思えば人生の分岐点ってどこなんだろうなって……ふとそんなことを思った。  高校の時、地元の名古屋から千葉の高校を受けた時?  その高校で本格的に野球を始めた時?  そしてプロに認められてプロ入りした時?  プロで活躍してタイトルを取った時?  ……考えたらキリがない。けど本当の分岐点はあの時じゃないかなっと思うんだ。



Viva la Vida−素晴らしき哉、人生−



シュウ「………………」


 野球場にいたはずの僕、森岡秋気は目が覚めたら天井が真っ先に目に入った。


京香「シュウくん!?」

シュウ「へ? 橘さん?」

京香「良かった……目が覚めたのね……」

シュウ「えっとここは?」


 体を起こして周りを見渡す。  まず橘京香さんが椅子に座っていて、僕はベッドに横になっていたらしい。  ここはどうやら病院ということが分かったが……


シュウ「そ、そうだ! 試合は!?」


 段々意識がハッキリしてきて、僕は重要なことを思い出した。  僕は野球をやっていて甲子園を賭けた決勝戦に出ていた。  そして頭にデッドボールを受けて……それから意識がなくなった。


京香「安心して。チームは勝ったわよ」

シュウ「そうかぁ……良かった」

京香「それでね、シュウくん」

シュウ「ん?」

京香「言いづらいんだけど……」

シュウ「なになに?」

京香「今日ね、チームが甲子園に向かったの」

シュウ「ふ〜ん…………えっ!?」


 橘さんの言葉をそのまま受け止めるなら、僕は置いてけぼりをくらったということになる。


京香「で、でもね、元々医者の人もすぐのプレーは危険だからってドクターストップがかかってたと思うから」

シュウ「あーどっちにしろプレーは出来なかったわけね」


 橘さんのフォローに僕はすぐ納得した。  でも置いてけぼりをくらったのは少し寂しい気持ちになる。


京香「とにかく意識が戻ったこと木村先生とかに伝えなきゃいけないから」

シュウ「あ、ゴメンね」

京香「ううん、気にしないで。それよりシュウくんもナースコールして知らせたほうがいいよ」


 橘さんがいなくなって、僕は言われた通りナースコールを押した。  この時にようやく左手にグローブをしていることに気づいた。  僕は不思議に思いながらグローブを手から外し、ベッドの横に置いた。


…………*


 それから僕は再検査などなどやり、正直野球の練習より疲れた。  でも結果は問題なし、明日にも退院という運びになった。


シュウ「ん〜、やっと退院かぁ。病気やケガしたわけじゃないんだから目覚めた時に退院したかった」

京香「仕方ないわよ。頭は危険だから精密検査とかしなきゃいけないんだから」


 橘さんは目覚めた時から……いや実際は病院に運ばれた時からついていてくれたらしい。  今までバタバタしていたから気づいていなかったけど今日、桜花は甲子園初戦を迎える。  応援は全員参加なはずだからここに橘さんがいるのはおかしいことに今、気づいた。


シュウ「そういえばさ」

京香「なに?」

シュウ「橘さん、甲子園行かないの?」

京香「え!? えっと……その……」

シュウ「ん?」

京香「漣くんに誰かいないと寂しいだろうからって配慮してくれて」

シュウ「あーそれでか、ゴメンね」

京香「ううん、好きでやってることだから」

シュウ「え?」

京香「あ、いや、なんでもないよ!」


 橘さんが少し頬を赤らめる。  ハッキリとは聞こえなかったけど、甲子園に行けないことが残念には思ってないようで安心した。  僕のせいで時間や手間を取らせたのは悪いと思ってるけど……


シュウ「しかし漣にか。グラブ持ってきてくれたのも漣なんだよね?」

京香「うん」


 僕が寝ている時、お見舞に来てくれた漣はグラブをはめていってくれたらしい。  共に甲子園で戦ってる、と言ってくれている気がして僕は嬉しかった。  最も目が覚めた直後はなんでグローブなんかしてるんだと疑問に思ったが。


シュウ「でもその漣、スタメンじゃないんだね」

京香「そうね……」


 試合が始まってイニングが進んでいき、テレビではベンチ入りメンバーが紹介されていた。


シュウ「あ、背番号6、漣がつけたんだ」

京香「そういえば甲子園行く前につけるって言ってたわね」

シュウ「ふ〜ん、まぁ欠番にするわけにもいかなかっただろうしね」

京香「でも漣くん、シュウくんの代わりをするって言ってたよ」

シュウ「そっか、なんか嬉しいな」

京香「ふふっ」

シュウ「え、なに?」

京香「あ、いや……笑顔が可愛いなって思って」

シュウ「……いや、それ男に言っても褒め言葉じゃないよ?」

京香「それもそうだね」


 橘さんとの会話も楽しみながら試合を見る。  一回戦から苦戦を強いられ、気づけば十点差にまで広がった。


京香「これはちょっと厳しい展開になったね……」

シュウ「うん」


 落ち込み気味に話していると漣が代打で出てきた。  その背番号はもちろん、夏の地区予選まで僕がつけていた『6』だった。


京香「なんとかここは一本打ってほしいね」

シュウ「打つよ」

京香「え?」

シュウ「ピッチャーがいなくなる中、薪瀬に代えて出てきたんだ。そういう状況下で漣が打たないわけがない」


 僕の予想……というより感じた通り、漣は右中間深くに飛ばし三塁打を放った。  これに乗じて桜花は8回に4点、9回には何と9点を取るビッグイニングで逆転に成功し勝利を収めた。


シュウ「ふぅ……疲れた」

京香「ほんと……」


 見てる方が心臓に悪い展開だったけど、何とか甲子園一勝を果たした。


シュウ「あーあ、僕がいればもっと違った展開だっただろうにな」

京香「ふふっ、そうね」

シュウ「さてと明日退院だし、その準備でもしようかな」

京香「あ、手伝うよ」

シュウ「ありがとー」


 最も手伝ってもらうほど荷物があるわけでもない。  それは当たり前で野球場から直行したわけだから荷物は無いに等しい。  けど橘さんの好意が僕は嬉しかった。


京香「……ねぇ、シュウくん」

シュウ「ん〜?」

京香「ちなみに、なんだけど」

シュウ「なになに?」

京香「付き合ってる人とか……いる?」

シュウ「へ?」


 急にそんなことを聞かれて僕は間抜けな返事をしてしまった。


シュウ「いや、いないけど……どして?」

京香「えっとね……そのぉ……」


 誰か僕に好意を持ってくれてる人がいるのだろうか?  そうだとすれば嬉しいけど……  そう思って橘さんの次の言葉を待ってるんだけど……


シュウ「橘さん?」

京香「うぅ……」

シュウ「誰か良い人いるの?」


 このままじゃラチが明かないので思い切って聞いてみた。  そうしたら思ってもみない言葉が返ってきた。


京香「わ、私……シュウくんのことが……!」

シュウ「……え?」

京香「あ、いや、その……」

シュウ「………………」


 僕も非常に言葉に困った。  橘さんは頬を赤らめているが、僕も体温が熱くなっていくのが分かった。  えっとつまり……だ……


シュウ「橘さんが……僕のこと?」

京香「…………(コクッ)

シュウ「………………」


 恐る恐る聞いてみた。そして橘さんは静かに頷いた。  要約すると男子から絶大な人気を誇る橘さんが僕に好意を持っているということらしい。


シュウ「え、ほんとに?」

京香「……うん」

シュウ「他の誰か、じゃなくて?」

京香「……私です」

シュウ「あ〜……そ、そうなんだ〜……」


 中学時代、どっちかと言うと告白されるタイプではなく告白したいんだけどっと相談に乗るタイプだった僕。  つまり人生初の告白を受け、正直どうすればいいか分からなかった。


京香「えっと、ゴメン。困ったよね」

シュウ「そ、そうだねぇ。僕、告白は受けたことないから」

京香「だからちゃんと言うね」

シュウ「え?」

京香「私、シュウくんのことが好き。付き合ってください!」

シュウ「………………」


 そう頭を下げられる僕……  どう返答したらいいのか……っとここは男としてしっかりと答えなきゃダメだよね。


シュウ「えっと気持ちは嬉しいんだけど……ゴメン、返事はまだ待ってて欲しいんだ」

京香「え?」

シュウ「僕、高校では本気で野球に取り組みたいんだ。だから卒業まで保留……じゃダメかな?」

京香「……ううん、分かった。そうだよね」

シュウ「ゴメンね。曖昧な返答で」

京香「ううん、シュウくんらしいよ」

シュウ「二つのこといっぺんに出来ない不器用な男なので」

京香「くすっ……ふふふっ」

シュウ「あ、卒業までに他の人見つけたら別に行ってもいいからね」

京香「……それは……ないかな」

シュウ「………………」

京香「………………」


 橘さんが赤くなるのに連れ、僕も赤くなる。  でも気分は凄く良かった。人に好かれるというのはこういう気分なのかなっと……



…………*



 そして月日は流れ、僕らの卒業式の日がやってきた。


シュウ「卒業おめでとう!」

慎吾「あぁ、おめでとさん」

シュウ「いや〜まさかプロ指名受けるとは思わなかったよ」

真崎「お互いにな」


 僕はなんとドラフト1位で中日に指名を受けた。  当然、進路はプロ野球選手。  また一つ、夢が叶った瞬間だった。


シュウ「よーし行くぞ!」


 卒業式終了後、僕は気合を入れて屋上に行った。  桜花学院の伝統行事で思い出に屋上から叫びたいことを叫ぶというのがあった。  皆、想い想いの言葉を叫んでいた。


連夜「星音――ッ! 君を好きだったのは髪の長かったころの俺。今の俺は別人だから卒業後は別々に歩もう!」

シュウ「……何それ?」

連夜「いや、星音に別れる理由聞かれたから」

シュウ「ってえ!? 樋野さんと別れるの!?」

連夜「まぁ……色々あって彼女泣かせちゃう結果になりそうだからそうなる前にな」

シュウ「ふ〜ん、良く分からんけど、じゃあ次僕いい?」

連夜「何叫ぶんだ?」

シュウ「君と真逆のこと、かな」

連夜「あん?」


 僕は台に登り、下を見た。  そこには橘さんがいるのが確認取れた。  僕が叫ぶ時、下にいてっと予め言っておいたからだ。


シュウ「橘さん――ッ! 1年以上も経っちゃったけどあの時の返事します! 良かったら僕と結婚してください!」


 ふぅ……思いの丈を吐きだしたぜっと気持ち良くなったところで  台を降りて早速返事を聞きに行こうとしたところに漣に止められた。


連夜「ちょいと待て、シュウ」

シュウ「な、なに!?」

連夜「いや、お前橘と付き合ってたの?」

シュウ「いやいや、告白されたんだけど保留してたからその返事をしたじゃん」

連夜「いや、お前今、結婚してくださいって言ってたけど……」

シュウ「…………え?」

連夜「いや、え? じゃなくて……」

シュウ「嘘だぁ! 僕、付き合ってくださいって言ったよ!」

連夜「いや、マジで。下行けば分かるだろ」


 こうして僕と漣は下に降りていった。  もちろん下には橘さん以外にも人がいる。  僕が降りた瞬間、拍手喝采で迎えられた。


慎吾「やるねぇ、森岡。公開プロポーズか?」

真崎「いや〜流石の俺もそれは出来ないぞ」

透「めっちゃ男前やん」


シュウ「………………」

連夜「な?」


 どうやら漣の言うことは本当らしく、主に部活仲間から茶化された。  僕は慌てて橘さんのところに行く。


シュウ「えっと、その……」

京香「もう……まだ付き合ってもいないのに……」


 橘さんは頬を赤らめていた。  皆に相当、茶化されたのだろう。


シュウ「ゴメン、言い間違えて――」

京香「よろしくお願いします」

シュウ「へ?」

京香「だから返事。こんな私で良かったらよろしくお願いします」

シュウ「……ほんとに?」

京香「……うん」

シュウ「………………」


 僕が固まってると肩をポンと叩かれた。  相手は漣だった。


連夜「良かったじゃん」

真崎「おめでとさん」


 またも拍手と歓声が飛び交った。  色んな人がおめでとうと言ってくれた。  僕と橘さんは赤くなりながらも皆に頭を下げた。


京香「それより漣くん、星音に対してあれはなに!?」

連夜「いや、それはだな……」

星音「………………」

連夜「…………来い、星音!」

星音「えっ!?」


 女子に囲まれて分が悪くなった漣は樋野さんを連れて学校を飛び出した。


京香「もう……!」

シュウ「はは、漣らしいな」

慎吾「橘、森岡はプロの選手だ。体調管理とか大変だぞ」

京香「う、うん。分かってる」

姿「その前に親に挨拶だろ」

シュウ「そうだね。橘さん、時間ある?」

京香「え?」

シュウ「善は急げ。早く挨拶しちゃおう!」

京香「え? え? 今日!?」

シュウ「うん!」

慎吾「夜、カラオケパーティあるらしいからそれには来いよ」

シュウ「OK!」

京香「ちょ、ちょっとシュウくん、今日いきなりはマズイよ」

シュウ「いいのいいの! レッツゴー!」


 こうして僕はプロ野球選手になり、同時に大切な人を手に入れた。  本当は言い間違えだったんだけど……結果オーライ……かな?





後半⇒

inserted by FC2 system