Twentieth Sixth Melody―たった一つの答えを求めて―


 同リーグで最も強敵と思われた大岬に勝った桜花学院は順調に勝利を重ねて……


カキーンッ!


大友「なっ!?」


 いくことが出来ないでいた。準決勝、先発の大友が4回6失点でKO。


大友「すいません……」

慎吾「打たれたのは仕方ないさ。後は味方が追いつくのを信じよう」

大友「ッス」


 2番手の司が後続を抑え、味方の反撃を待つ。  すると、待ちに待った7回、この回は8番の山里からの打順。


慎吾「真崎、行くぞ」

真崎「おっしゃ、待ちくたびれたぜ」


キィーンッ!


 ようやく夏初打席となった真崎のツーベースを皮切りに姿、シュウ、佐々木と連続ヒットで繋ぎ、トドメは……


クァキィーンッ!


高橋「よしっ!」


 グッと力強く握った拳を天に突き上げる。  今大会、当たりに当たっている3番高橋の今大会3本目のホームランで逆転。  そのリードを国定が守りきり、見事初の決勝進出を果たした。


前田「お見事」

連夜「おっ、前田か」


 準決勝第2試合の一宮高校の選手が桜花学院側のベンチに入ってきた。


姿「気をつけろよ。林藤って男、実力が……」

前田「あぁ、分かってる。鈴村たちが負けたんだ」

殿羽「油断しねーZe」

姿「そ、そうか……」

佐々木「角谷先輩、田仲先輩、頑張ってくださいね」

角谷「あぁ。決勝で会おう」

田仲「ワンマンチームがそう簡単に勝ちあがれるわけねーってことを教えてやるよ」

連夜「さすが田仲さん! 後輩にかっこ悪いところ見せないで下さいよ」

田仲「漣か。言うてもお前と一緒に野球はやってないんだが」

連夜「同じ中学出身じゃないですか。話したこともあるし」

角谷「言い方が説明っつーか、棒読みと言うか」

連夜「とにかく頑張ってください!」

前田「(試合前、こんなに緊張感なくて大丈夫なんか?)」



・・・・*



ひな「真崎先輩!」

真崎「ひなちゃん!」


だきっ!


 球場出たところでいきなり抱き合うバカップル。


姿「綾瀬、俺、眼科いってきていいかな?」

慎吾「なんだったら脳外科の方がいいかもな。俺も暑さでちょっと」

佐々木「お前ら、いつまでそれ続ける気だよ」


 球技大会以来、同じようなことが起こるたび、姿と慎吾はこのような会話を繰り返している。  真崎をよく知る2人は未だにこのような出来事が信じられないようだ。


木村「それじゃ、偵察部隊以外は学校に戻るぞ」

ひな「いきましょう、真崎先輩」

真崎「おう!」

慎吾「お前は俺と一緒に偵察部隊」

真崎「えぇ――ッ!?」

慎吾「試合出てないんだから体力余ってるだろ」

真崎「余ってるから帰って練習させてよ」

慎吾「帰っても疲れるほど練習しない。こっちの方が体力いる」

真崎「そんな……」


 慎吾に引きずられ、真崎は再度球場内へ姿を消した。


ひな「あ〜あ……固いんだから、綾瀬先輩は」

連夜「で、駒崎はどうすんの?」

ひな「ん〜……あっ、漣先輩にちょっとお願いしたいことがあるんで、ちょっとお時間いいですか?」

司「――!」

連夜「ん、別にいいけど」

ひな「ありがとうございます」

司「………………」

木村「じゃ、歩いてこいよ」

連夜「なんで!?」


 冗談だと思っていたが連夜とひなを置いて、選手を乗せたバスは走り出した。


連夜「本当にいきやがった」

ひな「………………」

連夜「で、お願いって?」


 ふと穏やかな空気が一瞬で変わった。


ひな「漣の血をお預けください」

連夜「――!」



・・・・*



 決勝に向けての偵察部隊として慎吾、真崎、姿の三人が準決勝第2試合、浦庄高校対一宮高校の対決を見ていた。  試合は6回まで終わり、1対1の同点。  浦庄は2回に田仲から迅がソロホームラン。  一方、一宮は4回にセーフティで出塁した殿羽が盗塁とバントで3塁に進み、新3番霜月が犠牲フライを放ち同点に。


姿「綾瀬、どうみる?」

真崎「………………」

慎吾「浦庄は聞いてた通り完全にワンマンだな。総合力じゃ完全に一宮だ」

真崎「………………」

姿「だが国立玉山も総合力じゃ余裕で勝ってただろ」

真崎「………………」

慎吾「まぁ……そうだけど……」

真崎「………………」

姿「とにかくあの林藤を田仲さんや前田が抑えれれば、か」

真崎「………………」

慎吾「だな。ピッチャーとしての林藤はストレートは速いがコントロールはないし、変化球も投げていないようだし」

真崎「………………」

姿「さっきからうるせーよ!」

真崎「いや、一言も発してないけど……」

姿「目障りなんだよ! 真ん中に座ってメソメソしやがって」

慎吾「お前ね、毎日毎日いちゃついてるんだから、良いだろ」

真崎「………………」

慎吾「ったく仕方ねーな」

真崎「!!!」

慎吾「いや、帰っていいなんて言わねーし」

真崎「………………」

姿「………………」


 観客席で真崎が泣いている頃、グラウンドでは7回の表。  浦庄は3番からの好打順。


田仲「それじゃ、後は頼む」

前田「はい」

霜月「あいつさえ抑えてしまえば……」

前田「分かってるよ」


 一宮も迅対策でピッチャーを田仲から前田に代える。  代わった前田は3番を独特のストレートで三振に抑える。


慎吾「前田め、球威上げたな」

姿「薪瀬どどっちが上かな?」

慎吾「スピードは薪瀬だが、精度は前田だな。左だし、厄介だな。特に誰かさんは」

姿「悪かったな。左も速い球も苦手で」


 ここで打席に立つのは田仲から2安打の刺客・林藤迅。


迅「へぇ〜、良い球持ってるね」

前田「………………」

迅「でもストレートだけじゃ俺は抑えられねーよ」

前田「そうか……ストレートだけじゃ、ね」

迅「…………?」


ピッ


迅「ムンッ!」


ピキィーンッ!


殿羽「No!!!」


 ライト殿羽が叫ぶも打球はポールより外にそれ、大飛球はファール。  一宮ベンチ・スタンドからは大きなため息がもれた。


迅「まぁスピード自体は実際遅いわけだし」

前田「(しょうがない。桜花までとっておきたかったが)」


シュッ


迅「あま――!?」


するするする


 左腕から投じられたボールは綺麗な弧を描いてキャッチャーミットに吸い込まれた。


慎吾「ちぇ、チェンジアップ……か?」

姿「前田め、いつの間にあんな球種を……」


 慎吾が言葉を濁したのはチェンジアップと言うにはあまりにも遅すぎた。  前田が独自で編み出した握りやリリースが可能にしているのだろう、そう解釈するしかなかった。


迅「へぇ。面白いね」

前田「(田仲先輩が厳しいコースをついたのにも関わらず運んだんだ。バットに当てさせない方がいい)」


 これで2−0とカウント的には追い込んだ。遊び球もまだ使える状態だが前田は次で決めることしか考えてなかった。  変にストレートやチェンジアップを使って、タイミングをとられたら分が悪い。  焦る必要もないが、ここで決めた方が何倍も楽できるのは確かだ。


姿「お前ならどうする?」

慎吾「バッター心理なら、ストレート待ちだな。前田にしてみれば、遊び球なしで決めたいところだ」

姿「カウントは余裕あるぞ」

慎吾「林藤は確実に一発を狙ってる。ランナーに出ても意味がないしな。 なら無駄にタイミング計られるよりは決めたほうがいい。前田は球種も少ないし」

姿「なるほどな」


 ここで前田はチェンジアップを選んだ。  初見でストレートをファールとはいえ運ばれている以上、選択しがたかった。


前田「せぇい!」


するするする


迅「――ッ!」

前田「(よし、逆をついた!)」


グッ


前田「!?」

迅「ふんっ!」


カァァァンッ!


 気持ちのいい金属音が球場中に響き渡った。


慎吾「………………」

姿「前田……」

慎吾「打者としては特Aクラスだな。まさか持っていくとは思わなかった」

姿「だが、まだ終わりじゃない」

慎吾「当然。後1回殿羽にまわるしな」


 勝ち越された一宮。慎吾たちは逆転の奇跡を信じることしか出来ない。  しかしもし勝ち上がってきて、迅と対決することになったら……  その不安は拭いきれないほど、完璧な一打が二人の脳に鮮明と残っていた。



・・・・*



連夜「駒崎、お前……一体……」


 迅のホームランで球場が沸いている頃、連夜は球場の壁を背に嫌な汗をかいていた。


ひな「私のことなどどうでもいいことです」

連夜「そうはいくか。何でお前がその単語を知っている」

ひな「いえ、明確にはわかっていません。私は復唱しているだけです」

連夜「お前も駒の一つってことか」

ひな「察しがいいですね」

連夜「じゃあ明確に分からんもんをあんたは取りに来たのか?」

ひな「いえ、あなたよりは事情は分かっているつもりです」

連夜「言ってくれるね。じゃあ漣の血ってなんだ?」

ひな「漣家に代々継がれるの悪魔の血統の総称です」

連夜「なんだそりゃ。悪魔とかそんなゲームの中の単語が現実にあるとでも」

ひな「いえ、存在します。だから漣朔夜は絶命し、鈴夜はそれを隠そうとしたのです」

連夜「――!」

ひな「私が聞いたのはあなたの前の代。つまり漣朔夜のみですが、昔からあったと言われています」

連夜「……わからないな。それと俺とどういう関係がある?」

ひな「分からないなら教えてあげるわ。あなたは漣朔夜の血を受け継ぐもの」

連夜「なっ!?」

ひな「悪魔の血は直結が最低条件だと聞いたわ。あなたが継いでいる以上、あなたは漣朔夜の子なのよ」

連夜「そ、そんなわけねーだろ。俺は正真正銘、漣鈴夜の息子だぜ?」

ひな「まぁそれは大した問題じゃないわ。私は漣の血さえ手に入れればいい」

連夜「……チッ。そう言われてもな、俺はどうすればいい?」

ひな「簡単よ。力を放出し、血を出してくれればそれで済む」

連夜「力?」

瑞奈「ふぅ、まだ自覚症状ないの?」

連夜「あんたは!?」


 ひなと対峙しているところに、左手の方向からゆっくりと歩いてきた。  そして連夜の左手を手にとり自身の右手をそっと触れる。


連夜「――な、なんだ!?」


 すると連夜の左腕が青白い光に包まれた。  儚く弱いが、それはしっかりと目に見える光だった。


連夜「い、今のは?」

瑞奈「これが力の証拠」

連夜「……あんたが触れたせいだろ」

瑞奈「時が来れば気づくわ。あなたも薄々は分かっているのでしょうけど」

連夜「………………」

瑞奈「代々、この血を継いだものは左利きで、髪もその力の色に変わるというわ」

連夜「……!」

瑞奈「あなたの髪、地毛なんでしょ?」


 確かに連夜は染めたことはなかった。  自然と髪が薄い青色になっていった。母は分からないが父が黒だけに不思議に思っていたが。


連夜「左利きって関係あるのか?」

ひな「左手には悪魔が宿るといいます」

瑞奈「漣朔夜も左利きだった。映像で見たことあるんじゃない?」

連夜「………………」


 確かに漣朔夜のことを調べたさいに、元プロ野球選手ということで映像を見たことがあり、言われたとおり左利きだった。  だが、連夜からしてみればだからどうした、という感じだ。  利き腕だけで決められたら、世の中、悪魔ばっかりになる。


連夜「それ、本当に信憑性あるのかよ」

瑞奈「あるわよ。漣鈴夜も恐らく知っていたんでしょう」

連夜「は?」

瑞奈「あなた、野球やり始めた時、右投げだったんじゃない?」

連夜「……あぁ、それが?」

瑞奈「それは自分で? それともお父さんに?」


 連夜は察しがついた。そう、鈴夜に野球を教わっていた時、父親は自然と連夜を右投げにしていた。  投げづらく、自分で左投げをしてみたこともあったけど一度怒られて以来止めていた。  そして右投げでは上手くできずに、結局野球を辞めた。  鈴夜は気づいていて、なおかつ連夜に左利きというのを気づかせないためだったのだろうか?


連夜「ちなみに俺が矯正されたまま、だったら?」

瑞奈「それでも気づいた人は私たちのように狙ってきたでしょうね。現にあなたは今まで知らないでいた」

連夜「………………」

瑞奈「力と言うのはいずれ気づくものなの。継いでいるならね」

ひな「すいません、今日のところはこの辺にしときませんか?」


 ひながカットした瞬間、サイレンが聞こえてきた。  どうやら試合が終わったらしい。


瑞奈「そうね。漣くん、大事な物を失わないためにも考えておいてね」

連夜「まて! あんた……朝森先輩なのか!?」

瑞奈「…………いきましょう、駒崎さん」

ひな「はい」


 連夜の質問を無視してその場を立ち去った。  残された連夜の額にはスポーツしていたかのように汗がにじみ出ていた。  暑さのせいだけじゃない。  連夜は未だに薄らと光る左腕を見て、寒気のような恐怖感にような複雑な心境を抱いていた……



・・・・*



 視点をグラウンドに移し、時を少し戻る。  9回の裏、一宮の最後の攻撃は1番殿羽からの好打順。  前田は迅のホームラン以外を完璧に抑え、1点差のまま最終回に来ていた。  十分、追いつくチャンスはある。


慎吾「言うまでもないが殿羽の出塁が絶対条件だな」

真崎「だが殿羽のパワーじゃ内野越せるか?」


 ようやく泣き止んだ真崎も会話に参加していた。  と言うかここまで来たら諦めもついたんだろう。試合も今、いい状況でもあるし。


姿「ミートすりゃ関係ない。何なら粘れば四球だって望めるぜ」

慎吾「だな。驚くほどの変化球があるわけでもないし、粘れば……」

真崎「どんな形でもいいから出塁か」

慎吾「そういうこと」


 観客席にいる3人とベンチの作戦は一致していた。  唯一の1点は殿羽の足を使って取ったもの。  逆に言えば迅のストレートからは綺麗なヒットは望めないっと言っているようなものだ。


前田「殿羽! 頼む、出てくれ」

殿羽「負かせとKe!」


 勝ち越し点を与えてしまった前田は責任を感じていた。  もちろん国立玉山が大敗した相手から1失点というのは立派なのだが。


前田「…………チッ」

霜月「前田、安心しろ。ぜってぇ追いつく」

前田「シモ……」

霜月「国立玉山の真田が最終回に1発打ってる。そこには必ず理由がある」

前田「お前、打てるっていうのか?」

霜月「やってやるよ。ここまで負けてるのはお前のせいじゃない。打てない野手陣のせいだからな」

宮地「格好つけてるところ悪いけど、今年からレギュラーの君が言ってもねぇ」

霜月「うるせぇよ! 真田もそうだし、だったら去年からレギュラーのお前が打ってみろよ!」

宮地「なにぃっ!?」

前田「おいおい、落ち着けって」


 もちろん霜月と宮地は本気でケンカしているわけじゃない。  自分を責めこんでいる前田の意識を逸らすためだ。  上位打線を打つ2人は薄々と気づいている。真田が見破った欠点に……


迅「後3人だ」

殿羽「ふっふっふ〜。これで終わると思うなYo!」

迅「チッ……」


 迅は言わば殿羽のような選手は嫌いだった。  選手タイプと性格、両方含めて。


迅「シィッ!」


ビシュッ


殿羽「てぇぇI!」


ガキッ!


一宮ベンチ「!!?」


 粘れの指示を無視して初球攻撃。  打球はショート真正面。


殿羽「おらららRa!」

遊撃手「わ、わ、わ!」


ビッ


迅「何ッ!?」


 ホームから1塁への塁間タイム、県内トップの殿羽の足に慌ててしまいショートが打球を弾いてしまう。


殿羽「どーDa! 俺の足はYo!」

迅「くっ……」


 何とも言えないラッキーな展開だが、何にせよ一宮の攻撃チャンスが広がった。


宮地「意外と短気のヤツだな」

霜月「まぁ殿羽なら2塁に行くだろう。何なら送って俺でもいいぜ」

宮地「最低限の働きはしてくるよ」


 2番の宮地が左バッターボックスに立った。  まずは殿羽がいつ走るかだ。迅とてみすみす走らせては来ないだろう。  ベンチから出るサインを見つつ、いくつか脳内でシュミレーションをしてみたりする。


宮地「(待てか。やっぱり盗塁待ちか)」

迅「しぃっ!」


サッ


殿羽「おっと、そんな牽制じゃ刺されんZo!」

迅「くそっ! うざってぇ!」

宮地「(1回決めている以上、殿羽は決めるだろうな)」


バッ


宮地「――!」

殿羽「Oh! ないす!」


 諦めたのか林藤はワインドアップモーションから投球する。  もちろん俊足の殿羽は悠々とセーフで無死2塁のチャンスを作る。


迅「最初からこの方がいい」

宮地「(OK……いけるぜ)」

迅「しねや、ボケェッ!」


ビシュッ


宮地「(狙うは……)」


カァァンッ


迅「な、なんだと!?」


 当たりは決して良くないもののストレートを確実にミートし、打球はショートの頭上を襲う。


遊撃手「おらぁ!」

殿羽「わっつ?」


バシッ


 弾道が上がらず、ショートがジャンプ一番ファインプレーを見せる。  打ってからわずかにスタートを切ってしまった殿羽が打球に気づき、急ブレーキをかけ2塁へ戻る。  タイミングはかなり微妙だが……


迅「まて! 投げるな!」

遊撃手「へ?」


 ピッチャーから制止がかかり、送球を止めてしまう。  その間に殿羽は帰塁し、ダブルプレーは逃れた。


霜月「へぇ、粋なことしてくれるね」

迅「気に食わないんだよ。俺のストレートを簡単に打ちやがって」

霜月「………………」


 2番の宮地が打った以上、この霜月も打ってくると判断した迅。  そして迅自体もストレートの欠陥は分かっていた。


迅「なんでランナー残したか、わかるか?」

霜月「さぁ? 少なくてもチャンスで力むバカじゃないけど」

迅「どうだか」


 お互いに実力は分かっていた。  そして自分の実力も。  それは自惚れではなく、客観的に見てだ。  ただ一つ想いが交差するのは、この勝負に勝つのが自分だと思っているだけ。


慎吾「さっきの宮地を見る限り、林藤のストレートの仕組みは理解してるみたいだな」

真崎「どういうこと?」

慎吾「林藤はノビを武器にするため、球威を捨ててるんだ」


 慎吾の見解は、宮地や霜月、そして国立玉山の真田と同じだった。


真崎「…………?」

慎吾「林藤のストレートは一般の投手より回転数が多いんだ」

姿「確かに回転が多いとバットに与える衝撃は軽いとは言うが……」

慎吾「それだけじゃない。あいつのストレートは規則的すぎるほどバックスピンなんだ。 まるで機械が投げてるようにな。だからノビてみえる……そして威力もある」

真崎「ん? 威力あるのか?」

慎吾「単純に打ったらな。だから国立玉山の真田も、今の宮地も少し違う打ち方をしたんだ」

真崎「え?」

慎吾「ボールの少し下を打ったんだ。宮地の場合、少しミスって弾道が上がらなかったがな」

姿「回転が綺麗すぎるから、そのままの回転で打ち返すと伸びるのか!」

慎吾「そう。バックスピンは打球を伸ばす回転だ。真田は元々天才的だが、宮地は少々劣る…… 最も、ミートセンスは認めざるをえないがな……」


 しかしその宮地でミートしたならバッティングではそれ以上を誇る3番霜月。  それだけに一宮としてはここで霜月が打たなければ文字通り後がなくなってしまう。  場面は迅自らがランナーを残す判断をしたため、1死2塁。


霜月「(恐らく、林藤もバカじゃない。ここで温存していた変化球がくるはず……)」


 だが、理解できないのはとれたはずのダブルプレーを取らなかった理由。  少なくても変化球を投じると言うのなら、ランナーはいないほうがいいはず。  思考をこらしていると、今にもモーションに入りそうな迅が一声かけてきた。


迅「言っとくけど、俺、ファストボールしか投げないぜ」

霜月「なろ……!」


 ここで深読みをする必要はない。  迅の性格を考えたら、あえて嘘をつくはずはないからだ。  あくまで自分の実力で相手を捻じ伏せるタイプだということはここまで戦ってきて十分理解できた。


ビッ!


霜月「おらぁっ!」


グッ


 しかしバットに当たった瞬間の感触は非常に悪かった。  そして球威に押され、バットを振り切ることができなかった。


ガキッ


霜月「しまっ!」

迅「へい、まいど」


 どん詰まりのピッチャーゴロに倒れ、ツーアウト。


迅「なんで俺がランナー残したか、疑問に思ったろ」

霜月「………………」

迅「あそこでランナーなしになったら、少しでも気持ちの面で諦めが出るはずだ」

霜月「……? それはお前にとって願ったりじゃないのか?」

迅「俺は言ってしまえばチームの勝利に興味はない。いいバッターと戦いたいだけだ」

霜月「………………」

迅「ついでに一つ教えてやる。今投げたボールはツーシームファストボール。 れっきとしたファストボールの一種さ」

霜月「つーしーむ?」


 聞きなれない球種名を復唱しながらベンチへと戻っていった。


慎吾「……残念だったな」

真崎「おいおい、まだ4番の角谷さんがいるぜ」

姿「無理だよ。今、霜月に投げたボールとあのストレートを混ぜられたら」

慎吾「あぁ。まず、あのボールの正体を掴むまで絶対的な打数が足りない」


 慎吾たちが席を立ち、球場外へ出る階段を降りた瞬間、試合終了を告げるサイレンが鳴り響いた……





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