Sixtieth Seventh Melody―夢、旋律、あの日のこと―


 夢を見る。  それが何を意味するか分からない。  だけど同じ夢を何度も見る。

 それは1人の少年と青年が楽しそうに野球をやっている夢。  そして青年が少年を庇い事故に遭う夢……

 更に流れてくる懐かしいメロディ……  一体、それは何を意味するのか?


慎吾「また見た……」


 綾瀬慎吾はたまに見るこの夢を不思議に思っていた。  そして思い出したこともある。  夢で流れてくる懐かしいメロディ、それは慎吾の姉、美佳が好きだったオルゴールから流れてくるメロディだった。


慎吾「あれ、どこいったっけ?」


 登校まで時間があったため、姉の部屋を探してみることにした。  だが、いくら探しても見つからない。


慎吾「そういやあのメロディ、野球部の応援に流してたな」


 多少アレンジが加わっていたが今思えば確かにあのメロディだった。  そしてそれはあの朝森瑞奈が作曲していたという……


慎吾「あー分からないことだらけだ……腹立つ……」


 思ったより時間が経っており、慎吾は少し慌てて部屋を出た。


…………*


真崎「ウィッス!」

慎吾「………………」


 真崎の挨拶にスルーし自分の席に座る慎吾。


真崎「おい、無視かよ!」

慎吾「ん? なんだ、真崎か」

真崎「どうした、朝からボーっとして」

慎吾「別に……」

シュウ「それより今日から新学期だよ!」

透「新入部員やな!」

シュウ「甲子園にも出たし、結構期待できるんじゃないか?」

松倉「だと良いけどな」

慎吾「………………」

真崎「(……綾瀬……?)」


 皆で盛り上がっている中、肘をついて何か考え事をしている慎吾。  その様子に真崎は少し様子がおかしいなと感じていた。


…………*


連夜「おはようさん」

姿「まだ見慣れないな」

連夜「1ヶ月も経つんだ、そろそろ慣れてくれ」


 一方、B組も連夜が復学し、クラスとしては元に戻った形で進級した。  髪を切ってそろそろ1ヶ月が経つ連夜。その間、春休みに練習などもあったのだが  やはり長髪のイメージが強いのか、他の人もまだ見慣れない部分があった。


久遠「昨日、入学式だったんだろ?」

連夜「あぁ」

久遠「ってことは今日から新入部員が来るのか」

連夜「来るならな」

久遠「来るならな……って今年は来るだろ」

司「甲子園にも行ったしな」

連夜「甲子園に行っただけで変化あんのかねぇ」

姿「昨年もあんなだったけど大友や滝口、宮本が来ただろ」

連夜「俺が言いたいのは戦力になる1年だよ。大友やタッキー、ミヤは確かに良いけど3年の穴は埋められてない。 だから秋季大会負けたんだろ? うちの黄金期を上回るには戦力になる1年が必要だ」

久遠「秋季大会、いなかったやつに言われてもな……」

連夜「それは言っちゃあ、いけないよ」

姿「でも漣の言う通りかもな」

司「プロになるほどの選手を擁して甲子園に行ったのも事実か……」

連夜「当然、俺ら自身のレベルアップも欠かせない。むしろそっちの方が現実的かもな」

久遠「……だな」


 新入部員を待ちながらも、自身らのレベルアップを誓うB組。  A組、B組とも新入部員のことを話題にしていたがいざ放課後になると  驚くべき事態になることを今はまだ知らずにいた。


…………*


 そして放課後。例によって桜花ではチラシ配りや新入部員勧誘に校内はある種、戦場と化していた。


透「アカン、流石のワイもこれは引くわ」

シュウ「毎年だけど凄いよね〜」

真崎「どうでもいいけど、野球部はなんかしたのか?」

慎吾「………………」

真崎「……おい、綾瀬」

慎吾「……ん? 呼んだか?」

真崎「呼んだかじゃねーよ、ボーっとしやがって」

佐々木「でも真崎の言う通り、野球部はなんかしたのか? 話聞かないけど」

透「ワイらがやってないなら誰もやっていないやろ」

シュウ「だよね〜、マネージャーとかいるわけじゃないし」

真崎「そんなんで新入部員が……」


 グラウンドに行くと、そこには数多くの1年生たちが列を作って待っていた。


新入部員「(ガヤガヤガヤ)


真崎「何これ……」

姿「新入部員だと」

真崎「は、マジで?」

シュウ「1、2、3……ざっと50人はいる?」

佐々木「途中から適当かよ」

司「今いるので38人。初日だしね、減るかも知れないし増えるかも知れない」

連夜「しかし1人ずつ見るのは面倒だぞ」

木村「ポジション別に分かれてノック。明日はバッティングや走塁を重点的に見よう」

連夜「了解です」

姿「じゃあ早速やりましょうか」


 そして希望ポジション別にノックをして実力を測ることにした。  まずはピッチャー。


ズバァンッ!


連夜「(おっ?)」


 キャッチャーが連夜と滝口しかいないため、効率はあまり良くない。  が、まぁそれほど候補者も多くないのが救いどころである。


大友「ん? 赤木じゃねーか」

赤木「お久しぶりです、先輩!」

連夜「知り合いか?」

大友「えぇ、中学の時の後輩です」

連夜「ふ〜ん、良いボール投げるな」

赤木「ありがとうございます!」

連夜「大友の後輩っていうからどんなもんかと思ったら、得てして素直だな」

大友「それ、どういう意味です?」

連夜「んにゃ、深い意味はないぞ」

滝口「いや〜にしてもこんなに新入部員来るとは思っていなかったですね」

連夜「だな〜。俺も他のポジションの見てきたいんだが任せていいか?」

松倉「お前な……キャッチャーが足りない言うのに……」

連夜「捕るだけなら出来るだろ。んじゃ任せた!」

松倉「あ、おい!」


 返事を待たずして去っていく連夜。  松倉はため息をついて代わりにキャッチャーとして新入部員のボールを受け続けた。


連夜「内野はどうかにゃ〜?」

姿「今、面白いやつがいて見てるとこ」

連夜「面白い?」


パキィンッ


シュタタタッ


??「(シュッ!)


連夜「ん?」

姿「良い動きするだろ」

シュウ「ショートってポジションが残念だよね」

真崎「あの守備ならお前より上じゃね?」

シュウ「むっ!? 失礼な!」

連夜「つーか快じゃん」

姿「何、知り合い?」

連夜「多分な。おーい、快!」


快「はい? あっ!」


 連夜に声をかけられた新入部員は俊足を飛ばして連夜の元に来た。


真崎「速っ!」

シュウ「むぅ、タイプが被る!」

快「お久しぶりです、漣さん!」

連夜「よぉ、快。横海に行かなかったんだな」

快「兄が横海に行った理由知ってますよね?」

連夜「まぁ、あれは不純だが野球やるなら目指す高校ではあるだろ」

快「でも僕はこっちの高校に惹かれたんで」

姿「兄が横海って?」

連夜「高波翔、夏の大会、ノーノーやってたろ? その弟」

姿「へぇ〜、兄弟で大した選手なんだな」

連夜「快はセカンドも出来たよな?」

快「元々はセカンドですからね。ガキの頃の話ですけど」

連夜「だそうだ、真崎もうかうかしてられないぞ」

真崎「まだ走守だけだろ。野球は3拍子揃ってこそだ!」

姿「言うねぇ」

連夜「うちの野球部もレベルは低くない。レギュラー獲れると思って来たら間違いだぞ」

快「分かってます。覚悟の上で来ました」

連夜「ま、お前の性格ならそうだよな。頑張れよ」

快「はい!」


 そしてそれぞれの守備位置でのノックが終了し、木村が最後締めて1日目を終えた。  2日目、今日はバッティング練習を中心に攻撃力を見る。  そこでも目立った選手が続々と現れた。


ピキィンッ!


カキィンッ!


松倉「ほぉ……」

連夜「(よく打つな……松倉だって手を抜いてるわけじゃねーのに)」


カキィンッ!


連夜「お前、名前は?」

布袋「はい、布袋と言います」

連夜「良いバッティングだ。精進しろよ」

布袋「ありがとうございます」


 更に続く選手たちも負けじとアピールをする。


キィーンッ


カァァンッ


姿「おっ、いい感じにミートしてるな」

真崎「………………」

姿「どうした、真崎?」

真崎「読めない」

姿「……どれ?」


 真崎が見ているのは新入部員に書かせたある程度データが載っている紙。  姿が横から名前の欄を見るとそこには「月見里」と書いてあった。


姿「つきみさと?」

真崎「でいいんかな?」

司「それ、やまなしって読むらしいよ」

真崎「やまなし? これで?」

姿「そういやどっかで見たことあると思ったら朝里の時の大会でいなかったっけ?」

司「そうそう。その時に俺らも綾瀬から聞いたんだけど」

真崎「ふ〜ん、兄貴かなんかかな」

姿「直接聞けばいいじゃん」

真崎「またか」


 バッティングを終えた月見里を呼び止める。


姿「月見里、ちょっといいか?」

月見里「あ、はい。先輩、良く読めましたね」

真崎「ってことはフリガナふってないのわざとか」

月見里「その方が一度声かけられると思いまして」

真崎「なるほど、考えたな」

月見里「で、なんでしょうか?」

姿「お前、兄貴いる?」

月見里「えぇ、兄と姉がいますけど」

司「昨年、朝里の大会に出なかったか?」

月見里「あぁ、出ましたね。俺も出たんですけど予選で負けちゃって」

姿「中学で出たのか?」

月見里「えぇ、レベルが違いましたね」

真崎「ふ〜ん、なるほどね。じゃああれ、お前の兄貴だったんだ」

月見里「実はあの試合、俺見てたんです。それで桜花に入ろうと決めたんで」

真崎「あ、そうなんだ」

月見里「ではこれからよろしくお願いします」


 一礼して月見里は守備位置に入っていった。  バッティング中、守備は1年に任せている。バッテリーのみ松倉と連夜がやっている。


キィィンッ


連夜「……お前、雨宮だっけ?」

雨宮「はい、そうですけど」

連夜「確かキャッチャーだったよな」

雨宮「はい」

連夜「俺の後継者か。期待してるぜ」

雨宮「あ、はい! ありがとうございます!」


カキーンッ!


カッキーンッ!


松倉「おー、飛んだな……ストレートしか投げてないとはいえ凹むわ」


姿「あのバッターは?」

真崎「ん〜っと向江達馬だって」

佐々木「昨日の外野手としてのノックも無難にこなしてたっけ」

真崎「ふ〜ん、じゃあヤバいな、佐々木」

佐々木「どういう意味だよ……」

久遠「それと向江ってピッチャー希望でもあるらしい」

真崎「へぇ、二刀流か。それは使い勝手が良さそうだな」

松倉「向江? ピッチャーの方には来てないぜ」

真崎「あん?」

松倉「それなりに体格もいいしな。あんなバッティングするセンスのあるやつが来てたら印象に残ってるはずだが」

真崎「ん〜……どういうことだ?」

姿「呼べば早い」

真崎「またかよ」


 バッティングを終えた向江を呼びとめる野次馬な先輩たち。


姿「向江、ちょっといいか?」

向江「あ、は、はい!」

真崎「お前、ピッチャーもやるのか?」

向江「あ、はい……正確にはやりたいですね」

真崎「何、経験ないの?」

向江「実は中学の時に肩を壊してまして……」

真崎「あちゃあ……そういうことか」

連夜「ワケありピッチャーくんか」

姿「漣? お前、キャッチャーは?」

連夜「雨宮に代わってもらった。疲れた」

司「投げてる松倉の方が何倍も疲れると思うが……」

真崎「んで、話を戻してだ。医師は何て言ってんの?」

向江「肩は問題ないようです。後は自分次第みたいで」

真崎「なるほどね」

連夜「そんなにピッチャーやりたいんだ」

向江「投手としてまた投げれるようになって受けてほしい人がいるんです」

連夜「ふ〜ん、名前は?」

向江「え? 虹川和幸っていう先輩ですけど」

連夜「お前の先輩なら今、2年、3年?」

向江「3年ですね」

真崎「聞かない名前だな。珍しい名字だから有名なら聞いたことあるだろうけど」

連夜「ふ〜ん、そいつに捕ってほしいからピッチャーとして復帰したいわけか」

向江「はい。まぁ、正確には先輩はキャッチャーじゃなくて内野手なんですけどね」

連夜「……なにそれ?」

向江「まぁ、色々ありまして」

連夜「ま、その辺の事情はいいか。うちの先輩にも肘を痛めてから復活を果たした人もいる。やればできるよ」

姿「だな。センスはありそうだし、努力すればいけるんじゃないか?」

向江「え、良いんですか?」

連夜「何が?」

向江「投手として復活を目指して……」

連夜「俺らがダメという理由はないだろ」

姿「その辺はうちの監督も融通聞くし、指導力は中々だ。聞くといい」

向江「あ、ありがとうございます!」


 向江は頭を下げて、練習に戻っていった。


連夜「名門どころならあのセンスだし外野一本って言われてただろうな」

姿「そして向江もそう言われることを恐れていた、か」

真崎「その辺はうちは選手の意見を尊重するよな」

連夜「まぁ、後輩の代でもエース級いなきゃ後々辛いだろうしな」

司「そんな理由かよ……」


 こうして2日間に渡った新入部員のテストを終え、3年、2年は部室に揃っていた。


木村「目についた選手はいるか?」

松倉「ピッチャーでは赤木ってやつが良いボールを投げてましたね」

大友「後、高井、井ノ原って辺りも中々でした」

姿「内野手、守備では高波、月見里。バッティングでも月見里、布袋といった面々が目立ってました」

佐々木「外野手では向江が飛びぬけて良かったですね。後は原野、野高は身体能力高かったです」

連夜「キャッチャーは雨宮が光るものを感じました。大河内さん2世とまではいきませんけどね」

木村「なるほどな。綾瀬の目から見て何かいいのはいたか?」

慎吾「………………」

木村「綾瀬?」

慎吾「……ん? あ、なんだ?」

真崎「(イラッ)ちょっと、来い。綾瀬、話がある」

慎吾「んだよ……」

姿「んじゃ俺も」


 こうして部室から慎吾、真崎、姿が去り、木村はポカーンとしていた。


透「確かに綾瀬はここ2日間どうもボーっとしてたしなぁ」

久遠「まま、話を続けましょう。監督」

木村「っとそうだな」


 部室では新入部員のことを引き続き話している中、外に出た慎吾は真崎に尋問されていた。


真崎「お前、様子おかしいぞ。何したんだ?」

慎吾「……別に……」

姿「俺らにも話せないことか?」

真崎「しっかりしろよ、綾瀬!」

慎吾「だったら……」

真崎「ん?」

慎吾「お前はどうなんだよ!? 信じてきたものが根底から覆されて、何も信じられなくなったらどうしたらいいんだよ!」

真崎「知るかんなもん!」

姿「(えー……それはないよ、真崎さん……)」

真崎「お前がクヨクヨしたり、ウジウジしてるの見ると腹立つんだよ!」

慎吾「お前に何が分かる!」

真崎「知るか! お前が何も言わねぇから分かりようがないんだよ!」

慎吾「……堂々巡りだな」

真崎「……少しはすっきりしたか?」

慎吾「するか、ボケ」


 だが慎吾の表情は少し明るくなっていた。  今の心境を口に出せたからだろうか。


姿「綾瀬、信じてきたものが信じられなくなったって?」

慎吾「……悪ぃ、まだ話せない」

姿「そうか」

真崎「何があったか分からないけど、人前では少しは隠すんだな」

慎吾「そう……だな。野球部も大事な時期に来てるもんな」

真崎「ちなみに悩んでるのは朝森先輩のことか?」

慎吾「……さぁな」

姿「(真崎って怖いもの知らずだよな……)」


 第三者目線でいた姿が、改めて真崎は難しいこと考えてないんだなっと感じていた。  だが隠し過ぎる傾向のある慎吾とは見事に波長が合うんだろうなとも思っていた。


ガチャ


連夜「おーい、話終わったか? なんか試合について話すみたいなんだけど」

真崎「あいよ、今行く」

慎吾「よし、行くか」

姿「(何だかんだで良いコンビなんだよな)」


 本気で言い合える二人が少し羨ましくもある姿だった。


木村「よし、皆揃ったな」

慎吾「試合って練習試合のことか?」

木村「そうだ。GW最終日に頼んどいた」

佐々木「遠いっすね。もっと間近でなかったんですか?」

木村「名門は結構練習試合の依頼が殺到するから早めにとらなきゃいけないんだよ」

シュウ「名門! どこっすか?」

木村「赤槻だ」

松倉「赤槻か……GW最終日にやる試合ってあの試合をどうしても思い出すんだけど」

連夜「だな」

木村「後、ダブルヘッダーで蒼月学園という高校とも組んでる。こっちは1年主体で行く」

連夜「蒼月!」

木村「昨年、夏、帝王を倒した学校だ。中々いい試合が出来ると思うぞ」

慎吾「それが今年の最初の目標試合か」

木村「4月はどうしても新入部員とかのチェックもしたいしな」

連夜「そうっすね。早めに戦力になるか見極めないといけないですからね」

透「ほなやったろうやないか!」

シュウ「おぉ!!!」


 こうして新生桜花野球部が始動した。  今年は夢の舞台、甲子園というグラウンドに再び立つことが出来るのか?




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