『良くここまで辿りついたものだ』
視線を変えず電子機器を見ながら近くに来た少年に以前と変わらぬ口調で話す。
『俺一人じゃここまで来れなかったさ』
少年は今までのことを思い出すように目を閉じた。もう迷う必要などどこにもない。
『だが、どうあってもお前は俺を超えられない。お前に帰る場所ができようとな』
電子機器を静かに地面に置き、少年の方を向き投げかけるような言葉を放つ。
『いや俺は負けない。俺の信念はそう容易く折れはしない』
少年は拳を握り真っ直ぐに相手を見る。その目にはもう迷いはなかった。
『いいだろう。これが最後の勝負だ』
『……(俺は……ここで終わるわけには行かない!)』
この空の下、あなたには帰る場所はありますか?
Overture―始まりはあの曲から―
季節は夏真っ只中。今日も球児たちが甲子園という夢の舞台を目指し死闘を繰り広げている。
そしてどこ学校も野球部の応援の為にほとんどの生徒が球場へ足を運んでいることと思う。
??「あ〜……ダルい……」
しかし一部の生徒は例外で嫌々来ている生徒も中にはいるだろう。
??「ダルいじゃなくて立って応援して下さい!」
??「お前、アホか? こんな暑い中立ったら倒れてしまう」
??「せっかく準決勝まで来たんですから、ここまで来たら甲子園行くんですよ!」
この二人は桜花学院の生徒。彼の名は『綾瀬 慎吾』
そして彼女の名は『朝森 瑞奈』という。
慎吾「今まではフロック勝利。名門相手じゃ勝てないね」
瑞奈「そんなの分からないじゃないですか!」
桜花学院の野球部は今年創部し、初めての大会で準決勝まで勝ち進んだ。
しかし、準決勝の相手は今年の春のセンバツ大会で優勝も果たした千葉県で1・2を争う名門だった。
慎吾「あのな……レベルが違うんだよ」
瑞奈「いいや、何があるか分からないのが野球です!」
慎吾「あっそ。まあいい、俺は寝る」
瑞奈「応援してくださいよ。まったく………」
・
・
・
ズバーン!
『ストラーイクバッターアウト!ってか』
『なんで当たらないんだよ……』
『そう簡単に当てられてたまるか』
『もっかいだ。今度こそ!』
・
・
・
パキーン!
瑞奈「キャ―――!!!」
記憶にない変な夢と隣りで大騒ぎする瑞奈の声に慎吾は目を覚ました。
慎吾「んにゃ……うるせえよ。どうしたんだ?」
瑞奈「同点ですよ同点! しかもチャンスで姿くんですよ!」
慎吾「まだやってたのかよ。あ〜無理無理。打てねぇよ」
瑞奈「どうしてそういうこと言うんですか!?」
慎吾「姿は中学の1年途中から野球辞めてるからな。速球についていけないね」
瑞奈「綾瀬さん何気に詳しいですね」
ガキーン
慎吾「ほら見ろ。打ち上げただろ?」
瑞奈「むぅ……」
慎吾「まあ即席野球部にしては良くやったよ」
瑞奈「勝手に終わらせないで下さい!」
しかし瑞奈の願い届かず勝ち越し点を与えてしまい、そのまま最後の攻撃へ。
慎吾「さて、後1回で終わりだな」
瑞奈「でもこの回は1番の森岡くんからという好打順。きっと奇跡が起きますよ」
慎吾「投手が鈴村から国立に代わってるぞ。そこを考えろ」
瑞奈「どう違うんですか!? 変わりませんよ!」
慎吾「お前とは二度と野球で会話しないわ……」
瑞奈「行け――ッ!!! シュウくーん!!!」
慎吾「寝るか……」
・
・
・
『お前はバットに振られてるんだよ。短く持ってみ』
『短く持ったら飛ばないよ―』
『それ以前に当たってねぇだろ』
『うるさいな、今に見てろよ』
『ほら早く構えろ。日が暮れてきたしな』
『短くだったな。良し!来い!』
『ほらよ』
キン
『あれ? 今当たったよな?』
『ああ』
『やったぁ! ついに当たったぞ!』
『前には飛んでないけどな』
『今度は飛ばすよ。さあ次だ』
『今日は終わりだ。いいところで止めておこう』
『えぇ―――ッ!』
『早く帰らないとナイター中継に間に合わないぞ』
『えっ? もうそんな時間なの? 早く行こう』
『やれやれ……自分勝手だな』
〜♪〜♪〜♪
『あれ……この曲なんだっけ? 聞いたことあるような……』
プップ―ッ! キキィ――ッ!!!
『バカやろ! そんなとこで止まんな!』
『えっ? ……』
・
・
・
慎吾「(またこの夢か……一体なんだってんだ?)」
瑞奈「キャ―――!!!」
慎吾「(はぁ……この女は相変わらずうるさいし、気持ち良く寝れたもんじゃないな)」
瑞奈「寝てないで見てくださいよ〜、みんな頑張ってるんですから」
瑞奈の言葉に反応したわけじゃないが、寝れる状況ではないので野球を見ることにした。
別に慎吾は野球は嫌いじゃなかったが結果が見えているのをわざわざ応援するのが嫌なだけだった。
慎吾「状況は?」
瑞奈「9回の表、1アウトランナー1塁です」
慎吾「あん? まだそれしか経ってないのか?」
瑞奈「ええ。今回はお早いお目覚めでしたよ」
慎吾「ああ、そう……」
〜♪〜♪〜♪
慎吾「!!!」
慎吾の耳に聞こえて来た曲、それは夢にも流れてきたどこか懐かしさ漂う曲だった。
慎吾「この曲は?」
瑞奈「うちの吹奏楽部オリジナルの応援曲ですよ」
慎吾「へぇ〜」
瑞奈「私も作曲手伝ったんですよ。どうですか?」
慎吾「……はっ?」
瑞奈「『はっ?』じゃありませんよ」
慎吾「お前が作曲? いつの話しだ?」
瑞奈「何寝ぼけたこと言ってるんですか。今年に決まってるでしょう」
慎吾「(……何だ? この違和感……)」
瑞奈「暑さで頭どうにかなっちゃったんじゃないですか?」
慎吾「かもな」
『ストラーイクバッターアウト!!!』
瑞奈「えっ? ああ!!!」
審判の一際大きい声に反応しグラウンドを見たときには時既に遅し。
桜花学院最後のバッターが三振でゲームセットとなっていった。
瑞奈「綾瀬さんのせいで最後見なかったじゃないですか!」
慎吾「俺のせいかよ」
瑞奈「でも良い試合でしたね。ほら綾瀬さんも拍手してください」
慎吾「負けたからしない。勝ったらやったけど」
瑞奈「感動のない人ですね〜」
慎吾「悪かったな」
・
・
・
試合終了と同時に、各自解散となった。瑞奈は野球部に労いの言葉をかけに入口で待機している。
慎吾も半ば強制的につきあわされている。しかし慎吾はずっと同じことを考えていた。
慎吾「(一体なんだったんだろう……あの夢は……そしてあの曲は……)」
??「珍しいな。綾瀬が出迎えにいるとは」
慎吾「……姿か。お疲れさん」
姿「気持ち悪いぞ。お前が労ってくれるなんて」
慎吾「今日良いところなかったな」
姿「そっちの方が綾瀬らしい」
慎吾「ほっとけ」
姿「……顔色悪いぞ。暑さにやられたんじゃないか?」
慎吾「かもな……」(フラッ)
姿「綾瀬!? おい、あやせ……」
姿の呼ぶ声が段々薄れて聞こえてくるのに対し、いつまでも頭の中に流れるあの曲。
そして慎吾が見た覚えのない不思議な夢。これらの正体が分かるのはまだまだ先のお話……
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