Fortieth First Melody―夜―


ピンポーンッ


連夜「………………」


 自分の家についた連夜だが、何となくチャイムを押した。  今から話すことを頭で考えているせいか行動の方まで頭がまわらなかった。


ガチャ


鈴夜「はい?」

連夜「よぉ」

鈴夜「……お前か」


 前回新聞の売り込みなどと半ばふざけた感じではなかったため  鈴夜は連夜がいることに関しては驚いたが、その後は覚悟を決めたように冷静さを取り戻した。


連夜「白夜とは決着をつけた。後は親父だけだ」

鈴夜「甲子園は見てたよ。まず入れ、話はそれからだ」


 玄関先で立って話すことではないと鈴夜の言葉通り、家の中に入った。


鈴夜「何飲む?」

連夜「いいよ。それより光は?」

鈴夜「学校。部活だって」

連夜「そうか」


 やはりいざ話すとなると出だしに困る。
 ふぅと息をついて視線を泳がしていると……



鈴夜「……白夜と何を話した?」


 鈴夜が最初に切り出してきた。


連夜「なんで家出したか、とかそんなところかな」

鈴夜「何て言ってた?」

連夜「さぁ? 俺が野球辞めてたっていうのもあるらしいけど」

鈴夜「……俺が朔夜を殺したからって言ってなかったか?」

連夜「――!」


 今回、鈴夜に話を聞きに来た理由の一つがこの事実確認だった。  まさか向こうから切り出して来るとは思ってはいなかった。  いきなりの展開にさすがに戸惑った。


連夜「本当なのか?」

鈴夜「………………」

連夜「兄弟だったんだろ? なんでそんなこと……」


 連夜の問いかけに堅く口を閉ざして、開こうとはしなかった。  この間、頼んでもいないけど鈴夜が出したお茶をすすりながら、沈黙を守った。  鈴夜が口を開くまで……
 そして五分あまり経っただろうか、鈴夜が重い口を開いた。



鈴夜「連夜、お前だったらどうする?」

連夜「ん?」

鈴夜「弟が力に身を任せ、自我を忘れたとしたら」

連夜「……親父……?」

鈴夜「直接手を出したわけじゃないが……俺が原因なのは間違いない」

連夜「なんで……漣朔夜はそうなったんだ? 力のことわかってたんだろ?」

鈴夜「あぁ。人質をとられ、そしてその人質が目の前で撃たれたんだ」

連夜「なっ!?」

鈴夜「そして朔夜は狂った。早い話が暴走だ」

連夜「親父が漣朔夜を止めたのか?」

鈴夜「まぁ……一応そういうことになるな」

連夜「それでも親父が直接手を出したわけじゃないんだろ?」

鈴夜「半ば息絶えていた朝里の刺客が朔夜が落ち着いたところを撃ったんだ。俺もサクも予想外だった」

連夜「なるほど……何となくだが輪郭はつかめてきたかな」

鈴夜「だがその事件、お前が知ったところで何の意味がある?」

連夜「さぁな。でも白夜の言った漣家の闇がそれをさしてるなら俺は知る権利がある」

鈴夜「………………」

連夜「それにさ、親父に確認とりたいことが2つほどあるんだ」

鈴夜「この際だ、隠すことはもうない」

連夜「それじゃお言葉に甘えて」


 こんな話、一気に話していたら頭が痛くなると少し間をあけるために麦茶を空のコップにいれ、一気に飲み干す。  連夜からすればここからが本番だ。  昔の話は言わば予備知識。自分が関わってくるのはここからの話……


連夜「音梨一夜、御柳日夜、流戸宙夜、この3人。ある共通点がある」

鈴夜「……聞こうか」

連夜「父親不在。最も皆、形は違えど母親も亡くなってるがな」

鈴夜「回りくどいのは好きじゃないんだがな」

連夜「あぁ、結論から言おう。こいつらの共通の父親、それが漣朔夜なんだろ? この力の継承者を作るため、恐らく朝里グループと繋がりがあったはずだ」


 自身の左腕に力を込めて、青白い光を発しながら話を続ける。


鈴夜「なぜ、そう思う?」

連夜「じゃないと宙夜たちの存在が説明できないからだ」

鈴夜「逆に聞くが、宙夜たちはその力を持っていない」

連夜「あぁ、だから力の継承には何か必須の条件があるはずだ」

鈴夜「………………」

連夜「それとも何か? 俺は漣朔夜の子どもなのかな?」

鈴夜「……バカ言うな。お前は正真正銘、俺の子だ」

連夜「言い切ったな。俺は見ての通り、力の継承者だ。必須の条件に直結は関係ないのか?」

鈴夜「そうじゃない……分かった、俺が知っていることを話す」

連夜「あぁ、頼む」


 ふぅと一息つき、鈴夜も麦茶をノドに通す。  自分では気づかないほど渇いていたのか、凄く潤った感じがした。


鈴夜「漣朔夜は朝里優美と一緒になり、1人の少年が生まれた」

連夜「……へぇ」

鈴夜「名を深夜という。文字通り、朝里の跡取りだ」

連夜「朝里深夜? ……ちょっと待てよ、確か騒がれてたな……黄金世代の!」

鈴夜「その通りだ。昨年のドラフトでプロ入りした。その時は一部で騒がれたからな」

連夜「その深夜って」

鈴夜「朔夜の力の後継者だ。正統な……な」

連夜「黄金世代ってことは2つ上か」

鈴夜「深夜が生まれてすぐ、朝里グループは動いた。正統な後継者さえ生まれれば用なしだからな」

連夜「どういうことだ?」

鈴夜「その時は力関係なくただ朝里の後継者が欲しかった。しかし優美は高校の先輩、朔夜に惚れてしまった。 一応、上層部は優美の気持ちを尊重したんだ。一人娘の特権ってところかな」

連夜「しかし、朝里グループは漣朔夜の力の存在を知ったというわけか」

鈴夜「そう。そして深夜もまたその力を後継したこともな。だからその力を利用、更に広めようとして1回目の事件が起こった」

連夜「……そうか。公認だったのに漣朔夜が狙われた理由はそこか」

鈴夜「だけど、2回目の事件が……起きた。そこは……気にならないか?」

連夜「いや、とりあえずいいよ。そこは当事者たちの胸にしまっててくれ」


 淡々とは話しているが、兄弟が亡くなった話をしている。辛い過去を振り返る必要はないと連夜も気を遣った。  あくまで今は連夜がなぜ力を受け継いだか、そして一夜たちの存在の証明をしたいだけ。


連夜「今の話を聞く限り、やはり一夜たちは……」

鈴夜「あぁ。朝里が力を持った子どもを多く得ようとした結果だ」

連夜「でも何で力を得なかったんだ? 間違いなく漣朔夜の子なんだろ?」

鈴夜「その点は俺も分からん。でもお前が力を得たってことで今回の条件は分かっているつもりだ」

連夜「え?」

鈴夜「漣と朝里の血が混ざったとき……それが条件なんじゃないかと俺は思ってる」

連夜「……え?」

鈴夜「朔夜と優美との間に生まれたのは深夜だけだから、アテにはならないがな」

連夜「は……ははは、ちょっと待てよ。それじゃあ……」

鈴夜「お前は母親のことを調べるのもあって桜花に進んだろ? 俺はその点に関してははっきりと言及しない。 それに母親を知って終わりじゃないだろ、お前の場合」

連夜「……分かった。その点は触れない。だが、それでも矛盾点は存在する」

鈴夜「白夜か」

連夜「そうだ。その条件で俺が継いだのなら、ビャクだって……」

鈴夜「俺が実際、力を持っていたわけじゃない。ただ、俺と朔夜は双子だ」

連夜「――!」

鈴夜「そう。双子はDNA上、同一なんだ。つまり事故のようなものさ」

連夜「上手く組み合わさってしまい、力を得てしまった?」

鈴夜「だろうな。正直、それしか考えられん」


 鈴夜が嘘を言っているようには見えなかった。  つまり、これが連夜が力を持ってしまった真実。  そして……


連夜「それが朝里が気づいてない理由か」

鈴夜「それはどうかな? お前だって覚えてるだろ? お前はさらわれたことが……」

連夜「それは朝里じゃない」

鈴夜「な、なんだと!?」

連夜「……でも良かった」

鈴夜「連夜?」

連夜「俺……本当に親父の子どもなんだよな……」

鈴夜「お前……」


 連夜の目は薄らと潤んでいた。ひなに言われた時、正直不安だった。  今まで積み重ねてきたものが崩れ落ちていくようで……  それが仮説だと分かってても、自分が朔夜の子どもの方が辻褄が合う現実に不安がなくならなかった。  強く冷静でいる連夜もまだ17歳。事の重さを背負うには幼すぎる年齢だ。


鈴夜「悪かった。お前に全て背負い込ませて……」

連夜「いや違うよ。俺は白夜を助けたかっただけ。そして母親のことを知りたかっただけだ。 ここまで育てて、隠してきた親父に反することしてる親不幸者だよ」

鈴夜「……強いな、お前。まるで朔夜……サクのようだ」

連夜「え?」

鈴夜「サクも……信念があった。譲れない信念が……だからあんな結末が待っていたのかもな」


 テーブルに視線を落とし、尻すぼみに声が小さくなっていく。  過去を思い出し、そして悔やんでいるように連夜には見て取れた。


鈴夜「お前は道を間違えるな」

連夜「………………」


 顔を上げた鈴夜の目は真剣だった。言葉以上に目が、連夜に対し訴えていた。  その父に黙って頷く。


連夜「最後に一つ、聞いて良いか?」

鈴夜「なんだ?」

連夜「漣朔夜は決して悪いことしてないよな?」

鈴夜「どうだろうな。結局、力に溺れ人を殺した。決して許されないことをした」

連夜「許されないこと?」

鈴夜「一夜たちだ」

連夜「………………」

鈴夜「朝里に主導権があったとはいえ、朔夜がやったことに変わりはない」

連夜「でも……生んだのは母親の意思だろ?」

鈴夜「それはそうだが……」

連夜「親父だったら分かるはずだ。一時の関係でも、お互いにそこには想いがあった」

鈴夜「――!」

連夜「そうだよな? 俺は当時のこと知らないし当事者たちの本当の気持ちも知らない。 けど、一夜や宙夜、日夜が今、いることが一つの答えを導き出している」

鈴夜「………………」

連夜「それを否定してしまったら、一夜たちが可哀想だろ」

鈴夜「そうだな……お前の言うとおりだ。そう思うと……」

連夜「ん?」

鈴夜「朔夜が朝里に協力したの、俺のせいかもな」

連夜「え?」

鈴夜「一人になったあいつが可哀想だったから……そして恐らく朔夜はそのことを朝里グループから教えられたんだ。 俺に憎悪の念を抱いて、行為に及んだのかも知れないな」

連夜「もっと単純に考えようぜ」

鈴夜「……?」

連夜「朝里グループのせいだ。全て、策略なんだよ。そう思えば楽じゃね?」

鈴夜「……あぁ、ありがと」

連夜「一夜は恐らく知っている。父親が誰なのか、な」

鈴夜「………………」

連夜「全て話す。いいな?」

鈴夜「………………」


 鈴夜は黙って頷いた。本当は一夜たちを思って伝えずに今まで過ごしてきた。  しかし伝えなかったことで息子たちを苦しめていたと知った鈴夜は後は息子に任せることにした。  子どもたちは自分が思ってる以上に強かったから。


鈴夜「一夜に言ってくれるか?」

連夜「ん?」

鈴夜「恨みたきゃ恨め。だけど自分は大事にしてくれって」

連夜「分かった。必ず」


 コップに入っているお茶を全て飲み干し、立ち上がった。


連夜「なぁ、親父と母さんは幸せだったか?」

鈴夜「……さぁな。少なくても俺はお前らがいて良かった。お前らには散々迷惑をかけてるがな」

連夜「親ってさ子どもが生まれるとやっぱ子ども中心になるんだな」

鈴夜「当たり前だろ」

連夜「勝手に俺が思ってるだけだけど、二人が幸せで俺がいるなら、俺はいいと思ってる。 後悔してるなら、俺らに失礼だぜ。もちろん一夜たちにもな」

鈴夜「……バカやろう……」


 少なからず鈴夜は後悔とは違うが、子どもに対して申し訳ない気持ちはあった。  朔夜とも違うが鈴夜もまた自分たちのエゴで連夜たちを生んだのだから。
 連夜が大人すぎる考えを持ってるもんだから鈴夜は苦笑せざるおえなかった。  でも蟠りが少し取れた……10年以上にわたって続いてきた後悔の楔がなくなったように感じた。



連夜「じゃ行くわ」

鈴夜「あぁ……」


・・・・*


 そして連夜は漣家を後にした。  家を出て連夜を歓迎したのは照りつく太陽と……


音梨「……おっす」

連夜「一夜……」


 家のフェンスによりかかって空を見上げていた一夜だった。  ポケットに手を入れ、そのまま空を見ながら連夜に話しかけた。


音梨「漣鈴夜から話を聞いたな」

連夜「……あぁ」

音梨「漣鈴夜の双子の弟……そして朝里の社員10数人が殺された事件の犯人、漣朔夜……」


 一夜は声を震わせた。  それでも視線を空から連夜の目へと移し、まっすぐに向き合った。


音梨「それは俺の父親の名前でもあるんだ」


 白夜との会話で仮説がたった。鈴夜との会話で事件の輪郭を掴んだ。  そして最後に一夜との会話で決着をつける。  鈴夜たちの想い……一夜へ届くのか?



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