Sixtieth First Melody―朝森の名が持つ意味―


 季節はすっかり冬。そして世間ではクリスマスイヴと何かと騒がれる日。  桜花学院では2学期の修了式を行っていた。


慎吾「しかし、うちの教頭は話好きだよな」

真崎「ほんと……早く終わらねぇかな」


 当然といえば当然かもしれないが、真面目に聞いている学生など1割程度。  だがあからさまに話を聞いていない2人の態度には少々問題もある。


真崎「そういや野球部で集まりあるんだろ?」

慎吾「去年もあったろ」

真崎「去年は倉科紹介のためだったもんな。誰かさん、デートだったけど」

慎吾「オホンッ。今年は先輩たちの引退も兼ねてるだろ。漣の事もあって出来てなかったし」

真崎「受験生にとっては忙しい時期に引退式ねぇ」

慎吾「引き継ぎしかやってなかったし、1日ぐらいいいんじゃね?」

真崎「それはお前……お前みたいなやつが言えることだよ」

慎吾「ところでお前、進路はどうすんの?」

真崎「プロ野球選手?」

慎吾「寝言は寝て言え」

真崎「酷ッ!」


 ……そんなこんなで修了式を聞き流していた2人だった。


…………*


 放課後、野球部の部室に引退した3年も含め全員が集まった。


木村「えーっとまずは高橋のことだな」

高橋「改めて言われると恥ずかしいですね」

木村「高橋がドラフト5位で千葉ロッテに指名された」


パチパチパチッ!


 一斉に拍手と歓声が沸き起こった。  創立2年目の野球部、当然初のプロ野球選手輩出に大いに盛り上がった。


国定「ほんと凄いよな」

高橋「お前も指名されたかもしれないだろ」


 国定のところにもスカウトが来たが早い段階で大学進学を希望して、指名されなかった。  甲子園での力投が評価されていたのだが、本人はまだ肘に不安を持っていての決断だった。


慎吾「それで、先輩。どうすることにしたんです?」

高橋「うん、入団することにした」

真崎「おっ! そうこなくっちゃ」

山里「ロッテには帝王の白鳥も指名されただろ? 同級生がいるのは心強いんじゃね?」

高橋「レベルが違うから、逆に嫌だぞ」

久遠「今年のドラフト、高校生は不作って言われてましたけど結果的に結構指名されましたよね」

大河内「青波は巨人、桜井はホークス。横海の小田切は中日だったっけ」

慎吾「後、朝里の大会で戦った東京連合軍の選手はほとんど指名されたみたいですね」

シュウ「へぇ、そうなんだ」

慎吾「一部の選手はすでに大学に進むって決めていて指名されなかった選手もいるようですけど」

透「まぁ、何にせよ高橋センパイ、おめでとうっちゅーこっちゃな」

高橋「お前らのおかげだよ」

姿「俺らは何にもしてないですよ」

上戸「プロに認められたのは自分の実力っしょ?」

高橋「いや、お前らに再び野球を誘われなかったらこんなことにはなってないからな」

慎吾「そう思うと礼をいいたいやつがいないのは残念ですね」

高橋「……だな」

国定「いけよ、甲子園。お前らならまたいける」

シュウ「任せてください!」


 ガシッと新旧のキャプテンが握手を交わした。


山里「でも漣のことはどうすんだ?」

慎吾「あぁ、先輩たちには言ってなかったですね」


 すでに現存の野球部の面々には了承を得た慎吾。  やはり皆、同じ想いだった。


慎吾「進級テストが終わってから教頭に賭けを申し込みます」

国定「賭け?」

慎吾「はい。野球部成立させるため赤槻と試合を組んだ教頭なら 賭け試合を組んでくれると思いまして」

大河内「賭けって具体的にどうするんだ?」

慎吾「勝ったら漣の一件をなかったことにしてもらいます。外部にもれてるわけじゃないので 学校側としては別にデメリットはないはずなんです」

姿「全ては教頭が仕組んだことってことだな」

慎吾「教頭と漣の間になにがあるかは分からないがな」

山里「賭けってことはこっちにもデメリットあるだろ?」

慎吾「えぇ、負けたら野球部を廃部にしてもいいって条件でいくつもりです」

高橋「なっ!?」

慎吾「皆、漣が作った野球部ってことにこだわってます。ならいっそなくてもいいとさえ言うやつもいるんでね」

松倉「………………」

上戸「1年たちはいいのか?」

大友「正直、話が分かりませんが……先輩たちの判断に今は身を任せています」

慎吾「1年たちは万が一負けたら望むなら転校も考えてる。リスクはありますが 野球続けたいならその場ぐらい与えてやるつもりです」

高橋「そんなこと出来るのか?」

慎吾「まぁ、一応コネがあるんで」

姿「大地さんか」

慎吾「あいつが滅茶苦茶にしたんだ。それぐらいやってくれるだろ」

国定「そうか、分かったよ」

慎吾「せっかく先輩たちの代で甲子園までいったのに勝手なマネしてすいません」

大河内「おいおい負ける気かよ」

シュウ「いいえ、そんな気毛頭ないですよ!」

高橋「1年たちはともかく俺らも漣には感謝している人間だ。むしろ力を貸せないことが悔しいよ」

国定「……絶対勝てよ。相手がどんなチームであろうとな」

真崎「はい」

慎吾「大友、タッキー、ミヤ。お前らも頼むな。お前らがいなきゃ勝てない試合だ」

大友「分かりました」

滝口&宮本「任せてください!」


 道を作ってくれた者のため、結束しその者に新たな道を作ろうとしている桜花野球部。  決戦の時はそう遠くはない……


慎吾「あ、Bの連中は球技大会の特権があるからいいがAの連中は全員が 進級決まった段階で教頭には話す。頑張れよ」


 慎吾の視線が2人に向けられた。


シュウ&真崎「………………」


 その2人は満面の笑みを作った。  これに対し、同級生たちは大きなため息で応戦した。


…………*


 その後、お菓子やジュースを買ってきて雑談で盛り上がっている中  綾瀬慎吾はその場を抜け出して昇降口で1人、ある人物を待っていた。


慎吾「……寒っ……」


 なんでこんな寒空の下、人を待たなきゃいけないんだと悪態つくも  誰にも頼まれておらず、自分で決めたことのためあたりようがない。


慎吾「もう帰ったとかはないよな」


 先ほど下駄箱でチェックしたからそれはないだろうと思いつつ、そんなことが頭を過る。  そんなことを思いつつ、ようやく待ち人が来た。


瑞奈「あれ、綾瀬さん、どうしたんですか?」

慎吾「あんたを待ってたんだよ」

瑞奈「わたしをですか?」

慎吾「そ」

瑞奈「野球部の集まりはどうしたんです?」

慎吾「途中で抜けてきた」

瑞奈「そうなんですか」

慎吾「あんたに聞きたいことがあってな」

瑞奈「なんです?」

慎吾「それより、あんた。こんな遅くまで学校に残って何してんだ?」

瑞奈「元生徒会長としてすることが色々とあるんですよ」


 桜花の役員の任期は3年の2学期まで。  余談だが成績を考慮される桜花で、慎吾も生徒会長候補だったが自身が何とか体調のことを訴え回避した。  こんな時だけ……と木村を始め、全員に突っ込まれたのはここだけの話だ。


慎吾「ふ〜ん、なるほどね」

瑞奈「それより話ってなんです?」

慎吾「あぁ、単刀直入に聞くがあんた何者なんだ?」

瑞奈「……何者ってどういう意味です?」

慎吾「その言葉のままの意味だよ」

瑞奈「朝森瑞奈。今をときめく17歳ですよ?」

慎吾「………………」

瑞奈「あ、間違えました」

慎吾「は?」

瑞奈「昨日誕生日だったので18歳でした」

慎吾「どうでもいいわ」

瑞奈「ひ、酷いです……祝ってもくれなかったのに……」

慎吾「……で、他に言うことないわけ?」

瑞奈「もう! 何が聞きたいんですか?」

慎吾「あんた、綾瀬大地と知り合いだろ?」

瑞奈「――!」

慎吾「隠していたっていうつもりはないだろうが、名字が一緒な時点で普通のやつなら俺に聞くはずだ。 だがあんたはしなかった。理由は簡単だ。綾瀬大地と親しいから、だろ?」

瑞奈「ど、どうしてそんなこと言うんですか?」

慎吾「見たんだよ。あんたが綾瀬大地と話してるところをな」

瑞奈「……そうなんですか」

慎吾「綾瀬大地の旧姓は朝森と聞いた。まったく関係ないわけじゃないんだろ?」

瑞奈「そうですね。でも私にはまだ何を聞きたいのか分かりません」


 ここまで来て、かわすということは話す気がないってこと。  なら無理して聞かず他のことを聞くに越したことはなかった。


慎吾「そっか。なら一つだけいいか?」

瑞奈「なんです?」

慎吾「朝森ってのは朝里の分家なんだろ? 力的にはどうなんだ?」

瑞奈「力的と申しますと?」

慎吾「朝里は絶対的権力を持ってると聞いた。同じくらい朝森にも力があるのかなって思って」

瑞奈「……そうですね、朝森自体に力はありません」

慎吾「え?」

瑞奈「ただ朝里に顔がきくため、頼めば朝里が動いてくれるって感じです」

慎吾「……なるほど」


 頼めばって学生同士の会話じゃあるまいし  そんな軽いノリで国家権力を抑えられては世も末だなと思わざるおえなかった。


慎吾「で、あんたは朝森ではどんな立場なんだ?」

瑞奈「立場と仰いますと?」

慎吾「他に言いようがないが、例えば朝里優美さんでいえば朝里の一人娘だろ?」

瑞奈「優美さんを知ってるんですか!?」

慎吾「あぁ、綾瀬大地経由で何回か話したことがある」

瑞奈「そ、そうなんですか」

慎吾「(あれ、知らなかった?)」

瑞奈「そうですね、優美さんと同じ感じです。朝森の正当の後継者として育てられてきました」

慎吾「なるほどね」


 瑞奈が正当な後継者となれば綾瀬大地はやはりイレギュラーな存在なのか……  わざわざ名字を変えているあたり、慎吾はその辺が気になっていた。


慎吾「最後に一ついいかな?」

瑞奈「はい?」

慎吾「俺の姉の事件、知ってるんだろ?」

瑞奈「……まぁ、ある程度は、ですけど」

慎吾「何で綾瀬美佳は殺されたと思う?」

瑞奈「それは……私には分かりません」

慎吾「そうだよな……悪い。変なこと聞いた」

瑞奈「いえ……もういいですか?」

慎吾「……あぁ、そうだな」

瑞奈「じゃあせっかくのイヴなんで買い物付き合ってください」

慎吾「またか」

瑞奈「今度は奢らせませんので」

慎吾「へいへい」


 自分の立場は言っても、結局綾瀬大地とのことは何一つ触れなかった。  しかしその態度が慎吾にとってはプラスな情報でもあった。  語るだけが情報じゃない……慎吾は信じたくない事実を目の当たりにしてしまった……  そんなクリスマスイヴの出来事だった。




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