試合前のオーダー表提出が迫っている中、木村はペンを手に未だに打順を書き込んでいなかった。
　ずっと慎吾が決めていたこともあり、また不調の選手が多く、ギリギリまで悩んでいた。





真崎「早く決めろよ、なんなら俺が決めるぞ」



木村「ちょっと待てって……」





　前日、ベッドに縛られた真崎だったが、今日の試合には出場しないことを条件にベンチ入りが認められた。





大河内「何で悩んでるんですか？」



木村「１番と姿の打順で。向こうの投手、全員左だろ？　上位に姿じゃ不安かなって」



連夜「大丈夫ですよ」



姿「漣……」



連夜「恐らく先発は俺の弟です」



木村「へ？」



司「白夜くんが？　でもなんで分かるってよ」



連夜「……同じランクの緑央で火影が来たんですから」



木村「じゃあ火影ってこともあるんじゃ？」



連夜「まぁ……そうですけど」



姿「つーか、漣は左投手でも俺は大丈夫ってフォローってわけじゃなかったんだな」



連夜「い、いや……それも含めてさ」



木村「まぁ……いくら苦手と言っても姿は何とかするか。んじゃ打順は前の試合と一緒で行くか」



連夜「あ、すいません。俺を１番にしてもらえませんか？」



木村「え？」



連夜「１番の仕事はします。だから、お願いします」



木村「……まぁ、いいか。分かった」





　ようやく打順が決まり、オーダー表に書き始める。





司「なぁ、連夜。お前、本当に……」



連夜「悪いな、司。見逃してくれや」



司「………………」





　連夜にとって幼馴染の司には白夜との経緯を全てではないが話していた。
　だからこの試合、連夜がチームのためにバッティングするか怪しかった。
　全てはこの日のために野球を続けてきたと言ってもいい連夜が……





司「連夜、兄弟で傷つけあってその先に何が見えるのかな？」



連夜「……なんだよ、急に」



司「……俺は……お前の行動が理解できない」



連夜「………………」



司「……悪い。試合前だっていうのに」



連夜「いや、いい。俺がお前の立場なら同じこと思う。いや、自分でもそう思うよ」



司「連夜……」



連夜「でもな、俺は弟を救うと誓った。その決心に迷いはない」










甲　子　園　大　会　準　々　決　勝


 
先
千葉県代表
 

 
愛媛県代表
後


 
桜　　花　　学　　院
ＶＳ
豊　　宣　　学　　園


 
２年
ＳＳ
　　漣　　
 
 
１
進　　　藤
２Ｂ
 
２年

３年
Ｃ
大　河　内
 
２
後　　　藤
ＲＦ
３年


２年
１Ｂ
　　姿　　
 

 
３
火　　　影
ＬＦ
２年
 



３年
３Ｂ
高　　　橋
  
 
４
石　　　水
Ｃ
 
３年

３年
ＬＦ
上　　　戸
 
５
日　　　高
１Ｂ
 
３年
  



３年
Ｐ
国　　　定
 
 
６
水　　　神
３Ｂ
 
２年

２年
ＣＦ
佐　々　木
  
 
７
坂　　　口
 
ＳＳ
３年


 
３年
２Ｂ
山　　　里
 
８
　　漣　　
Ｐ
１年


２年
ＲＦ
久　　　遠
 
９
須　　　山
ＣＦ
３年







審判『礼！』





「しゃっす！」





−１回の表−





　桜花のトップバッターは連夜。いきなりの兄弟対決となった。





白夜「………………」



連夜「よぉ。ようやくって感じだな」



白夜「何が約束は守っただ」



連夜「守ったよ。お前との約束は甲子園に来ることだ」



白夜「……でも、分かってるんだろ？」



連夜「あぁ」





　連夜はバットの先端をマウンド上の白夜に向けた。





連夜「お前を打つ。約束しろ、俺が勝ったら全て話すと」



白夜「打ったら、だろ？」





ザッ





　ノーワインドアップから背中が見えるぐらいにまで捻る。





ビッ





ズバァァン





連夜「………………」





　初球、内角高めのストレート。
　連夜はピクリともせず見逃した。





司「あいつ……」



木村「いつもの構えが違うな。あれは確か……」



司「秋季大会であいつの昔の友達と戦った時ですね。壬生でしたっけ？」



透「壬生？　なんや壬生と戦ったことあるんや」



司「あぁ。あの構え……倉科も見たことあるんじゃ？」



透「せやな。と言うより今までの構えの方が違和感あったわ」





　今の打席、連夜は本来の……昨年の秋季大会、横浜の葉梨高校と戦った時に見せた構えをしている。





白夜「わざわざ俺と対戦するからって昔に戻ったのか？」



連夜「………………」



白夜「その構えは欠陥品だろ？　なんせ内角が打てないんだからな！」





ビシュッ！





連夜「そうだよ」





スッ





白夜「――！」





　投げた瞬間、バットのグリップをいつもの位置に戻す。





連夜「打てないから変えたんだ」





ピキィンッ





　１番の役割を果たすと言った以上、果たさなければならない。
　連夜は何だかんだ責任感が強い男だ。





タタタッ！





パシィ





連夜「豹！？」



豹「俺の守備力、忘れたかい？」





シュッ





　センターへ抜けるか、という打球をセカンド豹が回りこんで捕球。
　甲子園に来て再三いい守備をしている豹がヒットを阻んでワンアウト。





連夜「救われたな」



白夜「チッ」





　ベンチに戻る時に一言、かける。
　それに対し明らかに不機嫌になる。これを見ていた豹はピッチングに影響が出そうだと
　一端、マウンドに近づく。





豹「弟くん、落ちつけ。レンと勝負したかったんだろ？」



白夜「勝負したかったわけではないんですけどね」



豹「ふふ。まぁいいけど、桜花はランクは低いが要注意なチームだ」



白夜「……えぇ、分かってます」



豹「ＯＫ」





　豹は中学の時、一匹狼のように周りとの行動を嫌っていたがある事をキッカケに克服した。
　高校では内野のリーダー格として攻守に中心選手となっている。





シュッ





大河内「ハッ」





キィーンッ！





パシッ





大河内「あれ？」





　２番大河内は１−１から得意のピッチャー返しをするも、白夜が余裕で捕球。
　ピッチャーライナーに倒れ、ツーアウト。





大河内「良くとったな、今の」



木村「どうだ、大河内。弟のボールは？」



大河内「確かに１年ってことを考えるとストレートのキレは良い物を持ってますね。
ですけど、うちの大友に比べるとスピードはありませんし……」



真崎「でもその分、変化球が良いとか？」



大河内「俺の時は全部ストレートだったけど……」



連夜「高校に入って覚えたんなら別ですけど、俺が知ってる限りではスライダーだけですね」



木村「まぁ、何か覚えてると仮定したほうが良いだろ」



大河内「そうですね。後はコントロールは流石にいいですね。自滅はあんまり期待できないかと」





グググッ





姿「くぅ……」





ガキッ





姿「抜けるか？」





　打ち損じたが打球は、１・２塁間を転がっていく。





豹「抜けないよ」





パッ





　１塁との距離が近く、クラブトスで１塁へ。
　初回、白夜の前にランナーを出すことができなかった。





姿「スラーブみたいだな」



高橋「スラーブだったら富士中央の加藤のようなのか」



連夜「そうですね。それよりスピードが早く、スライダーよりの変化ってところでしょうか」



姿「確かにそんな感じだったな。でもあれだったら対応はできそうだ」



連夜「あぁ、すぐマウンドを降ろしてやるよ」





−１回の裏−





　桜花の先発は前の試合、９回完封している国定。
　疲れは残ってはいるが、それとは別に気持ちは高揚感に溢れていた。





国定「しっ」





ズバァァン





大河内「セカンッ」



国定「（よし、いける）」





　前の試合、完封したこともあり最近、中学時代の良いときに近い感触を持っていた。
　いや……十分、中学時代の実力は超えているのだが、打たれていたこともありいまいち納得できなかった。
　しかし結果として表れ、それは自信へと変わった。





豹「へぇ〜レンがショートか。しかも右投げだし」





　投球練習を終え、プレイボールがかかる。
　トップバッターには左打ちの俊足、豹が打席に。





大河内「漣と知り合いか？」



豹「ん？　えぇ、中学時代のチームメイトっす」



大河内「（ってことは全中経験者か……）」





　甲子園に来て打率４割を超えている豹に対し、いきなり慎重な姿勢をみせる。
　足もあるため出塁すればほぼ間違いなく得点に絡む、厄介なトップバッターだ。





シュッ





豹「やっぱり試しておかないとな」





ガキィン





　内角に来たボールを無理やり流してショートへ。
　まずはショートとして、右投げの連夜の守備を確認しておくことにした。





パッ





連夜「そらよ」





シュッ





姿「ゲッ！」





ズシャッ





パシッ





　短い送球を姿が懸命に伸びてノーバンで捕球。
　打撃に隠れがちだが、１塁としての姿の守備力は高いものがあった。
　だから送球がヘタなシュウや真崎のエラーがあまり目立たなかったのも姿のおかげである。





連夜「ナイス、姿」



姿「ほんと忙しくなりそうだな、今日は」





　そして今日もまた連夜の送球の不安定さをカバーする。
　１塁の守備は軽視されがちだが、上手い人が守るだけでアウトの数は全然変わってくる。





豹「ちょっと危なっかしいが守れないことはないようだな」



白夜「兄は元々右投げですからね」



豹「そうか……そうなん？」



白夜「えぇ。けど１塁の守備次第ってところも強いかと」



水神「あれを見ると、１塁は上手いかも知れないな」



白夜「まぁ兄の右投げはガキの頃の話なんで、すぐボロが出ますよ」





火影「どっせぇぇい！」





ガキッ





山里「漣っ！」





サッ





連夜「はいよ」





シュッ





火影「でぇぇい！」





ズシャアアッ





審判『アウトッ！』





国定「よし！」





　２番にフォアボールを与えてしまうが、３番火影が引っ掛け併殺打に。
　結果として３者凡退となった。





火影「ぐぞー……先発は漣弟にとられるわ、初回のチャンスは併殺打やわ……」



水神「はいはい、さっさと守れ」





−２回の表−





キィーンッ





パシッ





高橋「ん〜固いな……」





　この回、先頭の高橋は快音を残すもショートゴロに。





連夜「……こんなもんか」



司「え？」



連夜「１年とはいえ豊宣のベンチに入るからどんなもんかと思えば
この程度だったらうちの大友の方が上だぜ」



木村「つまり、この程度なわけがないと？」



連夜「……さぁ？　豊宣の投手事情は知りませんがコントロールはいいみたいなんで
火影や青波・須山ら両３年が左ってことを考えると右が欲しかっただけとか」



木村「まぁ、有り得なくはないが……」





キィーンッ





上戸「おーし！」





　続くケガから復帰の上戸が三遊間を破る桜花初ヒットを記録。
　更に６番国定もヒットで続き、２塁１塁と先制のチャンスを作る。





佐々木「何とか先制して逃げ切りたいな」



石水「（やっぱ打撃はいいな。予定より早いが惜しみなくいくぞ）」



白夜「（わかりました）」





　粘り強さには定評のある佐々木、基本的にツーストと追い込まれるまでは手を出さない。
　それを逆手にストレートでカウントを作る。





佐々木「（スライダーはまだ投げてきてないが……次来るか？）」





白夜「シッ！」





するするする……





佐々木「はっ！？」





　完全に予想外の変化球にさすがの佐々木も虚を衝かれ三振に倒れる。





真崎「なんだ、あれ？」



連夜「チェンジアップ？」



木村「そう見えたな」





　いずれにせよ連夜が知っている情報以外のボールが来たことに違いはなく
　ベンチに戻ってきた佐々木に問いかける。





木村「どうだった？」



佐々木「恐らくチェンジアップかなっと……ただ少し内に入ってきましたね」



大河内「ＯＫボールか」



佐々木「ＯＫボール？」



大河内「指でＯＫサインを作る時こうやるだろ？　この握りに似てるからそうも呼ばれてるんだよ」





　実際に指でＯＫサインを作りながら説明する。
　ＯＫボールとは別名で、サークルチェンジという名称の方が一般的である。
　チェンジアップの一種で投手の利き手側へ微妙に曲がりつつ直球との球速差をつける変化球だ。





するするする……





山里「くっ……」





ぶ――んっ！





　チャンスを作るもサークルチェンジを交えた白夜の前に１本打てずこの回を終える。





連夜「やっぱ、そうだよな」



姿「嬉しそうだな」



連夜「なわけねーだろ。頭痛ぇよ」





　そういいつつ兄としてはやっぱり、順調に野球選手としてのステップを踏んでいる
　弟を嬉しく思わずにはいられなかった。
　なんせ自ら野球を辞め、弟に全てを託した時期があったから……





−２回の裏−





　前の試合、投手として自信を深めた国定が４番から始まる打順を３者凡退に抑える。





ズバァンッ





国定「おっし！」



水神「くっ！？」





大河内「おし、ナイスボール」



木村「難しいかも知れないが、あんまり飛ばしすぎるなよ。なるべく長いイニング投げてくれ」



国定「えぇ、大丈夫ですよ」





−３回の表−





　この回は９番久遠から。２度目の兄弟対決が控える。





連夜「久遠、ランナーに出てくれ」



久遠「もちろん。綾瀬にむざむざと負けましたなんて報告できるかよ」



連夜「……だな」





　久遠も甲子園に来て不振に苦しんだが、前の試合から調子は悪くないようだ。





石水「（このバッター、打率は低いが足は速いみたいだからな）」



白夜「………………」





シュッ





久遠「おらっ！」





ピキィンッ





　初球、ストライクを取りに来たところを狙いライト前へ。
　無死のランナーを出す。





連夜「よし、十分だ」





　１塁ベース上に立つ久遠に２・３回拍手をし
　トップに戻って連夜が左バッターボックスに立つ。





連夜「第２ラウンドだな」



白夜「（最初からか……）」





　前の打席と違い、今度はいつものバッティングフォームで構える。





サッ





白夜「（いきましょう、これで）」





　白夜からのブロックサインに連夜は疑問に思い、石水は驚いた。





連夜「（ビャクからのサイン？　投げたいのがあるのか……？）」



石水「（もう使うのか？　前の回、ＯＫボール使ったばっかりなのに……）」





　兄を抑えたいだけなのか、ピンチの芽を早めに摘みたいのか……
　だが過去の試合、このバッターが得点の起点となってることを考えると
　抑えに行くのに反対する理由はあまりなかった。





石水「（よし、来い）」



白夜「（ありがとうございます）」



連夜「（なんか投げてくるのか？　様子見た方がいいかな）」





シュッ





　しかし白夜から投じられた一球は真ん中付近のハーフスピードのストレート。
　これを見逃さない手はないと待ちを一転、打ちに行く。





連夜「なめるな！」



白夜「変わらないな」





グッ





ガキィ





連夜「は？」





　ミートする瞬間、ボールは沈み芯から外れる。
　打球はセカンド真正面のゴロになり、４−６−３とボールが渡り併殺打となる。





連夜「ってぇ……なんだ今の？」



白夜「俺はお前には打たれない」



連夜「やろっ……」





　先頭打者を出すことは出来たが、連夜が併殺打に倒れ一気にチャンスを潰してしまう。





木村「珍しいな、お前が」



連夜「ストレートだと思ったんですけどね……」



大河内「違ったのか？」



連夜「変化したかも知れません」



木村「アメリカで多く使用されてるボールかもな」



連夜「え？」



木村「カッターって言うんだが林藤が投げてたツーシーム同様、ゴロを打たせるのが目的のボールだな。
真っスラとこっちでは呼ばれてるボールだな」





　真っスラにはストレートがナチュラルにスライド変化する意味もあるが
　メジャーで使用されているカッター（カットボール）を意味する用途もある。





ピキィンッ





大河内「よっし」





　チャンスを潰したまま終わるわけにはいかない桜花は２番大河内が
　追い込まれる前に叩き、ツーベースヒットで２死ながら得点圏に進む。





グッ





バシッ





姿「（これか）」





　ネクストバッターズサークルにいながら、ベンチの会話を少し聞いていた姿。
　連夜が打ち取られたボールを見逃す。





姿「（確かにこれはストレートと見分けつきづらいな）」



石水「（見逃したか……完全に見極めるためだな）」





　それを逆手に取り、カットボールでカウントを稼ぐ。
　そして決め球に……





するするする……





姿「んげっ！？」





ぶ――んっ！





　完全にタイミングを狂わされ、空振り三振に終わる。
　ランナーは出すものの、要所を抑えられ先制点を挙げることができず。





−３回の裏−





ググッ





ガキッ





国定「ふぅ」





　この回、先頭をシュートでピッチャーゴロに抑えワンアウト。





大河内「（次は弟か。バッティングは悪くないって言ってたけど）」



白夜「よろしくお願いします」





　挨拶を済まし、右打席に特に特徴のない構えで入る。
　しかしややオープンスタンスに構えているのが嫌に特徴的に見える。
　そしてその構え、桜花の面々は若干記憶に残っていた。





真崎「なぁ、あの構え……どっかで見た記憶が……」



木村「まぁそうだな。身近なところで言うと球技大会での漣だな」



真崎「あぁ、そういやそうかも」



木村「（弟もまたレイに習ったみたいだな）」





　球技大会の時は言わばお遊び（やってる本人たちは本気だったが）のため構えだけなのか
　それともバッターとしての特徴も受け継いでいるのか……
　三冠王を取ったレイという選手はある特徴を持っていた。





シュッ





白夜「シッ！」





ピキィンッ！





　低め打ちが天才的に上手いという特徴を。





連夜「あめぇよ！」





　三遊間を鋭く破ると思われた打球を極端に三遊間をつめていた連夜が正面で捕球。
　右足で踏ん張り、１塁へ。





連夜「あっ……」



姿「おいおいおい！」





　しかし送球は完全にベースについて捕球できる範囲にいかず、姿が慌ててベースから離れて捕球。
　その間に白夜は１塁を駆け抜けセーフに。記録はショートの送球エラーとなった。





白夜「そりゃ、ボロが出るだろうさ」



姿「（しかし今、上手く低めを捉えたな）」





木村「あの低めを打つのか……やっぱあのフォームだと低め打ちやすいのか？」



真崎「でもあれ、ボール球だろ。弟も悪球打ちなのかよ」



木村「あれ、ストライクだぞ」



真崎「嘘ぉ！？」



司「良いところに投げたんですけどね」





　続く須山はきっちりと送りバントを決め、１死２塁のチャンス。





豹「おしおし、ナイスバントっす、須山先輩」



須山「進藤、頼むぞ」



豹「頼まれました」





シュッ！





豹「おっと」





ズバァンッ





審判『ボールッ！』





大河内「（選球眼も悪くないんだよな……）」





　攻・走・守と揃っている豹。リードオフマンとしてはかなりの完成形だろう。
　しかし、調子に乗るとプレーが雑になるのが非常に惜しい点だ。





国定「シッ！」





シュッ！





カァァンッ





豹「おーし、抜ける！」





　大河内が外角に構えたのに対しボールは逆球になってしまう。
　快音を残し、打球は外野へ。





佐々木「くっ」





　センター佐々木が回りこんで捕球するも、俊足の豹はすでに２塁へ。
　２塁ランナーの白夜もホームに生還し先制は豊宣。
　１番豹のタイムリーツーベース。





連夜「ナイスバッティング」



豹「サンキュ。お前がまさかショートやるとはね」



連夜「だな。俺も守るとは思ってなかった」



豹「は？」



連夜「色々と事情があるもんでね」





　ピンチはまだ続くが、後続をしっかり抑えて最小失点で済ませる。





国定「あーくそ。めっちゃ悔やむわ」



大河内「１点ぐらい気にするな」



連夜「そうっすよ。１回戦の１０点に比べればねぇ」



大河内「だよな」



国定「お前ら、慰める気あんのか？」



佐々木「………………」





−４回の表−





　１回戦のことが未だに頭になる桜花としては早めに追いつきたいところだが
　４番高橋、５番上戸と白夜の新球の前にランナーに出ることが出来ずに……





グッ





ガキィ





するするする





ブ――ンッ！





　あっという間にツーアウトになる。





木村「いい加減初戦のこと学習しような」



高橋＆上戸「すいませんでした」





白夜「（打撃のチームと言うわりにはこんなもんか……）」





シュッ





ガキィン





国定「あっ」





ビシッ





水神「しまっ！？」





　国定も打ち取られるが、サード水神が打球を弾いてしまう。
　二死からエラーでランナーを出す。





水神「すまん」



白夜「大丈夫ですよ。後、ワンアウトですし」





するするする





カァン





ビシュッ





カンッ





佐々木「ふぅ……」



白夜「（チッ、こんなバッターもいるのか）」





　単純に粘りに徹した場合の佐々木は非常に厄介である。
　緩急の差にも食らいつき、結果としてフォアボールとなり粘り勝つ。





白夜「ふぅ……やられた」



豹「気にするな。バッターオンリーで」



白夜「はい」





シュッ





カァァン





山里「おしっ！」



豹「余裕！」





ビシッ





豹「キャッ！？」





　セカンド横を抜ける打球に飛びつくも、グラブの先に当たり弾いてしまう。
　しかし、ボールは２塁ベース上で待つショートが拾えるところに転がり、そのまま２塁フォースアウト。





山里「あーついてねぇ」



豹「……計算、計算」



須山「嘘つけ」





　２死から攻め立てるも不運も重なり追いつくことができなかった。





−４回の裏−





国定「（ビシュッ）」





ズバァァンッ！





火影「ぐっ……」





ググッ





ガキャァン





石水「なんつーシュートだ……」





ククッ





ぶ――んっ！





国定「しゃっ！」





　嫌な流れを断ち切る三者凡退。
　今や国定はプロのスカウトも注目する投手へ、評価が急上昇していた。





−５回の表−





連夜「いい加減、点取らないとやっぱりあれだよな」



木村「焦ったら緩急使うピッチャーだけに手玉にとられるしな」



連夜「それ以前に後半になったら青波が出てくるでしょうし」



真崎「と言うことだ、出ろ久遠」



久遠「あのねぇ……」





　１点を追う５回の表の攻撃は９番の久遠からの好打順。





白夜「しっ！」





ズバァンッ





久遠「（コントロールは良いと思ったが……俺に対してはそうでもないんだよな）」





　１打席目も甘いボールを捉えた久遠。
　久遠にコントロールが甘くなるのは次の連夜を意識しすぎているため。
　そしてこの打席も久遠に対してはコントロールが安定しない。





ビシュッ





久遠「（ボールだ）」





バァンッ





審判『ボール、フォア！』





久遠「おしっ！」





　フルカウントまで行くが最後のボールがやや上ずり、結果フォアボールで久遠が出塁する。





連夜「少しは成長したようだな」



白夜「……何言ってんだよ」



連夜「だが真っスラもＯＫボールも何一つ、俺を抑えれるボールじゃない」





サッ





連夜「来いよ、相手してやるぜ」



白夜「…………………」





　前の打席、カットボールで併殺打に打ち取った白夜だったが、そうとは言い返せなかった。
　今、連夜は１打席目の最初に構えたフォームで打席に立っている。
　白夜が欠陥品だと言った構えで……





白夜「（どうする……とことん弱点をつくか……）」





　欠陥品と言ったのはあくまで内角高めを振り切れなかったり、緩急に弱いからである。
　しかしその分、一振りの破壊力は桁違いである。
　１４０キロを超える速球を投げれる横浜・葉梨高校の壬生相手に振り送れず打ち返せるのだから。





連夜「（俺が白夜なら……）」





　でも連夜はこの打ち方を中学が変わるキッカケに辞めた。
　転校先でいきなり主軸を打つのに気が引けたって思いもあるがそこまで本気で野球に取り組めなかった。
　中学卒業と同時に辞める決心でいたからだ。
　弟のことが気になり、転校先でも結局は野球を始め……そして高校でも野球部を作ってまで続けた。
　もちろん、白夜との約束を果たすためではあるが、やはり野球とは切っても切れない関係にあるようだ。





連夜「…………くくっ」



石水「…………？」





　そう思ったら急にバカらしくなった。
　野球が自分に何を求めてるのか、自分が野球に何を求めてるのか……考えたらキリがない。
　けれどそんなことは今、どうでもいい。
　重要なのは今、この瞬間の勝負に勝ち……弟を救いたいだけ。





連夜「さぁ、終わりにしよう」



白夜「させるかよ」





ビシュッ！





連夜「………………」





ズバァンッ





　初球、内角高めのストレート。
　連夜は軽く避け、判定はボール。





連夜「（次は外にＯＫボールか）」





するするする





　頭に思い浮かべた通りのボールが外角に決まる。
　ＯＫボールは左の連夜にとって逃げていくボールになる。
　これを見逃し、判定はストライク。カウント１−１。





連夜「（セオリーだな……だがてっきり意地になって勝負してくると思ったんだがな）」



石水「（よし、次はこれだ）」



白夜「………………」





　しかし、ここで白夜はサインに首を振る。





石水「（え？）」



白夜「（すいませんが、これでいかせてください）」



連夜「………………」





　白夜からのサインに石水は戸惑った。
　ランナー１塁、ここはカットボールで併殺打が欲しいところだが
　白夜はストレートを投げたいといってきたのだ。





連夜「（正統派キャッチャーのようだし、恐らく真っスラのサインだったんだろうな。
それに首を振ったということは……）」



白夜「うぉぉっ！」





ビッ





連夜「はぁっ！」





ピキィーンッ！





石水「な、ライト！」





　外角に来たボールを思いっきり引っ張る。
　わずかに甘く内に入った分、連夜にとってはちょうど腕が伸びきる絶好球になってしまった。





白夜「………………」



連夜「なんで内角高めに投げなかった？」



白夜「………………」



連夜「お前は俺を過大評価しすぎだよ」



白夜「…………ッ」





　連夜が打ったボールは浜風に押し戻されることなく、ライトスタンドに舞い降りた。





ドワワワワッ





木村「よ、よく引っ張ったな」



連夜「風、ありませんでしたからね。まぁ良く入ってくれましたよ」





　連夜の逆転ツーランで２−１と試合をひっくり返した。
　ダメージが残る白夜は続く２番大河内はフォアボールを与えてしまい……





シュッ





白夜「あっ！？」



姿「ちょっ！？」





ドスッ





　更に姿にはデッドボールを与えてしまう。





白夜「すいません……」



姿「大丈夫、気にするな」





　一度は膝をつくも背中に当たったため姿は素早く立ち上がり
　近寄ってくる白夜に手で制し１塁へ。
　ここで、豊宣は守備タイムをとる。





龍滝「よぉ、どうした？」



白夜「キャプテン……」



石水「お前が来るなよ」



龍滝「まだ代わる気はないんだろ？」



白夜「それは……」



龍滝「兄弟で何があったか知らないが、打たれて終わりか？　打たれるためにお前は頑張ってきたのか？」



白夜「――！」



龍滝「次の漣の打席までお前に任せる。投げきれよ」



白夜「……わかりました！」





　龍滝の言葉に気持ちが戻り、ボールにも勢いが出てきた。





ビシュッ





高橋「おらっ！」





ガキィンッ





　内角のカットボールを何とか振り切り、打球は１・２塁間へ。





豹「（ダッ）」





ズシャアッ





豹「セカンッ！」





　豹が飛びつき、ゴロの打球を捕球。そのまま立ち上がらず体を反転させて２塁へ。





審判『アウトッ！』





姿「はぁ！？」





　そのまま１塁転送されるも、高橋が先に駆け抜け１塁はセーフ。
　しかし、セカンド豹のビックプレーが飛び出した。





白夜「進藤先輩、助かりました」



豹「これが仕事なもんでね」





　続く上戸に外野フライを打たれ、３塁ランナーが生還する。
　３−１と更に点差が広がるも……





カキーンッ





須山「きたきた」





タタタタッ





須山「よっ」





ズシャアッ





パシッ





国定「ゲッ……」





　足を曲げながらのスライディングキャッチ。
　センター須山の守備範囲の広さにも助けられ、この回を抑える。





白夜「須山先輩」



須山「ここからだぜ、試合はよ」





−５回の裏−





　２点リードで試合は中盤へ。
　豊宣の攻撃は６番水神からの打順。





国定「ふぅ……」



大河内「スタミナは？」



国定「いけるいける。任せとけよ」



大河内「早めに言えよ。一度は故障した身なんだ、わかるだろ？」



国定「お互いにな」





シュッ





水神「ていっ！」





キィーンッ





　カウントを取るための変化球を打たれ、先頭の水神が出塁する。





カツッ





大河内「セカンッ！」



国定「おしっ！」





シュッ！





連夜「しゃっ」



水神「くっ！」





　次の打者の送りバントを国定の好フィールディングで２塁アウト。





連夜「そらよっ！」





シュッ





姿「またかよ！？」





　しかし１塁送球はショートバウンドになり、姿が捕球できず１塁はセーフに。





連夜「えー……」



姿「えーじゃねーよ！」



山里「ま、次でまたとろうぜ」





　ランナーが入れ替わり、１死１塁で打席には８番の白夜が。





大河内「（低めが得意って言ってたな）」





　とは言え、基本的に高めを攻めるのは長打になりやすいってことで不安がある。
　いかに低めが得意でもまったく攻めなければ打たれるのは目に見えている。
　ここがキャッチャーとしてのリードが問われる場面だ。





ダッ





国定「へ？」



大河内「なっ！？」





　ここで１塁ランナーがスタートを切る。
　まったく予想してなかった大河内は送球することができず、ランナーは２塁へ。





大河内「（まぁ……これでバッターに集中できるな）」





　初球は外角のスライダーで判定はボール。
　２球目にも同じボールを選択。





ククッ





白夜「………………」





バシッ





　このボールを見逃し、判定はストライク。





大河内「（１球目はともかく、今も打つ気なかったな。狙いは内角か？）」





　狙いを探るべく、内角へショートを選択。





国定「しっ！」





グググッ





ガキァン





　左足を開いて、完全な狙い打ちも国定のシュートの威力が勝り、ファールになる。





白夜「チッ」



大河内「（やっぱ内角か……しかしボールにして良かったな）」





　確かにシュートのキレが良くて捉えきれなかったというのがあるが
　それに加えてわずかにボール球だったこともあった。





国定「しっ！」





ビシュッ





キィンッ





白夜「くっ……」





　一転、外角のストレートを打つも前のシュートが利いていたのか
　踏み込みが甘く打球はセカンド真正面のゴロに。
　その間に２塁ランナーが３塁に進塁し２死３塁になる。





須山「よし、１点とるぞ」



豹「さて、守る準備だ」



火影「おぉ――ッ！」



龍滝「しっかり守れよ、お前ら」



須山「お前らな！」





　このチャンスにバッターは味方がまったく期待していない９番須山。





ビシュッ！





ズバァァンッ！





国定「おっしゃあっ！」



須山「………………」





　国定の速球にバットがついていかず、空振り三振に倒れる。





豹「ドンマイです」



須山「絶対に思ってないだろ」



火影「慣れました」



須山「うるせぇよ！」





−６回の表−





　７番の佐々木から始まる打順も白夜の前に３者凡退。





連夜「見せ場まったくなし」



佐々木「うるさいわ！」





−６回の裏−





　一方、国定も負けずに１番から始まる好打順をペース良く打ち取る。





ガキッ





豹「あっ」





連夜「そらっ」





シュッ





国定「おらぁっ！」





ズッバァァン





　１番をショートゴロ、２番からは見逃し三振を奪う。





火影「ふっふ〜ん、このまま終われんぜよ」



国定「このまま逃げ切る」





ビシュッ





火影「ほわっ！」





カァァンッ





　火影の打球は左中間へ、フェンスまでは行かなかったが火影は２塁まで進塁する。





連夜「バカヤロー！　シングルで止めろよ！」



佐々木「お前にだけは言われたくねー！」





　今回の場合、外野の守備のもたつきと言うより打球が左中間の真ん中だったため。
　むしろフェンス前で止めた佐々木と上戸の守備範囲の良さを褒めるべきだろう。





国定「まぁ、次抑えればいいだけだし」





グググッ





ガキィン





石水「ぐっ……」





　内角のシュートに詰まりながらもフォロースイングはしっかりして打球を飛ばす。
　しかし平凡ともいえるゴロが三塁へ。





スカッ





高橋「へ？」



連夜「えぇ――ッ！？」





　しかしサード高橋がこの素人でも取れそうなゴロをトンネルしてしまう。
　レフト上戸が素早いフォローするも２死のため打った瞬間スタートを
　切っていた火影が３塁を蹴り、生還。





国定「高橋」



高橋「ご、ごめん」



国定「まぁいいよ。お前に助けられた試合、多いし」



連夜「野球にエラーは付き物ですよ」



高橋「くそ……悔しいな」





　エラーにも気持ちを切らさず、次のバッターをきっちりと抑える。
　豊宣はこの回、１点返し３−２とその差を１点に縮めた。





−７回の表−





御藤「漣、この回、ランナーを出した時点で須山とスイッチするからな」



白夜「……わかりました」





　桜花の攻撃は１番連夜からの好打順。





連夜「第４ラウンドだな」



白夜「俺は……あんたを越える！」



連夜「……悪いがな、今この瞬間だけはお前に負けるわけにはいかないんだよ」



白夜「………………」



連夜「恨むなら恨め。けど、お前を思って俺はここでお前にトドメを刺す」



白夜「――！」





　ここで連夜は左打席ではなく、なぜか右打席に立つ。
　この行動に豊宣ベンチだけでなく、むしろ桜花ベンチの方が驚いていた。





木村「は、あいつ何しようとしてるの？」



司「（まったく……）」



真崎「漣ってスイッチだったんだ」



佐々木「いや、絶対違うぞ」



姿「どうでも良いけど、止めないのか？」



木村「まぁ……球技大会のを見るとまったく打てないわけではなさそうだし、何か考えでもあるんだろう」



佐々木「止めないのかい」





　本当はさすがの木村も止めようとした。
　しかし球技大会での一件、そして打席に入った連夜の構えを見て考えが変わった。





白夜「その構え……」



連夜「さぁ来い」



白夜「…………あぁ！」





ビッ





連夜「（１・２・の）」





スルスルスル





連夜「ドンピシャッ！」





ピキィーンッ





白夜「………………」





　白夜は打たれた打球を目で追わなかった。
　ただ敵わない兄に対して足掻いていた自分がバカだったと、そう思っていた。





ポンッ





豹「お疲れ、ナイスピッチング」





　セカンドの豹が真っ先にグラウンドに来て、白夜の肩を叩く。





白夜「……いえ……」





　振り向いた時、２塁ベース上の兄と目が合った。
　兄は薄らと笑みを浮かべていた。
　歳は１つしか変わらないのに、兄のことは凄く大人に見えた。
　そして今も……また、兄という存在がとてつもなく大きく感じた。





白夜「やっぱり……敵わないな」



豹「ん？」



白夜「……進藤先輩、打たれた俺が言えることではないですが……絶対に勝ってください」



豹「あぁ、任せろよ」



白夜「須山先輩、後……お願いします」



須山「了解」





　ここで豊宣は投手を須山に交代。
　センターにはレフトの火影が入り、レフトには大西が入った。





木村「大河内、ここは送れ。姿と高橋にかける」



大河内「分かりました」





　相手もここで送られるのと阻止するのでは大きく変わってくるため、相手側も警戒する。
　結局、フルカウントからの決め球が外れてしまいフォアボールとなる。





木村「むっ……」



真崎「どうすんだ？」



木村「バントは……無理だろうし、とはいえ須山は左だからな。姿じゃ……」



姿「言いたい放題ですか」



真崎「えーい！　メンドイな、打って来い！」



姿「いや、お前が言うなよ」



木村「いや、ここは打ちだな。お前のバッティングセンスにかける」



姿「マジっすか……」





　無死２塁１塁、左打席に３番の姿が入る。
　桜花の作戦は強攻策、一方の豊宣は二遊間がゲッツーシフト
　またホットコーナーはバントを警戒をした守備隊形になっている。





須山「いくぜ」





クククッ





姿「………………」





　初球のスライダーを見逃して、ワンストライク。





姿「（これか……漣の言ってたスライダーは）」





　前日の練習で恐らく相手が投げてくるだろうというスライダーを連夜が皆に投じていた。
　キレも変化量も比べ物にならないが、確かに同じような変化をした。





姿「（厄介だな……）」





　須山が投げているスライダーは変化はどっちかというとスラーブに近いものがある。
　その癖、球速が出ているもんだから中々厄介な変化球、特に左打者は外に逃げていくボールになるため
　逆らわず確実にミートする技術が必要になる。





クククッ





姿「こんのっ」





ガキッ





姿「………………」





　これ以上ないくらい見事に引っ掛けた打球はショート真正面。
　２塁ランナーは３塁に進塁するも、ダブルプレーとなってしまう。





真崎「情けない」



姿「いや、ほんとに……」





　しかし２死となったが、３塁にランナーを置いて４番高橋に打席がまわってくる。





石水「（このバッター、甲子園でもホームランを打ってる。要注意だぞ）」



須山「（分かってるよ）」





　地区大会、また甲子園に来ても好成績を残している高橋相手に豊宣バッテリーも慎重になる。
　ここで追加点取られるのと抑えるのでは天地の差がある。





須山「しっ！」





シュッ





高橋「――！」





キィーンッ！





須山「初球！？」





　外角のボールを狙っていたのか、まさかの初球攻撃。
　鋭い打球が外野へ飛ぶも……





バシッ





　ライトの守備範囲、ライナーとなってしまう。





高橋「あーもう、狙ってたのに」



滝口「ドンマイ、ドンマイ。惜しかったっす」





　得点圏にランナーを進めるも得点できず。
　豊宣も優勝候補の意地を見せた。





−７回の裏−





　６番からの下位打線を国定がわずか７球で打ち取る。





木村「このまま逃げ切るためにも後、１点欲しいな」



大河内「１点差での継投はちょっと怖いですからね」



国定「代わらなきゃいいだろ。最後まで行くぜ」



大河内「う〜ん……」



連夜「とりあえず、１点さえとればどっちにしろ楽にはなりますよね」



大河内「まぁ、そうだな」





−８回の表−





　何とか追加点を取りたい桜花だったが、代わった須山が好投を見せる。



　７番の佐々木にフォアボールを与えるも、後を抑えチャンスすら作らせない。





連夜「はぁ……」



佐々木「ため息をつくな」



連夜「だって、１点欲しい言ってるのに内野ゴロの山って」



上戸「あ、首が……」



国定「さて守らなきゃな」



山里「うっす」



連夜「………………」





−８回の裏−





キィーンッ





連夜「チッ」



豹「おーし、反撃開始！」





　１死からトップに戻って豹がショートの横を破るセンター前ヒットで出塁。





須山「よし、さすが進藤だな」



龍滝「どうでも良いけど、お前打者としては汎用以下だな」



須山「いいよ、プロだとＤＨ制のあるパリーグに行くし」



龍滝「いや、そういうことじゃなくて……」





　ここで打席には２番の後藤だが、１死と言うこともありバントの構えはなし。
　桜花はダブルプレーシフトをとる。





大河内「（終盤だけど、走ってくるか？）」



国定「（ま、一応警戒しとくか）」





　バッテリーだけは豹の足を警戒して、クイックや間合いなどをとってスタートを遅らせる。
　ランナーに意識がいきながらもバッターとのカウントは悪くしない。
　しかし打者が追い込まれてから、豊宣もエンドランを仕掛けてくる。





豹「（ザッ、ザッ）」



連夜「………………」





ダッ！





国定「しっ！」





ズバァァンッ





大河内「（シュッ！）」





豹「せぇぇい！」





ズシャアッ





審判『セーフッ！』





大河内「チィッ」





　打者は空振りするも、迷わずスタートを切っていた豹は盗塁を成功する。
　２死２塁となり、バッターは３番の火影。





火影「待ってろよ、氷室。歩いて還してやるからな！」



豹「へいへい、期待しないで待ってるよ」



連夜「何、お前。火影に氷室って呼ばれてんの？」



豹「まぁね。全中の１回しか会ってないんだけどな」



連夜「享介とかが呼ぶならまだしもな……」



国定「どうでも良いけど、ボールを返せ」



連夜「あー、せっかく隠し球をやろうと思ったのに」



豹「いや気づいていたから」



国定「時間の無駄」



連夜「一度やってみたかったのに……」



豹「出直して来い」





火影「しゃあっ！　こぉぉぉい！」



国定「うるせぇな」



大河内「（ちょっとビビらすか。内角に思いっきりついて）」



国定「（おぉ、当ててもいい？）」



大河内「（避けれる程度にな）」





ビシュッ！





国定「あ、やべっ」



火影「うぉーい！」





ドスッ





火影「………………」





　内角の厳しいところを狙ったボールが少し抜け、思いっきり打者に向かった。
　右肩に思いっきり当たった火影は蹲っていた。





大河内「おい、大丈夫か？」



豹「火影、ここで交代なら目立たんぞ」



火影「大丈夫だ、バーロー」



豹「はい、こういうことなので」



大河内「あ、そう……」





　火影にデッドボールを与えてしまい、２死２塁１塁となる。
　このチャンスに４番の石水が右打席に入る。
　今日の試合は高橋のタイムリーエラーで出塁しているも、国定の前にヒットは打っていない。





石水「（あんまり内角は苦じゃないんだがシュートに詰まらされるんだよな）」



大河内「（このバッターは今日当たってない。きっちり投げれば大丈夫だろ）」





国定「しぃっ！」





ククッ





石水「くんのっ」





ガキッ





石水「くっ……」





　内角を意識しすぎて、外角のスライダーに踏み込みきれず引っ掛けてしまう。
　打球はセカンド真正面。





ビシッ





山里「うわっ！？」



国定「………………」





　しかしセカンドの名手、山里が打球を弾いてしまいボールは外野の前を転々としている。
　その間に２塁ランナー豹は生還。
　これまでチームを救ってきた山里のタイムリーエラーで追いつかれてしまう。





連夜「どうしました？　イレギュラーでも？」



山里「いや、違うけど……すまん」



国定「まぁ……やっちまったもんは仕方ない」



連夜「そうですよね。したくてするわけじゃないんですし」



高橋「ちゃっかり自分の分もフォローしてるだろ」



連夜「言うても今日、内野皆エラーしてるんで」



高橋「………………」



姿「いや、俺はしてないけどな」





　普通なら崩れてしまいそうだが、国定はこれまで自分が迷惑をかけていた思いの方が強かった。
　味方が思うような野球が出来ない時だからこそ、投球で流れを掴まなければならない。
　それこそが国定が思う投手の……エースとしての資質だと思っている。





国定「このっ！」





ビシュッ





グググッ





日高「うっ」





ズバァァン





審判『ストライクッ！』





　５番日高をシュートで見逃し三振を奪い、同点で踏みとどまる。





龍滝「ようやく追いついたか」



豹「まぁ相手のエラー絡みでしか点とれてませんけど」



龍滝「その２つのタイムリーエラー、両方石水の打席だな」



火影「うちのラッキーボーイですね」



石水「偶然だけどな」





−９回の表−





　同点に追いつかれた桜花、最終回は９番久遠からの打順。
　ここで桜花ベンチが動く。





木村「国定が同点で踏ん張ってくれたんだ。ここは何としても１点とるぞ」



真崎「最終回だからな。延長だけは避けたいし」



木村「ってことで滝口、代打だ。突破口開いて来い」



滝口「へ？」





　まさか声を掛けられると思っていなかった滝口は予定通り１塁コーチャーにいこうとしていた。





連夜「え、なんで？」



佐々木「久遠は左に苦はしないですよ」



木村「いや、久遠がじゃなくて相手の投手的に左打者が厳しいと思ってさ」



滝口「ＯＫ、任せてくださいよ」





　試合が長引けば不利になるのは当然桜花。
　一発長打が期待できる滝口にひとまずかけてみる。





滝口「うぉ〜し！　やったるぜぃ！」



石水「（ここで代打ね……１点取りに来たな）」



須山「（まぁ当たり前だけど）」



石水「（……慣れられる前に交わしてしまおう）」



須山「（あいよ）」





　お得意スライダーとシュートを駆使して高低内外にボールを散りばめ的を絞らせない。





クククッ





滝口「どっせぇぇいっ！」





ブ――ンッ！！！





　最後は内角低めに曲がり落ちるスライダーにバットは空を切った。





滝口「無念っす」



木村「まぁそう上手くはいかんよな」



連夜「そうっすね」



佐々木「いや、次お前だけど」



連夜「初球のシュートを詰まらされピーゴロだけど？」



佐々木「早過ぎるわ！」





　あっという間に２死になった桜花だが、２番にはヒットを打つことに関しては
　最も期待ができるといっていい大河内が控えている。





大河内「（ここで点をいれれなくても３者凡退はまずいな）」





　今日の大河内は２打数１安打（２塁打）、１四球１犠打だ。
　十分、２番として実力を発揮している。





須山「（何かどこに投げても合わせてきそうなバッターだよな……）」



石水「（現にミートは上手いバッターだ。コントロールミスはするなよ）」



須山「（あいよー）」





　コントロールに関しては須山は高いレベルにあり、失投らしい失投は今までなかった。
　でもどんなに高いレベルにあっても１試合で投手がまったく失投しないというのはまずない。
　プロの世界もいかにその失投を打てるかが、いわゆる試合のキーとなる。





グググッ





大河内「（キィン）」





須山「このっ！」





シュッ





大河内「せい」





ガキィン





　際どいコースは全てカットして甘いボールを待つ。
　この辺が何も考えず大振りするやつやとりあえず打ちに言って初球を凡退するやつとわけが違うところだ。
　慎吾と木村で唯一共通して考えているのは２番の重要性だった。
　どの打順が一番大事かなんて一概には言えないが、少なくても２人は２番に良いバッターを置く傾向がある。





真崎「なんでだ、木村？」



木村「は、何が？」



真崎「そこは空気読めよ。木村や綾瀬って２番によく大河内先輩置くけどさ、理由あんの？」



木村「あぁ、うち適材適所な選手が多いだろ？　シュウみたいにひたすら足が速かったり、山里みたいに守備が良かったり」



真崎「まぁ、そうだな」



木村「打線もそうなんだよね。まずシュウが１番に入ってくれるけど考えなしな男だからシュウを生かせつつ
自らチャンスを作れる選手が入るべき。それにシュウの後って実質チャンスだから、当然打てる選手をな」



真崎「言わばバッティングのマルチプレイヤー選手か」



木村「そう。それが漣であり、大河内なんだよ。昨年はずっと漣にやらせてたけど、大河内が良くなったからな。
上戸の後も結構、そんな感じだから長打も打てる漣が５番にまわったわけ」



真崎「なるほど。で、それ綾瀬の意見？」



木村「いや、俺もそういう考えだぞ。まぁ言葉にしたのは綾瀬だけどな」



連夜「受け売りですか」



木村「ち、違うぞ。８割程度だ」



佐々木「ほとんどじゃないですか」





カキーンッ！





須山「しまった」





　その間、ずっと粘っていた大河内がセンター前ヒットで出塁。
　いい加減決めようとした力みがスライダーを上手くコントロールできずに生んだ失投。
　そこを逃さず捉え、２死ながら勝ち越しのランナーが出る。





姿「左投手だし、何とか繋いで高橋さんに期待だな」





　今日の姿は３打数でヒットなし、１死球で出塁している。





石水「（タイミングがあってないバッターだが、この手の打者はそろそろ打ちそうって思うから嫌だな）」



須山「（だが正直、俺のスライダーには全然合ってなかった。いけるだろ）」





　石水はあくまでデータの数字的にそろそろ１本打ちそうという気持ちがあるが
　須山は前の打席対決してみてのイメージしかもっておらず、そのときスライダーを
　引っ掛けさせた良いイメージしかなかった。
　その結果、伸び伸びと姿相手に投じることができ……





ククッ





ガキッ





姿「んげっ！？」





　連夜同様、シュートに詰まらされピッチャーゴロに倒れる。
　９回の表、桜花は２死から大河内が出るも無得点。





木村「最終回だって言うのにあっさり攻撃終わりすぎ」



連夜「国定さん、頼みますよ」



国定「お前が言うな、お前が」





−９回の裏−





　サヨナラへ、豊宣は６番の水神から。
　この試合、３打数１安打。そのうち２回先頭打者として打席に立っている。





龍滝「向こうもう５順目だというのに、うちまだ４順目の６番なんだな」



石水「いや、向こうの９回始まりが９番からだからそんな差はないだろ」



御藤「こっちは四球で出してるランナーが少し多かったからな」



豹「良いから得点圏にランナー置いて俺にまわしてください」



石水「だな。水神、頼むぞ」



水神「分かりました」





　一方の桜花も代打が出た関係で守備が交代する。
　サードの高橋が外野にまわり、サードにはそのまま滝口が入った。





大河内「本当に代わらなくて良かったのか？」



国定「後何イニングあるか分からないんだぞ。こんな早く薪瀬投入できるかよ」



連夜「確かにここんとこ司の調子良くないですからね」



国定「そういうこと。ま、打たれながらも何とかするさ」



大河内「………………」





　大河内はもちろん、国定自身も分かっていた。
　球威が完全に落ちてることを。





シュッ





水神「せぇい！」





ピキィンッ





国定「くっ」





ビシッ





　きっちりセンター返し、打球は国定の頭上を超えようとしてるところをグローブにあてる。





連夜「えっ！？」





　二遊間への打球に反応していた連夜、急ブレーキをかけ２塁ベース手前に落ちたボールに反応する。
　しかし、これは捕っても間に合わず水神が１塁を先に駆け抜ける。





連夜「チッ」



国定「悪い、触れなきゃ良かったな」



山里「いや、触れなきゃ１００％抜けてたぞ」



国定「あ、そう……」





　１点取ればサヨナラの豊宣は確実にサヨナラのランナーを２塁へ送る。
　１塁が空いたことで桜花は８番を敬遠策で埋め、１死２塁１塁でバッターは９番の須山。





御藤「むっ……やっぱ埋めてくるよな」



龍滝「２死にしてでも送りの方が良くないですか？」



御藤「うむ……まぁ須山は考えて野球ができるやつだし、任せる」





ガキッ





須山「あっ！？」



国定「おし、セカンッ！」



連夜「うし！」





　内角のボールに詰まらされピッチャーゴロ。
　国定が反応良く捌き、２塁のカバーの連夜に渡ってワンアウト。





シュッ





連夜「取れ、姿！」



姿「ゲッ、マジかよ」





　しかし例によって連夜の送球はショートに。
　これで逸らせば２塁ランナーの水神がホームに還って来ることも予想される。





姿「（難しいが、ショーバンでとるしかないか）」





　懸命に伸ばしても直接捕るのは厳しいと判断した姿はショートバウンドで取ることにした。





ガッ





バシッ





姿「ふぃ……」





　下からすくい上げ、捕球する。
　しっかりベースも踏んでおり、１塁審が高々とアウトの声を挙げた。





連夜「ナーイス！」



姿「お前な……」





　あれを捕球できなくても記録上はショートのエラーになり、ファーストの守備自体は
　記録上、判断しづらいところがあるが今のプレーは文字通り試合を決めるプレーになりかねなかったため
　改めて姿の守備能力の高さが伺えたプレーとなった。





国定「助かった。さすがだな」



真崎「良く捕った！」



姿「延長戦もショート漣でいくのか？」



木村「いや交代イコール国定がマウンド降りるだからな」



真崎「試合途中で高橋先輩や山里先輩に代えるわけにはいかんだろ」



姿「まぁ……そうだけど……」





　今大会、桜花にとっては初の、豊宣にとっては２試合連続となる延長戦へ。





−１０回の表−





パッキーンッ！





須山「んなっ！？」



石水「なんだと！？」





　内角へ少し高めに浮いたところを逃さず捉え、打球はレフトスタンドのポール際へ。





高橋「ふぅ、届いたか」





　今大会、守備で打撃でチームを引っ張ってきた男と１発で
　勝ち越しの、そして貴重な１点が桜花に入った。





上戸「おぉ！！！　スゲー！」



国定「ほんとスゲーな、お前」



高橋「打てそうになかったんで、決め打ち。まぁ入って良かったよ」



国定「カッコ良すぎだよ、このやろ」





ゲシッ





　ベンチに戻る高橋に軽く蹴りを入れる国定。
　だけどその顔はこぼれる笑みを隠しきれていなかった。





石水「いきなりか……」



須山「くっ……」



石水「へぇ、お前もイラつくことあんだな」



須山「当たり前だろ！」



石水「そんだけの気迫があればまだいけるだろ。後続頼むぞ」



須山「…………へ？」



豹「次の回は俺からですよ」



石水「そういうこと。良いから抑えてくれ」



須山「お、おう」





　続く上戸にはツーベースを食らうも、国定を自慢のスライダーで三振。





キィンッ





豹「甘いわ佐々木！」





バシッ





佐々木「うげっ」





上戸「ちょ、まっ！？」





　この当たりで一気にホームにつこうとした上戸が飛び出してしまいダブルプレーに。
　高橋の１発でこの回を抑えた。





須山「ナイスプレー」



豹「あれくらい普通ですよ普通」



御藤「……進藤、頼むぞ」



豹「へい」





−１０回の裏−





　守りにつく前、木村が国定と大河内を呼ぶ。





木村「国定、どうする？」



国定「いきますよ、もちろん」



大河内「薪瀬の調子を考えたら、今日は引っ張っても大丈夫でしょう」



木村「確かに１点じゃ交代も少し怖いところがあるな」



国定「ま、そういうわけですので任せてください」





　４−３と１点リードで１０回の裏、豊宣は１番豹からの好打順。
　今日は４打数２安打、１盗塁を記録している。





豹「よし、絶対出るぞ」



国定「（広角に打てるバッターだからな。どこを攻めるやら）」



大河内「（ヒットならいい……けど、足が速いからな……）」





　とにかく低めへのコントロールを意識した配球になる。
　基本的にリードオフマンとしての仕事に重点を置いている豹だが
　きっちりミートすれば長打を打つ力は十分にある。
　現に前の試合、翔相手にサヨナラホームランを打っている。





シュッ





大河内「（内に入って――！）」





ピキィンッ





豹「おしっ！」





　甘いコースに来たボールを確実に捉え、打球は右中間の長打コースへ。
　しかし桜花の外野陣は守備範囲の広い３人が揃っている。





佐々木「さっきのお返し！」





パシッ！





　腕を懸命に伸ばして最後は走りながらのジャンプキャッチ。
　クローブの先にひっかけ、何とか捕球する。





連夜「おぉ！　さすが享介！」



豹「余計なことを……」





　センター佐々木のファインプレーで１死。





国定「しっ！」





ズバァンッ！





　味方のファインプレーに気持ちが乗り、それが球威に乗り移った。





ガキッ





連夜「オッケーイ」



滝口「それっ！」





パッ





滝口「姿先輩！」





ビシュッ





連夜「………………」





　三遊間への打球、連夜が回りこんで捕球しようとしたところサード滝口がカットイン。
　きっちり１塁へ転送しツーアウト。





連夜「おいタッキー、俺の見せ場を……」



滝口「あれは俺が捕った方が早いっす。そんでもって俺の見せ場でもあります」



連夜「スイッチトスやろうかなっと思ってたんだけどな」



滝口「むぅ！？　それを先に言ってて下さいよ」



国定「いや、そんな頻繁にやらんでいいわ」



連夜「え？　今日の試合、まだ１度も見せてないんですけど」



国定「やらんでいいつーの」





　一方、追い込まれた豊宣は３番の火影に託す。
　出塁さえすればまだまだチャンスは作れる。





御藤「火影、お前なら打てる。しっかり振って来い」



火影「オスッ！」





　この試合の火影は３打数１安打、１死球と２度出塁している。





大河内「（凄い気迫。１発狙ってくんのかな？）」





　様子見で外角に一球外すことにした……のだが……





シュッ





火影「こんのやろぉ！」





ブ――ンッ！！！





国定「………………」



石水「おい……」





　その場にいた全員が火影のスイングに呆気にとられた。
　スイング自体もそうだが、もう少しボールを見ろよという呆れの方が強かったが……





火影「くそー！　紙一重か！？」



連夜「おーい、日本語は正しく使えよ」



火影「やかましい！」





大河内「（完全に一発狙いだな。多少のボール球でもいけるだろ）」





　打撃センスのある火影がここで一発を狙ってくれることはリードがかなりしやすくなる。
　しかしセンスがある分、何があるか分からないという点ではそれなりに怖かったりはするが。





大河内「（甘いところに投げるなよ。ボールならはっきりボールでいい）」



国定「（了解）」





シュッ





　２投目、言わば疲れから細かいコントロールが望めない国定は思いっきり抜け
　完全に高めのボール球。





火影「んりゃあぁっ！」





　それを振りにいく火影。
　バッテリーが助かったと思った時だった。





パッキーンッ！





火影「いけぇぇぇっ！」



国定「……うそ？」





　フルスイングで思いっきり高めのボールを叩く。
　打球は大きな弧を描きバックスクリーン左へ。





佐々木「………………」





　先ほどファインプレーした佐々木でもこの打球はどうすることも出来ず見送る。
　後、ワンアウトで試合は終わるってところから起死回生の同点ホームランが飛び出した。





火影「やりましたぁ！」



豹「おぉ、スッゲー！」



御藤「良くやった火影」



火影「次の回から俺がピッチャーですよね？」



御藤「そんなわけないだろ」



火影「………………」



水神「………………」





　打たれた桜花は念のため守備タイムをとり、マウンド上に集まっていた。





真崎「大丈夫すか？」



国定「あぁ……だけど、運ばれるとは球威かなり落ちてたんだな」



大河内「まぁ抜けたボールっていうこともあったけどな。もう少し気を遣って投げれば大丈夫だよ」



滝口「国定先輩、気を使って投げること出来るんですか？」



国定「できねぇよ」



大河内「字が違う。とりあえずもっと落ち着いて投げろ」



連夜「さすがの国定さんも餅をついては」



国定「お前ら帰れ」





　そんなこんなで続く４番石水を打ち取りこの回を終える。





石水「おっかしいな……俺、普段からクリンナップ打つ選手なのに……」



豹「まったく今日期待できないですね」



火影「でもエラーとはいえ２得点に絡んでるし須山先輩よりマシよ」



須山「これからマウンド上がるっていうのにテンション落とさせるな」



龍滝「まぁ打撃は皆はなっから期待してないしな。今更だ」



須山「やかましい」





−１１回の表＆裏−





　桜花は８番から、豊宣は５番からの打順をそれぞれ３者凡退で終える。





　疲れが見える両投手だが、コントロールはまだそれほど乱れておらず
　きっちりと一人ずつ打ち取ろうとしているのが伺える。





　これが経験を積んだ投手が出来る粘るピッチングに繋がる。





−１２回の表＆裏−





　１死から３番姿の打球をショートがエラーしてしまう。
　しかしそのランナーを高橋、上戸で還すことが出来ず無得点。





　一方、豊宣も２死から１番豹のセーフティバントをサード滝口の悪送球でピンチを広げるも
　次の打者をきっちりと打ち取りフォローする。





滝口「いや〜助かりました」



国定「これでうちの今日のエラー４個目なんだけど」



連夜「やっぱスイッチトスやらないからじゃないですか？」



国定「うん、絶対に違う」





−１３回の表＆裏−





　桜花は６番国定からだが３者凡退に倒れる。





　しかし豊宣も石水にようやく初ヒットが生まれるも後続が続かずサヨナラならず。





　延長戦は一転、投手戦が繰り広げられている。





−１４回の表−





国定「はぁはぁ……」



大河内「さすがに限界か？」



国定「まぁ確かにキツイ」



真崎「いい加減、点とれよ」



姿「出れないお前が言うな」



真崎「綾瀬が言いそうだから」



姿「確かに言いそうだけど……」



滝口「そんじゃ俺が突破口開きましょう」





　意気揚々と打席に向かう滝口だが、ベンチは言うほど期待を持てなかった。





姿「言っちゃ悪いけど、タッキーじゃな……」



大河内「でも須山も疲れてきてる。変化球は今までほどじゃない」





　変化球に弱いという分かりやすい欠点を持ってはいるがパワーがあり、一発も十分期待できる。





連夜「それに９回の火影の一件があるしな」



姿「確かに……」





ガキィン





滝口「うんぬぅ……」





　キレが落ちてきたとはいえ元々は一球品の変化球、捉えきることができなかった。
　しかし振り切った成果か、打球は内野と外野の間にポトリと落ちた。





滝口「おぉラッキー！」





　テキサスヒットで滝口が出塁で久々の無死でのランナーが出た。
　これを連夜がきっちり送り、大河内のヒットでチャンスを広げる。





石水「（監督は……交代する気なしか）」





　一度ベンチの御藤を見てみるも動く気配なし。
　まだ須山に任せるのを見て、マウンド上に行き一言二言交わして戻ってくる。
　また石水の行動を見て、桜花も一度姿をベンチに戻して作戦を託す。





木村「姿、タイミングは任せる。スクイズだ」



姿「へ？」



真崎「姿ってバントできるの？」



姿「まぁ、得意ではないが出来ないことはないけど」



木村「正直言って、須山相手の姿は期待できん」



姿「はっきり言いすぎです」



透「ワイがおるで？　スクイズでも犠牲フライでも何でもできるで」



木村「それも考えたが守りを考えた時、姿を外した後の内野が怖い」



国定「それは同感です」



木村「そんなわけだから頼むぞ」



姿「分かりました」





　スクイズは元より犠牲フライも注意しなきゃいけない状況でバッテリーも警戒する。
　１・２球目を外しカウント０−２。
　ここでストライクを投げてくるだろうと姿がサインを出す。





須山「ふぅ……」



滝口「ＧＯ！」





ダッ！





　モーションに入るかってところでサードランナー滝口が絶妙なスタートを切る。
　左ピッチャーの須山は完全に不意をつかれた。





石水「外せ！」



須山「マジ！？」





シュッ





　焦ってリリースポイントも狂った須山は高めに失投してしまう。





カツン





姿「あ、やべっ」



須山「届けッ！」





　高めのボールに殺しきれず、ピッチャー前小フライになってしまう。
　しかし、捕球できるかは微妙でサードランナーの滝口は突っ込むことを選択。





ズシャアァッ





審判『アウトォッ！』





ズシャアァッ





滝口「ん〜残念」





　捕球と同時にホームに突っ込んだ滝口。
　戻ろうとせず、須山はゆっくりと立ち上がり３塁へ送球しダブルプレー。
　１死３塁１塁のチャンスを生かすことができなかった。





姿「くそっ」



山里「ほれよ」



姿「あ、どうも」



山里「切り替えろよ」



姿「ッス」





−１４回の裏−





国定「うらっ！」





ズバァン





　決してスピードも威力もあるわけではないが、前半よりコントロール重視で抑えていく。
　豊宣の下位打線は決してレベルも高くないこともプラスされこの回、３者凡退に抑える。





須山「………………」



豹「見事な三振でした」



龍滝「三振するか普通」



須山「お前は打席に立ってないから言えるだろうが、あの投手レベル高いぞ」



龍滝「それは分かるが、前の打者だって投球術とコントロールで打ち取られてんだ。
つまり疲れで前半のキレがないってことだろ？」



須山「うっ……」



龍滝「まぁいい。次の回、ランナー出したら代わるからな」



御藤「そろそろ交代時期だろうが前の試合のこともあるしあんまり青波のこと使いたくない。
少しでも踏ん張ってくれ」



須山「うっす」





−１５回の表−





　打撃の無念さを晴らそうと先頭のホームランを打たれた高橋にぶつける。
　完璧にマークされたピッチングの前に高橋は凡退するも、続く上戸が初球を打ち長打で出塁。
　高橋に神経を使いすぎて、上戸に対しては少し糸が緩んだのだろう。





龍滝「そんじゃいきますよ」



御藤「あぁ」





　ここで豊宣は予定通り投手交代。
　２番に龍滝が入りピッチャー。須山が外野に戻ってセンター。
　センターに入っている火影がライトにまわった。





連夜「ついに出てきたな」



木村「よっぽど横海戦の負担が大きかったんだな」



連夜「でもここで青波を出せる向こうの投手層を考えたら……」



松倉「ほんと、よく持ってるよ国定さんは……」



木村「なんとかここで１点とりたいな」





　投球練習を終え、試合再開。
　１死２塁でバッターは６番の国定。





龍滝「いくぞ」





シュッ！





ズッバァンッ





国定「ッ……」





　今大会Ｎｏ．１投手と名高い青波龍滝の武器は何と言っても左腕から繰り出されるストレート。
　総合的に優れていた兄・聖龍に比べると変化球や制球の面では少し物足りなさはあるが
　十分、並の高校生とは桁が違ってる。





龍滝「（シュッ！）」



国定「このぉっ！」





ズバァァンッ





国定「くぅ……」





　威力のあるストレートにミートポイントを合わせることが出来ない。





ストッ！





国定「しまった」





　そして低めのフォークを振らされてしまう。
　懸命に止めるもハーフスイングをとられてしまい、空振り三振。





国定「やっぱストレートが脅威だな」



佐々木「みたいですね」





　２死ながらまだ得点圏にランナーを置いて、７番の佐々木。
　この試合は４打数ノーヒットながら２四球。
　自慢の粘り強さをこの試合でも発揮している。





ククッ





佐々木「………………」





　試合を通してそれを分かった石水は変化球でカウントをとる。
　追い込まれてから粘るためにストレートを１球見ときたい佐々木を逆手にとった。





龍滝「しっ！」





ビッ！





ズバァァンッ！





佐々木「あーっ！」





　高めのストレートについ手を出してしまい空振り三振。
　完全にバッテリーが佐々木を手玉にとり、このピンチを凌いだ。





−１５回の裏−





　この回も桜花は国定がマウンドに。
　要注意、１番豹にストレートをジャストミートされるも
　セカンド山里の好守備でワンアウト。





キィンッ！





龍滝「うしっ」





　しかし打者としても評価の高い２番に入った龍滝がヒットで出塁し
　バッターは１０回２死から同点弾を放った３番火影。





火影「決めてきます！」



御藤「まて火影」



火影「なんすか、監督…………まさか、代打！？」



御藤「違う。投手交代のようだからな」



火影「え、交代？」





　キャッチャーの大河内が主審に一言告げ、マウンドへ向かう。





大河内「お疲れさん」



国定「あ、あぁ……」



連夜「ここで大友投入か。中々度胸あるな」



大友「まぁ、どうせワンポイントでしょうし併殺打に抑えますよ」



国定「頼むぞ」



大友「ッス」





　国定がマウンドを降りて、ピッチャーは大友に。
　疲労を考慮して国定はそのままベンチへ戻った。





大河内「あのバッター、単純そうだから単純なリードで攻めるぞ」



大友「ストレートを見せ球に、低めのフォークですね」



大河内「そゆこと。綾瀬との特訓の成果、出てるようだな」



大友「まぁ……それなりですけど」





　大友は投球云々もだが、リードに関しても勉強した。
　キャッチャーをやるわけではないが、キャッチャーのリードに対して理解しなければ
　１００％ピッチングに集中できない。
　出たリードに対してただ投げるのではなく、その意味を理解して投じる。
　人間がやる以上、やはりこの気持ちの面は意外と大きく左右する。





大友「らぁ！」





シュッ！





火影「あまいでぇ！」





ズバァンッ！





火影「おっと」





　国定の高めのボールを打ったこともあり、今回も狙っていた火影。
　しかしあの時と違うのは国定のは疲労があり更に抜けたボール。
　マウンドに上がったばかりでストレートの威力には定評のある大友とじゃ比べようがなかった。





大河内「（なんつーかもう少し考えれたら投手としてもいけるんだろうな）」





ストッ





火影「おわっ！？」





ガキッ





　低めに行く予定が少し甘くなってしまったがフォークはきっちりと投じており
　上手い具合に引っ掛け注文通りの内野ゴロ、併殺打に。





大友「おし！」



大河内「完璧」



真崎「いい流れを作ったんで、次何とかしたいですね」





−１６回の表−





　真崎曰く何とかしたい回。





ズバァンッ！





山里「うっ」





ギィン





滝口「ぐっ！」





ズバァァンッ！





連夜「あー……」





　８番からの打順、あっさりと３者凡退。





木村「甲子園に来てからずっとだよな、この流れ」



大河内「そうっすね……」



真崎「やる気あんのか？」



連夜「やる気と実際やることは話が別だ」



真崎「いや、ふんぞり返られても困るんだけど」





−１６回の裏−





　ここまで来たら負けたくない桜花は薪瀬を投入する。
　９番に薪瀬が入り、滝口がベンチへ。
　サードには倉科が入った。





司「せぇい！」





シュパァンッ！





石水「うわっ！？」





　前の試合、出番のなかったこともありしっかり調整してきた薪瀬。
　その自慢のストレートのキレが戻っていた。





シュパァンッ！





司「（シュッ）」





ククッ





ガキィ





水神「くっ」





　薪瀬も負けずに４番からの打順を３者凡退に抑える。





龍滝「まだあんな投手控えてたのか」



豹「ここまで来たら負けられないっすね」



龍滝「ふっ、当たり前だろ」





−１７回の表＆裏−





　代わった両投手の好投でそれぞれ３者凡退で抑える。





真崎「呆気なっ！」





−１８回の表−





　延長戦、規定のイニングは１８回まで。
　つまりこの回がこの試合の実質の最終回となる。
　この回で点を取れなければ桜花の勝ちはなくなる。





連夜「勝ちがなくなって裏の守備じゃ厳しい。１点とるぞ！」



全員「おぉっ！」





　この回の攻撃にはまったく絡まないが連夜を中心に円陣を組む。
　打順は５番の上戸から。





上戸「よし、絶対出るぞ」



石水「（このバッターはストレートに強い。変化球で……）」



龍滝「（………………）」



石水「（じゃなくて、ストレートでいくか）」



龍滝「（あぁ）」





　上戸はストレートに強いと言うことを分かっていながらストレートで攻める。
　それほど龍滝は自分のストレートに自信を持っていた。





ズバァァンッ！





上戸「くっ！」





　自惚れではなく、確かな自信を。





龍滝「はっ！」





ビッ！





上戸「このぉっ！」





ガキィン





上戸「ぐぅ……（ビリビリ）」





　ストレートに詰まらされ、セカンドへの小フライ。
　豹が素早く落下点に入り、ワンアウト。





透「いっくでぇ！　ここからや！」





　６番は途中からサードの守備についている倉科。
　この試合、初打席を迎える。





ズッバァンッ！





透「おぉ……けったいなストレートやな」



石水「（甲子園での打席は少ないが……どうなんだろうな、こいつ）」





　データの少なさに石水も多少警戒していた。
　わざわざ左なのにサードで使うほどなんだから、悪いとは考えられないが。





透「（悔しいけどワイにこのボールは打てへんな）」





シュッ！





透「何もやらんよりはマシやろ！」





カツッ





龍滝「なっ！？」



石水「セーフティか！」





　バントの上手さには定評のある倉科、打球の勢いは殺しきれなかったが上手くライン際へ転がした。





水神「甘い！」





ダッ





　意表をついたバントだったがサードの水神は反応良く打球を捌く。
　勢いを殺せなかった分、守備によっては十分に刺せる。





水神「それっ！」





シュッ！





　本来はキャッチャーも兼ねるため、肩は良いレベル。
　無駄なくスムーズに１塁へ送球する。





透「せぇぇい！」





ズシャアァッ！





審判『アウトッ！』





透「なんやて！？」



滝口「セーフ、セーフ！」





　２人同時にアピールするも審判の判定はアウト。
　これでツーアウト、ランナーはなしとなってしまった。





龍滝「助かった」



水神「どういたしまして」





　後がなくなった桜花は７番佐々木に託す。





龍滝「（粘れるやつか。ここは遊び球なしでいくぜ）」



石水「（ＯＫ、来い！）」





　前の打席は変化球を見せ球にストレートを使ったが、残り１人となれば話は別。
　この打者さえ打ち取ればもう投げる必要がないと言うなら全力で投げ込めばいいだけ。





ズバァァンッ！





佐々木「ぐっ……」





ズッバァンッ！





龍滝「粘らせる気なんてさらさらねぇよ」





ビシュッ！





佐々木「こんのっ！」





ズッバァァンッ！





龍滝「（パチン）ＯＫ」



佐々木「くっ……」





　佐々木をストレートで３球三振に抑え、これで桜花の勝ちがなくなった。
　そして裏の攻撃、豊宣は……





豹「いくぜ、サヨナラ！」





　１番豹からの好打順！





−１８回の裏−





大河内「薪瀬、しっかり抑えて明日に繋げるぞ」



司「もちろんです」





　勝ちはなくなったが、それは今日の試合でのこと。
　ここを抑えれば勝敗は明日に持ち込むことができる。





豹「もちろんそうはさせないけどな」



司「お互い様、だよ」





ピッ





シュパァン





豹「（確かにノビは凄いな）」



大河内「（今日はコントロールもいい。残り１回なら何とかなりそうだな）」



豹「（まともに打つのは少々酷だな。なら……）」





シュッ！





豹「（サッ）」



連夜「透！」



透「わぁっとるわ！」



豹「何ッ！？」





　セーフティバントを読んでいた連夜は倉科に予め仕掛けてくるであろうってことは言っていた。
　やや前進守備に守っていた倉科は構えるや否や思いっきり前進してきた。





豹「んじゃこっち」





コツッ





　一塁線へプッシュバント。





姿「俺が捕る！　ベースカバー！」



司「了解」





パッ





豹「残念」





ダンッ





審判『セーフッ』





姿「チィッ」





　姿が捕球するもベースカバーに薪瀬や山里がつく前に豹が１塁を駆け抜ける。
　先頭のバッターが出塁する。





龍滝「進藤はほんと頼りになるわ」



火影「俺がサヨナラにします！　繋いでください」



龍滝「お前に回さず決めるよ」



火影「それはあんまりです」



石水「………………」





　豊宣の打順は２番龍滝、３番火影、４番石水と本来クリンナップを打つ３人にまわってくる。





大河内「（だが逆にバントはないと見ていいかもな。あるとすれば進藤の単独かエンドラン）」





　打席のバッティングを考えるとエンドランが一番可能性がある。
　しかし言ってもサヨナラのチャンス。
　ランナーを走らせる行為自体、冒険といってもいい。





連夜「タイム！」



司「連夜？」



大河内「は？」





　大河内がサインを出しあぐねていると急に連夜がタイムをとって大河内を呼ぶ。





大河内「何よ？」



連夜「豹、実は癖があってスタート切る時、２回左足で地面を掘ります」



大河内「え？　それは本当か？」



連夜「えぇ。中学の時、指摘したことがあって序盤はわざとやってるのかと思ったんですが
なんかそうではない感じなので教えておきます」



大河内「分かった」





　素早く守備位置に戻りマスクをつける。
　そして１塁ランナーを見てみると、リードをとった豹がいきなり言った仕草をした。





大河内「（でもリードとって足場固めるのは普通だしな……一応牽制してみるか）」



司「（分かりました）」





豹「よーし（ザッ、ザッ）」



司「（いきなりか……）」





サッ





豹「うわっ！」





　スタートを切ろうとした豹が逆をつかれる。
　何とか戻って判定はセーフだったが、これにはバッテリーも信じるしかなかった。





大河内「（どうやら癖のままのようだな）」



司「（みたいですね。これで攻めやすくなりました）」





　豊宣は豹の足と盗塁成功率の高さにかけ、走らせる気でいたのだが
　バッテリーに癖を読まれた豹は中々思うようにスタートを切れないでいる。





豹「（おかしいな、表情とかでバレてんのかな？）」





ザッ、ザッ





司「（サッ）」



豹「んぎゃぁっ！」





審判『せ、セーフ……』





姿「………………」





　さっきから逆をつかれている状態に懲りたのか、リードを少し狭める。





龍滝「（進藤がスタート切れないとはこの投手、中々巧みだな）」



豹「無理っす」



龍滝「………………」





　サインも何にもなく、ただ１塁ベース上の豹がバッターの龍滝に向かって
　腕で×サインを作りながら声を上げた。





大河内「（一応警戒はするが、これで打者１本で攻めれるな）」



司「（そうですね）」





　現在、カウントは０−２。
　２球とも変化球でストライクを取りにいったのが外れた形だ。





龍滝「（ストレートがいいってことだったな）」



大河内「（どうせ１イニングだ。飛ばしていくぞ）」





ピシュッ





シュパァンッ





龍滝「これか」





　高めのストレートを空振りする。





大河内「（いきなり振ってくるか）」





　打者は実際、見るより空振りした方がボールを認識しやすい。
　見ての判断だと、実際振ったときとの誤差が生じるからだ。
　後は龍滝の打撃センス次第だが、合わせられると変化球に決め球がない薪瀬は少々厳しくなる。





司「しっ！」





ピシュ





キィーンッ





山里「よっ」





パシッ





龍滝「くっ」





　ストレートに合わせてくるも弾道が上がらずセカンドライナー。





連夜「そこは落としてダブルプレー狙うところでしょ」



山里「無茶言うたんな」



連夜「それより後２人だ。火影をダブルプレーといこうぜ」



司「あぁ」





　１死１塁、バッターは今日ホームランを打っている火影。





御藤「ここは確実に繋げ。スタートは切れなくても打球が飛べば進藤の足ならかきまわせる」



火影「了解です」





　割と好き放題やっている火影もいざという時は作戦通り行う。
　そして行うだけのバッティング能力も持ち合わせている。





ピキィンッ





司「あっ！？」





　外角の変化球に逆らわず合わせ、三遊間へ。





連夜「このっ！」





パシッ





透「よっしゃ！」



連夜「セカンッ！」





シュッ！





ズシャアァッ





審判『アウトッ！』





豹「んなっ！？」



山里「ファースト……は無理か」





　三遊間へのゴロを逆シングルで捌くと、素早く反転して２塁へ。
　リードを少し抑えていたこともあり、俊足豹でも間に合わずフォースアウトに。
　これでランナー入れ替わり２死１塁。しかもランナーは豹より足の遅い火影となった。





透「どういうことやねん、連夜」



連夜「え？」



透「そこはスイッチトスの大チャンスやったろ？」



連夜「あっ！？」



司「いや、やらんでいいから」





　桜花の内野陣は比較的、お調子者が集まっておりこのプレーに関しては高橋も山里も乗り気だったりするが
　投手陣からすれば普通にやって欲しいって思いのほうが強いようだ。





豹「くそ……レンめぇ……」



石水「ドンマイ」



豹「決めてくださいよ」



石水「あいよ」





ズダッ！





火影「グッド！」



司「何ぃっ！？」





　この場面で走ってくると思わなかった司はこれに動揺して投球がワンバウンドになってしまう。
　当然、大河内は送球できず盗塁成功。





連夜「度胸あんな、お前」



火影「ここで決めたいからな」



連夜「このまま再試合なら明日、お前の出番じゃね？」



火影「…………そ、そうかな？」



連夜「うちに主力投手をそんなに消費したくないだろ。
だからビャク……俺の弟が投げたんだろうし」



火影「た、確かに……！」



連夜「じゃあリードをとれ、アウトにしてやる」



火影「お、おう……って乗るわけねーだろ！」



連夜「チッ！　成功しねぇな」



山里「もはや隠し球でも何でもねぇじゃん」





　２死２塁となり外野はレフト上戸以外前進守備をとる。





司「しっ！」





ピシュッ





ガキャアァン





石水「くっ、ミートできないか」





　打球はサードへのファールフライ。





連夜「追えっ！　ファールグラウンドは広いぞ！」



透「わーっとるわ！」



石水「嘘、捕るの？」





　スタンドに入るかは微妙なところだが、倉科は懸命に追う。
　捕ってしまえばこの試合はこれで終わるが……





透「あ、アカーン！」





　風に流され、ボールはスタンドへ。





連夜「何してんねん」



透「ワイのせいやないやろ！」



石水「ふぅ、良かった」





　続くストレートもファールになり、追い込んだ。





大河内「（まだ使ってないしフォークで決めるか）」



司「（はいっ）」





スポッ





バッテリー「あっ」



石水「もらったっ！」





パキィーンッ





　完全なすっぽ抜けを捉え、打球は三塁線を襲う。





透「抜かせへんで！」





バシッ





ズシャアッ





石水「ゲッ！？」





　今大会唯一の左利きサード、唯一にして無二の左利きサードの利点は
　塁線の打球が逆シングルにならないことかもしれない。
　もちろん、その他のプレーに関しては迫害でも何でもないが……





透「それい！」





ビシュッ！





姿「オッケイ！」





バシッ！





審判『アウトォッ！』





　この瞬間、桜花対豊宣は１８回を終え決着つかずに翌日、再試合が決まった。











ＴＨＥ　ＮＥＸＴ　ＭＥＬＯＤＹ