Seventieth Eighth Melody―誇れる者―


 試合が始まる前、木村がオーダーを発表しようとしているところに連夜が突如手を挙げた。


連夜「今日の試合、俺に投げさせてください」

木村「なにぃ?」


 それは突然のことで木村も目を見開いた。


連夜「お願いします。失点したら降りるんで」

木村「いや、言うても大友に今日投げるぞって伝えてたしな……」

大友「別にいいですよ」

木村「大友……」

大友「理由は知りませんが漣先輩が5回持つと思えないんで。自分は準備しておきますよ」

連夜「言うねぇ、トモやん」

大友「だからその呼び方は……」

連夜「というわけでお願いします!」

木村「1失点でもしたらマウンド降りるってことで良いんだな?」

連夜「はいっ」

木村「分かった」

滝口「………………」

木村「雨宮、先発キャッチャーだ。用意しろ」

雨宮「え、僕ですか!?」

滝口「えぇっ!?」

木村「お前は今日はサード。宮本、レフトに入れ」

宮本「は〜い」

真崎「どういう風の吹き回しだ?」

連夜「俺も甲子園のマウンドに立ってみたかっただけだよ」


 兄弟たちに伝えたいことがある連夜。  ピッチングを通して伝えることができるのか?


甲 子 園 大 会 2 回 戦
西千葉県代表 山形県代表
桜  花  学  院 VS 陽  佳  高  校
3年SS森   岡 珠   玖2B3年
3年  漣   名   瀬RF 3年
3年2B真   崎 瑞   穂 3年
3年1B  姿   駿   河CF3年
2年3B滝   口 高   柳 3年
3年RF久   遠 越   後SS2年
3年CF佐 々 木 水   田LF3年
1年雨   宮 鈴   木1B3年
2年LF宮   本 本   田3B 2年


シュウ「陽佳ってそういえば練習試合で1回やったよね」

連夜「あ、そうなん?」

姿「漣がちょうどいない時にな。あの時は松倉もいなかったっけ」

松倉「あぁ」

連夜「で、試合結果は?」

久遠「負けた」

連夜「ダメじゃん……」

大友「4番の駿河って人、かなり打ちますよ」

姿「大友の言う通り駿河には気をつけろ」

連夜「了解」

雨宮「分かりました」

司「打ちでは相手は左のアンダーだ。上位打線がカギになるな」

連夜「左のアンダー? そんなやつ、いんの?」

姿「左はかなり打ち辛いな」

木村「キャッチャーも強肩だったし、機動力も使いづらいかもな」

連夜「なんか聞けば聞くほど八方ふさがりな気が……」

司「そこはお前の頑張り次第だろ」

シュウ「大丈夫! 練習試合だと打ってた記憶あるし」

連夜「ふ〜ん、ま、始まれば何とかなるっしょ」



珠玖「桜花って前にやったよね?」

瑞穂「その通り。良く覚えてたな」

珠玖「あっちのショートとはプロで二遊間を組む予定だからね!」

瑞穂「なんだそりゃ……」

駿河「それより向こうの先発は前の試合キャッチャーだったやつだ」

名瀬「地区予選での登板もない。向こうは投手登録4人もいるのにな」

高柳「何かあるのか……温存策か」

珠玖「まぁ、頑張りまっしょい」

瑞穂「お前だけ浮いてるぞ……」


ウウウウウウ――ッ!


審判『礼!』


全員「お願いしますっ!」


シュウ「しゃあ、来い!」


 1回表、桜花の攻撃は1番のシュウから。


瑞穂「行くぜ!」


ビシュッ!


シュウ「むぅ!?」


ズバァッ


主審『ストライクッ!』


シュウ「(ん〜見づらい!)」


 一度対戦経験があるシュウだが瑞穂の変則的フォームに手こずる。  結局、チェンジアップを引っ掛けショートゴロに倒れる。


シュウ「見ての通りだね!」

連夜「打った記憶あったんじゃないのかよ……」


高柳「(練習試合の時はいなかったやつだな)」

瑞穂「(左打ちだ。同じ攻めで行こう)」


グググッ!


パキャンッ!


珠玖「わぁお!」

瑞穂「何ぃっ!」


 内角低めのスクリューボールを上手く打ち打球はセカンド頭上を越え右中間へ。  打った連夜は2塁に滑り込み、ツーベースヒット。


連夜「どーでい」

瑞穂「(やるな……まさか初見で打つとは思わなかった)」


キィーンッ


 続く真崎もヒットで繋いで1死3塁1塁のチャンスを作る。


真崎「お膳立てとしては最高だな」

姿「あいつ、甲子園に来て絶好調だな……」


高柳「(左バッターだ。上手くタイミングを外そう)」

瑞穂「(分かってる)」


するするするっ


姿「くのっ!」


カッキーン


 外角へのカーブを体勢崩されながら外野へ運ぶ。  レフトが捕球し、連夜はタッチアップからホームに生還、桜花が初回に1点を先制した。


連夜「これで同点になるまで投げれるってわけだな」

松倉「いつでも代わるからな」

連夜「今回は代わる気はねぇよ」


 滝口が三振に倒れ、チェンジに。  連夜は駆け足でマウンドに向かった。


松倉「代わる気はないって完封するつもりか?」

司「それはいくらなんでも……」


 1回裏、陽佳の攻撃は小柄の俊足、珠玖から。  そして桜花のマウンドには漣連夜がマウンドに上がる。


連夜「悪くないねぇ」

珠玖「さぁ、来い!」

連夜「行くぜ!」


ビシュッ!


ガキィンッ


シュウ「まいど!」


 三遊間へのゴロ、シュウが捌いて1塁へ。  まず先頭のバッターを初球で抑えた。


名瀬「お前……もう少しボールを見るとかな……」

珠玖「思ったより速いけど、大したことないよ」

名瀬「ふ〜ん……」

珠玖「信用してないでしょ」

名瀬「別に」


連夜「しっ!」


キィンッ


名瀬「くっ!」

滝口「はいさ!」


ビシュッ!


 カウント2−2から粘られるも内角を鋭くつき、平凡なサードゴロ。


連夜「暑っ……」

姿「ツーアウト」

連夜「あいよ」


カキィンッ!


真崎「おらぁっ!」


バシッ


瑞穂「ゲッ、捕りやがった!」


シュッ!


 センター前に抜けようかという打球、真崎がダイビングキャッチ。  落ち着いて1塁に送ってスリーアウトチェンジ。


連夜「ふぅ……疲れた」

松倉「速っ!」

連夜「難儀なポジションだな、ピッチャーって」

木村「実際のところどうだ、雨宮」

雨宮「スピードはありませんが、キレはそこそこです。スライダーもあるのでまぁ1周り目ぐらいはいけるかと」

連夜「辛口だね」

松倉「妥当だな」

透「せやな」


 2回表、桜花は三者凡退。  その裏、陽佳の攻撃は4番の駿河の一振りから始まった。


ピキィーンッ


連夜「ゲッ!?」

駿河「………………」


ガシャン


久遠「危ねぇ」


 打球はフェンスダイレクト、駿河は悠々2塁へ。


駿河「(外野守備はいいな。3塁に行けないとは)」

連夜「ふぅい……助かったっと」


 しかし気の休まる場所などマウンドにはない。


カッキーンッ


連夜「亨介!」


シュタタタッ


佐々木「このっ!(パシッ)


 センターへの大飛球、佐々木が完璧な背走で捕球する。  駿河はハーフウェイで様子を見ていたが佐々木が捕った後滑り込んでしまったのを見て  タッチアップをし、3塁へ進塁する。


連夜「ナイスキャッチだが、余計な進塁を……」

真崎「今のは捕っただけで褒めてやれよ」


 1死3塁と失点のピンチに打席には6番の越後。


雨宮「(スクイズもあるかもしれません。警戒しましょう)」

連夜「(ここでスクイズねぇ。考えるね、あまピョン)」

雨宮「(あ、あまピョンって……)」


ビシュッ!


キィーンッ!


連夜「やべっ!」

シュウ「おりゃあ!」


バシッ


ズシャアァッ


連夜「シュウ!」

越後「えっ!?」

シュウ「(バッ)


2塁審『アウトッ』


 抜けようかという鋭い当たり、シュウが飛びつき捕球する。  この回、捉えられてはいるが守備の助けで何とか抑えてみせる。


ググッ


ガキッ


連夜「もういっちょ」

シュウ「はーい」


シュッ


 佐々木、シュウのファインプレーに救われて2回も失点せずにマウンドを降りた。


連夜「ナイス、亨介」

佐々木「どういたしまして」


 3回表、守備からの流れで得点したい桜花は1死からシュウが相手のエラーで出塁する。


越後「すいません」

瑞穂「気にすんな。次切るぞ」


ズダッ!


高柳「なめるなっ!」


ビシュッ!


ズシャアァッ


2塁審『セーフッ!』


シュウ「よーし!」

越後「えぇっ!?」

高柳「何っ!?」


 ベース際でスピードが落ちないシュウのスライディングが功を奏し強肩高柳から塁を奪う。


木村「危ねぇ……」

透「あれじゃあシュウ以外ならアウトやで」

姿「真崎で行けるかどうかだな」


カッキーン!


連夜「やべっ、ミスった」

名瀬「(パシッ)


 連夜は大きなライトフライ。シュウがタッチアップで3塁に進む。


真崎「よし、追加点!」

高柳「(1打席目ヒット打たれてるぞ)」

瑞穂「(分かってる。慎重に行くぞ)」


グググッ!


真崎「はぁっ!」


ピキーンッ!


珠玖「(バシッ)

真崎「あー!」


 良い当たりを放つもセカンドライナーに倒れる。


真崎「くそぉ……捉えたのにな……」


瑞穂「上手く打つな、3番のやつ」

高柳「今後も気をつけよう」


 3回裏、連夜は下位打線から上位にまわる陽佳の打線を3者凡退に抑える。


真崎「やるな」

シュウ「その調子ぃ!」

連夜「あぁ」

雨宮「(今の回の漣先輩……威力があったな……)」


 4回表、桜花の攻撃は4番の姿から。  変化球を上手く拾って先頭として塁に出る。


カッキンッ


滝口「落ちろっ!」

珠玖「くぅ!」


ポトッ


 更に5番滝口も持ち前のパワーで外野の前に落とす。  連続ヒットでチャンスを広げる。


久遠「おし、ここは繋ぐぞ!」

瑞穂「しっ!」


コンッ


瑞穂「くのっ!」

高柳「一つ一つ!」

瑞穂「くっ」


 久遠が送りバントを決め、1死3塁2塁のチャンスとなった。


高柳「落ち着いていこう」

珠玖「そうそう!」

瑞穂「あぁ」


バシッ!


主審『ボールッ、フォアボール』


佐々木「………………」


 7番佐々木は勝負を避けるように歩かせる。  これで満塁となり、打席には8番の雨宮。


ピキィンッ


珠玖「残念!」


バシッ


サッ


 セカンド珠玖がセンターに抜けようかという打球を捕球する。  倒れこみながらセカンドカバーの越後へグラブトスをし、受けた越後はそのまま1塁へ。


雨宮「あぁ……」


瑞穂「珠玖!」

珠玖「やれば出来る子です!」


 ピンチの後にはチャンスあり。


カキィンッ


連夜「くっ!」


 ピッチャー連夜の頭上を越えるセンター前ヒットでこの回先頭の名瀬が出塁する。  続く瑞穂が送りバントを決め、1死2塁。得点のチャンスに打席には4番駿河。


駿河「………………」

連夜「(コイツか……)」

雨宮「(スイングスピードが速いですね。スライダーで上手く交わすしか……)」

連夜「(いいよ、歩かせよう)」

雨宮「(えっ?)」

連夜「(勝てない勝負はしない主義でね)」


 ここで雨宮が立ち、駿河を敬遠する。


高柳「舐めたマネを……!」

連夜「(こいつで切らないとな)」


シュッ!


ドガッ!


連夜「やべっ」

高柳「……ふんっ」


 スライダーがすっぽ抜け高柳に当たる。  高柳は何食わぬ顔で1塁に歩いて、これで陽佳も満塁のチャンスを得る。


越後「(初球だ……外角にヤマを張ろう)」

連夜「しっ!」


キィーンッ!


連夜「――!」


ダッ!


シュウ「(バシッ)

駿河「――!」

真崎「森岡!」


シュッ!


2塁審『アウトッ!』


連夜「シュウ!」

シュウ「おっしゃあ!」


 三遊間へのライナー、シュウが横っ飛び。  飛び出していた2塁ランナー駿河を無理な体勢から送球し刺した。


駿河「すまん」

瑞穂「今のはしゃーねぇだろ」


連夜「ふぅ……暑い……」

松倉「バテたんなら代わるぜ?」

連夜「冗談。まだ失点はしてないしな」

透「大分、守備に助けられとるけどな」

連夜「野球ってそんなもんだろ?」

透「誇るなや……」


 続く5回の表裏は動きがなかった。  6回表、桜花の攻撃は先頭の真崎が塁に出るも得点まで至らず。  そして3順目となる陽佳の攻撃、6回裏は1番珠玖からの好打順。


珠玖「おりゃあ!」


コッ


連夜「奇声を上げてバントかよ!」


雨宮「間に合いません!」

連夜「見送っても止まる!」


ビシュッ!


1塁審『セーフッ!』


珠玖「よーし!」


姿「おいおい、指示は見送れだったろ」

連夜「あれはラインに止まりそうだった」

真崎「でもお前じゃ反転スローになるから無理だろ」

連夜「結局のところ出塁される状況だったわけか」

シュウ「上手いところに転がされたね」

姿「ま、次は送りだろ。その後はクリンナップだ。締めろよ」

連夜「あぁ」


 桜花の読み通り、2番名瀬はきっちりと送りバントを決める。  1死2塁で打席には3番の瑞穂が入る。


連夜「(ふぅ……何とかここは抑えなきゃな)」

雨宮「(このバッターで抑えないと4番にチャンスでまわってくることになりますね)」

連夜「(それだけは避けなきゃな)」


ピキィンッ!


連夜「ゲッ!?」


真崎「くのっ!」


ズシャアァッ


 1、2塁間への鋭い打球、セカンド真崎が飛びつくも抜けていく。


ダッ!


滝口「ランナー、4つ!」

連夜「なっ!?」


久遠「いかすかっ!」


ビシュッ!


バシッ


主審『アウトッ!』


珠玖「うそぉ!?」

雨宮「ふぅ……」


 ライト久遠からの好返球で俊足珠玖を刺す。  何とか失点を防いだ。


連夜「危ねぇ……」

雨宮「助かりましたね」

連夜「あぁ、ナイスブロック」


 しかしここに来て、連夜のボールは明らかに上ずってきていた。


パッキーンッ!


連夜「――!?」

駿河「………………」


 大飛球がレフトスタンドへ。だが引っ張り過ぎてファールとなった。  飛距離は十分、入っていれば逆転だったが駿河は涼しい顔をしていた。


雨宮「(切れると分かってた……みたいですね)」

連夜「(持てよ……俺の左腕)」


 左腕を見つめ力を込める。連夜には左腕が僅かに青白く光ったようにみえた。  それがなぜか嬉しくて笑みを浮かべる。


駿河「…………?」

雨宮「(漣先輩……?)」

連夜「行くぜ!」


ビシュッ!


カッキーン


駿河「――!」

連夜「詰まった!」


ダッダッダッ


佐々木「(パシッ)


 センター佐々木が軽く後方に下がり捕球。  強打者駿河を急造ピッチャーである連夜が力で抑え込んだ。


真崎「すげーな、漣」

連夜「まぁね」

木村「漣、スタミナは?」

連夜「まだ大丈夫です」

松倉「追いつかれる前に代わっといたら?」

連夜「いやいや、失点するまでは譲らんよ」

透「ほんなら1点取らなキツイやろ」

シュウ「じゃあチャンスでまわしてね!」

佐々木「はいよ」


 7回の表、桜花の攻撃は7番の佐々木から。  その佐々木が持ち味である粘りを発揮し、フォアボールを選ぶ。  出塁した佐々木を雨宮が送って1死2塁。


木村「代打だ」

透「まかしとき!」

木村「向江、行くぞ」

向江「はい!」

透「なんでやねん!」

木村「右打者なのと次の守備を考えた結果だ」

透「瑞穂相手に1年坊じゃキツイんちゃうか?」


カキーンッ


向江「おし!」


 代打で出た向江がライト前ヒットでシュウに繋ぐ。


シュウ「よーし!」


グググッ!


パキーンッ!


 そしてチャンスに強いシュウも瑞穂の決め球、スクリューボールをライト前に運ぶ。  3塁から佐々木が還り、2−0と追加点を奪った。


瑞穂「くそ……なんてやつだ……」

高柳「ドンマイだ。まだ2点だ」

珠玖「そうそう! まだまだワンチャンスだよ!」

高柳「まずはここで切るぞ」

瑞穂「あぁ」


 プロ注目のアンダースローはこれで崩れず、2番連夜、3番真崎と落ち着いて抑える。


連夜「チッ、いいボール投げやがる」

姿「シュウのヒットで崩れるかと思ったけどな」

シュウ「いいタイミングでタイム取られたね」

連夜「ま、いい。2点もあれば十分だ」

松倉「(どの口が言ってるんだが……)」

木村「向江、そのままレフトに入れ」

向江「分かりました」


 代打で出た向江がそのままレフトの守備に就く。  7回裏、陽佳の攻撃は5番高柳から。


ズバァンッ!


連夜「はぁ……はぁ……」


主審『ボールッ、フォアボール』


雨宮「(コントロールが乱れてきてる……けど球威は上がってる気が……?)」


真崎「ドンマイ。次で切ろう」

連夜「あいよ」


ピキィーン


ビシッ


滝口「あうっ!」

連夜「た、タッキー……」


 この試合、サードに入っている滝口が打球を弾いてしまいエラーとなる。  無死2塁1塁とチャンスと陽佳がチャンスを作る。


滝口「すいません」

連夜「気にするなとは言い難いが取り返せよ」

滝口「オスッ!」


ズバァァンッ!


主審『ストライクッ!』


連夜「へっ!」

雨宮「(やっぱり球威が上がってる……疲れてるはずなのに……)」


カコーンッ


連夜「雨宮!」

雨宮「(パシッ)


 バント失敗でランナーを進めることが出来なかった陽佳。  そしてなぜか球威が上がってきている連夜が下位打線を抑え込む。


ズバァッ!


主審『ストライクッ! バッターアウトッ!』


連夜「しゃあ!」


 右打者のインコースにズバッと決めてみせた。


雨宮「ナイスピーです!」


木村「まさかここまで来るとはな……」

連夜「ふぅ……」

松倉「いっぱいいっぱいか?」

連夜「正直ね」

司「代わるか?」

連夜「んにゃ、まだいい」

大友「準備は出来てるんでいつでもいいですよ」

連夜「頼もしいね。じゃあそういう気持ちで投げてくるよ」


 8回表、桜花は1死から滝口がヒットで出るも後続が抑えられる。  そして滝口に代走布袋を出し、その裏から守備に就かせる。


滝口「エラーしたから交代っすか?」

木村「まぁ、単純な守備力と足は布袋の方があるからな。守備固めに」

滝口「酷いっす!」

木村「酷い言うな」

透「守備固めやったらワイもいるやん!」

木村「お前は万が一追いつかれた時の代打って役目があるだろ。それに1年の布袋にも舞台を経験させてやりたいしな」

透「……ふむ、納得したろ」

松倉「(するんかい!)」


ピキィンッ!


キィーンッ!


連夜「はぁ……はぁ……」

雨宮「(球威が上がってる分、コントロールが甘くなってる……)」


 1死から名瀬、瑞穂と連続ヒットでチャンスを作る。  ここで打席には4番駿河。


駿河「………………」

連夜「(やべぇな……ここで長打食らったら1点どころか追いつかれる……)」


 連夜も自覚していた。球威は上がってきたが疲れからかコントロールが利かなくなってきてることを。  いくら球威があっても真ん中では駿河は抑えられないことを。


ズバァンッ!


主審『ボールッ』


 カウント0−2とボールが先行する。


真崎「勝負勝負! 入れてけ」

シュウ「そうそう! 逃げてちゃ始まらないよ」


連夜「(分かってるんだけどなぁ)」


 ナインからの激に頷いてはみせるも、意識がどこか逃げに向かっている。  投手の気持ちなんて分かっていたつもりでも、いざ自分がなれば出来ないことを悟った。


連夜「ふぅ……」


 だが逃げていては始まらない。  兄弟たちに教えなければいけないことがあるから。  だから今、連夜はマウンドに上がっている。


ビシュッ!


パッキーンッ!


連夜「………………」


 大飛球がセンター方向に向かって伸びる。


シュタタタッ


パシッ!


佐々木「ふぃ……」


 しかしこの試合、再三良いプレーを見せている桜花の名手、佐々木がこの大飛球に追いつく。  決して足があるわけでない佐々木の驚異的守備範囲が連夜を救った。


連夜「マジで助かるぜ、亨介」


グググッ!


高柳「くっ!」


ブ――ンッ!


連夜「おっしゃあ!」

雨宮「(凄い……スライダーもキレが良くなってる)」


 続く高柳はスライダーで空振り三振。  陽佳の誇る上位打線をヒットを浴びながら要所を抑えた。


連夜「悪いな、亨介」

佐々木「いいえ、どう致しまして」


 9回表、瑞穂の力投の前に桜花は三者凡退に抑えられる。  そして迎えた9回裏、最終イニングになるか?  もちろん、この回も連夜がマウンドに上がった。


ズバァンッ!


主審『ボールッ、フォアボール!』


越後「しゃあ!」


 そう簡単には終わらない陽佳、先頭の越後が粘ってフォアボールで出塁する。  更に7番を抑えるも、8番にはまたもフォアボールを与えてしまう。  9番をショート、シュウのファインプレーで抑えて状況は2死2塁。  このチャンスに1番の珠玖が打席に入る。


珠玖「よし、繋ぐよ!」

名瀬「頼むぞ!」


連夜「(うざったい1番か……)」

雨宮「(ここはど真ん中でもいいです。単打ならOKでいきましょう)」

連夜「(……了解)」


 9回ながらキレが上がってきている連夜にかけた雨宮。  外野もやや前進させ、最悪満塁なら仕方ないシフトをとる。


ビシュッ!


カァンッ


珠玖「落ちろ――ッ!」


シュタタタッ


ズシャアァッ


久遠「(パシッ)


二塁審『アウトッ!』


連夜「久遠!」


 最後はポテンヒットになりそうな打球を前進していた久遠がスライディングキャッチ。  その瞬間、マウンド上で左拳を握った連夜。  見事、甲子園という大舞台で完封勝利という結果を出した。


連夜「ナイスキャッチ」

久遠「ま、最後は雨宮のファインプレーってところかな」


パチンッ


 気持ちのいいハイタッチの音が鳴り響いた。


ウウウウウウ――ッ!


審判『礼!』


全員『ありがとうございました!』


駿河「負けたよ」

連夜「たまたま、かな」

駿河「たまたまで完封されちゃ困るんだがな」

瑞穂「くそっ……くそっ!」

駿河「悪かったな、点取れなくて」

瑞穂「いや……お前がいたからうちはここまで来れた」

名瀬「でも瑞穂は2点に抑えてくれてたから」

連夜「力の差はなかった。運かな、後は」

瑞穂「敵のお前に言われると腹立つわ!」

連夜「なんだよ、素直な感想なのに」

松倉「お前、一回戦でも言われてたな」

連夜「皆、ひねくれ者なんだな」

松倉「確実にお前の言い方が悪いと思うけどな」

瑞穂「勝ち進めよ」

駿河「俺らの代わりに……とは言わないけどな」

連夜「あぁ」


ガシッ


 熱い握手を交わし、それぞれ応援団に対しての挨拶に向かった。  2−0、連夜の完封劇で桜花が2回戦突破を果たした。


…………*


 試合を終え、インタビューの時間。  当然、完封をした連夜は記者に囲まれていた。


アナ「今日、先発でしたが予定通りだったんでしょうか?」

連夜「監督に直訴して投げさせてもらいました」

アナ「そして完封と最高の結果を収めましたね」

連夜「出来すぎの一言ですね」

アナ「直訴したってことですが、どうしても投げたかった理由があるんですか?」

連夜「まぁ、個人的なことですけどね」

アナ「それは一体?」

連夜「兄弟たちに教えたかったんです」


 連夜はテレビカメラに左人差し指を突きつけた。


連夜「お前らの父親は誇れる男だった、とね」





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