Fiftieth Melody―嘘か真か―


 練習試合を終え、帰路についていた慎吾の目の前に現れた大地。  その目的とは一体……?


大地「どうだ、慎吾。体の調子は」

慎吾「体?」

大地「夏に倒れただろ。経過だよ」

慎吾「あぁ、問題ないよ」

大地「そうか。ならいい」

慎吾「心配もしてないくせに」

大地「お前とじゃ話が繋がらないからな」

慎吾「話のネタかよ……」

大地「じゃあ練習試合やってたようだが、どうだった?」

慎吾「負けたよ」

大地「………………」

慎吾「………………」

大地「お前、俺と会話する気ないだろ」

慎吾「ねぇよ」

大地「………………」

慎吾「……俺と話したいやつって誰よ?」

大地「それは着いてからのお楽しみ」

慎吾「今更、お前の知り合いで俺と話したいやつなんているのか?」

大地「まぁ、お前と知り合いってほどでもないけどな」

慎吾「あ? 俺の知らないやつか?」

大地「いや、話したことはある。まぁ、焦るな」

慎吾「んだよ……ったく……」


 悪態付きながら黙って自転車の後ろに乗っている。  ちなみに自転車の二人乗りは法律で禁止されているからマネしないように。


大地「着いた着いた。そしていたよ」

??「大地くん」

大地「どうも、優美さん」

慎吾「ゆ、優美さん!?」

優美「ゴメンね、慎吾くん。わざわざ来てもらって」

慎吾「いや、良いですけど……話したい人って優美さんですか?」

優美「大地くんから聞いてないの?」

慎吾「えぇ、まったく」

大地「驚いてもらおうと思ってな」


 案の定の反応をしてくれた慎吾に対し嬉しそうな顔をする大地。  それに対し慎吾は余計嫌悪感を抱いていた。


大地「んじゃ俺はもう用がすんだし行くかな」

慎吾「ほんとに俺を連れてきただけかよ」

大地「あ、そうだそうだ」

慎吾「…………?」

大地「お前、明日奉新と一戦するだろ? 中々に強いところだから気をつけろよ」

慎吾「知ってる口ぶりだな」

大地「まぁね。速球派左投手を練習したいお前らには打ってつけの相手だ。ま、練習にすらなるかは分からんけどな」

慎吾「嫌味なこと言いやがって。それに姿だってお前が指導したわりにはまだまだだが?」

大地「姿くんの場合、メンタル面だ。技術はもう一流と言っていいだろう。その点はお前の方が優れてると思うが?」

慎吾「…………チッ」

大地「くっくっく。ま、せいぜい頑張るんだな」


チリンチリン


 嫌味なのか何も考えていないのか分からないが、警笛を鳴らして去っていった。


優美「大地くんは相変わらずね」

慎吾「……それで俺に何の用ですか?」

優美「うん……連夜……漣連夜はどうしてるかなって」


 慎吾は一瞬返答に困った。学校辞めましたなんて簡単に言えることじゃない。  ましてや優美と連夜の関係を知っている慎吾なら尚更だ。  だが、ここで一つ疑問がわいてきた。


慎吾「綾瀬大地と連絡をとっているあなたが連夜の情報を知らないんですか?」

優美「………………」


 今度は優美が口を噤んだ。  この態度に分かってはいるが……そんな雰囲気を慎吾は感じていた。


慎吾「漣だったら一人犠牲となり学校を辞めました。俺らはあいつに守られたんです」

優美「そう……」


 驚きはしてなかった。むしろ当然そうなったか、そんな感じだった。  慎吾は理解に苦しんだ。いくら大地と共闘してるからってこれでいいのかと。


慎吾「良いんですか?」

優美「え?」

慎吾「漣をはめたのは綾瀬大地だ。そして綾瀬大地とあなたは共闘する道を選んでいる。あなたは実の息子を!」

優美「やめて!」

慎吾「――!」

優美「違うの……」

慎吾「は?」

優美「……連夜は私の子供じゃないの……!」

慎吾「…………は?」


…………*


 一方、その頃綾瀬大地は別のところで別の人物に合っていた。  その表情は相変わらず何を考えているかを感じさせない微笑み。  だが相手は神妙な顔つきで構えていた。


大地「ゴメンね、仕事中に」

宏明「今度の用件はなんだ?」

大地「違う違う。守ってくれてありがとうと言いに来たんだよ?」

宏明「息子たちには手を出さないな?」

大地「まぁ、最初から出す気はなかったけどね」

宏明「協力はしてやる。だが息子たちは関係ない、二度と口にするな」

大地「ほぉ。随分とお利口になったもんだね。どしたの?」

宏明「………………」

大地「ま、何を考えてるか分からないけどお言葉に甘えるよ。ただあんまり踏み込んだことすると後悔することになるよ?」


 この大地の言葉に宏明は睨みをきかせたまま口を開かなかった。  大地はふぅっと息を一つ吐き、ニコっと微笑んでみせた。


大地「じゃあ一つ良いかな?」

宏明「なんだ?」

大地「綾瀬美佳の事件の証拠、僕にくれる?」

宏明「――! 貴様、どうする気だ!?」

大地「良いでしょ別に。当時の隠匿事件でどれが本当の証拠か内部でも分からない状態。そんなの保管してたって仕方ないじゃん」

宏明「元はと言えば貴様が……!」

大地「勘違いしないでよ。僕だって綾瀬美佳の死は許せないんだ。理由があろうとね」

宏明「……? 貴様、犯人が分かってるんじゃないのか?」

大地「どうしてそう思うの?」

宏明「貴様が隠匿事件の首謀者だろ。つまり真犯人を分からなくするため……」

大地「それはおかしいね。犯人はもう捕まっただろ?」

宏明「あれは偽だ! 現に綾瀬美佳はひき逃げじゃない!」

大地「いや、警察はひき逃げと判断したはずだ」

宏明「貴様……!」

大地「どんな理由があろうと俺は犯人を許さない。この気持ちに嘘はないさ」

宏明「……どうあっても真犯人を庇う気か」

大地「庇う? 許さないと言ってるのに?」

宏明「あの犯人、貴様が用意した人間のはずだ。死体とはいえ綾瀬美佳をひかせるのは辛かっただろ?」

大地「……どういうつもり? 挑発?」

宏明「貴様こそどういうつもりだって聞いている」

大地「まぁいいや。とにかくよろしくね」

宏明「断ると言ったら?」

大地「じゃあこうしよう。真犯人が知りたいのなら、証拠を渡してもらおう」

宏明「――!」

大地「知りたいんだろ? いいよ、教えても」

宏明「……本当だな?」

大地「僕は騙すのは得意だけど、取引で嘘はつかないよ。最終的に自分に有益ではないからね」

宏明「……分かった」

大地「(ふふ、後悔しなきゃいいけどね)」


…………*


 練習試合を終え、陽佳に負けた姿と真崎は松倉の寮部屋を訪れていた。  といっても二人も寮住まいなのだが。


コンコンッ


松倉「はい?」

姿「よっ」

松倉「姿……どうした?」

姿「ちょっと話せないか?」

松倉「……あぁ、いいよ」

真崎「ここじゃ相部屋のやつもいるだろ? 外にいこう」


 三人は寮から出て、姿は入口の門柱のところに寄りかかり、真崎は階段に座った。  松倉は階段を下りて、二人を見上げる感じに立った。


松倉「それで話って?」

姿「何で今日の練習試合来なかった?」

松倉「まだ肘に不安があるんだよ。投げられないやつがいっても仕方ないだろ」

真崎「バッティングは問題ないんだろ? お前がいるのといないのとじゃ精神的にも違うんだよ」

松倉「そう言ってもらえるのは有難いけど……」

姿「モチベーションが上がらないやつがいっても仕方ないか?」

松倉「――!」

姿「綾瀬から聞いたよ。簡単にだけどな」

松倉「そっか」

真崎「気持ちは分かるけどさ、漣にそこまで思い入れなくてもいいんじゃねーの?」

松倉「そうはいくかよ」

真崎「え?」

松倉「他のやつは知らないけど前に真崎が言ってたけど漣の意欲に惹かれて俺は野球を始めたんだ。そう簡単に割り切れるかよ」

姿「気持ちは分かるよ。俺だって一緒だ」

真崎「でもよ!」

松倉「安心しろ。ストライキじゃねーって。肘が不安だったのも本当だし、明日は行く予定だった」

真崎「そっか……なら良かった」

松倉「だけど漣不在でこのまま野球部続けていいのかって気持ちはどこかにあるよ」

真崎「松倉……」

姿「それは俺らも一緒だよ」

真崎「ら?」

シュウ「うっす!」

佐々木「よっ、悪いな盗み聞きして」

真崎「お前ら……」

久遠「漣が作った野球部だもんな。どうにかしたいよ、ほんと」

真崎「木村や綾瀬の話だとまだ戻って来れるんだろ?」

松倉「みたいだな。だけど本人が……」

姿「だけど綾瀬もその点は考えてるみたいだぜ?」

松倉「え?」

姿「ようは漣が戻ってきても野球部へのしわ寄せがなければ望んで復学するはずだって言ってた」

佐々木「つまり、そのしわ寄せをどうするかって話だもんな」

姿「あぁ」

真崎「教頭とそこは話さなきゃいけないってことか」

佐々木「でも教頭にしろ何かあったのは間違いないだろ」

久遠「警察が動くようなマネして、特に罰せられてないんだもんな」

姿「そう。そういう点は綾瀬に任せるしかないんだよな……残念ながら」

松倉「俺らが出来ることは綾瀬の負担を減らすべく、野球を頑張るだけか」

姿「そういうことだな」

シュウ「よし、頑張ろうぜぃ」


 改めて決意を固め、明日への練習試合に挑もうとしている桜花野球部の面々だった。


…………*


 場面は最初に戻って優美と慎吾が話しているところ。  思ってもいないことを言われ、呆然としてしまった慎吾がようやく口を開いた。


慎吾「さ、漣があなたの子供じゃない……?」

優美「………………」

慎吾「だ、だってあなた漣鈴夜との間に子供がいるって言ってたじゃないですか。 てっきり漣がそうかと……」

優美「慎吾くん、連夜に弟や妹がいることはご存知?」

慎吾「えぇ、弟とは甲子園で会いましたし、漣がシスコンだというのは佐々木から聞いてます」

優美「そうなの。その二人が私と鈴夜さんとの間に生まれた子供」

慎吾「漣は違うと?」

優美「詳しいことは言えないけど……慎吾くんは朔夜さんの事件を知ってる?」

慎吾「えぇ、うちの両親が関わった事件ですから」

優美「そう……大地くん、話したのね」

慎吾「それが何か?」

優美「漣朔夜は不思議な力を持ってるのはご存知かしら?」

慎吾「何となくは……現に朔夜事件だってうちの両親は拳銃を持っていながら漣朔夜に殺されました。 ……いや、この表現は正しくないですね」

優美「ううん、気を使わなくていいわ」

慎吾「はぁ……」

優美「そう。朝里は漣朔夜の不思議な力を欲し、人工的に作れないか実験が行われたわ」

慎吾「――!」

優美「ところで連夜が捕まった時の状況、見たかしら?」

慎吾「……簡単にですが、大の大人が複数人倒れてましたね。薄らですが拳銃も見えた気がします」

優美「そこまで分かってるなら慎吾くんなら気づくんじゃないかしら」

慎吾「……まさか漣も同じ力を!?」

優美「えぇ、持ってしまった」

慎吾「朝里の実験が成功したってことですか」

優美「朝里の実験は二方向から行われたわ。精神的に生み出す方法と人工的に生み出す方法」

慎吾「人工的に……というのは人工授精みたいなものですか?」

優美「そうね。試験管ベイビー、慎吾くんなら聞いたことあるんじゃない?」

慎吾「ふざけたマネを……! 朝里はそんなことしてるんですか!?」

優美「それが全てではないけれどね」

慎吾「優美さんはそれで良いんですか!?」

優美「……慎吾くんに来てもらったのは他でもないわ」

慎吾「……なんですか?」

優美「連夜は大地くんの策略で力をほぼ失ったと言っていいわ。つまり連夜はもう一人の人間なの」

慎吾「……だから綾瀬大地の策略に乗ったわけですか」

優美「お願い、協力はするから連夜を学校に戻してあげてほしいの」

慎吾「はぁ……まぁ奇しくも俺も考えてましたし、漣には色んな意味で戻ってきてもらわなきゃいけませんしね」

優美「慎吾くん!」

慎吾「まぁやってみましょう。出来れば教頭に裏でつついてもらえると有難いんですけどね」

優美「朝森はちょっと掴めない人で苦手だけど……やってみるわ」

慎吾「よろしくお願いしますね」


 それぞれの人の想いが交差する夏の終わりが近づいている、ある一日の一コマだった。



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