Thirtieth Melody―野球というスポーツ―


 甲子園大会が始まって4日目。いよいよ桜花学院の初陣だ。  第1試合目だというのに早くも日は昇っており、気温はどんどん上昇中。  桜花の数名(主にベンチ入りメンバー)は早くもだれていた。


連夜「あつぅ……」

真崎「こんなとこで試合すんの?」

透「どうせなら大阪ドームでやろうや……」

佐々木「お前らな……」

慎吾「シャキとしろ。お前ら3人のうち2人はコーチャーに立ってもらうぞ」

連夜「なにぃっ!?」


 これまでの試合では松倉と佐々木が主に立っていたのだが、見るに見かねた慎吾が荒療治に出た。


慎吾「ジャンケンな」

連夜「よし、行くぜ」

真崎「負けねーぞ」

透「ワイかて、こんな日にベンチをでとぉない」


 やる気満々な3人に対し、他のメンバーは少し離れたところで戦況を見守っていた。


松倉「あいつら、あんなこと言ってるけど試合には出たいんだろうな」

姿「そりゃあな。コーチャーって立ってるだけで疲れるだろ?」

松倉「いや、試合見てたら気になんないけど」

姿「あ、そんなもんなんだ」


真崎「お〜し!」

連夜「ぐっ……マジか……」

透「あかん、力が抜けそうやわ」

佐々木「どんだけだよ」


 コーチャーも決まったところでいよいよ試合へ。  初陣を飾ることが出来るか!?



・・・・*



甲 子 園 大 会 1 回 戦
千葉県代表 福岡県代表
桜  花  学  院 VS 鷲  真  高  校
2年RF久   遠 高   谷3B 2年
3年大 河 内 本   間2B3年
3年CF高   橋 黒   田SS3年
3年LF上   戸 柴   原RF 3年
3年SS国   定 瀬   野1B 2年
1年3B滝   口 金   城2年
1年大   友 浅   見 CF1年
3年2B山   里 松   中LF3年
2年1B  姿   大   鵬2年


アナ「さぁ始まりました。第79回全国高等学校野球選手大会、いわゆる夏の甲子園。 大会も4日目を迎えました。第1戦は千葉県桜花学院対福岡県鷲真高校の一戦です。 解説は愛媛の名門豊宣学園の元監督、川端哲矢さんです。よろしくお願いします」

川端「よろしくお願いします」

アナ「早速ですがこの2校の対戦、どうみますでしょうか?」

川端「両チームとも打撃に特化したチームですね。要所を抑えられるかが鍵になるでしょう」

アナ「なるほど。そんな中、両チームともエースを温存してきていますね」

川端「初戦ですからね。それに桜花はともかく、鷲真は地区大会から大鵬くんが先発してきてますし」

アナ「確かに地区予選のデータを見る限り、全試合先発は背番号11の大鵬が行ってますね」

川端「桜花先発の大友くんも地区予選では多くのイニング投げてますし、妥当な先発ではないでしょうか」

アナ「なるほど。今、選手がグラウンドに出てきました」


審判『礼!』


「しゃす!」

 選手同士の挨拶の後に後攻の鷲真の選手がグラウンド、それぞれの守備位置へと散らばっていった。  桜花も素早くベンチに戻り、トップバッターの久遠、そして大河内以外はベンチの最前列に構える。


慎吾「予想通り、先発は大鵬か」

連夜「所詮、2番手投手だろ? さっさと打ってエース出そうぜ」

慎吾「そうだな。それより早くコーチャーいけよ」

連夜「……透、どっちがいい?」

透「どっちでもええで」

連夜「じゃあ俺、1塁」

透「あ、近い方選びよったな」

佐々木「(漣だから当たり前だろ……)」


 少し遅れながら、コーチャーがそれぞれの位置に立ち、大鵬の投球練習を終えるのを待つ。  最後に二塁への送球、そして内野にボールがまわり大鵬の元へ。  それを確認した久遠は左打席に立ち、構える。


審判『プレイボールッ!』


ウウウウウウ――ッ!!!


−1回の表−


 審判の試合開始の合図と共にサイレンが鳴り響く。  そして大鵬はサイレンが消えぬ前に第一球を投じる!


大鵬「らっしゃぁっ!」


ズッバァン!


久遠「………………」


 初球、ど真ん中にストライク。  久遠は平然と見逃した。


アナ「桜花のトップバッターは久遠。非常に足が速いバッターです。鷲真高校からすると絶対に出したくありませんね」

川端「そうですね。地区大会の打率も3割打ってますし」


 荒れ球大鵬、久遠が一回も振らない中、1人でフルカウントにまでなっていた。


大鵬「あぁ、もう! うぜぇ!」

久遠「(いや、あんたが1人でやってるんだが……)」

金城「(いいからど真ん中に来い。変にコース狙うな)」

大鵬「だっしゃぁっ!」


ズッバーンッ!


久遠「くっ!?」


 ど真ん中に構えた金城のミットを大きく外し外角低めいっぱいに決まる。  球威はあるためコースに決まってしまえば中々手が出せず、先頭の久遠は見逃し三振に倒れた。


慎吾「なにしてんの?」

久遠「大友より厄介だな。球威も制球の悪さも大友以上だ」

慎吾「いや、そうじゃないしに何で振ってこんの?」

久遠「すいません……」


アナ「1番久遠は見逃し三振に倒れ、続くは2番大河内。千葉県大会では打率4割を超える好打者です」

川端「肩のケガで思うようなプレーできていなかったと聞きましたが、復活したんですね」

アナ「地区大会ではほとんどの試合キャッチャーとして出場しております。本人が言うにはケガはもう問題ないとのこと」


 この打率の高さは当然、鷲真バッテリーの頭にも入っており慎重になった。  しかし大鵬が慎重にコーナーを狙うと……


ズバーンッ


大河内「どうも」

金城「やっぱりか……」


 まったく制球が定まらずストレートのフォアボールを与えてしまう。


金城「ええい、やっぱりお前らしくバシバシ来い!」

大鵬「最初からそう言えよ! めんどくせぇ」

金城「やかましい! お前をリードするのも大変なんだよ」

高橋「………………」


 一方、1塁コーチャーに立っている連夜は一塁の瀬野と軽く談笑していた。


連夜「お前の後釜があいつか?」

瀬野「後釜っていうか中学もあいつ投げてたしな」

連夜「ふぅん。だけどストレートの球威だけで抑えれるもんでもないだろ」

瀬野「そりゃあな。あいつなりの武器っていうのもあるさ」

大河内「どうでもいいけど、バッテリーケンカしてるぞ」

瀬野「あ、気にせず。いつものことなんで」

大河内「いつもやってんのか……」



アナ「ランナーを出して迎えるは桜花学院で最も警戒すべきバッター、3番高橋。 千葉県大会ではホームラン4本打っている強打者です」

川端「数字が示している通り力もありますからね、球威には負けないでしょう」


 ピッチャーの大鵬は投球内容通り気にせずバンバン投げるタイプだが  キャッチャーの金城はデータを重視するタイプ。  もちろんどんなにデータを考えリードしても大鵬はそこに投げてくれることはないため  まともにリードしたことは数えるほどだが……


大鵬「ほわぁっ!」


ビシュッ


高橋「ハァッ!」


キィーンッ


大鵬「えぇぇっ!?」


 自信を持って投げたボールを上手く捉えられ、ライト前に運ばれる。


金城「やっぱ地区予選の打率は嘘つかねーな」


 驚いたのは大鵬だけでなく金城もだった。  コースが内角へ厳しいところに来ていたのだが、難なく打ち返したからだ。


金城「(う〜ん……やっぱストレートだけじゃダメか)」

大鵬「(おっ、初回からか)」


 金城から出た短めのサインについ顔に出してしまう大鵬。  それを見逃さない桜花ベンチ。  ここで慎吾がスコアブックとは違う紙をイスの下から取り出した。


慎吾「何か来るな」

真崎「何それ?」

慎吾「あいつの地区予選でのアウト別集計表」

真崎「………………」

慎吾「つまりあのピッチャーが何でアウトを取ったか分かるってやつな」

真崎「あぁ、なるほど」

松倉「よく、そんなもん手に入ったな」

慎吾「情報収集は得意なんでな」

木村「で、何か気になるのか?」

慎吾「あぁ、ゴロアウトがかなり多いんだよな」

佐々木「でもあのピッチャー、球威で押すタイプだろ?」

慎吾「あぁ。だが内野フライや外野フライが、差し引いても少ないんだ。ってことはだ」

松倉「ゴロアウトを意識してとってる?」

慎吾「あぁ。取れることが出来ると言う解釈が正しいんだろうな」


大鵬「くらえーぃ!」


ビッ


上戸「絶好球!」


グッ


ガキッ


上戸「んなっ!?」


 勢いのない打球がセカンドへ転がり、4−6−3とボールが渡りダブルプレーが完成された。


アナ「先制のチャンスでしたが、4番上戸がダブルプレーに倒れチャンジ。チャンスを生かすことができませんでした」

川端「甘いボールにも見えましたが、打ち損じましたね」


 しかし解説の見解とは違い、打った上戸は今のボールに対し疑問符を浮かべていた。


上戸「ん〜?」

山里「どんまい、切り替えろ」

上戸「捉えたと思ったんだけどな……」

慎吾「上戸先輩、次の攻撃のときいいですか?」

上戸「お、おぅ。もちろん」

連夜「ふぅ暑い……」

透「ベンチは天国やな」

佐々木「帰ってくるの早いわ」


 まだ誰も守備のためにグラウンド出ていないと言うのに二人ともベンチに戻ってきて座っていた。  攻守交替は素早くスムーズにが高校野球のモットーとは言え、限度がある。


慎吾「大友、気負うなよ」

大友「大丈夫です」


−1回の裏−


アナ「さて1回の裏、守ります桜花学院のピッチャーは1年サウスポーの大友」

川端「タイプ的には大鵬くんと似たような投手ですし、楽しみですね」

アナ「鷲真のトップバッターは高谷。スイッチヒッターなので右打席に立ちます」


大河内「(漣曰く緩急に弱く、コース打ちは上手いか……大友で緩急は難しいからな)」


 慎吾の指導の下、投球術を覚え始めた大友だったが、球種に限りがありまだまだ発展途上の段階。  高谷のようなミートタイプは現段階の大友が最も苦手とする相手だったが……


大友「しっ!」


ピッ


高谷「おっ?」


ズバァァン


 大鵬ほどコントロールが悪くない大友、球威を維持してコーナーをつければミートが上手かろうと力を発揮する。


ピッ


高谷「くっ……」


ガキッ


 弱々しいゴロがセカンドに転がり、桜花で最も安定した守備力を持つ山里が捌いてワンアウト。


大友「よし」


 これで落ち着いたのか2番、3番をいずれの内野ゴロに打たせてとるピッチングを披露し三者凡退に抑えた。


−2回の表−


慎吾「ナイスピッチング」

連夜「高谷を抑えたのは大きかったな」

慎吾「あぁ、先頭バッター出すと出さないとじゃ大違いだからな」

連夜「いや、そうじゃなくて」

慎吾「ん?」

連夜「高谷ってヒット打つと性格変わるんだよね」

姿「変わるとなんかあるのか?」

佐々木「ミートに徹する打撃から一発狙いに変わる」

連夜「それ以前に怖い」

姿「………………」

連夜「後、同様の理由で瀬野に当てるのはやめろよ」

姿「知ってるってことは当てたことあるんだな」

連夜「ほんの出来心で」

慎吾「いいから早くコーチャー行ってくれないか? 審判に睨まれてるんだが」

連夜「へいへい」


 渋々ながら連夜はまた炎天下へ繰り出していった。  そして攻撃が始まってベンチでは先ほどの回上戸がゲッツーに倒れたボールについて話されていた。


慎吾「球速出ていませんでしたが、変化球でしたよね?」

上戸「そうだな。俺はカーブかなって思ったんだけど……」

慎吾「ど?」

上戸「打った瞬間、球威に押されるというか振り切れなかったんだよね」

真崎「重いカーブ?」

姿「矛盾してるな。カーブと言うのは回転数が多いボールだ」

真崎「んなこと分かってるわ」

慎吾「少し沈んだってことかな。それならゴロ打たせるには最適だけど」

真崎「いずれにせよ厄介なボールってことだな」

滝口「そーですね」

真崎「って何してんの、お前。次打席だろ」

滝口「見てなかったんですか? 国定先輩が歩いて、上戸先輩が食らったようなボールを 似たように打ち取られてダブルプレーでしたよ」

慎吾「………………」


 続く大友がまた歩くも、山里が球威に押され内野フライに倒れチェンジ。  この回、2つの四球をもらうもいずれも得点に結びつけることができなかった。



−2回の裏−


アナ「2回の裏、鷲真高校の攻撃は4番の柴原から」


大河内「(まぁ左なら大友の敵じゃないだろ)」


 その大河内の思惑通り、内角に球威のあるストレートを決め三振を奪う。


アナ「1年大友、いいピッチングが続きます」

川端「良いですね。相手が左でかつ汎用とはいえナイスピッチングです」

アナ「しかし続くは昨年夏の甲子園も経験している5番瀬野」


瀬野「よし、まずは出塁だな」

金城「出ろよ。返してやるから」

瀬野「了解」


 初回からいいペースで投げている大友。ここで最も注意しなければならないバッターが出てくる。


大河内「(こいつか……漣たちも打者としては覚えてないらしいからな)」


 中学時代戦った経験のある二人も当時は投手だった瀬野と投手戦だったため、打者としては投手より印象になかった。  それは余りにも投手としての瀬野が凄すぎたという意味もある。


大河内「(まずはコース投げて、反応を見よう)」

大友「(ッス)」


 まずはオーソドックスに外角に構える。


大友「シッ!」


ビシュッ


瀬野「おらぁっ!」


ズダッ


ピキィーンッ!


山里「!?」

姿「くっ」


 大友が投じた初球は珍しく、外角の厳しいコースをついていたのだが  それを狙ったかのように捉えられ、痛烈な打球が1・2塁間を抜いていった。


瀬野「よ〜し」

姿「やるな」

瀬野「うち打線のチームだからねぇ。早くエース出せよ」

姿「お互い様だろ」

瀬野「まぁね」


 バッター瀬野も要注意と言うことは分かったが、肝心の打者としての能力はまったく掴めなかった。  まさか初球から、しかも厳しいコースを打たれるなんて思っていなかったから。  しかし最も予想外だったのは、そのコースをヒットにされたことでもあった。


大河内「まぁ切り替えろ。ワンヒットは大したことない」

大友「はい」


アナ「さぁヒットで瀬野が出塁。そして6番の金城を迎えます。瀬野に次ぐ強打者、要注意です」

川端「長打がありますからね。瀬野くんも足は遅くないほうですし、一気に還られる恐れがありますから」


滝口「へいへい、バッター。こっち打てよ!」

大友「………………」


ビッ


金城「じゃあお言葉通り!」


キィーンッ!


滝口「……おぉ」


 サード滝口からの野次に挑発返しの鋭い打球を三塁線に飛ばす。  打球はファールとなったが、その打球の鋭さから一筋縄ではいかないバッターだと認識できた。


大友「………………」


バシッ


大河内「(くっ、急にコントロールが……)」

金城「やっぱり精神面は1年だな」


 大友はピッチャーとしては一匹狼となりがちなところはあるが、責任感も人一倍強かった。  マウンドを任された以上、守りたい、守らなきゃいけないという気持ちが強く出るため  意外と強打者には思い切って投げられない一面も持っていた。  本能的な部分でもあり、時と場合にもよるが今回は甲子園の初戦を任せられたという責任感の方が強く出てしまっていた。


バシッ


金城「ふっ」

大友「くっ……」


 結局、ファール後は1球もストライクが入らずフォアボールを与えてしまう。


アナ「おっと、金城相手には制球が定まらずフォアボールを与えてしまいました」

川端「痛烈な当たりを打たれましたし、ビビってしまったんでしょうかね」


 大友の性格を知らない解説とは逆に桜花ベンチは早くも動きを見せていた。


慎吾「ん〜……やっぱ大友のやつ、考えてるな」

木村「だから先発やめろって言ったのに」

真崎「でも中継ぎのほうが余計出るんじゃないか? 終盤の方がやっぱ重要でしょ?」

慎吾「と、俺もそう思って先発にしたんだが」

連夜「続くようなら、今度は負けず嫌いな点を出すしかないな」

慎吾「あぁ。次は同じ1年だし、それ次第だな」


アナ「さぁ、今日初の得点圏にランナーが進み、バッターは7番の浅見。鷲真高校では唯一の1年スタメンです」

川端「シュアなバッティングと守備範囲の広さを買われての起用だということです」


大河内「(体格は大きい方ではないな……外野を前進させて……)」


 ワンヒットではランナーを還せないようにシフトを変え、低目へのSFFを要求する。  何とかここはゲッツーをとりたいところ。  サインには1回で頷き、セットポジションから投じる。


ストッ


浅見「(わずかに沈んだ……)」


 初球のSFFは見逃し。  大友はフォークを投げてるつもりだが、浅く握っているため偶然にもSFFになっている。  球速の速い大友には逆に適している変化球にもなっているが。


ズッバーンッ


審判『ボールッ!』


大友「チッ!」


 先ほどの金城とは違い、自信を持ってボールは投げているが、コースに決まらずカウント0−2。  制球の良くない大友にとって、ここは確実にストライクを投げたくなるところ。  バッターは当然それを感じ取っているだろうと、大河内は読んだ。


大河内「(多少甘くなっていい。SFFを確実に決めろよ)」


 打ってくることを逆手にとる。  もし打ってこなくてもストライクがとれるから、バッテリーにしてみればどちらでもいいわけだ。  ただ一つ、除いては……


大友「シィッ!」


ストッ


浅見「ふんっ」


キィーンッ!


大友「なっ!」


山里「届けッ!」


ビッ


 わずかに落ちるボールを確実にミートし、逆らわずライト方向へ。  セカンド山里が好ジャンプを見せるも、わずかに届かずグラブに当たって外野へ。


ダッ!


姿「ボールバック!」

久遠「な、何ぃっ!?」


 グラブに当たったことで、打球の勢いが死に、前進しているとはいえその前に落ち捕球にわずかながら時間がかかると  判断した瀬野はコーチャーのストップを振り切り、ホームへ突っ込む。


久遠「いかすか!」


ビシュッ!


瀬野「――!」


クッ


大河内「くっ」


ズシャアァッ


審判『セーフッ! セーフッ!』


 久遠の送球が若干、三塁側へずれその隙をついて瀬野が逆へ手から滑り込む。  追いタッチとなり、瀬野の手が先にホームに触りセーフに。  1年対決は先制タイムリーで浅見に軍配が上がった。


慎吾「……薪瀬、準備しろ」

司「俺?」

慎吾「いや、お前しかいないし」

司「あ、あぁそうか……」

連夜「大丈夫か? それともお前、天然キャラ目指してるのか?」

司「目指してないわ」


 グラブを持ってブルペンへ走る司と……


慎吾「………………」

連夜「………………」

慎吾「何してるの?」

連夜「は?」

慎吾「いや、薪瀬のキャッチボール相手」

連夜「俺が?」

慎吾「ベンチに控えてるキャッチャー、お前だけだし」

連夜「マジかよ……」


 ダラダラと防具をつけて、ゆっくりと連夜が出てきた。  だが大友からしてみれば司がブルペンへ走ったことでもう察しがついている。


大友「(ダメだ……せめて1回りは投げないと……)」


 責任感が強い大友……だがそれ以上に負けず嫌いでもあった。  もちろんベンチとしても早い回から薪瀬を出すメリットはまったくないため  ここはあえてブルペンに行かせることで大友の負けず嫌いさを出す意味合いでマウンドにいかせた。


大友「うおぉぉっ!」


ズバァンッ!


 その結果、ベンチの思惑通り、開き直ったのか球威のある本来の投球を見せる。


ガキィン


大友「よし!」

大河内「ゲッツー!」

滝口「任せ!」


スカッ!


滝口「ありゃ?」

大友「………………」


 完全に打ち取った打球をサード滝口がトンネル。  レフト上戸の素早いカバーがあり、1塁ランナー浅見は2塁ストップだったが  2塁ランナー金城は生還し2点目をエラーで失う。


アナ「完全に打ち取った打球ですが、サード滝口のエラーで2点目を失いました」

川端「勿体無いですね。大友くんが立ち直ったように見えただけに……」


 この滝口のエラーで力の入った大友はまた制球を乱してしまう。


シュッ


大友「――ッ!」

大河内「(やばいっ!)」

大鵬「どっせぇぇい!」


ガキャアン


国定「オーライ」


 しかしど真ん中に入った棒球をバッターが力みまくっていたおかげで平凡な内野フライに。


大友「………………」


 ひょんなことから崩れることがあれば、立ち直ることもある。  大友はピッチャーとして最も優れているのはストレートの球威ではなく、試合中の適応能力だった。


大友「シィッ!」


ピッ


高谷「くっ!?」


ズッバーンッ!


大友「しゃあっ!」

滝口「ナイスピーッ!」


 1番に戻って高谷を空振り三振に抑え、何とか2点でこの回を凌ぐ。  しかし、エラー絡みということもあれば立ち直ったことが評価できるだろう。


−3回の表−


ピキィーン


姿「ふぅ」


 3回の表、先頭の姿が初球を叩いてツーベースで出塁。  大友が最後作った流れに姿が完璧の内容で応えたのだが……


慎吾「な、大鵬のストレートを!?」

真崎「おい、やばいぞ。雨降るんじゃないか?」

木村「ノーゲームだったらまぁ良いかも知れないが……」

連夜「雨で済むか?」

慎吾「確かに。また誰かケガする可能性も……」


 確かに姿は速いボールは苦手だが、それは緩い変化球を狙い打つ傾向があり反応しきれないってパターンが多かった。  今もその癖が直らないため苦手にはしているのだが、スイングが見違えるほど早くなっている  こともあり、以前のように反応しきれないってことは少なくなっていた……のだが……


黒田「なんか、ベンチが動揺しまくってるぞ」

姿「あいつら……」

黒田「お前、9番のわりに体格いいし、打てないようには見えないけどな」

姿「それはどうも。でもあいつらが動揺してるのは別の意味だと思いますよ」

黒田「ふ〜ん」


 2点取られている以上、チャンスは生かしたい桜花。  1番久遠に送りバントを命じるも……


ガキッ


久遠「ゲッ!」

金城「オーライ!」


 キャッチャーへのファールフライで失敗。


木村「………………」

久遠「………………」


 この久遠の失敗でせっかく向いた流れを手放してしまったのか大河内の痛烈な打球を  ショート黒田のファインプレーに阻まれる。  この間に姿は3塁に進み、3番高橋はフォアボールで歩くも……


カキーンッ!


上戸「くっ!」


 快音を響かせるも、打球は思った以上に伸びずレフトが2・3歩下がって楽々捕球した。


アナ「桜花学院、無死2塁のチャンスを作りながらも結局無得点」

川端「1番久遠くんのバントミスが痛かったですね。大鵬くんも四球がやや多いんで上手く攻めれば点はとれてるでしょうから」

アナ「次の回の守備は桜花学院にとって重要になりますね」

川端「そうですね。点が入るようならずるずるいってしまうかもしれませんね」


−3回の裏−


 こんな早い回から試合を決められてしまうわけにはいかない桜花は大友が踏ん張りを見せる。


ガキッ


大友「セカンッ」


山里「おう!(パシッ、サッ)

国定「よしっ!(パッ、シュッ!)


 1死から3番黒田をヒットで出してしまうが、その後をきっちり打たせダブルプレーに抑える。


木村「よし、いいぞ」

慎吾「まだいけるか?」

大友「もちろんですよ」


 結果的には3人で終わらせ、ようやく守備に落ち着きが戻った。


−4回の表−


アナ「2対0、鷲真高校が2点リードで中盤4回に突入します。 この回、桜花学院の攻撃は5番のキャプテン国定くんから」

川端「1打席目は四球でしたが、5番を打っている通りバッティングはいいですからね」


金城「(この辺で3者凡退っていうのをやっておきたいんだよな……)」


 金城は大鵬と高校からバッテリーを組んでいて、幾度となく試合でリードしたのだが  3者凡退というイニングをやった記憶は金城にはなかった。  1回もないわけではないが、毎回ランナーがいる気がして結果的に3人で終えたという回数の方が多いから錯覚を起こしている。  数字が示している通り、それほど大鵬はコントロールが悪かった。


シュッ


国定「なろぉ!」


キィーンッ


 甘く入ったストレートを思いっきり引っ張る。  しかし、打球は痛烈ながら野手の真正面に飛んでしまう。


スカッ


瀬野「……………………」


 守備は決して下手というレベルではない瀬野のまさかのトンネルでまたも先頭バッターが塁に出る。


金城「瀬野?」

瀬野「すんません」

大鵬「たかが1人のランナー気にすることないわ」

金城「たまにはランナー出さないで終わる気はないの?」

大鵬「そんなんしたらキャノンカーブ使えへんやん」

瀬野「いや、その名前定着してないから」

大鵬「ええんや。わしさえそう思っとったら」


 ちなみにキャノンカーブの由来は言うまでもないだろうが、大鵬⇒大砲を英訳しただけだ。  あまりのネーミングセンスと名前をつけるまでもない変化球ってことで瀬野や金城はその名前で呼んだことはなかった。


金城「(さて、ここはバントだろう。高めに投げろ)」

大鵬「(当然やな)」


 続く滝口は早くも送りバント構えをしていたこともあり、バント阻止に守備陣をチャージをかける。  しかしその必要性はまったくなかった。


ガキ〜ン


滝口「ありゃ?」

大鵬「まいどや」


 バントする気があったのかは定かではないが、完全にバットの先端より左手の方が高くなっているなど  基本がなっていないバントで転がるわけにもなく、ピッチャーへの平凡なフライに終わる。


慎吾「うん、俺のミスだわ」

佐々木「タッキーのバントやってるとこそういや見たことないしな」

松倉「そんなやつにバントさせんなよ」

慎吾「つい、1点が欲しくて考えてなかった」

滝口「すんまへん、お役に立てませんでした」

慎吾「うん、本当に」

滝口「でも大友ならきっと打ってくれます!」


キィーンッ


 初球を打ち、ライト前へ。  バッティングセンスも非凡なものを持つ大友、近い将来、桜花の主力になることは間違いないだろう。


慎吾「先輩、送ってください」

山里「了解」

姿「何ッ!? 俺ぇ?」


 バットを持ってネクストに行こうとした姿が悲鳴に近い声を上げた。  その言葉にベンチ全員、姿に白い眼を向ける。


姿「な、何?」

慎吾「お前、本来ならクリンナップだぞ? それなのにチャンスで迎えることを嫌うのか?」

姿「いや、今は1死だし……」

慎吾「主軸なら2死にしながらも送るんだ、打ってやろうという気にならんか?」

姿「………………」


佐々木「(確か前にプレッシャーに弱いからとか言ってなかったっけ?)」

松倉「(多分、自分がちょっと采配ミスしちゃったから、半ば八つ当たりなんだろう)」

真崎「(だが、姿が打たないことには始まらんぞ)」


コキッ


 ベンチでの小さな騒動を尻目に山里はきっちりと自分の仕事を果たしていた。


金城「(2死にしてまで送ってくるか。よほどあの9番を信用してるんだな)」


 当然、金城も桜花の選手の地区予選データは頭に入っていた。  確かにこのチームの全体の成績から言えば上位のバッターであることに違いはない数字は出ている。


金城「(だが9番を打っている。つまり弱点があるはずだ)」


 チーム事情から面白そうっていう理由だけで9番を打っているなんてまさか思いもよらず  金城は必死に頭を働かせた。
 そして出した結果は……



パシッ


アナ「おっとキャッチャー立ちましたね。勝負を避け、1番の久遠と勝負することにしたようです」

川端「満塁策を取ってきましたか」


金城「(これでいい。それより打率の低い1番と勝負した方が確実だ)」


 9番との勝負を避け、1番にまわす。桜花の作戦はある意味的中したと言ってもいい。  しかし、それは地区予選までの話。  無類の勝負強さを誇る、核弾頭がいて初めて成り立つ作戦でもあった。


ズッバーンッ!


久遠「くっ」

大鵬「どやっ! これが鷲真のエース大鵬さまの力や!」


アナ「あっと久遠、空振り三振! 満塁の大チャンスを生かすことができませんでした」


慎吾&木村「おい」

久遠「ほんと申し訳ない」

連夜「シュウの穴って守備以上に打撃面だな」

慎吾「ん〜確かに森岡がいない以上、9番の姿も機能しねぇな」


 ベンチワークに乱れが生じている桜花。  そしてこのピンチを無得点で抑えた鷲真が流れに乗り、打線に火をつけようとしていた。


−4回の裏−


アナ「4回の裏、バッターは5番瀬野から。一打席目に痛烈な打球をライトへ打っております」

川端「しかし瀬野くんにポイントゲッターの働きをさせてないので、大友くんも良く投げてますよ」


大友「うおぉぉっ!」


ピッ


ズァァンッ


大河内「(よし、まだボールはきている)」


 球種の少ない大友にとって、球威が下がったら命綱なしにガケから飛び降りるようなもんだ。  そんな大友も1年にしては高いレベル……でもまだ1年なのだ。


ピッ


瀬野「甘いッ!」


ピキィーンッ!


大友「――っ!」


 甘く入ったストレートを捉えられ、打球は名手高橋の頭上を超える。  瀬野は悠々2塁に到達。先頭バッターを長打で出してしまった。


大友「(くっ……)」


 初回からほぼ全力で投げてきており、球種の少なさから決めきれず多くの球数を投じてきた。  4回入ったばかりだというのにその数はもう80球になろうとしていた。


慎吾「……まずいな。国定先輩、準備を」

真崎「いないけど?」

慎吾「……あ……」


 ここで慎吾は2つ目のミスに気づく。  ショートで起用している国定を中継ですぐ出せるわけがない。  シュウの穴は実際の試合を通して大きなものと気づかされた。


大河内「(握力がなくなってる頃か。だがSFFはそんなに投じてない……何とかこの回だけでも)」


 大河内も今、ベンチが思っていることは頭に入っていた。  少なくてもこの回、国定の助けを借りることが出来ない。  ましてや故障明け。投げろといえば投げそうだが、急に投げればまた故障に繋がるのは目に見えている。


大友「くっ、こんのっ!」


ピッ


金城「もらいっ!」


キィィンッ


ズダッ


国定「ぐっ!」


 わずかに飛びつく国定のグラブが届かず、打球は左中間へ鋭いゴロで抜けていく。  その間に瀬野は3塁を蹴ってホームへ。金城も1塁を蹴って2塁へ。  連続ツーベースで1点追加の3対0とした。


浅見「ふむ、相当疲れているようですね」

瀬野「頼むぜ、浅見」

浅見「お任せを」


アナ「金城のタイムリーツーベースで追加点を挙げた鷲真高校。まだチャンスは続き7番浅見!」

川端「1打席目に評判通りのシュアなバッティングをみせましたし、ここは期待できますね」


大友「しっ!」


ビシュッ


浅見「………………」


ズバァン


大河内「(くっ……コントロールが利かなくなったか……)」


 元々のコントロールは良くない大友だけど、大鵬ほどではなくストライクゾーンを4つに分けた場合  なら投げ込むだけの力は持っていた。  しかし、力みを合わせもうまるでコントロールがつかない状態まで陥っていた。


ズバァン


審判『ボール、フォア!』


アナ「あっと浅見に対してはストライクが入らずストレートのフォアボール」

川端「コントロールがばらけてきましたね。表情を見てもちょっと辛そうですし」

アナ「しかし桜花学院のブルペンは先ほど10番の薪瀬が投げてましたが、今は投げてませんね」

川端「この回は任せる気なんでしょうね」

アナ「ベンチの期待に応えることができるか、1年大友!」


 8番が送りバントを決め、1死3塁2塁。


大鵬「あーはっはっは。めっさええ場面でこのわしかい」

大河内「(この場面で嫌なやつにまわってきたな)」


 大鵬は低打率だが、ホームラン2本はチームトップタイ。しかも長打率は5割を超えている。  つまりヒットが出る時は長打コースというかなりの大振りバッターだ。  しかし足が遅いため、ツーベースもシングルになることもしばしばらしい。


ガ〜ンッ!


大鵬「どや! 最低限の働きは見せたで!」


 高めのストレートを思いっきり引っ張ってレフトへのフライ。  フェンス直前で上戸が捕球し、3塁ランナーは楽々タッチアップし追加点。


アナ「さぁ9番大鵬の犠牲フライで更に追加点。突き放します、鷲真高校」

川端「しかし今のは助かりましたね。もしかしたら入ったと思いましたから」


 それは大鵬のバッティングセンスのなさのおかげだったのだが……  後、1死。ここまで来たら大友に抑えて欲しい。  そんなベンチの期待を……


ピキィーン


高谷「…………よっしゃぁっ!」


 トップに戻って高谷が会心のツーベースヒットを放ち、2塁ランナー浅見を迎え入れる。  これで5対0。中盤、見事な集中打で中押しに成功した。


アナ「2番本間はセカンドゴロに倒れチェンジ。しかし、鷲真高校大きな追加点を挙げ、5点差に広げております」

川端「イニングも少なくなってきますし、桜花としては1点ずつ返していきたいところですね」


−5回の表−


慎吾「お疲れさん」

大友「すいません……」

慎吾「いや、良く頑張ってくれた。後は頼りになる先輩たちに任せろ」

国定「プレッシャーかけるなよ」

慎吾「この回に打席がまわってくるかも知れませんが少しでも肩作ってください」

国定「あぁ」


 この回は2番大河内からの好打順。  その慎吾のいった頼りになる先輩たちの打順だが……


大鵬「どっせぇい!」


グッ


ガキッ


大河内「くっ」


 5点差ついてピッチングもノビノビ行う大鵬。  必殺カーブと球威のあるストレートを武器に凡打の山を築く。


キィンッ


高谷「抜かすか、ボケェッ!」


バシッ


高橋「なにぃっ!?」


 味方の攻守も光り、桜花に反撃のスキを与えない。


カキーン


浅見「オーライ」


 結局、三者凡退に抑えられ、好打順も金城の念願が叶ったイニングとしてしまった。


慎吾「………………」

頼りにならない先輩たち「すいませんでした」

連夜「国定さんまで勘弁してくださいよ」

国定「プレッシャーかけるなって」


−5回の裏−


金城「………………」

瀬野「ん、どうした金城?」

黒田「泣くにはちょっと早いぞ」

金城「いや、三者凡退なんていつぶりなんだろうって……」

黒田「あぁそういやそうだな」

瀬野「ランナーいるのが当たり前だと思ってた」

金城「滅多にない、いい流れを大鵬が作ったんだ。追加点をとろう」

黒田「そうだな」


 この回は3番黒田からということで鷲真も好打順を迎える。  しかしその前にはこれ以上の追加点は許すことの出来ない、桜花のエース・国定が立ち塞がった。


ガキッ


黒田「ゲッ、シュートか」


 全中を経験しているだけある国定、この大舞台のマウンドにも動じず  決め球シュートを右バッターの内角に決める。


シュッ


キィン


瀬野「くっ」

国定「ショート」

真崎「おう」


 そして木村の指導と慎吾のアドバイスから走るようになったストレートを織り交ぜ  大友を苦しめたクリンナップにヒットを許さず、こちらも三者凡退に抑える。


金城「………………」

黒田「悪かった」

金城「どうしてうちはこう噛みあわないんだろ……」

瀬野「今までランナー出しながら抑えてきた、そして打ってきたんだ。 もしかしたら、俺らはそっちの方がリズムがとれるのかもしれん」

金城「………………」

瀬野「すいませんでした」


−6回の表−


大鵬「どっせぇぇい!」


ズバァァンッ!


国定「くっ、まったく球威落ちねぇな」


ガキッ


国定「痛っ!」


 内角のストレートに振り切れず、バットの根本に当たってしまう。  その衝撃で両手とも痺れてしまった。


慎吾「だ、大丈夫ですか?」

国定「あぁ。だけどちょっと時間が欲しい」

慎吾「粘らせます。タッキー」


カ〜ンッ


滝口「残念!」


 指示を出す前にバッターボックスに立ち、初球を打ち上げ内野フライになって帰って来た。


慎吾「おい」

滝口「粘れと言われるのは分かってましたが、苦手なのでヒットを打って後の打者に託そうと」

姿「一応、考えはあったんだ」

慎吾「だとしても難しいボールを打ちに行くことなかっただろ」

滝口「はっはっは、打つって決めたら止まらない漢なのですよ」


キィーンッ


真崎「よっしゃ!」


 滝口に説教中、7番に入っている真崎がこれまた初球を打つ。  打球はセンター前へヒットとなるが、この事実に慎吾は頭を抱えた。


慎吾「あんのアホ……アウトだったらチェンジだぞ……」

木村「山里、何とか頼む」

山里「そうですね。綾瀬が白くなりそうですし」

慎吾「はぁ……」

姿「………………」


 一生懸命、作戦を練っても周りのメンバーが好き放題やっては意味がない。  そういう意味では慎吾も金城も似たような境遇かもしれない。


ガキッ


アナ「8番山里、ツーストライクと追い込まれてからファールで粘ります」

川端「滝口くん、真崎くんと初球を打ってますからね。いいと思いますよ」


 大鵬が四球多い理由はもちろんコントロールの悪さもあるが、一番は粘られたときに決めるボールを持ってないことだった。  そして決めきれず、力んでしまい最後には四球を出してしまうっていう悪循環に陥る。


ズバーンッ


審判『ぼ……ボール、フォア!』


山里「よし」

大鵬「あーもう! 卑怯やん! 振ってこいや!」

山里「いや、さすがにキャッチャーがジャンプして捕球したやつは打てんよ」

金城「はぁ……はぁ……」


 2死から2塁1塁のチャンスを作り、バッターは本来ポイントゲッターの役割を担うはずの姿。


大鵬「おらぁぁっ!」


グッ


ガキッ


姿「あ……」

黒田「よっ」


 初球を引っ掛けてしまい、ショートへの平凡なゴロに。  セカンドにトスしてフォースアウト。  再三、四球でチャンスをもらうも後一本打つことができないでいる。


慎吾「おい」

姿「いや、ストレート狙いで振ったっけ沈みまして……」

慎吾「まったく……先輩、大丈夫です?」

国定「あぁ、問題ない」

連夜「どうせ点入らんなら三者凡退が嬉しいな。無駄に長いと暑いぞ」

透「その上、無得点だと余計やな」

佐々木「5点も負けてるんだから、そう言ってる場合じゃないだろ」

慎吾「(さすがにヤバイな……)」


 暗雲立ち込める桜花。  シュウ不在で打線を弄り、それが上手く噛み合っていない状態だ。  ましてやほとんどの試合で勝利打点を挙げているシュウがいないのだからこの展開はある意味必然なのかもしれない。


−6回の裏−


国定「うぉぉっ!」


ズバァァン!


金城「くっ!?」


アナ「この回、先頭バッターの金城! 最後は高めのストレートに手を出し三振!」

川端「いいストレートですね」


ググッ


ガキッ


浅見「あっ……」

国定「ふっ」


シュッ


 7番浅見をシュートで打ち取り、手の痺れはピッチングに影響を及ぼしてはいなかった。  続く8番バッターも抑え、2イニング連続の三者凡退。  守りで何とかリズムを作ろうと、エースが奮闘している。


アナ「さぁ、代わった国定はこれで2イニング完璧に抑えてます」

川端「守りはメドが立ったんで桜花は後は攻撃のリズムですね」

アナ「7回は1番の久遠から。試合も終盤に差し掛かりますし、ここは点数いれたいところですね」

川端「そうですね。桜花は当たりだすと繋がるチームですから、大量点が有り得ますからね」


連夜「綾瀬、俺……」

慎吾「分かってるよ。このまま終われるかってんだ」


−7回の表−


 何とか突破口を開きたい桜花、しかしスタミナに自信を持つ大鵬がこの終盤に来ても球威が衰えない。


ガキャァン


久遠「なろっ!」


 完全にどん詰まりの当たりだがバントしたかのようにサード前へ転がる。  それを見た俊足久遠は懸命に1塁セーフになるべく走る。


高谷「甘いわ!」


ビシュッ!


ダンッ


審判『アウトッ!』


連夜「何ィッ!?」

久遠「くっ」


 久遠の方が1歩早く見えたが審判の判定はアウト。  もちろん講義は出来ないのだが、連夜は明らかに不満の声をあげた。


アナ「1番久遠、またしても出塁できませんでした」

川端「久遠くんが出ればもっと違うと思うんですけど、そこは鷲真バッテリーが上手く抑えてますね」


慎吾「はぁ……」

久遠「悪い……」

慎吾「いや、あれはセーフだったな。ついてなかった」

姿「サードの送球が凄かったから、審判もつられやがったな」

佐々木「高谷め、相変わらず覚醒状態はおっかないな」

慎吾「あれ、解くことできないのか?」

佐々木「エラーすれば直るよ」

慎吾「それは狙うことができないな……」


キィンッ!


黒田「ぬかすかっ!」


バシッ!


 三遊間への鋭い打球をショート黒田が横っ飛びで捕球。  しかし投げることが出来ず、内野安打で大河内が出塁する。


大河内「ふぅ、まさか捕るとはな」

連夜「ナイスです」


 ここで金城がマウンドに行き、一言交わす。


金城「握力は大丈夫か?」

大鵬「おう!」

金城「よし、カーブ連発で行くぞ」

大鵬「よっしゃ!」


グッ


ズバァン


高橋「(続けてきたか……)」


 2球投じて、カウント1−1。高橋はまだ振らず、様子を見ている。  ここで引っ掛けてゲッツーなら桜花は後がなくなる。  慎重になるのも無理はなかった。


金城「(わずかに威力が落ちてきた。だが、このバッターにストレートは通用しないだろうし)」

大鵬「おっしゃぁっ!」


ビッ


 3球目もカーブ。しかし回転をかけきれず、中途半端なボールがストライクゾーンに入った。


金城「あっ!」

高橋「もらったっ!」


カキィン


バシッ


瀬野「よし」

連夜「や、やべぇ!」


 甘いボールを引っ張ったが、打球はワンバンでファーストの瀬野のミットに。  ゲッツーになると思われたが、ゆっくりと1塁キャンパスを踏むだけに終わった。  その間に大河内は2塁に滑り込み、セーフに。


連夜「1死だぞ?」

瀬野「知ってるよ」

連夜「なんでダブルいかないんだ?」

瀬野「お前なら分かるだろ」

連夜「………………」

瀬野「察しろよ」


 瀬野は本来右投げの投手だったが、今はその右手にミットをはめている。  左でも塁間ぐらい投げれるぐらいには回復しているのだが、送球に安定感がなく確実にアウトをとりにいっただけのこと。


グッ


ガキャン


上戸「キャ――ッ!」


 久遠と同じくブレーキになってしまっている上戸がまたもカーブをひっかけてしまう。


アナ「あっと、得点圏にランナーを進めましたが4番上戸が凡退。またも還すことができませんでした」

川端「要所を抑えているといえば良く聞こえますが、ちょっと桜花の拙攻が目立ちますね」


慎吾「………………」

木村「だ、大丈夫かな?」

慎吾「監督がうろたえるな」

木村「そ、そうだよね……」

慎吾「………………」


 残りの攻撃イニングは2回。  慎吾も含め、皆、さすがの桜花のメンツも焦り始めていた。


−7回の裏−


アナ「ラッキー7、鷲真の攻撃は9番の大鵬か――」


パッキィーンッ!


アナ「らの…………え? 初球を打った打球は大きいぞ!?」

川端「………………」


 大きく上がった打球をレフト上戸はフェンスに手をかけながら、見送ることしかできなかった。


上戸「………………」


 入ったのを確認し、審判がホームランのジャッジをした瞬間打った大鵬は飛び跳ねてベースをまわっていた。  一方、桜花にとっては致命的な追加点が入ってしまった。


大河内「落ちつけ、国定。ここまで来たら5点も6点も大してかわらん」

国定「励ましに来たのか、蹴落としに来たのかハッキリしてくれ」

大河内「5点取れるなら6点も取れるだろ。良いから抑えてくれよ」

国定「あぁ」


アナ「こう言ってはなんですが、今のホームランは驚きましたね」

川端「え、えぇ。内角のシュートだったと思うんですけど、完全に力で持っていきましたね」


 ホームランでノリノリの鷲真打線が国定に襲い掛かる。


シュッ


高谷「んなろぉっ!」


キィィンッ!


 1番高谷の強振した打球は快音を残してライト前へ。


国定「チッ……」


 点差が開き、ノビノビと攻撃してくる鷲真。  前半とは明らかに違う攻撃を見せてくる。


ガキッ


アナ「2番の本間、粘っています。カウント2−2からすでに5球粘っております」

川端「ここに来てこの粘りは桜花にとっては堪えますね」


国定「(はぁ……何とかゲッツーにしたいが……)」

大河内「(いや、ここは三振でもいい。次の右の黒田の方が楽かもしれない)」


 大河内から出た高めのストレートのサインに、難色を示すも疲れもありここは大河内に従った。


国定「ふぅ……」


ダッ


国定「なっ!?」


シュッ


 1塁ランナーの高谷が完璧のスタートを見せる。


ガキッ


 バッターはセカンドカバーに入ろうとしたショートの逆をつく流し打ち。


真崎「おっと、俺の反応の良さをなめるなよ!」


ズサッ


 素早くブレーキをかけ打球に反応し、回り込む。  真崎のファインプレーでダブルプレーを……


ビシッ


真崎「あ……」


 取れるはずが、捕球できず弾いてしまう。  その間にスタートを切っていた高谷は2塁セーフ、当然1塁もセーフでオールセーフに。  記録はショート真崎のエラー。


真崎「すいやせん」

国定「いや今のはな。逆つかれたし」


 大舞台を踏んでいる国定でも復帰後のスタミナ不足はどうしようもなく、照りつく太陽の日差しと  相手打者の粘りも合わせ確実に削られていっていた。


グッ


大河内「(くっ、キレが……)」


ピキィーンッ!


黒田「おーしっ!」


 カウントを有利にして、決めにいったシュートを捉えられ打球は左中間真っ二つ。  1塁ランナーも返ってきて更に2点追加された。


司「綾瀬」

慎吾「くっ……」


 2イニング完璧に抑えてきたため、薪瀬を一度戻していた。  ここでまた薪瀬をブルペンに走らせ、急いで肩を作らせる。  甲子園のマウンドと言うのは慎吾が思っている以上に、スタミナを削る魔の場所だったようだ。


パッキーンッ!


瀬野「(グッ!)


 4番にフォアボールを与え、続く瀬野にはストライクをとりにいった初球を狙われ長打コースに。  2塁ランナーの黒田が悠々生還しこれで9対0。  残りの攻撃が2イニングで9対0は実質試合が決まったと言ってもいい点差だろう。


アナ「9対0と更に点差が広がり、6番金城にフォアボールを与えたところで桜花学院ベンチが動きます。 ピッチャーを代えるようですね」

川端「桜花はちょっと采配が後手にまわってますね」

アナ「ピッチャーは国定から背番号10の薪瀬が上がるようです」


大河内「9点か……」

司「………………」

大河内「でも諦めるのは身上じゃないんだ。頼むぜ、リリーフエース」

司「もちろんです」


 薪瀬は7番浅見に送りバントを決められ、8番に犠牲フライを打たれてしまう。


司「しぃ!」


ピッ


大鵬「どっせぇぇい!」


シュッパァン!


 それでもホームランを打っている大鵬をストレートで三振を奪う。  しかしこの回で点差は10点となってしまった。


アナ「薪瀬がホームランを打っている9番大鵬を三振に打ち取りチェンジです。 川端さん、桜花学院は逆転可能でしょうか?」

川端「かなり厳しいでしょうね。でもチャンス自体は作れているのでやはり後、1本打てるかでしょうね」


 完全に追い込まれた桜花。  だが、ベンチにはまだ逆転を信じてるものが眠っている。  出番を待って刻一刻と力を蓄えているものが……


−8回の表−


慎吾「………………」

全員「………………」


 さすがに10点差ついてしまい、皆諦めモードに入ってしまっていた。  仕方ないといえば仕方ない。野球で一気に入れられる点数は4点。  それを2発打っても届かないのだから、敗色濃厚なのは間違いない。


連夜「おいおい、何でこんなお通夜みたいに沈んでるんだよ」

慎吾「仕方ないだろ。この点差じゃ……」

連夜「あっそ。まぁいい、綾瀬。俺を代打で出せ」

慎吾「な……!」

佐々木「ここで薪瀬を代えたらピッチャーがいないぞ!?」

連夜「んなこと言ってられるか。打撃の上手くない司に大鵬を打てるわけねーだろ」

慎吾「……いや、ここは薪瀬でいく」

連夜「あのな、お前ら……世の中には数多くスポーツがあるけどな、野球ほど珍しいスポーツはないんだよ」


 連夜が急に語りだし、当然、皆は頭にクエスチョンマークを浮かべていた。


久遠「どういうこと?」

連夜「野球にはドラマがあるって良く言うだろ? 野球って言うのはどのスポーツとも違う特性を持っている。 何点差つけられようと、必ず逆転できるようになってるんだよ」

慎吾「――!」

連夜「行くぜ、綾瀬」

慎吾「…………わかったよ、行け」

連夜「サンキュ」


 連夜はバットケースから夏から愛用している長いバットを取り出し、打席に向かう。  しかし皆、試合より連夜の言った言葉の意味を考えているようだった。


真崎「なぁ、綾瀬……漣が言った意味分かった?」

慎吾「何となく、な」

真崎「どういうこと?」

慎吾「あいつが言ったとおり、世の中にはたくさんスポーツってあるよな」

真崎「サッカー、バレー、バスケとかそんな感じ?」

慎吾「そう。もっと数多くあるスポーツにおいても野球って言うのは異色なんだ」

佐々木「ん? なんで?」

慎吾「野球ほど攻守が露骨に決められてないってことさ」

姿「……そうか。他のスポーツは厳しい状況で逆転するにもまず守って攻撃しなきゃいけないのか」

慎吾「そう。特に時間のあるサッカーやバスケ、攻守が一回ごと変わるバレーや卓球とかな」

松倉「野球は攻撃なら攻撃しっぱなしだもんな」

慎吾「そういうこと。こちらが攻撃終えなければ10点差でも逆転できる、そう言いたかったんだろ」


 理論上はベンチで言ったとおりだが、永遠に攻撃できるかと言ったらやはり難しい。  でも、連夜の打席結果次第ではベンチに差した一筋の光はより大きくなるだろう。  ベンチは少しずつ、前を向こうとしていた。


アナ「ここで桜花は薪瀬に代えて背番号6をつけた漣が出るようですね」

川端「何かバット長くないですか?」

アナ「手元の資料では規定ギリギリのバットを使うようですね」

川端「確かに長くバット使えば遠心力つきますけど……あれを振れるんですね」

アナ「漣くんは元プロ、2度の三冠王を獲得した西武ライオンズのレイ選手の息子さんだそうです」

川端「あーそうなんですか。親子2代に渡って甲子園に来たってことですか」

アナ「いえ、レイ選手は甲子園の経験はありません」

川端「………………」


大鵬「お、ようやく出てきよったな漣」

連夜「いや、お前とは面識ないんだけど」

大鵬「あにぃ!? 話したことあるっちゅーねん」

連夜「それはともかく、早く投げてくれ」

大鵬「あーもう! 瀬野の敵はワイがとっちゃる!」


 中学時代戦ったときは、エラーで出たランナーを連夜が還した虎の子1点を守りきって勝った試合だった。  それをベンチで見ていた大鵬は当時、瀬野以上に悔しがっていたという。


大鵬「お前にだけは打たれん!」


ビシュッ!


 力みまくった一投は完全に高めに外れていた。


連夜「ふんっ!」


ピキィーンッ!


金城「は?」


 金城が腕を伸ばして捕球しようとしたが、ボールがミットに入らず違和感を覚えた。  そう、伸ばさなきゃいけないほどのボールをバッターの男が打ったからだ。


浅見「くっ……」


 打球は俊足浅見の横を抜け、右中間の深いところへ。  打った瞬間、加速した連夜はノンストップで3塁へ、滑り込む必要なくボールは内野に還ってくるのが精一杯だった。


大鵬「ヂグショ――ッ! すまん、瀬野!」

瀬野「い、いや今のは……」


アナ「凄いボール球でしたが、良く打ちましたね」

川端「えぇ。スイングが鋭いですね……ビックリしました」


慎吾「元々、難コース打つのは上手いけど、あー言うのも打つんだ」

司「あそこまで行けば曲芸だぞ」

滝口「いずれにせよ、大チャンスですね!」

慎吾「待て待て待て、交代だタッキー」

滝口「うぅ……そんな気がして早めに打席に行こうと思ったのに」

慎吾「頼むぞ、倉科」

透「おっしゃ、待ちくたびれたで!」


アナ「ここで桜花は代打攻勢、6番滝口に代わりまして背番号14の倉科のようです」

川端「10点差ですから、打撃のいい選手を続々と投入してきますね」


大鵬「どっせぇい!」

透「おっ、甘いやん!」


ガキッ


瀬野「くっ!」


 当たりは決して良くないが、良いところに飛びボテボテの当たりがライト前へ転がる。  そのゴロゴーの連夜はゆっくりとホームイン。  届かなかった1点をあっという間に2人でとった。


金城「落ちつけ、打たれたぐらいでイライラするな」

大鵬「あいつに打たれたのがムカつくの!」

瀬野「9点あるからってお前のコントロールが乱れると安心できんぞ」

黒田「逆に9点あるから今日は大鵬に投げきって欲しいし」

大鵬「わーっとるわ! 落ち着きゃええんやろ!?」

瀬野&黒田「(いや、その様子じゃ無理そうなんだけど……)」


 しかし短気でコントロールが元々悪い大鵬がそれで立ち直るわけもなく、続く真崎にはフォアボールを与えてしまう。


山里「………………」

慎吾「……どうしたんです?」

山里「いや、代打があるかと思って」

慎吾「山里先輩まで下げたら、次の守備が……言うてもまだ守りもありますし」

山里「そっか」

慎吾「最悪、姿にまわしてください」

山里「了解」


コキッ


金城「ここで!?」


 初球からセーフティバントと完全に意表をつく。  バントには定評がある山里はライン際に上手く転がす。


高谷「なめるな、ボケェッ!」

金城「バカ、投げるな。間に合わん!」

高谷「間に合うっちゅーねん!」


ビシュッ!


バシッ


審判『あ、アウトォッ!』


山里「え?」

佐々木「………………」


 山里も1塁コーチャーの佐々木もセーフと信じて疑わなかったが  サードからの鋭い送球に唖然とするしかなかった。


連夜「相変わらず性格変わると怖いな」

松倉「いや、肩強すぎだろ。あそこから刺すんだぞ?」

連夜「一度エラーすればな。守備は下手だし」

慎吾「そんなするか分からんところに狙って打っても仕方ないだろ。この点差だし」

連夜「でも解かないと次、アイツからだぞ?」

慎吾「そん時はそん時だ。攻撃の時は攻撃に集中するもんだろ?」

連夜「……ま、その通りだな」


アナ「いいバントでしたが、サード高谷の素晴らしい送球が出ました。今のプレーいかがでした?」

川端「いや、凄いですよ。キャッチャーは止めていたようにも見えましたが、良くアウトにしましたよ」

アナ「しかしランナーはそれぞれ進塁し、結果送りバントとなりました。 ここでバッターは期待の出来る9番姿」

川端「この2人のランナー還るようだと、まだまだ分からなくなりますね」


 一方、大鵬の方も高谷のプレーと気迫に落ち着きを取り戻しつつあった。


高谷「こんのボケェ! 点差ついてるからって油断してんじゃねーぞ!」

大鵬「はい、すいません」

高谷「分かったらシャキッと投げろよ!」

大鵬「はい」

金城「………………」


 と言うよりサードから脅しがかかっているようだ。


司「性格変わるって1塁の瀬野もなんだろ?」

連夜「まぁ、そうだけど瀬野の場合、死球だから高谷よりは起こりづらい」

松倉「高谷ってヒットだっけか?」

連夜「そう。あいつ、バッティングいいからタチが悪い」

大河内「ところで、チャンスだけど姿大丈夫なのか?」

慎吾「大丈夫ですよ。あいつがあくまで勝ち越しとか言わば試合を左右するとき、やたら弱くなりますが。 今は単純にチャンスなので、最も頼りになる場面ですよ」


 その慎吾の言うとおり、バッティングセンスという点では桜花一の姿が今まで苦労してきた大鵬のカーブを捉える!


カッキィン!


大鵬「なっ!?」


 追い込んでからの決め球を打たれ、2点タイムリーツーベース。  落ち着いてきたところでの追撃。  大鵬がまたイライラしだすのは時間の問題だった……のだが……


カ〜ン


久遠「あ……」


ガキッ


上戸「あぁ……」


 今日大ブレーキの1番久遠、4番上戸がそれぞれ凡打に終わる。  途中、大河内のフォアボール、高橋のツーベースで2塁にいた姿が生還し、この回4点を返した。  だが、姿のツーベース、大河内、高橋と繋いだ以上、久遠と上戸が何らかで出塁していれば大量点が望めただろう。


慎吾「………………」

久遠&上戸「………………」


アナ「さぁ、ようやく桜花打線が火を噴きました。10−4とジワジワと点差をつめてきました」

川端「後、攻撃1回ですからね……もう少し点とっておきたかったですね。また取れてたでしょうし」

アナ「しかし、桜花はこの回、ピッチャーの薪瀬に代打を送っています。誰が投げるんでしょうね」

川端「あれ、もうピッチャーいませんか?」

アナ「背番号11の松倉がいますが、夏の大会では投げておらず、どうやら故障しているようです」

川端「あ、そうなんですか」

アナ「千葉大会で投げていたのは主に3人。後、記録では千葉大会ではショートを守っていた森岡くんが投げた記録があります」

川端「じゃあ本当に投手がいないんですね」

アナ「さぁ、誰がマウンドに上がるんでしょうか?」


−8回の裏−


場内アナウンス『桜花学院、ピッチャーの交代をお伝えします。代打に出ました漣くんがそのままピッチャーに入ります』


アナ「さぁ、桜花学院は代打にでた漣がそのままマウンドに上がりました。同じく代打にでた倉科がサードに入っています」

川端「驚きましたね。苦肉の策でしょうか」

アナ「対する鷲真はこの回は1番からの好打順。抑えられるか、漣!」


佐々木「本当に漣かよ……」

慎吾「投げるって言うんだから任せるしかないだろ。経験あるって本人は前から言ってたし」

司「それは本当だよ。綾瀬も知ってたんだな」

慎吾「去年から国定先輩が投げれない状態が続いて、投手足りないから漣に言われてたんだ。 松倉が凌いでくれてたから、結局披露することはなかったけど」

大友「すいません、俺がもっと投げれていれば」

慎吾「いや大友のせいじゃない。俺の判断ミスだ」

国定「今は漣が抑えてくれるのを信じよう」


 規定の投球練習を終え、プレイがかかった。  記念すべき甲子園初マウンドの相手は覚醒状態の高谷。


高谷「おらぁ! かかってこんかい!」

連夜「はぁ……」


シュッ


 初球、外角に外れてボール。  と言うか連夜は最初から高谷と勝負する気はなく、大河内にも予め言っていた。


パシッ


アナ「急遽マウンドに上がったと言っても良いでしょう、漣ですがストライクが入らず 先頭バッターにフォアボールを与えてしまいました」

川端「こう言ってはなんですが、やっぱり仕方なくのマウンドですね。 ボールにキレがありません」


 続く2番への初球、高谷がスタートを切る。  一応は左投げの連夜だが、完全に盗まれキャッチャーは投げることもできなかった。


大河内「(気にするな。バッター集中)」

連夜「(分かってます)」


シュッ


コツッ


 点差を詰められた鷲真、確実に1点取りにきた。


連夜「甘いぜ!」


ビシュッ!


透「ナイスや!」


パシッ


審判『アウトォッ!』


 決して素早いとは言い難いフィールディングではあったが、自慢の強肩で進塁を防いだ。


アナ「先ほど刺されたお返しか、こちらも素晴らしい送球を見せました」

川端「いいバントだったんですけどね。ちょっと正面過ぎたかもしれません」

アナ「しかし、いい判断でしたね」

川端「えぇ。反応は遅れてましたが、いい肩を持ってますね」


 ピンチは脱したが、打順はクリンナップに入る。


黒田「そんなんで抑えられると思うな!」

連夜「案外、どうにかなるのが野球ってものさ」


シュッ


黒田「おらぁっ!」


カッキーンッ!


連夜「あ〜……」


 思いっきり引っ張りかかった打球は大きくレフトへ上がる。  しかし引っ張りすぎたのか、大きくファールゾーンへそれていく。


ダダダダダッ!


上戸「せめて守備ぐらいでは!」


パシッ


ドガッ


アナ「打球を追ったレフト上戸、フェンスに激突! 打球はどうでしょう、取ったようにも見えましたが……」


審判『アウト、アウトッ!』


アナ「今、アウトのジャッジがありました。上戸、ファインプレーを見せました!」

川端「しかし、大丈夫でしょうか?」


 同じく打球を追っていた真崎と倉科が急いで駆け寄る。  上戸はまだ蹲ったままだ。


真崎「先輩、大丈夫ですか!?」

上戸「だ、大丈夫……」


 しかし首を痛めたのか、痛みから動くことができず真崎と倉科の肩を借りてベンチへ戻ることになった。


アナ「ここで上戸は一度ベンチに下がりますね……おや? 交代のようですか」

川端「違う選手が出てきましたね」

アナ「背番号8をつけている佐々木が出てきました。交代のようです」


 ここでセンターに佐々木、レフトに高橋がまわった。


連夜「はぁ……今度は上戸さんかよ」

大河内「まぁあいつは大丈夫だろ。体はやたら丈夫だし」

連夜「だと良いですけど」

大河内「後1人、抑えてくれよ」

連夜「了解」


カキーンッ!


山里「おし」


パシッ


 またも捉えられるも、今度はセカンド真正面のライナー。  急造投手の連夜だったが、守備の助けもあり無失点に抑えた。


−9回の表−


連夜「で、上戸さんは?」

慎吾「首を痛めたらしい。2、3日は安静だな」

連夜「まぁ軽症っちゃ軽症か」

慎吾「上戸先輩にまで抜けられたらもう勝てんって」

木村「とにかく出ろよ漣。必ず追いつくぞ」

連夜「もちろんです」


アナ「9回の表、最終回の攻撃は前の回に反撃の口火を切った5番漣から」

川端「漣くんの出塁は絶対条件ですね」


大鵬「む、出やがったな! 今度こそ!」

連夜「力め力め。俺にとってはプラスだが、お前にプラスはないぜ」

大鵬「やかましい! ぜってぇ抑えたる!」

連夜「お前じゃ無理。瀬野に劣りすぎ」

大鵬「ぐぬぬぬぬ……」

金城「(ダーメだ、こりゃ。完全に漣の手中だわ……)」


シュッ


連夜「扱い安すぎるぞ」


キィンッ


 また高めに浮いたボールを確実にミートしてセンター前へ。  完全に連夜にペースを崩された大鵬は続く、倉科、真崎に連続フォアボールを与えてしまう。


金城「交代」

大鵬「ねぇ、もう少しナイスピッチングだったとかないの?」

金城「ねぇよ。とことん崩された挙句ランナー溜めやがって」

瀬野「ま、まぁ後は樋上先輩に任せよ」


 ピッチャーをエースナンバーの樋上にスイッチする。  流石に名門鷲真のエース、8番山里を三振に抑える。


アナ「満塁のチャンスでしたが、8番山里は空振り三振。タイミングが合いませんでした」

川端「右のパワーピッチャーから左の軟投派に代わりましたからね。鷲真からすれば上手い交代ですね」


ククッ


姿「よっ」


カァァンッ!


 しかし軟投派はお得意の姿が変化球を上手く拾ってレフト前へ。  タイムリーヒットで5−10、点差を5点に。


久遠「よし、今度こそ」

慎吾「久遠、戻れ」

久遠「くっ、やっぱりか」

慎吾「ミヤ、行くぞ」

宮本「僕ですか〜?」

木村「おいおい、松倉だろ。ここは……」

慎吾「この点差を追いつくにはギャンブルっていうのも必要なんだよ」


アナ「ここで1番、今日流れを止めてしまっている久遠ですが代打のようですね。 背番号16をつけた1年宮本のようです」

川端「ベンチ登録は17人と少ないですが、厚さ的には十分ですね。ここで代打攻勢を仕掛けれるってことは」

アナ「この宮本、千葉大会では2打席立っており1安打1エラー、共に出塁しております」

川端「しかしこの場面で1年はちょっと酷かも知れませんね……」


金城「(確かに1番は合ってなかったけど、こいつか……)」


 と言うのも残りのベンチメンバーは肩負傷中の松倉しかおらず、いつ誰がケガするか分からないことを考えると  ケガしているとはいえ、内外野守れる松倉は貴重な存在だった。


金城「(とにかく内野ゴロでダブルプレーが欲しいですね。1点ぐらいなら上げてもいいし)」


 順当ともいえる低めの変化球で打たせてとることにした。


国定「こう言ってはなんだが、何で宮本なんだ?」

慎吾「ミヤの地区予選での成績覚えてます?」

国定「2打数1安打だっけか? 確かエラーで出塁してたな」

慎吾「えぇ。それに1安打も打球がイレギュラーして、です」

国定「だから?」

慎吾「ミヤは何か持ってます。それに期待しようかと」

国定「………………」

松倉「まぁ今日の久遠よりマシだろ」

久遠「悪かったな……」


キィンッ


金城「よしっ、サード!」

高谷「任せッ!」


ビシッ


高谷「あん!?」


パッパッパッ


高谷「ぬぉぉぉぉ!?」

黒田「早くセカンッ!」


 金城のリード通り、低めの変化球で引っ掛けさせたもののサード高谷が打球を弾いてしまう。  慌てて捕球しなおすも手につかず、お手玉を繰り返しているうちに各ランナーは進塁、オールセーフとしてしまう。  当然、記録は高谷のエラー。


高谷「………………」

黒田「あ〜あ、覚醒終わっちまったか」


 連夜たちが言ってた通り、エラーをした高谷は今までの気迫はどこへやらすっかり落ち込んでしまっていた。


連夜「お、解けたな」

国定「いや、それにしても宮本はある意味凄いな」

連夜「まぁ元々高谷は守備ヘタですしね」

木村「いい流れで来てるんじゃないか?」

慎吾「だな。ここからはうちで最も期待できる2人だし」


キィンッ


カァンッ


ビシッ


カァン


 まだ続く満塁のチャンスで2番大河内が粘りを見せる。  際どいところはカットして、ピッチャーを追い詰めていく。


金城「(くっ……どこに投げれば……)」


 大河内のバッティングの良さはもう金城も分かっている。  甘いコースに投げれば打たれるだろうという思いがピッチャーに厳しいコースを要求してしまう。  この満塁というピンチにピッチャーが最大限投げられるかというと、現実は厳しい。  フォアボールが怖くて甘くなるか、打たれるのが怖くて外れるかの確率が高くなる。


キンッ


 ましてや確実にミートしてくるバッターが相手だと打ち損じというのも自然と考えからは消えてしまっている。  そう、大河内はここでバッテリーを追い込み後に託そうとしていた。


ビシッ


審判『ボール、フォア!』


金城「しまった……」

大河内「まだまだ若いな、キャッチャーくん」


 あえて言うなら、大差をつけている状態。1点を守りにいかなくて十分いい場面だ。  満塁は大量点になりやすい反面、バッターがミスれば高確率でダブルプレーだ。  ここは勝負にいくべき場面だったのだが、大河内はそれをさせなかった。


慎吾「さすが……」

国定「高橋! 根性見せろよ!」


 押し出しで更に1点追加した桜花はまだ満塁で今夏絶好調の3番高橋。


金城「すいません、リードミスです」

瀬野「無理して1点抑えに行くなよ。打たせれば何とかなるぜ」

黒田「その通り、まだ3点ある。長打さえ打たせなければ同点はない」

金城「分かりました」


アナ「まだ分かりません! 桜花学院の最終回、怒濤の反撃で3点差まで迫っています。 いまだ満塁で3番高橋。長打が出れば一気に同点です!」

川端「反面、1死ですからね。ゴロを打てば万事休すですし、これは見応えありますね」


 野球にはいわゆる格言というのがある。  長い歴史の中で、高確率でそうなるから言われ続けた言葉たちだ。  その中に一つ、こういう言葉がある。


慎吾「フォアボールの後の初球を狙え」


パッキーンッ!


金城「!!!」


高橋「おっし!」


 打球は前進守備のセンターの右を破り、長打コースへ。


姿「1点目」

宮本「2点目〜」


 センターが捕球して内野に返す頃には2人が生還していた。  そして1塁ランナー大河内もホームへ向かっている。


ビシュッ


アナ「さぁ、ホームにボールが返って来たぞ! クロスプレーだ!」


ズシャアァッ


審判『セーフッ! セーフッ!』


アナ「セーフッ! ランナーの方がわずかに早かった! 3番高橋の走者一掃の同点タイムリーツーベース!」

川端「初球の入りが甘かったですね。それにしても良く初球からいきました」


キィン


金城「(くっ……またか……)」


 4番上戸の代わりに入っている佐々木が大河内同様の粘りをみせる。  中学時代戦った瀬野からデータはもらっていたが、ここにきて佐々木の粘りは堪えた。


ビシッ


佐々木「よし!」


 満塁から打たれた投手に佐々木相手に粘り勝つことが出来ず、フォアボールを与えてしまう。


アナ「ここで鷲真高校はピッチャーを代えるようですね。背番号10番をつけた伊能が出てきました」

川端「ちょっと遅かったかも知れませんね」


連夜「いや〜いい場面でまわってきたな」

透「まわさんでええで、決めてこぉ」

連夜「あぁ、常に桜花は背番号6が決めてきた。そうなるようになってるのさ」


クククッ


金城「(よし、いいコースに……)」

連夜「ふっ!」


ピキィンッ!


瀬野「くっ!」


 膝元へ落ちる決め球と思われるスライダーを捉え、一塁線へ。  瀬野は捕球できず、外野へ抜ける。


審判『フェア!』


金城「あのコースを打つのか……」


 内角低めに並の左バッターなら空振りするスライダーだったが  難コースを打つのが上手い連夜にとって苦でもなんでもなかった。  2塁ランナー高橋生還で勝ち越し。


カキーンッ


透「十分やろ!」


 続く透の犠牲フライと真崎のタイムリーで逆に突き放し、13対10と最終回で大逆転に成功した。


アナ「8番山里は外角のスライダーに空振り三振に倒れましたが、桜花学院逆転に成功しました」

川端「野球って本当に何が起こるか分かりませんね。見事な集中打でした」


−9回の裏−


 最終回、ピッチャーを使い果たしている桜花は引き続き連夜がマウンドへ。  代打に出た宮本がレフトに、レフトの高橋がライトにまわった。


黒田「まさかな……」

瀬野「大丈夫ですよ。この回は俺から。漣が投げてる以上、3点なんてないようなもんです」

金城「やっぱりあいつピッチャーじゃないのか?」

瀬野「高校入って練習したなら話は別だが、中学は違った」

黒田「確かにストレートは棒球だったな」

瀬野「俺が突破口を開きます」


 この回、鷲真は5番瀬野から。下位打線に向かうと言っても強打者金城に続き、この試合ヒットを打っている浅見にまわる。  そしてランナーを溜めれば覚醒が解けているとはいえ1番高谷にまわる。  追いつくには十分といえる打順だった。


大河内「え?」

連夜「1イニングなら何とか……」


 一方、審判にお願いして投球練習はいらないからとその時間を打ち合わせに使っている桜花バッテリー。  ここで連夜の口から出た言葉に大河内は驚きを隠せなかった。


大河内「話は良く分からんが……じゃあ期待して良いのか?」

連夜「えぇ。スライダーも投げられると思います」

大河内「分かった。とにかく今はお前を信じよう」

連夜「お願いします」


アナ「えっと大河内が守備位置に戻り、プレイがかかりました。投球練習はしないようですね」

川端「珍しいですね。よほど打ち合わせしたいことがあったんでしょうか?」


瀬野「お前が投げてる以上、3点なんてないようなもんだろ」

連夜「そうか? いい当たりなんて野手の正面つくこともある」

瀬野「その通り。だが、お前程度の投球だったらヒットコースを狙うくらい出来るよ」

連夜「ふっ。だろうね……なら……」


 連夜はセットポジションで構え、プレートの一番左端に立つ。  先ほどの回とはまったく違う雰囲気のある構えに瀬野も大河内も身構えた。


連夜「打たせなければいい」


ピシュッ


瀬野「……!」


ズバァァンッ!


 松倉が取得を目指した対角線投法、連夜の投球はまさにそれだった。  左端から一直線に右バッターの膝元へ決める。  その球質でさえ何から何まで前の回とは違っていた。


瀬野「なっ……」

大河内「………………」


連夜「考える隙は与えねーよ」


ズバァァンッ!


 正確無比に同じところへ決める。  ここからの投球だけ見た人は連夜を確実に一線級の投手だと思うだろう。


連夜「(本当はそこにしかコントロール効かないからだけどな)」


 もちろん当人の事情もあるが、前の回からのギャップをついており十分な威力を誇っていた。


大河内「(カウントはいい、一球外すぞ)」

連夜「(すいませんが、勝負にいきます)」

大河内「(なっ!?)」


 遊んだらボロが出る。相手を騙せているうちに勝負を決めたいという気持ちがあり  自分でサインを送り返し、セットポジションに入った。


連夜「おらぁっ!」


ピシュッ!


瀬野「3球同じ球が通用すると思うな!」


グググッ


連夜「同じなわけねーだろ」

瀬野「な、曲がっ……」


バシッ


大河内「ふぅ……」


 同じところから曲げ、ワンバンしたボールを何とか大河内が捕球。  瀬野にタッチしてワンアウト。


アナ「お、驚きました。好打者瀬野から三振を奪いました」

川端「本当に驚きましたね。別人ですよ、言っては悪いかと思いますが」


瀬野「……すまん」

金城「特徴は?」

瀬野「内角のストレートは威力はある。外角を狙えばあるいは……」

金城「了解」


 瀬野を始め、金城、浅見と右が続く。コントロールの効かない連夜にとって誤魔化続けるかがカギになるのだが……


ズバァァンッ


金城「ふむ……」

連夜「(やべ、気づかれたか)」


 2球連続同じコースに決め、ツーナッシング。  しかし流石に5球連続に投げれば怪しまれるだろう。ましてや連夜は急造投手。  疑わない方がおかしいぐらいだ。


金城「(ここは一つ、賭けに出てもいいだろう)」


 金城はわずかにスタンスを変えた。内角を狙い打つために。  そのわずかな動きに気づいた連夜はプレートの位置を通常のところに戻し、セットした。


金城「ん?」

大河内「(セット位置を変えた?)」

連夜「あんまりやりたくはなかったが、仕方がない」


 連夜は左腕に集中した。そして思い出していた。地区予選、決勝で使った力を。  不思議だったが、左腕に力を込めたら自然と体が動くようだった。  まるで意志を持っているかのように……


連夜「いくぜ」


ピシュッ


 左腕をしならせ、そこから青白い光と共にボールは一直線に走り  金城のバットにかすりもせず、大河内のミットに入り込む。  連夜は審判のコールより先に強く拳を握った。


アナ「甘いボールに見えましたが、金城空振り三振! 後1アウトです!」

川端「今のボールは凄かったですね」


慎吾「まただ……」

松倉「え?」

慎吾「地区予選で林藤相手にホームラン打ったときも漣の雰囲気が変わったんだ」

松倉「それでホームラン打ったり、有り得ないボール投げたりってか?」

慎吾「本気出しただけ……なのか?」

木村「(あの投げ方……どっかで見たな……)」


 連夜が力を放出しても、漣家系の血を継いでいない限り、その力を見ることができない。  でもその雰囲気の違いを確かに慎吾を始めとしたチームメートはそれを感じていた。


連夜「後1人。一気に行くぜ」


ピシュッ


ズバァァンッ!


浅見「は、速い……」


 リミッターを外した連夜、瀬野を打ち取ったときと違い、コントロールなしの威力だけで抑え込む。


ピシュッ


ズバァァンッ!


 外してくる気も曲げる気もないのはバッターの浅見も何となく分かっていた。  だが、狙ってもかすることができない。


連夜「悪いな、俺の力じゃなくて……」


ピシュッ


ズバァァンッ!


浅見「くっ……!」


アナ「三振――ッ! 最後は漣が三者凡退に抑えゲームセット! 桜花学院13対10で勝利を収めました!」

川端「最後の漣くんには圧倒されましたね。素晴らしい投球でした」


透「凄いやん。ナイスピッチング」

連夜「サンキュ!」


ウウウウウウ――ッ!!!


「ありがとうございました!」


瀬野「やられたな」

連夜「今度はちゃんと勝負したいな」

瀬野「ん?」

連夜「最後はちょっとズルしちまったから」

高谷「なんだそれ。あれほどのピッチングを見せてか?」

連夜「まぁ、今はそういうことにしといてくれ」

大鵬「今度は負けねぇからなぁ!」

連夜「あぁ、楽しみにしてるよ」


 桜花学院、最大10点差をひっくり返す、大逆転劇で甲子園初勝利を収めた。





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