Sixtieth Third Melody―全貌―


瑞奈「綾瀬美佳を殺したのは……私よ」


 瑞奈のこの一言に流石の椎名も絶句した。  綾瀬大地の傍にいる瑞奈から何か少しでも情報を仕入れようと思った結果がこれだ。


シイナ「ほ、本当なのか?」


 声が震えていた。当然だろう、こんな事実を言われて動揺しない人は恐らくいないだろう。


瑞奈「こんな笑えない冗談、誰が喋ると思って?」


 瑞奈の言う通りでもあるし、何より雰囲気が冗談を言う感じに見えなかった。  だとしたら……


シイナ「本当に君が……」

瑞奈「しつこいわ」


 綾瀬大地が庇う理由もこれで合点がいく。  確かに条件に満たしてもいる。だが……


シイナ「何があったか、教えてくれないか?」

瑞奈「……あの日……私は綾瀬大地の命令で綾瀬家に向かったわ」


 ゆっくりと吐き出すように話し始めた瑞奈。  その一字一句を聞き逃さぬよう、椎名は神経を集中させた。









 月日は遡って4年前。綾瀬美佳の事件があった当日。  朝森瑞奈は綾瀬大地の命を受け、綾瀬家へと足を運んでいた。


ガチャッ


 もらっていた鍵で家に潜入する。


瑞奈「どこにあるのかしら……」


 綾瀬大地の命は綾瀬俊宏が残した朝里の資料の確保だった。


瑞奈「こっちかしら」


 書斎にあるだろうとの予想をたて書斎を探す瑞奈。  その時だった。人の気配を感じたのと同時に瑞奈に向け声が発せられた。


美佳「何をしてるのかしら?」

瑞奈「――! あなたは……綾瀬美佳ね」


 まさか人がいるとは思っておらず、内心動揺する。  だがそれを表には出さず何とか冷静を保つ。


美佳「あなたは誰? そこで何をしてるのかしら?」

瑞奈「あなたには関係ないわ」

美佳「そうはいかないわ。ここは私の家。あなたは不法侵入なのよ」

瑞奈「だったら欲しいものをもらってすぐに出ていくわ」

美佳「……あなた、朝里の人間ね」

瑞奈「似たようなものよ」

美佳「だったら挙げるのなんてないわ。出ていって」


チャキッ


瑞奈「そうはいかないの。教えてもらうわよ」


 ナイフを突き付け脅しにかかる。  しかし美佳はひるまず強気な態度で出る。


美佳「脅しのつもり? 私にはきかないわよ」

瑞奈「あなたこそ冗談で出してるとは思わないことね!」


スパァッ


美佳「――ッ!」

瑞奈「どう? 私は本気なのよ?」

美佳「はぁ……はぁ……それがどうしたのかしら?」

瑞奈「くっ、このぉ!」


スパァッ


美佳「くぅ――!」


 美佳の体に数えきれないくらいの切り傷をいれる。  それでも美佳は箇所を抑えるだけで怯みはしなかった。


瑞奈「いい加減にしないと本当に怒るわよ」

美佳「これ以上……どう怒る気なのかしら?」


バッ


 持っていたバッグから縄を取りだし、腕を抑えていた美佳の後ろに回り込み首を絞める。


美佳「――グッ!」

瑞奈「降伏しないと本当に締めるわよ?」


 今はまだ話せる程度に緩めている。  だが主導権は完全に瑞奈が握っていた。


瑞奈「ここであなたが話せばそれで済む話なのよ?」

美佳「父が残した情報を簡単には流せないわ」

瑞奈「あなた、私が朝里の人間だと知っていて言ってるのかしら?」

美佳「ふふっ、違うんでしょ? 分かってるわ。父は根っからの朝里の人間だった。 その父の情報を欲しい人は敵対関係の人。違う?」


瑞奈「……流石ね、綾瀬美佳」

美佳「さてどうする気かしら? このまま絞殺されても私は構わないけども」

瑞奈「本気で言ってるのかしら?」

美佳「あなただけじゃ情報は手に入らない。絶対にね」


 美佳の確信めいた言葉に瑞奈はどうやら資料は隠されていると察する。  つまり、ここで美佳を手にかけたところで誰も得しない。  とすれば次の作戦は決まっていた。


瑞奈「言いなさい。これは綾瀬大地のためになるのよ?」

美佳「……大地さんの?」

瑞奈「そう」

美佳「そっか……大地さん、そういう人だったのね」

瑞奈「………………」

美佳「いくら大地さんのためになっても私は言えないわ」

瑞奈「どうして!?」

美佳「あなたこそどうして大地さんの言うことを聞いているの? こんなことしてまで」

瑞奈「あなたには関係ないわ」

美佳「そうね。でも私にはあなたが可哀そうにみえるわ」

瑞奈「――!」

美佳「とても冷たく、情を感じないまるで機械のような……」

瑞奈「うるさいわ!」

美佳「あなた……笑ったこと、ある?」

瑞奈「――このぉ!」


ギュゥッ


美佳「んっ……!」

瑞奈「いい加減にしなさい!」

美佳「………………」

瑞奈「このまま殺されたいの? いいから早く吐きなさい!」

美佳「い……や……よ……」

瑞奈「綾瀬大地を裏切ると言うの!?」

美佳「大地さんには悪いけど……ね」

瑞奈「――!」

美佳「私の死は……きっと弟に繋がる。あなたは失敗したのよ。このミッションを……ね」

瑞奈「(ギリッ)

美佳「――くぅ……!」


 頭に血が上った瑞奈は気付けば力いっぱい、縄を締めていた。  彼女が冷静になった時、初めて敗北感を胸に抱いていた……









シイナ「君が……綾瀬美佳を……!」

瑞奈「そう。私が犯人よ」


 現代に戻り、椎名は必死に冷静を保とうとしていた。  思ってもいない事実。それを聞かされ、今まで積み上げてきた犯人像が崩れたのだから無理はない。


シイナ「一体どうして!?」

瑞奈「人を殺す時、何かを考えながらやる人はきっと綾瀬大地くらいよ。 大抵は無意識のうちに反抗してるわ」

シイナ「その後のこと……聞いてもいいか?」

瑞奈「後は知ってのとおりよ。私は綾瀬大地に全てを話したわ」

シイナ「そして綾瀬大地はひき逃げのように処理した?」

瑞奈「えぇ。人を雇ってね」

シイナ「だがそれはおかしい。当時の綾瀬大地には朝里を動かすだけの力はないはずだ。 どうやって警察内部を動かした!?」

瑞奈「朝里と取引したからよ」

シイナ「取引?」

瑞奈「綾瀬俊宏の情報を掴む。これが条件だった。朝里にとって、流されたくない情報らしいから 私が思っていたより、朝里は欲しい情報だったみたいね」

シイナ「……なるほどな」

瑞奈「これが全貌よ。他に何か?」

シイナ「なぜ話す気になった? 俺なんかに」

瑞奈「綾瀬大地から言われていたからよ」

シイナ「何?」

瑞奈「綾瀬大地は真崎宏明と取引しようとしている。そうすればあなたにバレるわ。 なら私が言おうと変わらないわ」

シイナ「真崎が取引を?」

瑞奈「綾瀬美佳の事件の証拠を綾瀬大地に渡す代わりに犯人を教えるということ」

シイナ「なっ――!?」

瑞奈「驚いたかしら?」

シイナ「そんなの現職の刑事がやったら!」

瑞奈「そうね。バレたら間違いなくクビね」

シイナ「真崎はそんなことを……」

瑞奈「彼も彼なりに必死なようね。無駄だけど」

シイナ「なぜだ?」

瑞奈「……?」

シイナ「なぜ綾瀬大地は君を庇った?」

瑞奈「意味が分からないわ」

シイナ「綾瀬大地は綾瀬美佳を愛していたはずだ。例え情報のために近づいたとしても気持ちはあったはず。 そんな彼女を殺されて、彼が何もしないのはおかしい」

瑞奈「何が言いたいの?」

シイナ「よく、君は生きていられたなと言いたいんだ」

瑞奈「――ッ」

シイナ「それほど君に利用価値があったとは思えないんだが」

瑞奈「……そう。あなたは知らないのね」

シイナ「ん?」

瑞奈「私と綾瀬大地は兄妹よ」

シイナ「――!」

瑞奈「理由があるとすればそのくらいだと私は思ってるわ」

シイナ「……そうだったのか」


 少しの間が出来る。  椎名は必死で次の言葉を探したが、見つからなかった。


瑞奈「そろそろいいかしら?」

シイナ「……俺がもし」

瑞奈「え?」

シイナ「俺がもし、このことを綾瀬くんに言ったらどうする?」

瑞奈「どうもしないわ。好きにすればいい」


 そういい瑞奈は立ち去った。  残された椎名は冷たい風を感じつつ、瑞奈とは反対の方へ歩いていった。




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