〜込み上げる想い〜 −2− そして、先輩と別れた後はうきうきしながら家に帰り着いて、日課としている牛乳をコップ一杯飲んでから寝ることにしていた。 「ああ、おいしい。今日は特に先輩とも会えたし、とってもいい気持ち。最高の寝つきになれそう」 だけど……そんな気持ちを一瞬で突き落とす出来事が待っていた 居間の方から叫びにも近い声が聞こえてきて、浮かれた気分から現実に引き戻された。 争っているような凄い声に私は興味本位でどんなこと話してるんだろうと、軽い気持ちで盗み聞きすることにした……その先が地獄とも知らずに…… 「(一体なんだろ?)」 気づかれないように慎重に戸を少し開け覗いてみたら…… 「親父、いい加減にしろよ!!」 「おちつけ、宗一郎」 いつもの先輩に対してからかう声ではなく本当に怒っているときの兄さんの声だ。 一体どうしたというんだろう? 「これが落ち着いていられるかよ。なんだよこれ!!!!」 そう言って兄さんは手帳のようなものを出し、テーブルに思いっきり叩きつける。 容赦なく叩きつけられ、大きな音が静寂の中に響く。 あれはなんだろう……日記? でも、それを見た父さんの顔色は一変していた。 「………どこで、みつけた……」 「帰ったら、親父の机にあったよ。なんだこの内容。なんでこんな大事なことを今の今まで黙ってた!!!」 「………それはあいつを認めたくないということか?」 「ごまかすな!!! 俺が言ってるのは、なんでこんなことをあいつに言わなかった」 「それはだな……」 「なんだよ……俺が馬鹿みたいじゃないか……今の今まで親父の手のひらで踊らされて……俺は親父の道化じゃないんだぞ!!!」 その瞬間、母さんの平手が兄さんの頬を捉えた。 「!!!!!」 もう、何が何だか分からなかった。 一体どうしてこんなことになっているかはもちろんだけど私だけが取り残されてる気がして…… 「宗、言いすぎよ父さんに謝りなさい!」 「……わーったよ。でも本当に考えたほうが良いぞ。法子には本当のことを伝えたほうが良いって。 言うのが遅れるほど傷が深くなるのはあいつなんだから。法子と俺が血が繋がってないなんて 後で知ったらあいつどう思うか誰でも分かることだろ」 兄さんの言ったことで頭が真っ白になった。 何も考えず、普通に戸を閉めてしまった。 戸越しに兄さんの驚いた声が聞こえた気がしたけど、頭の中はさっき兄さんが言った言葉がループしていた。 私と兄さんが血が繋がってない???? 私は日法子。そう理解して19年過ごしてきた。 なのに、それが違う??? 何を信じたら良いか分からなかった……っていうよりいまだこの状況を飲み込めないでいた。 いや認めたくなかった。 「(わ、私……一体何を信じれば????)」 手に持っていたコップを握る力すら残せないほど、私は憔悴しきっていた。 父さんたちが戸を開けるのと同時ぐらいに支える力を失ったコップは私の手から自然に滑り落ち、大きな音をたて粉々に割れた。 もう何も考えることができない……何も信じられなくなってきていた…… 「お、おまえどうしたんだ?」 「………」 「の、法子????」 皆、私がいることに驚いている様子だった。 私は無意識に今、聞いたことを隠そうとしてしまい、咄嗟の言い訳を並べた。 「やだなぁ……私ったらドジで……19にもなって、コップ落としちゃうなんて夜遊びすぎたなぁ……ごめんね、ちゃんとコップの片付けしとくから……」 「あ……ああ」 父さんももしかしたら分かっていたのかもしれない。私が知ってしまったということを。 でも、私は必死で「日法子」を演じて、ばれないように演じた。 正直言ってそこからの記憶は途切れていた。コップを片づけしたのも、なぜか携帯電話を持っていたことすらも…… いや、意識を取り戻したときに、携帯電話を持っていると言った方が正しかったのかも…… 「せ、先輩の……先輩の声が聞きたい……」 そう考えたときには登録していた「佐藤修平先輩」の文字が踊っていた。 私は無意識に通話ボタンを押した。 「(お願い、ちょっとだけでもいいから、出てください先輩)」 しかし、なかなかでてこなかった。しょうがないかな…… 先輩だって人間だし今日は散々つれまわしちゃったんだから、疲れたんだろう残念だけど切っちゃおうそう思い消そうとしたときだった。 「はーい、もしもし」 という先輩の第一声を聞いてあのこともありかなり嬉しさがこみ上げてきて出てきた人間がわかってるはずなのに、ついその名前を口にした。 「す、すいません、佐藤修平さんのお電話ですか!?」 「そりゃあね……俺の携帯なんだから俺以外の奴が取ったら問題だろ……」 といけない……先輩に知られるわけにも行かないし、冷静にならないと。 なんのために先輩に電話をしたか分からない。電話をした目的は、この悲しみをちょっとでも消して頑張ろうって言うことで電話をかけたんだから。 「まあいいや……それよかどうした? こんな時間に? 俺が恋しくなったか?」 恐らく天然で冗談っぽくいったんだろうけど、まさにその通り。 でも当然そんなこということはなく…… 「ちょっと気まぐれで電話かけたように見えます?」 「法子だし……それはねえだろう」 「まあちょっとした……その用事で……すいませんこんな時間に」 「んなもん、メールでも良いから済ましてくれればよかったのに、そんなに重要な用だったのか?」 「ごめんなさい……その明日でも良かったんですけど、どうしても今日聞いておきたいことがあってそれに私、メールあんまり好きじゃないんです?」 「どうして?」 当然、メールもする。だけどこの理由も本心だった。 もっとも何故電話をしたかなんていえるわけがなかった。 私は本当のことと当り障りのない両方を使って先輩を誘導した。 「メールは、人の感情がでないですし、私としてはやっぱり人と真に触れて通じるコミュニケーションがしたいと思っていますので メールは本当に友達どうしでも返信以外はしないんです。だから、こんな遅くになっても……本当にごめんなさい」 「まあ理由があるんならいつだって俺は良いんだよそんなに謝るな。で、どうしたんだ?」 「いや……その……なんて言ったらいいか……」 当然本当の理由なんて言える筈がなかった。 必死になって仮の良いわけを考えて出た答えは先輩は当然、口をあんぐりしたに違いない。 発した私もあとで何でこんなことしたんだろうって思ったから…… 「こ、今度、暇なときで良いんですけど……どこか遊びに行きませんか?」 いくら先輩を見てたらいや声を聞いてたら嫌なこと忘れられるからって本当にこのときの私はどうかしてたのかもしれない。 そんなことする暇あるんだったら他にすることあるだろって私の中のもう一人が居たらきっと叱責してたにちがいない。 なのに、そんな仮の言い訳を先輩は受け止めて答えてくれた。 「そうだな……今週の土曜日くらいかな、法子も忙しいだろうからそういうこと考えると」 別に私は忙しくないし、いつでも会いたいって言いたいのをグッとこらえた。 「ところでさ、それってお誘い?」 「そ、それは先輩が考えてください……はは」 当然本当のことなんていえるはずもなく苦笑いをするのが精一杯だった。 だけど、私にはそんな不器用な私を精一杯受け止めて明るくしてくれようとしている先輩が居る。 その事実があの暗い事実を消してくれてくれるほど、私には先輩が頼もしく見え嬉しかった。 「まあ、だけどこんな時間にかけんなよな。他の男だったらマジで切れてるぞきっと」 「そりゃあそうですよね……こんな時間にかければ迷惑がかかるのはあたりまえですし……」 「だけど、俺だったらいいぞ。別にそんくらいじゃあ怒らないし……でもなるべくなら勘弁しろよ。 きっと法子の恐れてることにはならないから、今後は気をつけろよ」 「はい??」 「返事は土曜日でいいってことだよ。法子の好きなところどこでもいいから」 「い……いいんですか? こんな時間に電話かけたばかりか……それも怒らないで、空けておくなんて?」 本当に先輩の人の良さには頭が下がるし、言い訳をしているこっちが情けなくなるくらい。 そしてその優しい先輩が今の暗い私には本当にまぶしくて…… 「ほ、本当に、すいま……せん」 とつい涙声になっている私。それを先輩が茶化してくれた。 「泣くこたあねえだろ。俺は大丈夫なんだから、ちょうど今まで起きていたしさ、ちょうど誰かと話したいところだったんだ。 まあそんなことどうでもいっか。それで、どうすっかな待ち合わせは……」 「当日になったら、私が先輩のところに行こうと思うんですけど?」 「いいの? 法子がいいんだったら、まあそれで構わないんだけど」 「ええ、それでお願いします」 「それじゃあ、行く所は行ってから決めようかな……じゃあ……おやすみ」 「はい、おやすみなさい」 先輩が通話を切ったのを確認してから、私も切り待受け画面に戻した。 ただ、先輩の声が聞きたかったそれだけなのに、私は何を期待しているというの? いや、今の私にどうしてそんなことができる権利があるの? 頭では分かってるのに……それが実行できない。 それが何かは今はまだ何もわからなかった。いや、分かるのを拒否してただけかも…… 約束しちゃったんだし……行かないと土曜日……それまで私は私と認識できているかどうか…… あのことがあったから…… それから私は、両親がいないときを見計らってあの日記を見て愕然とした。 私の本当の両親は、今村という姓らしく、そして、交通事故で唯一助かった私を親交の扱った。 日家が日法子として大事に育てて、今に至るということが判明した。 そうした私を育ててくれたのは嬉しかったけど、ショックのほうが大きかった。 それでも先輩に会えるそれだけが、今の私をとどめていた。そしてその日がやってきた。 「あぁ……眠たい……でも、行かないと……先輩から怒られちゃう」 もちろん、先輩は怒らないそれは分かってた。 私が言ってたのは、こういって今の嫌なことを忘れて先輩のところにいくということだった。 眠れない理由、もちろんそれは本当の両親のことだった 今村という両親をたどり、その両親の墓に行きたい気持ちが強かった。でもそれは今の両親について深く傷つけてしまうのではないか、そんな狭間を考えていたら眠れるはずもなく、寝ようとすればするだけそのことが頭に浮かんでとても眠れなかった。きっと今の私は不眠症って医者では診断されるんだろう。 「(やだやだ……今日は先輩のところに行くんだから、もっと楽しいこと考えないと。 そうでないと、先輩が余計なことに気をまわしちゃうそれだけは避けないと……)」 そうして気持ちを切り替えて、身支度も気合を入れて綺麗にして私は、早く先輩のところに行くことにした。 特に行く時間も決めてなかったのでいつでも良かったのだが家に居づらいこともあり、私は足早に先輩のところへと向かった。 きっと先輩はまだ寝ている。だって、午前10時だ。 起きててもボーっとしている時間だ。 途中思うことはやっぱり先輩に対しての罪悪感だった。 確かに先輩と遊びたいから電話っていうか成り行きになったのは事実であったけど結局私がこの嫌なことを忘れたいからっていう私の身勝手なことでしたのも事実だった。 はっきり言って嫌になる私自身が。そしてそれを知ったら先輩もきっと嫌になる。 というよりならないほうがどうかしてる…… だから、私は精一杯仮面を被って今日も「日法子」を演じることになるんだろう そんな暗い想いを抱えていると先輩の家に到着した。私は抱えている想いを抑えて、インターホンを静かに押した。 なかなか出て来なかったがやがて、扉が開き、眠そうな顔をして先輩がやってきた。 「(せ、先輩……ごめんなさい……)」 「あの……すいません、どちらさんですか? 集金ですか? 」 そういう天然の先輩の声を聞いて、やっぱりふっと和んでしまった。 こういう人がいたから、今の私は私で居れたんだって思うとつい、笑みが出た。 「今日はいつまで寝るつもりでしたか、佐藤先輩?」 たとえ、これが演じることだったとしても、私は先輩と一緒に話しているという事実がとっても嬉しかった。 そして、そんなことをきっと知らない先輩は…… 「の……法子か……」 寝ぼけ眼だったことがばれたのが嫌だったのか恥ずかしがっていた。 ちょっとでもこの雰囲気を味わいたかったから冷やかしてやった。 「おはようございます。ひげ生やした先輩もとっても似合ってますよ」 「ば……バカ野郎、柄にも無い嫌味なんて言うな……こんなに早く来るなんて思わなかったんだよ」 そりゃあそうだ。こんな早くに来る馬鹿なんて私くらいのものだ。しかも理由も到底いえないくらいなんだから…… 「やはり、迷惑でしたよね……」 「まあな……だけど、いいよそれだけ時間は多いってことだから。 ちょっと、急いで用意してくるから、悪いけど、そこのソファでなんかテレビかなんかで時間潰してくれる?」 「はい、ごゆっくり、全然急いでませんから……」 そうすると先輩は足早に着替えに上がった。 私はテレビをつけるにはつけたが、全く見る余裕はなかった。いや、正確には見たんだけど、私には見えない。 要するにうわのそらで考えているのはこれからのことだった。 「(先輩と遊んでどうなるって言うの。恋をして今のことを忘れたいの? 遊んだって現実は変わらないのに、どうする気なの法子。 もっと先輩のことも考えないと……もし、変なことでも起こったら取り返しがつかないのよ……)」 そんなこんなで自問自答を繰り返していると…… 「よっ、おまたせ♪」 ふといわれ、我に帰り私はついビックリしてその場からぴょんと飛び跳ねてしまった。 やばい、変な女と思われたかも…… 「ごめん、驚かせちゃって……そんなにテレビ見てた?」 「あ……あの……その……」 何か都合の良いこといわないと、先輩にばれちゃう。 「違うんです……そ、その、まだ準備かかるだろうから、ちょっとぼーっとしちゃって……」 「まあ、お金とかそんな準備は昨日してたからな。あとは清潔にするくらいだったし」 「そ、そうだったんですか? それはごめんなさい。それじゃあ先輩どうします? もう行きますか?」 「そのために早く来たんだろ?」 「ま、まぁ……じゃあ行きます?」 「ああ、この時間だったらちょうど昼飯時になるだろうし……今日は歩きでいかないか せっかくの遊びなんだし、車だったら味気ない……それに色々積もる話もまだあるし……」 そういわれ、ご飯を食べに行くという名目で歩いて行くことになった。 道行く人から、中にはおばちゃんからもデートかい? と声をかけられたほど。 改めて先輩の人の良さが垣間見えた瞬間だった。 「(それなのに、こんな人の悪い……私でいいのかな……)」 とマイナスばかりが目に付くが、歩いていると原点と言える場所に来た。 「(こ……ここは……)」 そこは先輩と初めて会った、思い出深い場所だった。 何一つ変わらない綺麗な場所。先輩はあのことをいまだ覚えてくれるだろうか…… もちろん私から言えるわけもない。そんな子供じみた馬鹿らしい話なんて…… 当の先輩はというと、食べに行く場所を探すために前を見て歩いていた。 そうするとふと私が普通の道路ばかり見ているのに気がついたのが、その歩を止めて、私に声をかけた。 「法子……どうした??? ここになんかあんのか?」 「ど、どうしましたか先輩?」 なんで尋ねたのか分かってるくせにすっとぼける私。 しかし、そんな私に優しく付き合ってくれる。 「いや、ちょっと後ろ向いたらこの場所で感慨深げに見入ってたからさ、何かあったんかなって思って」 「…………」 当然、言うことも出来たけど、まだ何ひとつお互いを知らない状況だったし私はあえて、言わなかった。 「ごめんなさい、こうやってゆっくり歩くのって久しぶりですから景色を目にとめていただけなんです」 「ふぅん……まあいいか」 と先輩も会えて追及しなかった。こうして、変な追求をしないで人の気を嫌にさせないのも先輩の魅力だ。 そしてそれからも他愛のない話があるが、結局3分程度でその先輩が案内した場所についた。 「(うっ)」 入った瞬間凄い匂いがした。店もなんだがごった返しているのか店が小さいのか、妙に狭いし、さすがの作り笑顔の天才の私でも表情に出してしまった。 「先輩、大丈夫なんですか?ここ、狭いですし、においもなんか凄いですし、こんなこと私がいう資格ないですけどおいしいとは思えないんですけど」 しかし、先輩は笑って返した。 「最初の人はみんなそういうけど、食べてみなって……大体、まずかったらこんなに来ないから」 「それはそうですけど……」 まあまずかったら先輩を問い詰めれば良いと段々あの嫌な思い出がなくなってきて、食事を口に運ぶ。 最初恐る恐る食べていた私も、一口食べてそんな恐怖心嘘みたいになった。 「お、おいしい……」 と自然と笑みがこぼれて先輩に向きなおす。 先輩もほらみたことかとばかりに返す。 「そうやろ。俺は優しい人のところじゃあ悪いところなんて紹介しないから♪」 先輩も気分が乗っていた。私も段々乗り出したため、ちょっと意地悪してみた。 「じゃあ、兄さんは良く苛めるから悪いところ紹介してたんですか?」 そういうと先輩は可愛いって言うんだろうか、かなり慌てていた。 「いや……そりゃあおめえ……分かるだろ」 先輩の天然な慌て方が面白くてつい、自然と笑みが出て、優しく先輩に謝った。 「すいません、冗談です。そんなに言い訳考えないでくださいよ」 「ったく、お前ら兄妹と来たら……」 「(兄妹か……もし知ったら先輩どんな顔するんだろう?)」 「どした??? なんか顔色悪くないか?」 「いえ、別に……」 「まあいっか、じゃあ昼ごはん食べたら色々いこっか。今日は楽しむために来たんだろうから」 それから私は先輩といるときは忘れようとカラオケやらいろんなことをして遊んだ。 そうして段々遊ぶ約束も取り付けるようになったある日のことだった。 「よっしゃー、次は法子の番だ♪」 あるカラオケでのことだった。 先輩は陽気に歌って実に楽しそうだったけど。 先輩と遊んでいても晴れないことがあった。いわずもがな、私の出生のことだ。 あれ以来、すっかり眠れなくなり、寝れても2・3時間という日々が続き、大変悩んでいた。 このことを言うかどうか……でもいえないで自分で抱えたまま、不眠症が続き先輩との関係をつづけていた。 「おい、おい法子!」 ぼーっとしている私をさすって呼びかける先輩。 はっと現実に呼び戻されて先輩に焦点を向ける。 「せ、先輩……もう終わっちゃいましたか???」 「お前、最近っていうか最初のときからおかしいぞ……元気無いっていうか……なんていえばいいのかな」 天然な先輩も段々うつらうつらしてくる私をおかしいと気付きだした。 でも、私はばれるのが嫌でというより……ばれて今の関係を壊されたくなくて嘘をつく……私のわがままで…… 「……もうやだなぁ、先輩」 「私、二十歳ですよ。高校のときみたいに11時になったら寝るってそんな段階ではなくなっちゃいましたし遅く寝ているだけですよ」 「それで、そんな寝不足か? もうちっと遅らせたほうがいいんじゃないのか?」 「大丈夫ですって、私の身体は私自身が一番良く分かってるんですから。先輩に会いたかったただそれだけで早く先輩のところに行ってるだけなんですから」 「…………」 先輩にばれた……核心まではばれてないだろうけど、分かりかけようとしている。 先輩はおせっかいで天然なのに妙なことで鋭さを発揮する…… げ、限界なのかもしれない…… 「ごめんな……余計なこと聞いて……でも今日は眠そうだから帰ろうか……」 「ごめんなさい……」 「謝んな。お前は良くやってくれてるよ」 そうして、結局私の家まで送ってくれた。 「いいか、帰ったらちゃんと寝るんだぞ。心配してるんだからな」 「はい……」 嘘をついている私は先輩はそれでも私を傷つけまいと優しくしてくれる。 でも正直言って、先輩といるのは楽しいし癒される。あの傷もつかの間だけど忘れさせてくれる。 だけど…… 「(もう、このままじゃあいられない……私のためにも、いや何より先輩のためにも勇気を出さないと)」 私はある決意を固めて……機会を見て実行することにした。 先輩のためにも……勇気を出さないと……だらしない私のためにも…… そんなある日のこと、私たちは先輩の家に来ることにした。 理由は簡単だった。先輩の家の中を最後の記念として見るためだった。 先輩は毎日のように私と遊んでくれる私を名前で呼んで欲しいといった。 まるで恋人のように扱ってくれる姿勢が涙が出るくらい嬉しかった。 でもこれから先のことを考えるともうこれ以上先輩の負担になりたくなかった。 そんなことで先輩の家に行こうと思って勇気を絞っていったら先輩は私のわがままを聞いて案内してくれた。真意を知らなかったけど…… 「まあしょうがねえ、行くか」 「はい」 そうすると柄にもなく私は手を握った。もう二度とこうして隣で一緒に歩むことは無いと思ったからだ。 でも身体っていうか心の調子がおかしかった。胸がなんか締め付けられるような……このまま一緒にいたいっていうの? 止めたくても止められない変な気持ちだった。私だって女の子だからどことなく引っかかっていることが会った。 「(何を馬鹿なことを考えているの法子。これ以上先輩の世話になるつもり??? 早く別れを告げないと)」 そんなことを頭の中で巡りながら、先輩の部屋、そしてその中の高校時代の思い出やら楽しいものをみせてくれた。 逆にこれじゃあ言い辛くなるよ…… 「なあ法子?」 「どうしました?」 「本当は何が原因なんだ寝不足は?」 「だから大丈夫ですって……らしくないですよ、そんな小さなこと気にするのなんて…… 私が先輩を慕ってるのは先輩と居ると本当に楽しくて時間が経つのも忘れるし、正直な話、時間が止まってくれないかなっていうくらい……」 ある意味本音だった。でも時間は絶対に止まらない。言い出さなければいけない時期が来ている。 「の、法子……おまえ……」 先輩は気がついている、私が演じていて無理に作っていること、そして隠していることに……そんなことを感じさせないように私はあえて大げさな行動をとっていた。 先輩は完全に気付いている。なんで私が寝不足なのか理由は如何にしろ、寝不足ということはおかしいという理由だけははっきり分かっている。 もう限界かも…… 「頼むから本当に寝てくれ、俺のほうが不安で不安でしょうがなくなるよ。 お前行ったよな俺の不安な顔はやだって、俺もやなんだよ。お前がやつれていってるのがさ…… だから、俺のためにもお前のためにも、今日は言うこと聞いてくれ……」 「わかりました。ごめんなさい、じゃあ今日はこれで」 「送ってくぞ」 「良いですよ。近場ですから……」 そう言って私は先輩の家を後にしようとした。 そうしたら、突然頭に凄く強い痛みが走った。 「(うっ……何、これ、頭がふらっと……)」 私は先輩の部屋を出たと同時にがたっと崩れ落ちた。 そうしてちょっとしたら、凄い形相で先輩が私のところに駆け寄ってきた。 「法子、おい、法子どうしたしっかりしろ!!!」 「………」 先輩は私の身体をゆすって意識を確認する。 「ご、ごめん……なさい……帰らないと……」 「馬鹿やろう、そんな身体で帰ろうとするな!!!」 「で……でも……」 そういうと先輩は何を思ったか、急に私を抱えて衝撃がかからないようにおぶってくれた。 「シ、シュウ一体何を!?」 「いいから、じっとしてろ。ったく人の忠告も聞かないで……無茶ばかり」 「………」 その後先輩は、部屋で寝せてくれて、料理も作ってくれた。 このまま先輩の部屋に居るし、ついに体調崩しているところを見られたわけだから、しょうがなく寝ることにした。 何も考えることが出来なかったから本当に寝てしまった。 「(馬鹿だよ……こんなになるまで嫌なことから遠ざけて挙句の果てにばれちゃうなんて…… やっぱり、いわなきゃあ……今度はシュウが私の世話をしすぎて倒れちゃう……)」 私はついに決心して、疲れのあまり寝てしまった。 意識が戻り、時間を確認すると一時間程度眠っていたらしい。 目が覚めたことに気づいた先輩はおかゆを持って食べさせてくれた。 しばらくすると、シュウはあのことを口にするようになった。 「法子一体どういうことなんだ???」 必死に問いかけてくる。 先輩の強い想いが痛いほど伝わってくる…… 「法子……どうして無茶をする……どうして俺に何も言わない!」 こんなに親身になってまで怒ってくれる先輩は嬉しいし甘えたい、でもいつまでも一緒になんて居られない。 私は決心してたことをついに吐き出した。 「もう……関わらないで……」 「法子……?」 私の氷のような声に驚きのあまり声を失うシュウ…… 「もう疲れたんです。二人で居ることに……」 「お前、何を……」 「もう、愛想被って恋人ぶることに疲れたんです」 「何だと……」 「別れましょう。それが一番良いと思うんです。こんなことだから、私体調崩したんですよ」 「お前、何を隠してるんだ?」 「別に、何も隠してもないし、前々から別れようとは思ってたんです。 ちょうど良い機会だったので言おうと思って、隠してるって思ったのはこのことだと思いますよ」 「………分かった。お前が望むんだったら、だけど自分にだけは嘘をつくなよ。俺が言いたいのはそれだけだ」 「ご忠告ありがとうございます」 そう私は冷たい言葉をいい残して、先輩の家を去った。ドアを閉めた後は、目もくれず私の家の部屋で泣いていた。 「これでよかった……これでもう二度とシュウの負担にならずに、シュウは幸せになれると思ったのに」 そう決心して虚勢を張ってうそまでついたのに…… 「(どうして……どうして、涙だけが止まらないで胸が苦しいの……もうやだよ……なんでこんなことに……)」 シュウと別れてから私の心はさらに切り裂かれていった。出口の見えない迷路と共に…… Next⇒ 一転して雰囲気がガラリと変わった第2章。 えぇ、まず気づかれた方がいるかは分かりませんが、お詫びを。 全体的な編集は私がしているんですが、1章に比べ滅茶苦茶加筆しました(^^; そのせいかAYAさんらしさが失われているかもしれません…… まぁ全体的な話は暗いですが、要所に甘さがあるのはAYAさんの持ち味でしょう。 それも結構普通に感じることでも、やたら甘くなるのはこの二人とAYAさんだからなのかもしれません。 さてさて、前回のあとがきにも書きましたが、AYAさんのサイトで公開中の小さな主砲第1章のテキストverなんですが こちらならではの視点や展開も後々用意されているとのこと…… 皆さん、次回もお楽しみに! サス |