ「南雲が打てば試合は決まったと言っても良いでしょう。さぁこの試合、最大の山場です」


木之本「(外角低めにストレート。ボールでいい)」

聖龍「(OK)」


ビシュッ

南雲「(ピクッ)


ズバーンッ

 木之本のリード通りのところに行く。審判の判定はボール。

木之本「(よし、コントロールも大丈夫みたいだな)」


ククッ

南雲「………………」


 2球目はスライダーを外角低めに。これもボールの判定。

聖龍「(アツ……)」


 青波は気づいていた。木之本が勝負に行ってないことを。満塁でも歩かせた方がダメージが少ないと読んだんだろう。
 あわよくば南雲が打ち損じてくれれば儲け物、そういうリードをしていることは分かっていた。

木之本「(落とそう。内角にフォークだ。甘くは投げるなよ)」

聖龍「(……分かった)」


 それでも青波は首を振らなかった。自分の我侭で続投している以上、配球まで口出ししたくなかったから。


シュッ

 そしてバッテリーの想いが交差したボールを南雲が捉える。


カッキーンッ

南雲「木之本、お前の判断ミスだ」


 走り出す瞬間、南雲が小さく発した言葉はイヤというほど木之本の耳には響いて聞こえた。

クロス「シット!」


 右中間への大飛球、センタークロスが俊足を飛ばしてフェンスまで行かせなかった。

船橋「無理か」


 そして素早い中継プレイで1塁ランナー船橋のホーム突入を防ぐ。
 しかしダメ押しとなる2点が帝王に入った。

木之本「くっ……」

聖龍「ドンマイ、ドンマイ」

山本「って打たれたのお前だろ!」

聖龍「やかましい!」


 目に見えて分かることは投手が打たれたこと。記録に残るのも投手が打たれたことであって、リードミスは記述されない。
 しかし先ほどのプレーはリードに問題があったことは投手も打者も、そして当事者の捕手も理解していた。
 もちろん、投手である青波は捕手を責める気は毛頭なかったが。

聖龍「さぁ、まだ3点差だ。頑張ろうじゃないか」

山本「少しは申し訳なさそうにしろぃ!」

聖龍「うるせー! お前は黙って守ってろ!」

森竹「まぁまぁ……」


アナ「南雲のツーベースで2点更に追加し、まだ3塁2塁のチャンスが続きます。ここで4番立山」

古館「ここで続くようなら決まっちゃいますね」


カキィン

山本「ふざけんな!」


バシッ


 三遊間を抜ける鋭い打球をサード山本が横っ飛び。素早く立ち上がり一塁へ。

立山「くー……」

波野「ナイス山本!」


 山本のファインプレーで傷口を広げずにすんだ。

伊勢「………………」

立山「………………」


 しかし傷が増えたものもいた。


8 回 裏



 7回の裏は立山の不甲斐なさをフォローするかのように伊勢が好投を見せ、追いすがる沼南の攻撃を3人で抑えた。
 青波も負けじと8回の表、先頭の伊勢にヒットを打たれ送りバントでピンチを迎えるも神代、川越と抑え力投を見せる。

アナ「8回の裏、この回は9番クロスから1番に回る好打順。ここで1点と言わず追いついておきたいところです」

古館「主力選手に左打ちが多いことが対伊勢くんにマイナス要因となってますね。こればっかりは仕方ないことですが……」

アナ「木之本や青波なんかは苦労してるようには見えませんが……」

古館「と言うより伊勢くんが対左に自信を持ってるようですね。自軍の相川くんや南雲くんを 相手にしていたって言うのもあるかも知れませんが」


 古館の見解は当たっていた。天才と称される二人を相手にして、抑えているうちに左バッターの抑え方を覚えそれが自信に繋がっていた。

ズッバーンッ

クロス「No……」


伊勢「………………」


 しかしそんな天才伊勢が青波に対し劣等感を持っていた。


ビシュッ

波野「くっ」


ガキィ

波野「ゲッ!」


 素直に野球を楽しんでいる、喜怒哀楽が素直に顔に出て嬉しいときは体一杯に表現する青波が羨ましかった。

白鳥「よっ」


ビッ

 青波は自分では行けないような高みにいける権利があるんじゃないか、そう錯覚させるほど……

立山「ツーアウト! ツーアウト!」


 だから実力だけは負けたくなかった。どんなに青波が野球の神様に愛されていようと、勝負にまで負けたら惨めな思いになる。


キィーンッ

木之本「借りっぱなしは性に合わないんでね」


 野球ではエリート街道を歩んできた伊勢の唯一にして最大のコンプレックスでもあった。
 素直じゃないと言ってしまえばそれまでだが、ある日のこと、投手である自分が強ければ負けることはない……  その間違った解釈をしてしまったのが始まりだった。


伊勢「お前には打たせない」

聖龍「ケッ、言ってろよ」


 昔からずば抜けたセンスの持ち主だった伊勢はやはりその実力の高さから味方に恵まれなかったこともあった。
 それでも中学でも全国で優勝し、実力を発揮していたが……


ビシュッ

聖龍「なろぉ!」


ガキン

聖龍「チィ……詰まったか」


 帝王に来てからは周りも実力者、そういったことはなくなり普通に野球をやっていた。……いや楽しんでいた。

立山「(もう一球、内角に)」


 でも表に出せず、寡黙に野球を取り組んできた。帝王のエースとして。

伊勢「……くっ」


ビシュッ

聖龍「オラァッ!」


カキーンッ

 でもなぜ目の前の男はこんなにも野球を楽しんでやるんだろう? 聞けば肩も半分壊れてるようなものだと言う。
 それでも、なぜ自分と投げ合って負けず劣らずの球を投げ込んでくるんだろう?
 なぜ、一直線に走り続けることが出来るんだろう?


聖龍「っしゃあ! 続けぇ山本」


 なぜ……?

ビシッ

山本「よっしゃ」


アナ「青波にタイムリーツーベースを打たれた後、4番山本を歩かせてしまいました。ここで帝王は一回目の守備タイムを使います」


南雲「こらぁ、しっかりしろ」

伊勢「……悪い。上の空だった」

立山「試合中に珍しいな」

伊勢「……南雲、アイツのことどう見る?」


 伊勢は真っ直ぐに2塁ベース上にて騒いでいる男を指した。

南雲「そうだな。伊勢が求めてる答えを言うならプロフェッショナルだな」

伊勢「そうか……」

南雲「誰も敵わない、純粋な強さを持った野球人じゃないかな」

立山「え、どういうこと?」

伊勢「くく……」

立山「急にどした?」

伊勢「いや、相手がプロじゃ敵わないよな。でもたまには挑戦者の気分も良いもんだ」

南雲「常に上に立ってました、と言わんばかりの発言だな」

伊勢「否定はしないさ」


 敵わないなら精々足掻いてやる。伊勢にしてみればこれが大きな一歩となる。


ズッバーンッ!

森竹「ッ……」

伊勢「しゃあ!」

立山「へ?」


 それは伊勢が見せた初めての気合だった。

聖龍「おーおー伊勢らしくねぇ」

南雲「青波」

聖龍「ん?」

南雲「俺も伊勢もまだまだ強くなる。お前がいる限りな」

聖龍「へ?」


 この試合で青波と対決して得た経験が今後の野球人生でとても大きな意味を成す。
 完成された高校生なんてマスコミが単に呼んでるだけ、伊勢もまだまだ成長する。10年以上も続く野球ロードを歩むために……



9 回 表



聖龍「2点差か……」

木之本「龍波、すまない」

聖龍「は? なんだよ急に……」

木之本「7回の失点……逃げなかったらあるいは……」

聖龍「終わったこと悔やんでも仕方ないだろ。そんなもん結果論だろ?」

木之本「そうだが……」

聖龍「だから最後は打たれても後悔しないよう攻めようぜ」

木之本「龍波…………あぁ!」


 青波は決して自分が天才だと思ったことは無い。確かに実力は高く評価してもらってはいるが……
 しかしそれは木之本のリードがあり、波野や山本が点を取ってくれる。自分一人では何にも出来ないただの一選手だ。


ガキッ

白鳥「むっ」


 だからこそ、一人飄々と野球をやっている伊勢が羨ましかった。

パシッ

佐紀「よっ」


 自分にもっと力があればチームメイトに迷惑かけずに楽に勝ててるはず。何度もそう思った。
 挙句の果てに肩を故障し、満足に投げられない日が続く。春のセンバツでは大事な試合に欠場してしまいチームは敗戦した。



カキィーン

相川「抜けろっ」


 帝王の伊勢は自分で投げては完封、打っては自ら得点を挙げられる。言わば世間が認めた天才だった。
 いつ、どんな時も表情を崩さず淡々と投げる姿を見て、同じ年なのに凄く大人に見えた。


南「くっ」


シュッ

相川「よっしゃ」


ズシャアァ

 なぜあの男はペースを崩さず投げ続けることが出来るんだろう?
 あの男と自分は何が違うんだろう?
 なぜ、こんなにも差がついてしまうんだろうか?



シュッ

なぜ……?


船橋「ふっ」

キィーンッ


佐紀「――ッ!」


バシッ

船橋「!?」


シュッ

アナ「おっとセカンド佐紀取った! 1塁に転送しファインプレーが出ました。しかしランナーは進塁し これでツーアウト3塁となりました」

古館「良く反応しましたね」


聖龍「………………」

南雲「………………」


 目の前の男を抑えることが出来たら少しでもあの男に近づけるだろうか?

ビシュッ

南雲「ムッ!」


キィン

木之本「ふぅ……」


 肩が悲鳴を上げている。これ以上投げたら本当にヤバイことになる、そんな気がした。
 でもここで止めるわけにはいかない。3年間苦楽を共にしてきたバカ共と最後までこのグラウンドに立っていたい。



クククッ

南雲「………………」


バシッ

 迷惑ばかりかけてきたが、ここを抑えて最後に少しでも認められたい。


ビシュッ


ズバーンッ

南雲「入ってるか」


 そしてあの男のようにマウンド上で堂々としていたい。

ストーンッ


バシッ

木之本「くっ……」


 いつの日か自信を持って自分を誇れるように……

ビシュッ

南雲「ハァッ!」


ズッバーンッ!

南雲「なっ!?」

聖龍「しゃあぁぁっ!!!」


 肩だってまだまだ錆び付いちゃいない。あの男を超えるその日まで、立ち止まってなんていられない。
 自分自身のピッチングが完成した時、あの男を超えられる。そう信じて終わりの見えない野球ロードを歩いて行く。



9 回 裏



アナ「いよいよ決勝戦も9回の裏です。帝王2点リード、この回抑えれば優勝となります。沼南最後の攻撃となってしまうのか?」

古館「下位打線ということで上位の波野くんまで回せば面白いんですが……」


伊勢「後3人抑えれば……か」

南雲「ランナーを出さなきゃ波野まで回らない。こっちがかなり有利だ」

立山「だからって油断すんなよ」

伊勢「……あぁ」


聖龍「佐紀、もうお前だからどうこう言わん! 出塁してくれ」

佐紀「ちょっと引っかかるが……」

木之本「俺まで何とか回してくれ。このまま終われない」

佐紀「あぁ」


キンッ

佐紀「っしゃ!」


 高めの失投を叩きセンター前へ落とす。9回最後の攻撃で先頭打者が出塁する。

野山「2点差だし送りだと後がキツイか……波野に回すためにも後1人出なきゃいけないし……」

山本「だけど次のバッターじゃ全然期待できないし……」

聖龍「ゲッツーどころかバットにすら当たりそうにないもんな」

波野「って何て酷いこと言うんですか、監督!」

野山「言ってねーは!」

木之本「………………」


 先頭打者が出塁し、勢いに乗りたい沼南だったが左に絶対の自信を持つ伊勢が後続を連続三振に抑える。

南「すいません!」

聖龍「んまぁ、南には打撃面で期待はしてないし」

南「!!!」

木之本「ハッキリ言いすぎだ」

聖龍「守備じゃ助けられまくったからな。気にすんな」

野山「ツーアウトか……クロス」

クロス「Yes!」

野山「悔いを残すな。思いっきり振って来い!」

クロス「ワカッタネボス」


 そしてカウント2−1と追い込んだ、ラストボールは……

伊勢「ハァッ」


スットーンッ

クロス「シッ!」


ブーーンッ!


アナ「空振り――ッ!!! ……おっと!?」

立山「しまッ!」


 決め球に投げたスライダーの変化が今まで以上でクロスのスイングとも重なり、後ろに逸らしてしまった。
 慌てて捕球するも、俊足クロスが一塁へ駆け抜けて振り逃げとなった。

伊勢「………………」

立山「ホント悪い!!!」

南雲「そりゃねぇよ……」


波野「よっしゃあ!!! 回ってきた!!!」

木之本「波野!」

波野「あぁ任せとけ!」


アナ「さぁ一度は終わったと思われたこの試合ですが、立山のパスボールで2死ながら2塁1塁のチャンスとなりました」

古館「そして波野くんに回りましたか。伊勢くんと相性が良いみたいですし、もしかしたら……」


伊勢「行くぜ」

波野「おう!」


シュッ

波野「好球必打ぁ!」


カキーンッ

伊勢「!!!」

立山「――ッ!」


ダッ!


バシッ!!!

波野「なっ!?」


神代「……ふっ」


アナ「取った――ッ!!! 途中からファーストに入っている神代くんが横っ飛びのファインプレー! ゲームセット!!! 帝王高校、3年ぶりの全国制覇――ッ!!!」

古館「いやー……良く取りましたねぇ最後」


波野「嘘やん」

神代「良いとこ取りの性格なんで」

波野「お前2年だっけ? 恐ろしいヤツだな」

神代「そりゃどうも」


ウウウウウウ━━━!!!

木之本「くっ……」


バシッ

聖龍「しっかりせぃ!」

木之本「痛ッ……」

聖龍「負けて悔いなし! って言うと嘘になるけど良い試合だったじゃん」

波野「そうそう、リードミスが……とか言ってたけど、結局は打たれた龍波が悪いわけだし」

聖龍「そうそう……ってんだと!?」


伊勢「青波」

聖龍「へ? あぁ伊勢か」

伊勢「プロで……またプロで投げ合おう」

聖龍「おう! 絶対お前に勝ってやるからな!」

伊勢「……ふっ。やってみな」


 どんなに目標が高くても、どんなに好敵手の存在が大きくても諦めるわけにはいかない。
 自分の人生なんだ。例えその先の道が見えなくても、進まないわけにはいかないだろう。
 歩んだ先に理想の自分がいるのなら、迷わず一歩踏み出してやる。人生ってそんなもんだろ?


Life〜俺の好敵手ライバルは人生においての道標〜



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