Thirtieth Fifth Melody―涙は見せない、でも悔しいから―


 試合が終わってすぐ、真崎と姿は木村に連れられ病院へと走った。


真崎「綾瀬!」

慎吾「……真崎。ナイスラン」


 駆け込んだ病室には点滴と脈拍を計る機械に繋がれている慎吾がいた。  真剣な面持ちの真崎に対し微笑する慎吾。  いつもと逆転していた。


姿「綾瀬、無事か?」

慎吾「あぁ。ナイスバッティング」

木村「ったく急に倒れやがって。貧血か何かか?」

慎吾「ま、そんなところだ」

木村「の割には大げさだな」

医師「あなたがたは?」

木村「あ、桜花学院野球部監督の木村です」

医師「あぁ、あなたが。少しよろしいですか?」

木村「えぇ」

姿「俺らもいいっすか?」

医師「……綾瀬さん、いいですか?」

慎吾「構いませんよ。そいつら、事情知ってるんで」

医師「では……」


 一度、部屋から出る木村たち。  姿と真崎は知っているため、わけがわかっていないのは木村だけ。


木村「え、何?」

真崎「まず、先生の話を聞こうぜ」

医師「綾瀬さんは洞不全症候群という病気です。ご本人も分かっているようですが」

木村「ど、どうふぜん……何ですって?」

姿「病名は覚えなくていいんじゃね?」

医師「綾瀬さんが言うには小学生の時に判明したとのことです」

木村「え? それってスポーツって出来る病気なんですか?」

医師「正直言って綾瀬さんの状態を考えると厳しいです。激しい運動をしたら恐らく、今回のようになるでしょう」

木村「………………」

真崎「木村は中学、野球やってた綾瀬を思い浮かべたろ?」

木村「あ、あぁ……」

真崎「あの時も裏で結構苦しんでたんだ」

姿「まぁ、俺らもその時に初めて知ったんだけど」

木村「だったら何で言わなかった!?」

真崎「あいつが言うなって言うからさ。わざわざ言う必要もないだろ」

木村「だがな……」

姿「球技大会ですら、あいつにとってギリなんだ。考えればベンチに座ってるだけとはいえ 夏場の連戦……あいつの体が耐えられるわけなかったな……」

医師「えぇ。話は伺っております。甲子園大会の真っ最中でしたね」

木村「ってことは綾瀬は?」

医師「申し訳無いですがベンチ入りは認められません」

木村「……分かりました」

姿「思えば、昨年の夏も……そうだったんだよ」

真崎「え?」

姿「試合終了の後、あいつと会ってな。倒れたんだよ」

木村「昨年の夏って綾瀬、まだ野球部入ってないだろ」

姿「あぁ、スタンドで観戦しててだよ。分かるか? それでも倒れてしまうんだ」

医師「とりあえず、こちらにいるまではうちに入院しててもらいます」

木村「分かりました。よろしくお願いします」


 また詳しい話を医師と木村はすると言い、真崎と姿は病室に入って話をすることにした。  医師の話ではまだ、綾瀬に残りの試合、ベンチ入りは認められないと伝えてないらしく二人が言うことになった。  しかし、何て切り出そうか……思いつかないまま、二人は病室に入った。



・・・・*



 試合を終えた連夜、佐々木、滝口、大河内の4人は次の横浜海琳対豊宣の試合を見るべく  ユニフォーム姿(連夜は上だけアンダーシャツで)でスタンドに来ていた。


連夜「さて、次の対戦相手はどっちかな?」

佐々木「どっちが来ても難儀だな」

滝口「まぁ準々決勝にもなれば、どこが来ても一緒でしょう」

連夜「だな」

大河内「強いていえばどっちが楽かな?」

佐々木「横海でしょう。高波が投げるぐらいだし」

連夜「だな。青波・須山の両3年がいる豊宣のほうが手ごわいだろうな」

大河内「(だから高波って投手、ノーノーやってんのに……)」


 相変わらずの2人に呆れながらスコアブック要員ともいえる大河内が  発表されたオーダーを写し始めた。



甲 子 園 大 会 3 回 戦
愛媛県代表 神奈川県代表
豊  宣  学  園 VS 横 浜 海 琳 高 校
2年2B進   藤 早   川CF 3年
3年RF後   藤 中   村RF2年
2年LF火   影 狩   野2年
3年青   波 小 田 切LF 3年
3年石   水 雲   雀1B 2年
3年1B日   高 早 乙 女SS3年
2年3B水   神 土   肥 3B2年
3年SS坂   口 坂   山2B2年
3年CF須   山 高   波2年


連夜「……は?」

大河内「どうした?」

連夜「横海の先発、高波って……」

大河内「1回戦でノーノーやった投手だからな。この1番に出してきて不思議じゃないだろ」

佐々木「いやいや、次がうちなんですよ? それ考えたらエースで行くべきでしょう」

大河内「(なぜうちのレベルが低いと自ら……)忠津は2回戦で完投してる。恐らく交互に先発たててるんだろ」

連夜「違うぞ、享介。豊宣よりうちが厄介だと名門の監督が直感で感じたんだ」

大河内「(と言うより、恐らくうちが勝ち上がってくるのを予想してなかった気がするけど)」

佐々木「なるほど。だが、ここで高波じゃ横海は上がって来れないぞ」

連夜「そうだな」

大河内「(もういいや、突っ込まんでおこ)」

滝口「言いたいことは口に出した方がいいっすよ」

大河内「人にはそれぞれ事情があるってことでいいんだ」


ウウウウウウ――ッ!


 相変わらずスタンドであれこれ話しているうちに試合は始まった。


翔「よし行くぜ、2試合連続のノーヒットノーラン!」

豹「そう簡単にやらすかよ!」

翔「…………へ? 豹!?」

豹「…………な、翔か!?」

翔&豹「な、なにぃっ!? なんでお前が!?」


 改めて相対してお互いの存在に気づくバカ2人。  翔は苗字が変わっている豹に気づかず、豹はまさか翔が横浜海琳で投手やれていると  思っていなかったため別人だと思っていた。


連夜「……アホか、あいつら」


 グラウンドでお互い指差して驚いている2人に悪態をつく。  その絵はまぬけとしか言い様がなかった。


佐々木「それはともかく、横海はいやに2年が多いっすね」

大河内「どうやら高波が投げる時と忠津が投げる時で守備陣も変えてるらしい。 中村、土肥、雲雀、坂山の4人は背番号二桁だしな」

佐々木「なるほど」

滝口「うちもそうしますか!?」

大河内「向こうは変えても大差ない、ピッチャーに与える影響ってことだろう。 うちはそこまで楽な戦力じゃないからな」

滝口「うぅ……結局、今日も出番なかったし。僕の出番はもうないんだな……」

大河内「………………」


カキーンッ!


 快音を残した打球はセンター前へ。  これで翔はこの試合先頭バッターで甲子園初の被安打を浴びてしまった。


豹「なに、それ。お前よくピッチャー続けてるな」

翔「やかましい!」


 続く後藤は送りバントの構え。  しかしバッテリーは走ってくると読んだ。


豹「(ん〜翔はクイックだけは上手いからな……あのキャッチャー、肩強いんかな?)」

翔「(絶対走るな。頼むぜ、狩野)」


サッ


豹「チッ」


ズバァンッ


 1球目から走る気だったが、素早いクイックにスタートを切れなかった。


連夜「へぇ、豹がスタート切れないとはね」

大河内「あいつ、盗塁技術は?」

連夜「うちのシュウ並はあるでしょう。いや、それ以上かもしれません」

大河内「そっか……ちょっと厄介だな」


翔「どんどん行くぜ」


シュッ


豹「くっ」


ズバァン


狩野「そらっ!」


ビシュッ


豹「ゲッ!?」


 スタートを切れなかったが、切るつもりで右足に重心を傾けていた。  そのため狩野からの牽制球に一瞬反応が遅れ……


審判『アウトッ!』


豹「しまった」

翔「はっはっは、見たか!」

豹「やかましい! お前じゃねーだろ!」


 この狩野のプレーでリズムを取り戻した翔は続く2番・3番と自慢のコントロールで抑える。


連夜「ふ〜ん、相変わらずの制球力だな」

佐々木「少しは成長したってことか」


 自分の眼で見て、ようやく翔の実力を認めつつある2人だった。


連夜「あのキャッチャー、相当リードが良いようだな。 翔のピッチングはある種、キャッチャーにかかってくるからな」

佐々木「何それ、暗に自分が凄かったと言いたいわけ?」

連夜「そんなそんな、滅相もない」

佐々木「………………」


 一方、攻守が変わって豊宣のマウンドには背番号1青波龍滝が初めて先発のマウンドに上がった。


大河内「やっぱり横海に対しては来たな」

滝口「多分、次がうちだからでしょうね」

大河内「ま、まぁ多分な」

連夜「どういう意味ですか?」

大河内「同じランクの緑央相手に火影で来たんだ。恐らく、明日も火影だろ」

佐々木「だったら嫌だな。舐められすぎですよ」

連夜「……いや、多分……」

佐々木「え?」

連夜「いや、何でもない」

佐々木「…………?」


ズバァァンッ!


中村「ぐっ……」


 先頭の早川、中村と連続三振にきってとるいきなりの快投を見せる。


狩野「どうだ?」

中村「ストレートの速さは凄いな。いつもよりツーテンポ早くてもいいぐらいかも」

狩野「了解」


 そして横海が誇るクリンナップ、まずは3番狩野が打席に。  唯一1年のときからベンチ入りを果たしていて、バッティングはピカイチだ。


龍滝「行くぜ」


ビシュッ


狩野「――シッ!」


ズバァァンッ


狩野「(いつものタイミングだと振り遅れるな)」

石水「(……ボールは見えているか)」


シュッ


狩野「変化球っ!」


ククッ


カーンッ!


 スライダーに上手く合わる。  ストレートにはついていけないと変化球待ちに切り替えていた。


タタタッ


豹「セカンドの守備範囲、なめるなよ!」


シュッ


 俊足を生かしてセンターへ抜ける打球を逆シングルで捕球。  すぐに反転して1塁へ。


龍滝「ナイスプレー、進藤」

豹「うっす!」


 大方の予想通り、そこから投手戦を展開する両投手。  互いに譲らなかったが、先にピンチを迎えたのは青波龍滝の方だった。


連夜「凄いな狩野って男は」

滝口「あのストレートを引っ張れるんですね」


 この回先頭の狩野が粘りに粘った末、ストレートを左中間へ。  ツーベースヒットとなり、この試合両チーム初めて得点圏にランナーがいった。


翔「小田切先輩! 頼んます!」

小田切「あぁ」


 打席には大会No.1バッターとも名高い4番小田切。  ここで豊宣は念のため守備タイムをとる。


龍滝「ふぅ……」

石水「よ、疲れたか」

龍滝「ちょっと初回から飛ばしすぎたかもな」

石水「おいおい……」

龍滝「だが、大丈夫。しっかり抑えるよ」

石水「よし、頼むぞ」


 龍滝の体をポンと叩いて、それぞれ守備位置につく。


龍滝「いくぜ」


ビシュッ


小田切「――!」


スッバァァンッ!


小田切「な!?」

龍滝「まだまだこんなもんじゃない」

小田切「チッ」


ガキンッ


ガシャン


 2球目、バックネットへのファールになる。  しかし、さすがは小田切、早くもタイミングを合わせてきた。


龍滝「お?」

小田切「はぁ……はぁ……へ、どうでい」

龍滝「……なるほど。面白いな」


ビシュッ!


小田切「おらぁっ!」


ズッバァァンッ!


龍滝「(パチンッ)

小田切「………………」


 小田切のバットは渾身のストレートの前に空を切った。


小田切「くっくっく……まいったね、同世代でこんな化け物がいるなんて」

龍滝「………………」

小田切「完敗だよ」

龍滝「いい勝負だった」

小田切「だがまだ終わりじゃない。勝負に負けても試合は勝たせてもらうよ」

龍滝「くくっ。そうだな」


ズッバァンッ


雲雀「キャッ」


ガキッ


早乙女「あちゃ……」


 後続も抑えられ、横浜海琳は先制点のチャンスを逃す。


翔「チィッ」

手嶌監督「高波、気持ちを切らすなよ」

翔「ウッス」

狩野「つーか投手戦で負けるようならお前なんてエースになれん」

翔「分かってるよ。9回でも18回でも投げてやる」


 むしろ、こういう投げ合いこそ翔の望んでいたこと。  青波、石水がスタメンで打撃力は緑央の時よりはるかに上がっているのにも  関わらず、翔は負けじと快投を続ける。


連夜「今日の国定さんと美堂の投げ合いと一緒だな」

大河内「そうだな。うちは真崎の足で勝てたけど」

連夜「こういう試合は一つのミスで勝負は決まりますからね」

佐々木「確かにキャッチャーのちょっとしたミスを真崎がついてくれたからな」

滝口「ところで真崎先輩、肘痛めてたみたいですが大丈夫でしょうかね?」

連夜「…………は?」

大河内「真崎、ケガしたのか?」

滝口「綾瀬先輩が運ばれる時、肘を抑えていて、顔色悪かったんでそうかなーと」

連夜「綾瀬のことに紛れて誤魔化そうとしたんだな」

大河内「もしそれが本当なら一大事だぞ」

滝口「え、どうしてですか?」

大河内「どっちが勝とうと次はエース国定で行く。ならショートできるのは真崎だけだ」

佐々木「そ、そうか……!」

連夜「……ま、次のことは相手が決まってからでも良いでしょう」


 試合は桜花対大鍔と同じように9回の攻防に入っていた。


キィン


 この回、先頭バッターの豹が三遊間を破るヒットで出塁。  豹は今日、両チームで唯一の複数安打となった。


ズダッ!


翔「なにっ!?」


 盗塁をできずフラストレーションが溜まっていた豹。  思い切って9回無死の初球から仕掛けてくる。


ズシャアァッ


 横海のバッテリーは完全に無警戒。  先制にして決勝点のチャンスを作る。


火影「ふっふっふ〜。ここで氷室を還せばヒーローだぜ」

水神「さっさと打席にいけ」

火影「どうでしょ、監督。ここで打点を挙げたら9回、私に投げさせてください」

御藤監督「ダメだ」

火影「ふっふ〜ん、さてと……」

水神「………………」

龍滝「いいよ、打点挙げたら代わってやる」

火影「マジっすか!?」

龍滝「あぁ、だから頼むぞ」

火影「ウィッス!」


 2番はバントだったが、翔のキレのあるボールに失敗し1死2塁のまま。  ここで登板をかけて3番火影が打席に。


水神「い、いいんですか?」

龍滝「まずは点が欲しいからな。後のことはそれからだ」

水神「なるほど……」


ピキィンッ


火影「よっし! 氷室なら還れるだろ!」

水神「ゲッ、打ちやがった」


ズシャアッ


パシッ


火影「バッ、何を!?」

坂山「甘いっす」


 1・2塁間を抜ける打球をセカンド坂山がダイビングキャッチ。  1塁へ転送し、アウトに。


火影「何しやがる!」

坂山「僕は自分の仕事を全うしただけだい!」

翔「はぁ……サンキュ、坂山」

坂山「絶対踏ん張れよ!」

翔「あぁ」


 元々線が細く、スタミナには不安がある翔だったが気力でカバーしていた。  ここまで来たら技術云々の話ではない、相手に負けたくない心だけだ。


スットーンッ!


ブ――ンッ!


龍滝「な、なんだと!?」

翔「ここで終われるかよ!」


ズバァンッ!


龍滝「くっ……」


 磨かれたフォーク、未だ崩れぬ制球力で4番青波を見逃し三振に。


スットーンッ!


ブ――ンッ!


石水「なっ!?」


 5番石水を空振りの三振に抑え、1死3塁のピンチを切り抜ける!


翔「よっしゃあっ!」

狩野「……感服するぜ、高波」


 9回の表、大ピンチを高波翔が切り抜ける。  そしてその裏、横海も2番中村からの好打順。


龍滝「シッ!」


ズバァァンッ!


中村「くぅ……」


 衰えぬストレートの威力。1年下の投手が完璧なピッチングをしている以上、プロ注目の左腕が退くわけにはいかない。


ククッ


ガキッ


狩野「チッ」

水神「よし」


 期待の狩野も倒れ、ツーアウト。  しかし次は4番、小田切。1発も十分期待できる。


小田切「1点入ればサヨナラだぜ」

龍滝「そうだな……行くぜ!」


ビシュッ!


小田切「ふんっ!」


パッキーンッ!


 打球はレフトスタンドへ、高々と舞った。  1塁へ駆け出す小田切がふとマウンドの青波を見る。


龍滝「……ふっ」


 それに気づいた青波は小田切を見て微笑する。  釣られて小田切もまた微笑し返した。



・・・・*



慎吾「………………」

姿「………………」

真崎「………………」


 中々言い出せないまま3人は病室に設置されているテレビで甲子園を見ていた。  この気まずい雰囲気の中、最初に口を開いたのは慎吾だった。


慎吾「なんなんだよ、お前ら」

姿「なにが?」

慎吾「何か言いたいことあんだろ? 辛気臭い顔しやがって」

真崎「い、いや何にもないよ」

慎吾「………………」

姿「分かった。ハッキリ言う」

慎吾「予想はつくよ。早く言え」

姿「……今大会、お前のベンチ入りはもう認められないってさ」

慎吾「……だろうね。俺も正直、無理かなって思ってたし」

真崎「綾瀬……」

慎吾「ま、せいぜいテレビで観戦させてもらうよ」

姿「あぁ、黙ってみてろ」

慎吾「……負けるなよ」

姿「次来る時は真紅の優勝旗持って来るよ」

慎吾「……だな。それだと嬉しいな」


パッキーンッ!


真崎「あぁ!?」

慎吾「んだよ、大声で……」


実況『これは大きい、入るか!? 入るか!? センター早川が俊足を飛ばして追う!』


慎吾「これは入ったな」


 慎吾が言った次の瞬間、ボールはバックスクリーン左へ吸い込まれた。


実況『入ったぁっ! 1番進藤のサヨナラホームラーンッ! 横浜海琳高校の2年エース高波、マウンド上で崩れ落ちました』


解説『これは打った進藤くんを褒めるしかないですね。見事なバッティングです」


実況『延長14回、ついに力尽きました。甲子園に来て23イニング3分の1を投げて無失点だった男が 初めての失点で甲子園を去ることになりました』


慎吾「次の対戦相手は豊宣学園か」

姿「青波投手も延長ずっと投げてたことを考えるとうちには来ないかな」

慎吾「油断するなよ。須山投手だって十分レベルの高い投手だ」

姿「分かってるよ」

真崎「どっちも左投手だし姿の出番ないしな」

姿「うるさいわ」


 ようやく3人がいつものようなやり取りになったところで木村が部屋に入ってきた。


木村「そろそろいいか?」

真崎「あぁ」

慎吾「じゃあな」

木村「しっかり療養してろよ」

慎吾「あいよ」


 皆が去った後、慎吾は腕で目を覆った。  慎吾なりにやはり悔しい思いがあったのだろう……



・・・・*



 翌日、桜花は近くの中学校のグラウンドを借りて次の試合のための準備をしていた。  一番の問題点はやはりショートだった。  それは甲子園に来てからずっと問題だったが……


カキーンッ


パシッ


山里「よっ」


シュッ


木村「次ッ!」


キィーンッ


透「OKや!」


パシッ


連夜「山里さんはさすがにこなしてるが、透もやるな」

大河内「だが、ショートで左投げは厳しすぎるぞ」

久遠「それに山里さんがやったとしても抜けたセカンドはどうするんだよ」

連夜「だな。国定さんがショートやってもいいが、松倉が投げれない以上、それは厳しいしな」

松倉「1試合ぐらいなら……」

国定「ダメだ。お前はまだ秋も来年もあるんだ。ここは無理するところじゃない」

松倉「国定さん……」

大河内「山里をショートにおいて、セカンド漣がベストかな。今の戦力じゃ」

連夜「ストップ、ストップ。監督、一つ提案があります」


カキーンッ


木村「なんだ?」

連夜「俺がショートやります」


ブンッ


木村「は?」

佐々木「漣?」

連夜「山里さんをここでコンバートなんて負担でかすぎですよ」

木村「それはそうだが……お前のショートと言うのもな……」

透「せやで。お前、そんな内野経験あるわけやないやん。同じ左投げなら経験が多いワイがええやろ」

連夜「バーカ、左投げは不利なんだろ?」

大河内「……え? お前……」

連夜「この問題を解決できる方法が一つ。俺が右でショートを守ればいいだけだ」

全員「………………」


 連夜が言ったことをその場にいた全員がいまいち理解していなかった。  当たり前な話で、誰がキャッチャーなんて最も左投げが苦労するポジションを守ってるヤツが  右で投げれば良いだけなんて言っているんだから、理解できないのも無理はない。


連夜「まぁ、百聞は一見にしかずっていうだろ? 見てろって」

佐々木「何か違う気もするけど……」


 山里からグローブを借りて、ショートのポジションにつく。


木村「じゃあ行くぞ」


カキーンッ


連夜「おし」


パシッ


 ゴロを難なく捌く。  本来と違う方で捕球するのも案外大変だったりするが連夜は苦にしていないようだ。


シュッ


滝口「おっと!?」


ビシッ


 送球は短く、ショートバウンドになりノックの間だけ1塁をやっても滝口が弾く。  だが皆、思っていた以上に様になっている右投げに驚いていた。


連夜「とまぁ、送球は久々ってこともあり安定してはいませんが、うちは姿なんで何とかなるでしょ」

姿「勝手なこと言うな」


 ここで真崎の肘の検査に付き合っていた姿、薪瀬が帰ってきた。


木村「お帰り。真崎は?」

姿「病院で繋がれてる」

木村「は?」

姿「明日の試合出るって言ったら肘を思いっきり叩かれて」

司「病院中に真崎の悲鳴が響いて、現在治療中」

国定「その流れで何で繋がれる?」

姿「それでも出るって言ってきかないから繋いで治療中」

司「あの様子じゃベンチ入り認められないかもな」

国定「おいおい……」

木村「そこは俺が先生に言ってベンチ入りだけは認めてもらうわ」

司「それで、ショートは連夜で確定なのか?」

木村「ん〜……まぁそうだな。思ったよりまともではあったし」

久遠「だけど、慣れてない右投げなんて不安定すぎるだろ」

連夜「不安定なのは認めるけど、俺は元々右投げなんだ。だからある程度回数積めばいけると思うんだよ」

久遠「え、お前って元々右投げなの?」

連夜「そうだよ。な、司」

司「うん。リトル時代は確かに右投げだったな」

久遠「な、なんでわざわざ左投げに?」

連夜「いや、別に矯正したわけじゃねーよ。左の方が投げやすかったんだ」

木村「恐らく野球は投手以外は右投げの方が守れるポジションも当然多くなるからな。 そう思ってレイが早いうちに矯正しようとしたんだろ」

連夜「…………かもしれませんね」

大河内「後、一つのプランは久遠をショートにしてはどうです?」

木村「不毛だろ」

連夜「時間の無駄ですね」

久遠「………………」

大河内「………………」

木村「漣は内野だとわりとまともだしな。山里、高橋、なるべくフォローしてやってくれ」

高橋「うっす」

透「へ? 高橋先輩なんすか? 明日のサードは」

木村「あぁ」

透「強豪との対戦なんやで!? あの青波を打つためにも打撃力強化は必要やないか!」

木村「だがな……やっぱ言うても漣の守備は不安が残るからな」

姿「打撃力があり、バントも可能。倉科は試合終盤まで取っておきたいカードなんだよ」

透「せやけど!」

姿「つまり切り札なんだ。頼むぜ」

透「切り札……ええな、その響き。気に入ったで」

佐々木「………………」


 その後、時間ギリギリまで内野連携に時間を費やした。  付け焼刃としか言いようがないが、連夜のショートとしての守備が試合の明暗を分けるかもしれない。



・・・・*



 そして明日の桜花の対戦相手である豊宣ではミーティングで少しもめていた。


御藤「次の対戦相手は千葉代表の桜花学院だ。1回戦で10点差を返したように打撃のチームだ」

石水「打ち合いなら負けない自信もありますが……青波先発で抑えにいきますか?」

御藤「さすがに横浜海琳相手に1人で投げたからな。須山で行こうとも考えてる」

白夜「すいません、いいですか?」

御藤「なんだ、漣」

白夜「明日、俺にいかせてください」

御藤「…………どうした、珍しいな」

火影「ちょっとまて漣弟! お前が投げるぐらいなら俺が投げるぞ」

白夜「桜花は言うてもDランクのチームです。これから準決勝、決勝と控えているのに 青波先輩や須山先輩をわざわざ使わない方がいいと思います」

火影「だから俺が投げるって!」

御藤「……一理あるな」

龍滝「桜花に確か、漣って苗字の選手がいたな」

白夜「………………」

龍滝「火影や水神がいつもお前のこと弟と呼ぶが……」

白夜「そうです。桜花の漣は僕の兄です」

龍滝「私情ありか? なら認めるわけにはいかないが」

白夜「……確かに個人的な想いはあります。しかしそれを含め、僕は今日まで努力してきました」

龍滝「………………」

白夜「お願いします! 僕を……俺を明日の先発で投げさせてください!」

御藤「……良いだろう。漣、お前に明日任せる。いいな、青波、石水」

龍滝「えぇ」

石水「もちろんです」

白夜「ありがとうございます!」

火影「えぇ――ッ!? だったら俺だって投げたいっすよ!」

水神「お前は緑央相手にノックアウト食らったろ。打撃じゃ桜花の方が上なんだ。通用するわけないだろ」

御藤「お前は青波や須山が抜けた後のエースを任せる予定だ。早く漣から習ったスライダーを物にしてくれ」

火影「え、エース……わっかりやした! 漣、明日はばっちし援護するからな」

白夜「え、えぇ……お願いします」

豹「ふぁ〜あ……ん? 騒いでるけど、ミーティング終わったのか?」

御藤「まだだぞ、進藤」

豹「そうっすか。んじゃもうひと寝入り」

御藤「………………」

豹「冗談ですよ、はい」


 ベスト4をかけた桜花対豊宣。  そしてようやく実現する兄弟対決。  試合の先にある未来を見るための戦いが始まるのを時は静かに待っていた……





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