Sixtieth Melody―いざ、大阪へ―


 朝里の大会も終え、季節は秋から冬に変わろうとしていた。  そんな中、高校生活の中で大きなイベントがやってきた。


シュウ「今日から3泊4日で修学旅行!」

透「イエース! ワイの地元や!」

慎吾「テンション高いな……」

真崎「いや、テンション上げろよ」

慎吾「あんまり好きじゃないんだよな」

真崎「……爺か」

慎吾「………………」

松倉「まぁ、テンション上がってる綾瀬も想像つかないけどな」

シュウ「さぁ、存分に楽しもうじゃないか!」

全員「おぉ!」


 普通は学級委員である慎吾が引っ張るのだが今回に限ってはシュウに任せていた。  球技大会では引っ張った慎吾も自分に利益がないことには消極的だった。


慎吾「……はぁ」


…………*


 京都・大阪への3泊4日の旅。  まずは京都を満喫し、大阪に来ていた。  そして待ちに待った班行動での自由時間がやってきた。


シュウ「よっしゃ、楽しむぞー!」

慎吾「よし、森岡。道頓堀に飛びこめ」

シュウ「僕は阪神ファンじゃないぞ!」


大阪人「(ギラッ)


シュウ「阪神サイコー!」

佐々木「………………」

真崎「って何だかんだ綾瀬もようやくエンジンがかかってきたな」

慎吾「自由時間は気楽でいいからな」

真崎「……爺か!」

慎吾「2度も言うな!」

松倉「ところで倉科は?」

真崎「あぁ、あいつならどこの班にも引っ張りダコで今、どこにいるやら」

佐々木「まぁ、言わば地元だもんな」

慎吾「ま、俺らは俺らで楽しみますか」


 大阪の商店街を大いに満喫したが、少し街外れに出てしまった。  というかはしゃぎすぎて戻ることを知らず、ただ単に突っ走った結果なのだが。


慎吾「これはいわゆる迷子だな」

真崎「誰のせいだよ」

慎吾「両手にたこ焼き持ちながら言われてもな……」

真崎「…………(パクッ)

慎吾「食うなよ……」

シュウ「むっ! あそこに学校あるぞ」

慎吾「ホントだ……つーか、何かやってね?」

松倉「行ってみるか」


 校門前に行ってみると大きく文化祭と書かれていた。  そして多くの人で賑わいを見せていた。


慎吾「随分季節外れだな」

佐々木「と言うか常陸学園って大阪の強豪じゃん」

慎吾「夏に横海の高波にノーノーくらったけどな」

常陸学園の皆さん「………………」

慎吾「すいませんでした」

真崎「で、どうする?」

松倉「入ってみようぜ。道も聞けるだろうし」

シュウ「オッケー! じゃあ同じ好ってことで野球部にいってみるか」

慎吾「大阪の人ならだれでも教えてくれそうだけどな……」


 こうして常陸学園の文化祭に入ってみることにした一同。  道を聞くよりも文化祭を満喫して1時間。  ようやく本来の目的を思い出した。


慎吾「って普通に満喫してるんじゃねーよ!」

真崎「遅いわ!」

霧島「おぉ、自分ら見ない制服着とるな」

慎吾「あぁ、ちょうど良かった。道案内を頼みたいんだが」

霧島「ええよ。ワイは霧島や。よろしゅう」

慎吾「綾瀬だ。このホテルに戻りたいんだけど」

霧島「道案内ってそっちかい!」

佐々木「あぁ、校内と思ったのね」

シュウ「校内のはびっしり全部行ったぜぃ」

霧島「それはおおきに」

慎吾「しかしこの時期に文化祭って珍しいな」

霧島「この時期、修学旅行生多いやろ? それに合わせとんのや」

慎吾「……なるほどな」

霧島「ちなみに自分らみたいなの、今日で3回目やで」

慎吾「……さては分かってて話しかけたな」

霧島「正解や!」

松倉「霧島って体格いいけど、なんかやってるのか?」

霧島「ワイは野球部やで」

真崎「お、偶然だな。俺らも野球部なんだぜ」

霧島「おぉ、ほんまか? ほなこうしよか」

慎吾「ん?」

霧島「ワイら野球部と勝負して勝ったら道案内したる。負けたらワイら野球部が売ってる品もん一通り勝っててな」

慎吾「勝負って何するんだ?」

霧島「隣の中学のグラウンド借りてマジ勝負や」

真崎「俺ら5人しかいないけど」

霧島「ええやん。5人対5人でやろうや」

シュウ「面白そう! やろうじゃん」

慎吾「まだ時間あるし、付き合うか」

霧島「ほな、いこか」


…………*


 急遽決まった常陸学園対桜花学院の試合。  5人対5人の変則マッチでイニングは3回まで。


真崎「そういや綾瀬、運動できるか?」

慎吾「これぐらいなら出来るよ。大丈夫」

松倉「で、守備位置どうするんだ?」

慎吾「ん〜……」


霧島「いや〜すまんな。忙しいところ」

輪刃「ほんと忙しいんやけど」

濱北「まぁ、そろそろ休憩したかったしいいけどね」

平塚「何でわいまで呼ぶんですか」

霧島「他に呼べるやつおらんかったんや。気にするなや」

平塚「思いっきり先輩風吹かせて脅したじゃないですか」

霧島「細かいことは気にするなや」


シュウ「準備はいい?」

霧島「OKや!」


お  遊  び  対  決
先  攻 後  攻
桜 花 学 院 VS 常 陸 学 園
SSシ ュ ウ 濱   北SS
佐 々 木 三   橋
2B真   崎 霧   島1B
松   倉 平   塚2B
1B綾   瀬 輪   刃


シュウ「どう攻めればいい?」

慎吾「向こうも二遊間を深く守らせてる。つまりヒットコースは外野深いところ。 及びサード、一、二塁間かな。セカンドはベース寄りだし」

佐々木「流石に5人では守ったことないしな……」

慎吾「しかも佐々木はキャッチャーだぜ? 大丈夫か?」

佐々木「まぁ、捕るだけなら出来るかな……?」

松倉「遊びだしそこまでマジには投げないけどな」


輪刃「いくぜ」


シュパァンッ!


シュウ「わぉ!?」


慎吾「おぉ、良いボール投げるな」

真崎「しかし森岡のやつ、随分驚いてるな」


シュウ「(ん〜薪瀬が投げるボールに似てるなぁ。でもスピードが全然違うや)」


ガキィンッ


シュウ「うわっち!?」


 シュウの打球は平凡なサードゴロだが、変則マッチのせいで外野へ抜けていく。  その間に2塁まで進塁。ラッキーな形でツーベースとなった。


シュウ「ラッキーラッキー。こういうこともあんのね」

三橋「(輪刃のストレートを一打席目から捉えるとはな……)」


 ストレートのノビに自信のある輪刃、短いイニングなら変則マッチでも完封する自信があったが  初打席、長打コースに運ばれたことで気構えが変わった。


霧島「どうやら今までとは違うみたいやな」

輪刃「みたいだな」

佐々木「(何度もやったことあるんだ……)」


シュパァンッ!


佐々木「くっ!?」


コツーン


佐々木「マズッ!」

輪刃「オッケイ」


 セーフティバントを試みるも上げてしまいピッチャーフライ。


慎吾「珍しいな、バントミスなんて」

佐々木「あいつ、良いボール投げる。ノビで言えば薪瀬クラスだな」

松倉「マジか? スピード出てるみたいだし、相当だな」


ガキッ!


真崎「ぐっ!」


 3番真崎は平凡なセカンドゴロ。シュウが3塁に進塁するも変則野球を考えれば物足りない結果となった。


輪刃「(ピシュッ)


シュパァンッ!


ブ――ンッ!


松倉「だぁ、もう!」


 更に松倉は空振り三振とシュウがチャンスメイクするも無得点に終わってしまった。


松倉「この野球で三振はご法度だよな」

慎吾「あんまり5人ってこと意識すんな。普通にやろうぜ」


 1回の裏、常陸学園の攻撃は1番、強打の濱北。  しかしマウンドの松倉はゴロを打たせて取ることに長けているピッチャー。  この制限のある野球の適任者ともいえるピッチャーだった。


ガキッ!


松倉「シュウ!」

シュウ「おう!」


 三遊間を一人で守るシュウ。反射速度が速く、守備範囲の広いシュウにとって打ち取った打球であれば  一人で守るには十分の身体能力を持っていた。


コッ!


松倉「くのっ!(パシッ)

三橋「嘘!?」

松倉「綾瀬!」


ビシュッ!


パシッ


慎吾「ふぅ」


 三塁側へのプッシュバント。やや失敗しマウンド横に転がるところを  すかさず松倉が体を伸ばし捕球。ジャンプし、振り向きながら一塁へワンバン送球。  慎吾が上手くすくい上げ、アウトにする。


真崎「やるじゃん」

慎吾「まぁ、捕るぐらいなら何とかな」


カッキーン


霧島「アカン、打ちあげてもうた」


シュタタタッ!


真崎「オーライっと」


 センターへの平凡なフライ。  滞空時間があったため俊足を飛ばして真崎が追いつきスリーアウトチェンジ。


霧島「どうやらほんまに厄介なやつら、敵にしてもうたようやな」

三橋「まぁ、甲子園ベスト8チームだからな」

霧島「………………」

三橋「知らんかったんかい!」

輪刃「んなことだろうと思ったわ」


 2回の表、先頭は慎吾。実際、変則とはいえ野球をやるのは随分久々のこと。  たまにバットを振ったり、軽く練習に混ざることはあるのだが  所詮練習。遊びとはいえこっちとは気持ちの面で全然違った。


シュパァンッ!


慎吾「ふぅん……」

三橋「(何か雰囲気あるやつだな。夏の甲子園では見なかったが……)」


ガキンッ!


濱北「くっ」


 打球はシュウの時と同じくサードへのゴロ。  緩かったため、濱北が捕球するも1塁は当然間に合わずセーフに。


カッ!


輪刃「は!?」


 続く一番シュウがセーフティバント。これには虚をつかれ、1塁もセーフに。


霧島「自分、速いなぁ」

シュウ「オスッ!」


 佐々木が送りバントを決め、1死3塁2塁の絶好のチャンス。  ここで打席には3番の真崎が入る。


真崎「よっし、ここで取るぞ」

輪刃「(ピシュッ!)


パキーンッ!


輪刃「んなっ!?」

平塚「くぅ!」


 打球は低く鋭くセカンド横を抜けていく。  5人のため外野がおらず、濱北が懸命に追うも真崎は悠々3塁へ。  2者が生還し、桜花が2点先制した。


真崎「しゃあ!」

輪刃「くそ、やられた」

霧島「OKや、ここで切ろう」


 後続は倒れるも大きな2点を取った桜花。  2回裏、3回表は両投手が好投しいよいよ最終回。  常陸学園、最後の攻撃は2番三橋から。


ガキッ!


三橋「くっ!」


真崎「それよ(シュッ)


 先頭の三橋を切り、残り2人。  ここで打席に立つのは大阪の雄、霧島平次。


パッキーンッ!


松倉「ゲッ!?」


 外野に強烈な打球が飛ぶ。  真崎、シュウと追うも深く飛び、その間に霧島がホームイン。  2対1とその差を1点とつめた。


松倉「うわっ、ショックだわ」

真崎「ドンマイ。1点だし、終わらせろ」

慎吾「(流石は霧島。特集されるだけはあるな)」


 1人、どんな相手とやってるか知っていた慎吾が感心していた。


ガキッ!


平塚「あっ」


シュウ「まいど!」


グググッ!


ブ――ンッ!


輪刃「だぁ! しまった」

松倉「しゃあ!」


 最後は松倉が外に逃げるスライダーを振らせてゲームセット。  桜花が2対1と辛くも逃げ切った。


霧島「アカン、完敗やわ」

慎吾「んじゃ道案内よろしくな」

輪刃「しかしいいボール投げるな」

松倉「どーも」

三橋「今度はきちんとした形でやりたいな」

真崎「そうだな」

霧島「ほな、道案内するさかい、後よろしゅうな」

濱北「そうきたか……」


 その後、霧島の道案内で更に大阪を満喫しホテルに戻って行った慎吾たちだった。


…………*


 そして部屋にて修学旅行最後の夜を楽しもうと真崎、慎吾部屋に野球部の面々が揃っていた。


透「はぁ? 野球やったんか?」

慎吾「あぁ、成り行きでな」

姿「なんで修学旅行まで野球やるんだよ」

シュウ「まぁ、でも中々に面白かったよ」

久遠「でも道に迷った結果なんだろ?」

佐々木「まぁ、そこはつっこむなよ」


コンコンッ


真崎「ん? 点呼にはまだ早いよな」

姿「あぁ」


ガチャッ


星音「やっほー」

真崎「樋野、どうした?」

星音「綾瀬くん、いる?」

真崎「綾瀬? おーい、綾瀬。樋野が呼んでる」

慎吾「あん?」

星音「まぁ、正確にはわたしじゃないんだけどね」

真崎「ま、まさか……!」


ガヤガヤガヤ


 察した野球部の面々が後ろでざわめき立つ。  そんな中、良く分かっていない慎吾だけ星音に続き部屋を後にした。


透「実際のところ、綾瀬は生徒会長とどうなん?」

真崎「付き合ってるんだろ?」

姿「いや、俺が見る限り付き合ってはいないだろ」

真崎「そうか?」

姿「付き合う定義は分からないけど、お互い告白して今の関係やってるようには見えないぞ」

久遠「同感だな」

司「まぁ、仲がいいだけって感じなのかな」

シュウ「難しいねぇ」

真崎「そういう森岡は橘とどうなんだよ」

シュウ「え、僕の話になるわけ!?」


…………*


 一方、慎吾は外に連れて来られていた。  こんなところ先生に見つかったら……とビビってるわけではないが  面倒なことが嫌いな慎吾は余計なことで怒られるのは癪に障るだけだった。


慎吾「んで、話って何よ?」

星音「わたしじゃないよ、彼女」

女子生徒「ゴメンね、綾瀬くん」

慎吾「いや、別にいいけど」

星音「じゃ、頑張ってね」


 言うだけ言って立ち去った星音。  どういうことやねんと慎吾は心の中で呟いた。


女子生徒「綾瀬くん、良かったら私と付き合ってください!」

慎吾「へ?」


 誰もが予想出来た中、本当に何も考えてなかった慎吾は有り得ない返答をした。  この男、鋭いくせにこういうことは本当に無頓着らしい。


慎吾「あー……ゴメン。俺、今そういう余裕ないんだ」


 だからとりあえず当たり障りのない返答をした。


女子生徒「そっか……急にゴメンね」

慎吾「いや、気持ちは嬉しいよ。ありがと」

女子生徒「ところで一つ聞いていい?」

慎吾「ん?」

女子生徒「生徒会長と付き合ってるっていうのは本当なの?」

慎吾「それは噂に過ぎない。事実と違うから」

女子生徒「そうなんだ……分かった、ありがとうね」

慎吾「いや、こちらこそ」


タッタッタッ


星音「あらら、ふっちゃったわけ」

慎吾「樋野……まだいたのか」


 女子生徒が立ち去ってすぐ、隠れていた星音が現れた。


慎吾「誰かと付き合ってる暇なんて俺にはないよ」

星音「ふ〜ん。朝森先輩と付き合ってるわけじゃないのに?」

慎吾「野球部や自分のことで頭がいっぱいだよ。不幸せにするだけだ」

星音「なるほどね」

慎吾「ところで樋野。漣と連絡とった?」

星音「……うん。1回だけ」

慎吾「なんて?」

星音「ゴメンって謝られて、電話が切れた」

慎吾「……それは酷いな」

星音「ほんとだよね!」

慎吾「俺は今、あいつを復学させることを考えてる」

星音「え?」

慎吾「あいつ、許す気ある?」

星音「ん〜……一発はたいたらスッキリするかな?」

慎吾「すると思うよ。俺も殴りたいから」

星音「でもどうするの?」

慎吾「教頭と野球部存続をかけた賭けをする。3月にな」

星音「3月?」

慎吾「漣のタイムリミットも3月。そして対外試合出来るようになってすぐ申し込む。 お互い、後がない状態でな」

星音「……それって大丈夫なの?」

慎吾「賭けと言っても相手が乗るようにこっちのデメリットを大きくしなきゃいけない。 まぁ、もっとも皆、漣がいない野球部はなくてもいいとか言ってるし、いいんじゃね?」

星音「……随分、慕われてるんだね」

慎吾「自然と人を惹きつけるからな。樋野もそうじゃねーの?」

星音「うん……そうかもね」

慎吾「後は神のみぞ知る……だな」


 こうして高校生活、最大のイベントともいえる修学旅行が終わった。  季節はもう冬に向かって加速していた……




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