Fortieth Fifth Melody―ケジメのつけかた―


 新チームでの最初の練習は主にポジション変化による守備の確認と言った感じで  終始緩い感じで練習を終えた。  なんせ秋まで新入部員の増加はとりあえず望めなさそうなため12人で大会に臨まなければならない。  特に野手・内野陣はほぼ控えがいないという状況でもあるため第一がケガをしないってことになる。


慎吾「倉科、真崎がスタメンになるから打撃面は良いんだよ。やっぱ問題は守備だな」

透「何がアカンねや。ワイ、そんなヘタか?」

慎吾「いや、ヘタではないけどお前の場合、利き手がな」

透「左でも問題ないようやっとるんやけどなー」


 倉科の守備は悪くはない。だが結構なレベルの分、どうしても左投げじゃなければなという思いも拭いきれない。  人数が少ない以上、そこまで求めるのは贅沢なのかも知れないが。


木村「まぁ倉科は打撃もいいし、夏は高橋がいたからあんまり出番なかったけど他所じゃレギュラークラスだしな」

慎吾「他所で桜花野球部の実力がどんなもんかは怪しいもんだけどな」

木村「お前ね……」

久遠「でも綾瀬が言うことも一理あるよな」


 甲子園ベスト8が示すとおり、チームの実力は結構高いものを持っている。  だが選手個人で見ると一つ突出している能力があり、適材適所で活躍している部分が強い。  つまり選手個人では甲子園に出場する強豪高校の選手に比べるとワンランク落ちていると言える。


真崎「で、綾瀬。オーダーは決まったのか?」

慎吾「大体ってところだな。試合直前まで引っ張る予定」

真崎「何ィ? こっちにも打順に応じて心構えする時間が欲しいんだが」

慎吾「じゃあお前はベンチを温めてくれ」

真崎「おし、任せろ……ってなんでそうなる?」

久遠「打順って言ってもシュウ次第なんだろ?」

慎吾「そういうこと。甲子園でシュウの存在や機動力の強みは十分身に沁みたからな。 そういう意味じゃ真崎や久遠には働いてもらうからな」

真崎&久遠「お、おう」


 シュウの不在というのは甲子園の試合での通りだが、機動力は2回戦・富士中央との対決が大きく影響していた。  特に桜花は高橋・上戸といった一発長打が打てる選手が抜けるため  1本のヒットで点を取るということが重要になってくる。


透「でもシュウがアカンのならまた1番に悩まされるんやな」

慎吾「まぁ真崎もいるし、久遠もあそこまで酷くはならないだろ」

久遠「今、国定先輩の気持ちが分かったわ」

真崎「過去の失敗から目を背いたらダメなんだぞ」

久遠「少ない出番でケガしたお前には何も言われたくないわ」

真崎「………………」

慎吾「どっちもどっちだ」

木村「じゃあ綾瀬、記録帳つけたら職員室まで持ってきてくれ」

慎吾「あぁ了解」


 昇降口のところで木村と別れ、後片付けしている数名を除いて部室へと向かった。  人数が少ないのに後片付けの順番を決めている辺り  桜花野球部に所属している選手たちの性格はお分かりいただけるだろう。


ガチャ


久遠「そういや途中から漣いなくなったけどどうしたんだ?」

透「そういえばせやな。薪瀬と途中、抜けたみたいやったけど」

慎吾「薪瀬が一度確認に部室来たんだけど、いなかったらしくてな」

真崎「漣といえど珍しいな。そういうことはきちっとしてるんだけど」

久遠「まぁ事後報告も多いっちゃ多いけど」

透「せやな、むしろそっちの方が多いわ」

慎吾「でも荷物は置きっぱなしみたいだな。コンビニにでも行ったのか?」

久遠「それにしては長すぎだろ」

慎吾「そうだな……あ、真崎、ノートとってくれ」

真崎「あいよ……っと? なんだこれ」


 ノートの上にある不自然な四つ折りの紙を手にとって見る。  記録帳は机の上を滑らせ、反対側にいる慎吾へと渡った。


真崎「ん〜…………なにぃっ!?」


シュッ!


ピシッ!


慎吾「やかましい」


 悲鳴をあげるやいなや、手に持っていたボールペンを投げる。  綺麗に回転したボールペンは真崎の左頬を見事に捉えた。


真崎「おま……なにすんねん……」

慎吾「急に大声を出すな」

透「で、どうしたんや?」

真崎「そうだ、これを見てくれ」


 机の上に紙を広げる。慎吾、倉科、久遠の3人は文字が書いてあることに気づき、近くに行って見る。


真崎「漣からの伝言っぽいぞ」

透「なんやて!?」


 あんまり興味もなかったが真崎に言われ、紙を手にとって見る。  その後ろから慎吾と久遠は覗き見ることにした。  そして手紙の内容を見て3人は唖然とした。


透「なんやねん……これ……」

久遠「正直、意味が分からないが……危険なのか?」

慎吾「……さぁな」


 先ほど投げたボールペンを拾い、慎吾は記録帳をつけに座っていた席に戻った。


久遠「さぁなってご指名だぞ?」

真崎「後、薪瀬もな。だが綾瀬大地って確か姿のときに会った人だよな」

慎吾「あぁ」

真崎「まさか今度は漣を?」

慎吾「それは違うだろうな。現に姿は戻ってきてるし」

真崎「そうか……」

透「しかしやな、あいつがヤバイって言うなら相当じゃないんか?」

慎吾「まぁ、あと1人、証言を得られる人物がいるだろ。そいつに聞いてからでも遅くはないさ」

透「もう1人?」

久遠「薪瀬か?」

慎吾「そう。ちなみに言うと俺はその手紙に出ている綾瀬大地とは知り合いだ」

久遠「知り合い? 苗字が一緒だぞ」

慎吾「綾瀬なんてありふれた苗字だろ」

久遠「いや、それは違う」

慎吾「まぁ義理の兄なんだ。だから関係はあるが、正直薪瀬との関連性は俺も知らない」

真崎「つまり薪瀬から情報を聞き出せるかが鍵か」

慎吾「そうだな。今のままじゃ動きようがないし」


 とふと足元にもう一つクシャクシャになっている紙を発見する。  先ほど、ノートを滑らしてもらった時に確かに何かが落ちたような気はしていたが  その正体はどうやらこれらしい。  それを手にとって開いてみる。


慎吾「(住所……? 千葉ってなってるけど近くか?)」


 千葉に引っ越してきたのは高校入学してからの慎吾。  正直なところ、住所や地名で覚えるのは苦手なためこの辺のことは自分で足を運ばない限り、分からなかった。  ついでに言えば行ったところですら印象に残る建物がなければ口に出してなど説明ができない。  平たく言ってしまえば若干の方向音痴である。


ガチャ


松倉「お疲れさん……っとなんだこの雰囲気の重さは」

大友「どうかしたんですか?」

真崎「よっ、薪瀬は?」

松倉「もうすぐ来るけど」

真崎「そうか」

宮本「あれ〜? 机の上にあるの、なんですか?」

真崎「これの件で薪瀬に話があるんだよ」

松倉「どういうことだ?」

真崎「読めば分かる……いや分からないから薪瀬に聞くんだがな」


 松倉らが手紙に目を通そうとしたとき、薪瀬らが部室に入ってきた。


真崎「待ってたぜ、薪瀬」

司「え?」

真崎「これ、見てみろ」

司「――!」


 薪瀬は明らかに表情が崩れた。それも読む前に……真崎から手紙を受け取った瞬間にだ。  それを慎吾は、そして真崎でさえも見逃さなかった。


慎吾「薪瀬、一度部室に来たんだろ? この手紙を見落とすとは思えないけどな」

司「それは……」

真崎「見たんだろ? でも何で黙ってた? 少なくても綾瀬の名前は出てる。 綾瀬には言っても良いんじゃないか?」

慎吾「薪瀬、お前知ってるんだろ? 綾瀬大地を、そして漣と会ってる理由も」

司「………………」

姿「綾瀬大地? 大地さんがどうかしたのか?」

透「なんや、姿? お前も知っとるんか?」

慎吾「姿は別件だけどな」

松倉「意味は良く分からないが、漣が危険な目に遭いそうなのか?」

慎吾「それを今、薪瀬に聞いてる」

司「……俺は知らない」

真崎「なわけねーだろ! だったらなんで――」

慎吾「いいよ、真崎。言えないこともある」

真崎「はぁ!? 諦めるのかよ!?」

慎吾「まさか。綾瀬大地とは俺も関わりがある。薪瀬の持つ情報は俺も欲しいからな」

真崎「……わかったよ、お前に任せる」


 そう言って椅子に座る。それに釣られ、入口付近に立っていた後から来た面子も  椅子に座ったり、壁によっかかるなどして部室内にしっかり入った。  そして出入り口を閉めるのを合図に慎吾が座りなおし左肘をつき尋問体勢に変わった。


慎吾「なぁ、薪瀬。どこでどうして綾瀬大地と知り合った?」

司「………………」


 薪瀬は口を閉ざした。しかしその表情は悩んでいるようにも見える。  実際のところ薪瀬は、大地に協力しなければならないのと連夜への心配、申し訳なさとの間に揺れていた。


慎吾「綾瀬大地っていう人はな、見事なまでの裏表がハッキリしている人物だ」

司「え?」

慎吾「お前が慕ってるかは知らないが、あの人の行動は全て自分の利益になるようになってる。 言わば自分の信念のまま、人を動かしているんだよ」

姿「綾瀬、大地さんはそんなに勝手な人じゃないぞ」

慎吾「だから裏表があるんだって」

姿「だけどな……」


 半年間、姿は大地の下で野球を学んだ。それは姿にとってとてつもなく大きい出来事だった。  故に慎吾の言っている大地と自分が持っているイメージとは大きく食い違っている。  また感謝の想いを持ち、言わば慕っている状態のため慎吾の言っていることを否定したくなった。


司「姿は何で大地さんのことを?」

姿「去年、半年ぐらいいなかったろ? そのとき、大地さんに連れられて野球の特訓のようなことをしてたんだ」

松倉「へぇ〜。じゃあ実際のところ、教えとかは上手いんだな」

久遠「確かにスイングスピードを始めバッティングは格段にレベルアップしてたしな」

慎吾「姿の一件は俺も分からない、ということでひとまず置いておこう。 俺は薪瀬に聞いてるんだ。なんで知ってるんだ、と」

司「それは……」

慎吾「薪瀬、お前が今ここで誤魔化すのは簡単だ。それをしないってことは悩んでるんだろう? 漣を巻き込んだ恐れがあるのは俺も一緒だ。だからこそ話して欲しい」

司「綾瀬……」

慎吾「脅されてるのか何なのかは知らないが、あぁ見えてあの人は根っからの悪人じゃない。無関係な人にはな。 俺がフォローしてやるから、頼む……」


 慎吾は頭を下げた。真崎も姿も慎吾が人に頼みごとをして更に頭を下げるという行為をするのを  やってる覚えがないのでその光景に驚きを隠せなかった。  正確に言えば、中学時代病気の一件で下げられたことはあるのだが、逆に言えばそれぐらいなのだ。


司「大地さんに脅されてるわけじゃない。実際は違う人に言われ、大地さんを紹介されたんだ」

慎吾「薪瀬……」

司「ゴメン、どうかしてた……綾瀬の言うとおりだ。俺も自分の問題に連夜を巻き込んだようなもんだしな」


 ここで混乱しないように記述しておくがもちろん慎吾も薪瀬も連夜の事情を知らない。  だからこそ、それぞれが巻き込んだと思っている。
 そして薪瀬は話す覚悟を決める。何より今の自分がいるのは連夜のおかげなのだから。  その連夜をこのまま見捨てるなんてできなかった。



司「話、ちょっと長くなるけどいいかな?」

慎吾「あぁ。他のやつらも何だったら帰ってもいいぜ」


 しかし慎吾の問いかけに対し他のメンバーは動く気配を見せなかった。  それを確認して薪瀬はゆっくりと口を開いた。


司「元々、俺が桜花に来たのも借金が問題なんだ」

佐々木「借金?」

司「うん、中学のときに父親が事故にあってな。満足に働ける体じゃなくなったんだ。 最初は中学卒業して就職しようとしたんだけどね」

佐々木「そういや、野球部入る前、バイト云々も話にあったもんな」

姿「そうなの?」

佐々木「あぁ、赤槻と試合した後の話だったよな。まぁ姿が入る前よ」

久遠「今思うと姿なしで赤槻勝ったのって奇跡だよな……」

松倉「ひとえに俺のおかげだけどな」

佐々木&久遠「ここで自慢するかい?」

松倉「すいませんでした」

慎吾「お前ら、邪魔するなら出てけ」

邪魔者「すいませんでした」


 話が脱線してきたため、慎吾が本来の話へと戻す。


慎吾「で、どうして桜花に?」

司「父親に説得されて、父親が教頭と知り合いでね。色々と立て替えてもらったんだ」

慎吾「ふぅん、なるほど」

司「それで野球部に入る賭け試合をやった後に、入るのを条件に大地さんを紹介されて協力するように言われたんだ」

姿「教頭が?」

久遠「あの教頭、いけ好かないもんな」

慎吾「教頭って苗字、朝森だっけ?」

佐々木「あぁ、そうだよ」

慎吾「……OK、分かった。もういいよ」

司「え?」


 慎吾は記録帳を持って立ち上がった。


慎吾「じゃ、俺はちょっと職員室行ってくる」

真崎「お、おい綾瀬!?」


 後はご勝手にと言わんばかりに真崎の引止めに耳を貸さず慎吾は部室から出ていった。


姿「簡潔にまとめると親の事故のために桜花に入って少しずつ返すつもりだったが 漣に野球部を誘われて、入部を許可するかわりに大地さんに協力しているってところか?」

司「うん……」

真崎「お前、漣を売ったってことか? 自分の為に!」

姿「真崎、そんな言い方……」

司「いやその通りになる……少なくても1回はそうしたんだ」

姿「1回?」

司「さっき連夜が遅いからって部室に来た時、その手紙を見た。けど大地さんの命令を 優先して、綾瀬に伝えなかったんだ」

真崎「ほら見ろ!」

久遠「落ち着けよ、真崎。ここで薪瀬を責めたってなんの解決にもならないだろ」

松倉「そうだぜ。分からないことだらけなのにこれ以上、混乱させないでくれ」

司「皆を巻き込む気はない。気にせず、皆は帰ってくれ」

真崎「このまま帰れるわけねーだろ!」

司「………………」

姿「薪瀬だってそうするしかなかったんだろ。問題は次だ」

真崎「次ぃ!?」

姿「漣の行動が不明過ぎる。今は綾瀬の判断に任せるんだ」

佐々木「そうだな。妥当な判断だ」


 全員姿の意見に賛同し、綾瀬の帰りを待つことにした。  皆、空いた時間を道具の手入れなどをして潰しているが  薪瀬は俯いていて、真崎は憮然とした態度で貧乏揺すりをしたり、時には床を蹴ったりなど  イラつきを隠せていなかった。


バンッ!


 しかしそんな空気もドアが勢いよく開かれて一変した。


京香「皆、いる!?」

姿「橘さん!?」

久遠「どうした、そんなに慌てて」

京香「綾瀬くんが皆を駐車場に呼んでくれって言うから」

真崎「駐車場?」








 慎吾からの伝言の意味が分からないが、とりあえず言われた通り駐車場に行ってみることにした。


真崎「で、どういうこと?」

京香「私は分からないわよ。頼まれただけだもん」


慎吾「お前ら、乗れ!」


 1台だけエンジンがかかっている車の窓が開き、慎吾が顔を出す。  運転席には木村が戸惑いながらもハンドルを握っていた。


真崎「綾瀬!?」

慎吾「さっき見つけたんだ。恐らくここに漣はいる」


シュッ


 薪瀬から話を聞く前に見つけたクシャクシャになっていたもう1つの紙を真崎へ投げる。  そこには住所が記載されていた。


真崎「これをどこで?」

慎吾「部室だ。俺の座っていたところの床に落ちてた。さっきお前が俺に記録帳を渡しただろ? あの時に落ちたか、もしくは最初から落ちてたか……まぁどっちにしろだ」

真崎「皆、これに見覚えは?」


 薪瀬も含め、全員が首を横に振った。  つまり少なくてもここにいる人が書いたメモではないってことになる。


慎吾「と言うわけで、漣のメモという可能性が高い」

松倉「最後の一文もこれで辻褄があうな」

慎吾「そういうこと」

真崎「よし、行くぜ!」

木村「いや、あのさ、いくらなんでも全員は乗れんよ?」


 木村の車は乗用車だが乗れて5〜6人がいいところ。  シュウが病院に定期検査に行っているため現在いるのは11人。  もちろん全員乗れるわけがない。


慎吾「薪瀬、お前は来い」

司「もちろん」

真崎「俺も行くぜ」

姿「大地さんが関わってるなら俺も」

慎吾「分かったよ、乗れ」


 結局、行くのは慎吾、薪瀬、真崎、姿、佐々木の5人とした。


松倉「状況とかよく分からないけど、まず頼むわ」

慎吾「あぁ……解散するなり時間潰すなり、後は松倉の判断に任せる」

松倉「了解」

慎吾「よし、出せ」

木村「へいへい」


 慎吾たちを乗せ、車は桜花学院を後にした。  目指すは連夜が残したと思われるメモに書いてある住所。
 しかし慎吾たちはまだ気づいていなかった。  これが野球部を巻き込む……大事になることなんて……




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