日の出島という小さな島で一人の少年のみが味わった知っている呪い。
 その全貌を彼に告げた日、私は涙を流しました。
 今までずっと笑顔でいたのを彼と出会って崩れ始め、そしておかしくなってしまったのです。
 それでも結果から言えば、私はあの日からようやく自分の意思で歩き始めた、そう思います。
 途方のない、場所を目指して……



−幸せのある場所−



 私は罪深い人です。こんな私に優しくしてくれた人を騙し続け、祖母を見殺しにした罪人です。
 あの時、急いで助けを呼べば助かったはずです。
 でも私はそうはせず、ただ祖母が逝くのを見ていただけでした。そのことを全て決着がついた日に伝えました。
 最低な私をさらけ出すために。それでもあの人は私に最後まで優しくしてくれました。

「でも天本さんは幸せそうなお婆ちゃんの邪魔をしたくなかったんだよ、きっと。前に猫がひかれていた時もそうだった。天本さんは本当に優しい人だと思うよ」

 でも私は祖母のことは嫌いでした。勝手なことして勝手に命をすり減らした祖母のことなんて……
 だから助けなかったんです。それは優しさなんかじゃないはず。
 けれど、あの人に言わせると違うみたいです。

「嫌いだったら幸せそうなお婆ちゃんの邪魔をするでしょ。天本さんは気づいてないかも知れないけどきっと好きだったんじゃないの?だからいつかの猫のように傍で見守ってあげた。そう思うよ」

 偽りのない笑顔をみせ最低な私に対してその優しさで私の全てを包み込んでくれました。
 こんなこと言うと都合が良いですが、少し罪の意識が消え楽になった気がします。
 私はあの人の優しさに触れて初めて人として感情を表に出すことが出来たんです。
 そんな彼は高校を卒業しても大好きな野球は辞めていません。
 いえ、それどころかプロの舞台で頑張ってます。ドラフトに指名されプロ選手になると聞いた時は気づけば遠い存在に思えました。
 日の出島を出て行くわけですから、当然かもしれません。でもあの人は小さく行われた祖母の葬式の時に私にこう言いました。

「天本さん、荷物まとめた?」

 私は何のことか分かりませんでした。聞き返すとあの人は呆れ半分驚き半分でこう言いました。

「いや、俺プロになるんだよ。一緒に着いてきてくれないの?」

 私は心の底から驚きました。そして聞き返しました。私なんかで良いのか、と。

「ううん、俺は天本さんじゃなきゃイヤなんだけど」

 その言葉に私は不意にこみ上げてくるのを感じました。あの人に全てを伝えた日、私は涙を流しました。
 初めて人前で感情を出した日です。それ以来涙もろくなってしまったようで、あの人に優しくしてもらう度に弱くなった自分を見せてしまうのです。
 甘えてしまうのです。あの人を良い関係になったときと今では私は別人のようで、あの人は今の私で本当に良いんでしょうか?
 このまま一緒になったらもっと甘えてしまいあの人を困らせてしまうのではないか?
 あの人に言われ荷物をまとめはしましたが、正直決心は着いてませんでした。モヤモヤした気持ちのままではいけないと私はある人に相談しました。あの人に直接聞く勇気がなかったからです。もし聞いて拒絶されたら?  いえ、あの時あのように言ってくれたのにって本心では思います。でもやはり弱くなったのです。自分に自信がもてないのです。だから私はあの人の最も傍にいて、私が信用する“お兄さん”に相談してみることにしました。



 日の出島に数少ない喫茶店でお兄さんと待ち合わせしました。
 私たちが兄妹と知っている人は少なくてもこの島にはいません。なのでただのクラスメイトが話しているだけに見えるでしょう。
 お兄さんはケーキセットを私はお茶を頼み、来るまで他愛のない思い出話をしてました。

「お待たせしました。ケーキセットになります」

 お兄さんが嬉しそうにショートケーキを頬張ったところで、私は呼んだ理由と悩んでいることを打ち明けました。
 ペロリとケーキを食べ上げるとお兄さんはニコッと笑顔になりました。

「大丈夫でやんすよ。卯月くんは誰よりも天本さんのこと考えてるでやんす」

 本当にそう思いますか、私は聞き返しました。

「もちろんでやんす。卯月くんは分かりやすいでやんす。ウソつけない性格でやんす。単純でやんす。そんな計算できっこないでやんす」

 お兄さんは滅茶苦茶に言ってますが本当にあの人のこと分かっているからこそだと思います。私も見習わなきゃいけないところです。

「もっとワガママになった方が卯月くんも嬉しいと思うでやんすよ」

 私にとって“ワガママ”も“甘え”も正直良く分かりません。あの祖母に育てられたってこともあり、今の今まで感情を表に出さずに生きてきたんですから。でもそんな私にお兄さんは言いました。

「知らないからこそそうしてみるんでやんす。時に間違えたり失敗するかも知れないでやんすが、だから人は成長するんだと思うでやんす。だから天本さんは思いっきり卯月くんを頼れば良いでやんすよ」

 お兄さんに言われて、私は小さなことで悩んでいたんだと知らされました。私が好きになったあの人は私が思うほど心が弱くも狭くありません。祖母の呪いに打ち勝ち、甲子園という舞台で結果を残したんですから当然です。ちなみに呪いに関してのことはお兄さんには全て話しませんでした。
 話しても意味がないと思ったからです。これはあの人もそう言ってくれたから。
 私はお兄さんに二つのことを言いましたあの人に着いていくことに決めたこと。そして実の父親を探して復讐したいこと。後者の方はお兄さんも笑って

「それは良いと思うでやんす。オイラの母親の分もお願いするでやんす」

 と言ってくれました。私とお兄さんが兄妹と言っても誰が信じてくれるでしょう?
 でもアゴのラインくらいは似てるんじゃないかと思っています。何人いるか分からない兄って言うのも怖いですが、少なくてもこのお兄さんと出会えたことは私にとって凄く大きいことだと思います。
 私には祖母以外にも大切な血の繋がった家族がいる。この事実が私自身を凄く安心させてくれるのです。
 父のことは分かったら連絡すると言い私はあの人と会う約束をしていたので、お兄さんに相談に乗ってくれたことにお礼を言い、立ち上がりました。
 そして去り際、お兄さんは笑いながら

「結婚式にはしっかり呼んでほしいでやんす」

と言ってきました。少しためらいながらもお兄さんに負けない笑顔を作りもちろんですと頷きました。







 日の出島を出て私は父親の手がかりを探しました。あの人が頑張ってるんです。私もせめて、自分自身のことに決着をつけたくなりました。と言っても日の出島出るときにお兄さんにはしっかり言ってたりはするんですけどね。
 そしてある日、有力情報のもと父親が住んでいるという家を訪れました。
 見つけるのは確かに大変でしたが、思ったほどでもありませんでした。父を探したのは他でもありません、復讐のためです。母もお兄さんの母親も、いえ他の顔も知らない兄たちの母親も私の父のせいで傷ついてきたのです。そして私やお兄さんも一緒です。こんなにも大勢の人を傷つけながらも自分は関係ないように生きている父を許すことが到底出来るわけがありません。
 少しでもこの辛さが父に伝わるよう、いろいろと復讐方法を考えました。
 そして家を訪れました。最初、父は本当に誰か分からなかったようで困ったような警戒したような顔でした。しかし私の母の名前を言うと、ハッキリと思い出せないようでしたがどこか引っかかるところあるらしく、話がしたいと家の中に入ることになりました。
 部屋に連れて行かれる途中、居間が見えたので軽く覗いてみました。可愛い子供たちが楽しそうに遊んでいました。ゲームをしてたり絵を描いてたりトランプをやってたり、幸せそうに遊んでいました。

「お姉ちゃんだーれ?」

「パパの大事なお客さんだよ。話があるからお前たちはここで遊んでなさい」

 私が答える前に父がフォローを入れるかのように素早く答えました。子供たちは素直に「はーい」と元気良く言いまたそれぞれの遊びをやり始めました。
 無邪気に笑う子供たちは本当に幸せそうでした。そんな子供たちを見て自分はなぜここに来たのか、目的を見失いそうになりました。でもここに来る前の憎しみが消えつつあるのもまた事実です。私が父を奪ったらあの子供たちは私を憎むでしょう。これでは堂々巡りもいいところです。
 そんなことを考えながらと案内された部屋につきました。
 軽く部屋を見渡して、座布団に正座しました。なんて最初に切り出そうか悩みましたが、父の方から聞いてきました。母のフルネームを言いその娘なのか、と。私は何も言わずたた頷きました。父は驚き神妙な顔つきになりました。私のことを疑ってるかのようにマジマジと顔を見てきました。私とお兄さんが一部とは言え似ていると言うことは父と似てなきゃおかしい話です。父は一つため息をつき、お茶を一口飲みました。

「そうか、大きくなったな」

 どうやら認めてくれたようです。その点では安心できました。違うと言ったり拒絶したら、私の心はまた復讐心でいっぱいになったでしょう。しかし父は私の思ってる以上に良心ある人でした。

「今更だが悪いことしたと思っている。謝って許されるくらいなら謝るが……許されるわけないだろう。自分が一番分かっている。好きにしなさい、私はとうに覚悟はできている」

 でも私には出来ませんでした。いざ父を目の当たりにして、急にする気がなくなってしまったのです。いえ、本当の理由はあの子供たちです。それは昔、私が思い描いたような光景であり、幸せそうに暮らすこの家庭を壊すなんて出来ませんでした。
 そのかわりに私はお兄さんに言われた通りたっぷりと憎まれ口を叩きました。父はそれを俯きながら時には頷いて聞いていました。
 憎まれ口を叩いただけですがそれだけでなぜか満足出来ました。きっとろくでもないと思っていた父が幸せそうな家庭を作っていた、それがどこか嬉しかったのではないかと思います。

「それだけで良いのか?」

 父は驚いたように顔を上げました。話の中に憎んでいるとか言ったんですから当然でしょう。父にもそして私にも戻るべき……自分の居場所があるのにそんなことはしたくありません。直接的なことは言いませんでしたが父には十分通じたようです。

「そうか。それは良かったな玲泉」

 父に名前を呼ばれた時、ようやく肩の荷が降りた想いになりました。変わった名前だからと人に名前で呼ぶのは避けてもらってましたが、これでようやく素直になれそうです。
 最後に子供たちの頭を撫で、父にしっかりと釘を刺して家を後にしました。
 もう昔のようなことは止めてください、こんな幸せな家庭を作ってるんですからっと言った時の父の照れてるような苦笑いのような顔は生涯忘れることはないでしょう。



 これで私も人並みの生活を送れることでしょう。今までに幸せがなかっとは言いませんが、私を必要としてくれる人がいる幸せ。私が望む場所にいられる幸せ。それは日の出島で祖母に育てられ、過ごしていた時にはない感情でした。
 だから私は誰でもない天本玲泉として立派に生きてやろうってそう思いました。それは恋人のために命を使い減らした『大嫌い』な祖母への当てつけかも知れませんね。




〜Fin〜










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