Thirtieth Second Melody―機動力の真髄―


 2回戦は第2戦目となり、今は前の試合が終わるまで待機していた。  試合前のピリピリしたムード……は一切なく、対戦相手校同士で話している状態だ。


慎吾「ほんと、あいつらに緊張っていう言葉あんのかな……」

大河内「でもへたに固まられるよりいいさ」

慎吾「しかし対戦相手と喋るのはちょっと問題でしょ……」

大河内「まぁ、それは確かに」


 事の発端は連夜が話しかけられたことからだった。


??「おぉ、連夜じゃん! 今日の対戦相手って連夜なのか」

連夜「…………翼くん!?」

翼「おぅ、久しぶりだな」

連夜「なんで翼くんがここにいるの!?」

翼「なんでって、俺富士中央の選手だからよ」

連夜「何ィ――ッ!?」

佐々木「どうした、一体」

永倉「……なんだ、今日の相手お前らなのか」

連夜&佐々木「永倉――ッ!?」

永倉「そんな驚くことか……」

透「なんやなんや、またお前らの知り合いかい」

連夜「またっていうか……あ、でもお前らも驚くぞ」

透「なにがや?」

連夜「翼くん、あの森羅投手の息子なんだぞ!」

透「なんやてぇぇっ!?」

久遠「マジか!?」

翼「おぉ、親父ってまだそんなに知名度あったのか」

松倉「いやいや、野球ファンで森羅投手を知らない人はいないでしょう」


 と、このようになんやかんや話が広がっていき、意気投合したようだ。


ウウウウウウ――ッ!!!


慎吾「終わったようだな」


 予定時刻より少し遅れたが、1戦目の試合の終わりを告げるサイレンが鳴り響いた。


翼「よし、いい試合をしような」

連夜「あぁ」


 仲良くなった両校の選手はそれぞれ握手を交わし、善戦することを誓い合った。  甲子園2勝目を賭けた真剣勝負が今、始まる。



甲 子 園 大 会 2 回 戦
静岡県代表 千葉県代表
富 士 中 央 高 校 VS 桜  花  学  院
2年RF矢   野 久   遠RF 2年
2年CF立   宮 佐 々 木CF2年
3年LF森   羅   姿  1B2年
2年SS白 波 瀬 高   橋3B 3年
2年3B吉   岡   漣   2年
3年2B  坂   真   崎SS2年
3年中   捕 大   友 1年
2年永   倉 山   里2B3年
2年1B芽   皆 宮   本LF1年


アナ「昨年に引き続き出場となった富士中央高校に対するは初出場で甲子園1勝を挙げた桜花学院。 解説は元日産自動車野球部で投手として活躍し、監督として指揮もとったことがある仁田伸三さんです」

仁田「よろしくお願いします」

アナ「両校のチーム分析をされるとしたらどうなります?」

仁田「富士中央高校はやはり機動力ですね。どの打順からでも足を絡めることが出来るので。 一方、桜花学院は打率の高い選手が多いため、連打で点を取るチームですね」

アナ「なるほど。富士中央は春に牧河高校との合併があり、牧河高校野球部出身のメンバーも 多く、この夏にレギュラーを獲得しています」

仁田「牧河高校は昨年、富士中央と善戦して県内の評価は上がっていたみたいですからね。数少ない部員だったとはいえ、 名門のレギュラーになるというのは相当な実力者が揃っていたということでしょう」

アナ「対する桜花学院も元プロ野球選手の木村監督の指導の下、創立2年目で甲子園に来ました」

仁田「木村監督は外野出身なんですが、内野の守備がかなり鍛えられてますね。素晴らしいですよ」

アナ「桜花学院は打のチームという印象が強いですが、内野の守備もいいと」

仁田「えぇ。安定感というと話は別ですが良く言うと派手なんですよね。 下地がしっかりしてるので、今後もっと伸びるでしょう」

アナ「なるほど。今、両校の選手が飛び出してきました。試合が始まるようです」


審判『礼!』


「しゃっす!」


アナ「守ります、後攻桜花学院の先発は初戦に引き続き1年左腕大友です」

仁田「ストレートの威力はありますね」

アナ「そして先攻富士中央高校の攻撃は核弾頭矢野です。打率は低いながら地方大会2本のホームラン。 そして盗塁4個決めている長打に加え足を持つバッターです」

仁田「乗せたら怖いバッターですね。何としても最初の打席は抑えたいところです」


連夜「(さて、と……一回り目まではストレートで押せるだろ)」

大友「………………」


 練習試合では主に滝口や大河内と組んできた大友。  連夜とは数えるぐらいしかなく、この大舞台でもそのリードなんだとさすがに呆れてしまった。


矢野「よ〜し、来い!」


ウウウウウウ――ッ!!!


 審判のプレイボールの声に合わせ、高校野球名物とも言えるサイレンが鳴り響く。


−1回の表−


大友「しっ!」


ビシュッ!


 1回戦の借りをここで返そうと気合十分の左腕しなる!


矢野「ほわっ!」


ガキンッ!


 その速球を初球から叩く。多少、跳ねるも打球は平凡なサードゴロ。  今日のサードは名手高橋。矢野の足に慌てず、1塁へ送球する。


アナ「1番矢野は初球を打ち、サードゴロに倒れました。1球しか投げてませんが大友はどうです?」

仁田「悪く無いですね。思いっきり投げ込んでると思いますよ」

アナ「その大友に対するは左の2番立宮。俊足揃いのチームにあって最多となる二桁10個の盗塁を決めてます」

仁田「大友くんは左に対する攻めが良いですからね。ちょっと非力がちな立宮くんには厳しいかもしれません」


 その言葉通り、初球内角のストレートをどん詰まりのキャッチャーゴロになる。  連夜が落ち着いて送球してツーアウト。


勇「酷いッ! もうちょっと映っていたいのに」

芽皆「じゃあ早打ちしなきゃいいじゃないか」

勇「僕の魅力はあっし(足)やねん」

芽皆「知らないよ……」


カキーンッ!


 そうこう話しているうちに3番森羅翼も初球攻撃。打球は三遊間へ。


真崎「うちのデータ量舐めるんじゃねー!」


パシッ


 引っ張りの打球が多いという事前の綾瀬慎吾情報に三遊間を固めていた真崎が深いところを回りこんで捕球。


高橋「へい」

真崎「頼んます」


パッ


シュッ!


 投げても間に合わないところを素早くサードにトス。  素手で受け取った高橋はそのまま小ジャンプで合わない歩幅を無理やり合わせ1塁へ。


翼「くっ」


ダンッ


審判『セーフッ!』


翼「ふぃ……」


 しかし足の早い翼が勝ち、記録はショートへの内野安打になった。


アナ「惜しくもセーフにはなりましたが、今のは凄いプレーですね」

仁田「ああいうプレイが多いんですよね。相当練習していると思いますよ」


 確かに桜花は各ポジションごとのコンビネーションを高める内野連携に多くの練習時間を使っていた。  今の真崎・高橋のプレーは発展版だがダブルプレイや1塁ゴロの時の投手カバーなど基礎面もしっかりしている。  ただ、守備自体はあまり良くない選手もいるため、通常のゴロをミスしたり送球面でのエラーが多少あったりする。


慎吾「あのプレーでセーフか。速いな森羅投手の息子さんは」

木村「でも凄いよな。甲子園でも普通にあれやるんだから」

慎吾「なんのために練習してると思ってるんだ」

木村「(ノックの時のコイツ、鬼だからな……そりゃ守備力自体レベルは上がるわな)」


 解説席で誤解しているのはこの内野陣を作ったのは木村監督ではなく記録員としてベンチ入りしている慎吾だったりする。  元々はショートでプレイしていた慎吾。自らの経験も合わせ豊富な知識で的確な指示を出し練習している。  ノッカーの腕も定評があり、山里や高橋など守備がいい選手がより球際に強くなったり確実にレベルアップに繋がっていた。


アナ「さぁ2死からランナーが出ました。森羅くんは地区予選では3個の盗塁を決めてます。 ここは走ってくるでしょうか?」

仁田「4番の白波瀬くんは4番に座ってますが本来は1番や3番を打つタイプですから。 それも合わせ、ここは走ってもいい場面だと思いますよ」


ダッ!


翼「よしっ!」


シュッ


 初球からスタート、モーション関係なく積極的にまた大胆にスタートを切り、それが功を奏した。


連夜「そう簡単にいかすかっ!」


ビシュッ!


山里「っておい!」


 連夜の送球は浮いてしまい、セカンドカバーに入った山里がジャンプして何とかキャッチ。  当然、翼は盗塁成功。2死ながら得点圏にランナーを進める。


連夜「ランナーは気にするな。ツーアウトだからな」

大友「………………」


 自分がミスしといてこの人は……というのが大友の本心だった。  だが言うことは最であり、バッターを打ち取ればいいだけと開き直る。


カキーンッ!


高橋「おらっ!」


バシッ!


白波瀬「あー……」


 翼が初球で盗塁を決めるも、4番白波瀬は高橋のファインプレーでサードライナーに倒れ無得点に終わる。


真崎「おい、漣。盗塁を止めるためのスタメンでいきなり決められてるじゃん」

連夜「今のは偶然。翼くんが思いっきりスタート切ってきたからな。あんなの3回に1回成功すればいい方さ」

慎吾「そうだな。それより、1回戦の二の舞にならんように先制点さっさと取ろうぜ」


−1回の裏−


アナ「富士中央高校は初戦に先発した背番号1の加藤を避け、背番号10をつけた永倉が投げるようです」

仁田「永倉くんも大友くんに負けず劣らずの速球を投げますからね」

アナ「同じ左投手、永倉も大友のピッチングを見た以上、負けられないと思っているでしょう」

仁田「あんまり表情には出ませんけど、内には秘めるものがあるでしょうからね」


連夜「おぉ、永倉か……」

慎吾「中学の時は2番手だったんだろ?」

連夜「だが翔よりいいピッチャーだった。あいつは全中優勝投手で騒がれてるが 永倉がいなきゃ、うちは優勝すらできなかったよ」

大河内「翔って横海の?」

連夜「そうです」

国定「この前、ノーノーやってただろ。十分じゃね?」

連夜「あれは相手校がきっとバットを振らなかったんですよ」

国定「そんなわけないだろ……」

慎吾「いずれにせよ、注意は必要か」

連夜「あぁ。あいつが背番号10ってことはエースの加藤ってやつはそれ以上ってことだ。 俺の持つ永倉の印象+αが今の力だとして、その上番号ではそれ以上のエースがいると来たもんだ」

大河内「結構、骨が折れそうだな」

慎吾「ですね」


ズバーンッ!


 などとベンチが永倉について話しているうちに1番久遠は三振に倒れていた。


慎吾「………………」

久遠「すいませんでした」

慎吾「久遠がダメなら、誰を1番に座らせればいいんだ?」

久遠「まだ1打席目なので……」

真崎「甲子園に来て5打席目だけどな」

久遠「うるさい」


アナ「2番はこの試合背番号8のセンター佐々木が入っています。資料によりますと永倉と佐々木は 中学時代チームメイトでした」

仁田「あ、そうなんですか。お互い手の内を知っているってことで、攻め方が変わるかも知れませんね」


中捕「(速球で押すぞ)」

永倉「(分かりました……)」


シュッ!


佐々木「(サッ)

永倉「――!」


ズバーンッ!


 バントの構えを見せるも、直前で引く。  投球はストライクになり、ファーストストライクはとることができた。


佐々木「(速いな……中学と比べもんにならないな)」


 佐々木もバントの構えで球筋を見ようと思ったのだが、自分が思っていた+αを大きく上回っていた。  だが、打つ打たない以前に佐々木はカットの名手。  それは重々承知の永倉は……


バシッ


佐々木「………………」


 その後のボールを明らかに歩かせるように外し、フォアボールとなる。


中捕「おいおい……」

永倉「大丈夫です。事情は後で」


 マウンドに駆け寄ろうとした中捕を制し、途中で守備位置に戻す。


連夜「ボールを見ようとした享介に対し、余計なボールを投げなかったな」

慎吾「歩かせてまで嫌ったってか?」

連夜「享介の粘りはあいつも良く知ってる。無理して勝負する必要もないってことさ」

真崎「なめられてるな」

連夜「だが俺も賛成だな。永倉は決め球らしい決め球はないだろう。ピンチならともかく…… いや、ピンチで佐々木を迎えたときのために余裕のある打席は無駄にボールを投げる必要はないさ」

真崎「次がクリンナップでもか?」

連夜「打ち取る自信があるんだろ」


ガキッ


姿「あちゃ……」


 左投手&ストレートに弱い姿は言うならば永倉みたいな投手は完全に苦手な分類だ。  高めのストレートに手を出してしまいセカンドゴロ。  4−6−3とボールは転送され、ダブルプレー成立。


慎吾「完全に加藤先発予定でオーダー立てたからな……これなら3番真崎にすれば良かった」

姿「悪かったな」


−2回の表&裏−


 富士中央の攻撃は大友の前に5・6・7番と三者凡退に抑えられる。


 また桜花学院も4番高橋が出塁するも、5番に座っている姿同様左を苦手としている漣が  ダブルプレーに倒れ、6番も凡退して得点ならず。


−3回の表−


 この回、先頭の8番永倉を内野ゴロに打ち取りワンアウト。


アナ「ここで9番の芽皆に打順がまわります。芽皆は視覚の方が少し悪いらしく 特別にゴーグルをつけて試合に出場しています」

仁田「それでもレギュラー獲ってますからね。センスはかなりいいみたいですね」

アナ「盗塁4個決めており、足もありますが何と言ってもチームトップの打率.407を誇っております」

仁田「聞いたところ、芽皆くんは反応が良いらしいですね。もちろんミートする力も備わってるからですけど」

アナ「足も速い好打者、桜花学院にとっては絶対に出したくないランナーです」


芽皆「よろしくお願いします」

連夜「よろしく」


 連夜も試合前の雑談で芽皆の眼やゴーグルの一件は聞いていた。  その後に地区予選の成績を知ってなお驚いたのだが。  その打率の高さに必要以上に警戒してしまい、フォアボールを与えてしまう。


連夜「(純粋に盗塁4個と、矢野や翼くんと同じに見えるが全然違う。 足の単純な速さでは負けるかも知れないが、芽皆の場合盗塁成功率10割……)」


 矢野や翼は成功数は同じだが、失敗もしている。  それは芽皆の盗塁の正確性がよく表れているといってもいい。


ダッ


大友「なっ!?」


シュッ


矢野「てぃ!」


ガキッ


 芽皆が完全にモーションを盗むスタートを切るも1番矢野がまたも初球攻撃。  絶対的な盗塁数が少ないのもまた、こういう理由があった。


真崎「よし、ゲッツー」

山里「確実にだぞ」


ビシッ


真崎「あ……」

山里「………………」


 スタートの切っていた芽皆の位置を確認するためにわずかに打球から切ってしまっていた。  結果、恐れていた凡ミスが出てしまう。


アナ「あぁっとこの試合、ショートでスタメンの真崎がエラー。ピンチを広げてしまいました」

仁田「芽皆くんを気にしましたね。しかし真正面の打球だっただけに勿体無いです」


真崎「悪い!」

大友「大丈夫です。綾瀬先輩に言われてましたから」

真崎「そうか……」

山里「ってエラーするぞって予め言われてて安心するなよ」


 前もって言われていたとはいえ、大友が落ち着いていられるのは次のバッターが左の立宮ってこともあった。


大友「しっ!」


ズバァァンッ!


立宮「うぅ……」


 高めのストレートに手を出してしまう。  威力の高いストレートはついつい、この高さは手を出してしまう……その見事なところをついた。


立宮「兄貴、敵を頼む」

翼「あぁ、任せとけ」


連夜「(1打席目は内野安打だったけど、いい当たりだったからな……)」

大友「………………」

連夜「(でも、データ通りに飛んだし一緒でいいか)」

大友「………………」


カキーンッ!


 初球大好き上位打線、翼もまた2打席目も初球を打つ。  打球はライナーで三遊間を襲う。


真崎「届けッ!」


バシッ!


翼「何ィッ!?」


 1打席目同様に三遊間を詰めていた真崎が先ほどのエラーを取り返すダイビングキャッチを魅せる。  2死で打球が飛んだ瞬間スタートを切っていた俊足芽皆だったために先制点を防ぐビッグプレイとなった。


慎吾「よし、良く守った!」

大友「ありがとうございます」

真崎「まぁエラーしちまったからな」

木村「ほんと、球際強いよな……」

大河内「これで普通に守れれば相当良いんですけどね」


−3回の裏−


 7番から始まる打順も永倉の前にランナーを出せず、大友、山里と抑えられる。  しかしこの試合9番に入っている初スタメンとなるラッキーボーイ宮本が持ち前のラッキーさを出す。


カ〜〜ンッ


 変化球にタイミングを狂わされ泳ぎながらもセンターへ。  守備範囲の広い立宮がゆっくりと落下点に入る。


ビシッ


立宮「あ……」


 まさかの落球で出塁。2死からランナーに出て上位打線にまわす。


ズバァンッ!


久遠「げ、入ってます?」

永倉「ふんっ」


 しかしそのチャンスを生かせず、1番久遠の2打席連続となる今度は見逃し三振。


慎吾「………………」


 ベンチにいる慎吾から冷たい視線が送られる。


久遠「本当に申し訳なく思っております」

慎吾「はぁ……とりあえず守ってきてくれ」

国定「踏ん張れよ、大友」

大友「はい」


−4回の表−


アナ「さぁ得点シーンのないまま試合は中盤4回に入りました。富士中央高校の攻撃は4番の白波瀬からになります。 1打席目にはいい当たりを放つもサードライナーに倒れています」

仁田「サード高橋くんの好プレーでしたからね。白波瀬くんは悪いイメージはないでしょう」


連夜「(こいつか……ミートが上手く、力もそれなりにあるバッターは大友は厳しいな……)」


 試合も中盤に差し掛かり、点が入らない状態が続いてるため連夜もようやく本気になってきた。  ピッチャーでスロースターターと言うのは良く聞く話だが、キャッチャーでスロースターターは連夜以外に数えるぐらいいたら奇跡に近いだろう。  慎吾が連夜をキャッチャーにしたくない理由は左利きと言うより、このようなリードに問題があった。  もちろん、本気になった時のリード自体は慎吾も認めてはいるのだが……


連夜「(まずは落ちるボールで。引っ掛けたら儲けもんだろ)」


ストッ


白波瀬「………………」


審判『ボールッ!』


連夜「ゲッ……」


 あまりにも前3人が初球攻撃を仕掛けてくるもんだから、チーム全体がそうなんだと錯覚をしてしまっていた。  初球から要所で使いたかったSFFを使ってしまい、挙句の果てボールと判定された。


シュッ!


白波瀬「ハッ!」


カキーンッ!


 ボールが先行し、ストライクを取りにいったところを狙われセンター前ヒット。


アナ「さぁ、富士中央高校、この試合初めてのノーアウトのランナーです。どう生かしてくるか?」

仁田「白波瀬くんも盗塁7個決めてますし、盗塁も十分有り得ると思いますよ」


吉岡「よろしくお願いします」


サッ


 打席に入ってすぐバントの構えをする吉岡。  白波瀬も足は速い分類には入るが、正直上位打線ほどではない。  けれど矢野の倍以上の盗塁を決めれているのは吉岡の存在が大きかった。


バシッ


審判『ボールッ』


大友「チッ」

連夜「いい、させろ。ワンアウトずつ」


 初球から打っていく上位打線に対し、吉岡は状況判断ができるバッター。  白波瀬が盗塁を狙っていればやるまで待ち、援護もする。  というバッターが後に控えているため、白波瀬の盗塁は自然と増えていった。


ズダッ


大友「!?」

連夜「ここでかよ!」


 カウント2−2から白波瀬はスタートを切る。  完全に裏をかかれたバッテリー及び内野陣が慌てる。


バシッ


審判『ボールッ』


連夜「なろっ!」


ビシュッ!


ズシャアァッ


 連夜も好送球をみせ、タッチの差になるが白波瀬の足が勝り盗塁成功。


連夜「チッ……」

吉岡「残念だったな」

連夜「…………ん? なんでお前いるんだ?」

吉岡「バッターだからだけど」

連夜「え? 今のボールですか?」


審判『そうだよ』


連夜「ま、マジっすか……」


 落胆したのは連夜だけでなく大友もだった。  フルカウントからの1球は大きく外角に外れてしまいフォアボール。  そして続く6番坂のところで、富士中央高校が誇る機動力が牙を剥く。


ダッ!


連夜「はぁ!?」


 初球からダブルスチールを仕掛けてくる。  虚を衝かれた連夜は送球できず、3塁2塁共にセーフ。


慎吾「タイムだ。先輩」

大河内「了解」


 ここで桜花は守備タイムを使い、立て続けに盗塁を決められ興奮しているであろう  バッテリーを落ち着かせることにした。


大河内「6番を歩かせよう」

姿「満塁策ですか」

連夜「でも次、忠次くんだからな……」

大河内「漣、次のバッターとも知り合いなのか?」

連夜「元中日の中捕さんの息子ですからね。翼くんと幼馴染なんで、ガキの頃からの知り合いです」

大河内「なるほど」

高橋「雑談はその辺にして、満塁策で良いんだな?」

連夜「大友次第で。どうする?」

大友「……自分はベンチの指示に従います」

大河内「よし、頼んだぞ」


 ここで作戦通り、坂を歩かせ満塁に。


アナ「ダブルスチールを決められた桜花学院は1塁が空いたため満塁策を選択しました。 先制点は挙げないという表れでしょうか?」

仁田「そうでしょうね。桜花にすれば何とかゴロを打たせたところです」


連夜「(低めに決めてくれよ……)」


ストッ!


 連夜の思惑通り、SFFが低めに落ちる。


中捕「おらぁっ!」


カキーンッ!


大友「くっ……」


 しかしバッターもその落ちるボールに食らいつき、何とか外野へ運ぶ。  外野定位置だが、3塁ランナー白波瀬にとっては十分な距離。


アナ「ライト久遠、バックホームするも間に合わず先制は富士中央高校! 7番中捕の犠牲フライでした」

仁田「う〜ん、久遠くんも2塁ランナーの動きをもう少し見て欲しかったですね。 バックホームを見て、タッチアップしたので良く見ていれば2塁ランナーの進塁は防げましたよ」


 久遠の判断ミスで進塁したランナーを8番永倉がきっちりと犠牲フライを放つ。  9番芽皆は倒れるも富士中央が2点先制した。


久遠「すまん」

連夜「いや、あれはバックホームで正解だろ。久遠なら刺せると思ったし」

慎吾「そうだな。姿もカットできる位置にいてしなかったわけだしな」

姿「軽く俺を責めただろ、今」

慎吾「気にしすぎだ。でも少しでも気持ちがあるなら打ってこい」

姿「………………」


−4回の裏−


ガキッ


佐々木「しまった」


 先制してもらい気を良くした永倉は2番佐々木を打ちゴロのボールを打たせる。


ズバァァンッ!


姿「なっ……」


 3番姿からは威力のあるストレートで三振を奪う。


アナ「2番から始まる好打順も永倉の前に早くもツーアウトとなってしまいました」

仁田「乗ってますね。投球モーションが少し躍動しているようにも見えます」


慎吾「なんか甲子園に来てから打線が機能しないな」

真崎「初戦でしただろ。大量得点ゲームだぞ」

慎吾「いや、そういうんじゃなくて……」

木村「綾瀬が言いたいこともわかる。まぁシュウがいなけりゃ機動力も中々使えないからな」

慎吾「使えるやつを1番にしてるんだがな」

久遠「………………」


アナ「ツーアウトですが、ここで打順は4番の高橋。千葉大会から当たっています。普段は3番ですが 4番の上戸が初戦でフェンスに激突したさいに痛めた首が治らず、この試合は4番を任せられています」

仁田「内外守れて守備もいいですからね。桜花の要となる選手でしょう」


 1打席目でヒットを打たれていることもあり、富士中央バッテリーも警戒をする。  永倉もまたストレートで押すタイプであるが、鷲真の大鵬とは違いデータもチェックするし  キャッチャーのサインの意図も分かってから投げる。


中捕「(変化球を散らそう。外にスクリューを)」


 中捕から出るサインに頷き、投球モーションに入る。  変化球はあまり得意ではないが、きっちりとサイン通りのボールを投げ込む。


ククッ


高橋「しっ!」


ピキィンッ


中捕「なっ!?」


 厳しいコースに来たがきっちり捉え、逆らわず右中間の真ん中へ。  センターが回りこんで捕球するも、肩の弱さをつき高橋は2塁へ。


高橋「(ふぅ……良かった)」


 高橋は元々、初球から行くタイプではないが追い込まれてからのストレートが厄介と  少々厳しいコースでも変化球を最初から狙っていた。  後は自然と体が反応したという感じだ。改めて高橋のセンスの高さが伺える。


連夜「さすが高橋さん」

真崎「俺までまわせよ」

連夜「同点のランナーとして出てやるから後は頼む」

真崎「おう!」


アナ「さぁ2死から高橋が長打で出塁。ここで5番の漣。1打席目はショートへの併殺打に倒れています」

仁田「前の回に先制しているだけに、両チームともここは大事な場面ですね」


 佐々木と共に連夜もまた中学途中からながら永倉とは一勝にプレーし、バッテリーも組んだ。  故に永倉もまた連夜のことを良く知っていた。


永倉「(漣か……正直、嫌だな……)」


 連夜は難コースを打つのが非常に上手い。それは悪球打ちとも言われるぐらいに。  しかし投手にとっては厳しいコースをついたのに弾き返されるもんだからたまったもんではない。  永倉が思いつく連夜の対処法は1打席目みたいに打ち損じを願うしか今のところ見当たらない。


連夜「(永倉のボールならストレートさえ張ってれば打てる)」


 そう書くと連夜を抑えられる投手はいないと思われるが、単純に連夜はミートに関してはそれほど高いレベルではない。  だから少しレベルの高いボールがあれば抑えられる。  問題は永倉が決め球と言える変化球を持っていないことだった。


シュッ


連夜「おらっ」


カァンッ


永倉「ちっ……」


 だから追い込まれても変化球を悠々とカットしてくる。  初戦で大河内が見せたバッティングを連夜はここで披露している。


中捕「(ここは最悪、歩かしてもいい。1塁は空いてるしな)」

永倉「(分かりました)」


ビシュッ!


 中捕の外角に外すというサインに素直に頷き、投じる。


連夜「くらえっ!」


カァァンッ!


永倉「なっ!?」


 外角のボール球を巻き込んで打ち、打球は永倉の頭上を超えセンター前ヒット。  2塁ランナー、高橋が一気に生還し1点返す。


連夜「どうしたい、永倉。お前は知っているはずだが?」

永倉「(何もあんなボール球打たんでも良かっただろうに)」


 永倉と桜花ベンチの意見は一致していた。  まぁヒットを打ってくれたから別に何でも良いんだけど、という思いと一緒に。


慎吾「漣を走らせよう。ここは追いつきたい」

木村「永倉のクイックはともかく、中捕の肩って強いんかな?」

慎吾「さぁ?」

木村「………………」


 盗塁のサインがベンチから出て、行けるとき行けというサインにいきなり初球からスタートを切る。


ズダッ


永倉「こんのっ!」


ビシュッ


 初球からでもきっちりとモーションを盗んだ連夜は、強肩の中捕の送球をかいくぐり盗塁成功。  これで押せ押せのムードになったバッター真崎は2球目をすかさず叩く。


キィーンッ!


連夜「よっしゃ、2点目」


矢野「いかすかっ!」


ビシュンッ!


中捕「(バシッ)

連夜「わぁお!?」


 ライト矢野の強肩が光り、連夜の生還を阻止する。  このプレーに驚いたのは桜花だけでなく、富士中央の選手もだった。


白波瀬「ま、マジかよ……」

中捕「10回に1回の奇跡が来たな」

吉岡「これでうちに大きく流れが傾いただろう」

坂「それほど大きなプレーだったな」


佐々木「どんだけ信用ないんだろうな、あのライト」

連夜「チッ、しかしあの肩は今後警戒する必要がありそうだな」


 普段滅多にないプレーでピンチを脱した富士中央。  次の回、1番からという好打順でもあり何か流れは富士中央にいきつつあった……


−5回の表−


キィーンッ!


アナ「この回、先頭の1番矢野が三度目の初球打ち! 打球はセンター前へ抜けていく」

仁田「前の回、好プレーをやって乗ってましたね。まぁ乗ってなくても初球打ちだったんでしょうけど」


 さすがに2打席初球を打ってれば次もというのは予想ついた。  連夜もボール球から入ろうとしたのだが、大友がストライクゾーンに入れてしまった。  つまり失投だ。


連夜「………………」


 ベンチにサインを送る連夜。それを見て、ベンチから国定と大河内が出てくる。  そしてそれを確認した連夜はマウンドへ。


連夜「次の立宮までだ。抑えるぞ」

大友「ッス」


ズダッ!


矢野「うぉっしゃあっ!」

連夜「何度も許す俺じゃねーよ!」


ビシュッ!


ズダダダダッ!


真崎「は、速ぇ!」

矢野「おんりゃあっ!」


ズシャアァッ!


 驚異的な脚力を見せ、盗塁成功。  今までの打席は凡退していたため、足を見せる機会はなかったが  矢野はチーム1の脚力だったりする。


連夜「くそ……」

大友「………………」


 しかしピンチを迎えても気負いはなかった。  後、目の前のバッターを抑えればエースが何とかしてくれる。  今の大友はこれまでの試合を通して、味方を信じることを覚えつつあった。


大友「うおぉぉっ!」


ビシュッ


勇「そらっ」


キンッ


 威力のあるストレートに対し、セーフティバントで応戦する。  3塁線に上手く転がす。


高橋「とるな! 見送れ」


 投げても間に合わないと判断した高橋はファールにかける。  しかし打球は無常にもラインにわずかに触れ、止まる。


アナ「あっと打球は切れない。その間に立宮は1塁を駆け抜けました」

仁田「ちょっと不運でしたね。立宮くんのバントが上手かったです」


 ここで桜花はピッチャー交代。大友から国定にスイッチする。


大友「すいません、後お願いします」

国定「あぁ。ナイスピッチング」


アナ「桜花学院、ピッチャーを代えてきました。背番号1をつけている国定がマウンドに上がります」

仁田「大友くんもいいピッチングしましたね。将来が楽しみの投手です」


 規定の投球練習を終え、試合再開。  無死3塁1塁のチャンスに今日バットが振れている3番森羅翼。


  翼「ピッチャーが代わったか。確かシュート使いだったな」

連夜「(3番打ってるけど翼くんは言うほどバッティングは良くない。 シュートで詰まらせて、内野ゴロを打たせましょう)」

国定「(了解)」


 しかしランナーは調子に乗っている矢野&立宮。  ベンチからサインは出てないものの、2人が仕掛ける。


ズダッ


国定「はぁ!?」


 初球から1塁ランナー立宮がスタート。


連夜「スタートが悪いわ!」


ビシュッ!


国定「待て、漣。3塁ランナーが!」


ダッ!


 国定が言うのも遅く、連夜は本気で立宮を刺しにいく。  それを見た矢野は3塁スタートを切る。


真崎「くのっ!」


 ショート真崎が2塁到達前にカットし、すかさずバックホーム。


矢野「うぉぉぉっ!」


ビシッ


連夜「あっ」


 突っ込んでくる矢野に意識がいってしまい、返球を弾いてしまう。  セーフを確信した矢野はヘッドスライディングでホームに生還し3−1。  点差をまた2点と広げた。


連夜「すいません……」

国定「ま、今のはな。俺も無警戒だったし」

真崎「後続を抑えましょう」

国定「あぁ」


 続く翼を内野ゴロ、白波瀬を三振に抑える。  吉岡にヒットを打たれるも、外野を前進させており流石の立宮も突っ込めず  6番坂を抑え、このピンチを脱する。


アナ「富士中央高校、持ち前の機動力を使い、この回追加点を挙げ2点差としております」

仁田「見事な攻撃でしたね。しかし桜花も初戦10点差を返してますから、油断は禁物です」

アナ「すぐさま追いつくことができるのか? 次の回、桜花学院は7番のこの回からマウンドに上がった国定からです」


−5回の裏−


 この回の桜花の攻撃は1死から山里がヒットを打つも9番宮本が送りバント失敗。  甲子園来て打撃では良いところがない久遠が凡退してしまう。


宮本「すいやせん」

慎吾「まぁそう何度もラッキーは起きんよな」

木村「それより重症だな、久遠は」

久遠「すいません……」

慎吾「左は得意だったのにな。ちょっとプレッシャーかけすぎたか?」

真崎「第2の姿を生み出してしまうぞ」

姿「やかましい」


 初戦の鷲真も攻撃から流れを作れず、守備で崩れてしまった。  それを重々承知のエースが躍動する。


−6回の表−


国定「おらぁっ!」


ググッ


ガギャン


中捕「んなっ!?」


ズバァンッ!


永倉「………………」


コツッ


国定「甘いッ!」


サッ


芽皆「くっ……」

姿「ナイスです」


 下位打線の攻撃を自慢のシュート、ストレートを駆使して好投を見せる。  セーフティバントにも素早く反応し好フィールディングを見え、この回を見事3者凡退に抑えた。


−6回の裏−


慎吾「この回、点を取れなかったら負けだ。勝負を仕掛けるぞ」


 イニング交代でピッチャーが投球練習をしているところで、先頭佐々木も含め慎吾が集合をかけた。


慎吾「最低同点だ。まずは佐々木、絶対出塁しろ」

佐々木「いや、そう言われてもだな」

慎吾「お前とは今日、まともに勝負してきてない。 多分、この回は抑えにくるだろう。それを初球からたたけ」

佐々木「初球から?」

慎吾「対漣もだったが、向こうもお前らのことは知ってるだけに意識しているみたいだ。 それを逆手に取る。初球を確実に打て」

佐々木「わ、分かった」


アナ「3対1と富士中央が2点リードのまま、6回の裏に入ります。 桜花学院は2番佐々木からの好打順」

仁田「桜花学院からすればここは確実に点数をとりたいところですね」


慎吾「佐々木が出たら姿は確実に進塁させろ。1死3塁の形を作る」

姿「お、おう」

慎吾「後はうちが誇る2人に任せるってわけだ」

高橋「おぉ、責任重大だな」

連夜「くくっ、嫌いじゃないな。そういうの」


カキーンッ


永倉「なっ!?」


 慎吾の予告通り、初球ストライクと取りに来たスライダーに合わせセンター前へ。


佐々木「(サッ)

姿「(……了解)」


 永倉のモーションは頭に入っている佐々木はここで姿に待てのサインを送る。  姿も走る気を察し、援護する意識で打席に入る。


中捕「(こいつか……過去の2打席は抑えているが、千葉での成績や初戦のバッティングを見る限り 侮れない相手だ。外角のカーブを引っ掛けさせれば……)」


 姿がストレートに弱いのにも関わらず好成績を抑えられるのは、姿の体格やスイングの速さに  相手が警戒して変化球を投げてくるからだ。  よほどストレートに自信を持っていなければ姿とは勝負しない。だから姿は地区予選を通じて成績は高かった。


永倉「(いえ、ストレートでお願いします)」

中捕「(え?)」


 だが永倉のようにストレートに自信を持っている相手は当然投げ込んでくる。  そうすれば姿といえど厳しくなる。  似たような関係で、同じ地区の国立玉山の鈴村は大の苦手としていた。


ズバァァンッ!


姿「くっ……」


永倉「………………」


ダッ!


永倉「――!」

中捕「なんだと!?」


 バッターに集中しているところで佐々木がスタートを切る。  絶好のスタートでキャッチャーは送球することが出来ず、盗塁成功。


永倉「(チッ、無警戒だった。佐々木が走るとはな……)」


ガキッ


 得点圏に進んだため、多少警戒してボール球を挟むもカウント2−2からのストレートを  捉えきれずにセカンドゴロに。しかしその間に佐々木は進塁し1死3塁の形を作る。  慎吾が望んだ展開に応えたのはこの試合、4番に入っている高橋だった!


パッキーンッ!!!


永倉「!!!」


 威力のある高めのストレートを捉えると、力負けしないスイングでレフトスタンドへ運ぶ。  甲子園に来てチーム初アーチは高橋のバットから。同点ツーランホームラン!


連夜「おいおい、俺の出番なしかよ」

高橋「何言ってんだよ、勝ち越しはやるよ」

連夜「って次、俺なんですから引き立て役じゃないですか……」


キィンッ!


白波瀬「届かないか」


 愚痴りながらもきっちりセンター返しのヒットでチャンスメイクをする。  ここで富士中央ベンチが動き、投手交代。  背番号1をつけた加藤がマウンドに上がる。


永倉「すまん」

加藤「十分十分。後は任せろ」

中捕「1死だ。走られてもいい、バッターにのみ集中しろ」

加藤「了解です」


 代わった加藤は得意のスラーブを武器に6番真崎、7番国定を凡打に抑える。  しかし桜花も高橋のホームランで3−3の同点に追いついた。


−7回の表−


国定「おりゃあっ!」


ググッ


ガギャアァンッ


矢野「おぅ……」


 単純なバッター矢野、懲りずに初球攻撃を仕掛けシュートに詰まらされる。


中捕「お前な、シュート気をつけろって言っただろ」

矢野「具体的にどう気をつければいいか分かりませんでした」

中捕「………………」


ズダッ!


勇「おっし!」


 三遊間を破るヒットで出た立宮が盗塁を仕掛けてくる。


連夜「そうそう何度も許してたまるか!」


ビシュッ!


真崎「おっし!」

勇「キャ――ッ!」


 これまでの借りを返す連夜の盗塁刺殺で流れは完全に桜花へ。


カキーンッ!


翼「甘いわ!」


パシッ


山里「そらよ」


パッ


真崎「しねぇ!」


ビシュッ!


審判『アウトッ!』


翼「またかよ!」


 過去にシュウと成功させたことのある二遊間コンビネーションを今度は真崎と成功させた。  俊足翼も今度はセーフに出来ず、ビックプレーも飛び出し桜花は完全に乗っていた。


アナ「3番森羅、いい当たりでしたが桜花内野陣に阻まれました。いやー凄いプレーでしたね」

仁田「えぇ……まぁ今のは正直、セカンドが投げても間に合ったかと思いますが…… チームが勢いづくことを考えれば、絶妙なタイミングでやりましたね」


慎吾「よしよし、ナイスプレーです」

山里「真崎とは練習少なかったけど、良くやったな」

真崎「任せて下さいよ」

木村「まぁ、良いけどもう少し安定感ある守備も頼むな」


−7回の裏−


ガキッ


山里「やべっ」

加藤「よし、ショート」


 このまま点をとられたらズルズル行くと加藤が踏ん張りを見せる。


白波瀬「よっ」


ビシュッ


白波瀬「あっ!」


 捕球までは良かったが、1塁へ送球の際悪送球になってしまう。  チームでは安定した守備を誇るショート白波瀬のエラーで先頭バッターを塁に出してしまった。


白波瀬「すまん」

加藤「いいよ、次頼むわ」


 ここで確実に1点取りたい桜花は1回戦で見せた代打攻勢を見せる。


慎吾「倉科、お前の技術にかける」

透「そんな大げさなもんちゃうやん。たかがバントやろ?」

慎吾「されどバントだ。うちはバントヘタなやつが多いからな」

木村「ここでランナー2塁と失敗じゃ全然違うからな。確実に決めろよ」

透「OKや。そういうワイ、大好きやで」


 プレッシャー大好きっ子、倉科透。初球からきっちりと送りバントを成功させる。


アナ「代打で出ました倉科、初球をバントし見事成功させました。いいバントでしたね」

仁田「えぇ。完璧と言っていいバントでしょう」


透「どや!?」

木村「さすがだな」

慎吾「久遠、代えるぞ」

久遠「あ、あぁ……」

慎吾「お前、何を考えて1番を打ってる?」

久遠「……え?」

慎吾「森岡の代わりって思ってるなら間違いだぞ」

久遠「………………」

慎吾「森岡にしか出来ないこともあればお前にしか出来ないこともある。 確かに初戦のオーダーは俺のミスだ。だがな、お前も1つミスしてるんだよ」

久遠「え?」

慎吾「久遠道が森岡秋気の野球は出来ないんだ。何番打とうと自分のスタイル変えようとするなよ」

久遠「綾瀬……」

慎吾「悪かったな。俺もお前の良いところ生かせなくて」

久遠「いや、俺が未熟だったからだろ。サンキュ、スッキリしたわ」


バシッ


審判『ボール、フォア』


大河内「………………」


 代打に出た大河内はフォアボールで出塁。  しかし富士中央も勝負を避けたような感じだった。


中捕「(次のバッターでゲッツーをとるぞ)」

加藤「(分かりました)」


 しかし、こう言う場面でこそ真骨頂の佐々木。  追い込まれるまで一度もバットを振らず、追い込まれてから際どいところをカットする。


ガキィ


キィン


バシッ


審判『ボール、スリー』


佐々木「ふぅ……」

中捕「(は、外れてるのか!?)」


 選球眼も悪くない佐々木は厳しいコースも悠々見逃す。  その自信のある態度も審判の判定に対し有利になることもある。


クククッ


佐々木「(――届かない)」


 外角に逃げていく変化球を咄嗟の判断で見逃す。  振るのを期待したバッテリーは佐々木が振り出さないの見て同時に息を吐いた。


審判『ボール、フォア』


アナ「粘り勝ちました、2番佐々木がフォアボールで出塁し、これで2者連続。 1死満塁となり、ここまで3打席凡退をしている3番姿」

仁田「彼は要注意ですよ。満塁で厳しいですが、甘いコースは当然禁物です」


 3対3、満塁のチャンス。それは姿が最も苦手としているシチュエーションだ。  しかし苦手、苦手と言っていても仕方がない。  姿が綾瀬大地に着いていき、成長したポイントはある意味体格が良くなったことでもスイングが良くなったことでもない。


キィーンッ!


 勝負どころで味方を信じて、後に繋ぐバッティングを意識できるようになったことだ。


アナ「センター前へっ! 3塁ランナー山里、ゆっくりとホームイン! 3番姿、勝ち越しのタイムリーを放ちました!」

仁田「力まずミートしましたね。ナイスバッティングです」


慎吾「……やるじゃねーか」

真崎「この場面で軽打ね。なんか考え方とか変わったんかな」

慎吾「ま、打ってくれればそれでいいよ」


 慎吾は当然、大地らとどんな特訓をしてどう変わったかなんて知らない。  けれど姿を9番に置いていた理由は似たような意味だった。  1番のシュウに回せば打ってくれる、それは桜花全員が思っていること。  つまり9番の姿にチャンスで“次のシュウに繋ぐこと”を意識して欲しかった。  当然、してもらいたいことであり言ったら意味がないことでらしいこと言って誤魔化して来たのだが。  姿はそれに応えるかのように活躍をしている。  慎吾は少し、親友の活躍に対し誇らしさもあり……少しの嫉妬心も持っていた。


慎吾「(裏方に徹するって誓ったはずなのにな)」


 体が万全であれば……そう思うと人を羨む気持ちもある。  慎吾も元々はプレイヤーだった。この聖地でプレーすることを望んだ時期も当然あったから。  それでも今はチームのため、采配を揮っている。  自惚れかもしれないが、自分の采配のおかげで勝ったゲームもある。  そう考えると今、やっていることも少しは誇らしくなる。何よりチームに必要とされていることが何より嬉しいからだ。


真崎「綾瀬」

慎吾「ん?」

真崎「……いや、何でもない」

慎吾「なんだよ……」

真崎「絶対……勝とうな」

慎吾「……当たり前だろ」

真崎「へへっ」


 プレー出来なくなった経緯を真崎も姿も知っている。  だからこそ、今こうして同じベンチで一緒になって戦っていることが嬉しかった。  一度は辞めた野球の道だが、またこうして辞めたメンツが一緒になってプレイしているなんて  人生と言うのは分からないものだな、そう思わずにはいられなかった。


慎吾「よし、行くぞ。薪瀬」

司「了解」


 今もまだプレーしたい気持ちはあるが、少なくても今はこのままで十分。  自分の最大限の知恵と能力を使って、チームを勝利へ導く影の立役者になれればこれほど嬉しいことはないだろう。  そう思えるようになっていた……


−8回の表−


 前の回、姿のタイムリーの後、高橋の犠牲フライ、連夜のタイムリーで  更に得点を挙げ3対6とリードを広げてた。


アナ「桜花学院、ピッチャーが変わります。背番号10番をつけた薪瀬がマウンドへ。 そして前の回代打が出た関係で守備が変わります」


 前の回、真崎で終わったこともあり薪瀬はその打順に。  国定がショートにまわった。  大河内がそのまま入りキャッチャー。  倉科がサードに入り、連夜と高橋がそれぞれ外野にまわった。


白波瀬「抑えられてたから、変わったことはプラスに考えるか」

吉岡「そうだな」

坂「頼むぞ、白波瀬」

白波瀬「はい」


シュッ


司「………………」

大河内「………………」


 一方、投球練習をしている薪瀬は難色を示していた。  それは受けている大河内も一緒だった。
 ボールに走らず、球威が感じないのだ。



大河内「(決め球はないが、変化球は多彩だ。交わすリードでいくか)」


 薪瀬の生命線はあくまでストレートだが、変化球だって悪くはない。  何よりコントロールが良いから、悪いなりに抑えることもできる。


ククッ


白波瀬「むんっ!」


ピキィーンッ!


司「あっ!?」


 打球はあっという間にレフト連夜の頭上を超えていき、守備がもたついてる間に白波瀬は3塁へ。


司「くっ……ダメか」

大河内「大丈夫、コントロールだけ気をつけろ」


 多少、甘くなれば変化自体は良くはないため白波瀬クラスならヒットにするだろう。  それが例え、連夜の緩慢な守備のせいで3つまでいかれたとしてもだ。


キィンッ


吉岡「よしっ!」


 外角へ逃げていくスライダーを上手く合わせライト前へ。  3塁ランナーが生還し、4−6。その差を2点にした。


慎吾「薪瀬、調子よくないのか?」

真崎「みたいだな。ストレートを投げないし」

木村「薪瀬も地区予選から結構投げてるからな。元々スタミナって点では強くないし」

慎吾「まぁそうだが……悪いなりに投げれるやつなんだけどな」


 続く坂には厳しいところをつこうという意識が強く出てしまいフォアボールを与えてしまう。


コキッ


大河内「(バッ)

中捕「ゲッ、しまった」


 7番中捕は送りバントをするも、打球を殺しすぎてキャッチャー前へ。  素早い動きで3塁へ送球しフォースアウト。  送りバント失敗で1死2塁1塁となる。


コツッ


司「え?」

大河内「ば、バント!?」


 続く加藤も送りバント。  セーフティ気味にやったため、バッテリーはノーマーク。  3塁は間に合わず、ゆっくりと1塁へ送球し送りバント成功。


司「まさか2死にしてまで送ってくるとはね」

姿「あの9番、打率は高いからな。気をつけろよ」

司「あぁ」


アナ「さぁ、2死ながら3塁2塁のチャンス。桜花学院はワンヒットでランナーを返さないために外野は前進守備を敷いてます。 バッターは9番の芽皆。チームトップの打率を誇るバッターがここでまわってきました」

仁田「2塁ランナーは足の速い坂くんですからね。当たりによっては還ってくるかもしれませんね」


大河内「(よし、ストレートだ。低めに決めろよ)」

司「(分かりました)」


 ここで今日、勢いのないストレートを投じる。  少しでもストレートを意識させて変化球を有効に使うためだ。


ピシュッ


シュパン


芽皆「……?」

大河内「(あんまり効果なさそうか?)」

芽皆「(こんなもんか?)」


 薪瀬の投じたストレートは自慢のノビはまったく感じず、芽皆も拍子抜けと言ったところだ。  これで有利になったのはバッターの方でストレートは気にせず、変化球に合わせることができる。  多彩な変化球を用いるとはいえ、反射速度の速い芽皆にとっては合わせることはわけなかった。


キィーンッ


 打球は前進しているセンター、ライトを軽く超える長打コース。  ランナーは生還し、バッターも外野が前進しているせいで捕球が遅れているのを確認し  スタンディングで3塁まで進む。


アナ「落ちるボールを上手く合わせました! 打球は前進守備の外野を越えるタイムリースリーベース! 富士中央高校9番芽皆、リリーフの薪瀬から同点打を放ちました!」

仁田「いや〜本当に上手く打ちましたね。高打率の理由も頷けます」


 続く矢野にフォアボールを与え、更に盗塁まで許してしまいまだピンチは続く。


勇「ふっふっふ〜、ここで勝ち越し打を打てば間違いなくヒーローだな」


 目立つの大好き、立宮が完全に打ち気で構える。


大河内「(チェンジアップ系があればいいんだけどな……)」


 抜くボールを持っていない薪瀬は最もスピードの出ないカーブでタイミングをずらす。


クッ


勇「ほわっちぇ!」


キィーンッ!


パッ


 しかし少々の体勢の崩れなど、乗っている時は関係ないのか上手くバットに乗せ捉える。  打った瞬間、軽快にバットを投げ自慢の俊足で1塁へ駆ける。


山里「ていっ!」


パシッ!


勇「えぇ!? ちょっとまっ……」


 1・2塁間を抜ける打球をセカンド山里が飛びついて捕球。  すぐに起き上がって1塁へ。勇の足との勝負!


ダンッ


審判『アウトォ!』


勇「嘘やん!?」

山里「ふぅ……」


 桜花が誇る自衛隊がこのピンチに文字通り守りきり、同点でこの回を終えた。


司「助かりました」

大河内「ナイス守備。勝ったら今日のMVPだな」

上戸「勝ったらな」

山里「うるせぇよ。出てないお前には何にも言われたくないわ」

上戸「酷いやん、ケガなのに」

山里「だったら療養してろ」

慎吾「まぁ、上戸先輩を出さない展開で終わりたいよな」

木村「あぁ。同点で済んだんだ、1点とろう」

真崎「ピッチングはともかく、バッティングじゃ良いところのない国定先輩、頼みますよ」

国定「うるさい、うるさい」


−8回の裏−


カキーンッ!


 打席に入る前、真崎に発破かけられたせいかは分からないがようやくバットは芯をとらえる。


国定「ふぅ……良かった」


 続く山里はきっちりと送りバント成功。  1死2塁と勝ち越しのチャンスを作る。


アナ「ここで富士中央は守備タイムを……おや? 外野から森羅が来ましたね。投手交代ですか?」

仁田「そのようですね」

アナ「加藤はここでマウンドを降ります。レフトの森羅がマウンドに上がります。 静岡大会では3イニング投げまして1失点という成績です」

仁田「父親ばりのアンダースローらしいですね。どういうピッチングするのか楽しみです」


 解説が言ったようにアンダースローから力強いボールを投じる。  合併前の牧河高校ではサッカー部と兼用ながらもエース投手だった翼。  加藤・永倉という2枚看板が完成し、投手としてはあんまり出番がなかったのだがこの大事な場面で  マウンドに上がるということは監督からは投手・森羅も信頼されているということになる。


翼「ふぅ、まさか甲子園のマウンドに上がるとはね」

中捕「驚きだな。というかお前が新学校でも野球やってるのが」


 翼と中捕は連夜が言ったとおり、父親同士が同じ中日の所属のプロ野球選手だったこともあり幼馴染である。  リトル時代にお互いバッテリーを組んでいたが、翼は中学上がるのと同時に野球を辞めサッカーにいった。  理由はプロの父親と比べられるのが嫌だったから。それを言うのが嫌なのか、名前のせいにしているらしいが。  でも、翼は高校に上がってサッカー部も野球部も人数がいないことから両方兼用して活躍した。


翼「まぁ、頼まれたしな。俺、言うても野球嫌いじゃねーし」

中捕「むしろ好きだろ?」

翼「さぁね」


 春に野球の名門校と合併し、晴れてサッカーに集中できる。  その矢先、元牧河の連中が翼を野球部の監督に推薦し、機動力野球を目指す監督の頼み込まれた。  抜群の運動センスに加え、俊足。富士中央が目指す野球にピッタシだったからだ。  でも甲子園に来て、翼は少し後悔していた。


翼「俺、一応本職サッカーじゃん。スカウトから指名したいって言われたら困るな」

中捕「それはないから安心しろ」


 と言うのはもちろん冗談で、本音は本心では思っていた野球をやりたい心が前に出始めていることだった。  サッカーも嫌いではない、むしろ好きなのだが野球と比べると野球が勝る。  それは聖地、甲子園に来てより一層高まった。  そしてマウンドにも上がってしまった、これ以上の幸せはないだろう。


翼「さて、抑えるぞ」

中捕「あいよ」


ビシュッ!


透「あまいでぇ!」


ガギィッ


透「あ、アカン!?」


 下手投げから高めに決まるボールは打者にとってみれば逆に角度ついて打ちづらい。  左打ちの倉科にとって、ボールは見やすいのだが球威に押されてしまう。


坂「くっ」

白波瀬「チッ!」


 しかしこの当たりがテキサスヒットとなり、2塁ランナーが3塁へ進塁。


翼「ん〜、まぁこれが野球だよね」


 1死3塁1塁のチャンスで打席には途中出場の1番大河内。


翼「ハァッ!」


ズバーンッ!


大河内「(良く打ったな、倉科のやつ……)」


 アンダースローとは初対決と言うのもあり、右バッターの大河内。  その見慣れない球筋に戸惑っていた。


翼「どんどん行くぜ!」


ビシュッ


大河内「………………」


ズバァン


審判『ボールッ!』


大河内「(まぁ、何とかついてはいけるか)」

翼「(チッ、順応の早いバッターだこと)」


 しかしボールは見えているが、打てそうかと言ったらどうやら話は別らしい。  ここで抑えられると流れが傾く恐れがあるだけに、大河内はここで勝負に出る。


翼「せぇぇい!」


ダッ


翼「な、なにっ!?」


大河内「(サッ)


 投球モーションに入ると同時に3塁ランナーがスタート、そして大河内はバントの構えをする。


翼「チッ!」


 遅れながら翼、そしてファースト・サードが一斉にダッシュ。


コツッ


大河内「よし!」

翼「忠次!」


サッ


ズシャアァッ!


審判『セーフッ! セーフッ!』


中捕「くっ」

国定「よっしゃあっ!」


 大河内のスクイズが決まり、8回の裏、勝ち越しの貴重な貴重な1点が桜花学院に入る。


ガキッ


佐々木「あっ」


 続く佐々木は上から叩こうとして失敗してしまい、ダブルプレーに倒れる。  それでも残すは9回守るだけ。桜花側は大きく盛り上がっていた。


慎吾「薪瀬、いけるか?」

連夜「いけるか、じゃねーよ。行くしかないんだ」

司「……あぁ、任せてくれ」

慎吾「よし、頼む」


−9回の表−


アナ「さぁ6対7と桜花学院が1点リードで最終回まで来ました。桜花は薪瀬が続投のようです。 追いかける富士中央高校は3番森羅からの好打順。まだまだ試合の展開は分かりません」

仁田「そうですね、薪瀬くんが本調子でない以上、十分チャンスはありますよ」


 しかし薪瀬も前の回のようにむざむざと打たれるわけにはいかない。  ピッチャーのボールはその時の想いの強さがそのまま反映されることもある。


司「うおぉぉっ!」


ピシュッ!


翼「なろっ!」


ガキ〜ンッ


翼「くっ!?」


 ストレートのノビは相変わらず感じないが、気迫がプラスされたおかげか  わずかにミートできず、打ち上げてしまう。  セカンド山里が素早く落下点に入り、ワンアウト。


大河内「いいぞ、今の感じだ」

姿「打たせろ、打たせろ」


 内野から飛ぶ声に軽く頷いてみせる。  マウンド上は孤独だと言うが、今の薪瀬はそんな気持ちは一切なかった。


司「せぇぇいっ!」


ピシュッ


ククッ


白波瀬「おらっ!」


カキィィンッ!


 会心の当たりもライト真正面。高橋が軽く下がって捕球する。  これでツーアウト、勝利まで後1人だ。


白波瀬「くそっ」

吉岡「まだ終わらせねぇよ」

白波瀬「……頼む」

吉岡「あぁ」


アナ「さぁ、後がなくなりました、富士中央高校。2死ランナーなしで5番吉岡が打席に入ります」

仁田「1点差なので、ランナーが出ればまだまだ分かりませんよ。ましてや富士中央は機動力野球のチームですし」

アナ「自慢の足を使うためにも、ここは吉岡の出塁は絶対条件です」


 しかし桜花も後1人からひっくり返されるわけにはいかないと薪瀬が力投を見せる。  カウント2−1と追い込み、最後の1球。


スルスルスル


吉岡「く、カーブ……!?」


 完全に裏をかくカーブボールに泳がされながらも、食らいつく。


カ〜〜ンッ


司「よしっ!」

国定「レフトォ!」


 打ち上げてしまい平凡なフライ。  誰もが勝利を確信した。


ポトッ


連夜「あ……」


 しかしレフト連夜が何でもないフライを落球。  一生懸命涙を堪えようとしていた富士中央の選手もこのプレイに逆に涙が止まってしまった。


連夜「すんません」

国定「ま、まぁしょうがないさ」


 このプレイに試合展開上、仕方ない外野に置いた慎吾と木村は揃って額を押さえ呆れていた。


慎吾「……俺はもう二度とあいつを外野に置かんぞ」

木村「まさかここまで酷いとはな……」


キィーンッ!


 1度は死んだ富士中央が開き直って攻撃してくるのに対し、勝ったと確信してから気を引き締めるのは  結構大変なもので、6番の坂にヒットを浴び一転して2死2塁1塁のピンチに。


アナ「ここで桜花学院は守備タイムを使うようですね」

仁田「取った方が良いでしょうね」


真崎「後ワンアウトなんだ、シャキッと頼むぞ」

司「そ、そうだな」

大河内「ここで同点じゃズルズル負けそうだな。気を引き締めよう」

司「はいっ」

姿「漣に助けられた試合は多いんだ。フォローしてやろうぜ」

司「だな。初戦なんてあいついなかったら、もう千葉に帰ってるんだもんな」


 このタイムで気持ちを切り替えた薪瀬はコントロールよく、カウント2−2と追い込む。


大河内「(よし、最後は高めにストレートだ。そんなに投げてないから大丈夫だろ)」

司「(分かりました)」


ピッ


中捕「うぉぉぉっ!」


カキーンッ!


司「あっ!?」


 この1球を待っていたのかジャストミートで打球はセンターへ。


佐々木「………………」


 ボールを見ずに一気に背走する佐々木。  ここで抜かれれば1塁ランナーも確実に生還するだろう。


ダッ!


 頭上を超えようとするボールにジャンプ1番。


パシッ


佐々木「おっとっとっとっと」


ズシャアァッ


連夜「享介!」

高橋「佐々木、捕ったか!?」


 グラブの先に入ったかのように見えたが、勢いあまって着地に失敗。  思いっきり転倒してしまう。  ランナーは諦めず、塁を進んでいるがここで佐々木はグラブを上げアピールした。


審判『アウトォッ!』


 それを確認した審判が高々にアウトコール。  最後は佐々木のファインプレーで桜花が6対7と接戦を制した。


佐々木「ふぅ……良かった、届いて」

連夜「ナイスプレー、さすがは名手だな」

中捕「やられたな、いい守備だった」

佐々木「いえ、偶然ですよ」

翼「連夜、頑張れよ」

連夜「あぁ」


 両チーム、お互いに握手し健闘と称えあった。  そして観客から大きな拍手が起こった。好ゲームに言わば敵味方の境界線なんてないのだろう。


ウウウウウウ――ッ!!!


 歓声と拍手が入り混じる中、一際大きくサイレンが鳴り響きこの試合の終わりを告げた。
 桜花2回戦突破!





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