Seventeenth Melody―時として人は天使にもなり悪魔にもなる―


慎吾「ふぁ……することねー……」

 時は3月中旬。早々に進級試験に合格した慎吾は年明けからすることがなかった。
 桜花学院は1月〜3月までで進級試験を受け、合格すれば後は授業は希望制になる。
 選手でもない慎吾は自主トレもする意味を為さず、暇をもてあましていた。


慎吾「最近、あの女も来ないしな……」

 あの女とはもちろん瑞奈のことだ。
 あまりに学校に来ない慎吾を瑞奈は引っ張り出しては学校に連れて来たり、買い物に付き合せたりしていた。


慎吾「……ま、良いか。どうでも……」


 慎吾はこうしてまた深い眠りについた……







ダンダンダン!

真崎「あーやーせー!」


慎吾「……あのバカ……」

 ちょうど寝付いたところで真崎に文字通り叩き起こされた。
 真崎のせいでお隣から一度注意を受けている慎吾としては、これは迷惑の他ならない。



ガチャ

慎吾「んだよ!」

真崎「姿の目撃情報を得たんだよ!」

慎吾「…………んだとぉ!?」

真崎「寝てる場合じゃねーぞ! 来い!」

慎吾「お、おい! 誰の情報だよ!」

真崎「俺の親父!」

慎吾「何ィ!?」

真崎「さ、行くぞ! 全速力だ!」

慎吾「……真崎、お前進級試験は?」

真崎「………………」

慎吾「まだ合格してねーのかよ!」

真崎「だって難しいんだよ!!!」

慎吾「はぁ……とりあえず姿のほうが最優先順位だな。勉強は後で教えてやる」

真崎「マジィ!?」

慎吾「進級出来ないのはかなり恥ずかしいからな」

真崎「いやーさすが綾瀬だな」

慎吾「はいはい。さっさと行くぞ。どこにいるんだ?」

真崎「いや、多分もういないと思うぞ」

慎吾「……は?」

真崎「見たっていうの1週間ぐらい前って聞いたし」

慎吾「お前の親父さんだよ!」

真崎「あぁ、警視庁にいるよ」

慎吾「…………そっか、仕事中か。良いのか、行っても」

真崎「そこは子供と言うコネを使う」

慎吾「(アテにならんな)」


・・・・*


 慎吾は真崎に言われるまま警視庁の近くにある喫茶店の中に入った。

慎吾「なんで喫茶店?」

真崎「とりあえず電話してここに来るようにした」

慎吾「おいおい忙しいだろうに。仕事中なら後でも良かったんだぞ」

真崎「気にするなって。最近上の位になってきて、部下をこき使ってるみたいだし」

男「失礼な。俺だって忙しく走り回ってるわ」

真崎「……これはこれは宏明さん、お忙しい中ご苦労様です」

宏明「無理があるぞ」

慎吾「どうも、お久しぶりです」

宏明「あぁ慎吾くん。うちのバカ息子が世話になってるね」

慎吾「いえいえ、そんなことありません」

真崎「むしろ俺が世話してるほうだ」

宏明「……迷惑かけてるね」

慎吾「まぁ……何とか許容範囲です」

真崎「………………」

慎吾「で、宏明さん! 姿のことを見たって本当ですか!?」

宏明「あぁ。この前、出張帰りにマリンスタジアムの近くでな」

慎吾「マリンスタジアム? ……ここ(千葉)でですか?」

宏明「そういうことになるな。要に言われて調べてみたんだけど、彼全国回ってるようだよ」

慎吾「え?」

宏明「飛行機で北海道、東京、大阪、沖縄とそれぞれ利用記録が残ってる」

慎吾「……何が目的なんだ……」

真崎「ちなみに親父も綾瀬大地、知ってるみたいだぜ」

慎吾「本当ですか!?」

宏明「ん。君のお姉さんの事件を調べなおしたら、行き着いたんだが」

慎吾「え? なんでまた……」

宏明「良く考えたら椎名さんが言ってた高校生って慎吾くんたちか」

慎吾「椎名探偵と知り合いなんですか?」

宏明「彼は元刑事だからね」

慎吾「あぁ……そういやそう言ってたな」

真崎「親父も綾瀬のお姉さんが亡くなったの事故じゃなって思ってるだろ?」

宏明「ちょっと状況的に無理があるからな」

慎吾「絞殺なんですよね、実際は」

宏明「そうだ……そうなんだが……」

真崎「んだよ、ハッキリしないな」

宏明「それは椎名さんから聞いた情報だろ?」

慎吾「えぇ」

宏明「他殺に間違いない。が実際は絞殺かはまだ不確定要素なんだ」

慎吾「なっ!」

真崎「ちょ、待てよ! 今時、死因が判定できないってあるのか!?」

宏明「要、わかってくれ。椎名さんはともかく俺は現職なんだ。そう簡単に教えるわけにはいかない」

真崎「綾瀬は身内だぞ! 身内にも話せないのか!」

宏明「身内だからこそだ! ……分かってくれ……」

慎吾「良いですよ。それに今回は姿の件で話を聞きたいだけですし」

宏明「……すまない。ただ一つ、確かに言えることがある」

慎吾「え?」

宏明「綾瀬美佳さんは自ら死を選んだ」

慎吾「なっ!」

真崎「今、自殺を否定したばかりだろ!」

宏明「自殺じゃない、他殺だ。だが抵抗した後がないんだ」

慎吾「……じゃあ望んで殺されたって言うんですか? なぜ!?」

宏明「それは私には分からない……」

真崎「綾瀬のお姉さんの体には無数のキズアトがあったらしいが、どうなんだ?」

宏明「あぁ、絞殺前につけられた傷のようだ。傷跡から判断して脅しとか そういった意味合いだと思われる。」

真崎「……なるほど」

慎吾「えっと……姉貴のことも知りたいんですが……今は姿のことをお願いします」

宏明「あぁそうだったね」

真崎「(綾瀬……)」

慎吾「誰かと一緒とかじゃありませんでした?」

宏明「確か2〜3人同い年ぐらいのがいたな」

慎吾「……そうですか……」

宏明「要から聞いたことによると和真くんは綾瀬大地に着いていったんだってな」

慎吾「えぇ」

宏明「残念ながら綾瀬大地は見当たらなかった。あの男を見ることが出来るのは向こうから近づいてきた時だけだと思う」

慎吾「俺もそう思います。しかしアイツの周りには何人刺客がいるか……」

宏明「ふむ……そうだな。あの男、色んな高校に選手を転校させてる噂もあるけど」

真崎「そういや本人も言ってたな」

慎吾「あぁ。姿もそうなんだろうか……」

宏明「あるいはね」

慎吾「(でも学校側に退学届けは届いてないと言うし、何より本人が言ったんだ。桜花に返すって……)」

真崎「綾瀬?」

慎吾「あぁ悪い。なんでもない」

宏明「さて、一応仕事の最中だからこの辺で失礼させてもらうよ」

慎吾「あ、ありがとうございました」

宏明「いやいや、要をよろしく頼むよ」


 宏明は伝票を持って席を立った。

真崎「っでどうする?」

慎吾「……とりあえず宏明さんが姿を見たってところに行ってみよう」

真崎「賛成だな」


・・・・*

 慎吾と真崎は宏明から聞いたマリンスタジアムの周辺に来てみた。わずかでも手がかりを見つけるために。


慎吾「この辺だよな」

真崎「俺、この辺で店出してる人に聞き込みしてくるわ」

慎吾「分かった。俺も周辺回ってみる」

真崎「了解!」


ダッ

慎吾「……宏明さんが見たの、本当に姿だろうか……」


ザッ

慎吾「…………奇遇だな」

リエン「気配で分かるか普通」

慎吾「お前ほどならな。冗談で近づいてきたわけじゃねーだろ」

リエン「まさか。偶然だよ偶然。こっちも人探しさ、お前と一緒で」

慎吾「ふ〜ん、ホントかよ」

リエン「ホントだよ。真崎宏明って男を捜してる。ここで見たって情報を得たんでな」

慎吾「ッ! …………なんでまた」

リエン「俺が唯一やり損ねた相手でね。くくくっ」

慎吾「テメッ! なんで宏明さんを!?」

リエン「俺が知るかよ。アヤセダイチから言われてるだけだし」

慎吾「ここで見たって情報誰からだ?」

リエン「分かるだろ? お前らは友人を探してる。その情報は誰からだ?」

慎吾「宏明さんが姿を見た。また逆も有り得ないことではない……か」

リエン「正解だ」

慎吾「……なるほどね。だが俺らもこれで姿が近くにいるってことが分かった」

リエン「そういうことだな。まぁ俺は言われたとおり真崎宏明を探し出すだけだ」

慎吾「(出張と言うよりクロフォードから逃げているって感じか、宏明さんは)」

リエン「言えよ、居場所を」

慎吾「断る。綾瀬大地の情報網なら分かるはずだが」

リエン「チッ、うるさいヤツだ」

慎吾「所詮、お前は人形ってことか。必要最低限の情報しか与えてもらえないな」

リエン「な、なにぃ!?」

慎吾「クロフォード、もういい加減にしたらどうだ?」

リエン「…………なんだと?」

慎吾「綾瀬大地の言いなりになっててどうするんだ? お前はこの先、ずっと人形のまま生きていくつもりかよ!」

リエン「だったらお前は俺に死ねって言うのか?」

慎吾「ああ」

リエン「な、なんだと!?」

慎吾「自分の意思で決め逝くのと、意思さえ持てずに生きていくの……どっちが幸せだろうな?」

リエン「…………チッ」

慎吾「クロフォード、お前はもう綾瀬大地の思いのまま動かなくても良いんだぞ」

リエン「………………」

慎吾「自分で意思を持ち、行動できるんだ。お前は人形なんかじゃない、人間なんだから」

リエン「お前は……」

慎吾「ん?」

リエン「お前はなぜ今こうしていられる?」

慎吾「………………」

リエン「綾瀬美佳は事故じゃない。もう分かってるんだろ?」

慎吾「……あぁ」

リエン「お前はアヤセダイチに大事なもの、全て奪われたはずだ。綾瀬美佳だけじゃなくな。それなのにどうしてお前は立っていられる?」

慎吾「その答えは簡単だ。俺は何も奪われてないからだ」

リエン「ふざけるな! お前は綾瀬美佳の存在を否定する気か!」

慎吾「ふざけてもないし、否定もしていない。奪われたなら取り返せば良い」

リエン「……そう簡単に言葉に出せるものか? アヤセダイチという存在をお前は理解してるはずだ。 理解してなお、お前は取り返せると信じてるのか?」

慎吾「当たり前だ。俺は綾瀬大地をも越えるからな」

リエン「……ふっ……傲慢もここまで来れば立派なもんだな」

慎吾「そりゃどうも」

リエン「……人間ねぇ……口に出せば軽いけど、考えればこれほど重い言葉はないな。俺にとって」

慎吾「お前の質問に答えるなら、俺は今信じれるやつらがいるから、今立っていられるんだ」

リエン「……なら、そいつらまで奪われたらお前はどうする?」

慎吾「さぁな。一つ言えることは俺は最後まで信じたものを信じぬくだけだ」

リエン「その先に耐え難い真実が待っていてもか?」

慎吾「だとしても俺は膝をつかない。絶対にな」

リエン「……俺も……お前のように強くなりたいものだな」

慎吾「なれるさ。いやお前は強いよ。じゃなきゃ綾瀬大地の下で働けないさ」

リエン「慰めか?」

慎吾「本心だ」

リエン「……お前の本心、ホント分からねーや」

慎吾「良く言われる」

リエン「綾瀬、俺さ……お前を信じても良いか?」

慎吾「勝手にしろ。……って言いたいが、信じるのは自分自身だぜ」

リエン「そう……だな。俺も変われるかも知れないな」

慎吾「クロフォード……」

リエン「俺はもう迷わないし俯かない。俺の意思で俺の信じた道を行く」

慎吾「…………そうか」

リエン「どんな結果でもお前は受け止めて欲しい。アヤセシンゴ、お前は俺の希望だ」

慎吾「………………」

リエン「じゃあな。今日会えて良かった」


タッタッタ

真崎「綾瀬、見たって情報しかなくて有力な情報は得られなかった」

慎吾「そうか……」

真崎「ん? アイツ、リエン・クロフォードじゃないか?」

慎吾「(クロフォード……お前は本当にそれで良いのか?)」

真崎「綾瀬……?」


 リエンの後ろ姿を慎吾はただ見つめていた。どこか物悲しそうに……



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