First Melody―迷宮の入口―


―桜花学院・正面出入り口―

慎吾「だから暑いっつーの」

瑞奈「一言めがそれなのはどうかと思いますよ……」

慎吾「なんで夏休みに学校に来なきゃいけないんだよ……」

瑞奈「部活ある人は毎日来てますよ。大体綾瀬さんが1週間も入院するのが悪いじゃないですか」

慎吾「むっ………」


 日射病で倒れた慎吾はあれから病院に運ばれ、何だかんだで1週間入院をしてしまった。
 入院がこんなに延びた理由は日射病だけでは無いのだが、ここでは敢えて伏せておく。
 そしてその間に学校は夏休みに入り、慎吾は夏休みの課題やらを取りに学校に来た。


慎吾「っていうか何でアンタがいるんだ?」

瑞奈「いちゃ悪いですか?」

慎吾「ああ」

瑞奈「『ああ』って酷すぎです! こんな美少女つかまえておいて」

慎吾「手放すから逃げてくれ」

瑞奈「そんな言い方ないんじゃないですか?」


姿「相変わらずクールボーイだな。そんなんじゃ折角出来た彼女逃げてっちゃうぞ」

慎吾「姿か………」

姿「悪かったから何も言わず拳を握るのは止めような」

慎吾「俺とコイツはそんな関係じゃないっつーの」

姿「でもな、朝森先輩は人気高いんだぞ」

慎吾「そのせいで、俺は先輩や他校の奴等に目をつけられてるんだぞ」

瑞奈「素直に彼女です! って言えば良いんですよ」

慎吾「俺はそこまで悪趣味じゃない」

瑞奈「何言ってるんですか! 綾瀬さんがおかしいんです!」

姿「まあ、良いけどさ。俺帰りたいからそこどいてくれない?」


 慎吾と瑞奈はちょうど扉の前で言い合いをしていたため、姿は校舎から出れないでいた。

瑞奈「あれ、野球部今日休みでしたっけ?」

姿「いや、ありますよ。俺個人の用事があるんで」

瑞奈「最近、野球部メンバー少ないですよね?」

姿「監督が帰ってくるまで自主練ですからね。わざわざ学校まで来る必要も無いんで」

慎吾「木村いないのか?」

姿「甲子園に大会見に行ってる」

慎吾「何ッ!? じゃあ昨日の電話、兵庫からかよ」

瑞奈「大阪ですよ」

慎吾「はっ?」

瑞奈「甲子園は大阪ですよ」

慎吾「それはマジボケか?」

瑞奈「……大阪じゃないんですか?」

お二人「…………………………」

瑞奈「………………………」

姿「でも、宿泊先は大阪かも知れないしな」

慎吾「その可能性もあるな」

瑞奈「……………………」

お二人「…………………………」


 この雰囲気に耐え切れなくなった慎吾は移動を考えた。
 最も出入り口で立って話しているため、日も差し込んできてかなり暑いのもあったが。


慎吾「まあ、いいや。とりあえず中に入りたいからさっさと退いて」

姿「ん?」

慎吾「さっきから邪魔なんだよね」

姿「俺の台詞だよ!」

慎吾「良いから退きなさい」

姿「(えっ? 俺が悪いのか?)」

 疑問を抱きながらも渋々退く姿。

慎吾「つーかさ、木村いないなら課題もらえねーじゃん」

瑞奈「多分他の先生に預けていると思いますよ」

慎吾「めんどくさいが行かないわけにも行かないな」





―職員室―

先生「夏休みの課題? 預かってないけどな……」

 職員室にいる先生に聞いてみたのだが最も木村先生に近い席に座っている先生にすら何も言ってなかったらしい。

慎吾「………………じゃあ余ってませんか?」

先生「ん、ちょっと待ってて」

慎吾「(ったく、木村め……しっかりしろよ。)」

 待つこと約10分、今日来ている先生たちほとんどに頼み何とか全部の課題を寄せ集めたようだった。

慎吾「わざわざありがとうございます」

 そう言い残し、慎吾は職員室を後にした。

慎吾「(そういや、アイツいないな……まぁいいか。)」

 瑞奈が突然消えていたことに疑問を思ったが、いない間にさっさと帰ろうと少し早歩きで学校を後にしようとした。





―正面玄関―

慎吾「やっぱ暑いな………」

瑞奈「あーやーせさん!」

慎吾「(出たよ………)」

 ちょうど校舎を出たところで瑞奈に呼ばれる。聞こえなかった振りをして真っ直ぐ進むことにした。

瑞奈「もう! なんで逃げるんですか!」

 瑞奈の怒った声と走ってくる音が聞こえる。慎吾は逃げても無駄と諦め、振り向いた。

慎吾「一体なんのようだ」

瑞奈「野球部の練習を見に行きましょう」

慎吾「断る」

瑞奈「いいじゃないですか〜? さぁ行きましょう」

 いつも通り強引に慎吾の手を取り引っ張っていく。
 ここまでされると慎吾は抵抗せず黙って瑞奈の後をついていく。
 理由は簡単。これ以上抵抗すると酷いことをされかねないからだ。






―グラウンド―

 2人は金網越しにグラウンドを除くとそこには4人しかいなかった。
 今年できたばかりの野球部で人数少ないのも事実だが、半分以下の人数しか来ていなかったのだ。


慎吾「姿が言ったとおり少ないな」

瑞奈「1年生しかいませんしね」

 二人の話し声が聞こえたのか、二人に気づいた野球部の一人が話しかけてくる。

連夜「なんかようですか?」

 彼の名は『漣 連夜』 桜花学院に野球部を作った中心人物。親は元プロ野球選手。

慎吾「いやたまたま通りかかっただけ……」

瑞奈「いえ、野球部の練習を見に来ました!」

慎吾「……………………」

連夜「そうですか。でも見ての通り自主練なんで、見てても面白くないと思いますよ」

慎吾「なんで少ないんだ?」

連夜「さあ? みんな都合あるしな。第一監督がいないからな」

瑞奈「中に入って見てもいいですか?」

連夜「ええ。どうぞ」

 嬉しそうに出入り口に向う瑞奈。その後を渋々慎吾がついていく。


 そしてグラウンド内では、一人の選手が苦悩していた。

シュウ「ちくしょう……なんで打てねぇんだろ……」

佐々木「すっかり国立さんに狂わされたな」

松倉「スイングがバラバラだぞ。球に合わせようとせず自分のスイングを心がけろ」

シュウ「やってるんだけどな……」

松倉「……これじゃ埒が明かないな」

佐々木「でも監督いないし、このままほっとく訳にはいかないだろ」

松倉「まあな。どうする漣?」

連夜「……………(あいつどっかで見たな……)」

松倉「…………漣?」

連夜「……ん? 呼んだか?」

松倉「何難しい顔してるんだ? あいつがそんなの気になるのか?」

 連夜は慎吾の方をずっと見ていた。

連夜「別に。何でもねぇよ。それよりシュウだ」

シュウ「………………………」

連夜「あいつがいないとうちの攻守に穴が開く。復活してもらわないとな」

 シュウは桜花一の俊足。その上内野の要ショートも守るため、このままじゃ次の試合どころじゃない。

連夜「こうなりゃ打ち込むしかないな」

松倉「……だな。付き合うぜ」

シュウ「いや、俺男はダメだ」

松倉「そういう意味じゃねぇ!」

連夜「松倉ってそういう趣味あったんか?」

佐々木「冗談よせよ」

松倉「お前ら……」

連夜「さっ、やるか。松倉、投手できるか?」

松倉「お、おう」

佐々木「(この辺はさすが捕手って感じの切り替えだよな…)」

 それからシュウの打ち込みが何十球と続けられた。その間、ずっと慎吾と瑞奈はその光景をベンチで見ているだけだった。
 正直、慎吾は帰りたいと思っていたが……


瑞奈「う〜む……中々打球が前に飛びませんね〜」

慎吾「あれじゃ飛ぶわけねーだろ」

瑞奈「はぁ……出ましたよ。綾瀬さんの皮肉」

慎吾「皮肉って言うな。あいつの打撃は当てようとしすぎて前につっこみ、重心が狂ってんだよ」

瑞奈「はい?」

慎吾「あのままじゃいくらやったって無駄さ」

瑞奈「そこまで分かってるんなら教えてあげたらいいじゃないですか」

慎吾「それは断る。それくらい漣とやらは分かってるだろうしな」

瑞奈「もういいです。私が教えます」

慎吾「はっ? ちょ……」

 慎吾が止めようとするが構わず瑞奈はシュウたちの元へ歩いていった。

慎吾「(まだ打開策言ってないんだけど…………ったく世話のやける)」

 仕方なしに慎吾もトコトコと瑞奈の後を追った。

瑞奈「ちょっといいですか〜?」

松倉「ん?」

連夜「なんですか?」

シュウ「これはこれは、朝森先輩ではないですか! いつからいらしたんですか?」

バッテリー「……………………」

瑞奈「結構前からいましたよ。それよりシュウくん、打撃に苦しんでるようですね」

シュウ「そうなんですよ! 準決勝で国立さんと対戦してからどうにもこうにも」

 参考:シュウ対国立は2打数2三振。国立は途中登板となっている。

瑞奈「そんな時はミズちゃんにお任せ☆」

松倉「(漣、朝森先輩って野球詳しいのか?)」

連夜「(いや聞いたことない)」

ポカッ

瑞奈「ふぎゃ!?」

慎吾「余計なこと口走るな」

瑞奈「痛いじゃないですか〜綾瀬さん」

連夜「(あやせ? ……まさか……)」

慎吾「こいつの話はともかくだ。森岡のバッティング元に戻したいんだろ?」

松倉「あんた野球詳しいのか?」

慎吾「そうでも無いが、以前にも似たような状況になった友人がいてね」

松倉「……まあ判断はシュウに任せるわ」

シュウ「是非頼む! 藁にも縋りたいところなんだ!」

松倉&佐々木「!!!」

シュウ「…………何、二人して?」

松倉「いや、シュウからそんな難しい言葉聞くとは思わなかったから」

佐々木「(まあ、難しくも無いけど…)」

シュウ「君たち、人をなんだと思ってるん? 一応倍率だけなら県内1・2を争う桜花に受かったんだよ?」

佐々木「(実はその倍率“女子”だけで、男子は別だったりもするんだけど…)」

 参考1:桜花学院は昨年から男女共学になり男子の数が圧倒的に少ないため、数年間は別々の倍率で計算される。
 参考2:シュウの学力は実際大したことありません(ぇ


慎吾「あのさ、結局どうするだ?」

シュウ「お願いしま〜す!」

慎吾「じゃあ10分くらい借りるぞ、こっち来い」

シュウ「おう!」

 それから少し離れたところで、慎吾のバッティング指導が始まった。
 最初こそは戸惑っていたが徐々に慣れてきたのか、段々いいスイングの音が聞こえてきた。


慎吾「大分マシになったな。後はしっかりボールをひきつけて打て」

シュウ「そのひきつけるって良く分からないんだよな」

慎吾「お前はボールを追ってるんだよ。黙ってりゃ勝手にボールから来るのに」

シュウ「???」

慎吾「…………スイングはまともになったから後は実践でやるしかないな」

シュウ「っしゃ! 松倉〜相手しろ!!!」

 シュウの方は大騒ぎで皆の方に走っていった。一方……
慎吾「(やれやれ。何してるんだろうな俺は……)」

 ふとそんなことを思った慎吾はゆっくり出口に向って歩き始めた。

瑞奈「綾瀬さ〜ん? むぅ……聞こえてないですね〜」

連夜「………(やっぱ気になる)……朝森さん、ちょっといいですか?」

瑞奈「えっ? あ〜今じゃなきゃダメですか?」

連夜「あいつ追いかけながらで良いですよ。行きましょう」

佐々木「おい、漣? 帰るのか?」

連夜「ちょっと野暮用。やっててくれ」

 佐々木が言い返す前に、連夜は瑞奈と共に走って慎吾を追いかけていった。

佐々木「………キャッチャーどうするんだよ」

松倉「佐々木しかいないだろ。準備してくれ」

佐々木「はいよ」

・・・・*

シュウ「よ〜し来い!」

松倉「(どれだけマシになったか見てやろう)」

ビシュ!

シュウ「(スッ)

パキーン!

松倉「何ッ!?」

シュウ「………うわ……スゲー俺」

 本人も驚くぐらい会心の当たりだった。夏の大会では足で稼ぐ内野安打が多く、打撃は良くなかった。
それが慎吾のアドバイス一つでここまで変えてしまったのだ。


佐々木「綺麗な打ち方だったな。今までに見たことないくらい」

松倉「まあ一回じゃマグレの可能性だってあるだろ」

シュウ「むぅ……厳しいな」

松倉「実際、大会でもまったく良い当たりなかったわけではないからな」

シュウ「よ〜し、じゃあ何球でも来いよ。打ってやるぜ」

松倉「だってよ、佐々木構えてくれ」

佐々木「ああ」





 一方、慎吾の後を追う連夜と瑞奈と言うと……

瑞奈「私に質問ってなんですか?」

連夜「あいつの本名ってなんて言うんですか?」

瑞奈「そんなことですか。綾瀬慎吾ですよ。それがどうしたんですか?」

連夜「いえ、特に意味はないんですけどね」

瑞奈「あっウワサをすればなんとやらです。あーやーせーさーん!」

 ちょうど正門を抜けたところで慎吾を見つけ、周りも気にせず大声で呼ぶ。
呼ばれてため息をつきながら立ち止まった。


慎吾「ったく、アンタもしつこいね」

 途中から追われていることに気づいていた慎吾だったが、ここまで追いかけてくるとは思ってなかった。
 改めて瑞奈のしつこさは異常だと慎吾は思った。


瑞奈「綾瀬さんが逃げるのが悪いんですよ」

慎吾「はぁ……っで、そっちはなんのようだ?」

連夜「ちょっと聞きたいことがあるんだが……っと名前まだ言ってなかったな」

慎吾「漣連夜だろ。この学院の生徒で知らないやつはほぼいねぇよ」

連夜「そうか、俺も有名になったもんだな」

慎吾「その有名人が俺になに聞きたいんだ?」

連夜「大したことじゃないさ。……綾瀬大地って知ってるか?」

慎吾「…………………………」





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