Thirtieth Fourth Melody―信じているから―


 奇跡的とも言っていい桜花学院の快進撃。  3回戦は栃木、大鍔高校との対決。  立ちはだかるは甲子園に来て未だ防御率0.00の美堂。


慎吾「おさらいですが、今日の試合長打は期待しません。 1つ先の塁へ送る、奪う、シングルを確実に打つ。以上です」

真崎「以上ですってお前……」

慎吾「全打席で期待してるわけじゃない。1回、この流れが出来れば後はうちのエースが抑えてくれる」

国定「あぁ、任せておけ」

連夜「お、今日はいつになくたくましいですね」

国定「今までの分、全部返すつもりで投げるよ」

姿「………………」


 それぞれの想いを内に秘め、いざ試合へ。  勝った方がベスト8となる、この一戦。勝利するのはどちらか!?



甲 子 園 大 会 3 回 戦
栃木県代表 千葉県代表
大  鍔  高  校 VS 桜  花  学  院
2年RF風   間 大 河 内 3年
3年1B久   保 真   崎SS2年
2年3B真   島   姿  1B2年
2年SS剣   坂 高   橋LF 3年
2年美   堂   漣  3B 2年
3年CF小 笠 原 国   定 3年
3年2B沢   野 佐 々 木CF2年
3年LF島   田 山   里2B3年
2年  谷   久   遠RF2年



審判『礼!』


「しゃす!」


−1回の表−


 先攻は大鍔。トップバッターの風間が左バッターボックスに入る。  その風間、バントするような手の位置でバットを持ち、そのまま打つ構えに持っていく。  バットは水平に構えられ、ピッチャーから見るとグリップしか見えない構えになっている。


大河内「ビデオで見たけど、スゲー構えだな」

風間「でしょ? 俺にとっては打ちやすいんですよ」

大河内「打ちやすいね……」


 大河内が少し呆れるのも無理はなく、この風間は甲子園に来てまだヒットを打っていない。  守備面では確かに広い守備範囲と肩の強さがいかんなく発揮されてはいるが……


大河内「(まぁいいや。セオリー通り攻めようか)」

国定「(はいよ)」


 青波龍滝、桜井真次と言った同世代の投手たちに感化された国定。  並々ならぬ思いでこのマウンドに上がっていた。


国定「シィッ!」


ビシュッ!


風間「いい速球!」


カキーンッ!


バシッ!


 内角の速球を捉えるも、セカンド真正面のライナー。  抑えはしたが、正直驚きを隠せなかった。


大河内「(危ねぇ……まともに打ちやがった)」

国定「サンキュ、山里」

山里「このぐらいなんてことないよ」

国定「おー頼もしくなったな、元バスケ部」

山里「お前な……」


 初球を捉えられたが、調子は悪くないらしい。  続く2番を自慢のシュートで内野ゴロ、3番真島をストレートで見逃しの三振を奪った。


連夜「ナイスピッチングです」

姿「真島を三振とはやりますね」

国定「それは大河内のリードだな」

大河内「それが仕事だからな」

松倉「聞いたか、漣」

連夜「人、それぞれ違うんよ」

松倉「いや頼むからリードだけはしっかり頼むって」


−1回の裏−


 難攻不落とも言える美堂牙城を初回から桜花のアベレージヒッターが攻め立てる。


カキーンッ!


美堂「ありゃ?」


 ある程度、手を抜くという慎吾らの情報の元、1番大河内が初球を叩く。  打球は大河内のヒットゾーンである二遊間を抜けセンター前へ。


真島「おい、美堂。綾瀬たちがいること忘れるな」

美堂「あ、そっか。んじゃ隠してても仕方ないか」

真崎「そういうこと。さぁ、来い!」


 続くは2番真崎。美堂は笑顔でセットポジションに入る。


美堂「そりゃ!」


ズダッ!


谷「ゲッ!?」


ゆらゆらゆら


真崎「くんのっ!」


ブ――ンッ!


 揺れて落ちる変化球に空振りしてしまうも、キャッチャーも盗塁に焦り弾いてしまい盗塁は成功。  桜花としてはヒットエンドランだったのだが、結果的に助かった。  真崎はあんまりバントが得意ではないということもあるが、まさかの空振りに慎吾は早速頭を抱えていた。


慎吾「あんのアホ……」

佐々木「でも今のなんだ?」

慎吾「ナックルさ」

国定「ナックル!? あのピッチャー、そんなの投げるのか?」

慎吾「あいつが幻惑の美堂と言われる由来がナックルなんです」


 中学の時から投げていたナックル。ピンチ以外では手を抜き、ピンチでは完璧に抑える。  この2つの由来から幻惑の美堂と地元では呼ばれていた。  甲子園に来てからの活躍から、メディアがそのことを知り高校でもその名で通るようになっている。


木村「それだけじゃない。美堂はぶっちゃけ決め球満載のピッチャーだ」

慎吾「カウントとるボールがないから手を抜くんですよ」

国定「あー……それでアウトなら儲け。ピンチならその豊富な球種で抑えると」

慎吾「そういうことです」


 という会話がなされている間に真崎はスリーバント失敗でワンアウト。


真崎「うぅ……」

姿「まぁその気持ちは買うよ」


 1死2塁でバッターは3番の姿。


美堂「なんでぇ。バントなんてしらけるな」

姿「あいつなりに必死なんだよ」

美堂「まさかお前までバントはしないよな?」

姿「さぁな」


 試合前から対戦したがっていた美堂は姿相手に本気で投げ込んでくる。


美堂「そらっ!」


ゆらゆらゆら


姿「ふぅ」


ガキィ


 不規則に変化するナックルを自分のスイングで当てる。  しかし芯は食わず、ゴロで1塁側のファールゾーンへ。


美堂「ほー、さすが姿だな」

姿「(チッ……狙ってたのに……)」

美堂「そんじゃ次ィッ!」


ビシュッ


姿「(ピクッ)


ズバァンッ!


審判『ボールッ』


谷「(マジか……ナックルの後の高めのストレートに手を出さないとは)」


 セオリー中のセオリー……だが、バッターも次のストレートが狙い目でもあるため  この高めにはつい手を出してしまう。  だが姿は反応するだけでバットは止めた。


美堂「やるね。でもそう簡単には打たせんよっ!」


ビシュッ!


姿「シッ!」


クククッ!


姿「なっ!?」


 真ん中から内角へ切り込むスライダーに空振り。  ナックルに注目されがちな美堂だが、高速で曲がるスライダーも一級品である。


ゆらゆらゆら


姿「おらっ!」


ガキッ


 結果、決めにきたナックルを捉えきれずセカンドゴロ。  ランナーは進塁するも、1打席目は美堂が制した。


姿「緩いナックルだけか」

美堂「まだ勝負は始まったばっかりだぜ」


 続く4番高橋もナックルにタイミングがとれず、内野ゴロに打ち取られ先制のチャンスを生かせなかった。


−2回の表−


慎吾「国定先輩、大河内先輩」


 守備につこうとする2人を慎吾が引き止める。  少し不思議そうな顔をしつつ、ベンチへ戻ってきた。


大河内「どうした、綾瀬」

慎吾「次の剣坂ですが、広角に打つのが上手いので最悪シングルならいいと攻めてください。 次の美堂もバッティングはいいですが右打ちなので先輩なら大丈夫だと思うので」

国定「もうフォアボールでもいいってか?」

慎吾「まぁ……向こうの攻撃力を考えるなら……ですが」

国定「了解。だけどな、初めから逃げる選択肢は俺にはねぇよ」


 国定は駆け足でマウンドへ。


大河内「まぁ、旧友だから恐ろしさも分かるんだろうけどさ。今のエースも信じてやってくれ」


 ポンと慎吾の肩を叩いて、大河内も守備へつく。  少し遅れたが、規定の投球練習を終え試合再開。


剣坂「綾瀬からなんて?」

大河内「いいバッターだから勝負避けろって」

剣坂「ふ〜ん……んで、避ける?」

大河内「冗談。綾瀬が言ってるだけで、俺はあんたの良さを知らんから」

剣坂「なるほどね」


 お互いにお互いのことは知らないが、共にいい選手だというのは肌で感じあった。  対策はたてたが、そんなの当日使えるかは分からない。  ましてや一発勝負の高校野球。前日までのデータがまったく意味を持たないことだってザラにある。


国定「(だからこそ逃げてては始まらない)」


 大河内の攻めのリードにわずかに笑みをこぼし、投球モーションに入る。


国定「シッ!」


ビシュッ


剣坂「………………」


ズバァァン


 まずは内角へストライクをとる。  ここに来て、国定の球速が上がっているのか大河内のミットに入る音が  以前より力強さを増していた。


剣坂「(1・2回戦よりボールは走ってるな……)」


 あくまでビデオなどを見てでの印象だが、今のボールは威力があったと見た。  そのストレートを見て、剣坂はわずかにバットを短く持ち直した。  そのわずかを大河内は見逃さない。


シュッ


 今度は外角へ投じるも、わずかに真ん中に入ってしまう。


剣坂「もらった!」

国定「いいや、そう甘くはないんだな」


グググッ


剣坂「なっ……!」


ガキッ


 わずかに甘く入れたのは誘いだった。  国定の伝家の宝刀シュートが決まり、短く持った分バットの先に当たってしまい  打球はサードへボテボテの当たり。


連夜「ほれよ!」


ビシュッ!


 サードは左投げの連夜だが、ゴロは問題ないのか難なく捌きワンステップ遅れる分も自慢の強肩でカバーした。  1塁アウトでワンアウト。ここは大河内のリードと国定のボールの威力が勝った。


剣坂「やっぱシュートは凄いな。後、全体的に今日はボールが走ってるようだ」

美堂「了解」


 続くは5番の美堂。ピッチングに注目されがちだが  甲子園に来てホームランを打ってるなどバッティングはいい選手。


国定「ハッ!」


グググッ!


ガキャアン


美堂「ぐっ……」


 しかし国定のシュートが唸りを上げ、内野ゴロに打ち取る。  6番バッターも追い込んでからのシュートを振らせ空振り三振でチェンジ。


国定「よしっ」

連夜「おー今日はいいっすね」

木村「国定が安定すれば後は攻撃に集中できるからな」

慎吾「そうだな。次の回、漣からか……頼むぞ」

連夜「あぁ、まぁ突破口を開いてやるよ」


−2回の裏−


 甲子園に来てから2戦ほど戦った桜花だったが、どちらも先制されてからの逆転劇。  国定がいい立ち上がりをしているだけに、何とか得点を挙げたいのだが……


ズッバァンッ!


連夜「あぁん?」

美堂「悪いけど、この試合だけは負けられないのよ」


 未だ無失点の実力はダテではなく、快速球とスライダーを武器に連夜のバットを空切る。


キィーンッ


真島「はっ!」


バシッ


国定「うげ、捕りやがった!」


 手を抜く癖がある美堂だが、そういうボールを捉えられたとしても  無失点を支えた守備陣が、フォローし桜花に得点のチャンスを与えない。


ガキッ


美堂「よし、まいど」

佐々木「あー……」


 下位打線とはいえ、連夜、国定とまわる打順だったが美堂の前にランナーに出ることが出来ず。


−3回の表&裏


 両チーム、共に下位打線ということもあり、両エースが付け入るスキを与えない。

 お互い三者凡退でこのイニングを終えた。


−4回の表−


 大鍔高校の攻撃は1番風間からの好打順。  前の試合まで低打率に喘いでいた風間がなぜか今日は絶好調。


グググッ


風間「止まって見えるわい!」


カキーンッ!


国定「何ッ!?」


 剣坂を打ち取った時より厳しいコースに決めたシュートを難なく打ち返す。


ズダッ


連夜「真崎ッ!」


ビシッ


 三遊間を破ろうかという打球をサード連夜が横っ飛びで弾き落とす。  逆シングルになるため、弾くのが精一杯だったようだが  弾く時、ショートへ押し出すように当て打球の方向を変える。


真崎「おし、ナイスだ!」


シュッ


 こぼれ球を真崎が拾い、素早く1塁へ。  甲子園に来て目立っている桜花内野陣がまた一つトリッキーなプレイを魅せた。


国定「あのさ、アウトにしてもらって助かるんだが、普通にやってくれ」

連夜「ギリギリの中での判断っす。多分、今のプレー以外はセーフでしたよ」

真崎「だろうな」

国定「(多分、高橋だったら捕ってるだろうな……って言うのはダメか)」


 しかし国定はファインプレーで盛り上がるタイプの投手であり……  いや、チームがそんなだから自然とそうなってしまったせいか分からないが  いずれにせよ、今のプレーで桜花側は盛り上がり、それに乗じて後続をピシャリと抑えた。


−4回の裏−


 桜花の攻撃はこちらも2番真崎からの好打順。  真崎、姿と勝負したがっていた美堂は手抜きは一切なし。


ビシュッ


美堂「おらっ!」

真崎「てぇぇい!」


ガキィン


真崎「んにゃ!?」


 しかしボテボテ当たりだが、打球は良いところへ転がり真崎の足なら内野安打も狙えるところへ。


美堂「ツルギ!」

剣坂「あいよ!」


サッ


ビシュッ!


真崎「おらぁぁっ!」


ズシャアアァッ!


審判『アウトッ!』


真崎「チィッ……剣坂め……」


 ヘッドスライディングも及ばず、強肩剣坂に刺され出塁ならず。


姿「中学からふざけた肩だと思ってたが……」

真崎「久遠以上だな。ヘタしたら漣クラスだぞ」

姿「ま、いいさ。あっちに打たなきゃいいんだし」


 美堂対姿、第2ラウンド。  前の打席はナックルを打ち損じ、美堂に軍配が上がっている。


姿「さぁ、最初から出してくれよ高速……をな」

美堂「分かってるお前に出すかよ」


ビシュッ


姿「そうかい」


クククッ


 初球、高速スライダーでストライクを取りに来る。


パッキーンッ!


美堂「な……っ!?」


 しかし、前の打席空振りしたそのスライダーを狙っていた。  上手く捉え打球はライトへの大飛球。


姿「いける!」


 抜けると確信した姿は一つ先の塁へと駆ける。


美堂「甘いよ、姿。うちのライトは風間だ」


 2塁到達直前で打球の行方を確認し、2塁ストップか3塁へ行くか判断しようと思ったが  目に映った光景に姿は呆然してしまった。


風間「おし!」

姿「お、追いついたのか?」


 ライト風間が外野に横たわっており、わずかにグローブを挙げアピールしている。  そして近づいた2塁審が高々と右手を挙げた。


美堂「しかし、やっぱ生半可じゃダメだな。マジで行くかな」


 ランナーは出せなかったが、4番の高橋が出れば次は連夜、国定と続く。  そんなのは百も承知の美堂はここで更なる球種を投じてきた。


美堂「そらっ!」


ユラユラユラッ!


高橋「はっ?」


ブ――ンッ!


 初球、今までのナックルよりはるかに球速の速いボールに高橋のバットは空を切った。  しかし変化は間違いなくナックルだった。  けど、スピードはスライダー並に出ている……高橋のみならずその変化を見たものは自分の眼を疑った。


佐々木「何、今の?」

慎吾「来たな……幻惑の美堂……!」

姿「あいつはナックルのスピードを自在に変えることができるんです。 遅くも……そして速くも……」

佐々木「は?」

慎吾「さしずめ、今のは高速ナックルと言うんでしょうか。恐らく120キロは超えてるでしょうね」

松倉「ストレート、スライダー、2種類のナックルか……どれも決め球になるんなら成績もついてくるな……」

慎吾「正直、これでカウント稼げるボールがあるか、手抜きがなかったら攻略不可能ですね」

木村「だが、付け入るスキはあるさ」

松倉「え?」

慎吾「えぇ。今、あいつが高速ナックルを使ったことはウチにとってはプラスです」

松倉「なして?」

慎吾「滅多に使わないんですよ、高速ナックルは。ストレートよりナックルの方が投げるの楽っていう変わったヤツですが 流石に高速ナックルは負担が大きいらしくて、好んで使いません」

姿「つまりこの早い回に使ったということはうちの攻撃力に不安を抱いたってことか」

慎吾「そういうこと」


 慎吾の見解は当たっており、美堂の中で姿はかなりハイレベルなバッターなのだ。  その姿にアウトながら完璧に打たれ、しかもその姿は3番を打っている。  つまり4番を打つ高橋は姿以上のバッターだと思ってしまっていた。  いや、現に総合的な打撃力は高橋の方が勝ってはいるのだが……


美堂「しっ!」


ユラユラユラッ!


高橋「こんのっ!」


ブ――ンッ!


 その高橋に警戒に警戒を重ね、高速ナックルと2球投じてしまう。  指、手首、腕、肩と全ての負担が大きいこの球は2球といえど連続で投じてはすぐに腕が悲鳴を上げるらしい。


美堂「チッ……」

剣坂「大丈夫か?」

美堂「あぁ」

剣坂「(さすがに綾瀬たちのチームだな。こんなに早く美堂に高速を使わせるなんて)」


 一方、その高速ナックルが与える影響を知っている慎吾たちは投げさせた高橋を絶賛した。


高橋「悪い。カスリもしなかった」

慎吾「さすがは高橋先輩ですね」

高橋「え?」

真崎「頼りになりますわ」

透「めっちゃ男前やで」

連夜「まぁ、うちでトップのバッターってだけはありますね」

高橋「……え、新手のイジメ?」

木村「いや、普通に褒めてるからそのまま受け取ってくれ」


 事情を知らない高橋は凡退した嫌味を言われているもんだと思ったが  木村のフォローに余計分からなくなり、困惑した。  けれど、チェンジのため守備につかなきゃいけないため首を傾げて外野へ走っていった。


−5回の表&裏−


 大鍔は先頭の4番剣坂がヒットで出塁するも美堂が併殺打でチャンスを潰す。

 一方、桜花も5番連夜からだったがこちらは美堂の前にヒットすら打てずに3者凡退。

 試合は中盤に入ったが以前、両エースが好投を見せている。


−6回の表&裏−


 大鍔は7番からの下位打線。元々打撃が弱い大鍔の下位打線では国定から打つことが出来ず3者凡退。

 桜花は1死から9番久遠が甲子園初安打となる一塁側へのバントヒットを決める。


久遠「良かった……ようやく出た……」

滝口「ナイスバント&ランっす」


コキッ


 それを1番大河内が送り、真崎の一打に期待をかける。


ユラユラユラッ!


真崎「んなっ!?」


ブ――ンッ!!!


美堂「っしゃあ!」


 いくら美堂を知っている真崎といえど、このボールは厄介らしくあっさりと三振。  得点圏にランナーを進めたが後、一本が出なかった。


真崎「悪い」

慎吾「いや、いいよ。仕方ないさ」

真崎「……綾瀬……」

慎吾「普通のナックルで空振りしたやつがアレを打てるとは思えん」

真崎「………………」


−7回の表−


 この回の先頭バッターは1番風間。3回目のアットバット。  剣坂のヒット1本に抑えている国定、しかもその後、併殺打を奪っているため  準完全とも言ってもいい完璧なピッチングを披露している。


大河内「さっき、気づいたことがあって綾瀬に調べてもらったんだが」

国定「ん?」


 投球練習前に軽くマウンドへ行った大河内。  風間はアウトにはしつつ、守備のファインプレーに助けられている部分が強く  大鍔の中では最も国定にタイミングが合っているバッターとも言える。


大河内「大鍔、1回戦、2回戦とも左投手が相手だったらしい」

国定「ふぅん……つまり?」

大河内「あの、風間。完全に左が嫌いなバッターだろう」

国定「極端すぎだろ」

大河内「じゃなければ、今日のお前にこれまで無安打な男が芯で捉えられるわけがない」

国定「んで、大友に代われってか?」

大河内「まさか。ただ気をつけろって言いたいだけだ」

国定「あいよ」


 国定も抑えてはいるが、そんな感じはまったくしていなかった。  こういう完璧な時は一つのヒットから崩れるパターンが多くある。  そのため、細心の注意を払ってピッチングをする。


風間「むぅ……」


 さすがの風間もこれには手が出せず、カウント2−1と追い込まれる。


国定「シッ!」

風間「一か八か!」


コツッ


 打てないと思った風間はスリーバントでのセーフティを試みる。


連夜「な、なんだと!?」


 サード連夜、そしてバッテリーもこれには無警戒。  しかしサードの連夜は強肩だ。


連夜「いけるっ!」

大河内「スリーバントだ! 見送れ!」


 しかしライン際に転がっているため、大河内はファールを望んで見送るように指示。  焦った時の連夜の暴投を恐れたということもある。


ぴたっ


連夜「うげっ……」


 無常にもボールはライン上で止まり、フェア。  先頭の俊足風間が出塁する。


国定「やられたな」

大河内「走ってくるかも知れないから、ピックオフしっかりな」

国定「へいへい」


 ただ大鍔としても1点欲しいところ。また強攻策でチャンスを潰すよりは、セオリーを取り送りバント。  1死2塁で強力クリーンナップへ。  まずは3番真島。巧打力という点では最も期待できるバッターだ。


大河内「(さて、うちの外野陣は肩は悪くない。いかに風間といえどヒット1本では還って来れないだろう)」


 しかしそれも打球によって左右される。  ここで連夜が普通に外野を守れれば、これほど頼りになる男はいないのだが……  出来ないものは仕方がない、と考えを改め抑えるためのリードを頭に描く。


大河内「(進塁打も兼ねて引っ張ってくれれば儲けもんなんだけど)」

国定「(逆に内角に投げて誘おう。この際、進塁されてもいいだろ)」

大河内「(だな。よし、来い)」


ビシュッ!


国定「やべっ!」


 内角へのボールが中に入ってしまう。  もちろん、それを逃すはずのない真島はきっちりミートしてセンター返し。


カキーンッ


 真島の当たりは2塁ベース上を通りセンターへ抜ける。  このヒットで3塁1塁とヒットはもちろん、犠牲フライでも1点が入る場面。  ここでバッターはヒットを打っている4番剣坂。


剣坂「よし、チャンスだ」

美堂「頼む!」


 間違いなく正念場、ここで桜花が抑えれば試合はグッと有利になるだろう。  逆に取られれば不利になるのは言うまでもない。


姿「(4番バッターとして……か……)」


 姿は大地についていって、最後に行ったシュミレーションを思い出した。  1死3塁1塁。状況はまったく一緒の中、4番・剣坂はどんなバッティングをするのか……


国定「しっ!」


ビシュッ


剣坂「(ぴくっ)


ズバァンッ!


 初球、低めに決まったストレートを見逃す。  チャンスではあるが引っ掛ければダブルプレーもあるため、ヘタに打てないだろう。


姿「(犠牲フライでもいいと取るか……長打を狙うか…… シングルを狙うか……剣坂ならきっと……)」


 その後、2個ボールが続きカウントを1−2とバッティングカウントとなった4球目。


ククッ


キィィン


国定「くっ!」


 スライダーを上手くピッチャー返し。打球はセンターへ。


真崎「抜かすかっ!」


バシッ


真島「な、なにっ!?」


 真島の時と似たような打球だが、こちらはベース上を通らずややショートよりの打球。  しかもゲッツーシフトをとっていたため追いつけた。


パッ


山里「よし」


シュッ


 6−4−3と渡り、ダブルプレー成立。  チャンスだったが固い守りの前に得点を挙げることができなかった。


剣坂「くそ……」

姿「やっぱりヒットを狙ったな」

剣坂「なんのことだ?」

姿「お前はきっと繋ぐバッティングをするだろうなって思ってさ」

剣坂「あっそう。と言うより1点とれば今日の美堂なら逃げ切れると思っただけだよ」

姿「そっか、そういう考えもあんだな」

剣坂「は?」


 4番を打つバッターと言っても色んなタイプがいる。  そして考え方もそれぞれ違う。  多分、自分が決めるというより仲間へ繋ぐ方が自分らしいんじゃないかって……  今の剣坂の打席を見て姿は自然とそう思えるようになっていた。


−7回の裏−


カァァンッ!


姿「しゃっ!」

美堂「なにっ!?」


 この回先頭の姿がレフト前へヒットを放つ。  これも少し心境の変化があったおかげなのか、ランナーがいない状態で  出塁を目的としたバッティングというのは本来の姿はあまり行っていなかった。


美堂「ぐぐぐ……」

剣坂「落ちつけ。たかがワンヒットだ」

美堂「驚いたぜ。姿がねぇ」

剣坂「(早いよ)そ、そうだな」

真島「いずれ点はとってやる。踏ん張ってくれよ」

美堂「あぁ。慣れてるよ、この貧打ぶりは」

剣坂&真島「………………」

美堂「悪かった」


 しかしこういうロースコアゲームで落とすわけにはいかない美堂は力投を見せ  高橋の送りバント後、連夜、国定から連続三振を奪い、ピンチを脱する。


慎吾「チッ、さすが美堂」

国定「後、1本が出ないな」

慎吾「国定先輩はピッチングに集中してください。今のは漣が悪いんで」

連夜「何ィッ!?」

慎吾「最後のボール、真ん中付近だったろ。それを空振りやがって」

連夜「あのな、今まで厳しいコースをつかれてて不意に甘いボール来たら 逆に打てないもんなんだよ」

司「(絶対嘘だな。意外と甘いの打てない男だし……)」


−8回の表&裏−


 ここまで来たら引けないのが投手の意地か。

 両投手とも3者凡退に抑え、全ては9回の攻防へ。

 延長戦か? それとも虎の子1点が入るのか?


−9回の表−


国定「うおぉぉっ!」


ズッバァンッ!


谷「――ッ!」


 スタミナに不安がありながら、ここまでの投げ合いでモチベーションは非常に高く  最終回に来てもまだ十分ボールは走っていた。


グググッ


ガキィ


風間「あぁ!?」

真崎「おし!」


シュッ


 要注意、風間をまだキレがあるシュートで内野ゴロにしとめる。  この回も3者凡退で裏の攻撃、サヨナラへエースが完璧な流れを作った。


−9回の裏−


 サヨナラへ、桜花は1番大河内からの好打順。  しかし、ここで慎吾の様子がおかしくなる。


慎吾「はぁ……はぁ……」

姿「綾瀬? 顔色悪いけど、大丈夫か?」

慎吾「え? はぁ……あ、あぁ……大丈夫だ」

連夜「ベンチにいるやつが熱中症か?」

慎吾「かもな……」

真崎「……絶対にこの回で終わらせる。大河内先輩、絶対に出てください!」

大河内「あぁ」


 慎吾の目が虚ろになっているのを見て、真崎と姿はあることが過ぎった。  これ以上、試合を長引かせることが出来ないと。


美堂「おらぁっ!」


ユラユラユラッ


ガキッ


大河内「チッ!」


 しかしここまで踏ん張った美堂が譲るわけもなく、高速ナックルを惜しみなく使ってきた。


真崎「……綾瀬……耐えろよ」

慎吾「だ……誰に言って……だよ……」

連夜「……お前、本当に大丈夫か?」

木村「裏で休んでていいぞ」

透「せやで、医務室あったやん」

慎吾「大丈夫だ……っつーの……」


 慎吾は額に嫌な汗をかきながらも打席に向かう真崎の背中を必死に見ていた。  もう力が入らないのか、ペンをスコアブックの上に置いているほどだ。  しかし本人がそこを動こうとしない以上、どうにもできなかった。


美堂「ここで俺が打たれたら劇的過ぎるだろ。そこを抑えるのが俺だぜ」

真崎「だな。だけど退けない理由っていうのもあるんでね」

美堂「おっしゃぁっ!」


ゆらゆらゆら


真崎「(悔しいが美堂のボールは打てねぇ)」


カツッ


美堂「セーフティ!?」

真島「くっ、ちょっと強いか」


 プッシュ気味に三塁線へ転がる。  その意図は美堂に取らせず、肩の弱い真島にとらせるため。  元々真島は1塁手だった。姿と守備位置が被るからサードにコンバートして  高校入ってもそのまま守り続けているだけで……


シュッ!


真崎「おらぁっ!」


ズシャアァッ!


 決死のヘッドスライディング……判定は?


審判『セーフッ!』


 審判の両手が広がり、真崎は力強く右拳を握った。


ズキィッ


真崎「(やべ……こんな時にか……)」


 古傷である右肘に痛みが走った。  ヘッドスライディングのさい、痛めてしまったのだろう。  それを悟られないように必死に顔を作る。


姿「(あのバカ、やったようだな)」


 しかし笑いながら分かりやすく右肘を抑える真崎を見て姿は呆れてしまった。  これ以上のケガ人は桜花にとって試合不可能を意味する。  さっさとこの試合に幕を下ろさなければならない。


美堂「いい場面だな」

姿「そうだな。一気に決めてやるよ」


 初球、高速ナックルでファーストストライクを取りに来る。


ビシッ


谷「くっ……」


 キャッチャーが捕球しきれず、横に弾いてしまう。  そのわずかを縫って真崎が2塁へディレードスチール。


姿「何ッ!?」

谷「なめんなっ!」


ビシュッ!


審判『……セーフッ!』


 タイミングは微妙だったがタッチの差で真崎の足の方が早くベースにつきセーフ。  谷の送球がやや高かったせいもあり、タッチプレーでなければアウトだっただろう。


姿「無茶しやがって……」


 だがこれでワンヒット、サヨナラのチャンスになった。  ライトではスタートは切れるが強肩風間がいる。  レフトでは当たりによってはスタート切れないが、確実にヒットと判断できる打球を打てば  真崎なら還ってこれると判断した。  狙いは外角のストレート、及び緩いナックル。それを上手く拾う。


姿「(球速差は何とかなるだろ)」

美堂「行くぜ!」


ズバーンッ!


 内角のストレートにピクリともせず見逃した。


美堂「(進塁打にもなるように引っ張ってくると思ったが……)」

谷「(狙いは恐らくワンヒットサヨナラ……ライトの風間を警戒してるんだろう)」

美堂「(なるほどね)」


 その後、外角の高速ナックル、内角のスライダーを見せ球にしカウント1−2。


美堂「くらえっ!」


ビシュッ!


姿「(来た!)」


 狙いの外角ストレートがズバリ来る。  最初からストレートを狙っていれば姿だって言うほど打てないわけじゃない。


美堂「お前の狙いは分かってるよ」


クククッ


 ボールはしかし外角から内へ入ってくるスライダー。  前の2球でボールの球速に錯覚を覚えさせられた、特にスライダーは通常時よりスピードを抑えていたのだ。  だから今の少し速くなったボールをストレートだと勘違いした。


姿「くんのっ!」


カァァン


 バットは止まらない……必死に食らいつき、何とか拾う。


姿「真崎、還って来い!」


 打った瞬間、落ちると確信した姿はスタートを切った真崎へ叫ぶ。  決していい当たりとは言えないが、ボールは内野、外野の真ん中に落ちた。


真崎「言われんでも還るわ!」


 3塁を蹴り、誰もがサヨナラだと確信したが姿にとっての誤算は打球の方向まで決めれなかったこと。  そう、打球はライト前に落ちたのだった。


風間「いかせるかぁぁっ!!!」


ビシュウッ!


 タイミング的にはアウト……だが、返球はわずかに逸れていた。  真崎は滑る体勢に入り、頭から突っ込む。  3塁側、そしてやや後ろに逸れていたボールを捕球してタッチに行く。


真崎「(動け、右手!)」


 逃げるように滑り、右手を懸命にベースへ伸ばす。


ズシャアァッ!


審判『セーフッ! セーフッ!』


慎吾「………………」


 朦朧とする意識の中、慎吾は必死に審判の判定を聞いた。  満面の笑みでガッツポーズをする真崎を見て、緊張の糸が切れたのか  そのまま慎吾の意識はなくなり……


ドサッ


木村「え? 綾瀬!?」


 そのままベンチへ倒れこんだ。  慎吾がつけていたスコアブックの姿の打席にはヒットと打点だけはしっかりと記録されていた……




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