Twentieth Fourth Melody―終末へ向かう時計は動き出した―


 桜花野球部はGWから夏の大会に向け、練習試合を多く取り入れていた。  実力は並の高校をはるかに凌駕する力をつけながらも素人やブランクがある選手が多く、実戦不足は目に見えていた。  そのため慎吾と木村は高校をまわり、練習試合を出来る限り申し込んでいた。  どんなに練習で動けても、いざ試合で練習通り動けるわけもなく、また練習通りのことのみが起こるわけでもない。


松倉「シッ!」


ズッバーン!


 しかも新たな武器を会得中の松倉、復帰した国定、薪瀬のスタミナ不足に大友も今、新たな投球に試行錯誤と  メンバーは増えても相変わらず不安の残る投手陣を夏までに仕上なきゃいけないという問題もあった。  しかし……


カッキーンッ!

上戸「おーしっ!」


シュタタタタッ


シュウ「うっし!」


キィーンッ


連夜「どーでい」


 打線を変えて、繋がりが良くなった打撃陣が練習試合でも引っ張っていた。  本番はどうなるか分からないと言えど、桜花は確実に力をつけていた。  選手たちも自信を持ち始めた、夏本番直前。事件は起こるのだった。


慎吾「今日は埼玉の埼玉遊楽と練習試合だ。州境の時と違って今度はこっちからいくぞ」

連夜「あー綾瀬、悪いけど俺、今日出なくていいかな?」

慎吾「ん? どうした?」

連夜「埼玉行くならちょっと別行動とりたいんだけど……」

佐々木「そんな堂々とサボり宣言されてもな……」

慎吾「…………まぁ良いだろう。用事済んだら来てくれるか?」

連夜「悪いな」


 それだけ伝えると自分の荷物を持って、先にバスに乗り込んだ。


姿「良いのか?」

慎吾「まぁなんかワケありなんじゃね? 良いだろ、たまにはアイツ抜きも」

姿「軽いな……」

慎吾「去年の秋のこともあるし、いい機会だ。大河内さんもフルイニングいけるかのテストにもなるし」

大河内「だな」

慎吾「ついでにタッキーも経験させとかないとな」

滝口「本当に思ってます? これまで全部サードかレフトの出場なんですけど」

大友「自分の能力を知れ。綾瀬先輩の判断にケチをつけるな」


 州境との練習試合の一件以来、大友は綾瀬だけは慕っていた。  そして少しずつだが、聞き入れ投球もストレート一辺倒をやめ、緩急・制球にも重点を置きだした。


慎吾「うちはとにかくベンチ入りもフルにいるわけじゃないから一人でも抜けられると困る そういう意味じゃタッキーのようなユーティリティ選手は助かるよ」

滝口「いや〜分かってるじゃないですか〜」

慎吾「(まぁ守備能力自体は褒められたもんじゃねーけど)」


 たまにサードの守備を見ていて、経験がないながらも守備は抜群の佐々木を守らせたほうがいいかなって思うほどである。  ヘタながら経験者、上手いけど未経験者。やはり経験者を取りたくはなるだろう。


木村「さ、そろそろ出すぞ。昼に間に合わん」


 木村の一言で選手はバスに乗り込み、一路埼玉へ。



・・・・*



 埼玉遊楽館高校のグラウンドでやるため、バスは高校の駐車場へ。  そして二人の野球部が待っていた。


龍「よー、レン。ひっさびさ」

連夜「龍か。ってことは今日、遊楽とか」

龍「どことだと思ってきたんだよ!」

連夜「悪いな。今日は俺、出ないから」

龍「何ィッ!?」

日夜「どういうことだ?」

連夜「おー日夜。お前も遊楽だっけか?」

日夜「あぁ。昨年は俺が出れなかったから今日は楽しみにしてたんだが」

連夜「そういやいなかったな。どうしたん?」

日夜「うち馳倉や戸津川先輩とか内野が固いからな。ベンチ入りがやっとだったんだよ」

連夜「でも2年に上がってしたのか。凄い進歩じゃん」

日夜「リエンが……さ」

連夜「あ、そっか。学校とかにはなんて?」

日夜「亡くなったことだけな」

慎吾「君が御柳くんか?」


 連夜が話しているところに、リエンという名前が聞こえてきて慎吾が横槍を入れた。


日夜「そうだけど……?」

慎吾「綾瀬慎吾だ。リエン・クロフォードの一件は俺の責任だ。すまなかったな」

日夜「………………」

慎吾「あいつに兄弟がいると思ってなかったから」


 後日、連夜からそのことを聞いた慎吾は少なからず罪悪感を持っていた。  直接手にかけたわけではないが、この一件は自分と義兄との戦いが招いたこと。  そして慎吾自身、リエンを駒としか見ていなかったこともあり、残された人のことを考えてはいなかった。


日夜「綾瀬くんだっけ。俺はリエンに関しては本当に限られたことしか知らないが 君がやったわけじゃないだろ? それに関しては謝られることはない」

慎吾「………………」

日夜「俺はあいつがただ死ぬ男じゃないと思ってる。多分、理由があったんだ。 そこにあいつが救われることができる何かがあったのなら、俺は責めはしないさ」


 日夜の言葉に少なからず慎吾は救われていた。  そして改めて綾瀬大地が行っている行動が非人道的であり、意図が見えない。  慎吾が野球を始めたのは姿のこともあるが、何もしてないと考えすぎてしまうから、ということもあった。  少なくても綾瀬大地の行動に関して不信感を抱いてはいるのだが。


連夜「さて、話は済んだかな。俺は行くぜ」

日夜「用事って鈴夜さんか?」

連夜「そ。ここらで知ってること吐かせないとさ」

日夜「……何か分かったら教えてくれ」

連夜「あぁ。って言いたいがあんまりお前のこと巻き込みたくねーんだ。大目にみろや」


ダッ


 そう捨て台詞をいい、颯爽と学校を後にした。野球道具はバスの中において……


日夜「大丈夫か、あいつ。昔から自分だけで解決しようとする傾向があるからな」

慎吾「具体的に何調べようとしてるんだ?」

日夜「自分の弟を救うべく、過去に起きた事件を追ってるらしい。詳しくは俺も知らないがな」

慎吾「………………」


ポンッ


慎吾「ん?」

真崎「良いから、試合やろうぜ」

慎吾「……そうだな」


 グラウンドでアップをし、いざ試合開始。  夏に向けて、最終調整段階……そんな桜花に悪夢が待っていた。



・・・・*



 一方、別行動をとった連夜は自宅に来ていた。


ピンポーンッ


 中から低い声が聞こえてきた。  どうやら光はいないらしい。いると絶対に自分では出てこないから。


ガチャ


鈴夜「はい?」

連夜「こんにちは。蒼界新聞取りませんか?」

鈴夜「…………何してんのお前」

連夜「テメェの自宅に帰ってきて何が悪い」

鈴夜「いや、時期があるだろ。こんな中途半端な時期に……」

連夜「まぁ俺も来たくて来たわけじゃないしな。話があるから上がらせてくれ」

鈴夜「あ、あぁ」


 家に入ってみると予想通り光は不在で、部活に行っているらしい。  テーブルの上にはカップラーメンの残骸が2つほどあり、朝・昼とそれで済ませたようだ。


連夜「体壊すぞ」

鈴夜「そういうお前はどうなんだ?」

連夜「………………」


 小さい頃から母親不在の漣家、料理は当番制だったがほとんど光と白夜が作っていたようなものだった。  本人は否定しているが鈴夜の血を色濃く継いだのはやはり連夜だと下2人は核心を持っていた。
 冷蔵庫に入っているお茶を取り出し、飲んでから連夜が一息入れ本題に入った。



連夜「なぁ親父。いい加減、俺に話してくれないか?」

鈴夜「何をだ?」

連夜「15年前、あった事件。そして漣の血って何か」


 明らかに鈴夜は反応を見せた。一つの単語に対して。もちろん連夜はそれを見逃さなかった。


鈴夜「桜花に入る時言ったはずだ。俺は教えないと」

連夜「あんたが何を隠したいかは知らないが、ビャクが今もなお苦しんでいる。 あんた期待の次男坊がこのまま潰れたらどうするんだ?」

鈴夜「親に向かってあんたって言うな」

連夜「もう一度聞く。漣の血って何だ?」

鈴夜「お前は何も知らなくていい。お前には関係ないことだ」


 鈴夜は一向に態度を変えなかった。しかしせっかく来たのだ、連夜もただ帰るわけにはいかない。  攻撃の手は緩めなかった。


連夜「漣朔夜って……」

鈴夜「――ッ!」


 これも分かりやすく動揺した。鈴夜からしてみれば連夜がここまで本気で調べてるとは思わなかったからだ。  そして諦めたように一息ついた。


鈴夜「そうか、朔夜の存在を知ったか」

連夜「漣朔夜って親父の双子の弟って聞いたが」

鈴夜「そうだ。昔、不幸な事故があって亡くなった」

連夜「不幸な事故? 朝里が関係してるんだろ」

鈴夜「……お前、どこまで……」

連夜「朝里の一人娘、朝里優美と結婚したのが漣朔夜って聞いた。 そして朔夜は一人娘に手を出したために朝里によって消された。これが事件の真相だろ?」


 一夜から聞いた情報を自分なりに考え仮説を立ててみた。  普通に考えればこれが妥当だ。
 しかし鈴夜はフッと笑みをこぼした。



鈴夜「まだまだ情報が足りないみたいだな」

連夜「……何?」

鈴夜「朔夜と優美が結婚したのは朝里グループ公認だ」

連夜「――!」

鈴夜「お前には分からない。いや、分からなくていい問題だ」

連夜「それは暗に俺に諦めろって言ってんのか?」

鈴夜「そうだ。無理に関わる必要もない」

連夜「ふざけんなっ! ビャクはどうなんだよ!」

鈴夜「白夜のことは気にするな。大丈夫だから」

連夜「何を根拠に……!」

鈴夜「お前には漣の血に関しては知って欲しくないんだ。これ以上、関わらないでくれ」

連夜「………………」


 ここで連夜は一つの仮説を立ててみた。  仮に漣の血と言うのを「漣家全員に該当するわけではない」として、漣朔夜が何かしら人と違ったことが出来るとする。  そう、それこそが漣の血としてみる。だから漣朔夜は朝里と関わり殺された。
 連夜は似たような人とは違う特別な力を持つ人を知っており、また朝里と関わったことを昔聞いていた。  つまり有り得ない話ではない。非現実的ではあるが。
 そして綾瀬大地と会って一言目、「漣の血を受け継ぐもの」という言葉。  上記の仮説が正しいのであれば、連夜自身、朔夜と同じ……もしくは似たような力を持っていることになる。  それを利用するために綾瀬大地という男が連夜に協力を求めているのであれば……可能性としてはある話になる。



連夜「つまり、俺はその漣の血というのを継いでいるわけだ」

鈴夜「………………」


 鈴夜は肯定しなかった……しかし否定もしなかった。  連夜は一つの可能性を得た。漣の血が何なのか、どういう力を自分が持っているかは分からないが自分がその血を受け継いでいる、その可能性を。  だから鈴夜は必死に隠そうとした。そう考えれば合点がいく。  合点は行くがそこまでして隠す理由になるのか?  その1点が分からない。やはり根本的に漣の血が何なのか知る必要があるみたいだ。


連夜「(後、情報得られそうなのは……)」


 自分の中で考えをまとめ、一つ道を作ってみた。  そしてこれ以上は情報得られそうにないなと思った連夜は立ち上がった。


連夜「時間取らせたな。そろそろ行くわ」

鈴夜「連夜。一つ言っておく」

連夜「ん?」

鈴夜「本気で追うと言うのなら……朔夜と同じ道だけは歩むな」

連夜「……忠告するなら教えてくれよ」

鈴夜「……すまん」

連夜「いいよ。俺は漣鈴夜の息子だ。長兄として何とかしてみせるよ」


 連夜は冷蔵庫に入っていたペットボトルのお茶を持って家を後にした。


鈴夜「長兄としてか……気づかないうちに大人になったのか……」


 引き出しをあけ、写真を見つめそう呟いた。  写真には若かりし頃の鈴夜と綺麗なロングヘアーの女性、そして3人の小さな子供たちが写っていた。



・・・・*



 桜花対埼玉遊楽の試合は中盤6回に差し掛かっていた。


カキーンッ


松倉「チィッ」


 この回、突如制球を乱し、馳倉、御柳、矢吹の連続ヒットで2点を失う。


芦屋「さぁこい」

松倉「(おかしい、肩が……)」


 松倉の異変はベンチにも伝わっていた。


慎吾「どうしたんだ、松倉のやつ。バテるにはまだ早いけど……」

国定「用意しとくか?」

慎吾「お願いします」


 続投させるか悩んだが、ピッチャーはまだ用意していない。  何とか芦屋相手にだけは投げて欲しかった。しかし……


ピキッ


松倉「ぐわぁぁっ……!」


 ボールを投げた瞬間、肘を抑え膝から崩れる。


慎吾「松倉!?」


 ベンチから慎吾が飛び出し、内野陣も急いでマウンドに集まる。


高橋「どうした!?」

松倉「ッ……」

慎吾「肘か……木村、車用意してくれ。病院行くぞ!」

木村「お、おう!」

慎吾「森岡、国定先輩が作るまで頼む」

シュウ「お任せあれ!」


 木村と慎吾は松倉を連れ病院へ向かった。  そして入れ違いで連夜が現れた。


連夜「あれ、どったの?」

佐々木「松倉が肘を痛めて……」

連夜「マジか……投げ込みすぎだとは思ったんだけどな」


 対角線投法を取得するために、連日投げ込んでいた松倉。肘に疲労が溜まっていてもおかしくはなかった。  ここに来て桜花はエースを失ったことになる。


馳倉「どうします?」

連夜「続けるよ。大河内さん、代わってください」

大河内「あぁ」


 ここでバッテリー交代。ピッチャーにシュウ、キャッチャーに連夜が入り、大河内はベンチから指示を出す慎吾の代わりとなった。  後続を抑え、相手投手の乾と国定の投げ合いとなる。  桜花は序盤に先制するも松倉が突如崩れた5回・6回に逆転をくらい2−4で敗れた。


松倉「………………」

医師「疲労からだな。夏の大会は登板許可は出せない」

木村「そうですか……」

医師「投げなきゃ試合には出て良いけどね。痛みがある場合、控えるように」

木村「分かりました」


 病院から帰って来た頃には試合も終わっており、お互いキャッチボールなどをしていた。


慎吾「どうだった?」

姿「負けたよ。4対2でな」

慎吾「そっか……」

連夜「松倉は?」

慎吾「先に電車で帰ってるって。夏の大会、登板するなと」

真崎「松倉抜きでどうやって勝ち進むんだよ!」


 慎吾の報告に真崎は声を荒げた。真崎の想いも当然だ。  ここまで桜花を支えてきたのは間違いなく松倉。  いくら国定が復活しようと松倉の離脱は戦力以上に周りに精神的マイナスとなっている。


姿「今、一番悔しいのは松倉だろ」

真崎「……そうだよな……悪い、綾瀬」

慎吾「別にいいよ。お前の気持ちも分かる。かなり厳しくはなるだろうな」

佐々木「複雑だよな。せっかく武器を手に入れようとして、そのせいでケガなんて……」

慎吾「俺の責任だな。あいつのこと制御しきれなかった」

木村「……選手のケアは俺の責任だ」

連夜「責任とかこの際無意味だろ。現実を受け止めようぜ」


 連夜が言ったことは最もだった。言い方はともかく。  皆、少なからず興奮していたのを連夜の言葉で少し落ち着きを取り戻したようだ。


慎吾「それより漣は用事はすんだのか?」

連夜「あぁ。おかげさんでな」


 近づいてくる日夜が目に入り慎吾と距離をとって日夜と話す。


日夜「連夜、どうだったんだ?」

連夜「まぁそれなりだな」

日夜「喋ってくれたのか?」

連夜「全部じゃないけど前進はしたよ」

日夜「そうか……」

連夜「中々面白い展開になってきたぜ。くっくっく」


 連夜の含み笑いに日夜はゾッとした。正確には連夜の青白く光る左腕を見てだ。  一瞬だが確かに日夜は見た。見間違いと言ってしまえばそれまでだが。  しかしそれを見たのは日夜だけではなかった。


大地「覚醒の時は近づいてるようだね」


 色々な想いが交差し、季節は夏に向かう。  松倉を欠くことになった桜花は勝ち進めるのか?  そして連夜が受け継いでいるという漣の血の本性とは……?

 長く辛い夏がすぐそこまで迫ってきている。




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