Twentieth Third Melody―熱戦・球技大会!―


 GW直前の4月下旬。桜花学園は異様な雰囲気に包まれていた。

連夜「ちゅーもーく!」


バンッ!


 クラス委員長の漣連夜が教壇に立ち、黒板を思いっきり叩く。  ガヤガヤと騒いでいた教室中が一気に静まり返る。皆が注目したことを確認し、連夜が話し出した。

連夜「良いか、言うまでもないと思うが今日は球技大会だ」


 連夜の言葉にクラス全員がしっかりと頷く。ハッキリ言ってそれがどうしたと言う感じだが桜花学園にとっては大きな意味を成していた。  球技大会で盛り上がるのは本来、スポーツ好きな男子だけだがそうも言ってられない。  ついでに言えば、数少ない男子が年間で女子に頼られる唯一の時間でもある。

京香「去年は惜しくも3位。今年はいけるはずだよ!」

連夜「その通り。お前ら、マジでいけよ!」

クラス全員「おぉ――ッ!!!」


 なぜここまで盛り上がるのか……それは後で記述するとして、お隣A組に視点を移してみよう。


慎吾「さてと、なんかお隣が盛り上がっているようだが……」


 こちらもクラス委員長の綾瀬慎吾が教壇に立っていた。桜花はクラスで成績が良かったものが委員長になる言わば決まりがあった。  連夜は普段のテストは平均点だが入学式や新入試験でずば抜けていたため半ば無理やり委員長にさせられたのだが……  慎吾は普段から高得点のため順当に1年から務めている。

慎吾「今日から2日間、本気で頑張れよ。負けられねぇぞ!」

シュウ「ガッテンだい!」

星音「うん、頑張ろう!」


 この異様な雰囲気に一人、昨年を知らない男が戸惑っていた。

透「な、なんやねん……球技大会で全クラスが盛り上がっとるやん」

佐々木「驚いたもんだろ」

透「確かに球技大会は盛り上がるもんやが……どういうことやねん」

真崎「俺らも当然去年知ったわけだが、球技大会で優勝したクラスには特権があるわけさ」

透「特権やて?」

松倉「あるクラスは3月の進級試験が免除されたり、夏休みが2週間近く増えたりとかな」

透「嘘やん……」

真崎「どういうわけか分からないが、球技大会とか学校行事にはやたら力をいれてるわけなんだよ」

透「ち、ちなみに去年はなんやったん?」

佐々木「去年は卒業生、すなわち3年だった。進級試験免除は意味がなくなったため、内申が良くなったって噂だな」


慎吾「今年から1〜3年全てのクラスに男子がいるわけで、ルールも変わった。目ぇ通しておけよ」

シュウ「了解っす」


透「あの綾瀬もやる気やん」

真崎「人間だからな。特権には弱いんだ」

佐々木「しかも内容が内容だしな」


慎吾「良し、死力を尽くして勝ちに行くぞ!」

クラス全員「おぉ――ッ!!!」

透「……野球部でもその牽引力だせや……」





 そして全クラスが体育館に集合。開会式が行われる。

教頭「今年も今日と言う日がやってきた。今日・明日の二日間、特権目指して頑張って欲しい」


 昨年、1年ながら3位になった連夜率いる2−B。今年は優勝候補に挙げられていた。  球技大会とは別に順位当ても生徒会の方では行われていた。こちらは先生非公認。実際金を賭けているわけでもないので黙認しているらしいが。

連夜「昨年勝った卓球とバドはまぁもらうとして、後2つは勝たないと上にいけないよな」

司「そうだな。なんか勝てそうなのあるか?」

連夜「サッカーやバスケは上(3年)が厄介なんだよな」

久遠「特にバスケはIH出てるし、サッカーも昨年はいい線いったみたいだしな」

京香「でもそんなこと言ってたら勝てないじゃん」

連夜「あぁ」

京香「あぁって……」

姿「具体的になんかあんのか?」

連夜「男子は昨年同様、卓球とバドを取る。だから女子も2つは勝ってくれ」

京香「呆れた……」

姿「人任せかよ」

司「(そもそも、それで行くと連夜自身は何にもしてないしな)」


慎吾「よっ。優勝候補」


 そうこう作戦会議(?)をしているとA組が近づいてきた。

連夜「おっ、球技大会伝統に見事かかった男」

慎吾「蹴るぞ」

連夜「事実だろ」

慎吾「認めてねぇよ!」

透「何、伝統って?」

瑞奈「それはですねぇ。毎年球技大会では絶対と言っていいほどカップルが生まれるんです」

透「ほぉ、そうなんや」

松倉「残念ながら伝統にしたいがために伝統と言ってるだけだがな」

透「ん? どゆことや?」

佐々木「一昨年からだからな、共学になったの」

透「なんや、2年ぽっちかい」

瑞奈「でも5年前から続いているんですよ?」

透「5年やて? 後の3年はどうしたんや?」

瑞奈「生徒と先生ですよ。もちろん」

透「3年もかい……いいんか、それ」

瑞奈「恋愛に先生も生徒もないんです!」

慎吾「あんたも、突発的に現れて変なこと力説してるんじゃない」

真崎「んで、2年前は高橋先輩と当時3年だった先輩なんだよな」

透「ほほぉ、やるやないか、高橋はん」

瑞奈「そして去年は私と綾瀬さんです!」

慎吾「違うっちゅーねん」

瑞奈「照れてるんですね」

慎吾「どうすればそーなる……」


透「でもどうして綾瀬は認めないんや? カワイイやん、朝森先輩」

真崎「実はな、綾瀬はシスコンなんだ」

透「なんやて!?」

真崎「姉貴が大好きで大好きでたまらないらしいんだ」

姿「………………」


慎吾「ま〜さ〜き〜」

真崎「冗談やで、倉科」

透「なんや、冗談かい」


 いつもの雑談を行っている中、連夜は神妙な顔つきで瑞奈を見ていた。
 その刹那だった。


連夜「イデデデデッ!!!」


 連夜の悲鳴にその場にいた全員が注目した。  すると連夜はなぜか星音に耳を引っ張られていた。

慎吾「なんだ痴話喧嘩か」


星音「もう、レンくん最低ッ!」

連夜「俺が何したよ!」

星音「朝森先輩のこと見つめてたじゃん!」

京香「こら、漣くん! また星音を!」

連夜「誤解だ誤解。俺はそんな軽薄じゃない!」

星音「どうかなー。レンくん、上からも下からも人気だし」

京香「色々遊んでるって噂も聞くし」

連夜「こらこら、噂だろ。な、姿。俺はそんなんじゃないよな」

姿「なぜ俺に振る?」

連夜「この中じゃお前が一番まともだ」

京香「でも漣くんって怪しいと思わせる行動は多いと思わない?」

姿「……まぁ、そうだね」

連夜「裏切り者!!!」


慎吾「ほぉ、姿がねぇ」

真崎「姿も男だったか」

姿「やかましい」

慎吾「でも、『そうだね』じゃねーよ。くくっ」

姿「………………」

慎吾「悪かった」


瑞奈「で、漣くんは私に何か?」

連夜「あ、いや……」

瑞奈「そぉ? 二人きりじゃなきゃダメなのかな〜?」

連夜「ち、違ッ」

京香「漣く〜ん?」

連夜「マジで勘弁……」

星音「………………」


 星音は連夜が瑞奈を気にしている理由は分かってはいたが、あえて今のように振舞った。  ……と言うのはこじつけで本気で怒ってはいたのだが……

真崎「さて、体操っぽいぞ」


 終わりの見えない雑談が続くため、ここでフェードアウト。  体育館全体に準備体操のための音楽が流れ始めた。

司「なんでラジオ体操?」

連夜「作者の球技大会がそうだったから」

司「楽屋ネタかよ」


 それはさて置き、準備体操も終えいよいよ本番に突入!  今年の特権を手に入れるクラスは一体……!?



−1日目−

バドミントン午前・体育館
テニス午前〜午後・テニスコート
サッカー午前〜午後・グラウンド
バレー午後・体育館





−2日目−

ドッジボール午前・体育館
卓球午前〜午後・各技場
ソフトボール午前〜午後・グラウンド
バスケットボール午前〜午後・体育館





−閉会式−


 最後の競技であるバスケが終わり、盛り上がった余韻が残りつつ球技大会は閉会式を残すのみとなった。  しかし、ここでもう一つ事件が起ころうとしていた。


連夜「あーなんか今年は疲れたな……」

京香「もう、バスケ惜しかったね」

連夜「あぁ、もう少しだったがやっぱやってる人は上手いな」

京香「バスケに勝ってれば余裕で優勝だったんだけどな〜」

連夜「悪かったな」

久遠「今年の優勝は?」

京香「優勝数とか数えてみたんだけど、うちと2−Aが並んでるのよね」

慎吾「どうするんだろうな」

連夜「じゃあ昨年の順位が高いほうということでウチでいいだろ」

慎吾「いいわけねーだろ」


 閉会式で各競技で優勝したクラス名が呼ばれていき、今、連夜たちが話している順位が発表された。  やはり2−Aと2−Bは同率だったため、教頭が生徒会からマイクを借り、どうするのか話しだした。


教頭「えー今回、例年以上の接戦になり2−Aと2−Bが同率という結果になった。 どうしようか協議した結果、ここで私から一問、問題を出そうと思う。それを解いた方が優勝とする」


連夜「な、何ィィッ!?」

久遠「球技関係ねーじゃん!」


教頭「問題は数学だ。今から紙とペンを渡す。代表者は取りに来なさい」


シュウ「綾瀬、後は頼んだぞ」

真崎「俺らはここまでのようだ」

慎吾「へいへい」

瑞奈「頑張って下さいよ!」

慎吾「あんた、会長だろ。問題知ってるんだよな?」

瑞奈「もちろんですよ?」

慎吾「じゃあ答え教えてくれ」

瑞奈「むー……それは出来ませんね」

連夜「おいこら、恋人の立場を使ってインチキするな」

慎吾「いい加減にしろよ」

瑞奈「答えは無理ですけど、ヒントなら」

慎吾「ん?」

瑞奈「これは数式を解くと言うよりなぞなぞに近いです。問題を良く聞きその式を知っていれば解けますよ」

慎吾「…………?」


 それぞれ紙とペンを受け取り、連夜と慎吾をそれぞれのクラスメートが囲むように陣取る。  準備が取れたのを確認し、教頭がマイクを取った。


教頭「では問題だ。3以上の自然数の時、Xn+Yn=Znを満たすX、Y、Zの答えを出しなさい。 制限時間は30分。参考書とかが必要なら用意しているから取りに来なさい」


 教頭が言った問題をペンを持つ連夜と慎吾が紙に書いていく。  言い終えたのと同時にA組の真崎とシュウが発狂した。


シュウ「ぐわぁぁぁ、頭痛ぇ……」

真崎「何で球技大会に勉強なんだよ……」

慎吾「これは……」


連夜「3以上の自然数のとき……これ、結構楽じゃね?」

久遠「よ〜し、頑張れ漣!」

連夜「おい……」


慎吾「漣、無理だ」

連夜「あ?」


 それぞれ囲んでいるとは言え、近くいるためお互いの声は十分に届いた。  慎吾の否定にB組全員が慎吾のほうを見た。


連夜「おい、どういうことだ?」

慎吾「この数式を解くのは無理なんだ」

連夜「だから何でよ?」

姿「この数式、そんなに難しそうには……」

慎吾「これはフェルマーの最終定理って言ってな。多くの数学者たちが挑んで証明出来なかった代物だ」

連夜「ふ〜ん……で、今は解けてるのか?」

慎吾「あぁ。天才数学者によってな。だが今、30分でしかもこの紙一枚で証明できないんだよ」

透「くっ、汚いやん! どういうことや!?」


 透の一言から教頭への抗議が相次いだが、連夜だけ口元に手を当て真剣に考えていた。


連夜「なぁ、綾瀬。そのフェルマーの最終定理って証明出来なかったんだろ? どういう定理だったんだ?」

慎吾「さっき言った通り、3以上の自然数の時、Xn+Yn=Znを満たすX、Y、Zは存在しない。 簡単そうに見える故に、多くの数学者が挫折したってやつだ」

連夜「……なーるほど。朝森先輩の言ったとおりだな」

慎吾「ん?」

連夜「OK、静まれ我がクラスメートよ」

久遠「あ?」

姿「っつーか酷い口調だな」


 輪から抜けステージ前に向かう連夜。そしてステージ上にいる教頭を見上げた。


教頭「どうしたのかね?」

連夜「分かったんでね、答えを」


慎吾「は?」

久遠「何ィッ!?」


 連夜の一言でまたざわついてきた。連夜は笑みを浮かべ、教頭を指差した。


教頭「それで答えは?」

連夜「なしだ」


 連夜の一言でまた静まり返った……と言うより何を言っているんだ、といった感じだ。


連夜「いや、なしって違うのか。存在しないだっけか、綾瀬」

慎吾「は?」

連夜「綾瀬が言った数式通りなら、証明っつーのはまず出来ないだろう。 だけどな、定理の答えは分かってるんだろ? 難問とされていたのは証明だって話じゃねーか」

慎吾「……なるほどな」

連夜「つまりその解は存在しない。どうだ? 教頭さんよ」


 答えを聞いた教頭は両手を叩き、声を上げた。


教頭「正解だよ、漣くん。よって優勝は2−B!」


 その言葉に2−B全員、連夜に襲い掛かった。問答無用に潰された連夜は多くの者の下敷きとなりあっという間に見えなくなった。


シュウ「マテェ! 綾瀬がいなかったらダメだったんだろ!?」

真崎「そうだそうだ! 特権の半分をよこせ!」

姿「それじゃあ、わざわざ問題解いて優勝決める必要なかったろ?」

シュウ&真崎「………………」

姿「しかし綾瀬も綾瀬だ、なんであんなの知ってるんだ?」

慎吾「昔、義理の兄に問題出されたんだよ。それで一ヶ月考えてな」

姿「解いたのか!?」

慎吾「なわけねーだろ。参考書とか買っても解けねーからおかしいなと調べたんだ。 その時のことが忘れられないだけだよ」

姿「そ、そうか……」


 特権は昨年、3年が勝った為、適用されなかったこともあり進級試験免除になった。  もちろん2−Bの生徒は泣いて喜んだが、この特権が最も必要だったのは2−Aだろう。


シュウ「漣ぃ〜。同じ野球部を助けると思って……」

連夜「断る。ここで怠けると自分のためにならんぞ」

シュウ「鬼ぃ!」

慎吾「ま、俺がまた教えてやるから」

シュウ「綾瀬ぇ〜」

真崎「頼むぞ〜」

慎吾「引っ付くな、暑苦しい」


 まだまだ先の話だが、ちょっと勉強が出来ないものは今から不安らしい。  なんやかんやで長かった球技大会も終わりを告げようと……


瑞奈「そういえば球技大会の伝統、今年はなったんですかね? なってなきゃ無理やり作らなきゃいけませんよ」

慎吾「さらりと恐ろしいこと言うなよ」

連夜「出番だ、橘!」


パッシーンッ!


 間髪いれずに京香の平手が連夜の右頬をヒットする。クリティカルダメージを受け、連夜は沈んだ。


久遠「(お、恐ろしい……)」


瑞奈「京香ちゃん、好きな人いるならアタックですよ!」

京香「え、い、いないですよ!」

瑞奈「むー……伝統が途切れちゃいますよ」

慎吾「まぁそんな伝統続かんでもいいが、問題ないみたいだぜ」

瑞奈「えっ? どういうことですか、綾瀬さん?」

慎吾「ほれ」


 慎吾が親指で指した先にはいい雰囲気で話している真崎のひなの姿があった。  これに驚愕したのは野球部を始めとした、真崎を知るものたちだった。


姿「マジかよ……」

慎吾「ま、生きているうち一度あるかないかだ。いいんじゃね?」

瑞奈「これで伝統も続き、無事球技大会を終えれそうですね」

慎吾「………………」


 瑞奈のジュースで再起不能者多数、目の前で連夜が倒れていてどう無事か慎吾には理解出来なかったが……  春のブレイクを終え、季節は夏へ。  桜花学院、野球部の試練の夏が始まろうとしていた……



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