Sixtieth Second Melody―真相の華―


 時期は正月の三箇日を終えたところ。  朝森瑞奈は親戚まわりに疲れていた。


瑞奈「はぁ……」


 朝森の後継者として朝里、御柳の親族たちと休む間もなく挨拶を交わし続けた3日間。  何年やっても慣れるものでもないし、疲れるのが普通だろう。


コンコンッ


瑞奈「なに?」


ガチャ


執事「失礼致します。瑞奈様、昌志様がお呼びです」

瑞奈「分かったわ」

執事「それでは」


 昌志とは瑞奈の父、桜花で教頭をやっている人物だ。  執事に言われて瑞奈はすぐ昌志のところに行った。


コンコンッ


ガチャ


瑞奈「失礼致します」

昌志「来たか」

瑞奈「何用でしょうか?」

昌志「卒業後、朝里に入るだろう? そっちの準備は進んでいるのか?」

瑞奈「はい、問題ないと思います」

昌志「そうか。それならいい。お前にはきっちりと朝森を継いでもらわなきゃいけないからな」

瑞奈「……分かっております」

昌志「ところで最近、大地とは連絡とっているのか?」

瑞奈「たまにではありますが……」

昌志「そうか……あいつは正直、何を考えているか分からない。十分気をつけろよ」

瑞奈「……はい……」

昌志「よし、私からは以上だ」

瑞奈「あ、あの……」

昌志「どうした?」

瑞奈「漣連夜の一件……どうにかなりませんか?」

昌志「なんだと……?」

瑞奈「お父様にとって野球部は害でしかなかったかもしれませんが今年の夏、甲子園に出ています。 朝里の大会でも好成績を収めました」

昌志「そのようだな。いつのまに大会のことを聞いたのやら……」

瑞奈「……漣は宣伝効果も期待でき、利用する価値はあるんじゃないでしょうか?」

昌志「まぁ、それは考えていたことだがそれと漣とどういう関係がある?」

瑞奈「彼は左投げのキャッチャーというだけで取り上げられました。実力もあり桜花の野球部を 宣伝する場合、彼を売り出すのが効果的だと思うんです」

昌志「ふむ……一理あるが、あいつは憎き漣の人間だからな」

瑞奈「お父様と漣家の間にはなにが……」


 ここまで言いかけて瑞奈はハッとした。


昌志「瑞奈。それは聞かない約束だぞ」

瑞奈「……そうでした、ごめんなさい」

昌志「だがどこから情報がもれてるか分からないが朝里の上からこの件に関して圧力がかかってる」

瑞奈「え?」

昌志「あの一人娘が動いてるという……もしかしたら大地のやつかもしれないな……まったく……」

瑞奈「そのようなことは聞いていませんが」

昌志「だから気をつけろと言っている。あいつは平気で人を利用し、騙す男だ」

瑞奈「……分かり、ました」

昌志「よし、下がっていい」

瑞奈「失礼しました」


…………*


 書斎を後にした瑞奈は気分転換に外を散歩することにした。  しかし外は風が強く、コートを着ていても体が冷えるようだった。


瑞奈「はぁ……」

シイナ「やぁ、綾瀬くんのガールフレンドだね」

瑞奈「あ、シイナ探偵。どうしたんですか?」


 歩いていると椎名と出会い、話しかけられた。  すぐにいつもの調子で話を合わせる。


シイナ「いや、ちょっと話があってね」

瑞奈「なんです?」

シイナ「出来れば綾瀬大地と組んでいる君と話したいのだが」

瑞奈「……なんの話です?」

シイナ「その辺の調べはついてるんだけどな」

瑞奈「そうなんですか。でも私には何のことか分かりません」


 瑞奈は椎名の相手をしないようにと適当に話をそらして  その場を去ろうとしていた。


ガシッ


シイナ「待つんだ」

瑞奈「何するんですか? 大声出しますよ」

シイナ「話がしたいだけだ。逃げなくてもいい」

瑞奈「別に逃げてるつもりはありませんよ」

シイナ「だったらなぜ私から逃げようとする」

瑞奈「だから逃げてるつもりはないですって」

シイナ「そうか、ならいい」

瑞奈「もう、私に何の用なんですか?」

シイナ「なに、綾瀬美佳の事件のことを聞きたいなっと思ってね」

瑞奈「私は分かりませんよ」

シイナ「そんなはずはないだろ。綾瀬大地の傍にいる君が事件のことを何も知らないなんて」

瑞奈「だから誰です、その人? 私は知りませんよ」

シイナ「あくまで白を切るつもりか」

瑞奈「………………」

シイナ「そうか……」

瑞奈「……ちなみに聞きたいことって何ですか?」

シイナ「ん? 何、なんで綾瀬美佳は死を選んだんだろうってな」

瑞奈「――!」

シイナ「……ん?」


 一瞬だが明らかに瑞奈が動揺を見せた。  その一瞬を椎名は見逃さなかった。


…………*


 場面が変わって、慎吾の部屋。  真崎と姿が来ていて試験対策の勉強をしていた。


真崎「うぅ……頭痛ぇ……」

慎吾「まだ1時間もやってねぇよ」

真崎「だって意味わかんねぇもん!」

姿「この辺出来なきゃ、点とれないぞ」

真崎「お前、試験ないからって!」

姿「いくらなんでもこの辺は出来るわ」

真崎「うぅ……」

慎吾「……ったく仕方ねぇな」

真崎「ん?」

慎吾「これ、まとめておいた。これをまずやってみろ」

真崎「おぉ、神よ!」

慎吾「……早くやれ」

姿「綾瀬はこいつにつきっきりで大丈夫なのか?」

慎吾「さぁな」

姿「さぁなって……」

慎吾「今回は教頭への説得のため早めに受からなきゃいけない。ネックとなる森岡と真崎さえ 終われば後は何とかなるだろ」

真崎「ネックとか言わないで」

慎吾「いいからお前はやってろ」

真崎「へいへい」


 2人は真崎の邪魔にならないように休憩用のおかしと飲み物を買いにいくことにした。  その間、サボらないようにクギを刺してきたのは言うまでもない。


慎吾「………………」

姿「どうかしたか?」

慎吾「ん?」

姿「難しい顔してるから、なんかあったのかと思って」

慎吾「ん……まぁな」

姿「どうした?」

慎吾「……お前さ、信じたいと思ってる人が自分の敵だったらどうする?」

姿「…………は?」

慎吾「いや、ゴメン。なんでもない」

姿「いや、待てって。どういうこと?」

慎吾「そのままの意味さ」

姿「信じてるじゃなくて信じたいと思ってるってことは疑ってもいるってことだろ?」

慎吾「………………」

姿「敵というのは決まってることなのか?」

慎吾「……さぁな」

姿「……だったら信じていればいいと思うよ」

慎吾「……そっか」

姿「答えになってっかは知らないけどな」

慎吾「いや、そんなことはない。ついでに後1ついいか?」

姿「ん?」

慎吾「もしさ、自分の好きな人が殺されて、その犯人が許せないとしてだ。それでも犯人を庇うってことあると思う?」

姿「……は?」

慎吾「まぁ、これリアルな話なんだけど」

姿「さっきのもリアルじゃないのか?」

慎吾「あれは別」

姿「(ってことはさっきのは綾瀬自身の問題なのかな?)」

慎吾「で、どう思う?」

姿「犯人を許せないのに、なんで庇うんだ? そっから疑問なんだけど」

慎吾「だよな。俺もそこで詰まってんだよ」

姿「その人にとってその犯人がプラスになる要因だったら庇うんじゃね?」

慎吾「プラスねぇ……」

姿「じゃなきゃ矛盾しすぎて意味分からん」

慎吾「プラスって例えば?」

姿「いや分からないけど……」

慎吾「ん〜……例えば許せないっていうのが殺したいほど憎んでる場合でもかな?」

姿「じゃあ尚更プラス要因がなきゃ……というかそんなに憎んでて庇うって有り得るのか?」

慎吾「有り得てるから困るんだよな……」


 慎吾が姿に聞いていることは自身の姉の事件……そう綾瀬美佳のことだ。  椎名探偵の情報で綾瀬美佳の事件は証拠の改ざんなどが行われていると聞いた。  そして綾瀬美佳は抵抗せず絞殺された。実際はひき逃げとして処理されたが……  つまり、犯人は捕まっていない。誰かがひき逃げとし、偽の犯人をでっち上げた。


慎吾「(そしてそれをやったのは間違いなくあの男だ……だったら何で?)」

姿「なぁ、今の話。ミステリ小説として考えていいか?」

慎吾「あん?」

姿「もしさ、犯人が肉親だったらどうする?」

慎吾「肉親?」

姿「そう。犯人憎みたくても憎めないだろ? もしかしたら庇うかも知れないじゃん」

慎吾「好きな人と肉親を天秤にかけたくはないが……ん、まてよ……」


 姿の一言でハッとした。そう有り得る話だ。  肉親の方が大事だったとすればいくらあの男でもあることだと考えた。  そしてその大事の意味も、好き嫌いの問題じゃない。  利用できるか出来ないか、で分ければいくら好きな女性の事件でも改ざん、ねつ造ぐらいするかもしれない。


慎吾「…………!」


 だがそこまで考えて慎吾は体が冷えるのを感じた。  慎吾が真っ先に思いついた犯人像が最も考えたくない人物だったから。


慎吾「……有り得るか。有り得てたまるかよ」

姿「綾瀬?」


 首を振って自らを否定する。  何が悲しくて自分で首を締め苦しまなきゃいけないんだ。  そう思いながら、真崎への手土産を片手に再度首を横に振った。


…………*


 場面は戻って瑞奈と椎名探偵が話しているところ。


シイナ「君は何を隠している? 何を知っているんだ?」

瑞奈「何も知らないわ。勝手なこと言わないで」


 瑞奈は明らかに平常心ではなかった。  突かれたくないところをつかれ、動揺し混乱しているようだった。  何をそこまで慌てる必要がある、と椎名は考えた。


シイナ「君はやっぱり事件を知っている! なぜそれを彼にまで……綾瀬くんにまで隠しているんだ!?」

瑞奈「…………ふっ、あはははっ」

シイナ「何がおかしい!」

瑞奈「言えるわけないじゃない」

シイナ「なに!?」


 一息ついて瑞奈は一度顔を伏せた。  そしてそのまま雰囲気が変わった。


瑞奈「私よ」

シイナ「…………え?」

瑞奈「綾瀬美佳を殺したのは……私なのよ?」




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