Fortieth Third Melody―司る力を糧に―


カキーンッ!


透「よっしゃ! セカンッ!」


シュッ


木村「おし、次!」


キィーンッ


シュウ「おう!」


 1日休養日を経て、早速新チームでの活動が始まった桜花野球部。  シュウ、松倉も復帰し慎吾も退院した。  人数や名前的には一応フルメンバーが揃ったことになる。


連夜「メンバー的に変えることは無理だが、この布陣でいくのか?」

慎吾「まぁな。内野は変えようないし」


 なんせ12人しかおらず、投手の薪瀬や大友が控えになるとしても後は宮本。  現メンバーで考えれば、大幅なコンバートをする以外、変えようがない。  しかし残ったメンバーでポジションが被ることなく収まっているということだけが救いだ。


慎吾「それより問題は打順だな」


 ちなみに退院はしたが、まだ運動自体止められている慎吾はノックもできず、簡易ベンチに座り  今度の大会に向けての打順を何通りか書いていた。


連夜「悩むのか?」

慎吾「森岡の回復次第だな。走れないようなら打順を下げるし……」

連夜「ちなみに俺は?」

慎吾「2番」

連夜「戻すのかい……」

慎吾「大河内先輩がいなくなるからな。五番だったら倉科が適役だろうし」

連夜「まぁいいけど。俺も2番のほうが慣れてるし楽だ」

慎吾「……ところで、何でお前はここにいるんだ?」

連夜「投手陣がランニングに出てて、暇なんよ」

慎吾「タッキーはノック受けてるぞ」

連夜「あいつは外野での出場が濃厚だからな」

慎吾「………………」


 早い話、サボっているのだが一人でブツブツと考えてるのもつまらないため  いい話し相手として置いておくことにした。


慎吾「漣が考えるオーダーってあるのか?」

連夜「ん? そうだな……」

1番:シュウ
2番:連夜
3番:松倉
4番:姿
5番:倉科
6番:滝口
7番:久遠
8番:佐々木
9番:真崎


連夜「って言うのはどうだ?」

慎吾「思ったよりオーソドックスだな」

連夜「一応、キャッチャーの端くれだからな」

慎吾「(え、関係な……)」

連夜「綾瀬はどんな感じよ?」

慎吾「まぁ森岡も松倉も万全ならそれで良いと思うが、もしダメなら……」


1番:真崎
2番:佐々木
3番:連夜
4番:姿
5番:倉科
6番:シュウ
7番:滝口
8番:大友
9番:久遠


慎吾「というパターンも考えてみてる」

連夜「ホントにシュウをポイントゲッターで使う考えか」

慎吾「動いてなかったせいで脚力が落ちてるらしい。木村のおかげで盗塁に関しては技術面が森岡の場合 結構いいモノ持ってるからまだマシだとしても……」

連夜「これまで通り足を使った攻撃は厳しいか」

慎吾「これからの調整次第だがな。森岡のウリはチャンス強さでもあるし、6番も面白いとは前から考えてた」

松倉「でもあの足とムードメーカーさは1番に置いときたいよな」

慎吾「おかえり。あんま無理するなよ」

松倉「これぐらい走らなきゃ体がついてこねぇ」

慎吾「いや、お前肘を痛めてからずっと走ってたろ」

連夜「お前についてった二人が死んでるんだけど」


 投手は下半身だと木村の教えもあり、リハビリ中だった頃の国定にくっついて走っていた松倉。  その為、ケガした後、何も出来ないからとランニングは欠かさずやっていた。  そしてそれについていったまだ1年で体が出来てない大友と線が細くスタミナがない薪瀬はグロッキー状態だ。


松倉「だらしない。国定さんがいない以上、お前らが2人がかりでも1試合投げ抜かなきゃいけないんだぞ」

慎吾「医者はなんて?」

松倉「さぁ? 直前まで何とも言えないけど、まだ投げるなって」

慎吾「そっか。つまり間に合っても、長いイニングは無理か」

連夜「でも焦るなよ。来年の夏に間に合わせればいいよ」

松倉「焦ってはいないが秋に間に合わせる。もうベンチで野球観戦はゴメンだ」


 夏、チームが苦しい時……ベンチで見ているしか出来なかった。  慎吾も似たような葛藤を味わったが、松倉の場合は選手登録してベンチに入ってた。  でも、何も出来なかった。それが何より悔しかった。


松倉「とりあえず、バットは振っても問題ないらしいから野手の練習に交じるわ」


 軽くキャッチボール程度なら許可は下りているものの、結論から言えばボールはまだ持つなってレベル。  けど肘の痛みに注意しつつ、野手のノックに参加するなど医者に言われているより早いペースでリハビリは進んでいる。  自主的にだが……


慎吾「焦るなって言っても無駄か」

連夜「松倉がケガしたのも、昨年のツケがまわってきたようなもんだ。 決してクロスファイアーを取得に投げ込んだせいじゃない」


 そう、松倉は確かにフォームを固めるために投げ込みを行ったが元々  前年度の夏、そして秋とほぼ1人で全試合を投げてきた代償と言える。


慎吾「薪瀬、大友……秋の大会はお前らでまわす」

司「あぁ」

大友「…………(コクッ)

慎吾「そこでだ、お前らに一つずつ球種を覚えてもらう」

連夜「は?」

慎吾「大友は夏始まる前に教えたろ? あれ、やってみろ」

大友「はい」

連夜「夏始まる前?」

慎吾「あぁ。やっぱり大友のストレートを磨いたとしてもSFFだけじゃ心もとないからな。 ただ、いきなりの変化球練習は体が出来てない大友には厳しいからな」

連夜「それはそうだが、一体何を?」

慎吾「シュートだ」

連夜「シュート?」

慎吾「うちにはスペシャリストがいたしな。夏の間、握りとか全て先輩に任せてた。後は大友がモノに出来るかだな」

大友「モノにしなきゃいけないでしょう」

慎吾「くれぐれも無理はするなよ。お前が抜けたら秋は辞退も同然になるからな」

大友「ッス」

滝口「お〜し! やろうかぁ!」

大友「まだ呼んでないんだが」

滝口「細かいことは気にするな!」


 こうして大友は滝口を連れ、ブルペンへ向かった。


慎吾「で、薪瀬だが……」

連夜「司の場合、緩急か?」

司「だろうね。白夜くんが投げていたボールならうってつけなんだろうけど」

連夜「OKボールか」

慎吾「そうだな。薪瀬はサークルチェンジの取得を目指せ」

司「了解」

連夜「握りとか調べなきゃな」

慎吾「後でやっとく。お前らは今日、普通に投げ込んで上がれ」

連夜「へーい」







 新球種取得を目指す投手陣だが甲子園からの疲労を考え夏休み中は軽めの練習にしている。  それは野手陣にも言えることだが退院明けのシュウ、出番の少なかった倉科など  投手陣よりは疲労感は薄く、また性格的な問題もあり結局のところ通常通りの練習をしている。  慎吾が万全ではなく、木村のノックはまだ軽いという点では楽ではあるが。


司「せぇいっ!」


シュパン


連夜「……もういい、ちょっと来い」


 10球程度受けてすぐ、連夜は薪瀬を呼びその場を離れた。


滝口「ん〜? 薪瀬センパイ調子悪いんかな」

大友「全然走ってなかったな」

滝口「まさかランニングで疲れきったってわけじゃなさそうだし」


ガンッ


滝口「ッ…………」

大友「よそ見してると危ないぞ」


 投球練習中、滝口は2人の後ろ姿を目で追っていたため、後ろを見ていた。  そこに大友が投げた軽めの速球が後頭部に直撃した。  硬球なので、凄く痛い。くれぐれも余所見している人には投げないように。


滝口「お前……血も涙もないのか?」

大友「いや軽く投げた」

滝口「ってことは確信犯じゃねーか!」

大友「よそ見してるお前が悪いだろ」

滝口「俺がいなくなったら投球練習できないんだぞ!」

大友「いいよ、漣先輩が空くまで待つし。お前、どうせキャッチャーやらんだろ」

滝口「………………」

大友「分かった、分かった」

慎吾「どうだ、調子は?」

大友「まぁまぁっすね」

滝口「変化する時もありますけど、全体的にコントロールが酷いですね」

慎吾「……で、2年2人は?」

大友「なんか漣先輩が薪瀬先輩を連れてあっちのほうに」


 大友が指差した方を軽く見て、視線を戻した。


慎吾「ふぅん、まぁいいや」

滝口「なんか薪瀬センパイ、調子悪そうでしたよ」

慎吾「それはいいが、お前はどうした?」

滝口「硬球を頭にぶつけられました」

慎吾「………………」


・・・・*


 連夜は薪瀬を昇降口付近にある水呑場に連れてきていた。  野球部の誰かが近づいてきても調子が悪いからとか言い訳できるし  部室に行くときは必ず通る場所でもあるからだ。  別に言い訳を考える必要はないのだが、ある種サボって話をすることに若干の後ろめたさは持っていた。


連夜「どうした、司。まったくボールが走ってないが」

司「いや……別に……」

連夜「迷いが感じられる。俺があんなこと言ったからか?」

司「………………」

連夜「悪いけど、俺はお前にそれは聞かなきゃいけない。でも前にも言ったろ? 俺はお前の味方だ。だから話して欲しい」

司「……どうして、連夜が大地さんの名前を?」

連夜「ちょっとした因縁?」

司「因縁?」

連夜「ビャクをさらった……っていうとあいつ怒るか。まぁ唆して家出させた犯人なんだ」

司「なっ……本当か!?」

連夜「あぁ。まぁおかげさんでビャクとは和解したけどな」

司「そっか……良かった」


 薪瀬も白夜のことを知っており、連夜からいなくなったことを聞いた時は心配していた。  和解したと聞き、本当に安堵の思いだった。


司「だけど、何で俺が大地さんに協力してると?」

連夜「お前の呼び方じゃダメか?」

司「それは……」

連夜「冗談だよ。駒崎と知り合いだったんだろ?」

司「やっぱり接触してたのか」


 ひなが連夜に何かしらで接触をしていることを司は悟っていた。  でも大地への忠誠もあり、ヘタに行動を起こせず本当かどうか今まで確認は出来ていなかった。


連夜「お前は直接、俺に接することはなかったようだが」

司「単純に連夜とは親しい関係だったから……」

連夜「連絡係みたいな感じだな?」

司「まぁ……そうだが、どうして?」

連夜「いや、普段近くにいるわけでもない駒崎がやたら情報を持ってるらしくてな。 もう一人いるんじゃないかと考えてた」

司「それが俺……ね」

連夜「正直、球技大会のを聞いてだけだがな。そんなの誰でもいいって思ってたし」

司「え?」

連夜「だけど理由を聞いて脅されてるとかだったら、助けてやりたいと思っただけだ」

司「……連夜……」

連夜「司、理由を聞かせてくれないか?」

司「……俺さ、桜花学院に来た理由は話したよな」

連夜「あぁ」


 薪瀬が桜花に入学した理由は中学のとき、父親が事故にあい仕事ができない状態になってしまった。  中学卒業して働こうと思っていた薪瀬だったが、母親が進学して欲しいと望み  知り合いだった桜花の教頭に頼み、立て替えのような感じで入学を果たした。


司「それを全部チャラにしてもいいから、大地さんに協力しろって言われて」

連夜「教頭に?」

司「うん」

連夜「ふぅん……」


 今のところ何にも言えないが大地の目的が自分の力だとして、それの協力を要請する教頭。  つまり教頭と綾瀬大地は何らかの繋がりがあると言える。


司「少なくても大地さんは悪い人のように思えないんだが……」

連夜「会ったことあるんだ?」

司「あぁ。ユーモアある人だよ」

連夜「まぁそれは何となく分かるな」


 今まで出会ったときのことを思い出し、苦笑する。  確かにユーモアはありそうだ。


司「だけど連夜、この間苗字言ってなかったか?」

連夜「ん? あぁ、綾瀬大地ってフルネームで言ったな」

司「綾瀬って言うのか?」

連夜「あれ、知らんの?」

司「あぁ、名前しか聞いてなかった」

連夜「なんか意味あんのかな」

司「綾瀬って……関係あるのか?」

連夜「綾瀬曰く、綾瀬の姉の相手らしい。結婚して苗字変えたんだと」

司「そうなんだ」

連夜「まぁそれはいいとして……」


 出入り口によりかかっていた連夜がふと動き出し、置いていたミットを持ち薪瀬の肩をポンと叩いた。


連夜「なぁ司、この空の下に幸福ってあるのかな?」

司「……は?」

連夜「なんてね」

司「連夜……?」


 冗談のような笑みを浮かべたが、その前の寂しげな表情が薪瀬は気になった。  幼馴染だけあって、連夜の性格は理解している。  自分のことより周りのことを優先するやつだと……


司「大地さんと一体何を?」

連夜「お前はもう教頭とも綾瀬大地とももう関わるな」

司「えっ……?」


 幼い頃から連夜はそういう男だった。普段面倒くさそうにグループの後ろを歩いてるようなヤツでも  いざ困ってる時は率先して前に立ち、状況を打破していた。  そんな男だったからこそ、今、何か嫌な予感がしていた。考え過ぎかも知れないが薪瀬も大地に対し  ユーモアを感じつつ何か独特の雰囲気を感じて、初対面の時は恐怖すら過ぎったほどだ。


連夜「心配すんな、俺のこと理解してるっしょ?」

司「してるから……心配なんだよ」

連夜「最後は結局何とかしてしまう、それが俺だろ?」

司「………………」


 ニマっと笑う連夜に疑いの眼差しで応戦する薪瀬。  その視線には耐えられなかったのか頬を人差し指でかき薪瀬から視線を逸らした。


連夜「ま、深く気にするな」


 捨て台詞を残しグラウンドへ行く方とは逆方向へ歩いていった。  残された薪瀬はどうすることもできず、暫しその場に立ち尽くしていた。



・・・・*



 部室に戻ってきた連夜はミットを手入れをした後に自分のバッグに戻した。  そして机の上にあったノートを後ろから1枚破り、何か書き始めた。


連夜「さ〜て、誰が最初に見つけるかな?」


 書き終え、四つ折りにしそのノートの上に置いた。


連夜「第一発見者、綾瀬だと困るかも……ね」


 連夜はポケットからぐしゃぐしゃの紙を取り出し、先ほどの紙の横へ投げ捨てた。  勢いあまってノートの上を通り過ぎ、机の端へ行ったが直すのも面倒くさくそのままにすることにした。


連夜「さ、行くか。決着つけに」


 そして自分のバッグや道具をそのままに部室を……


バタンッ


 後にした。



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