Fortieth Eighth Melody―去る者追……―


 夏休み明け、慎吾は不思議に思っていた。  一つは連夜が学校に来てないこと。  そしてもう一つは……


慎吾「……おかしい」

真崎「あん?」

慎吾「なんで野球部に何の処分もないんだ?」

真崎「どういうこと?」

慎吾「あれほどのことを結果的にはしでかしたんだ。佐々木や松倉も言っていたが 連帯責任の名のもとに野球部に処分があってもいいだろ」

松倉「確かにな……むしろそれを予想してたし」

慎吾「なのに夏休み明けてみれば何にも言われてないだろ?」

真崎「でも漣が来てないぞ」

慎吾「そこだよ」

佐々木「綾瀬、どういうことだ?」

慎吾「野球部を潰せる絶好の場面なんだろ? なのに漣の停学処分だけで事を済ますような 甘い人間なのか? 教頭って男は」

佐々木「いや、それはないな」

シュウ「部になる前は酷かったしね」

慎吾「つまりだ。俺らが知らないところで漣のやつ、勝手なことやってる可能性あるぜ」

佐々木「――! まさか!?」

慎吾「……行ってみるか」


 こうしてAクラスのメンバーが立ち上がり、職員室に向かった。


ガラッ


慎吾「木村、いるか?」

木村「お前、職員室でぐらいは先生って呼んでくれ」

慎吾「ちょっと来い」


グイッ


木村「な、なんだよ!? ってネクタイを引っ張るな!」


 抵抗する木村をそのまま引っ張り廊下に連れ出す。


慎吾「木村、単刀直入の聞くぞ。漣と野球部の処分はどうなったんだ?」

木村「………………」

真崎「木村!」

木村「はぁ……気づくの早ぇよ。始まってまだ一週間立ってないぞ」

慎吾「佐々木や松倉の話だと、廃部にすら有り得る状況らしいからな。その中で何にもなく 漣だけが学校に来ないのは明らかにおかしいと思うだろ」

木村「……お前らのことだ。察してるんだろ?」

佐々木「じゃあ漣は……」

木村「自主退学だ。一人責任背負って去ってったそうだ」


ダンッ!


松倉「あのバカめ! 勝手なことを……」


 松倉が壁を叩き、複雑な心境を露わにする。  怒り、悔しさ、何もできなかった自分……色んな感情を皆抱いていた。


慎吾「で、漣一人退学して野球部は無事ってことか?」

木村「正確には漣が辞めることで、野球部と自分は関係ないってことで野球部への罰がなくなった形だな」

慎吾「……なるほどな」

真崎「どうすることも出来ねぇのか!?」

木村「実質、自主退学だ。漣が戻ることを望み、教頭らが認めれば今年度末まで戻ることが可能だ」

真崎「そうなのか?」

慎吾「生徒手帳に書いてるぞ?」

真崎「……知ってたんなら先に言えよ」

慎吾「漣が望んで戻ってくるわけないだろ。そんなことしたら野球部に来るのがオチだ」

松倉「だな」

シュウ「結局はどうしようもないってこと?」

慎吾「俺らで漣を説得したって無駄だろうしな」

佐々木「だろうな」

松倉「………………」


 結局、八方塞となりこの一件は後回しにすることにした。  慎吾はせっかく木村のところに来たことだし、と別の話を持ち出す。


慎吾「そういや頼んでいた一件、どうなった?」

木村「あぁ、今度の土日に一戦ずつ組んだよ」

シュウ「何それ?」

慎吾「あぁ、練習試合。秋の大会も近いからな。そろそろ本格的にいれてかないと」

シュウ「SHI! A! I! いいねぇ!」

真崎「ちなみにどことよ?」

木村「土曜日は山形の陽佳ってところだ。日曜日は群馬の奉新学院とだ」

真崎「奉新かぁ。確か強いところだよな」

慎吾「夏、千歳に負けたけど3回戦まで進んでるし、強豪校だよ」

佐々木「やりがいがあるな」

松倉「………………」


キーンコーンカーンコーン


木村「っと鳴ったぞ。さっさと戻れ」

真崎「あいよ」


 予鈴に慌てて戻るAのメンバー。  そんな中、慎吾はある異変に気づいていた。  その異変は放課後、すぐ明らかになった。  問題は解決するまで待ってくれない。すぐ新たな問題を引き起こす……


…………*


 放課後、真っ先に部活へと飛びだすシュウを筆頭に練習試合があると知り  各々のやる気も引き出していた……たった一人除いては。


松倉「………………」

慎吾「松倉、どうかしたか?」

松倉「綾瀬……」

慎吾「漣の話の時から様子がおかしかったが……」

松倉「綾瀬、悪いけど次の陽佳との練習試合休んでいいか?」

慎吾「え?」

松倉「漣がいないってことがちょっとな……」

慎吾「松倉……」

松倉「あの部は漣が作ったんだ。あいつなしで桜花野球部は語れないんだ」

慎吾「そうだよな……葉梨の時もそんな話あったもんな」

松倉「奉新との試合には来る。だが、その前までちょっと考えさせてもらっていいか?」

慎吾「あぁ。まだリハビリ段階だろ? 無理は出来ないしな。そう言っとくよ」

松倉「……サンキュ、じゃあな」

慎吾「あぁ」


 手を軽く上げ、松倉が教室から出て行ってから慎吾もバッグを持って教室を後にした。


真崎「遅いぞ!」

慎吾「悪い悪い」

透「あれ、松倉はどうしたんや? 一緒じゃなかったんか?」

慎吾「松倉は肩の調子が悪いからって帰った」

透「あ、そうなんや」

慎吾「物は試しに陽佳戦は松倉抜きで戦ってみようと思う」

姿「マジでか?」

慎吾「どっちにしろ松倉は秋は球数制限付きだろうしな。大友や薪瀬が長いイニング投げられなきゃ勝ち進めないぞ」

司&大友「(コクッ)


 慎吾の言葉に力強く二人は頷いた。  そして二人の意志を確認したところで木村が部室に来た。


慎吾「んじゃ監督も来たってことでオーダーを発表する」

シュウ「おっ? 早くない?」

慎吾「といっても人数が少ないしな。足りなくなったら野球が出来ないレベルだ」

佐々木「確かに……」


 元々夏は17人だった桜花野球部。先輩5人が引退し12人に。  更に漣、松倉が陽佳戦では抜けるため、10人での試合となる。


久遠「薪瀬を考えると野手はピッタリ9人なんだな」

慎吾「ま、仕方ないさ。んじゃあ行くぞ。1番森岡」

シュウ「おう!」

慎吾「2番佐々木、3番倉科、4番姿」

透「おっ、3番なんてやる気出るやん」

姿「4番……か……」

慎吾「5番滝口、6番久遠、7番大友」

滝口「おっ、5番ですか」

慎吾「8番真崎、9番宮本、以上だ」

真崎「なんか8番ってやる気出ないんだけど」

慎吾「我儘言うな」

滝口「綾瀬先輩」

慎吾「ん?」

滝口「漣先輩がいないってことはキャッチャーは俺ですか?」

慎吾「あぁ、恐らく秋もな。だからキャッチング重点に鍛えるぞ。覚悟しろよ」

滝口「オスッ!」

木村「陽佳も奉新も左ピッチャーがエースだ。これはどういう意味だが分かるな?」

姿「鈴村、前田、宮地対策……ですよね」

慎吾「正解だ。うちは左が多いしな。最も苦にしてるのは一人だが」

姿「うるせぇよ」

大友「ミーティングは終わりですか?」

慎吾「そうだな。そろそろ練習に入るか」

木村「今日から実戦を意識した練習中心にやってくぞ」

全員「オスッ!」


 グラウンドに出てアップを終え、早速本格的な練習に入る。  シュウや真崎を始め基礎練習を嫌い、実戦形式を好む連中が多いせいか  実戦形式の練習の時は嫌にスムーズに事が運ぶ気がしてならない慎吾と木村だった。


シュウ「よっしゃ、来いトモやん!」

大友「トモやんは止めてくださいって」


ビシュッ!


カァァンッ!


シュウ「絶好調!」


 ストレートには振り遅れるという弱点があったシュウだが、もはや得意球と化していた。  慎吾加入後、最も実力が伸びたのはシュウと言えるだろう。


慎吾「実戦形式ではやらないけど森岡」

シュウ「ん?」

慎吾「他のやつも待ってる時の素振りは逆打席でやってろ」

シュウ「なんで?」

慎吾「球技大会のとき思ったけど逆打席で打てないやつ多すぎ。バランスを整えるためにも 素振りぐらいはやってみろってことだ」

木村「スポーツやる上で体に偏りがあると上手く動けないことがあるからな」

シュウ「ふ〜ん、そういうもんなんだ」


ブンッ


 試しに右で振ってみる。


グキッ


 軽く脇腹を痛めた。


シュウ「こ、これが偏りか……」

慎吾「ケガだけはすんなよ」


 続いて打席には久遠が入る。


グッ!


ガキイッ


久遠「ってぇ……なんだ今の?」

大友「シュートですよ」

久遠「シュートぉ? お前、そんなの投げなかっただろ」

慎吾「夏の大会前から国定先輩と一緒に教えてたんだ。コントロールがつかなくて夏には使えなかったけど」

大友「最近ようやくコツを掴んできました」

久遠「ほぉ……っで何で俺の時に投げんの?」

大友「左打者に使わなきゃ意味がないでしょ」

慎吾「ケガすんなよ」

久遠「じゃあ休んでいい?」

慎吾「(結構な威力だな)」


 人数は少なくなっても、甲子園に出場した実力は本物で  そして経験した分、また実力が上がっている。


慎吾「(人数の不安さえ除けば国玉とも同等に渡り合えるはずだ……)」


 しかし懸念材料もある。  それは慎吾の考えはあくまでベストメンバーだった場合だ。  松倉は未だ復帰のメドが立たず、正捕手漣を欠いてる状況。


木村「スターターを一年バッテリーに託さなきゃいけないことが不安だな」

慎吾「一年と考えればあいつらの実力は中々だが……上のレベルとなるとな……」


 だからこそ多くの実戦を踏ませるため練習試合を組めるだけ組んだ。  漣がいなくなること自体は想定外だったが……


慎吾「ま、いるやつらで戦わなきゃいけないだろ」


 いないやつまで考えたって仕方ない。  良くも悪くも慎吾は非情に考えることができた。  そして陽佳戦、この十人というギリギリの人数で一体どの程度戦うことが出来るのか?



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