いつまでも一緒にいたいと願った。  だけど神様はそんな小さな願いすら叶えてはくれなかった。
 それでもずっと傍にいるから……!
 それでも最期は笑っていたいから……!
 これは報われなくても、必死に前を向こうとしたある2人の恋物語。



円満triangle



シュパァンッ!


司「よしっ!」


アナ「三振――ッ! ゲームセット! 最後は守護神、薪瀬が三振に抑えてホークス、日本一ッ!」


 2003年のプロ野球がこの日、全ての日程を消化した。  福岡ダイエーホークスが日本一に輝いた瞬間だった。  その最後のマウンドに薪瀬司が立っていた。


司「ふぅ……」


 ビールかけも終えてそのままスポーツニュースにゲスト出演をすることになった。


進「お疲れ様」

司「桜星こそお疲れ様」

暁「いや〜、いいなぁ、胴上げ投手!」

司「たまたまだよ」

暁「もう何年も後ろやってて、たまたまなわけねーだろ」

金城「そうだよな。むしろ暁が最後まで投げてれば胴上げ投手だったわけだが」

暁「うぐっ、気にしてること言うな……」

金城「お前がいいなって言うからだろ」

司「でもほら、試合は作ったわけだし」

暁「そうだぞー!」

常盤「言い合ってないで早く行こうぜ。遅刻とかシャレにならん」

暁「むぅ! それはそうだ!」

金城「だな、行くか」


 優勝、日本一に貢献した5人、皆、高杉世代の同級生と言うこともあり揃ってゲストに呼ばれた。


望美「さぁ、日本一となった福岡ダイエーホークスの選手の皆さんにお越し頂きました。よろしくお願いします」


 5人を迎えたのはスポーツニュースを担当している栄井望美だった。  アナウンサー1年目の望美は明らかに緊張していたが……


暁「よろしくお願いしまーす!」

進「軽すぎるだろ」

望美「クスクス、じゃあインタビューさせて頂きますね」


 暁のノリの良さが場の雰囲気を明るくしたおかげか望美も何とか仕事をこなした。


AD「はい、OKです」


 そして中継インタビューが終わった。


望美「ふぅ……」

暁「お疲れ様ー」

望美「あ、お疲れ様です」

暁「同い年なんだし硬くならなくていいよ」

司「良く知ってるな」

暁「そりゃあ、可愛いアナウンサーはチェックしてるぞ!」

司「そうかね……」

望美「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

暁「いやいや可愛いのは事実だよ。ね、薪瀬!」

司「俺に振るなよ」

暁「だってお前しかいないし」

司「え? あれ、桜星たちは?」

暁「知らん! 先、帰ったんじゃね?」

司「あ、そう……」

望美「でもダイエー日本一は個人的にも嬉しいな」

暁「あれ、ダイエーファン?」

望美「あ、そういうわけじゃないんだけど……」

司「栄井さんの妹さんだよね?」

望美「えっ!?」

司「あれ、違った?」

望美「ううん、合ってるけど……良く知ってるね?」

暁「何々、知り合い?」

司「いや、うちに栄井望さんっているじゃん?」

暁「………………」

司「え、自分のチームの先輩知らないの?」

暁「俺が知らないってことは2軍でしょ? 年上だろうと年下だろうと実力主義者なんだ、俺は!」

司「……すみません、こんなやつで」

望美「ううん、気にしないで。暁くんの言うとおり、2軍だしね」

暁「話を戻すとつまりお兄さんがダイエーの選手なんだ」

望美「うん」

暁「なるほどねぇ、身内がいたらそれは気になるよね」

司「同い年ってことは今年1年目?」

望美「あ、うん」

司「そっか」

暁「(ニヤニヤッ)

司「なに?」

暁「女性恐怖症の薪瀬くんが話しかけるとは意外だな」

司「あのね、話すぐらい出来るから」

望美「女性恐怖症なの?」

司「皆、大袈裟に言うだけです」

暁「うむ! じゃあ仕方ない、俺は身を引こう。頑張るんだぞ、薪瀬くん!」


ダッ!


司「逃げるなっつーかそんなんじゃないって!」


 しかし暁は聞こうともせず、走り去っていった。


司「まったく……」

望美「ふふっ、面白いね」

司「あ、ゴメンね。暁のやつが変なこと言って」

望美「ううん、大丈夫」

司「………………」


 なぜ彼女の笑顔を見て琴線に触れたか分からなかった。  だけどこの時、確かに自分の心が高鳴ったのを感じた。


望美「どうかした?」

司「え、あ、いや、何でもないよ」

望美「あ、もしかして疲れてるよね。ゴメンね」

司「なんで栄井さんが謝るの?」

望美「え、あ……なんでだろう?」

司「栄井さんだって疲れたんじゃない?」

望美「ちょっと緊張したけど大丈夫だよ」

司「そっか。なら良かった」

望美「………………」


 些細な親切、そして気遣い。  別に今までそれを異性に受けたことがなかったわけじゃない。  だけどなぜか彼は特別だった。  もしかしたら彼の真っ直ぐな笑顔が私の好きな人に似ていたのかもしれない。


司「それじゃあ、そろそろ行くね。お疲れ様」

望美「あ、うん、お疲れ様」


 この時、2人とも心動きながら連絡先は交換しなかった。


望美「………………」


 だけどその後悔はすぐやってきた。  あの後、福岡から東京に戻って来てふとした時に望美は司のことを考えていた。


望美「あー、こんなの私のキャラじゃない!」


 思い立ったが吉日、というわけではないが望美は携帯を取り出し電話をかけた。


望美「あ、もしもし」


男性の声『おー、どうした? 珍しいな』


望美「今日、会える?」


男性の声『あん? いいけど……どこで?」


望美「そっちで決めていいよ」


男性の声『お前、今、どこよ?』


望美「東京よ?」


男性の声『会わなきゃいけない用事?』


望美「あー……」


男性の声『……ん、まぁいいや。オフシーズン入ったし、帰省も兼ねて行くかな』


望美「ゴメン、じゃあこっち来たら連絡くれる?」


男性の声『あぁ、分かった。んじゃ』


 電話が切れて、望美は緊張と気持ちの高揚を感じていた。  それから2日後、ようやく電話の相手から連絡が来た。  その間、浮ついた気持ちでいたため心待ちにしていた電話だった。


望美「もしもし?」


男性の声『着いてとりあえず実家いるんだけど』


望美「こっちに出て来れない?」


男性の声『そんな忙しいの?』


望美「夜はスポーツニュースがあるから」


男性の声『仕方ないな』


望美「ん、ゴメン」


男性の声『気にするな。じゃあ行くから待ってろ』


 そして程なくしてからまた電話がかかってきて待ち合わせ場所を決めた。  望美は出かける準備を済ませていたため、すぐに家を出た。


望美「ちょっと早かったかな?」


 待ち合わせ時間の30分も前に来てしまった。  だけど気持ちは抑えられなかった。


望美「あ、ニイ!」

望「早ぇな、お前」


 ようやく連絡をとっていた兄の望と会うことが出来た。


望美「わざわざゴメン」

望「それはいいんだが何事だ?」

望美「とりあえず立ち話もなんだし」

望「ん、どっか入るか」


 適当な店に入り、2人は飲み物を注文した。  そしていざ本題へ。


望「んで、何したのよ?」

望美「あー、うん……」


 しかしいざ、切り出すとなると言いづらさもあった。


望「何、察しろってこと?」

望美「いや、えっとね……ホークスに薪瀬司くんがいると思うんだけど」

望「いるねぇ。うちの守護神だぞ」

望美「その……連絡先、知らない?」

望「…………何っ!? 望美、薪瀬のこと気に入ったのか!?」

望美「………………」


 ある意味、想像通りの反応で助かった面もあるがやっぱり照れくさかった。


望「確かに薪瀬はオススメな一件だな」

望美「どこの不動産会社よ……」

望「でも大丈夫か?」

望美「なにが?」

望「お前、大学の時も長続きしなかったじゃん」

望美「あれは……」

望「本気じゃなかった……いや本気になれなかったんだろ?」

望美「……ニイに何が分かるのよ」

望「俺はお前の兄貴だぞ。何でもお見通しだ」

望美「今回はちょっと感情が違うんだ」

望「ほぉ」

望美「……自分でも何が違うか分からないけど……」

望「ま、そんなの分からなくていいと思うぜ」

望美「そうかな?」

望「ん、まぁ薪瀬には俺から言っといてやる」

望美「あ、ありがと……」

望「でもさ、いいのか? 今まで本気になれなかった理由……」

望美「べ、別に違うわよ?」

望「照れるな、照れるな」

望美「本当に違うってば……それに約束は生きてる」

望「約束?」

望美「うん。全てに決着したら再会するって……約束したから。私、幸せになってなきゃいけないんだ」

望「そっか。あいつとそんな約束してたのか」

望美「……ニイ」

望「ん?」

望美「結婚っていいもの?」

望「お前や父さんには迷惑かけてたけどな。いいもんだよ」


 望は自身が大学生の時に結婚して、去年(2002年)に子供が生まれていた。


望美「別に迷惑って思ってなかったけどね」

望「ま、せいぜい頑張れ。応援してるよ」

望美「ん、ありがと」


 兄の望の力を借りることにした望美。  その望は早速、ツテをたどって司に連絡先を手に入れた。  というのも……


望「同じチームってだけで今まで接点なかったからな……」


 だったら引き受けるなよって感じだが可愛い妹のために頑張ったわけだ。  早速、望は司に電話を入れた。


望「あ、もしもし、栄井望っていうんだけど分かるかな?」


司の声「あ、はい。分かります」


望「良かった。すまない、他の人から連絡先聞いちゃって」


司の声「いえ、自分も実は望さんにお願いがあって連絡先聞いてたんです」


望「へ?」


司の声「こんなことお願いするのも失礼だと思って今までためらってたんですが……」


望「ん、何?」


司の声「あ、いえ、それは後でいいです」


望「え、気になるんだけど」


司の声「それより栄井さんは何の用で?」


望「ん〜っと、うちの妹、知ってる?」


司の声「えぇ、知ってますよ。アナウンサーしてますよね?」


望「そうそう。薪瀬くんの連絡先を知りたがってるから教えてもいいかな?」


司の声「えっ!?」


望「あ、マズい?」


司の声「あ、いや……大丈夫です」


望「あ、嫌なら無理しなくていいよ。そこで遠慮はしないでくれ」


司の声「いえ、実は自分の用事も同じようなことだったんです」


望「え?」


司の声「良かったら望美さんの連絡先、教えてもらえたらなって……」


望「あ、そうなんだ! ちょうど良かった!」


司の声「すみません」


望「なんで謝るん?」


司の声「あ、えっと……じゃあよろしくお願いします」


望「おう! こちらこそ妹をよろしくな!」


 こうして望のおかげで司と望美は出会った。  そこから2人が惹かれ合うのに時間は必要なかったが……  2人ともそれぞれ抱えているものがあり、それを打ち明けるのに時間がかかった。  だから正式に付き合っているのではなく友達以上恋人未満の期間があった。


司「あのさ、望美ちゃん……」

望美「なに?」

司「良かったら、俺と結婚を前提に付き合ってくれないかな?」

望美「――えっ!?」

司「俺、女性とまともに付き合ったことないし頼りないと思うけど、望美ちゃんと一緒にいたいって思って……」

望美「司くん……」

司「ダメ……かな?」

望美「ううん、嬉しいよ。でも私、実は話してないことがあって……」


 私はいいキッカケだと思って司くんに話すことにした。  私にとって一番想っている人との大切な約束を。


司「なに?」

望美「私、好きな人がいるの」

司「………………」

望美「あ、その一般的に異性が好きとも違うんだけど……」


 と言われても告白して次の瞬間、好きな人がいると言われたら呆然となるだろう。


司「そ、そっか。好きな人いるんだ……」

望美「えっと長くなるけど最後まで聞いてくれる?」

司「あ、いいけど」


 私は全て打ち明けた。  姉弟のように育った人がいること。  その人との約束。  『全てに決着がついたら再会しよう』  今までずっと抱えてた、この約束、そして想い人の存在を私は話した。


司「………………」

望美「私は幸せになってその人と再会したい。でもこんなのワガママだよね……」

司「そうかな? そうは思えないけど」

望美「えっ……?」

司「そんな大切に思っている人との大事な約束、簡単に投げ捨てちゃダメだよ」

望美「でもいくら弟のように思ってても血の繋がりはないし……男の人はいい気しないでしょ?」

司「そうなのかな? でも俺はその約束、果たしてほしいなって思ったよ」

望美「司くん……」

司「望美ちゃんが本気でその人のこと想ってるなら俺は身を引くよ」

望美「あ、ううん。えっと何て言ったらいいのかな……でも異性としても好きだったかもしれないけど……」

司「そうだろうね」

望美「けどね、約束はもう1個あるの」

司「え?」

望美「再会したらまた弟として、家族として迎えるっていう約束が……」

司「……そっか」

望美「だから異性としてもあるかもしれないけど姉弟、家族としてもその人が好きなの」

司「……俺にチャンスあるかな?」

望美「こんな想いがある私でもいいなら全然……」

司「そっか。じゃあ付き合おう」

望美「いいの?」

司「その人と再会した時、幸せだよってその人に言えるように俺が君を幸せにしてあげる」

望美「司くん……」

司「それに俺も言ってなかったことあるしね」


 俺は話すことにした。  本当に親しい人にしか言ってなかった俺が抱えている心の闇を……


司「俺、女性苦手なの知ってるよね?」

望美「あ、うん」

司「実は母親のせいなんだ」

望美「お母さん?」

司「うん。小学校低学年の時、出て行ったんだ」

望美「えっ!?」

司「大人になって後で親父に聞いたら、他に男を作ったんだと」

望美「そう……なんだ」

司「でもガキの頃の俺は分からなかった。ただただ母親に裏切られたって気持ちだった」

望美「そっか……それで……」

司「うん、女性が皆、母親に見えて……いつか裏切られるんじゃないかって怖かった」

望美「………………」

司「色んな人と出会って少しは改善されてきたつもりだけど根底にやっぱり恐怖は抱えてる……」

望美「……大丈夫だよ」

司「望美ちゃん……?」

望美「私は裏切らない」

司「こんな俺でも大丈夫?」

望美「私のことこんなに想ってくれて、そして約束まで果たしてくれようとしてくれるあなたを裏切れるわけがない」

司「……ありがとう」

望美「私の方こそお礼言わなきゃ……ありがと」

司「それじゃあ、付き合ってくれる?」

望美「うん! よろしくお願いします」

司「良かった。こちらこそよろしくお願いします」


 2人は出会って2年後、2005年に付き合うことになった。  付き合う前から惹かれていた同士、すぐに結婚を意識していた。  そのため周りの人に積極的に紹介していった。


…………*


 しかし、そんな幸せに向かっていた2人。  だが運命は……神様は残酷なシナリオを2人に用意していた。


望美「………………」


 健康診断を受けた望美は病院に呼ばれた。


恵一「望美、顔色悪いぞ」


 出来れば家族同伴と言われ、父親に頼んでいた。


望美「うん……」

恵一「……何なんだろうな、いったい……」


 父である恵一も、そして望美本人もいい気はしていなかった。  家族同伴で病院に呼ばれてるのだ。  誰だっていい気はしないどころか最悪のケースだって考える。  そう……


医者「………………」


 その最悪のケースを医者から宣告された。


望美「………………」


 私はもう医者の言葉が頭に入ってこなかった。  真っ先に考えたのは司のこと、そして弟との約束だった。  ……果たせないまま、私は死ななきゃいけないの?


医者「とにかく今すぐ入院して治療しましょう」

恵一「何とかなるんですか?」

医者「……最善を尽くします」

恵一「……分かりました。よろしくお願いします」


 望美は医者の言うままに緊急入院することになった。  恵一から連絡を受けた司は病院に飛んできた。


司「望美!」

望美「司……」

司「お義父さんから連絡もらった時は驚いたけど大丈夫?」

望美「うん、ちょっと検査に引っかかっただけだから」


 望美は恵一に釘を刺した。  今はまだ、本当のことを司には言わないでほしいと。  それはまだ治るかも知れないという可能性に賭けたかったから。


司「……望美?」

望美「な、なに?」

司「いや、元気ないみたいだから……」

望美「気のせいよ。大丈夫だよ?」

司「ならいいけど、無理しないでね」

望美「うん……」

司「………………」


 望美が何かを隠していることは分かった。  だけど望美が話してくれるまで俺は待つことにした。
 多分、私の異変に司は気づいていたと思う。  だけど司は優しいから、気を遣ってくれてる……そんな気がした。


恵一「……望美、先生が伝えたいことがあるそうだ」

望美「……今更、ね」


 入院して検査、治療して……だけどこの日、医者から言われたのは……


医者「……持って後……1年です」


 余命宣告だった。  でも望美は冷静に医者の言葉を聞くことが出来た。
 全ては……覚悟していたから。


望美「お父さん……ニイにもこのこと伝えてくれる?」

恵一「あ、あぁ……」

望美「司には私から話すから」

恵一「……望美、大丈夫か?」

望美「……大丈夫。覚悟してたから……」

恵一「……無理はするなよ」

望美「うん……大丈夫……」


 辛くないわけがない。  だけど望美は必死に前を向こうとした。
 いつでも笑って、いつ再会しても私は幸せだって言える状態でいなきゃいけないから。


司「望美?」


 プロ野球選手の司、遠征などもあり思うように見舞いに来れないが  本当に時間を作って望美のためにと見舞いに来ていた。


望美「………………」


 病室に入ってすぐ、望美の異変に気づいた。  望美しかいない病室だけどいつもと空気が違ったのを感じた。


望美「司……話があるの」

司「ん、なに?」

望美「……私と別れてほしいの」

司「………………」


 何となくだったけど予感していた。  俺は冷静に聞き返す。


司「……なんで?」

望美「……理由、必要?」

司「当たり前だろ」

望美「………………」

司「………………」


 沈黙が病室を支配した。  時計が時を刻む音だけが悲しく鳴り響いた。


望美「司、私ね、後、1年しか生きられないの」

司「………………」

望美「そんな先が見えてる女より、司ならもっといい人いるから」

司「本気で言ってんの?」

望美「本気よ。当たり前じゃない」

司「望美。今、幸せか?」

望美「えっ?」

司「幸せなわけないよな。俺、君を幸せにするって約束した」

望美「それは……司のせいじゃ……」

司「これ、用意してた」

望美「え?」


 俺は一枚の紙を望美に差し出した。  そして望美の手を取り、指輪を薬指にはめた。


司「結婚しよう」


 司が差し出した紙は結婚届だった。  私は頭が真っ白になった。


望美「な……んで?」

司「ただの検査入院にしちゃ長いし、覚悟はしてた。望美から打ち明けてくれる日を待ってた」

望美「司……」

司「君が別れ話をすることも想像してたよ」

望美「だ、だったら!」

司「俺のこと裏切らないんだろ?」

望美「あっ……」

司「こんな別れ方、酷い裏切りだと思わないか?」

望美「で、でも……」

司「愛する人も幸せにできないで別れて裏切られ、俺のこと精神的に殺す気?」

望美「………………」

司「幸せのまま彼と再会するんだろ。こんなことで諦めないでよ!」

望美「ッ……!」


 望美の瞳から涙が溢れ出した。


司「幸せにするって言ったよね、望美。一緒になろう? 一時でも君が幸せを感じられるように俺、頑張るから」

望美「司……司ぁっ……!」

司「……いいよ、思いっきり泣いて。泣きたいときは泣けばいいんだよ」


 ずっと、ずっと、我慢してきた望美が声を出して泣いたのだった……


…………*


 余命を宣告されたのが2006年。  望美はQOL、自身の生き方を尊重してもらい、退院した。  残り少ない命、長く生きることより少しでも司と一緒にいる幸せな道を選んだ。


シュパァンッ!


司「しゃあ!」

望「ナイスピー!」


 野球が好きな望美の……妻のために俺は投げ続けた。  少しでも喜んでくれる顔が見たくて。


望美「やった、勝ったぁっ!」


 球場にも足を運んで、司の……自慢の旦那のカッコイイ姿を目に焼き付けた。


司「体調、大丈夫?」

望美「うん!」


 余命が嘘だったかのように望美は元気に生き続けた。  幸せな時間を司と望美と関わる人達のおかげで過ごしていた。  だけど望美の身体はやはり病気によって徐々に侵されていたのだった……


望美「うっ……うぅ……」

司「望美!?」


 突然……いや、こうなることは必然だった。  望美の身体はついに限界を迎え、入院することになった。  時は2008年、余命を宣告されてから2年後のことだった。


望美「………………」

司「望美……」


 病室にはベッドに横になっている望美の他には司しかいなかった。


望「先生! 何とかしてやってくれよ!」

恵一「望……!」

望「先生!」

医者「酷なことを言うようですが望美さんは今まで頑張ってきました」

望「ぐっ……!」


 病室の外では医者と望、恵一が話していた。  静かな病室には望の悲痛な声が聞こえていた。


望美「もう、ニイってば……無茶言って……」

司「望美、喋らなくていいから」

望美「司もなんて顔してるのよ……」

司「え……?」


 そう言われて初めて司は自分が泣いていることに気づいた。


望美「ねぇ、笑ってよ……」

司「望美……」


 辛いはずなのに、痛いはずなのに、望美は微笑んでいた。  苦痛が身体中を襲ってるはずなのにそれでも望美は笑みを絶やさなかった。


恵一「望……もういいから」

望「もういいってなんだよ! 親父っ!」

恵一「ここは病院だぞ」

望「そんなの知るかよ!」

医者「………………」

恵一「望美にも聞こえる。今は2人にしてやりたい」

望「ッ……!」


男性の声『すみません……』


望「ん?」

恵一「あ、すみません、騒がしくして……って……」

望「お前……」


男性の声『……中、入ってもいいですか?』


 望と恵一が呆気にとられていたため、時間が惜しいのか男性は部屋の名前を確認すると中に入った。


司「望さん?」


 司は望と恵一が入ってきたと思い、声をかける。  だがそこにいたのは望たちではなかった。


司「誰、ですか?」

望美「嘘……」

司「望美?」


小瀬「……久しぶりだな、ミー」


 嘘みたいだった。だけどそこには弟が……浩輝がいた。


望美「ほ、本当に……浩輝なの……?」

小瀬「悪ぃ、遅くなった」

司「君が……望美の?」

小瀬「あぁ、弟の浩輝だ」

望美「な、なんで……?」

小瀬「約束しただろ。全てに決着をつけたら再会しようって。お互い幸せになって再会しようって」

望美「そ……っか……そう……だっ……たね……」

小瀬「その様子じゃ幸せ掴んだみたいだな」

望美「うん。浩輝に……早く自慢したかったんだ……こんなに優しくてカッコイイ人と結婚……したんだから」

小瀬「……あぁ、そうみたいだな」

望美「つ……かさ……」

司「え?」

望美「司……ありがと……ね」

司「望美……俺の方こそ、ありがとう……!」

小瀬「おやすみ、ミー……」


 望美は最期まで……最期の最期まで微笑み続けた……  そして静かに……息を引き取ったのだった……


…………*


 後日、葬式はしめやかに行われた。


司「………………」

小瀬「これ、良かったらお近づきの印です」


 一段落して外に出た司を浩輝が缶コーヒー片手に追ってきた。


司「浩輝くん……だったよね」

小瀬「呼び捨てでいいですよ。同い年だし」

司「だったら敬語じゃなくていいよ」

小瀬「……ミーのこと……姉のこと、ありがとうございました」

司「………………」

小瀬「あなたと一緒だったから姉は最期まで幸せだったんだと思う」

司「本当に……そう思う?」

小瀬「はい。少なくても俺には幸せそうに見えました。だから最期まで……笑ってたんだと思います」

司「あの時、笑顔だったのは君が来たからだろう」

小瀬「それは違います」

司「どうして言い切れる?」

小瀬「俺はミーの弟だから。姉のことは分かってるつもりです」

司「でも望美はいつでも君との約束を守るために生きてきた。それは病気になってからも変わらず……」

小瀬「……そうかもしれません。それは俺も一緒です」

司「君と一緒ならもっと幸せだったんじゃないかって……醜いことばかり考えてしまうんだ……」

小瀬「ミーのこと大好きでした。出会った時からずっと……」

司「そうだろ……? 望美も一緒だっただろう……」

小瀬「いえ、でも望美はあなたと一緒だったから頑張れた。俺ではあの時……笑顔で送ることは出来なかった」

司「それは俺も一緒だよ……笑ってって言われたのに……」

小瀬「望美、最期にあなたの名前を呼びました。あなたと一緒で幸せだった何よりの証拠じゃないかな」

司「そう信じていいのかな……俺のご都合主義じゃないかな……」

小瀬「世界中の誰もが否定しても俺はそう信じるよ。あの時、見たミーの目はそう物語っていたって」

司「………………」

小瀬「……ありがとう。弟として礼を言わせてほしい、本当にありがとう」

司「………………」

小瀬「……それじゃあ」

司「浩輝!」

小瀬「……はい?」

司「本当はいつでも会いに来れたんじゃないか?」

小瀬「……会おうと思えば」

司「だったら!」

小瀬「それじゃあ約束が違った。けど本当にギリギリだったけど約束を果たせた。あなたのおかげで、ね」

司「これが一番幸せの形だったっていうのか?」

小瀬「……あんまり自分を責めないでほしい」

司「ッ……!」

小瀬「認められないなら何度でも言いますよ。あなたじゃないとダメだったってね」

司「……そう思えれば救われるのかも、だけど……」

小瀬「自分を責めたってミーは喜ばない。なんであの時! 死ぬ間際に名前を呼んだミーのこと信じてあげられないんだ!」

司「――!」

小瀬「……ねぇ、司……いや、お義兄さん。ミーのために笑ってくれませんか?」

司「えっ……?」

小瀬「それが一番喜ぶと思うんです。皆、救われると思うんです」

司「そう、だよな。望美はいつでも笑ってくれてたもんな」

小瀬「いいじゃん、ご都合主義。俺は嫌いじゃないよ」

司「……卑屈になってた。後悔しても望美は帰って来ないし喜ばないか」

小瀬「やめよう、そういうの」

司「少しだけど晴れた気がするよ」

小瀬「じゃあ、俺はこれで」

司「浩輝……ありがとう」

小瀬「こちらこそありがとう、義兄さん」


 浩輝はニコッと笑って家に戻っていった。  残された司は空を見上げた。


司「俺、幸せだったよ」


 私も幸せだったよ。



 これは報われなくても、必死に前を向いたある2人の恋物語。



〜 F I N 〜





−あとがき−

あんまり多くのことは語りたくはありませんがちょっとだけ解説させてください。
私がこの話を考えたのは望美が活躍するPartner〜求め合う存在〜よりずっとずっと前でした。 司の相手に望美を考案しており、このストーリーを考えました。 それからこの話を書く前にPartnerの執筆に移り、こうして当初より肉付けされ今回の円満triangleという形になりました。
タイトル案も自分の中でたくさん出てきました。 最後まで悩んだのが『LAST SMILE』、『最期の笑顔、最期まで笑顔』とつけた『円満triangle』でした。 しかしボツにした2つのタイトルはなんか悲しい印象しか与えないと判断し止めました。 円満って言葉を使う話ではなかったですが、作者として救いが……司と望美に救いが欲しかったからあえてつけました。 なぜ2人の恋物語なのにtriangleなのかは読んでくださった方ならお察し頂けるかと。 (元ネタはあるグループの曲のタイトルそのままなのですが、いい感じにマッチしてるタイトルだと思い、そのまま使いました)
重く切ない話だったと思います。でもただ切ないだけじゃなかったとも思っております。 もちろん読んでくださった方々、十人十色の感じ方でしょう。 でも作者として1つだけ言わせてください。 司も望美も幸せだったんだと……! ……すみません、作者がこう明言するもんじゃないんですけどね……
では読んでくださった方、ありがとうございました!



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