病院の一室に女性が一人いた。


美穂子「和幸……浩輔……」


 昼だというのにカーテンを閉め切って、暗い雰囲気の中、美穂子はいた。


美穂子「ゴメンね、浩輔……私、もう限界みたい」


 涙を流しながら必死に訴える。  そこには美穂子以外誰もいないというのに……


美穂子「和幸、私幸せだったよ。たくさん、幸せ感じたよ」


 涙を流しながら微笑んだ。  そこに虹川はいないけど、目の前にいるように必死に……


美穂子「浩輔……ゴメンね……和幸……ありがとう」


 静かに目を閉じ、一滴の雫が零れ落ちた。


ズキューンッ







終章『始まりを告げる鐘』


 連夜が退部し、新生光星野球部がスタートして一週間。  青南波監督の元、学年関係なくの良い意味での実力主義チームとなっていた。


連夜「どうだ、チームの方は?」

佐々木「いい感じだよ。谷澤先輩とかも気さくに話しかけてくれるし」

如月「この前、守備について聞かれたしな」

神木「帝王も実力主義だったけど、また違った感じだな。いい雰囲気だよ」

連夜「そっか。それは良かった」


 完全な実力主義チームになりきっていなかった。  良くも悪くも監督である青南波の方針でかつ、まとめ方だった。  帝王ほどしっかりはしてないが、競争意識を煽りまとまりを生ませるという意味では  絶妙なチームとなりつつあるようだ。


連夜「ところでさ……」


 連夜の言葉に全員の視線が一人に向けられた。


連夜「コイツ、どうしたの?」

虹川「………………」


 今は昼休み。全員、食事を取る中、一人呆然とし意識がハッキリしてない様子の虹川。


佐々木「朝からずっとこんな感じなんだよな」

連夜「何したんだか……」

如月「何か気になってることでもあるんじゃね?」

神木「たとえば?」

如月「彼女とケンカしたとか」

神木「彼女いるのかも知らんのに適当な……」

連夜「あぁ、何、予定日近いの?」

虹川「!!!」

如月「予定日?」

連夜「こいつ、彼女どころか結婚してたみたいだぜ」

佐々木「はぁ!?」

神木「ま、マジで!?」

如月「じゃあ予定日ってガキんちょ?」

連夜「そうそう」

虹川「ガキんちょ言うな」

如月「ふ〜ん、でいつ予定日よ?」

虹川「二十日……」

如月「今日は十七日だから、三日後か」

神木「お前、嫌に冷静だな」

如月「ん、凄く驚いてるけど?」

神木「(未だにこいつ掴めねぇな……)」

佐々木「でもほんと、ビックリだよな。何で漣は知ってんの?」

連夜「先週に病院で会ってさ。そこで聞いた」

佐々木「先週? あぁ、そういや休んだ日あったな」

如月「ふ〜ん……な、なんだと!? 結婚していて子供がいただと!?」

神木「急になんだよ!」

如月「いや、このテンションのリアクションが欲しかったのかなって」

神木「もういらんわ!」

連夜「何かお前ら、いいコンビになってきたな」

如月「俺としては二遊間組むにいい相手なんだがいかんせん、カミキーが頑張ってくれないとな。 この間の練習試合だって泉川先輩や谷澤先輩が遊だったから俺が二に回るのが多かったし」

神木「悪かったな、頑張りますよ」

鞘師「で、話を戻して虹川は結局どうしたんです?」


 今までまったく話に入らず読書をしていた鞘師が話の軌道を修正した。


連夜「っとそうだった。そんで虹川、どうなんよ?」

虹川「いや、美穂子曰く予定日はあくまで予定だから誤差があるって」

連夜「当たり前だろ」

佐々木「中だか高校の授業でやるだろ」

如月「やらんでも常識の一角じゃねーの?」

虹川「とにかく、いつ生まれてもおかしくないらしいんだ」

連夜「だろうな。で、そんなに落ち着かないわけか」

虹川「なぁ、どうしたらいい?」

連夜「どうしたらって……」

如月「待つ以外なんかあんの?」

虹川「その待つ以外でなんかないんか――!!!」

神木「ダメだ、完全に壊れてるな」

佐々木「何だったらここ数日、傍についててあげればいいじゃん」

虹川「いや、それだと流石に単位がな……ってことでいざとなれば電話は頼んだんだけど」

神木「いざってとき電話するあれもないだろ」

虹川「いや、そこはお姉さんがね……」


プルルルルッ


虹川「!!!」

神木「言ってるそばからかよ」


ピッ


虹川「も、もしもし!?」

連夜「あー俺」


 まさかのボケに鞘師を除いた全員が吉〇新喜劇のようにコケた。


虹川「アホか!」

神木「空気読めよ!」

連夜「す、すまん。ついね」

佐々木「一瞬、こっちも身構えたぞ」

如月「だが、ナイスボケだ」

佐々木「褒めるな」


プルルルルッ


虹川「!!!」


 またも着信音が鳴り響く。  と、同時に全員の視線が連夜に向けられた。


連夜「やってねぇよ。つーか面見ればいいだろ」

虹川「あっ……」

神木「誰からだ?」

虹川「麗美子さんからだ! ど、どうしよう!?」

神木「いや、出る以外に選択肢あんのか?」

虹川「ない!」

神木「……はよ出ろよ」


ピッ


虹川「も、もしもし!?」

麗美子「あ、和幸くん?

虹川「も、もう生まれたんですか!?」

麗美子「違う違う。落ち着かないだろうなって思って電話してみたの

虹川「あ、そうなんですか……余計落ち着きませんよ」

麗美子「でも安心はしたでしょ?

虹川「そうですね」

麗美子「じゃあ本題だけど美穂子、産気づいたの。今から来れる?

虹川「へ?」

麗美子「迎えはいかせたから。それじゃあね


プツッ


連夜「なんだって?」

虹川「産気づいたって……」

連夜「へ〜いよいよか」


ブウゥゥンッ!


如月「ん?」


ズシャアァッ!


執事「和幸様、お迎えにあがりました」


 大学の敷地内をバイクで飛んできた椎名執事。  周りの大学生は唖然としている。


虹川「尋嗣さん、麗美子さんが言ってること本当なんですか?」

執事「麗美子様が何を仰ったかは分かりませんが、美穂子様が産気づきました。急ぎましょう」

虹川「!!!!!!」

連夜「いってらっしゃ〜い」

如月「やることねぇだろうけど頑張ってこいよ」

虹川「ど、どうしたら!?」

神木「お前がそんなんじゃ、奥さん不安がるだろ」

佐々木「しっかりしろ。お前だけで余裕持ってなきゃな」

虹川「…………そ、そうだよな」

執事「いいお友達をお持ちになられましたね」

虹川「尋嗣さん、お願いします」

執事「えぇ、思いっきり飛ばします。しっかり捕まっててくださいね」


ブウゥゥンッ!


 バイクはまた段差を飛び越えて軽快に走り去っていった。  残された四人とその場にいた学生はまだ唖然としていたが……


鞘師「………………」


 鞘師が一人冷静に読書を続けていたとさ。


…………*


ブウゥゥウンッ


キキィッ!


虹川「美穂子!」


ダッ!


執事「おぉ、さすが野球部。御早いですねぇ」


 ヘルメットを取りながら微笑を浮かべる椎名執事。  ここから先は自分は関係ないと言わんばかりにヘルメットをかぶり直し  その場から立ち去った。


執事「無事、生まれるといいですね」


 影ながら支える、それが執事の根本なのだ。


ブウゥゥンッ


 一方、病院内に入った虹川は受付で要領掴めず騒ぎまくっていた。  理由は簡単、一人でテンパっていて受付の人が何が言いたいのか分かっていないからだ。


虹川「え〜っとだから!」

受付「あの、とりあえず落ち着いてください」

虹川「いや、落ち着いてますって! 美穂子はどうなんです!?」

受付「いや、ここは受付なので……」


 こんな要領の掴めない状況の中、虹川にとって救いの手が現れた。


麗美子「和幸くん、こっち」

虹川「麗美子さん! 美穂子の容態は!?」

麗美子「容態って……まぁいいわ、とにかく落ち着いてついて来てね」

虹川「は、はい……」


 流石に麗美子に言われては落ち着くしかなかった虹川はようやく落ち着きを取り戻した。


虹川「それで麗美子さん、どうなんですか?」

麗美子「ちょっと落ち着いてるわね。そろそろ本番のようよ」

虹川「なっ!?」

麗美子「はい、落ち着く」

虹川「うっ……でも美穂子が大変なのに……」

麗美子「だから落ち着くの。そんな和幸くんをみて美穂子はどう思うかしら?」


 逆に安心するかしら、なんて気持ちが過ったが口には出さなかった。  美穂子が落ち着いても自分が落ち着かなさそうだったからだ。


虹川「ちなみにどっちで産む予定なんですか?」

麗美子「帝王切開ではないわよ。普通といっていいか分からないけどきちんと自分で産みたいって言うのが あの子の希望であり決意だからね」

虹川「体は大丈夫でしょうか?」

麗美子「医者がいいって言った以上、大丈夫なんじゃない?」

虹川「そんな適当な!」

麗美子「でもそう信じるしかないわよ。後はあの子の産みたいって力をね……」


 麗美子の言葉は虹川に深く突き刺さった。  やっぱり姉妹。自分より分かっているんだなと思い知らされた。  それから虹川もパニックになることなく、麗美子と共に待ち続けた。


…………*


オギャァッ、オギャアァッ


虹川「――!?」

麗美子「はっ!」


 突如響いた赤ん坊の泣き声に二人同時に立ちあがった。  そして分娩室から先生がニッコリ笑って現れた。


先生「おめでとうございます、元気な男の子ですよ」

虹川「美穂子は!?」

看護師「母子共に健康ですよ」

虹川「ふぅ……良かったぁ……」

看護師「お会いできますよ?」

虹川「あ、じゃあ是非」


 看護師に案内され、分娩室に入る。


虹川「美穂子」

美穂子「和幸……へへっ、やったよ」

虹川「あぁ、良く頑張ったな」


 先ほどまでパニックになっていた人物とは同一人物とは思えないほど  しっかりとした口調で話す虹川に美穂子は安心感を得ていた。


虹川「子供の名前も考えなきゃな」

美穂子「色々候補は……挙げてたけどね」

虹川「ま、今はゆっくり休め。後の楽しみだな」

美穂子「……ねぇ、和幸」

虹川「ん?」

美穂子「私、まだ生きてていいのかな?」

虹川「ばーか」


コツッ


美穂子「痛っ」

虹川「先の未来を信じるから今を紡いで生きているんだ」

美穂子「……それは和幸の言葉?」

虹川「え?」

美穂子「椎名さんから聞いたよ? 似たようなこと聞いた時の言葉、小説の台詞だったんでしょ?」

虹川「(あんの執事めぇ……)」

美穂子「クスッ、どっちでもいいか。ありがと」

虹川「今度は俺の言葉だからな!」


 必死に弁明する虹川を余所に疲れがピークに達した美穂子はゆっくり目を閉じた。


…………*


 虹川と美穂子の子供が生まれて一ヶ月。  昼休み、いつもの場所でいつものメンバーが揃っていた。


連夜「見あきた」

虹川「なんだと!? うちの浩輔が可愛くないと言うのか!?」

連夜「言ってねぇよ。カワイイけど、ずっと同じ写真を見せられたら飽きるわ」

如月「ほんとだよ……」


 普通の……本当に単純で幸せな空間を過ごしていた。  二人を祝福する鐘がきっとどこかで鳴っていることだろう……



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