Sixtieth Fourth Melody―大一番―


 冬休みが終わり、桜花学院では進級試験が始まっていた。  今年のトップ通過は綾瀬慎吾。何だかんだ、一番で試験に受かっていた。


姿「流石だな」

慎吾「ま、普通にやってりゃこのぐらい楽勝だろ」

久遠「そういうなって。皆、苦労してんだから」


 姿や久遠、薪瀬のB組は球技大会の特権で試験は免除されている。  つまりA組の面々さえ合格すれば慎吾は教頭と話すことが出来るのだが……


真崎「なぁ、正直合格と教頭を説得するの、話が別でしょ?」

慎吾「一緒だよ。賭けを申し込むのに、試験終わってないって格好がつかんわ」

シュウ「それは分かるんだけど……ねぇ?」

真崎「なぁ?」


 やっぱりネックの2人が試験に苦労していた。


慎吾「いいから頑張れ。毎日受けれんだから嫌でも問題は覚えるだろ」

真崎「無茶言うな!」

慎吾「は?」

真崎「姿ぁ……綾瀬が怖い」

姿「お前が悪い」


 だが野球部……漣のためということで頑張った2人。  昨年ブービーと最後だった2人が2月中に合格することができた。


真崎「俺、頑張った!」

姿「あぁ、そうだな」

慎吾「よし、教頭のところいくぜ」

シュウ「おっしゃあ!」


 シュウが気合を入れたが、実際は少人数……慎吾と姿、シュウと木村で行くことにした。


…………*


教頭「なんだと?」

慎吾「かつて野球部を作る時にやった試合を組んでほしいんです」

姿「これで勝ったら漣の退学を取り消してほしいんですけど」

教頭「はっ、バカバカしい。漣は自主退学だ。私が認める以前の話だ」

慎吾「こっちは真面目の話をしてるんです。もしこっちが負けたら野球部は解散します」

教頭「――!」

慎吾「どうです? 悪くはない条件だと思うんですけど」

シュウ「お願いします!」

教頭「詳しく聞くが、チームはこっちで用意していいんだな?」

慎吾「もちろんです。極端な話、プロ相手でもこっちは文句はいいません」

姿「(いや、流石に文句言うな……)」

教頭「なるほど。そして万が一、そっちが勝ったら漣の退学を取り消せばいいんだな?」

慎吾「正確には復学を認め、何もなかったことにしてもらえればありがたいです」

教頭「なるほどな」

姿「どうです?」

教頭「……いいだろう」

シュウ「本当ですか!?」

教頭「木村先生もいいんですね?」

木村「私は子供たちに任せていますので」

教頭「分かった」

慎吾「対外試合禁止が解けるのは、ちょうどうちの卒業式の前日です。その日でお願いします」

教頭「どういうことだ?」

慎吾「高野連で現在、対外試合は禁止されています。そして卒業式が終わってからだと漣の進級試験が受けられません。 双方を満たす日がこれしかないからです」

教頭「流石の私だって出席日数まではいじれないぞ」

慎吾「そうですかね? 漣は生ける金目のものですよ? 黙って進級試験受けて上がらせた方がいいと思いますけどね」

姿「(こう聞くと綾瀬って怖いな……)」

教頭「……まぁ、そこは後でいい。試合日程については了解しておこう」

慎吾「ありがとうございます」


 話がまとまり、慎吾たちは校長室を後にした。  誰もいなくなってから教頭は1人、笑みを浮かべていた。


…………*


 そして試合当日。近くの球場を借りて試合を行うことになった。  先に桜花の面々が集まってアップを始めていた。


真崎「結局相手って誰なんだろうな」

姿「そうだな……」

シュウ「誰であろうと勝つしかあるまい!」

松倉「そういうこと」


皆河「うぃーっす、姿!」


 反対側のベンチから真っ先に出てきたのは皆河だった。  姿だけが目を丸くし、後は誰? という雰囲気を醸し出していた。


姿「み、皆河!?」

皆河「今日の対戦相手は俺ら。よろしくね」


 皆河から少し遅れ、他の面々も姿を現した。  そして見た顔も何名かいた。


慎吾「朝里の大会で朝里で出場していた人たちだな」

佐々木「漣がいたチームだろ? 1回負けてるしな……」

慎吾「まぁ、ある程度予想はしていたがやっぱり高校チームじゃなかったか」

迅「何言ってやがる。俺や皆河たちで5人同い年が揃ってる。十分高校チームだぜ?」

慎吾「林藤……」

皆河「おっ、弟じゃん」

慎吾「……よぉ」

姿「綾瀬、皆河を知ってるのか?」

慎吾「お前こそなんで……あぁ、そうか。あの時か」

皆河「ふ〜ん、弟も出るのか?」

慎吾「俺は出ねぇよ」

皆河「そっか、残念」


 そんなこんな話していると教頭がゆったりと歩いてきた。


教頭「対戦相手に関して文句はないかな?」

慎吾「ねぇよ。予想していたことだ」

教頭「そうか。じゃあ後悔しないようにな」

慎吾「するか。勝つんだからな」


皆河「なんか殺気立ってるねぇ」

姿「詳しく聞いてないのか?」

皆河「試合できればいいからね。何、難しい話?」

姿「ま、お前には関係ないことだよ」

皆河「そっか。んじゃよろしくな」

姿「あぁ」


 互いに挨拶を交わしベンチへ戻っていく。  桜花は対戦相手を確認し、更に気合を入れていた。


賭  け  試  合
先  攻 後  攻
桜 花 学 院 VS 朝    里
SSシ ュ ウ 皆   河SS
2B真   崎 林   藤
LF松   倉 藤   原
1B  姿   笹   森CF
滝   口 名   倉3B
3B倉   科 会   田LF
RF久   遠 竹   海RF
CF佐 々 木 瑞   穂2B
大   友 鴻   池1B


シュウ「うし、絶対勝つぞ!」


 先攻の桜花、いつもの通りシュウがトップバッターとして打席に立つ。  対する朝里の先発は林藤。


迅「手加減はしないぜ」

シュウ「こっちの台詞だ!」


ビシュッ!


カコンッ


迅「――!?」

名倉「初球からか!」


ズダダダッ!


一塁審『セーフッ!』


 俊足シュウ、相手をあざ笑うようにバントヒットを決める。


久遠「なんかあいつ、足速くなった?」

慎吾「ここんとこずっとバランスをとる練習しているせいじゃないかな?」

久遠「え?」

慎吾「あいつ、大分右に重点がいってたからな。体のバランスが取れ、力が均等に働くようになってきた成果かもしれない」

久遠「ふ〜ん……そういうこともあんのか」


 スピードがある、というのはある程度天性のものがあるが練習次第では人は成長できる。  元々ずば抜けたものを持っているシュウだったがここに来て更なる成長を遂げていた。


慎吾「真崎」

真崎「……了解」


コッ


 続く真崎は送りバントを成功させ、1死2塁。


真崎「走らせなかったのか?」

慎吾「姿がな」

姿「藤原は肩が強い。シュウでも成功率は五分五分ってところだろう」

慎吾「だってさ」

久遠「シュウで五分五分か……じゃあ俺ら、走れないな」

慎吾「隙を見て走るしかないな。逆に久遠辺りの方がいいかもしれない」

真崎「森岡は足が速いってさっきのプレーでバレてるもんな」

慎吾「そういうこと。盗塁は足じゃねぇ。頭でするもんんだ」


パキーンッ!


松倉「うし!」


 更に3番に入った松倉が続き、センター前ヒット。


シュウ「レッチェゴー!」


 シュウが3塁を蹴ってホームへ向かう。


笹森「ふん!」


ビシュッ!


鴻池「(パシッ)


キキィッ


松倉「ゲッ!?」


 センター、強肩の笹森から好返球が来るも間に合わないと判断した鴻池がカット。  2塁を狙った松倉が挟まれアウトになる。  しかしシュウが生還し、先制点を挙げた。


松倉「なんであの返球でカットの判断できんだよ」

シュウ「確かにホームはギリギリだったもんね」

慎吾「案外、1点ぐらいならって気持ちがあったのかもな」

木村「確かにそれは有り得るな」

透「大丈夫や。1点で終わらせへん」


ピキィンッ!


姿「しゃあ!」


キィーンッ!


滝口「おっし!」


 4番、5番の連続ヒットでチャンスを広げる。  朝里の大会では抑え込んだ林藤がこの試合、初回から捕まっている。


迅「(なんかおかしいな)」

藤原「(ボールは走ってる。純粋に打たれているな)」


慎吾「この冬、皆結構振り込んだからな。なめるなよ、林藤」


ピキィーンッ!


透「どや!」


 トドメは桜花の仕事人、倉科の一打。  走者一掃のタイムリーツーベースで3対0と点差を広げる。


皆河「ターイム!」


 ここで皆河がタイムをとり、マウンドに向かう。  それを見た林藤が皆河の方に向かっていき、すれ違い際にボールを渡す。


皆河「情けないじょ」

迅「うるせぇよ」


 ショートとピッチャーがそのまま交代し、皆河がマウンドに上がる。


真崎「綾瀬や姿は知ってるんだろ? どうなんだ?」

慎吾「さぁな。正直、この辺では見ないレベルだろ」

姿「同感。スピード以外なら全て林藤を上回ってるだろうな」


シュパァンッ!


久遠「くっ!」


スットーンッ!


ブ――ンッ!


佐々木「くぅ……!」


皆河「しゃあ!」

藤原「ふぅ……飛ばし過ぎ」


 変わった皆河が1死2塁のピンチを凌ぐ。  しかし桜花は初回に3点を奪った。


慎吾「大友、守ろうとしなくていいからな」

大友「分かってます」


 1回裏、朝里の攻撃は1番に入っている皆河から。


グッ


ガキィンッ


大友「よし!」

真崎「オッケー」


皆河「チッ!」


 先頭の皆河をシュートでセカンドゴロに打ち取る。


ビシュッ!


ピキィンッ


松倉「(パシッ)


迅「………………」


 2番林藤には力勝負。捉えられるも弾道が上がらずレフトライナーに。


ピキィンッ


ズダッ!


パシッ


シュウ「おりゃあっ!」


ビシュッ!


一塁審『アウトォッ!』


藤原「……ふぅん」


大友「シュウ先輩!」

シュウ「任せろぃ!」


 シュウのファインプレーもあり、初回を3者凡退に抑える。


慎吾「とにかく粘っていこう。1つ1つは1流だが球種は多くない」

姿「粘っていれば勝機も来るだろう」

大友「分かりました」

シュウ「おう!」


 2回表、桜花の攻撃は皆河の前に抑えられる。  しかし作戦通り、大友、シュウ、真崎で20球以上投げさせることが出来た。


皆河「あーうぜぇ。そう来たか、弟め」

藤原「でもフォークでも空振り中々とれなかった。いいチームだな」

皆河「お前、どっちの味方だよ」

藤原「客観的事実だよ」

鴻池「そうだが、負けてることを忘れるなよ」

皆河「笹森、頼むぜぃ」

笹森「……あぁ」


 2回の表、朝里の攻撃は4番笹森から。


笹森「………………」

大友「(凄い威圧感だな……)」

滝口「(ん〜打ちそう)」


 大友はともかく、普段気にしない滝口まで笹森の存在感に威圧される。  バッテリーを飲み込んだ笹森、投げる前に勝負が決まっていた。


パッキーンッ!


大友「ッ――!」


 打球はライトスタンドへ、笹森の一撃。


慎吾「タイム、薪瀬」

司「了解」


 ここですぐさまタイムを取り、内野手がマウンド上に集まる。


姿「あいつは気にすんな。不用意なボール投げれば100%打つよ」

真崎「100%て……」

大友「でもそんな感じを受けました」

滝口「あんなのと後2〜3回は対決するんだね」

透「言うてもまだ勝ってるやん」

シュウ「そうそう。思い切っていこう」

司「綾瀬からの指示もそんな感じだ。思い切って腕振っていけ」

大友「分かりました」


 大友は5番名倉にフォアボールを与えてしまうも、後続を抑える力投を見せた。


皆河「いいねぇ、一年坊。そうこなくっちゃ」


シュパァンッ!


松倉「チッ!」


 大友のピッチングに触発された皆河が3回表、先頭の松倉から空振り三振を奪う。  1死ランナーなしで、迎えるは4番姿。


皆河「よぉ、いつぞや以来」

姿「(皆河のストレートは質は薪瀬以上だが、速さがあるわけじゃない。林藤よりは楽だ)」

皆河「なんだよ、無視かよ」


シュパァンッ!


姿「――!」

皆河「成長してんのはお前だけじゃねーよ」


 皆河のストレートは林藤までとはいかないが、十分高校級のスピードを誇っていた。


姿「へぇ、このストレートで速さまでついたか」

皆河「そういうこと」


ビシュッ!


姿「(落ちるボール!)」


グググッ


カァァンッ


皆河「あに!?」


 皆河の縦に変化するスライダーを捉え、三遊間を破るヒットで出塁する。


鴻池「相変わらず上手いな」

姿「どーも」


グッ


ガキンッ


滝口「あっ」


 姿が出塁するも続く滝口が併殺打に倒れ、得点のチャンスを広げることが出来なかった。


鈴村「ふ〜ん、噂通りほんとにやってんだな」

漆原「おっ、勝ってるじゃん」


 ここでスタンドに試合の噂を聞きつけた国立玉山と一宮の選手たちが現れた。


殿羽「良い勝負じゃねーかYo!」

前田「ん、あそこにいるの……?」

鈴村「鳴海たちか?」


 その視線の先には先客がいた。  大岬の鳴海、水城、浅月、ラザフォードの4人だった。


水城「よぉ、お前らも来たのか」

鈴村「あぁ、なんか桜花が試合やるって聞いてな。しかしどういうことだ?」

前田「朝里って……」

鈴村「文字通り朝里の大会で出てたチームだよな。ちょっとメンツ違うけど」

鳴海「ただの練習試合じゃないってことだな」


ピキィンッ!


ドガッ


浅月「痛ッ!」

漆原「ん、どうした?」

浅月「ピッチャーライナー。大友の左肩に直撃した」


 このプレーで一時中断となり、大友が軽く投球練習を行っていた。


前田「ところで、ただの練習試合じゃないってどういうことだ?」

鳴海「お前ら、漣のこと知ってるか?」

鈴村「あぁ、朝里の大会で直接会って聞いたからな」

水城「どうやらその退学を賭けての試合らしいぞ」

鈴村「あん?」

ラザ「しかも負けたら野球部は解散らしい」

鈴村「はぁ!?」

殿羽「無謀じゃねーかYo!」

漆原「でもさ、漣って戻る気ないようなこと言ってなかった?」

鈴村「そこだよ。漣がいない以上、この試合に意味がないんじゃないか?」

鳴海「そうなのか?」

鈴村「……呼びにいこう」

前田「は?」

鈴村「あの腑抜けバカを呼んでくるんだよ」

鳴海「家知ってるのか? 俺知ってるけど」

漆原「俺も分かる。中学は同地区だったからな!」

殿羽「じゃあ善は急げだ、いくぞ!」


ズダッ!


鈴村「だぁ、俺を置いてくな!」


ダッ


鳴海「……俺もいかんでいいのかな?」

ラザ「あの3人はスピードがある。任せておけ」

前田「鈴村が速いのはボールだけだけどな……」


 試合が行われている中、鈴村、漆原、殿羽の3人が漣の元へと走る。  果たして3人は試合が行われている間に連れてくることが出来るのか?




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