「俺は」『私は』あなたを好きになりました。



 別に今まで人を好きになったことがないわけじゃない。  それに付き合ったことがないわけでもない。  でも縁はそれほどなかった。  だからストイックに姿和真は野球に取り組んできた。


パッキィーンッ!


姿「しゃあ!」


 打撃タイトルとは無縁ながらベストナイン、ゴールデングラブには選ばれていた。  WBC日本代表にもなり、間違いなく球界を代表する選手と言えるだろう。  だがそんな姿にも悩みはあった。  いや、本人はそんな気にもしてないのだが……


慎吾「久しぶり」

姿「あぁ、久しぶり。珍しいな、電話で済まさず会ってだなんて」

慎吾「まぁ、色々と問題も終えてきたし話したいことがあってな」

姿「そうか」

慎吾「その前に同級生の本西が結婚するらしい。連絡しといてくれって言われた」

姿「お前が連絡番とは珍しいな」

慎吾「漣に頼まれただけだ」

姿「で、本題は?」

慎吾「俺も今の事が終わったら……その、なんだ……」

姿「ハッキリしろよ」

慎吾「……身を固めようかなっと思ってな。一応、お前と真崎には先に言っておこうと思って」

姿「お前、相手いたのか?」

慎吾「大学時代に付き合ってた人がいるんだが全て終わってお互い気持ちがあったらまたっていう約束をしててな」

姿「へぇ、ロマンチックだな」

慎吾「やめろ。それにまだ先の話だし、確定事項じゃない。今の段階じゃ俺の気持ちだけだからな」

姿「ま、じゃあ上手くいったらまた教えてくれ」

慎吾「あぁ」

姿「しかし、やっぱ結婚って年だよな」

慎吾「……そういやお前はどうなんだ?」

姿「俺?」


 そう姿にとっての悩みというか考えなければいけないことはこれだった。  別に好きな人がいなかったわけじゃない。  付き合ったことがないわけじゃない。  でも縁がないのか、その気にまでなれないのか、結婚とまでは事が進まなかった。


姿「俺は今は相手もいないし、ゆっくり探すさ」

慎吾「ゆっくり探す年齢でもないだろ」


 姿と慎吾は同い年で27歳だ。


姿「焦って探すもんでもないだろ」

慎吾「モテるのにもったいないな」

姿「買い被りすぎだよ」

慎吾「真崎にも言われるぞ」

姿「あいつに言われるのはシャクだが……」

慎吾「ま、お前の吉報も待ってるわ」

姿「はいはい。まずは自分の事、片付けろ」

慎吾「そうだな。オフにでもまた連絡する」

姿「あいよ」


 そんな姿に出会いがあった。  姿にとっては最悪とも言える出会いだったが……


ビシュッ!


姿「――!」


ガゴッ!


 ある試合で頭部にデッドボールを受けてしまう。


ガキィンッ!


姿「ッ……!」


 それ以来、踏み込みが明らかに弱くなり打球を引っかけることが多くなった。  強打者ならインコースを攻められるのは当然。  別に今まで姿だってデッドボールがなかったわけじゃない。  だが今回はなんか違った。


姿「………………」


 そして首脳陣は決断する。  姿を2軍に落とし、再調整をさせることにしたのだった。


2軍監督「姿、お前に紹介したい人がいる」

姿「紹介?」

2軍監督「お前の今の状態は技術的な問題と言うより精神的な部分が強いだろう」

姿「はぁ……」

2軍監督「ってことでメンタルトレーナーを呼んだ」

姿「メンタルトレーナーですか?」

2軍監督「少しでも改善されればいいかと思ってな。ちょっと試してみろ」

姿「……分かりました」


 あまり乗り気ではなかったが今の状態はどん底に近かった。  藁にもすがる思いでやってみることにした。


若林「メンタルトレーナーの若林です」

瑠璃子「同じく大鷺瑠璃子です。よろしくお願いします」

姿「よろしくお願いします。お2人でやるんですか?」

若林「基本的にはこの大鷲が担当します」

瑠璃子「ただまだ半人前なので先輩に何回かついてもらいます」

姿「なるほど」

瑠璃子「ではまず今の状態をご自身の口で教えて頂けますか?」


 こうして姿のメンタルトレーナーによるカウンセリングが始まった。  これで打てるようになるなら苦労しないが姿の思いだった。


姿「ただデッドボールでバッティングが狂うっていうのは少なからずあることなので」

瑠璃子「よく聞く事例ではあります。でも姿選手の場合、今回、まともに食らってしまったのは確実に影響してます」

姿「だから練習で感覚さえ取り戻せば……」

瑠璃子「心が伴ってない状態での練習はちょっと危険です。余計にバッティングを崩す可能性だってあります」

姿「あんたに何が分かるんだ! 俺はプロなんだ! 選手でもないのに分かったような口をきいて!」


 思い通りにならない苛立ちがついに表に出てしまった姿。  姿がこうして他人に感情を出すことは本当にないことだった。


姿「あ……す、すみません」

瑠璃子「いえ、こちらこそすみません。でも安心しました」

姿「え?」

瑠璃子「そうやって感情を出してもらわないとカウンセリングになりません。姿選手はあまりそういうところ見せないと聞いていたので」

姿「………………」

瑠璃子「ただ信用してもらうために言いますと私もソフトボールですが選手経験があります」

姿「そ、そうなんですか?」

瑠璃子「こう見えてプロも視野に入れてました」

姿「ではなぜメンタルトレーナーを?」

瑠璃子「肩を故障したんです」

姿「………………」

瑠璃子「当時は本当にショックでした。でもその時、同級生に励まされたんです。そこで精神的に本当に救われて……」

姿「それでメンタルトレーナーに?」

瑠璃子「はい。私もその人みたいに心から人を救いたいって思ったんです」

姿「……すみません」

瑠璃子「え?」

姿「あなたを……そしてメンタルトレーナーって仕事をバカにして」

瑠璃子「ふふっ、とんでもないです。最終的には姿選手の言う通り、感覚の問題です。でも恐怖を取り除くお手伝いは出来ます」

姿「よろしくお願いします」

瑠璃子「こちらこそよろしくお願いします」


 それからカウンセリングを受けながら2軍で汗を流す日々。  ルーキーから1軍で活躍をしていた姿。  ケガ以外で2軍で過ごすことがなかったため、これもまた刺激になった。


カキーンッ!


姿「ふぅ」


 打撃の調子を取り戻しつつあった姿はオールスター明けに1軍復帰する。  そのまま一応、1軍で試合に出場を続けたが完全復調とまではいかずにシーズンを終える。


瑠璃子「お疲れ様でした」

姿「ありがとうございます」

瑠璃子「もう大丈夫そうですね」

姿「全然です」

瑠璃子「え?」

姿「俺はホームランバッター、中軸を打つ男です。それがホームラン数一桁じゃ話になりません」


 そう、ヒットはある程度打って率は後半戦でそこそこ戻した。  ただホームランは打てなかった。  まだ踏み込みが足りないことが要因だった。


瑠璃子「自信を持ってください。今の姿選手なら来季こそ!」

姿「えぇ、もちろんです。だからちょっと自分を追い込みたいなって」

瑠璃子「え?」

姿「自分的には今まで結果は出してきたつもりです」

瑠璃子「そうですね。それを自信にすれば……」

姿「でも打撃タイトルは獲ったことがないんです」

瑠璃子「確かに目指すところでしょうけどそこに拘らなくてもいいと思いますよ」

姿「そこをあえて追い込むために宣言させてください」

瑠璃子「と言いますと?」

姿「大鷺瑠璃子さん。来シーズン、俺が打撃タイトルを獲ったら結婚を前提に付き合ってくれませんか?」

瑠璃子「――えっ!?」

姿「正直、俺はあのデッドボール以来、打てなくなってどん底にいました。仕事とはいえあなたは支えてくれた」

瑠璃子「………………」

姿「俺はあなたを好きになりました」

瑠璃子「姿……さん……」

姿「返事は1年後っていうのも長い話ですが1年間だけ待ってくれませんか?」

瑠璃子「……分かりました。1年間、見させて頂きます」

姿「ありがとうございます」


 姿自身、一世一代の大勝負に出た。  そして迎えた翌シーズン。


パッキィーンッ!


アナ「2008年初打席、先制の第1号スリーランホームラン! 姿、復活の1撃!」


パキーンッ!


 姿は打ちまくった。  ヒットもホームランも……ただ約束を果たすために。


松倉「くそー、やつめ、バッティングスタイル変えたのか?」

楽留「ある意味厄介だな」


 選球眼も悪くなく、中軸のためフォアボールも多かった。  だが今年の姿は早いカウントから打ちに行き、ヒットを稼いだ。  そして本来のバッティングでもあるホームランも量産した。


瑠璃子「………………」


 あんなことを言われては意識しない人はいないだろう。  瑠璃子も姿の勇士を見るために球場に足を運んだり、新聞で日々結果をチェックするようになっていた。


若林「大鷺、次の患者のところに行くぞ」

瑠璃子「あ、はい!」


 その間、デートをするわけでも連絡を取り合うだけでもなかった。  この辺が姿が女性に対して不器用なところだろう。  でも姿は確実に自分と……そして瑠璃子のために打席に入っていた。


カッキィーンッ!


姿「しゃあ!」


 結果、姿は今年、最多安打とホームラン王を同時に獲得。  自身初の打撃タイトルとなった。  ボールを見極めるスタイルだった姿が今年は初球から打つもんだから各球団対応に遅れ最多安打まで獲得出来た。


プルルルルッ


 そして姿はようやく瑠璃子に電話を入れた。


瑠璃子「はい、大鷺です」

姿「姿です。近々会ってお話したいのですが」

瑠璃子「明日の夜なら空いてます」

姿「分かりました。では場所は……」


 約束をして翌日。  姿は待ち合わせ場所に30分前に来た……のだが。


姿「大鷺さん……」

瑠璃子「姿さん」


 それより先に瑠璃子は来ていた。


姿「すみません、お待たせしてしまって」

瑠璃子「いえ、私が早く来すぎただけですよ」

姿「そうですよね……早過ぎです」

瑠璃子「待ちきれなくて」

姿「え?」

瑠璃子「昨年、姿さんに告白されて」

姿「い、いや、まだ告白はしてないです」

瑠璃子「あれ、そうでしたか?」

姿「こ、これからするんです」

瑠璃子「ふふっ。でも今シーズン、ずっと姿さんを追ってました」

姿「え?」

瑠璃子「新聞やネットで成績をチェックしたり、時間があれば球場に行きました」

姿「そ、そうだったんですか?」

瑠璃子「特に球場で生で姿さんを見て凄いカッコイイなって思うようになりました」

姿「大鷺さん……」

瑠璃子「そう、私は段々にあなたに惹かれていく自分に気づきました」


 瑠璃子は眼を閉じて両手を胸に当て気持ちを込めるような仕草をした。


瑠璃子「私はあなたを好きになりました」


 瑠璃子からの告白。  まぁ、これからすると言いながら昨年、姿も好きとは言っていたからお互い様ではあるが。


姿「大鷺さん、俺のプラン台無しです」

瑠璃子「あら、ごめんなさい」

姿「……こういうのはやっぱり男からするもんだと思うんです」

瑠璃子「意外と古い考えなのですね」

姿「そうですか?」

瑠璃子「でも姿さんらしいです」

姿「で、ではいいですか?」

瑠璃子「はい」

姿「昨年のこと覚えてますか?」

瑠璃子「なんでしたっけ?」

姿「大鷺さん……」

瑠璃子「冗談ですよ」

姿「改めて……俺は今日、この日のために今シーズンやってきた、そう言っても過言じゃありません」

瑠璃子「プロがそんな個人的な理由でいいんですか?」

姿「もちろんチームのためとか優勝目指してですが、どこかであなたを意識してたのは否定できません」

瑠璃子「姿さん……」

姿「勝手な約束でしたが今年、個人タイトルを獲りました」

瑠璃子「はい」

姿「こんな俺で良かったらお付き合いしてくださいませんか?」

瑠璃子「……はい、私で良かったら喜んで」

姿「大鷲さん……ありがとうございます」

瑠璃子「姿さん……いえ、和真さん。名前で呼んでくださいませんか?」

姿「あ、で、では瑠璃子さん。よろしくお願いします」

瑠璃子「こちらこそよろしくお願いします」


 気持ちがコントロール出来ずに苦しんでいた。  そんな時に導いてくれて支えとなった。


姿「俺は」


 力強く真っ直ぐに誓いを立てて達成してくれた。  そして年齢関係なく、優しく振舞ってくれる。


瑠璃子「私は」


 あなたを好きになりました。



〜 F I N 〜



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