??「しぃっ!」


ズバァァンッ!


??「おっ……しゃあ!」


アナ「御滝高校、全国制覇――ッ! 1年エース、風戸くんが投げ切りました!」


 これは1人の少年が幼馴染や仲間と共に過ごした青春の1ページ。  全国制覇まで成し遂げた少年がどうして野球を始めたのか?  そしてまた、今に至るまでどんなことがあったのか、少しだけアルバムをめくってみたいと思う。


…………*


 これは幼少期時代のお話。


??「ふぅ、ごちそうさま」


 少年の名前は風戸侑真(かざとゆうま)。  彼が後に全国にその名を轟かせる選手となるのだが  今はまだ野球をやってすらいなかった。


??「ほんと食べるのは早いわね。身体に良くないわよ」

侑真「早く食べないと遊ぶ時間が減るからね」

??「はぁ……まったく……」


 侑真に注意し呆れているのは2つ上の姉で風戸侑花(かざとゆか)。


侑真「それより早く食べて公園行こうぜ」

侑花「ちょっとまって。このリンゴだけは食べないと……」

侑真「ほんと食い意地はってるよな」


バキッ


侑花「ふぅ、ごちそうさま。じゃあいこっか」

侑真「今の自分の行動はスルーか!? カワイイ弟をグーで殴る!?」

侑花「遊ぶ時間がなくなって勿体ないんでしょ?」

侑真「将来ろくな女にならんぞ」


バキィッ


侑花「さ、いこっ」

侑真「………………」


 上下関係はしっかりしているようだがこの姉弟は仲は良かった。


ピンポーンッ


侑花「あれ?」

侑真「どうせ清仁だろ」

侑花「そうね」


ガチャッ


酒向「どうせとは心外だな」

侑花「私は言ってないわよ」

酒向「……どうした、侑真。ほっぺた抑えて」

侑真「察しろ」


 家に来たのは酒向清仁(さかむききよひと)。  侑真の2個上で侑花とは同級生だ。  両親が仲が良く、家も近いことから兄弟のような関係で育った。  思いっきり呼び捨てにはしているが……


??「またゆっちゃん怒らせること言ったんだろ?」

侑真「脩平も来てたのか」


 清仁と一緒に来たのが牧野脩平(まきのしゅうへい)。  侑真と同級生。  あだ名で人を呼ぶことが好きな明るい性格だ。


酒向「じゃあ公園に行くか」

侑真「むっ、今日こそ負けないぞ!」


 公園に行くと同年代の子供たちがおり、最近は  その子供たちとドッジボールで遊ぶことが多い。


侑真「おし、今日こそ当ててやる!」

牧野「おし、頑張れ、ゆっくん」


 清仁と侑真は必ず敵チームにしていた。  理由は侑真が清仁を当てたいためだ。  だが……


ビシュッ


パシッ


酒向「それよ!」


ビシュッ!


ビシッ


侑真「あっ!?」


 しかし清仁は2歳上。  体力で勝る清仁にどうしても当てることが  出来ずに逆にやられてしまっている。


侑真「くっそー……!」

酒向「お前が俺に勝てるわけねーだろ」

侑真「なにぃっ!?」


 毎回同じことを繰り返し、苛立っている弟を  見かねた侑花が侑真を止めに入った。


侑花「侑真、別の遊びしたら? どうしたって清仁には勝てないわよ」

侑真「姉ちゃんまで何を言うんだ!?」

侑花「体力差というかやっぱり清仁の方が上だもん」

侑真「いいや、勝つ方法は絶対ある! このまま負けっぱなしなんて嫌だね!」

侑花「侑真……」

牧野「ま、諦めなってゆっちゃん。言い出したら聞かんでしょ」

侑花「そうだけど……」


 しかし侑真もバカじゃない。  体力差で負けてることは分かっていた。  だがそれを認めたらずっと清仁には勝てないことになる。


侑真「(どうしたら勝てるか……か……)」


 幼いながらに侑真は考えた。  そして色々試行錯誤してみることにした。


侑真「このっ!」


サッ


酒向「むっ!?」


 右で投げようとして身構えた清仁に対し  ボールを左に持ち替えてすぐに投球。  バランスを崩した清仁は捕球体制になるのが遅れ……


バシッ


酒向「しまった!」

侑真「や、やった! 初めてアウトにしたぞ!」

牧野「おぉ、やるね、ゆっくん」

酒向「ぐっ……! 今のはなしだ!」

侑真「な、なんでだよ!?」

酒向「そんな小細工して勝って嬉しいのか? 男らしくない!」

侑真「負け惜しみだろ!」

酒向「ふん、なんとで言え。俺は認めないからな」

侑真「ぐっ! じゃ、じゃあもう1回勝負だ!」

酒向「いや、今日は終わりだ。俺は予定があるからな」

侑真「なっ!? 逃げるのか!?」

酒向「じゃあな」


 侑真の挑発をスルーし、清仁は公園を出ていった。


侑真「なんだよ、それ!」

牧野「まぁまぁ、落ち着けってゆっくん」

侑真「あーもう! イライラするわ!」

侑花「でも清仁って毎週この時間には帰るわよね」


 今日は土曜日の現在午前10時。  いかに侑真たちが早めに公園に来て遊んでいるかが分かるが……


牧野「だねぇ。きよっち、土日は特に付き合い悪いね」

近所の子供「清仁だったら最近、野球始めたって聞いたぞ」

侑真「野球?」

近所の子供「そう。リトルリーグとやらに入ったんだって」

牧野「へぇ、面白そうだね」

侑真「野球か……」

侑花「見に行ってみる?」

侑真「だな。場所分かる?」

近所の子供「分かるよ。行く?」

侑真「おう!」

牧野「楽しくなってきたね」


 ドッジボールを切り上げ、清仁が入っているというリトルリーグが  練習しているグラウンドに行ってみることにした侑真たち。


近所の子供「ここだよ」


カキーンッ


 そのグラウンドに着くと乾いた金属音や掛け声が飛び交っていた。  そしてランニングに出ていたのか侑真たちとは反対側から清仁が現れた。


侑真「あ、清仁!」

酒向「お前ら……なんでここに?」

牧野「きよっちがリトルリーグに入ったって聞いてやってきました」

侑花「なんで教えてくれなかったの?」

酒向「別に言わなくてもいいだろ」

監督「おい、酒向。どうした?」

酒向「あ、すいません、監督」

監督「君たちは?」

侑真「こんにちは。風戸侑真です」

牧野「牧野脩平です」

侑花「初めまして、風戸侑花です」

酒向「まぁ、幼馴染というか親同士が仲良くて兄弟みたいな付き合いのやつらです」

監督「なるほどな。君たち、野球に興味はあるか?」

侑真「あるといえばありますね」

酒向「………………」

監督「人数もあんまり多くないし、入ってくれれば嬉しいんだが」

侑真「そんな簡単に入れるんですか?」

侑花「ちょっと侑真!」

酒向「入る気か?」

侑真「別にいいだろ? 俺の勝手なわけだし」

牧野「ゆっくんが入るなら俺もやってみたいな」

監督「じゃあ試しに今日、練習に参加してみるか?」

侑真「おぉ、いいんですか?」

監督「その後、両親に相談して決めてくれ」

侑真「分かりました!」

監督「じゃあまずはキャッチボールからな」

牧野「グローブは借りれます?」

監督「もちろん。やったことはあるか?」

侑真「まぁ、キャッチボールぐらいなら」

牧野「同じく!」

監督「それならいい。酒向と一緒にやってたのか?」

侑真「そうですね」

監督「じゃあ心配いらなそうだな」

侑花「なんでですか?」

監督「酒向はまぁ、うちではトップクラスのプレイヤーだからな」

侑真「清仁が?」

監督「一応、エースで4番を任せてる」

侑真「ふ〜ん……」

牧野「凄いね、きよっち」

酒向「まぁな。じゃあ自分は練習に戻りますね」

監督「あぁ」

侑真「というか俺たちもいきましょう」

監督「そうだな」


 清仁がグラウンドに戻り、その後を4人が追ってグラウンドに行った。  清仁はキャッチャー防具をつけた選手と話をしていた。  それを見ながら侑真と脩平はキャッチボールをするべくグローブを選んでいた。


侑真「これでいいかな」

牧野「俺もOK!」

監督「まずは短い距離でいいからな」

侑真「んじゃ、これぐらいでいいだろ」

牧野「おっしゃあ、来い!」

監督「人の話聞いてた?」


 2人がとった距離は監督が思っていた倍以上だった。  しかし監督の話をある種、無視して2人はキャッチボールを始めた。


侑花「大丈夫ですよ、このぐらいならいつもやってる距離です」

監督「凄いな。じゃあ肩はもう問題ないというかピッチャーやらせたいぐらいだな」

侑花「ところで監督さん」

監督「ん?」

侑花「さっき清仁のこと一応って言ってましたが、なんか引っかかる点あるんですか?」

監督「ん〜……まぁ、酒向が悪いわけじゃないんだけどね」

侑花「と言いますと?」

監督「いや、酒向も肩いいからピッチャーやらせてるんだけど、あいつの全力投球、チームに捕れるやついないんだよ」

侑花「えっ?」

監督「その点解消してあげないと可哀想だなっとは思ってるんだが……」

侑花「侑真だったら捕れるかもしれないですね」

監督「侑真って左で投げてる方?」

侑花「あ、そうです。私の弟なんですけど」

監督「左投げはキャッチャー向かないんだよな」

侑花「そうなんですか?」

監督「野球……あんまり知らない?」

侑花「詳しいルールまでは分からないですね」

監督「あ、そうなんだ。まぁ、左投げは貴重だし、肩も強そうだしまずはピッチャーやらせたいな」

侑花「でも侑真、右で投げれますよ?」

監督「なに?」

侑花「私もなんで左で投げてるのか不思議なんですけど」

監督「器用というか……まぁ、凄いな……」


 侑花が監督と話している間にどんどん距離を伸ばしていた侑真と脩平。  侑花の話を聞いて、侑真に興味を持った監督は2人を呼んだ。


監督「おい、2人ともちょっと来てくれ」

侑真「なんですか?」

牧野「他の練習もしてくれるんですか?」

監督「いや、えっと風戸って言ったっけ?」

侑真「はい」

監督「お前の姉から聞いたんだが、右でも投げられるのか?」

侑真「えぇ、右利きなんで」

監督「いや、お前、左でやってただろ?」

侑真「なんか投げやすいんですよね。右だと余計な力入るんで」

牧野「さっきから速いボールと遅いボールを上手く投げ分けてたもんね」

侑真「野球はかじった程度しかしたことないけど、ドッジと基本一緒でしょ」

監督「どういうことだ?」

侑真「ようはタイミングをどれだけ外せるかってことです。どんなに凄いボールでもタイミングがあえば打たれると思うので」

監督「ふむ……」

侑真「あれ、違います?」

監督「いや、お前は酒向以上にピッチャーとしての資質はありそうだな」

侑真「え?」

牧野「おぉ、凄いなゆっくん。早くも監督の評価急上昇!?」

監督「今日はこの辺にして、親の了承を得てから入団手続きをしよう」

侑真「分かりました」

牧野「まぁ、うちは何とも言わないと思うけど」

侑真「俺んちも大丈夫だと思う。な、姉ちゃん」

侑花「まぁ、そうね。でも本格的にやるなら私もルール覚えないといけないわね」

侑真「試合とか見てれば覚えるんじゃね?」

監督「ルール覚えたければ確かに練習とか見るのも勉強になるし、俺に色々聞いてもいいぞ」

侑花「本当ですか?」

監督「あぁ。マネージャーみたいな感じでちょっと雑用とか手伝ってくれればありがたいし」

侑花「じゃあよろしくお願いします」

侑真「おーし、じゃあ親を説得するか!」

牧野「おぉー!」


 こうして侑真と脩平は清仁の後を追うようにリトルリーグに入団した。  幸い、親も何も文句を言わず、やりたいければいいと即決だった。  そして入団して1ヶ月が経ち、清仁は更に力をつけたのだが  それに負けじと侑真と脩平も身体能力の高さを発揮。  侑真はピッチャーとして、脩平はショートとして共に早くもチームの要となった。  しかし、問題があった。


侑真「しっ!」


ビシッ!


侑真「………………」


 そう、清仁同様に侑真の投球を捕れるキャッチャーがいなかった。  脩平がやる案もあったのだが、監督は脩平はショートとして生かしたいと  ポジションを固定したため、キャッチャーの問題が解決しなかったのだ。


酒向「おい、侑真」

侑真「ん、なに?」

酒向「お前、キャッチャーやれ」

侑真「……はぁ? なんでだよ!?」

酒向「お前以外、俺のボールを捕れるやつがいないからだよ」

侑真「嫌だよ、キャッチャーなんて」

酒向「エースは1人だ。なら片方がキャッチャーをやる方がチームのためにもなる」

侑真「じゃあ清仁がやれよ!」

酒向「なにっ!?」

侑真「俺だってキャッチャーには困ってるんだ。清仁がやれば解決じゃん」

酒向「お前、年下だろ!」

侑真「それは今、関係ないだろ!」


 最初は話しているだけだったが、段々と両者がヒートアップし  周りで練習している選手や監督たちにやり取りが聞こえていた。


侑花「ちょっと、何、ケンカしてるのよ」

牧野「大体のやり取りは分かったけどね」

監督「もういい。そのまま言い合ってたって平行線だろ」

酒向「監督……」

監督「お前たちにはチームメイト相手に投げてもらう」

酒向「え?」

侑真「どういうことですか?」

監督「打者9人に対し、対決して成績の良かった方が今後ピッチャーとして投げてもらう」

酒向「――!」

侑真「ピッチャーを賭けて勝負しろってことですか」

監督「本来は褒められた方法じゃないけどな。お前らはその方が納得できるだろ」

酒向「……分かりました。やりましょう」

侑真「俺もOKです」


 こうして清仁と侑真の勝負が始まった。  打者9人に対し、どれだけ抑えられたかで勝負を決する。  キャッチャーが監督が務め、先攻は清仁となった。


酒向「しっ!」


ズッバァンッ!


チームメイト「おぉ……」


 自慢の剛速球でまさにねじ伏せるピッチングをする清仁。  ピッチャー出身の監督からすれば、ただ投げているという感じで  決して評価し難いが、同世代には余裕で通じるレベルだった。


酒向「らぁっ!」


ガキーンッ


侑真「くっ……」


 侑真も打ち取られる。  ピッチャーとして目立っているがバッティングも清仁と侑真が  チームでは頭一つ抜けていた。


ズッバァンッ!


監督「ボールッ」

酒向「……チッ」

牧野「きよっち、悪いけど手加減はしないぞ」


 清仁も脩平のセンスを分かっていた。  ただ投げては打たれる可能性があったのが侑真と脩平だった。  侑真は打ち取ったが脩平もバッティングは悪くない。  そのため、何とか打ち取ろうとするが、小手先のピッチングが  通用する相手でもなく、また急にやれと言われて出来るものでもない。


ズッバァンッ!


監督「ボールッ! フォアボールッ!」

酒向「チィッ」

牧野「残念賞」


 脩平にはフォアボールを与えてしまう。  しかしランナーを許したのは脩平だけ。  つまり打者9人に対し、フォアボール1つだけという快投を見せた。


酒向「どうだ?」

侑真「へっ、簡単だよ。全員抑えればいいんだろ?」

酒向「やれるもんならやってみな」

侑真「おう、見てろよ」


 続いて侑真の出番。


侑真「しっ!」


ズバァッ!


チームメイト「くっ!」


するするするっ


ブ――ンッ


チームメイト「だぁっ!?」

監督「(ピッチャーとしては断然風戸の方がセンスがある)」


 パワーピッチングを見せた清仁とは対照的に  コントロール抜群で、緩急も使える侑真。  それに左投げということだけでもいえば貴重な存在だ。  そう、素質だけで言えば侑真の方があり、監督もそれは認めていた。


監督「(出来れば風戸にピッチャーをやらせたいが……)」


 だが勝負で決めろと言った手前、監督にはどうしようもなかった。  それに清仁は結果を出した。  侑真がここで打たれれば清仁の勝ちとなる。


スゥッ!


ガキッ


牧野「むぅ!」

侑真「甘いぜ、脩平!」


 そんな監督の心配も裏腹に侑真も快投を見せる。  8人を完璧に抑え、そして9人目のバッターは対戦相手でもある清仁。


酒向「自分で打って決めるっていうのもいいな」

侑真「打たせないよ」


 結局、9人の打者と戦って決めるはずが直接対決で勝負が決まることになった。


侑真「しっ!」


ビシュッ


酒向「はっ!」


パキーンッ!


侑真「あっ!?」

監督「――!」


ダッ


バシッ!


牧野「(シュッ)


 低めにコントロールされた侑真のストレートを完璧に捉える。  しかしショートを守っていた脩平がファインプレーを見せ、アウトにした。


酒向「くっ……脩平!」

牧野「残念だったな、きよっち!」


 これで勝負あり。  侑真は打者9人をパーフェクトに抑え、フォアボール1個差で侑真が勝利した。


監督「酒向、明日からキャッチャーの練習もやってくれ」

酒向「……分かりました」

侑真「おっし! 清仁に勝った!」

酒向「ふん……ピッチャーやる以上はちゃんと投げろよ」

侑真「清仁こそちゃんと捕れよ」


侑花「もう……あんな調子で大丈夫かしら?」

牧野「ま、2人とも上手いし大丈夫じゃない?」

侑花「そういう問題じゃ……」


 こうしてバッテリーが決まったのだが、2人ともお互いを信頼していないのか  バッテリーとしてはあまりいいとは言えなかった。


ザッ!


侑真「しっ!」


ズバァァンッ!


酒向「チッ!」


 ランナーが出てもお構いなしで大きなモーションで投じる侑真。  清仁にランナーを刺して目立たせないようにわざとやっているのだ。


ガッキーンッ


酒向「………………」


 そして清仁も4番に座りながら、チャンスでは打ち上げるバッティングをする。  侑真に勝ちをつけさせたくないのか、打点を挙げようとはしなかった。


監督「う〜む……」

侑花「監督、今のままじゃチームはバラバラですよ」

監督「あいつら、そんな仲悪いのか?」

侑花「仲が悪いというかお互い素直じゃないだけだと思うんですけどね……」

監督「難しい年頃だな」


 しかし、そんな2人にとって心を入れ替える出来事が起きた。  それはとある練習試合。  同点で最終イニング、すでに勝ちはなく侑真がこの回を抑えれば引き分けという場面。


カァァンッ


侑真「チィッ!」


 ツーアウトまで悠々抑えるも、ワンヒットを許してしまう。  そしてここからいつも通り、大きなモーションで盗塁を許す。  ランナーが3塁まで進んだ。


ガキンッ


侑真「おっし!」


 しかしバッターを抑えれば問題ないと言わんばかりに侑真が抑える。  ショートへの平凡なゴロ。  ショートを守っているのは名手、牧野。


ビシッ!


牧野「――!?」

侑真「なっ!?」


 しかし信じられないことが起きた。  守備は抜群のセンスを誇る牧野が打球を弾く。  素早く拾って1塁に送るが1塁はセーフ。  3塁ランナーが生還し、サヨナラゲームとなった。


牧野「うっ……うっ……」

侑真「脩平……」


 1塁セーフの判定を聞いた瞬間、その場に泣き崩れ落ちる脩平。  その姿を見て、侑真は何も声をかけられなかった。


牧野「ゴメン……ゴメン……」

侑真「い、いや……」


 ワンプレー、ワンプレーに気持ちを込めていたからこそエラーが許せなかった脩平。  そんな泣き崩れる脩平を見て自分がいかに自分本位でやっていた思い知らされた。


酒向「………………」


 それは清仁も同じだった。  自分がチャンスできちんと打っていればこんな展開にはなっていなかった。  一時期は例の侑真との対決の時、自分のヒット性の打球を捕られ、恨んだ気持ちも少しはあったが  元々幼馴染な存在である脩平、野球に対する真摯な姿勢は清仁も認めていたから。


侑花「もう、侑真!」

侑真「んだよ!」

侑花「このままでいいの?」

侑真「………………」

侑花「脩平、なんで泣いてたか分かる?」

侑真「………………」

侑花「分かってるんでしょ。だったら……」

侑真「………………」


 翌週の練習。しかしそこに脩平の姿はなかった。


監督「じゃあ今日の練習は……」

酒向「………………」


ダッ


 脩平が来てないのを確認すると清仁はいきなり走り出した。


監督「お、おい、酒向!」


 監督の制止を無視して清仁はグラウンドを後にした。  それからちょっとしてから侑真と侑花が現れた。


侑真「すんません、遅れました」

侑花「ごめんなさい」

監督「寝坊か?」

侑真「寝坊ではないです。寝過ごしただけです」

監督「それを世間一般では寝坊と呼ぶ」

侑真「……あれ、脩平と清仁は?」

監督「牧野は来てない。今日は休むって連絡があった」

侑真「えっ……!?」

監督「酒向は来てたんだが急に走り出していなくなった。恐らく……」


ダッ!


監督「牧野のところに行った……って言うまでもなかったか」

侑花「ちょ、侑真!」

監督「気にするな、侑花」

侑花「で、でも……」

監督「牧野には悪いが、もしかしたらいい方向に転ぶかもな」

侑花「え?」


 監督の読み通り、侑真は脩平の家に向かっていた。


侑真「はぁ……はぁ……」


 脩平の家の前まで行くと清仁が家の前で右往左往していた。


侑真「清仁!」

酒向「侑真……練習はどうした?」

侑真「お互い様だろ……多分、考えていることも」

酒向「……そうか……そうだな」

侑真「一緒に謝ろう。俺たちが間違ってたんだから」

酒向「……あぁ」


 チャイムを鳴らし、2人は息を飲んだ。  そして家の中から足音が聞こえてきた。


ガチャッ


牧野「はい……?」

侑真「よっ」

牧野「ゆ、ゆっくん!?」

酒向「具合、悪いわけじゃなさそうだな」

牧野「きよっちまで……どうしたの?」

侑真「俺らの台詞。練習日だぞ、今日」

牧野「あー……うん……」

侑真「……脩平、ゴメンな」

牧野「へ?」

侑真「その……俺が悪かった」

牧野「な、何の話? ゆっくんが謝るようなことされた覚えないけど?」

酒向「先週の試合のエラー。あれは完全に俺が悪かった」

牧野「な、なんで? エラーしたのは俺なんだよ?」

酒向「その前に俺がマジメに打っていればあんな展開にはならなかった」

侑真「俺も、変な意地ばっかはって周りが見えてなかった」

牧野「2人とも……」

侑真「俺、クイックとか細かいことも覚えるようにするからさ。そして誰にも負けない世界一のピッチャーになるから!」

酒向「ふん……大きく出たな」

侑真「その時は脩平、お前に後ろで守っててもらいたい」

牧野「ゆっくん……」

侑真「清仁も……頼む。清仁じゃないと何だかんだ俺はダメみたいだし」

酒向「俺はピッチャーを諦めたわけじゃない」

侑真「………………」

酒向「だがお前が世界一のピッチャーを目指すなら、力を貸してやる」

侑真「清仁……へへ、ありがと」

牧野「なんか最近ギスギスしてたけど、昔に戻った感じだね」

侑真「色々と心配かけて悪かったな」

牧野「ううん、いつかは元通りになるって信じてたから」

酒向「さ、世界一になるための練習に行こうぜ」

侑真「おう!」

牧野「りょーかい!」


 雨降って地固まる。  やはり本来は毎日遊ぶほど仲良しだったこの3人。  少しすれ違いが生じていたが、ようやく雪解けを迎えたようだ。



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