Fortieth Seventh Melody―歯車よ問うなかれ―


 真崎から連絡を受けた野球部一向は、本来部活は午後からの予定だったが  午前行う部活動ど同等の時間に部室に集まっていた。


松倉「どういうことだ……真崎?」

真崎「親父曰く、本来の逮捕の流れに沿っただけだと。つまり実際逮捕したわけじゃない」

慎吾「なんだ……そうなのか……」

姿「だけどどうしてだ? いくら宏明さんだからって捕まえるべき人間を逃がせるのか?」

松倉「捕まえるべきって漣何したんだ?」

真崎「もし罪になるなら恐らく傷害罪、ヘタすると傷害致死だと」

松倉「マジで?」

慎吾「でも実際は流れに沿っただけ。つまり解放されるってことか?」

真崎「そういうことになるな。詳しくは今、親父が教頭と話してるから」

慎吾「……そういや木村と森岡は?」

佐々木「さっき寮から出る時、監督がシュウのこと呼びに来たんだ」

司「普通に考えるなら野球部にペナルティがあるはずだろ」

慎吾「そうか……それもそうだな」

真崎「だけどよ、別に逮捕されたわけじゃないんだぜ?」

慎吾「されたら大問題だが、されてなくてもことが起こったことは事実なんだろ? じゃなきゃ宏明さんが動くはずもねぇしな」

姿「じゃあ監督も今、一緒にいるってことか?」

慎吾「恐らくな。仮にも森岡は今のキャプテンだし」

松倉「そうか……なんか変な感じだな」


・・・・*


 部室たちで慎吾たちが予想した通り、今校長室には宏明の他に連夜がいる。


教頭「話は分かりました。ご苦労様です」

宏明「いえ、では後はそちらにお任せしますので」

連夜「……真崎さん、ありがとうございました」

宏明「元々、私が巻き込んだようなものだ。すまなかったね」

連夜「いえ……」


コンコンッ


教頭「入りたまえ」


木村「失礼します」

シュウ「どうもー」


 木村とシュウが入ってきて、入れ替わるように宏明が外に出る。


木村「漣!?」

連夜「どうも」

シュウ「何か真崎から今朝連絡もらってお前がどうのこうのって言ってたけど?」

連夜「まぁ、ちょっとな。それより何で監督とシュウが?」

教頭「私が呼んだのだよ」

連夜「――! まて! 野球部は関係ない!」

教頭「そうはいかない。表沙汰にはならなかったが、障害事件だ。なんの罰もないなんておかしいだろ」

連夜「だったら俺だけ処分すればいいだろ! 野球部は関係ないんだよ!」

木村「ちょっと待ってください。何の話か最初から説明してください」

シュウ「呼んでおいて放置ですかい?」

教頭「そうだな。漣連夜くんが昨日、傷害事件を犯した。警察は未成年であるということやまぁちょっとしたことがあり 表沙汰にはしないでくれるらしい。だが高校までそのようにするわけにはいかない」

木村「漣……本当なのか?」

連夜「………………」


 連夜は肯定も否定もしなかった。この場合、ある意味否定しないことで事実を認めているとも言える。


教頭「だから漣連夜を2週間の停学、また野球部を廃部にする」

連夜「――!」

木村「え、え? ちょっと待ってください、廃部は重すぎます」

教頭「本来、事件になってもおかしくないんだ。決して重くはない。連帯責任なんだ」

シュウ「野球部は夏の甲子園に出てるんですよ!?」

木村「そうですよ。ここでいきなりの廃部はそれこそ何かあったと騒がれます」

教頭「そんなもん適当に誤魔化せる。大体、12人しかいないのだろう? 人数が足りなくなったからで十分じゃないか」

木村「そんな! 流石におかしいですよ!」

教頭「木村先生、あなた、ただのいち教師ですよ? 誰に反抗してるんですか?」

木村「くっ……」

シュウ「物申す! 物申す!」

連夜「……悪い監督、シュウ……ちょっと外してもらえるか?」

木村「漣?」

連夜「お願いします……」

木村「……教頭先生、いいですか?」

教頭「分かった。木村先生と森岡くんは退室しなさい」

木村「失礼しました」

シュウ「漣! 無茶するなよ」


 シュウの忠告に笑顔を作って応え、2人は退室した。  そしてふぅっと一息つき、机を両手で叩いた。


連夜「今の発言……取り消してください!」


・・・・*


 場面変わって野球部部室内。  宏明が帰り際、真崎らに挨拶がてら寄ってみたが  その時に強引に中に入れられたところである。


宏明「ったく強引だな……」

真崎「今、どういう状況なんだ? 分かるように説明してくれ」

松倉「真崎、誰だこの人は?」

真崎「あぁ、俺の親父。一応警察の端くれ」

宏明「真崎宏明だ。要がいつもお世話になってるね」


 宏明は警察手帳を見せながら挨拶した。  野球部の面々は何も悪いことをしているわけではないのに  気持ち1歩ずつ下がってそれぞれ頭を下げた。


真崎「それで、どうなんだ?」

宏明「漣連夜くんなら法的に問題はない。一応のところはな」

慎吾「どうしてですか?」

宏明「朝里グループが圧力をかけてきたからだ」

慎吾「え?」

松倉「あ、朝里グループ!?」

滝口「ってなんですか?」

松倉「は!? お前、日本人か!?」

滝口「それは流石に凹みます」

松倉「悪い……つい」

佐々木「朝里グループというのは朝里コンツェルンの上層部に位置する人たちを総じた言葉。 この桜花も朝里管轄の高校なんだよ」

滝口「へぇ〜、そうなんですか」

慎吾「でも圧力かけたからって法的に裁かれないっていうのは……」

宏明「そうなんだけど、ケガを負ったものは綾瀬大地って人が漣くんに仕向けた人たちなんだ」

姿「つまり正当防衛?」

宏明「になるかは100%とはいえない。だが綾瀬大地は私に漣くんを捕まえてほしいと脅してきた。 しかし、それは法的にではない」

慎吾「どういうことですか?」

宏明「法的にってことは捕まって有罪になる。そうすると刑務所行きなのは分かるね?」

慎吾「えぇ」

宏明「そうすると綾瀬大地といえど手を出せなくなるんだ」

慎吾「ある意味、安全というわけか」

真崎「本末転倒だろ! 捕まったら!」

宏明「もっとも綾瀬大地には別の理由があるんだ」

慎吾「それは?」

宏明「朝里を引っ張り出すこと」

慎吾「え?」

真崎「どういうことだよ?」

宏明「詳しくは知らない。ただ取引に応じなければ要たちを殺すと言われたんだ」

慎吾「――!?」

真崎「はぁ!? そんなんで折れたのか?」

宏明「あの男は本気だ。応じるしかなかった」

慎吾「宏明さんの判断は正しい。でも漣を捕まえることが朝里を引っ張り出すことになるんですか?」

佐々木「つっても現に出てきてるんですよね?」

宏明「あぁ、綾瀬大地曰く朝里グループには漣くんと親しい人がいるらしいけど」


 宏明の言葉に慎吾はハッとした。  最近、色んな情報を得て正直頭の中では絡まっており、過去の情報が消えかかっていたが  ふと思えば、思い当たる節があった。


慎吾「そうか……優美さんか!」

司「優美さん?」

慎吾「朝里グループの一人娘で、後継者。知らないか?」

大友「確か去年のドラフトで話題になってましたよね、朝里の息子が指名されたって」

慎吾「そうそう。その人の母親が優美さん」

司「その優美さんと連夜ってどういう関係なんだ?」

慎吾「ん〜……なんつーかな、まぁ優美さんから聞いたことがあっただけだから詳しくはないんだけど」

司「そうか……」

宏明「それでまとめるとこれで綾瀬大地の要求通り行い、思惑通りに朝里が出てきた。そして朝里の圧力によって 漣くんもとりあえず無事になった。これが現状だ」

姿「とりあえず、ですか?」

宏明「今、教頭と処分について話してるはずだ。後は学校側に任せることにした」

松倉「――!? やべぇぞ!」

慎吾「どうした?」

松倉「教頭は元々野球部創立には反対だったんだ。これをキッカケに潰しかねぇぞ!」

真崎「何ッ!?」

姿「いくら何でもこの夏、甲子園出場したんだぞ? いきなり潰すなんて……」

佐々木「いや有り得る。絶好といえば絶好の場面だ」

慎吾「(ってことは教頭が義兄に頼んだってことか。俺が予想するにこの2人は恐らく……)」

真崎「綾瀬、どうすんだよ!?」

慎吾「だからって乗り込むわけにはいかないだろ。それこそ野球部の問題になる」

宏明「すまないが、私は仕事があるからそろそろ失礼するよ」

慎吾「あ、すいません。ありがとうございました」

宏明「いや、これぐらい問題ないよ。要をよろしくね」


 野球部全員に向かって頭を下げ、宏明は駐車場に止めていた乗用車で学校を去った。  パトカーじゃないのは警察としてよりは個人的な用事に分類され、わざわざパトカーできて  騒ぎを大きくする必要がないと判断したからだろう。


真崎「で、どうすんだよ!」

姿「どうするって言ってもさっき綾瀬が言った通りだろ」

真崎「ぐっ……何も出来ねぇのかよ!」

慎吾「……待つことも必要だよ……時には……な」


 慎吾の言葉に野球部全員はそれぞれの想いを内に秘め  木村とシュウの帰りを待った。


・・・・*


連夜「今の発言……取り消してください!」

教頭「それは出来ない。本音を言うと野球部を潰す、今は絶好の機会だからな」


 野球部の予想通り、教頭はこれを機会に野球部を潰しにかかった。  しかし、その意図は大分違った。教頭は綾瀬大地の入れ知恵によってわざと連夜に対して廃部にすると言った。  言わば野球部という人質をとっているのと同じ状況だ。


連夜「朝森教頭、お願いします……野球部の連中は関係ないんだ!」

教頭「君は不思議に思わないか?」

連夜「は?」

教頭「なぜ君がここにいられるのか? 捕まらないのかってね」

連夜「……それは確かに……」

教頭「実は朝里から警察に圧力がかかってるんだ」

連夜「え……?」

教頭「だから君は助かった。それに綾瀬大地という男だろ、君は話していたのは」

連夜「はい……」

教頭「これは彼の意向でもある」

連夜「――!?」


 連夜は流石に混乱した。  あの刺客たちに殺られたらそれでいい。  殺られなかったら、捕まえてしまえば万事解決という策だと読んだ。  だけどそうではなかったらしい。では本当の目的とは?


連夜「なんで朝里が?」

教頭「何でだろうね。そこは口止めされているから言えないが」

連夜「………………」

教頭「しかしこれだけは言える。君が起こした事件を表沙汰になるのを朝里が恐れているということだ」

連夜「確かにそうなりますね」


 まったく心当たりがないが、事実だけ見ればそうなる。  連夜にとっては不思議で仕方がないことなのだが。


教頭「つまり私は君を使って朝里に脅しをかけることが出来るというわけだ」

連夜「教頭……あなた、朝森の人間なんですよね? なんで……?」

教頭「まぁ仮の話だよ。朝里に脅しをかけるってことは敵対心を示すということ。 そんな愚かなことはしないさ」

連夜「………………」

教頭「さて君を助けたのは朝里の意思だ。だが私は教育者という立場の下、ただ見逃すことはできない」

連夜「それも朝里に反することになりませんか?」

教頭「それは違うな。朝里は君が罪にならないように圧力をかけた。学校側の処分とは話が別だ」

連夜「……ふっ」

教頭「……?」


 朝里がなぜ自分を助けてくれたのか……確かに気になることだが今はどうでもいい。  今は野球部を巻き込みたくない、その一心だった。


連夜「だからって野球部を潰すことが教育者のすることなんですか?」

教頭「だから連帯責任だ。大体、万が一にもこんな事件が外にバレたら学校全体の問題にもなるし 当然、野球部も高野連からお達しがくる」

連夜「確かにその恐れはありますね」

教頭「そうだろう? つまり君だけを処分したところで結局野球部には迷惑がかかるってわけさ」

連夜「そうですかね?」

教頭「ん?」

連夜「もし、渋って俺だけの処分になり学校に残ったら貴方がマスコミとかに売るんじゃないんですか?」

教頭「さぁ……? それはどうだろうね」

連夜「分かってますよ。野球部を創った俺のことを嫌ってることぐらい」

教頭「ほぉ」

連夜「つまり……」


バンッ


 机を左手で思いっきり叩いた。  そこには白い封筒があり、退学届けと書かれていた。


連夜「俺が辞めればいい話だろ?」

教頭「……野球部のために犠牲になれるというのか?」

連夜「俺が辞めれば野球部はもちろん、桜花学院とは無関係だ」

教頭「君がそれでいいなら構わない。野球部の処分もなしだ」

連夜「………………」


 連夜は何も言わず頷いて、校長室を退室し学校を去った。  誰もいなくなった部屋で教頭が1人、連夜が置いていった退学届けを見つめ笑みを浮かべていた。



THE NEXT MELODY


inserted by FC2 system