居場所なんてどこにもない…… 帰る場所なんてあるはずもない…… 俺は全てを失った人間なのだから…… −永遠にともに− 俺は今、しあわせ島という孤島にいる。 信じられないような事故で1人のスター選手と入れ替わったものの、所詮元はダメな落ちこぼれ選手。 あっさりとボロが出て、仲間だった男にも裏切られ俺はここ(しあわせ島)に連れてこられた。 ペラというここでの通貨を集めれば出してもらえるシステムだ。 だが俺は作業も野球も全て投げやりでやってしまう。早くこんな島出て行きたい、なのに…… 俺がこの島に来てまた100という日数が過ぎた。 入れ替わるように人が出て行き、新たな人がこの島に足を踏み込んだ。 そんな時、1人の男が現れた。最初からBB団の副所長であるマコンデにケンカを売り、来て早々有名人になった。 その男は作業をやりつつ、暇を見つければ凡田……じゃなく落田というメガネをかけたいかにもマニアってやつと一緒に野球場に行く。 「あれ、小杉。作業終わったんなら一緒に野球やろうぜ」 男は俺を見かけてはこう言ってくる。 なんのためらいもなく、いつも軽く貶して相手にしない俺をいつも誘ってくる。 「うるせぇな。行たきゃ勝手に行けよ!」 俺は男の顔を見るとムカつく。だからいつも相手にしない。 いつもはこれで引き下がるのだが今日は違った。 凡田(落田)を先に行かせ、男は残った。俺のことを真っ直ぐ見ている。 「小杉、ちょっと良いか?」 「あ? って待て……離せよ!」 男は俺の手を取り有無を言わさず引きずっていく。 俺は野球場へ連れて行かれるもんだと思っていた。しかし連れて来られたのは海沿いだった。 着くといきなり手を離し、笑顔で俺のほうを見た。 その顔を見ると俺は心の底から込み上げて来るものがあった。どうしてもコイツの顔を見ると思い出してしまう……昔の俺を…… 「なぁ小杉。キミはなぜここに来たんだい?」 そこにあったのは連れてきた時の笑顔じゃなく真剣な眼差しだった。 良く考えたら俺はコイツとちゃんと話したことがない。顔を合わせることがイヤだったから。 ここまで来て黙って帰るのもなんかシャクだったし、話して見ることにした。 どうせ言っても信じてくれないだろうしな。 「誰も信じてくれないようなことが起きてね、仲間だと思ってたヤツにも裏切られ結果がこれさ」 「誰も信じてくれないようなこと?」 「そうさ。だからお前に話しても無駄ってことさ」 「そう言わずに話してみないか? 俺だって結構信じられないような体験をしてきたんだ、今更驚くこともないと思う」 俺以上に信じられないような体験なんてあるとは思わない。 だが目の前の男は相変わらず真剣な眼をしていた。それに毒かかったのか、俺は気づいたら話し始めていた。 「俺の本当の名前は皐月って言うんだ」 「……はぁ?」 当然と言えば当然の反応が返ってきた。俺はそれがおかしくてつい笑ってしまった。 それにコイツはハテナマークを浮かべているようだったから、咳払いを一つし話を戻した。 「ある日、俺と小杉は廊下でぶつかってな。気づいたら俺は小杉になっていた」 「ちょ、ちょっと待って。つまり入れ替わったってことか?」 「その通り。小杉は元々スター選手で、俺は偶然手に入った地位を喜び思うままに遊んだ……が、所詮中身は俺自身のままだ。 元の俺はダメで落ちこぼれだったお荷物選手。野球の実力なんてたかが知れてる。 だからすぐボロが出た。成績は落ち込み、次第に野球が……外の世界が怖くなった。そして仲間だと思っていたヤツに助けを求めた。 しかし、裏切られ俺はしあわせ島に連れて来られたってわけさ」 俺は一通りのことを話した。こんな話、誰が信じれる? 人と入れ替わった? バカなこと言うなって感じだな。俺がそんな話されたらそんな話をしたヤツを殴ってるくらいだ。 だが目の前の男はなおも真剣な眼差しで俺の話を聞いていた。 「それが本当だったら凄い話だな」 それは俺にとっては驚く返答だった。 「し、信じるのか? こんな話を……」 「逆に冗談でそんな話をしないだろ。現にここにお前がいる。それが何よりの証拠だと俺は思うね。第一ここで俺を騙したってなんの特にもならないだろ」 「それはそうだが……」 拍子抜けと言えば拍子抜けだ。だが何だかんだ目の前の男が色んなヤツに好かれてる理由が分かった。 コイツは底なしのお人よしだと。しあわせ島に連れて来られたのも騙されてとかそんな理由なんだろう。聞くまでもない。 「お前の話だと、元のお前はどうしてるんだ?」 「さっき言ったろ? 入れ替わったって。現在じゃモグラーズの主力選手として活躍中だよ」 「なるほど……辻褄はあってるな」 腕を組み頷いている。俺の話をここまで聞き入れるのはコイツくらいだろう。 「良くもまぁ、俺の言葉を信用できるな」 俺は呆れるように言った。 「ん、まぁね。それに何となく分かったよ、キミがこの島での行動が投げやりな理由がさ」 「あぁ?」 「ひょっとしたらキミはここでペラを集めても、帰る場所がない。だから作業もマジメにやる気になれないんだろ?」 ずばり核心をつかれ、俺は一気に頭に血が上った。 「ああ、そうだよ! お前の言うとおりさ! 俺はペラを集めて島を出ても帰るところがないんだよ!」 自分で思っていても人に言われたら凄く苛立った。 そんな苛立ちと島にいようと島から出ようと俺には帰る場所が……そんな思いが心の中で葛藤している。 しかし目の前の男は途端に真剣な顔がどこへやら、途端に締まりのない笑顔になった。 「それなら簡単だ。俺はここに来る前和桐って会社に勤めてた。俺が話をつけるからそこで働かないか?」 やはりこの男は何を言い出すか分からない。 「帰る場所がないなら俺が作ってやる。だからさ、一緒にこんな島出よう」 「……変わってるな……お前」 「じゃあ今度の試合、絶対勝とうな!」 締まりのない笑顔で言う。その顔につい俺も笑ってしまった。 「しょうがない。元プロの実力見せてやるよ」 なんで俺も返事したかは分からない……一つ言えることは俺も少しアイツの毒牙にやられたらしい…… 他のアホ共のように……な。 「そうこなくっちゃ。……って夕日?」 「あ?」 釣られて海の方を見た。太陽が海に落ちていくようで、海と空には綺麗な紅の色が映し出されていた。 瞬間的にふと頭に1人の人物が浮かんだ。 「お〜い、遅いでやんすよ〜」 しかし遠くから聞こえてきた声で瞬く間に消えていった。 凡田(落田)の野郎が、あまりに遅いもんで痺れを切らしたらしい。 「小杉、気が向いたら練習に来いよ」 「……ああ」 俺が軽い返事をしたら嬉しそうに凡田(落田)と野球場に走っていった。 そんなやつらの後ろ姿を見つつ……俺は先ほど浮かべた1人の女性の姿を一生懸命に思い出そうとしていた。 薄らと輪郭やら髪型が映し出されるもののハッキリと思い出せない…… しあわせ島での生活で忘れかけているらしい……そんな空虚感で俺は宿舎へ戻った。 それから、俺は野球場に前よりも行くようになった。 今まででは勝つことさえ不可能だった1軍との試合にも勝つようになり、みんな試合のほうもやる気になっていた。 当然俺の投球が冴え渡ってるのが事実だが、後ろで守っているアイツの存在が大きかった。 例え1点とられてもアイツがいるなら取り返してくれると思ったし、例え打たれてもアウトにしてくれると思った。 アイツと接するようになってから完全に毒牙にやられたらしい…… 試合以外にも他の班対抗の運動会のときも野球班は完全にアイツを中心としていた。 来て60日ちょっとでそれほどの信頼を手に入れたということになる。一種のカリスマなのだろう、俺は純粋に関心した。 そんなこんなで前よりペラが集まるにつれ、俺の不安が大きくなっていった。 実際、島を出て生きていけるのだろうか? またあんな惨めな思いをするかもしれないのに…… そんなことを思いながら気まぐれでいつか来た海沿いに来た。 「あれ、小杉?」 そこにはアイツがいた。てっきり今日も野球場に足を運んでいると思ったから正直驚いた。 「ここで何してるんだ?」 手には本があり、どうやら読書をしていたみたいだ。 足音で俺に気づいたらしい。 「まぁ見ての通りだよ」 本を俺に見せる。タイトルから想像するに冒険小説か何かだろう。 しかしリフレッシュ小屋では見たことないような本だった。 「これは所長が以前貸してくれたものでさ、面白かったからまた借りたんだよね」 「ふ〜ん……」 普通なら所長に本を借りた事実を驚くだろうが、俺は別に驚かなかった。 以前、コイツと所長が何やら親しげに話しているのを見たこともあったし、最近宿舎で所長の話をしてくるので察しがついている。 「あれ、結構普通の反応だな」 驚かなかったのが意外だったのか、拍子抜けしたような返事が返ってきた。 俺は思ってることを言おうとしたが、すぐに、まぁいいやと本を閉じ立ち上がった。 今度はこっちが拍子抜けだった。しかし改めて俺が他のやつらのことに首を突っ込むのもどうかと思い、思いとどまった。 「っで、小杉。最近悩んでるでしょ?」 「別に」 俺は素っ気無く答えた。人が深く聞かないようにしてるのに関わらず、コイツは堂々と聞いてくる。 もう少し気を遣って欲しいと心底思った。 「隠さなくても良いじゃないか。俺たち仲間だろ?」 「仲間になんか―――」 なった覚えはない、と続けたかったが、なぜか言葉に出せなかった。 心の中で否定してはいけないと思ったのか……または違う感情なのか……良く分からない。 しかし全部言い切れなかったことで目の前の男はなにやら嬉しそうな顔をしていた。 その顔を見るだけで…………とても殴りたくなった。 「痛ッ!」 鈍い音が周りに響く。思ったらすでに体が動いており、俺の右ストレートがヤツの顔にヒットしていた。 「何すんだよ!」 「悪い。体が勝手に……」 明らかに俺が悪かったから一応謝った。昔に比べれば大分丸くなったと自分でも思う。 「ったく……まぁいい。今度は何で悩んでるんだ?」 「…………ふぅ……わぁったよ。全部話すよ」 それから俺はコイツに全部話した。 日本に帰っても生きる自信がないこと。野球選手のときに受けた惨めな思いを二度としたくないこと。 俺が今秘めている胸のうちを全て話した。 話し終えた後、軽い間ができた。穏やかで普通では聞こえない波音がこの瞬間だけ大きく聞こえてきた。 良く見たら砂を山のように積み上げて軽く城を作ろうとしているようにも見える。話聞いていたのか不安になった。 「なるほどねぇ。小杉らしくもないなぁ」 立ち上がって俺の方を見ると、呆れているような笑い顔でそう言った。少しバカにしているようにも見え、腹が立った。 たしかにそれは自分が一番思ってることだった。ただ俺はそれくらい嫌な思いをした。怖い思いをした。 あのときの恐怖が蘇り、次第に冷静さを失っていくのに俺は気づいた。が、気づいた時にはどうしようもなかった。 「うるせぇ! らしくもないことは俺が一番分かってる! だがどうすれば良いんだ……俺は……」 「……小杉……一人で頑張ろうとするから辛くなるんだよ」 語りかけるように静かに優しく話してくる。 「お前には仲間がいるだろ? しあわせ島という悪夢のような場所で共に戦っている江川班の仲間がさ」 「そ、そうか! こんな有り得ないことを共に経験したんだ。外でもきっと助けてくれる」 自分の中の不安が晴れていくのが分かった。助け合い、それは俺がもっとも嫌いな言葉だ。 人に裏切られ、毒を撃たれ、売られた。人を信じなくなるには十分過ぎると思う。 だが少なくてもここで知り合ったヤツラは違う……そう信じたい。 「その通り。後さ、小杉って日本にいる時付き合ってた人とかいないの?」 せっかく人がやる気になってるのに、変な質問をしてくる。 付き合ってた…………やつか…… 「……いたよ。裏切られたけど。そいつに騙され、毒を撃たれた。はは、笑える話だろ」 「…………ほんと、お前の話は信じがたい話ばっかりだな」 「ああ、信じる信じないは勝手だが、本当さ」 「ふ〜ん、でもそれって今の状態だろ?」 「……どういうことだ?」 「いや、その入れ替わる前付き合ってた人はいないのかなーって」 「………………ッ……」 俺は言葉に詰まった。確かに入れ替わる前も付き合ってるヤツはいた。あまり相手にせず、適当にあしらっていたが…… だが売られる前にそいつと会った。……そのときのことを思い出そうとすると頭痛がする…… 「だ、大丈夫か?」 あまりに酷く痛んだからつい頭を抑えてしまった。 目の前の男は自分で作った砂の城を蹴飛ばしながらも、傍に来て俺の体を支えてくれた。 「あぁ……大丈夫。先戻っててくれないか? もう少し風にあたっていきたい」 「分かった。悪かったな、変なこと聞いて」 「気にすんな」 俺を気にかけた後、少し名残惜しそうに砂の城があったところを見ていた。その後、ゆっくりと砂浜から立ち去っていった。 いなくなった後、自分を落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。 入れ替わる前に付き合っていたヤツに売られる前に言われた言葉……『最後まで一緒』…… 「恵里……」 はっきりと思い出せない恵里の姿を一生懸命思い浮かべながら俺は砂浜で1人佇んでいた。 やがて目頭が熱くなっていき、俺は必死で押えた。こんなところを誰かに見られでもしたら…… そう思い必死に拭ったが勢いは増すばかりだった。 そして俺は恵里の名を叫びながら泣き崩れた。その姿は情けなくみっともないだろうが……俺は耐えることが出来なかった。 恵里の存在がここに来て凄く大きなことに今頃気づいた。恵里が最後に言ってくれた言葉……今でも信じて良いのだろか? アイツが来て100日がたった。 早いものだ。アイツが来る前の100日と今回を比べたら、今回は50日ぐらいだったんじゃないかって思える。 元々、アイツと馴れ合うようになった時期からすれば折り返し前ぐらいだろうが、それでも島にいてこれほど充実した気持ちになるのは初めてだった。 ここでは100日ごとにペラが集まったかのチェックをし、ダメならもう100日いなくてはいけない。 どうやらアイツは無事集めきったようだ。 アイツ以外にも江川班は大抵集まっていた。前日に1軍の代わりに外で行われている大会に出て見事勝利した。 結果200ペラをもらい、以前より1軍との試合に勝っていたボーナス分を合わせたら結構な額になる。 そういうこともあり、俺も帰る分のペラはたまっていた。 しかし疑問に思ってることがあった。このまま帰って良いんだろうか? 良くは分からないが何か引っかかるものがあった。 そして最後の夜の宿舎でアイツが俺らに本当のことを口にした。 「な、なんでやんすと!」 一番先に口を開いたのは凡田(落田)のヤロウだった。 「じゃ、じゃあ俺たちはしあわせ草がないと生きていけないのか?」 渡辺とか言うヤツが恐る恐る尋ねる。話を聞く限りそうとしか思えない。 「そういうことになる。ここでの作業はしあわせ草の中毒にするためだったんだ。そして帰った後もしあわせ草に頼らないと外で生きていけない。 つまり俺らは外に出てもBB団に縛られる生活を送るしかない。断ったら死ぬんだ」 何となくそんな気がしていたが、そうだったのか。土木作業やロボット製作はともかく、なぜあのしあわせ草を育てなきゃいけないのか。 不思議な力があると思っていたが、まぁちょっと考えれば分かることだったかも知れない。 アイツもどうやら俺と同じようなことを思っていたらしく、所長と仲良くなったのを楯に詳しいことを聞き出したらしい。 「一体どうしたらいいんでやんすか!?」 テンパってる凡田(落田)のヤロウに対し、俺は思ったことを口にした。 「……一つしかないだろ」 俺の言葉にみんな一斉に俺のほうを向く。俺はみんなが輪を作り話しているが、その輪に加わらず壁に寄りかかり立って傍観していた。 そしてみんなの中心にいる男が頷いた。 「反乱を起こそう。俺タチの手で未来を切り開こう」 宿舎にいるのに風の音がよく聞こえた。少しの沈黙が流れた。 ここで反乱を起こすか、安全に帰る方法を取るか…… 俺の心は決まっている。元々目の前の男がいなきゃ長い間ここにいるハメになってたんだ。 「最後まで付き合ってやるよ」 「小杉……」 俺の疑問も晴れ、BB団に今までのお返しをする絶好のチャンス。ここで反乱を起こさずにいつ起こせと言うんだ? 「よ〜しやったるでやんす!」 俺と凡田(落田)のヤロウの一言でみんなの気持ちが決まったのか、一致団結した。 「さ、聞こうか。作戦の一つや二つ考えてるだろ」 「ああ。向こうが銃を持ってようが人数はコッチの方が多い。なら最初に管制室を落とす。数で圧倒しよう」 「でも、元々の力も勝てるか分からないでやんす。銃を持ってる分やっぱり怖いでやんすよ」 凡田(落田)のヤロウが言うことは最もだ。手数で圧倒する場合、銃を持ってる相手なら最初の1〜2人は犠牲になる場合がある。 俺ならともかく目の前の男が人を犠牲にする作戦を取るはずがない。 「だからしあわせ草がある。ドクターを抑え、パワーアップして乗り込もう」 「な、なるほどでやんす……」 たしかにいい手だが、しあわせ草を使うとなると恐らく副作用が後に俺らを襲うはずだ。 ……だが今、考えられる中で最もいい手だろう。 「決行は明朝だ!」 BB団が活動を開始する前に先にしあわせ草を確保。 アイツの指示で真っ先に管制室に向った。 急な反乱で、更に油断しているときを狙ったおかげでBB団は混乱に陥っていた。 副所長を倒し管制室を落とすとアイツと凡田(落田)のヤロウは所長を追って地下に降りていった。 「くそっ……お前らこんなことしてどうなるか分かってるのか?」 手足縛られている副所長が言ってくる。 「あんたこそ自分の格好を考えて物を言いな」 他のヤツラは別の場所にいるBB団を倒しに言ってて、管制室には俺一人。 地下に言ったヤツラも気になるし、俺は移動することが出来ず管制室をあさっていた。 やがてタバコの箱を見つけた。幸いにも数本入っていたが、火をつけることができない。 「おい、火あるか?」 「ふん。ポケットに入ってるわ」 副所長に聞いてみるとそっぽを向き、ぶっきらぼうに答えた。 言われた通りあさってみると胸ポケットにはマッチが入っていた。 「私にも一本くれるか?」 「冗談。タバコの火で縄燃やされたらたまらないな」 俺の目の前でそんなこと出来るとは思わなかったが、万が一ってこともある。 マッチ棒に点火させタバコに火をつける。何百日ぶりに吸ったタバコは格別な味がした。 「な、なんだ!?」 地下から大きな爆発音が聞こえ、わずかに地面が揺れた。 副所長がいる手前、中に確認しに行くことが出来ない……俺は二人が無事なのを祈るしかなかった。 やがて一人の男が凄い勢いで地下から出てきた。 黒コゲで誰か判断がつきにくかったがメガネでそれがすぐに凡田(落田)のヤロウだと分かった。 「おい、どうした?」 「大変でやんす。所長が毒を飲んだでやんす」 「な、何っ!?」 「今、オイラがドクターを読んでくるでやんす」 それだけ言うと凡田(落田)のヤロウは自慢の足で管制室を飛び出していった。 俺はタバコを握りつぶし、箱から新たしいタバコを取り出した。 凡田(落田)のヤロウがドクターを連れて戻ってきた。所長はどうやら助かるみたいだ。 アイツも一安心ってところだろう。 次第に地下にいた二人の笑い声が地上に近づいてきた。 帰ってきた凡田(落田)のやろうに聞いたが所長を捉え、どうやら団長をも倒したらしい。 待ってる間に全てタバコを吸い終えた。5〜6本は入っていただろう。 最後の一本を足でもみ消し顔を上げた時、地下から出てきたアイツと目が合った。 「イエイ」 相変わらず締まりのない笑顔でVサインをしてくる。 苦笑しながらもそれに応えてやった。 それから数日間、予想通り俺らはしあわせ草の副作用に苦しめられた。 だがアイツを始め徐々に克服していき、みんな日本に帰る準備が出来た。 「ん〜遅いでやんすね」 「凡田、もう少し待ってやれ。最後の挨拶をしてるんだよ」 「だからオイラは落田でやんすー!」 今日、所長は処刑される。本当に最後の別れになるんだ。 話したいこともあるだろう。ま、これは俺の胸のうちに秘めといてやるがな。それがアイツへの義理ってやつだ。 「なぁ小杉。これからどうするんだ?」 話しかけてきたのは布具里という変な顔をしたヤツだった。 「どうするってなぁ……」 「良かったら俺と旅してみないか? 一人旅も飽きたんだよね」 「……いいよ。付き合ってやる」 正直気が進まなかったが、このままアイツと帰って紹介された会社に入るのは簡単だ。 でもアイツと過ごしてるうちに自分で自分の居場所見つけたくなったって言うのもある。 まぁそれも言い訳で 本当はこれ以上アイツに助けられたくないっていう負けず嫌いさからって言うのが本音かもな。 「あの……小杉さん」 今度話しかけてきたのは倉刈という見た目から貧乏って感じのヤツだった。 「この前はありがとうございました」 倉刈が言ったこの前のことを思い出すのに少しかかった。 なんせ色々なことがその後起きて、今に至るわけだから無理もないだろう。自分で言うことじゃないが…… 「ああ、娘さんに電話したときのことか?」 「ええ」 俺の質問に頷く。アイツに弱音を吐き、そして周りにヤツラが助けてくれるって話をした翌日。 俺はアイツに助けを求められた。目の前にいる倉刈が日本にいる娘に電話をかけるため、管制室が空になるところを狙って電話をするという無謀な作戦。 見張り役の気を向けるための役に俺を利用したってわけ。 アイツはすぐ顔に出てバレるし、凡田(落田)のヤロウはそんな度胸ない。適任っちゃ適任だったろう。ま、自分で言うことじゃないな。 「気にするなって言っただろう。困ったときはお互い様さ」 「……変わりましたね、小杉さん」 「あ?」 「前は自分だけがってオーラを出しまくっていたのに、今じゃとてもたくましく見えます」 「……お世辞言ったって何にも出ないぜ」 「本心ですよ。ホントにありがとうございました」 深く頭を下げ、船に乗り込む。人にお礼を言われ、褒められ……決して悪い気はしない。 それに倉刈は知らないだろうが、元々は互いにモグラーズにいた者同士のよしみだって気持ちもそのときはあった。 ……今まで大分ペラを巻き上げた気がするが……それはそれだ。 「それにしてもホントに遅いでやんすね〜」 凡田(落田)のヤロウがまたアイツに気を向けた時だった。 「ゴメンゴメン。待たせたな」 そうこう言ってるうちにアイツが来た。最後まで締まりのない笑顔だった。 言いたいこと言い切ってきたか、俺らに悟られないように隠しているのか…… 本当に不思議なヤツだ。 「さ、帰ろっか」 何事もなかったかのように待っていた俺たちより先に船に乗り込もうとする。 船に乗った後、俺はアイツに声をかけた。 「じゃあここでお別れだな」 「えっ?」 驚いた顔をしていたが、俺は隣にいる布具里に親指を指して着いていく旨を伝えた。 「俺は布具里に着いていく。誘ってもらって悪いが」 「……良いんだな?」 「ああ。もう泣き言は言わねぇよ」 「分かった。じゃまたな」 「ああ」 こうして俺のしあわせ島での生活が終わった。 アイツが来てからの100日間、怒濤のように過ぎたが、ようやく俺は日本に帰れる。 「よ〜し、俺らも行くか!」 「あいよ」 ……日本に帰るのはもう少し先になりそうだったな…… あれから1ヶ月くらい布具里の旅に付き合った。 食料なども尽きて買い足しのため陸上に上がった。ここで俺は布具里と別れることにした。 「やっぱ旅続けるのか?」 「当たり前だろ。俺にはこれしかないからな」 「そっか。世話になったな」 「良いってことよ。元気でな」 「布具里もな。じゃあ」 今にも沈みそうなイカダで懸命にオールを漕いで大海原へ出て行った。 その姿が見えなくなるまで俺はその場にいた。 「ふぅ……俺も行くか」 イカダが見えなくなり深呼吸した後、俺は歩き始めた。 布具里の買出しに付き合ったから今いる場所は把握していた。 しかし別に行くアテもない。テキトーに街を歩き回ってみるかと思った矢先だった。 「皐月さん!?」 入れ替わる前の名前を呼ばれすぐに声が聞こえた方を振り向く。 「え……り……?」 最初は自分の目を疑った。しかし見れば見るほど俺が忘れかけていた姿と重なってくる…… 信じられないことにそこには恵里が立っていた。 小さく彼女の名を呟いたら、恵里も本当の俺と確信したのか俺に駆け寄ってきてそして抱きついてきた。 「今までどこに行ってたんですか!? ずっとずっと連絡なしに……」 俺の胸を叩きながら涙目で訴えてくる。 俺は恵里にここまで心配をかけていたんだ…… 「最後まで一緒って言ったじゃないですか……」 「……恵里……」 俺は恵里の小さな体を抱きしめ返した。 さすがに恵里は驚いたのか強く反応したからゆっくりと離れ、そして恵里を真っ直ぐに見た。 「悪かったな。心配かけて」 涙を堪えるように笑って言った。 「皐月……さん」 身長差があり涙目のまま上目遣いで俺を見てきた。 ……俺の帰る場所……ここにあったんだ…… 「もう黙ってどこにも行かないから。絶対に」 「本当ですか?」 「ああ。恵里の言ったとおり最後まで一緒だ」 瞬間、また俺に恵里が抱きついてくる。 二度と離さぬよう俺は強く抱きしめた。 「まったく……帰る場所ないって言ってたくせに……」 「あ〜ダメでやんす! 落田くん、それはオイラが買うでやんすよー」 「ふっふっふ甘いでやんすよ山田くん。早い者勝ちでやんす」 「あるじゃん、とびきりの居場所がさ……」 「じゃあコッチのトレカはオイラが買うでやんす」 「あ〜それは今オイラが取ろうとしてたヤツでやんす!」 「え〜いうるさい! んなもん買ってないで会社に戻るぞ! 仕事が山ほどあるんだからな!」 どこかで聞いたことのある声を背に俺は恵里と未来(これから)を共に歩んでいく。 最後まで……そう永遠(とわ)にずっと。 〜Fin〜 |