Sixtieth Fifth Melody―涙、ひとひら―


 桜花対朝里の賭け試合が始まって序盤。  先発の大友が打球を肩に受け、試合が中断していた。


姿「大友! 大丈夫か!?」

大友「ッ……」

真崎「無理か?」


 真崎がベンチを見るのと同時に薪瀬がベンチから出て宮本とキャッチボールを始める。


真崎「(薪瀬も無理か……)」

大友「大丈夫です……」

透「無理すんなや」

シュウ「そうそう! いざとなれば僕が投げるし」

真崎「いや、それはいい」

大友「せめて薪瀬先輩の肩が出来るまでは投げます」

姿「……分かった。次の林藤は歩かせてもいい。頼むぞ」

大友「はい」


 結局交代はなしでプレーが再開。  打席には2番の林藤が入る。


シュッ


パシッ


滝口「(ん〜酷いね……)」


 大友の投げたボールはまったくの威力を感じなかった。  それほど肩のダメージは大きいということ。


シュッ


 次も高めに外れるボール球。


パッキーンッ!


大友「――!?」

迅「ふんっ」


 それを強引に叩き、バックスクリーン左へ飛び込むツーランホームラン。  林藤の一発で同点に追いつかれた。


鳴海「あーあ、せっかく耐えてたのにな」

ラザ「今のは投手は責められないだろう」

前田「薪瀬に代わるようだな」


 桜花はここで大友を諦め、薪瀬にスイッチする。


水城「しかしあいつら、間に合うのか?」

前田「ん〜どうだろうな……」


…………*


 そのあいつらこと鈴村、殿羽、漆原の3人は俊足を飛ばして埼玉に……いや、千葉の駅を目指していた。


殿羽「いっそげーっ!」


ドンッ


殿羽「わっつ!?」


ズシャー


流戸「あ、すいません。大丈夫ですか?」

漆原「何遊んでんだ。急ぐぞ!」

殿羽「遊んでねーYo。ぶつかったんだから心配しろYa」

流戸「ん? その喋り方、殿羽か?」

殿羽「ん? おぉ! 流戸じゃねーKa」

鈴村「お、ホントだ。久しぶりだな」

流戸「鈴村か。急いでどうしたんだ?」

鈴村「ちょっとな、漣のヤロウを引っ張り出してやろうかと思ってさ」

流戸「あぁ。そういやこの前、行ったときいたっけな」

漆原「んな油売ってる場合か!」

鈴村「お、悪い漆原」

流戸「あ、ちょっと待て。ここどこか分かるか?」

鈴村「ん? …………すまん、分からん」

漆原「これ墓所だと思うが……」

流戸「墓? こっからどう行けばいい?」

漆原「桜花学院は分かるか?」

流戸「ああ」

漆原「なら、桜花学院まで行けばすぐ分かる。歩いて20分程度だからな。目に見えるはずだ」

流戸「サンキュ。何か分からんが急ぐんだろ?」

漆原「ああ。良し行くぞ!」


ダッ


殿羽「よっしゃ! 行くZe!」


ズダッ


鈴村「アホーッ! お前ら走ったら俺、置いてかれるに決まってんだろ!!!」


 途中、こんなハプニングもありながら漣の家を目指していた。


殿羽「でもYo、漣は本当に来るのKa?」

鈴村「来なくても無理やり連れて行く」

漆原「そうだな。腑抜けたやろうをぶっ飛ばしてやる」

鈴村「いや、ブッ飛ばさなくていいけど」

殿羽「連れてって桜花が負けたらしゃれにならないけどNa」

鈴村「お前……」

殿羽「冗談だYo!」


 電車に揺られながらそんなことを話していた3人。


プシュゥ


ガラッ


殿羽「しゃあ、行くZe!」

漆原「おっしゃあ!」


ズダッ!


ガシッ


鈴村「ホームを走るな&俺を置いてくな」

殿羽&漆原「し、しぬぅ……」

鈴村「埼玉で置いてかれたら俺、どうしようもねぇよ!」

殿羽「それが狙いで(ギュッ)…………」

漆原「しんじゃう、しんじゃう!」

鈴村「俺についてこい、いくぞ」

漆原「家わかんの?」

鈴村「そこは指示しろよ」

漆原「メンド……」

鈴村「あん?」

漆原「しゃあ、いこか!」


 こうして埼玉に着いた3人は漆原のナビで漣の家に向かった。  漣の家に行くと玄関先で何やら話している様子が見受けられた。


星音「………………」


殿羽「ん〜? 先客がいるようだNa」

漆原「あれ、樋野じゃん。おーい、樋野」


星音「えっ?」


 漆原と星音は中学が一緒のため顔馴染みだったりする。  知り合いと分かり、家の前まで行くと漣ともう1人女性が玄関先で話しているようだった。


星音「漆原くん!? どうしたの?」

漆原「漣を連れに来たんだ」

鈴村「知り合いか?」

漆原「中学が一緒。ついでに言えば漣の彼女」

連夜「鈴村……殿羽……わざわざなんだよ」

漆原「樋野たちは何してんの?」

京香「桜花の野球部が漣くんのために試合をしてるから教えにきたの」

鈴村「おっ、なんだ。用件は一緒か」

連夜「あ?」

鈴村「着いてこい。お前にはその義務がある」

連夜「皆が勝手にやってることだろ……」

鈴村「テメェ、本気で言ってんのか!?」

連夜「………………」

星音「レンくん!」

連夜「……今更、俺がいったところで……」

漆原「漣! あいつら、どういう試合やってるのか分かってんのか!?」

連夜「え?」

漆原「負けたら解散するって言ってんだぞ!」

連夜「――!」

殿羽「漣が始めたんだRo? だったら見る義務があるはずだYo!」

連夜「……あいつら……」

京香「みんな、漣くんのためにやってるのよ?」

星音「いこっ!? 皆、待ってるよ」

鈴村「漣ィッ!」

連夜「……俺は……」


バキィッ!


連夜「――ッ!」

鈴村「行くぞ」

殿羽「よっしゃ、漆原!」

漆原「おっしゃ!」


ガシッ


連夜「ちょ、待っ、お前ら!」


 殿羽と漆原に引っ張られる形で拉致られる連夜。


鈴村「後は任せて」

星音「お願いします」

鈴村「あぁ」


 3人の後を追うように鈴村は駆けだした。


京香「いい友達を持ったものね」

星音「あ〜あ、ちょっと妬けちゃうな」

京香「ふふっ、後は皆次第ね」

星音「きっと大丈夫よ」


…………*


ピキィンッ!


連夜「………………」

鈴村「間に合ったか!?」

鳴海「よぉ、連夜。悪い面してんな」

連夜「悪かったな」

前田「今、9回表。桜花の攻撃中」

漆原「危ねぇ……状況は?」

水城「9回表、2点追う桜花がシュウのヒットと盗塁でチャンスを広げ、今松倉がヒット打ったところ」

殿羽「負けてんのかYo!」

鳴海「司が踏ん張ってたけど8回に2点とられてな」

前田「1死3塁1塁で4番姿。文字通り一番の山場だな」

連夜「姿……」


 先ほど説明があった通り、2点を追う9回表。  1死3塁1塁のチャンスで4番姿が打席に入る。


皆河「かつてやった4番適正のシチュエーション通りだな」

姿「……そうだな」

皆河「さぁ、どうするのかね?」

姿「………………」


シュッ!


スットーンッ


バシッ


 初球は皆河独特のチェンジアップ。初球から決め球を投じるも姿は見逃す。


皆河「(ここに来て苦手なストレートを待ってんのか?)」

藤原「(あるいはスライダーか……)」


 スライダーならまず打たれる、捕手の藤原には確信があった。  つまりここは2択。ストレートかチェンジアップ。  もちろん狙いが当たれば打たれる可能性も高くなるが……


ピシュッ


シュパァンッ!


姿「チッ」


 2球目はストレート。スイングに行くも空振りする。


藤原「(相変わらずストレート打ちはなってねぇな)」

皆河「(決めるぜ)」


スットーンッ!


ガキッ


姿「ふぅ……」


 3球目、チェンジアップをカットする。


藤原「(やっぱこと姿に関しては変化球の方が怖いな)」

皆河「(OK、渾身のボールを投じてやる)」


ピシュッ


姿「(1……2……)」


パッキーンッ!


皆河「――!」

藤原「なっ!」


姿「(グッ)


 姿の打球は高々と舞い上がった。  やや振り遅れながらも打球はレフトスタンドまで届いた。  大逆転となるスリーランホームラン!


皆河「あーあ……」


藤原「なぁ姿」

姿「ん?」


 ダイヤモンドを一周して戻ってきた姿に藤原が話しかける。


藤原「考え方、変わったというわけか?」

姿「んにゃ。繋ぎの意識は変わってない……ま、偶然だよ」


 偶然で打たれてはたまったもんじゃないが、姿はここに来て手応えを掴みつつあった。  その証拠が今のホームランと言えるだろう。


松倉「綾瀬!」

慎吾「当然」


 9回の裏、リードを奪った桜花が動く。  大友の負傷退場から好投をみせた薪瀬に代わってエース松倉を投入する。


鳴海「おっ、松倉出てきたな」

鈴村「見事なホームランだったな、漣」

連夜「………………」

鈴村「ふっ」


 試合を見て自然と力が入ってる連夜に微笑む鈴村。


パキーンッ


真崎「(バシッ)、ワンアウト!」

皆河「チッ!」


 先頭の皆河のセカンドライナーに打ち取る。  残りツーアウト。だがここからが大変ともいえる。


迅「そう簡単には終わらないぜ」

松倉「……終わってもらうよ」


 2番の林藤が左打席に入る。


鳴海「正念場だな」

鈴村「あぁ……打撃はいい林藤だ。ここで打たれたら流れがいく」

前田「だな」


 初球、2球目とストレートを投じカウント1−1となる。


滝口「(ん〜? まったく動かんね)」

松倉「………………」


グググッ!


ピキィンッ!


迅「チッ!」


 決め球スライダーが真ん中に入ってしまう。  しかし林藤もこれを打ちきれず打球が上がらずゴロになってしまう。


シュタタタッ!


バシッ


真崎「しゃあ!」

迅「――!」


 それでも1・2塁間を抜けるという打球。反射速度の速い真崎が追いつき捕球する。  そのまま落ち着いて1塁へ送球しツーアウト。


水城「良い守備だな」

漆原「ケッ、あの足で飛びつかなきゃいけない打球かよ」

ラザ「球足が速かった。あれがギリギリだろう」

浅月「漆原なら飛びつかなくてもとれたか?」

鈴村「いや漆原なら追いついてもいねぇだろ」

漆原「失礼な!」


ピキィーンッ


ズシャアッ


藤原「このまま終わるわけにはいかないっしょ」

松倉「にゃろ……」


 後1人のところ、3番藤原がツーベースで意地を見せる。  そして打席にはHRを打っている4番笹森。  HRが出れば逆転サヨナラとなる場面。


笹森「………………」


グググッ!


ブ――ンッ!


笹森「――!?」

松倉「……打たせるかい」


 完璧に捉えたと思ったスライダーを空振りし少し目を見開く笹森。


姿「(笹森、お前は凄い打者だが一つ劣ってる部分がある……それは)」


ビシュッ!


ガキンッ


笹森「なっ!?」


松倉「シュウ!」

シュウ「おう!」


姿「(試合中、気持ちで人は変化……いや成長する、その事実を知らないことだ)」


 コースは甘いストレートだったが球威が勝った。  打球は平凡なショートゴロ。シュウが軽快に捌いてスリーアウト。


教頭「な……なんだと!」

大地「あ〜あ、やっぱりこうなったか」

教頭「大地! 貴様、これはどういうことだ!?」

大地「どういうことって?」

教頭「貴様の教え子のせいで負けたんだぞ!」

大地「彼らは全力で戦った。桜花の皆の気持ちが勝った、それだけです」

教頭「ぐぐぐ……!」

大地「それに利用価値があると教えたはずです、野球部にはね。大事にした方がいいですよ」

教頭「くそっ!」


 6−5、大逆転を見せ桜花野球部が勝利を収めた。


姿「ふぅ、疲れた」

皆河「ナイスゲームだったな」

姿「打たれたくせに清々しいな」

皆河「何の話だ?」

姿「ちょいまて、なかったことにすんな」

皆河「ま、お前がここで朽ち果てても面白くないしな。俺からのプレゼントだと思ってくれい」

姿「……勝った気しねぇ」

藤原「嘘だよ」

姿「藤原」

藤原「全力だった。でも俺らには勝っても負けてもメリットはない。そこの気持ちだろうな」

笹森「………………」

藤原「1人納得いってないようだがな」

笹森「あれがお前のところのエースか」

姿「ん? あぁ」

笹森「次は負けない。伝えておけ」

姿「はいはい」

鴻池「精進しろよ、姿」

姿「お互いにな」


 こうして皆河たちは一足先に球場を去っていった。


鈴村「よぉ、お前ら」

慎吾「……鈴村」

鈴村「こんな試合してんのに主役がいないんじゃしまらんだろ?」

鳴海「ほら、いけよ」

連夜「………………」

慎吾「漣!?」

松倉「覇気ねぇな」

連夜「……うるせぇよ」


教頭「………………」

姿「教頭先生、約束ですよね」

教頭「あぁ、分かってる。後は本人次第だ」


慎吾「ふっ……だそうだ、漣連夜くん」

連夜「……ばかやろうども……」


 そう言った連夜の目から涙が溢れ出ていた。  そしてその場にいた皆がそれを見て微笑んだ。


鳴海「おっ、鬼の目にも涙か?」

連夜「ばっ、泣いてねぇよ!」


 全てが元に戻った、そんな瞬間だった。


…………*


 試合終了後、連夜の復学記念に皆でカラオケに走った野球部のメンバーだったが  慎吾が一人用事があるといい後で行くと伝えた。  その用事というのが……


慎吾「すいません、お待たせして」

シイナ「別に構わないさ。野球は好きだしな」


 探偵、椎名と会う約束をしていたからだ。


慎吾「それで……」

シイナ「何と言ったらいいのかな……私の忠告は1つだ」

慎吾「忠告?」

シイナ「朝森瑞奈とはもう付き合うな」

慎吾「――!?」

シイナ「あの娘は危険だ。必ず君の有害となるだろう」

慎吾「何を……」

シイナ「ん?」

慎吾「何勝手なこと言ってるんですか!? 理由は!?」

シイナ「綾瀬くん……」

慎吾「あいつのこと知らないで勝手なことを……!」

シイナ「君らしくないな……何か心当たりがあるのか?」

慎吾「なっ――!?」

シイナ「……そうか、気づいているのだな」

慎吾「そんなこと……」

シイナ「私から言えることはそれだけだ」

慎吾「椎名さん……」

シイナ「何かな?」

慎吾「あえて俺に隠してるってわけですか?」

シイナ「そうなるな。今の君には刺激が強すぎるだろう」

慎吾「………………」

シイナ「もう少し自分で整理をして、それからでも遅くはないだろう」

慎吾「分かり……ました」

シイナ「それじゃな」


 肩をポンと叩いて椎名は立ち去った。  残った慎吾は春風を感じながら複雑な心境でいた……




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