Twentieth Second Melody―過去の出来事―


 練習試合当日。千葉のとある地方球場で試合を行うことになった。  相手は埼玉の高校でしかもこっちから頼んだのに来てもらうのはおかしな話だが、相手側から行くと言ってきたためお言葉に甘えたわけだが。

真崎「木村ってやっぱ元プロってだけはあるんだな」

木村「そうだぞ。お前と綾瀬ぐらいだぞ、俺のこと呼び捨てで呼ぶの」

慎吾「今更の仲だろ。姿がなぜか監督って呼ぶのが気になるが」

姿「俺はお前らと違って一応常識ある人間なの」

国定「前々から聞きたかったんだけど、どういう関係なの?」

慎吾「中学時代のコーチなんですよ」

真崎「親しく接して欲しい。俺はまだ若いんだって言ってたからみんな呼び捨てで呼んでたわけです」

木村「あの時はまだ若かったろ」

慎吾「たかが2〜3年前。50過ぎればそんぐらい変わらないだろ」

木村「まだ過ぎてねーよ!」


 慎吾たちの監督弄りが行われている中、連夜は一人神妙な顔で慎吾を見ていた。

連夜「………………」

慎吾「……なんだ、漣。さっきから人の顔見て」

連夜「なぁ、綾瀬。この試合終わったら綾瀬大地について聞きたいことがある」


 いずれ相談しようと思っていたが、自分のなかで整理できなかったためこの日まで延ばしてきた。  だが、考えてもラチがあかなかったのでいっそのこと聞いてみることにした。

慎吾「……OK。その前に今は試合に集中してくれ」

連夜「あぁ」


 連夜の様子が以前聞かれたときと違っていたため、慎吾もマジメに接した。  早かれ遅かれ、こうなることは覚悟もしていた。

透「さて、来たようやな」


 相手のベンチ側を見ると続々と選手が入ってきた。

連夜「州境だっけか? 知り合いいるかな……」

佐々木「高木が進学してたな」

連夜「あーそんなもんか」


水晶「よぉ! 連夜〜」

連夜「ゲッ、水晶くん!?」

水晶「ゲッってなんだよ、失礼な」

国定「天草、お前漣と知り合いなのか?」

水晶「おぉ、国やんか。父親同士が仲良いからガキのころからの腐れ縁ってやつ」

佐々木「天草? もしかして……」

国定「あぁ、こいつの親父さんは安打で日本記録を持つ天草選手の息子だよ」

佐々木「やっぱり……」

水晶「ふっ、照れるじゃねーか」

連夜「試合前だ。さっさとベンチ戻れ」

水晶「なんだよ、連夜。冷たいな。もっと構えよ」

連夜「………………」


慎吾「ほぉ、あの漣が押されるとはな」

真崎「珍しいもんだ」

司「やっぱ昔の知り合いというのは弱いんだな」

慎吾「あぁ、横浜の壬生とか言うヤツもそうだったな」

シュウ「もしかして過去にやましいことしてるんじゃない?」

真崎「なるほど有り得るな」


連夜「適当なこと言ってんじゃねーよ!」


 ちょっと離れたところでヒソヒソと噂を立てる……まぁもちろん連夜の耳にはわざと聞こえるようには言っているが。

水晶「まぁあれだ。俺よりこいつがお前と話したいって」

連夜「あん?」

音梨「よぉ、久々だな」

連夜「一夜!?」

音梨「鈴夜さんとか元気か?」

連夜「……あぁ」

音梨「そうか……」

連夜「一夜、お前まだ……?」

音梨「当たり前だ。漣家が犯した罪は重い。もちろん、お前や白夜くん、光ちゃんは関係ないがな」

連夜「お前が何を知っているかは知らんが、適当なこと言うな」

音梨「まだ聞かされてないのか。最悪な父親だな」

連夜「何ぃ?」

音梨「漣鈴夜が何をしたのか、漣家の闇を知ればお前だって恨みたくなるさ」

連夜「チッ……ふざけたことを」

音梨「それを知らずに宙夜や日夜は漣鈴夜に感謝してる。可哀想なやつらだ」

連夜「いい加減にしろよ、一夜」

音梨「お前もいずれ分かるさ。んじゃいい勝負しようぜ」

連夜「っざけんな」

水晶「ま、まぁ……それじゃあな連夜」

連夜「……あぁ」


真崎「……どうしたんだ、漣のやつ?」

慎吾「知るか。それより今日のオーダー発表と行きたいだが」


連夜「チッ!」


ドンッ


 明らかに不機嫌で帰ってきた連夜は思いっきりベンチに座った。と言うより飛び乗ったという表現の方が合っているほど力任せだった。  そんな連夜に慎吾がオーダー表を手渡す。

連夜「なんだよ」

慎吾「お前が書け。そのまま試合に入られても困るからな。クールダウンってことで」

連夜「はいはい、分かりましたよ」


 仏頂面のままペンを回し、慎吾が言うオーダーを書き取っていく。

慎吾「とりあえず練習試合なので勝ちにはいきますが、テストを多く含めています。 特に一年バッテリー。4〜5回ぐらいメドに行くから頼むぞ」

大友「はい」

滝口「お任せください!」

木村「それじゃあ漣、悪いがオーダー表交換してきてくれ」

連夜「あいよ」

姿「……………」

慎吾「どうした、姿」

姿「いや、あのオーダー表出すのかなっと思って」

慎吾「…………は?」


 連夜がベンチを出ると同時に相手のほうも一人の選手が出てきた。  遠くからでも分かる銀髪を見た瞬間、連夜の足取りが急に重くなった。

水晶「うぃっす。ほれ、オーダー表」

連夜「あいよ」



練   習   試   合
先   攻 後   攻
州  境  高  校 VS 桜  花  学  院
3年RF宮   野 し ゅ うSS2年
2年星   宮 山   里2B3年
3年SS天   草 高 は しRF3年
2年2B吉   武 上   戸 LF3年
3年3B川   中 オ   レCF 2年
2年1B高   木 倉 し な 3B2年
3年LF中   田 タ ッ キ ー 1年
1年CF安   藤 大   友1年
2年音   梨 す が た1B2年



水晶「テキトーすぎるだろ!」

連夜「練習試合だ。気にするな」

水晶「しかもなんだこの中途半端さ! と言うか俺って誰だよ!」

連夜「漢字書くのダルかったんだよ。それは俺のこと」

水晶「酷いな、お前」

連夜「先発は一夜か……」

水晶「最近頭角を現してきてな。俺や宮野を超えてエースになりかねないくらいだ」

連夜「ふ〜ん……アイツがねぇ……」

水晶「確かに去年は泣かず飛ばずだったが、最近かなり伸びたぜ。まぁ俺も投げる予定だからお手柔らかに」

連夜「へいへい。じゃあよろしく」

水晶「おう」


 そんなこんなでプレーボール!

宮野「よっしゃ、先手必勝!」


 州境高校のトップバッター、宮野が左打席に入る。

滝口「じゃあとりあえずサインは中学時代のな」

大友「あぁ」

滝口「よし、思いっきり来いよ」

大友「分かったから早く行け」


 簡単な打ち合わせを終え、滝口が戻ってきて座る。それに合わせバッターの宮野も投手の方を向き構える。  審判の高らかな声と同時に大友は投球モーションに入り、そして一投目を投げた。


ズッバーンッ!

宮野「…………え?」


慎吾「……ほぉ」

真崎「やるじゃん」


 左から繰り出されたボールは勢いよく滝口のミットの納まった。  1年でしかも左と考えればかなり威力の高いストレートだった。


ビシュッ

宮野「ていっ!」


ガキィ


 ただ当てた打球はどん詰まりのサードゴロ。

透「オッケーや」


シュッ


 左利きの倉科、ちょっと送球しづらそうだが落ち着いて捌いてワンアウト。

真崎「ふ〜ん、まぁまぁやるじゃん」

慎吾「ん〜……左利きのサードか」

真崎「そんなダメか? 普通にやってるじゃん」

慎吾「アホか。そもそも内野で左利きがダメって何でか知ってるか?」

真崎「……なんでだ、木村」

木村「ランナーと交錯しやすいからさ」

真崎「……それだけ?」

木村「こんなもんだろ。後、送球のタイミングかな」

慎吾「その通り。ショートやまぁサードもかな。一塁へ送球する時にワンテンポ遅れるんだ。 実際やれば分かるだろうが、左側に投げるんだ。左じゃ投げづらいことなんて一目瞭然だろ」

真崎「……じゃあ左のキャッチャーは?」

慎吾「ダメに決まってんだろ。最近は左打者も多くなって二盗はあんまり差し支えなくなってるが 三盗は難しいだろ。現にいつかの練習試合でもやられてるし、三盗を簡単に許すキャッチャーじゃ勝てるもんも勝てんわ」

真崎「じゃあ何で漣にやらす?」

慎吾「他のいないからだろ。大河内先輩がフルイニングいけるなら……」


チラッ

大河内「見るな見るな」


ズッバーンッ!

滝口「オッケー! ナイスピッチン♪」


 気づけば2番星宮・3番天草と左バッター二人を抑えていた。

水晶「チッ、ちょっと舐めてた」

星宮「切り替えて守っていきましょう」

水晶「おう」


 攻守交替で桜花の攻撃。核弾頭・シュウが打席に立つ。

慎吾「さて、攻撃だ。森岡、お前には去年と違ってしっかり1番の役目を果たしてもらうぜ」

シュウ「おう! と言うか去年も果たしていたが?」

慎吾「相手の球種・能力を早い段階で見極める。出塁しチャンスを広げる。これがお前の役目だ」

シュウ「むっ……よ、よし任せろ」


 明らかに引きつりながらも打席に向かう。

連夜「ムリじゃね?」

慎吾「意識させたいだけだよ。佐々木や大河内さんでそれは十分出来るし」

連夜「俺でも良かったろ。今からでも遅くはない、俺を2番に戻せ」

慎吾「繋ぐバッティングがお前の持ち味か?」

連夜「あぁ」

慎吾「5番として色々と仕事してもらうぜ」

連夜「………チッ。お前、嫌なヤツだな」

真崎「漣、今更だ」

姿「そうそう、こいつは捻くれもんだ」

連夜「……そうか」

慎吾「お前ら、失礼だぞ」


カキーンッ

シュウ「よっしゃあ!」


 ベンチで言われたことを思いっきり無視する初球攻撃で出塁する。

連夜「ま、結果は見えてたろ?」

慎吾「……山里先輩、走らせた後にバントをお願いします」

山里「了解」


 試合の第一球を打たれた音梨だったが、わりと落ち着いていた。

音梨「(見るからに積極的そうだったがここまでとはな……)」

星宮「(恐らく走ってくるだろう。クイックな)」

音梨「(あぁ)」


ズダッ

音梨「来た!」


シュッ


 クイック+ウエストに成功させ、キャッチャーの星宮は素早く立ち上がる。

山里「ゲッ」

星宮「せいっ!」


ビッ

シュウ「てえぇぇい!」


ズシャアァァッ

吉武「くっ」


審判『セーフッ! セーフッ!』

水晶「嘘ぉ!?」


 タイミングではアウトぽかったが、シュウの好スライディングが決まり盗塁成功。

慎吾「……驚いたな」

連夜「今のスライディング、監督が?」

木村「あぁ。盗塁のスタートはあいつ、問題なくなってきたからもうワンステップ高くしてみたんだが 結構すぐモノにしたな」

慎吾「森岡は粗がかなり目立つが、飲み込みはかなり早い」


 実際、去年の秋では慎吾のアドバイスをすぐ物にし、秋季大会は活躍した。  そして木村から盗塁の技術を学び、更にスライディングもレベルアップした。潜在能力はチームトップクラスだ。


カッ


 2番山里が送りバントを決め、1死3塁の先制のチャンスでバッターは3番の高橋。

国定「たかが5番から3番に上げただけ……と言うが全然違うよな」

慎吾「えぇ。5番はチャンスに多くまわってきますが、うちの打線で見ると5番はよりチャンスメーカーとしても問われる」

大河内「上戸で終わること多いもんな」

慎吾「そういうことです。チャンスメーカーとポイントゲッター、両方こなせるのが5番に座るべきという結論になりました」

連夜「そう言われて俺を選択してもらうのはありがたいが……」

上戸「じゃあ俺を4番に座らせなきゃいいじゃん……」

慎吾「上戸先輩の1発と足には期待しますよ。去年もそうでしたが、基本的に1番森岡を基準とした打線を組んでるので」

木村「高橋というポイントゲッターに確実にチャンスにまわしたいんだろ?」


パッキーンッ

シュウ「先取てーん!」


ダンッ


 ベンチで今年の構想を語っている間に高橋がツーベースヒットを放つ。  3塁からシュウがゆっくり帰ってきて、両足でベースを踏む。

慎吾「……さすが」

木村「高橋のやつ、素質を開花させたな。最近調子がいい」

連夜「問題は守備だろ。守らなきゃ勝てないのはどのスポーツでも鉄則だ」

慎吾「その通り。と言うわけでお前のセンターも重要になってくるぞ」

連夜「……言わなきゃ良かった」

佐々木「そういう問題じゃねーだろ」


星宮「落ちつけ音梨。力みすぎ」

音梨「あぁ……悪い」

水晶「一個ずつ取っていくぞ。お前の持ち味存分にいかせ」

音梨「はい!」


上戸「よーし! 絶対打ってやる!」

音梨「ハァァッ!」


ピッ

上戸「おっしゃあ!」


グググッ


 ストレートの球道から失速し曲がり落ちるスライダー。上戸のバットは止まらず引っ掛けてしまう。


ガキィ

吉武「よし」


 セカンドゴロとなり2塁ランナー高橋は進塁。2死3塁となり、打席には新打順の目玉の一つ、5番連夜。

連夜「スライダー……ね。文句言いつつその球は使ってるのかよ」

音梨「これは僕の伯父から教えてもらったボールさ。お前には関係ない」

連夜「あぁ、そう」

星宮「……“オレ”くんさ、音梨と知り合いなの?」

連夜「あぁ。あいつは兄弟さ」

星宮「兄弟?」

連夜「……それはいいが、星宮。知らん仲じゃないだろ」

星宮「いや、オーダー表にそう書いてあったから」

連夜「………………」


 ちょっとテキトーすぎたか、と後悔した連夜だった。

音梨「行くぜ、連夜!」


ピッ


 初球、外角からストライクゾーンに入ってくるスライダー。

連夜「なめるなよ、一夜!」


カキィーンッ

音梨「――!?」


 完璧に捉え、打球は三遊間のど真ん中へ。

水晶「くっ、届かねぇか!」


バシッ

連夜「へ?」

川中「よし、ファースト」


 ショート天草が懸命に追うが三遊間よりへ位置を変えていた川中が横っ飛びのファインプレー。  ゆっくり落ち着いて一塁へ転送しスリーアウトチェンジ。

音梨「連夜が流し打ち?」

星宮「おいおい音梨。漣と知り合いなら外角が得意コースって知ってるだろ」

音梨「あぁ。だけど流し打ちなんて……」

星宮「は? アイツ、大の得意じゃん」

水晶「いや〜、俺も連夜の流し打ちなんて見たことないぞ。良く守ってたなキャプテン」

川中「星宮の指示でな」

星宮「えぇ。だけど音梨や天草先輩が知らないって事は……」

音梨「中学途中からバッティング変えたってことか」


連夜「あぁチクショウ。あそこで打てなきゃな……」

慎吾「ファインプレーまで気にしてたらキリがねぇよ」

佐々木「自分で言ったとおり守備な」

連夜「あいよ」


パッキーンッ

大友「なんだと……!?」


 この回先頭の4番吉武にセンターオーバーのスリーベースを食らう。

木村「アホーッ! 今の当たりでスリーにするな!」

慎吾「ダメだこりゃ……」


 ベンチから声が上がったのは打たれた大友ではなく、センターの連夜にだった。  吉武は決して足は早くなかったが、ボールに追いつくのが遅く連携が上手くいかなかったため3塁まで悠々到達できたわけだ。

連夜「いや〜難しいな、外野って」

高橋「お前ならもう少しまともに出来るだろ」


 センターの守備が明らかにマズかったと言うことはあるが、それを差し引いてもストレートを捉えられた大友の心境はよくなかった。

滝口「ドンマイドンマイ。一つずつ」

大友「ぐっ……」


ピッ


 精彩を欠いたキレのないストレートは……

川中「甘い!」


カッキーンッ

大友「――ッ!」


シュウ「センター!」

連夜「追いつけるわけねーだろ!」


 左中間のど真ん中を破る。吉武が還ってきて1対1の同点に。

木村「なぁ、綾瀬。夏は完全に漣に任せるの?」

慎吾「その予定だが……」


 追いつけるわけないと豪語していたが、佐々木……いや並の外野手なら追いつける打球ではあった。  足も早く肩も強い漣は外野向きだが、打球判断はかなり悪かった。

慎吾「とりあえず夏までに上戸先輩に近づけてくれ」

木村「レベル低ッ!」

真崎「いや、それ以上の期待はあれじゃできないぞ」


 予想以上の悪さに愕然とするベンチであった。  一方、同点に追いつき波に乗ろうとする州境側。

吉武「制球力は高くない。甘い球を見逃すな」

高木「あぁ」


慎吾「ん〜……漣の守備はともかくとして、大友も予想以上に早かったな」

真崎「打たれるのが?」

慎吾「あぁ。早かれ遅かれ打たれてもらわないと困るからな」

真崎「何でよ?」

慎吾「こればっかりは俺は投手じゃないから適当なことはいえないが……」

国定「投手って言うのは打たれて学ぶこともあるんだ。大友の場合、ストレートはかなり良いからな。 尚更、細かいところで気を遣うようになれば高レベルなピッチャーになると思うよ」

真崎「なるほど……」


ピキィーンッ

大友「チィッ!」


山里「ハッ!」


パシッ

高木「ゲッ」


 センターへ抜ける打球をセカンド山里が回り込み捕球、そのまま反転しジャピングスローで一塁へ。

シュウ「おぉやるぅ」

透「レベル高いやないか。本当にあの人、元バスケ部かいな……」


ガキィッ

透「オーケーや」


 続くバッターは内角のストレートで詰まらせサードフライに打ち取る。  2死3塁で打席には8番の安藤。少し小柄なのだが、それ以上に長いバットに目がいった。

姿「……長すぎね?」


慎吾「規定の長さか?」

木村「バッターが小柄なせいで余計に長く見えるだけだろ。まぁ通常よりは長そうだが」

佐々木「だがあのバットで……」

松倉「あぁ、振り切れるのか?」


 桜花のほとんどの選手は小柄な体格とバットの長さに目がいっているが、バッテリーは違った。  そう、打席に立つ安藤はその世代じゃちょっとした有名人だった。

大友「(安藤か……こいつはちょっと締めてかからなきゃな)」

滝口「(よし、これで)」


 今まで頑なに拒んできた変化球のサインに応じる。滝口は一瞬呆気にとられながらも頷いたのを確認しミットを構える。

大友「シッ!」


ピシュ


ストッ

安藤「むっ」


 初球、フォークに反応こそするが見逃しワンストライクをとる。

安藤「変化量はともかく、キレはいいな」

滝口「(ストレートを見せ球に、SFFで勝負しよう)」

大友「(はいよ)」


 滝口のサインにとりあえずは文句言わずに二球目、内角低めにボール球のストレートを投げる。

安藤「フッ!」


滝口「え?」


 確かにボール球だ。内角よりは真ん中に入ってしまったが、かなり低めのボールを見逃さずにミートする。


ピキィーン

大友「なんだと!?」


 大友のストレートを引っ張り、右中間へ運ぶ。3塁ランナーはもちろん、ホームイン。


ズダダダダッ

山里「は、はぇ!」


 バッターランナーの安藤もあっという間に二塁に到達。

大友「チィッ」

滝口「ドンマイ、落ちつけ」

大友「うるせぇ!」

滝口「…………………」


音梨「大変だな。自分勝手なピッチャーも」

滝口「ピッチャーは少なからず自分勝手じゃないですか?」

音梨「ははは、そうだな」

滝口「(あれ、この人、漣先輩と話してる時と違うな)」


キィンッ

シュウ「おし!」

音梨「チッ」


 ストレートに差し込まれショートゴロに倒れる。しかしこの回、逆転を食らった。

連夜「相変わらず打撃は苦手か?」

音梨「……ピッチャーは投げてなんぼだからな」

連夜「へーそうですか」

滝口「………………」


大友「くそっ!」

慎吾「大友、アドバイス聞くつもりはないか?」

大友「……え?」

慎吾「素材は良いからな。それを生かすつもりで」

大友「どうせ、あなたも変化球覚えろとか言うつもりなんでしょ?」

慎吾「……まぁ、ピッチングの幅を広める意味でもな」

大友「お断りします。俺はストレート一本で勝負したいです」

慎吾「ふぅ……じゃあ次の回、1点取られたらちょっとは俺の話を聞いてくれるか?」

大友「……いいでしょう」


 大友と慎吾の賭けは次の回に置いといて、桜花の攻撃は6番の新戦力である倉科から。

透「よっしゃ、一発かますでぇ」


 意気込んで打席に向かう倉科を見て、慎吾が連夜に尋ねた。

慎吾「なぁ漣。倉科ってどんなバッターだ?」


 こう聞くのも変な話かも知れないが、今日までろくに練習できなかったせいで新戦力がどんなもんか分かっていない。  ただ大友にしろ滝口にしろ、自己申告と新打順に影響のないところにおいてみただけである。

連夜「まぁ……中距離バッターだな。それなりのバッターだと思うよ」

姿「曖昧だな」

連夜「個性はないが、バントも上手いし何番でもいける使い勝手のいい打者じゃね?」

慎吾「なるほどね」


キィーンッ

透「どやっ!」


水晶「甘いわ!」


ズダッ


 センターへ抜けようかと言う打球をショート天草が飛びつく。

透「なんやて!?」

水晶「せいや!」


シュッポーンッ

透「………………」

水晶「あれ?」


 キャッチまでは良かったが、思いっきり大暴投。倉科はそれを見て二塁へ滑り込む。

連夜「……ま、だろうな」

国定「相変わらず調子にのるとポカするやつだ」


音梨「天草先輩、足引っ張んないで下さい」

水晶「うっ……すんません」

音梨「まったく、毎回毎回ファインプレーやるとそうなんですから。傷広げてどうすんですか」

水晶「はい、以後気をつけます」

吉武「…………………」


 無死2塁と同点のチャンスに7番の滝口。自己申告では超パワーヒッター。大友曰く粗が目立つ、当たればラッキーバッター。  果たしてどちらが本当なのか?

滝口「よし、来い!」


 肘がアゴの辺りまで上がっている、かなり上段の構え。

星宮「(これじゃ高め打てないだろ)」

音梨「(高めのストレート……か)」


ピシュ

滝口「どっせぇぇい!!!」


ピキィーンッ!

星宮「嘘ぉ!?」


 真ん中よりの高めストレートを思いっきり引っ張る。力みすぎたか、打球は一直線にファールゾーンへ向かった。

滝口「むぅ……」

星宮「(……ちょっと焦った。無難に曲げるか)」

音梨「(あぁ)」





グググッ

滝口「おっとっと……」


ブーーンッ!!!


 外角へのスライダーにまったくついていかず、三球三振。

慎吾「滝口は面白いな」

国定「うちで長打狙えるの上戸だけだからな」

慎吾「えぇ。まだまだですけど、魅力はありますね」


カキーンッ!

慎吾「え?」


 8番大友の初球攻撃! 打球は右中間を抜け、2塁ランナー倉科が生還。大友も2塁へ到達。
 これで2対2の同点に。


透「ビックリや。大友、スゲーバッティングええで」

慎吾「ほぉ」

連夜「まさか見てませんでした、とはいえないな」

慎吾「うるさいうるさい」


 なおも得点圏にランナーを置き、バッターは新打順のもう一つの目玉、9番の姿。

連夜「んで、何で9番に姿なんだ?」

慎吾「意味は特にない」

連夜「あぁそう…………ないの?」

真崎「意外な返答だったな」

慎吾「高橋先輩や漣で上位のクリンナップは組めるからな。6番とかに置くよりは トップの森岡を考えると9番に強打者も面白いんじゃないかと思って」

国定「まぁ……そうだな。シュウにチャンスがよくまわってくると言うことは9番にも言えるからな」

慎吾「後、あいつ求められればられるほど結果が出せないやつなんで。 9番という普通に考えれば誰も期待してない場面の方がまだ気が楽かなっと思いましてね」

連夜「あれ〜、アイツチャンスでよく打ってくれてたけどな」

慎吾「そうだな。ある意味、誰かさんと逆かもな」

連夜「………………」


ビシッ


審判『ボールッ!』

音梨「(チッ、なんだこいつの落ち着きようは……)」


 カウント2−2。ここまで1回もバットを振っていない。

姿「………………」


 姿は姿なりに9番に座っている意味を考えていた。慎吾が意味もなく、一番回ってくる回数が少ない9番に自分を置くわけを。

姿「(ま、多分俺が上位打線だと力むのを考えたんだろうな)」


 今は成長し、そんなこともないだろうと思っても試合になるとやはり力む。  現に今も勝ち越しの場面とあって自分でも気負ってるのが分かる。だが……考え方は変わった。  9番として、そして次のバッター、シュウを考え、自分が今、何をすべきか? その答えに辿り着くのは、そう難しいことではなかった。

姿「(とりあえずランナーを還してシュウに繋ぐだな)」


グググッ

姿「シッ」


ピキィン

音梨「――!?」


 決め球スライダーを振りぬき、ライト線へ長打コース。姿にとっては初見の決め球を打たれ、音梨は少なからず動揺した。

姿「どーでい」

音梨「くっ……」


カキーンッ


カァァンッ

音梨「………………」


 更にシュウ、山里の連打で1点を奪い3対2と勝ち越しに成功。なおも3塁1塁。

連夜「あいつは昔から考えすぎるんだよな」

慎吾「……畳み掛けるチャンスだな。高橋先輩、ゲッツーに気をつけて」

高橋「あぁ」


水晶「おーい、音梨。シャキっとしろ」

音梨「すいません……」

水晶「練習試合なんだ。そこまで気負うな」

音梨「…………はい」

水晶「(根は確かに負けず嫌いだが……今日は様子が変だな。連夜のせいか?)」


 少し間を空けるためにタイムを取ったが、今の音梨はもう自分のペースを失っていた。


ググッ


 決め球、スライダーにいつものキレはなく、しかも甘く入ってしまった。


カキーンッ

安藤「(ムリか……)」


 俊足のセンター安藤の頭上を超えるタイムリー。1塁ランナー山里も生還し5対2と引き離す。

川中「タイム!」

音梨「…………すいません」

川中「引きずるのは悪い癖だな。まぁいい、次回までに調整してくれ」

音梨「はい……」

川中「じゃあ、天草頼む」

水晶「了解」


 ピッチャー音梨に変わって天草。ライトの宮野が代わりにショートに入った。

慎吾「早い交代だな」

木村「まぁ練習試合だしな。それより天草の息子は投手も出来たんだな」

連夜「センスないっすけどね」

木村「そうなん?」

連夜「まぁそれでも高水準にはまとまってますが……」


 規定の投球練習を終え、状況は無死2塁でバッターは4番の上戸。

水晶「さて、本来のエースのピッチング見せてやるぜ!」

宮野「俺がエースだっつーの!」


 ちなみに背番号は天草が6で宮野が1である。

水晶「おらぁぁっ!」


ククッ

上戸「くっ」


ガキィンッ


 初見と言うことで良く見ていった上戸。追い込まれた後のスライダーを打たされ、セカンドゴロに。  しかし2塁ランナーの高橋は進塁し1死3塁とチャンスを広げ、最低限の仕事を果たした。

上戸「あーちくしょう」

連夜「ナイス進塁打です」


 そして5番の連夜が打席に。

水晶「まさか対決することになるとはな」

連夜「いい加減、投手諦めたら?」

水晶「うるせぇ。そういうのなら、このナックルを打ってみろ!」

連夜「まだそんな遊び半分の投げてんのかよ!」


ゆらゆらゆら

連夜「――!」

星宮「くっ」


ビシッ


 激しい変化に星宮は弾いてしまうが、何とか前に落としランナーを釘付けにした。

連夜「……ほぉ」

水晶「どうだ? 進歩したもんだろ」

連夜「だがキャッチャーも止めるのがやっとなこのボール。ランナー3塁で連投できるか?」

水晶「ふっ。別に球種はナックルだけじゃないんだよ!」


シュッ


ククッ

連夜「(ボール……)」


ビシッ

審判『ストラーイク!』

連夜「何ィ?」

星宮「どうした?」

連夜「別に。(星宮のキャッチング忘れてた……)」


 上手い捕手と言うのは際どいボール球はストライクに見せるキャッチングができる。  先輩の大河内もこのキャッチングは得意で、教わったことがあるが連夜はいまいち実戦で使えてはいなかった。

水晶「遊ばず行くぜ!」


ククッ


 テンポ良く、3球目。外角低めに滑り落ちるシンカー!

連夜「大したことねぇ!」


カァァンッ


 上手く芯に当て巻き込む。打球は天草の前で大きく跳ねる。

水晶「届かねぇ」


 ジャンプするも届かず、打球はセンターへ抜ける……と思われた。

宮野「しゃあ!」


バシッ

連夜「嘘ぉ!?」


ピシュッ


 ショート代わったばかりの宮野が俊足を飛ばし捕球。そのまま回転スローイングをみせ1塁で刺す。  この間に3塁ランナー高橋が生還し、6対2となった。

連夜「うわ……足速いな」

水晶「ふっふっふ、どうだ?」

連夜「……水晶くんは何もしてないじゃん」


 ランナーがいなくなりナックルを多投し、続く倉科を凡打に打ち取り桜花の攻撃を終えた。



 そして試合は3回の表。州境高校は1番宮野からの好打順!

大友「(俺のストレートはこんなもんじゃない……!)」


ビッ


 力めば力むほど逆にボールは走らない。1回に見せていた威力はすでになくなっていた。


カキーンッ

宮野「どうでい」


大友「(ギリッ)この……!」


 そして打たれれば打たれるほど泥沼へとはまっていく。


カキーンッ


 初打席では完全に詰まらせた1・2番に簡単にヒットを許す。

水晶「ふ〜ん、惜しいね。それだけのモン持ってて」

大友「うるさい!」


ビッ

水晶「ピッチャーとして大事なものをまだ持ってないな」


パッキーンッ!

連夜「……ふぅ……」


 打球はセンターを守る連夜の頭上をあっさり超えていく。天草のホームランで6対5と1点差まで迫る。

慎吾「タイム」


 ここで桜花ベンチがタイムを取り、ベンチから慎吾が出てくる。

真崎「あれ、いいの? 綾瀬が出て」

木村「練習試合だし良いだろ」


 慎吾がマウンドにつくのと同時に内野陣もマウンドに集まってくる。

大友「………………」

慎吾「大友」

大友「分かってます。マウンド降りれば良いんですよね」

慎吾「はぁ……誰がそんなこと言った?」

大友「は?」

慎吾「点取られたら、俺の話を聞けって言ったんだよ」

大友「……変化球投げるぐらいなら投手辞めたほうがマシです」

慎吾「わーった、わーった。今はそういうことにするから、まず投球の改善だな」

大友「……どういうことです?」

慎吾「お前はストレートを威力で抑えようとしてる。それじゃ並以上のバッターは打てるって話さ」

大友「堂々巡りじゃないですか。結局は……」

慎吾「まぁ言うよりやった方が早いだろ。滝口、悪いが代わってくれ」

滝口「え、俺ですか?」

慎吾「悪いな。サードに入ってくれ、他のポジションでも試したい」

滝口「はい、分かりました」

透「ちょーまてぇ! ワイは!?」

慎吾「ライト」

透「アカーン! なんでワイが外野やらなぁアカンねん。ワイはサードやるために生まれてきた男やで」

慎吾「やかましい。守れるかのテストだ。幅広い方が良いからな」

透「ほな、守れなければええの?」

慎吾「漣だってプライド捨てて外野を守ってんだ。何もコンバートじゃない。気軽にやってくれ」

透「……わかったわ。普通に守ったる」


 サードに滝口、ライトの倉科が入り高橋に代わってキャッチャーに大河内が入った。

大河内「さて、大友。まずは力を抜け」

大友「……はぁ……」

大河内「お前は力が無駄に入りすぎてる。後は俺の構えたコースに投げて来い」

大友「……すいませんが、コントロールにはあまり自信が……」

大河内「大体でいい。狙って投げて来い。威力なんか気にせずな」

大友「……分かりました」


 大河内が言った内容ですら大友は拒否したかった。ストレートの威力で抑えてなんぼ。  しかし意地張っている手前、ここでイヤなんて言えない……大友は良くも悪くも投手という人格そのものだった。

大友「(コースを狙ってか……)」


 コントロールに自信がない投手は狙う際、手投げになる可能性がある。フォームを崩す可能性が最も高い。  それでも慎吾は大友にそれを望んだ。


ピュッ

吉武「は?」


ズッバーンッ!

大友「……え?」

大河内「ナイスボール」


 慎吾が大友に賭けた可能性。大友はストレートの威力に自信を持っている、それ故にコースを狙えと言っても  ある程度はストレートの威力に重点を置くはず。そしてわずかにコースを狙おうと言う意識が入りすぎていた力を抜いた。


ズッバーンッ!

吉武「えっ……」


グッ……キィン

吉武「ちょ……」


 パワーヒッターの吉武が威力に押されセカンドフライに。


ギィン

川中「なっ」

ズバーンッ!

高木「………………」


 後続の川中・高木も抑える。大友は不思議そうな顔でマウンドを降りた。

慎吾「どうだ、大友」

大友「………………」

慎吾「今日みたいに投げる癖をつけろ」

大友「……あなたが初めてだ」

慎吾「ん?」

大友「もし、考えが変わったらその時でも俺に教えてくれます?」

慎吾「いいよ。大事にしろよ、自分の意志は。お前は大成するよ」

大友「………………」


 大友は深く頭を下げた。初めて自分の考えを受け入れ、そしてそれを生かしてくれた慎吾に対して……



 その後、天草と大友がきっちり抑え中盤5回に突入。州境の攻撃はまたも1番宮野から。

慎吾「大友、ご苦労だった」

大友「ッス」

連夜「誰行くんだ?」


 攻守交替で守備の準備をしている桜花ベンチ。ここで慎吾が投手交代を示唆する言葉を発した。

国定「俺だよ」

連夜「…………へ?」

姿「いけるんですか?」

国定「投げられるつっただろ。任せろよ」

姿「本気だったのか……」


 桜花、ピッチャーを大友から国定に交代し試合再開。

水晶「お、国やんが投げるのか」

星宮「どんな投手です?」

水晶「本格派だよ。肘さえ壊さなきゃ今頃騒がれてるような凄い投手さ」

星宮「肘を壊して、まだ投げられるんですか?」

水晶「さぁな。今の今まで投げてはきてないと思うが」


 視線は自然と投球練習やっている国定に向けられた。

国定「(いいね、久々のマウンド)」


 実際には去年の夏の大会で投げたことはあるが、気持ちいいものではなかった。とにかく肘が悲鳴を上げていたから。  しかし今の投球練習ではそれなりに力を入れても痛まない。耐えに耐えてきた地獄のようなリハビリが功を奏した。

宮野「後1点。練習試合とて負ける気はない!」

国定「ふっ。それはこっちも同じだよ!」


ピッ


 まるで教科書に載っている、お手本のような投球フォームで繰り出されたボールは……


ズバーンッ

宮野「……おっと……」


 綺麗なバックスピンがかかって、一直線に大河内が構えていたミットへ。

国定「良し、いける!」


 ストレートをコースにきっちりと投げ分け、宮野・星宮・天草と左三人を綺麗に打ち取る。

水晶「だぁ、もう。変わってねぇな」

国定「ナイス褒め言葉」


慎吾「今のところは問題ないようですね」

国定「あぁ」

真崎「問題ないどころがかなり良いじゃないですか」

高橋「ストレートも走ってるようだしな」

国定「まぁそうだが、俺の武器はシュートなもんでね」

姿「そうか……だから肘を?」

国定「そういうこと。だが、昔の俺とは違う。木村監督や綾瀬と会って俺は変わった。まぁ見てろよ」


キィーン

連夜「どうでい!」

水晶「この……っ」


 5回裏、連夜がセンター前ヒットで出塁すると、続く倉科は簡単に送りバントを決める。

慎吾「お前、普通に上手いな」

透「そやろ?」


 滝口はナックルの前に3球三振に倒れるが……


パキーンッ

国定「あめぇよ」


 国定のヒットで連夜が生還。更に姿・シュウの連続ツーベースで2点を奪い、9対5と差を開く。

川中&宮野「交代」

水晶「………………」


連夜「(だからセンスねぇって言ってんのに)」


 交代したエースナンバーをつける宮野が後続を抑えた。

水晶「さて、取り返すぞ」

川中「は?」

水晶「まぁ聞け。国定はシュートが武器の投手だったんだ」

星宮「それで肘を……」

水晶「さっきの回は慣らしだったのかストレートのみだったが 元々はシュートを多投する投手だ。右相手には特にな」

川中「狙って打てるぐらいか?」

水晶「いや、かなり厳しいと思うが……狙っていればマシじゃねぇかな」

吉武「分かりました」


 6回の表、4番の吉武から。国定が対決する初めての右打者だ。

大河内「(んじゃ行くぜ。思いっきり腕振ってこいよ)」

国定「(あぁ)」


ピッ

吉武「(内角……)」


ククッ


 切れ味鋭いシュートが吉武の内角を抉った。

吉武「(なるほど……凄いキレだ。本当に肘壊したのか?)」

大河内「(よし、次は……)」



慎吾「国定先輩はシュートが良すぎるから多投する癖があった……そうだよな?」

木村「あぁ。シュートは肘を壊しやすいと言うがようは投げすぎなんだ。シュートに限らず、体ができてない投手にとって 変化球って言うのはそれだけ脅威となる」

真崎「じゃあどうすんだ? 病み上がりの国定先輩にとってキツいだけだろ」

慎吾「国定先輩はシュートしか武器を持ってなかった。ちょっと投球を変えるだけで全然違うくなるんだよ」

大友「………………」


ピッ

吉武「(さっきと同じコース!)」


 シュートと決め込んで狙い打ちする。


クッ

吉武「は?」


 しかし先ほどとは違い、真ん中低めに滑り落ちるスライダー。


ガキッ

吉武「ゲッ……」

国定「セカンッ」


 狙い打ちしたバットは止まらず引っ掛けてしまう。

慎吾「シュートを決め球にさえすれば十二分に打ち取れる。国定先輩はストレートだって良いんだから」


国定「シッ!」


ズッバーンッ

川中「(外角ストレート……を見せ球に内角シュートか?)」


クッ


 5番川中に対してはストレートやスライダー、カーブなどでカウント2−2とする。  この間、全て外角に投げたボールだ。

国定「おらぁっ!」

川中「きたぜ!」


 内角をあくまで狙っていた川中。シュートと決め込んでスイングにいくが……


ズッバーンッ

川中「くっ……ストレート……」


慎吾「何でもそればかりじゃダメなんだ。松倉、大友、同じピッチャーとして国定先輩の完成度分かるよな」

松倉「……あぁ。流石、全中優勝投手……」

大友「………………」


ククッ

高木「俺に来るのかよ!」


ガキィ

国定「サード!」

滝口「はいっ!」


 6番左バッターの高木を外角のシュートで初球を打たせて取る。  続く7回もまったく危なげなく抑え、これで一回りをノーヒットに抑える完全復活をアピールした。

慎吾「さて、後は松倉と薪瀬に1回ずつ投げてもらうか」

松倉「はいよ」

司「了解」


 攻撃では上戸のスリーベースから連夜の犠牲フライで更に追加点を挙げる。

松倉「せいや!」


クククッ


 8回を松倉が、習得中の対角線投法からのストレート・スライダーで抑え……

司「えぇぇい!」


シュパーンッ!


 9回を薪瀬がノビのあるストレートでそれぞれ完璧に抑えゲームセット。  今シーズン初の対外試合は10対5で大勝した。

連夜「一夜」

音梨「……なんだ、俺を笑いに来たのか?」

連夜「捻くれんな。お前が知ってることを聞きに来た」

音梨「ふぅ。お前はそれしか頭にないのか?」

連夜「あぁ。俺はあの日からずっと追ってきたんだ。今更引き返せるか」

音梨「分かったよ。時間作るから球場前で待っててくれ」

連夜「了解」


 試合の後、すぐに相手ベンチにいったためレガースなどキャッチャー防具をつけたままだった。  ダルそうに自軍のベンチに戻る連夜を見て、音梨は深い深いため息をついた。

慎吾「漣」

連夜「わーってますよ。早く準備します」

慎吾「いや、そうじゃなくてお前試合前に聞きたいことあるって言ってたろ?」

連夜「あぁ……そうだったな」

慎吾「出来れば他の人に聞かれたくない。徒歩移動になるが、皆に帰ってもらってからでいいか?」

連夜「そりゃ好都合だな。俺から頼みたいぐらいだ」

慎吾「助かる」


 そして桜花は学校の専用バスで移動(運転は木村)しているため、先に帰らせ球場前には慎吾と連夜の二人だけになった。

慎吾「で、聞きたいことって?」

連夜「あぁ。綾瀬大地って何者なんだ?」

慎吾「……さぁな。俺にも良く分からん」

連夜「……お前、前に血縁関係はないって……」


 慎吾の答え方はまるで人物は知っているが、良くは分からないって答え方に連夜は疑問に思った。  いきなりこう質問した連夜も連夜だが、そういう返答が来ると思ってなかったので呆気に取られてしまった。

慎吾「あぁ、血縁はねぇよ。姉貴の相手なんだ、実は」

連夜「義理の兄貴か……ってことは婿入り?」

慎吾「になるのかな。なんか前の苗字が嫌だったらしい」

連夜「ちなみに前の苗字は?」

慎吾「知らん」

連夜「……はぁ……」


 肝心なところを知らんとハッキリ言われ、またもや呆気に取られてしまう。  いざ話してみると結構適当な男なんだなと感じ取れた。

慎吾「ただ姿の一件といい、他の選手の転校も動かせるほどと考えると力を持つんだろうな」

連夜「……は?」

慎吾「あれ、知らん? お前、名前だけか、知ってるのは」

連夜「まぁちょっと前に会っただけだしな」

慎吾「そうか。俺の読みだが朝里と繋がりあるみたいだぜ。元々勤めてたらしいし」

連夜「朝里と? 勤めていただけで朝里の名前使えるもんなのか?」

慎吾「使うのは勝手だろうが、実際に反映されなきゃ意味ないだろう」

連夜「……そうか。リエン・クロフォードのときがそうか」

慎吾「――!? お前……なんで?」

連夜「その様子じゃ知ってるのか。従兄に御柳の後取り候補がいてね」

慎吾「なるほど。クロフォードの日本姓、御柳だったもんな」

連夜「ちなみに従兄の話じゃ御柳の力じゃなさそうだな。情報聞けなかったらしいし」

慎吾「となると必然的に……」

連夜「朝里に限られてくるだろうな」

慎吾「そうなるな……」

連夜「どうにか朝里の詳しい情報が欲しいな……」

慎吾「……? お前なら簡単だろ」

連夜「は? なんでよ?」

慎吾「だってお前の――」


音梨「連夜、まだか?」


 慎吾が何かを言おうとしたとき、音梨が現れた。慎吾の話も気になるところだが  待たせていた以上、音梨とも話さなきゃいけない。すっきりはしないが、ここは音梨から必要なことを聞くことにした。

慎吾「んじゃ、先に帰ってるぞ」

連夜「あぁ、悪いな」


 試合をした球場から桜花学園はそう遠くはない。バスを使ったが、歩いても30分かからない程度である。

音梨「で、何だ?」

連夜「ん〜そうだな……漣家の闇ってなんのことだ?」

音梨「朝里の力でもみ消されてはいるが……20年近く前、朝里の社員10人近くが殺された事件があった」

連夜「……は?」

音梨「犯人は漣朔夜。朝里の一人娘、朝里優美の結婚相手さ」

連夜「ちょっと待て。そんな事件、世間に出回らなかったっていうのか?」

音梨「それが朝里の持つ絶対的な力さ」

連夜「その漣朔夜って……?」

音梨「お前の叔父にあたるはずだ。漣鈴夜の双子の弟だ」

連夜「――!?」

音梨「さて次の問題だ。なぜそんな事件をもみ消した?」

連夜「……一人娘の結婚相手が起こしたからだろ?」

音梨「それが妙なもんでな。伯父は当時、お前の親父やその漣朔夜と仲が良かったから聞けたんだが…… 事実は逆なんだそうだ」

連夜「逆?」

音梨「漣朔夜を殺ろうとして、返り討ちにあったそうだ」

連夜「なんで……」

音梨「そうだよな。一人娘の結婚相手なのにな。そう思うのも不思議ではないが、その辺の事実は当事者に聞いてくれ」

連夜「………………」

音梨「そして15年前……かな? 漣朔夜が亡くなった。理由は分かるな?」

連夜「5年の空白が気になるが……同じことが起こったんだろ?」

音梨「恐らくな。これが事件の概要的な感じだ」

連夜「あるヤツに漣朔夜って名前言われてちょっと調べたんだ。聞いたことあるなって思って」

音梨「そりゃあな。野球やってりゃ聞いたことあるだろうな」

連夜「シーズン防御率・奪三振の日本記録保持者……だろ?」

音梨「あぁ。漣の血筋は根っからの野球人みたいだな」


 ここで若干話が逸れたので戻そうとする。が、ここで連夜はあることに気づく。

連夜「……なぁ一夜。お前、まだ何か隠してるだろ?」

音梨「なんでそう思う?」

連夜「昔、事件があり漣鈴夜がこの事実を隠そうとしているのは分かった。 だが、お前や白夜が絶望を感じる何かが、そこにはあるはずだ」


 音梨と白夜が感じた絶望は別のものかも知れないが、今の会話が事実として音梨が絶望を感じるには少し弱い。  そして、そこにはまだ隠された真実がある。そう考えた。

音梨「全部聞く気か? 少しは自分で調べてみろ。俺からは言う気はねぇ」

連夜「……わかった。ありがとな、話してくれて」

音梨「連夜、お前は漣の当事者だ。お前が事実を知ることは朝里すらも敵にする可能性があるぞ」

連夜「俺のこと心配してくれんのか?」

音梨「………………」

連夜「ありがたいが俺は長兄としてしなきゃいけないんだ。世界を敵にまわしても弟を助けなきゃいけねぇ」

音梨「そうか……言うだけ無駄だな」

連夜「そゆこと」

音梨「まぁ俺にできることがあれば言ってくれ。出来るだけ協力するから」

連夜「助かる。友弥さんにもよろしく言っといてくれ」

音梨「あぁ。じゃあな」


 ちなみに友弥は音梨の伯父であり、親代わりでもある。  どうやら音梨も先に帰らせたらしく、歩いて球場を後にした。  そして一人残された連夜は……

連夜「さてさて、何だかきな臭い話になってきたなぁ」


 ふぅっと息を吐き肩の力を抜くと、地面に置いていた野球道具を右肩にかけ歩き出した。



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