Twentieth Eighth Melody―スイッチの正しい入れ方―


 決勝戦の翌日から桜花学院の校舎内外には『甲子園出場』と書かれた紙が至るところに貼られていた。  近くの商店街なども賑わっており、元々知名度があった桜花学院野球部は一気に有名となった。


慎吾「………………」


シュシュシュ


姿「そういや今日、駒崎は?」


シュシュシュ


真崎「ん? 実家に帰ってるらしいよ」


シュシュシュ


 しかし部室は重苦しい雰囲気で包まれていた。  当然だ。松倉が投げられないというのにシュウまで戦線離脱。  ただでさえ選手層が薄いと言うのに主力2人が抜けた桜花の戦力なんてたかが知れている。


慎吾「そういや、森岡はまだ目が覚めないんだってな」


サッ


姿「みたいだな」


サッ


真崎「もう2日経つというのに……」


サッ


 そう、もう決勝から2日経っている。  シュウは未だに目を覚ましてはいない。  命とかには全然別状ないが当たり所が悪かったらしく、眠り続けている。


慎吾「俺のターン」

久遠「またDMかい」

慎吾「最近、新しいパック出ててな」

久遠「部費で買うなよ」

慎吾「気にするな。久遠もやるだろ」

久遠「まぁな」

真崎「DMに関してはまた別の場所(楽裏)で語るから本編ではあんまり突っ込まないでね」

久遠「じゃあやるなよ」

慎吾「それよりお隣、東京都では波乱が起きてるらしいな」

姿「ん?」

慎吾「ほらよ」


 横に置いてあった日付が少し古い新聞を姿に手渡す。


姿「夏の覇者・帝王が敗れる…………なんだとぉ!?」

久遠「は、帝王負けたの?」

慎吾「そう。大波乱だな。昨年の夏の覇者が負けるなんて」

真崎「どこに負けたの? 赤槻?」

慎吾「赤槻とは地域が違うわ」

真崎「は? 東京だろ?」

慎吾「本気で言ってんなら蹴るけど?」

真崎「いや、本気だし」


スタッ


ゲシッ


慎吾「東京は東西に分かれてんだろ。今更何言ってんだよ」

真崎「わざわざ立って蹴りにくんなよ」

慎吾「良いからお前のターンだよ。早くアック○レイダーでも召喚しろよ」

真崎「ん……なんで知ってんだよ!?」

慎吾「さっき手札が見えたっけ」

真崎「ひきょーもん!」

姿「いや、それよりもうちょっと帝王のこと引っ張れよ」

慎吾「ん? あぁ。負けたチーム、蒼月学園って言うんだけど」

姿「蒼月? 知らんな」

高橋「蒼月って言ったら新設校だろ。最も進学校としてはもう名が知れてきてるけど」

久遠「うわっ、いたんですか!」

高橋「いや、さっきからいたけど」


 高橋の手にはしっかりと5枚のカードがあった。


久遠「参加してたんですか……」

慎吾「それよりもうちょっと記事読んでみ」

姿「ん?」


 そう言われ、姿が真剣に新聞を読み始める。  しっかりと自分のターンをこなしながら。


久遠「器用なやつだな……」


姿「サヨナラホームランを打った真塚啓一……真塚!?」

真崎「真塚ってあの?」

慎吾「だろうな。フルネームで乗ってるし、間違いないだろう」

久遠「ん、知り合いなの?」

慎吾「中学が一緒なんだ」

久遠「へぇ〜。大したやつだな」

姿「ん〜、それじゃあ過去のことも謝りつつ激励にでもいこうかな」

慎吾「なんか過去にやったのか?」

姿「俺ら勝手な都合で野球部辞めただろ」

慎吾「あー、でも真塚に謝る必要もなかろう」

真崎「だよな。悪いことしたわけじゃないし」

姿「罪悪感とかないんかい」

慎吾&真崎「うん」

姿「………………」

高橋「どうせ行くなら大会終わってからにしたら? 甲子園出場するしないにせよ」

姿「そうですね。その方が話しやすそうですし」


ガチャ


木村「う〜す、揃ってるか」


 話が一段落したところで、部室に木村が入ってきた。  全員、揃ってることを期待して部室に入ったはいいが小数でしかも、カードゲームをやっている始末。  これには木村も予想範囲外で唖然としていた。


木村「………………」

慎吾「よぉ、お疲れさん」

真崎「まぁ、そこに立ってないで座れよ」

木村「え、これだけ?」

慎吾「これだけも何も練習明日からだろ?」

木村「え? 今日からだろ?」

慎吾「は?」


 木村の指摘に部室内にあるカレンダーを全員でチェックする。  そこには甲子園へ向かう日付と練習開始日を赤ペンで大きく丸を書いていた。  そして練習開始日は確かに明日の日付になっていた。


木村「あれ?」

姿「あれじゃないっすよ」

高橋「投手陣の疲労が激しいから、明日まで休み・自由参加にしたの監督でしょう」

木村「あーそうか。予定より1日延ばしたんだった」

慎吾「アホか」

木村「アホって言うな。一応監督で、さらに元プロだぞ」

慎吾「大した実績もないくせに威張るな」

木村「………………」

高橋「それで練習するんですか? だったら着替えますけど」

木村「ん〜まぁ休みでもいいや。ヘタにケガされて甲子園のメンバーこれ以上少なくなっても困るし」

真崎「やっぱり森岡無理か?」

木村「例え、今日目が覚めても連れていくことはできないだろうな」

慎吾「当たり前だ。医者から許可得ても俺が出さないよ」

久遠「だが、これで大きな問題ができたぞ」

姿「誰がショートやるんだよ……」


 これまで桜花野球部発足後、1番ショートとしてチームの切り込み隊長だったシュウの離脱。  得点圏打率・勝利打点共にトップだったシュウを欠くのはチームとしてあまりにも大きな損害であることは間違いない。  複数のポジションを守れる選手は多いが、シュウの絶対的な存在感もありショートは手薄だった。  甲子園までの限られた時間で、何名か守れる選手をテストしなきゃいけない状況に陥ってしまった。


慎吾「真崎、出来るか?」

真崎「どうだろうねぇ?」

慎吾「笑って誤魔化すな」

姿「なんなら久遠は? 元々内野だったんだろ?」

久遠「俺はダメだな。内野失格の烙印押されて外野にコンバードしたのに」

姿「でも送球のヘタさは真崎と同レベルだろ」

真崎「うるさーい!!!」

姿「お前がうるさい……」

慎吾「一応内野をやってる真崎の方が適任だろ。漣を外野で使う以上、手薄にしたくないし」

姿「え、甲子園でも漣センターなの?」

慎吾「他にどこに置けってよ。森岡がいない三遊間に置くのも危険だぞ」

高橋「ならキャッチャーに戻せば? 肩強いし、問題ないだろ」

慎吾「大河内先輩を今からコンバードするんですか?」

高橋「ん〜……そうか」

慎吾「森岡を欠く以上、大河内先輩まで下げると対強豪は厳しすぎますからね。 それに大河内先輩の安定感あるリードは魅力ですし」

木村「真崎が出来るなら真崎だな。国定が投げない時はショートやってもらえばいいし」

慎吾「負担が増えますが、仕方ないですね。後は山里先輩にも適性見てみましょう」

木村「まぁあいつならそれなりにこなすだろうけど」


 結局、いざ野球の話になるとやる気になるらしく、このメンツで練習することにした。  真崎と久遠のショート適性をチェックしとけば、全体練習のとき手間が省ける。  練習用ユニフォームに着替え、グラウンドへ駆け出した。



・・・・*



医師「別に異常は見当たらないけどね」

連夜「そうですか……」


 決勝戦以降、左腕に力が戻らない連夜は病院に来ていた。  疲れとかなら別にいいが、日常生活にも支障をきたすため、甲子園も近いと言うことで頼ってきてみたのだが……  結果は見事に散り、手がかりゼロといった状態だ。


医師「ゴムまりとかで握力つけてみて。それでも治らなければMRIとか撮ってみよう」

連夜「分かりました」


 心の中で医師に向かって悪態をつきつつも適当に相槌を打って診察を終えた。


星音「どうだった?」

連夜「具体的には何も、だな」

星音「そっか……」

連夜「それより、橘は?」

星音「シュウくんについてあげてる」

連夜「俺もちょっと寄ってくか」

星音「ねぇ、レンくん」

連夜「ん?」

星音「京香ってシュウくんのこと好きだよね?」

連夜「さぁな。本人に聞け」

星音「聞いても誤魔化されそう……」

連夜「ふっ、別に良いだろ。想いが本当なら自然と結果が出るさ」

星音「……そうだね♪」


 力の入らない連夜の左腕に自らの腕を絡ませ、幸せいっぱいの雰囲気丸出しで病室へ向かった。


京香「はぁ……」

連夜「よぉ、どうだい?」

京香「漣くん、そっちこそどう?」

連夜「何ともいえないね。甲子園に間に合えばいいけど」

京香「そう……」

星音「やっぱりまだ……」

連夜「シュウは甲子園には間に合わないそうだ。橘、悪いけど傍にいてやってくれるか?」

京香「え?」

連夜「目が覚めても状況が分からないし、みんなは甲子園行ってるしじゃ可哀想だからな」

京香「でも応援って全員参加じゃ……」

連夜「木村監督にも話して学校側に言ってみる。頼めないか?」

京香「ううん。分かった、私に任せて」

連夜「サンキュ」


 眠り続けているとはいえ問題はないというシュウは眠っている表情だけで見るといい寝顔なのだ。  性格などを考えるとすぐにでも飛び起きそうな感じさえさせられる。


星音「レンくん?」


 連夜はすっと近づきそのシュウの手をとり、持ってきていたシュウのグローブをつけさせる。


連夜「俺のせいで悪かった。仇なんてもんじゃないけど、お前の穴、俺が埋めるから」


 連夜の言った「俺のせい」というのは二人には意味が分からなかった。  でも連夜は分かっていた。  力の放出のためにシュウは利用された。自分の力が分からず、ただ恐れた結果が仲間を失ってしまった。  あの場合、誰でも良かったのだろう。ただシュウの打順だった、それだけだ。


連夜「お前の背番号6、俺がつけるから。桜花の背番号6はチームを盛り上げるムードメーカー。 俺がお前を甲子園に連れてってやる」


 だからこれが連夜のできるせめてもの償いだった。  幸せそうに眠るシュウを見て、釣られて笑みがこぼれた。


連夜「さてと、帰るかな。左腕、何とかしなきゃいけないし」

星音「私は京香に付き合うね。学校に戻るんでしょ?」

連夜「あぁ、分かった。そんじゃ頼むわ」

星音「うん♪」


 上がらない左手の代わりに右手を挙げ、病室を後にした。



・・・・*



連夜「さてと……」


チリンチリン


連夜「あん?」


 病院から出て運動も兼ねてランニングで桜花に帰ろうとしたとき、自転車のベルが近くで鳴りその方向を見ると  いつか見たことがあるスーツの男がママチャリにのって颯爽と現れた。


大地「やぁ」

連夜「あんた、免許ないのか?」

大地「あるよ」

連夜「車で来いよ」

大地「車は便利なようで小回りが利かないんだよね。自転車はいいぞ」

連夜「……カッコつかねぇぞ」

大地「今更、女にモテようなんて思わないさ」

連夜「て言うか綾瀬の姉さんの相手なんだろ?」

大地「美佳のことか? 美佳だったらもうこの世にいないよ」

連夜「なっ!?」

大地「まぁ僕のことなんてどうでも良いじゃないか」

連夜「……まぁ、そうだな」

大地「それより、どうだい? 力を使った感想は?」

連夜「力って悪魔とか言うわりにたいしたことねぇな。ようは野球なんだろ?」

大地「本気で言ってるのか?」

連夜「――!」

大地「君は恐れていたはずだ。その力を使うことを、本能的にね」

連夜「………………」

大地「まだ分からないことだらけだろうから、少しずつ受け入れてそして力を貸してくれたらそれでいい」

連夜「分からないだらけだから教えて欲しいんだけどな」

大地「ん、何を?」

連夜「俺のこの力、どういう意図で使いたいんだ?」

大地「ふふっ。知りたいのか?」

連夜「………………」

大地「まぁこれは一つの例だけど、力を使えばどんな相手でも倒せる。 ナイフを持ってようと拳銃を持ってようとね」

連夜「…………は?」

大地「不思議な力なんだよ。世界が止まっているように見え、その左腕は単純な凶器と化す。 そう、かつての漣朔夜がそうだったようにね!」

連夜「なっ!?」

大地「そうなんだよ、漣連夜。あの時、漣朔夜は拳銃を持った朝里グループの刺客に囲まれていた。 なのに無傷でその場を凌いだ……いや、本質で見るなら追い込まれていたのは 何人いようとも朝里のほうだったのかも知れないな」

連夜「だがその力を使いながらも漣朔夜はもう死んでいる。おかしいじゃないか?」

大地「力に飲み込まれ、暴走するやつは怖くない。リエン・クロフォードもそうだったように」

連夜「え?」

大地「リエンも両親のピンチに暴走した一人。悪魔の血とか言うからややこしくなる。 人を殺す動機に『カッとなってやった』とかあるだろう? それの発展だと思えばいいのさ」

連夜「つまり俺はスイッチが入ってしまえばただの殺人鬼ってことか」

大地「時と場合によるさ。君の力の場合、ある程度自分で制御できるしね」

連夜「矛盾してるな。漣朔夜が死んでるというのに制御できるだと?」

大地「ようはスイッチの入れ方さ。君だって今回のは暴走に近いはずだ」

連夜「…………?」

大地「君は森岡くん……おっと彼はこの呼ばれ方嫌いだったな。 シュウくんが当てられ、それが迅の故意だと思い力を発動させた」

連夜「………………」

大地「そして君はあの時、頭に血が上っていたはずだ。制御なんてできるわけないだろ? その証拠に、今も力が入らないはずだ」

連夜「……なるほど。そう言われると納得できるな」

大地「だろ?」

連夜「漣朔夜も力のことは俺と同レベルの知識ってことか」

大地「それは……どうかな?」

連夜「なに?」

大地「ふふっ。まぁいいさ。君もいずれ分かる日がくるさ」

連夜「またそれか……」

大地「それはそうさ。まだ時期じゃないんだからね」

連夜「時期ね……」

大地「それじゃ僕もこう見えて忙しいから」

連夜「あぁ……そう……」

大地「今度会うときには是非、決断して欲しいところだね」


 そう捨て台詞を言って、大地はママチャリを懸命にこいで去っていった。  上半身だけ見ればカッコイイんだけどな……そう思う余裕は今の連夜にはなかった……



・・・・*



カキーンッ


久遠「おらぁっ!」


ズシャアァッ!


慎吾「1塁間に合うぞ!」


 三遊間へ飛んだ打球、ダイビングキャッチで捕球する。  素早く立ち上がって1塁へ。


久遠「せい!」


ビシュッ


姿「おいおい……」


ダッ


 しかし送球は1塁姿の頭上をはるかに超えそうだった。  何とかジャンプして捕球するも、その間にバッターランナー役の真崎が駆け抜け1塁セーフ。


慎吾「はぁ……やっぱダメだな」


 ノッカー役の慎吾がノックバットを地面に立て肘をつきながらため息をついた。  外野じゃ好返球で幾度となく救ってきた久遠が、内野についた途端エラー連発ではため息もつきたくなる。


久遠「悪かったな」

高橋「なんでそんなに悪くなるんだ?」

久遠「キャッチボール程度ならもちろん大丈夫なんですけど……」

慎吾「少し動くというか捕球から送球への流れが悪すぎるな」

木村「久遠の内野はないだろ?」

慎吾「あぁ」

久遠「そうハッキリ言われるとちょっと傷つくな」

姿「とはいえ真崎のショートも……」


 久遠の前に真崎もチェックしたのだが、久遠ほどではないとはいえシュウの後を考えると決して良いとは言えなかった。


木村「山里のセンスならショートも出来るだろう」

慎吾「その先輩の抜けたセカンド、誰がやるんですか?」

木村「それこそ真崎で良いだろ」

慎吾「………………」

真崎「ん、何か不服か?」

慎吾「こいつのセカンドも不安がないわけじゃないからな。 わざわざ不安を増やすぐらいなら山里先輩はセカンドでしっかり守って欲しいかな」

木村「なるほどな」

瑞奈「もっと単純な案があるんじゃないですか?」


 あれこれ案を言い合っている中、背後から急に参加してきた。

慎吾「あんた……急になんだよ」

木村「それより朝森、なんだ単純な案って」

瑞奈「簡単なことですよ。経験者が守ればいいんです」

慎吾「あぁ、そりゃ簡単だな」

瑞奈「ですよね」

慎吾「………………」

瑞奈「………………」

真崎「あーなるほど」


 慎吾が何か言いたそうな顔でいると、真崎が唐突に声を上げた。  全員の視線が真崎に集中する中、真崎が人差し指を立ててからゆっくりと慎吾を指差した。


真崎「つまり、綾瀬が守ればいいってわけか」

慎吾「…………はぁ?」

瑞奈「その通りです! さすがは真崎くんですね」

慎吾「お前ら……アホか……」


 はぁとため息をつく慎吾だったが、周りの反応は違っていた。  どっちかと言うと、なるほど、とかその手があったか、などと言った肯定の反応だった。


木村「それもありだな。どうだ、綾瀬?」

慎吾「無理に決まってるだろ。それだったら真崎に任せる」

瑞奈「えぇぇっ!?」

姿「でも球技大会のときは動けてただろ」

慎吾「あれと一緒にするな。出来るわけないだろ」

瑞奈「むぅ……いい案だと思ったんですけどね……」

木村「まぁ真崎に任せるとして、国定にも明日言っとくよ」

慎吾「負担が増えますが仕方ありませんね」


 万全とはいえないが、着実に甲子園に向けて準備を進める桜花学院。  初出場の桜花の甲子園1勝を目指し……  そして連夜は弟との約束を果たすべく、舞台は夏の祭典、甲子園球場へ。  そこで待ち受けるシナリオとは一体なんなんだろうか……?






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