Seventieth Ninth Melody―憧れ、そして超えるべき壁―


 3回戦にコマを進めた桜花学院、その3回戦の相手は名門中の名門。  神奈川の横浜海琳高校だった。


連夜「翔のところか……」

佐々木「弟にとっちゃ兄弟対決だな」

快「といっても僕の出番があるかは分かりませんけどね」

連夜「直訴してやろうか?」

快「いいですよ。チームの勝利が優先です」

連夜「お前、優等生過ぎ。少しは俺を見習え」

松倉「皆、お前みたいだったら困るわ」

連夜「それはそれで心外だな」

木村「おい、集まれ。オーダー発表するぞ」

連夜「了解っす」


甲 子 園 大 会 3 回 戦
西千葉県代表 東神奈川県代表
桜  花  学  院 VS 横 浜 海 琳 高 校
1年2B高   波 中   村RF 3年
3年SS森   岡 坂   山2B3年
3年  漣   仲   島SS3年
3年1B  姿   狩   野 3年
3年LF真   崎 雲   雀1B3年
3年松   倉 伊 集 院LF2年
3年RF久   遠 土   肥3B 3年
3年CF佐 々 木 赤   田CF3年
3年3B倉   科 高   波 3年


木村「というオーダーで今日は行くぞ」

シュウ「むぅ! 桜花に入学して以来、初めて1番以外を打つぜ!」

快「僕が1番ですか?」

木村「兄貴とやりたかったんだろ? その為にうちに来たって前言ってたろ」

快「そうですけど……」

透「フォローはワイらに任せとき。良い場面でまわしたる」

シュウ「アウトになっても僕や漣がいるからね」

連夜「そういうこと。思い切って勝負してこい」

快「……ありがとうございます!」

松倉「高波に気を取られてたが、スターターか」

木村「当然だろ。相手は横海だ。大友や薪瀬も準備を怠るなよ」

大友「スッ」

司「はい」

木村「今日は総力戦だ。全員で勝ちを取りにいくぞ!」

全員「オスッ!」



翔「むっ! 1番快だと!?」

狩野「名字一緒だが?」

翔「俺の弟だ」

雲雀「へぇ、お前の弟も野球やってんだ」

翔「くっそー、桜花の連中め……舐めたマネを」

土肥「うちと分かって使ってきてるんだから実力はあるんだろ?」

翔「足と守備だけだ。打撃は大したことない!」

土肥「1番打ってんだけど……」

仲島「なんかムキになってんね」

翔「なってない!」

紺「ま、どうでもいいけど今日は高波なんだから任せたぞ」

翔「おうよ! 力の違いを教えてやらぁ!」


 1回の表、桜花の攻撃はこの試合、1番に入った快から。  いきなりの兄弟対決を迎える。


松倉「高波、兄貴と勝負したかったって言うけど、漣みたいにギスギスしてる関係なの?」

連夜「誰がギスギスした兄弟だよ……」

佐々木「違う違う。弟にとって高波は指標なんだ」

連夜「そう。あいつは憧れてんだよ、兄貴にな」

松倉「ふ〜ん……だけど勝負したいってなんか違くね?」

連夜「憧れはいつまでたっても憧れのままだ」

松倉「どういうこと?」

連夜「壁の超え時なんて誰でもある。快にとって翔は憧れであり、超えなきゃいけない壁なんだよ」


キィーンッ!


翔「なんだと!?」

坂山「流石に捕れね!」


快「よーし!」


 内角にコントロールされたボールだったが快が上手く運びセンター前へ。


シュウ「初打席でランナーがいるって新鮮だぜ!」


 そして2番に下がったシュウが打席に入る。  初球のサインは待て、そして盗塁だった。


透「高波の盗塁技術は?」

木村「1年の頃のシュウより遥かに上手いな」

連夜「俺と翔が組んで盗塁許したこともあるしな」

透「ふ〜ん、やるんやな」

佐々木「だがクイックだけは一人前の高波だ」

松倉「そして強肩、狩野か……」


ズダッ!


翔「調子に乗るな!」


ビシュッ


狩野「(バシッ)


ビシュッ!


ズシャアァッ


2塁審『アウトッ』


快「くっ」


翔「なめんなよ、快!」


 ここは横海バッテリーが制した。  1死でランナーがいなくなってしまった。


シュウ「むぅ、結局こうなるのか」

翔「しっ!」


スットーンッ!


ブ――ンッ!


シュウ「無念!」


 シュウは追い込まれてフォークで空振り三振。  そして3番の連夜に打席がまわってくる。


連夜「よっ」

翔「あぁ、勝負は久々だな」

連夜「(コントロールはいい翔だ。難コースに決まれば決まるほど俺にとっちゃ優位になる)」


スットーンッ!


ブ――ンッ!


連夜「い、いきなりフォークかよ」


狩野「(2球目、フライングショット)」

翔「(いきなり使うの?)」

狩野「(こいつは初回に抑えておきたいからな)」


グググッ!


連夜「なっ!?」


ガキィッ


 内角に急激に食い込んでくるボール、連夜は詰まらされながら何とかファールにした。


連夜「(これはセンバツで見せた、左打者に食い込んでくるボール)」


木村「今のボールか」

透「連夜の反応見るとみたいやな」

真崎「確か漣の弟も投げてたよな」

姿「マッスラ……カットボールって言ったっけ?」

木村「だが……」


連夜「(変化量が凄いな……スライダー並だ)」


翔「しっ!」


ズバァッ!


主審『ストライクッ! バッターアウトッ!』


連夜「んなっ!?」

翔「しゃあ!」


 外角低めストレートが完璧に決まり、見逃し三振。  連夜は軽く主審を見たが、簡単に視線を外された。


久遠「珍しいこと」

連夜「ボールだと思ったけどな……思ったより外に広く取るな」

松倉「なら、こっちも応用すればいい」

連夜「あぁ、そう簡単に打たせるか」


 1回の裏、横浜海琳の攻撃は1番に入った中村から。  センバツでは1番は翔だったが夏より1番には中村が入っている。


連夜「よぉ、出世したな」

中村「どーも。中学では矢吹や清村、鳩場とかに遅れを取ってたからな」

連夜「そういう意味じゃねーけどな。お前の身体能力の高さは知ってるよ」

中村「褒め殺しか?」

連夜「事実だよ。だけどお前には打たせねぇ」


グググッ!


ガキッ!


中村「くっ!」


 桜花バッテリーも惜しみなく決め球である対角線からのスライダー(クロススライダー)を使う。  お互い、誰を相手にしているのか分かっているようだ。


ガキッ!


坂山「あー……」


キィンッ


仲島「アウチッ」


 外のスライダーを決め球に上手く組み立て、横海の上位打線を3者凡退に抑える。


翔「情けないぞ!」

土肥「まだ初回だ」

狩野「お前は守り優先で考えてろ」

翔「はいはい」


 2回表、桜花は4番姿からだったが翔の前に3者凡退に抑えられる。  しかしその裏、横海の攻撃も同じく4番狩野からだったが松倉がピシャリと抑える。


ピキィンッ!


翔「あっ!?」

透「どやっ!」


 そして3回表、2死から倉科がツーベースヒットで出塁し、チャンスを作る。  このチャンスに打席に立つは1番の快。


快「(凄いな、本当にチャンスでまわしてくれるとは……)」

狩野「(ワンヒットで先制点だ。ここは抑えるぞ)」

翔「(当然だろ。打たれてたまるか)」


グググッ


ズバァッ


主審『ストライクッ!』


快「(これが兄さんの新しいボールか……)」

翔「(慎重だな。ま、もとから積極的な方ではないが)」

快「(僕が兄さんのボールを打てるとしたらストレートかカーブのどっちかだ)」

狩野「(次はスライダーでカウントを稼ぐぞ)」

翔「(……ま、いいか)」


ググッ!


ガキィッ


1塁審『ファール』


快「(そっか漣さんが教えたスライダーも投げるんだっけ)」


連夜「あいつ、まだあのボール投げてたんだ」

佐々木「あのスラーブのようなボールか?」

連夜「そ。雨宮は俺のボール受けたから知ってるよな」

雨宮「えぇ。スラーブよりはスピード出てるかなって感じでしたね」

連夜「中学の時、投げれる変化球がなかった翔に教えてやったんだよ」

松倉「今じゃフォークとか投げてるけど?」

連夜「フォークもカーブも中学時代投げてたが、そこまでキレがなかった。成長したもんだな」


スットーンッ!


ブ――ンッ!


快「くっ!」

翔「オッケイ!」


 最後は決め球であるフォークボールが決まり、空振り三振。  第2ラウンドは兄である翔が貫禄を見せた。


快「やっぱりあのフォークは厄介ですね」

連夜「だな」

松倉「やれやれ、粘るしかないか」

姿「ハナッから投手戦予定でお前を立ててるんだろ」

松倉「ま、負ける気はしないね」

真崎「その調子だ。頼むぜ」


 3回裏、下位打線の横海を3者凡退に抑え1周り目はランナーを許さなかった松倉。  一方、4回表、桜花の攻撃も連夜がヒットを放つも後続が続かず無得点。  4回裏、横海は先頭の中村がチーム初ヒットを放ち、バントで進塁するも3、4番が抑えられる。


翔「せぇい!」


ズバァッ!


主審『ストライクッ! バッターアウトッ!』


佐々木「くっ!?」

翔「どうだ!」


 乗ってきた翔の前に5回表、桜花はランナーを出せず3者凡退。


佐々木「あいつ、ほんと成長したな」

連夜「横海でエース番号もらってるんだ。当然といえば当然だろうな」

快「でも負けられませんよ」

連夜「あぁ、何とか突破口開きたいところだな」


 だがその前に横海打線が松倉に襲いかかる。


ピキィーンッ


松倉「マズッ!」

雲雀「うっしゃあ!」


 この回先頭の5番雲雀が右中間真っ二つのツーベースヒットで出塁する。


連夜「流石に横海打線だな。気の休まる場所がない」

松倉「次、バントかな?」

連夜「2年でスタメンの座奪って6番に座ってるやつだ。決めつけは良くないかもな」

松倉「OK、リードしっかりな」

連夜「内野ゴロ、しかも引っ掛けさせれればOKだな」


グググッ!


ズバァッ


主審『ストライクッ!』


伊集院「(今のが入ってるのか……)」


 インスラを投じ、ファーストストライクを取る。


連夜「(ヘタに外角は使えないな……右に打たれたら進塁打だし)」

松倉「(ずっとインコース攻めるわけにはいかんだろ)」

連夜「(まぁ……な)」


 悩んだ末、ひとまず内角にストレートを選択。


ピキィンッ


松倉「あっ!?」


 引っ張られ、三遊間を破る。スタートの遅れた雲雀は三塁ストップ。


シュウ「ドンマイ」

松倉「くそー……簡単に引っ張りやがって」

連夜「(てっきり進塁打の右狙いだと思ったが……やっぱ決め打ちは良くねぇな)」


スゥッ!


カッキーン


佐々木「(パシッ)

雲雀「(ダッ!)

土肥「おしっ!」


 7番キャプテンの土肥がセンターへきっちりと犠牲フライを放ち、先制点を挙げる。


連夜「1点ぐらい気にすんな」

透「せやせや。すぐに返したる」

松倉「あいよ」


グググッ


ガキィッ!


シュウ「毎度あり」


 しかし松倉も落ち着いており、次打者をショートゴロ併殺打に抑える。


翔「よし、点入ったな!」

狩野「お前、点が入ると打たれる傾向あるからな。気を引き締めろよ」

翔「当然!」


カキーンッ


透「反撃開始や!」

狩野「………………」

翔「悪かったって」


 6回表、桜花の攻撃は9番の倉科から。  その倉科がセンター前ヒットで出塁を果たす。


快「(ここは当然……)」

木村「(打て!)」

快「(えっ!?)」


 セオリーで行けばここは送りバント。しかも次打者はチャンスに強いシュウだ。  だが快に出したサインは打て。流石に快も内心では驚いていた。


連夜「打たすんですか?」

木村「フォローはシュウとお前がしてくれるんだろ?」

連夜「言いましたけど……」

真崎「ここはバントだろ」

木村「ま、いいんじゃね。高波も兄貴と勝負できるの限られてんだし」

姿「じゃあ結果がどうあれ、シュウと漣にこの回はかかってるわけか」

連夜「ん〜……快には出てもらわないとな」


キィンッ


3塁審『ファール』


 バッターボックスの快は追い込まれながらもファールで粘る。


翔「(しつこいな……こんなバッティング出来たか?)」

狩野「(フォークにも食らいついてくる……いまいち決めきれないな)」


 ここで横海バッテリーが選択したボールはストレート。  翔の正確無比なコントロールで勝負に出た。


ビシュッ!


快「たぁっ!」


ピキィンッ


翔「なんだと!?」


 勝負に来たストレートを弾き返しレフト前ヒット。  快が上手く繋いで無死2塁1塁のチャンスを作る。


木村「シュウ!」

シュウ「はいさ〜!」


コッ!


翔「いかすか!」


ビシュッ!


3塁審『アウトッ!』


透「なんやて!?」


 翔の素早いフィールディングでサード進塁を阻止する。  シュウのバント失敗でアウトカウントを増やし1死2塁1塁。


連夜「うわっ、いい場面だな」

翔「お前には打たせない」

連夜「へっ、言ってろよ」

狩野「(漣の特徴……か)」


グググッ!


キィーンッ!


坂山「とぉっ!」


バシッ


連夜「なっ!?」


 カットボール(フライングショット)を詰まらされずに捉えたがセカンド坂山が打球に追いつく。  1回転しながら1塁に送球し、アウトにした。


坂山「オッケイ」

翔「併殺打シフトで良く追いついたな」

坂山「それが取り柄でもあるしね!」


連夜「完全に同点だと思ったのに」

姿「ま、後は任せとけ」

連夜「頼りになるねぇ」


 ランナーは進塁し、2死3塁2塁となり打席には4番姿。


狩野「(ここらでカーブとか使ってカウント取るか)」

翔「(OK)」


しゅるしゅるしゅる


主審『ストライクッ』


姿「(これがカーブか……多彩なヤツだな……)」


ググッ


 そして2球目は翔特有の少し沈むスライダー。


カッキーンッ!


翔「なっ!?」

姿「しゃあ!」


 去年の夏、豊宣の漣白夜との対戦がここに生きる。  初見だと思って投じたスライダーだったが  変化球打ちが得意な姿ということもあり完璧に捉える。


シュウ「ホームイン!」


 力強くベースを踏み、2塁から逆転のランナーシュウが生還。  2−1、桜花が逆転に成功した。


真崎「よっしゃ、良くやった!」


狩野「タイムお願いします」

翔「いや〜上手く打たれたねぇ」

狩野「沈む分も完璧に打たれた。お前が教えたってやつがいるから知ってたのかな」

翔「でもあいつ左投げだしな。変化が違うはずなんだけど」

狩野「まぁ、打たれてしまったのは仕方ない。ここからは総動員で抑えるぞ」

翔「あいよ」


 だが押せ押せの時の桜花打線は繋がりを見せる。


カキィンッ!


真崎「おっし!」


ズダッ


 真崎がライト前へヒットを放ち、2塁ランナー姿が還ってくる。


ビシュッ!


狩野「(バシッ)


姿「――!」


主審『アウトッ!』


中村「しゃあ!」


 だがライトから好返球が来てホームクロスプレーはタッチアウト。  追加点とはいかなかった。


木村「だがすぐに取り返したのはいいことだ」

連夜「んじゃ次は翔からだ。きっちり抑えて流れを呼ぼう」

松倉「あぁ」


翔「しゃあ、来い!」


 6回裏、横海の攻撃は9番の翔から。  9番を打っているがセンバツでは1番を打っており  打撃には定評があり、特に足はずば抜けていた。


グググッ


ガキッ!


翔「くぅっ!」

シュウ「はいはい〜」


 しかし、ここは松倉が好投を見せ高波から始まる好打順を3者凡退に抑える。


中村「くそ……良い投手だな」

狩野「Cランクにされながら投手と一部の打者は評価を受けているからな」

雲雀「どこがCランクなんだ?」

狩野「評価を下げてるのはベンチメンバーだな。ほとんどが2年・1年で構成されている関係らしい」

仲島「層が薄いってことだな」

翔「だがスタメンのレベルは正直うちと同等かもしれないぜ」

狩野「そしてそういう気持ちで立ち向かわないと負けるぞ」


 7回表、桜花の攻撃は6番松倉がヒットで出塁し、2死3塁まで進むも……


スットーンッ


ブ――ンッ!


透「だぁ、アカン!」

翔「しゃあ!」


 9番倉科が決めきれず、追加点とはいかなかった。  一方、横海の7回裏攻撃も先頭の仲島がヒットで出塁する。


仲島「よ〜し! ようやく出た!」

連夜「(強引に打たれたな……)」


コッ


松倉「おっと」


 それを4番狩野が送りバントで進塁させる。


連夜「(バントかよ……天下の横海の4番がねぇ)」


ズバァンッ!


主審『ボールッ、フォアボール』


松倉「くはぁ……外れてるか……」

雲雀「うし!」


 続く5番雲雀にはフォアボールを出してしまい、1死2塁1塁のピンチを迎える。


グググッ!


カキィンッ


快「(パシッ)

伊集院「………………」


ガキッ!


土肥「あっ!?」

松倉「倉科」

透「オッケイや」


 しかし落ち着いて、こちらも後続を抑える。


翔「くそー……やるなぁ」

土肥「サイドハンドでプレートの端から投げ込んでくるから、見やすいけど角度がついて打ち辛いな」

狩野「しかしそろそろ焦らないといけないな」

雲雀「焦りは禁物っしょ」

狩野「攻撃は後2回だぞ。食らいついてでも出ないといけない」

翔「だがその前に守りだな」

狩野「当然」


コッ


翔「コイツッ!」


 8回表、この回先頭の1番快。初球からセーフティバントを仕掛ける。


土肥「任せろ」


ビシュッ!


1塁審『アウトッ!』


快「……えっ!?」


 サード土肥が素手で捕ってジャンピングスローで俊足快を刺した。


翔「ナイス、キャプテン。守備は頼りになるな」

土肥「一言余計だよ」


キィーンッ!


シュウ「よーし!」


 それでも桜花は2番シュウがヒットで出塁し、1死1塁と追加点のランナーを出す。  ここで打席に立つは3番の連夜。


連夜「(流石のシュウも走れるかは5分5分か……)」


スッ


翔「…………?」


 ここで連夜は構えを変える。  長打を狙う第2形態。


狩野「(構えが変わった?)」

翔「(何かあるな……レン……!)」


 埼玉に来てから……翔と出会ってからはずっと普段の構えで野球をしていた連夜。  つまり翔は元々やっていた欠点があるが一発を狙えるこの構えを知らない。


翔「(とにかく、ここは併殺打が欲しいところ……)」

狩野「(見え見えのフライングショットか……)」


 少し疑心暗鬼になりながらもここはセオリーで攻めることにした。


グググッ!


連夜「はぁっ!」


キィーンッ!


坂山「くっ!?」


 鋭い打球が1、2塁間を抜けライト前へ。  俊足のシュウだったがここは2塁ストップ。


連夜「くそっ、上がらなかった」

翔「(スゲースイング……レンらしくなく強引だったな)」


 不本意な結果に終わったがヒットで繋ぎはした。  そして2点タイムリーを放っている4番姿。


翔「しっ!」


スットーンッ!


ブ――ンッ!


姿「くそっ!」

翔「おーし!」


グググッ!


ガキャンッ


翔「ファースト」


シュッ


真崎「ッ……!」


 それでも翔が姿を三振、真崎をピッチャーゴロにそれぞれ抑える。


翔「おっしゃあ!」

坂山「ナイスピー!」


真崎「あぁ、もう!」

姿「流石はプロ注目の投手だな」

連夜「1点差は変わらずか……」

木村「松倉」

松倉「はい?」

木村「1点取られても同点だ。気負い過ぎるなよ」

松倉「はい!」


 8回裏、1死から高波がヒットで出塁する。


翔「ぜってぇ追いつく!」

連夜「(まさか走るってことはないだろうな)」

松倉「(外しておくか?)」

連夜「(だな……)」


シュッ


ズダッ!


中村「このっ!」


ガキッ


 ウエストしたボールに無理やり食いつく。  打球はショートに飛んだが翔はスタートを切っており2塁はセーフ。  だが1塁はアウトにし2死2塁と場面が変わった。


連夜「(エンドランだったか……)」

松倉「(外して正解だったな)」


グググッ!


主審『ボール、フォアボール!』


坂山「うっしっし」

松倉「くそ……!」


 そして2番の坂山には粘られフォアボールを与えてしまう。


仲島「いい場面! 絶対打つぞ!」


カキーンッ!


松倉「やべっ!」


シュタタタッ!


真崎「(バシッ)


仲島「あーっ!」

松倉「危ねぇ……」


 ライナー性、鋭い打球がショートオーバーするが真崎が俊足を飛ばして追いつく。  抜けていれば逆転の可能性があったため、真崎のファインプレーだった。


松倉「サンキュ、真崎」

真崎「おう!」


ポンッ


翔「むぅ……」

狩野「守りから何とか流れを掴むぞ」

翔「お、おう」

狩野「安心しろ。次は俺からだ。絶対追いつく」

雲雀「そうそう。任せとけ」

翔「よし、抑えてやるぜ!」


 9回表、1死から久遠がヒットで出塁しチャンスメイクをする。  更に佐々木が倒れるも9番倉科が続いて2死2塁1塁と得点圏にランナーを送る桜花。


快「……よし!」


 このチャンスに打席には1番の快が入る。今日の4打席目。


翔「(ここで快とはな……)」

快「(ここでの僕の役目は次のシュウ先輩にまわすことだ)」


ビシュッ!


カァンッ


3塁審『ファール』


ズバァッ!


主審『ボールッ』


翔「………………」

狩野「(少し固くなってるな。ピンチには動じないくせに)」


 最も1点負けてて最終イニング。ここで点取られたら終わりを意味する。  固くならない方がおかしいといえばおかしい。


グググッ!


カンッ!


1塁審『ファール』


快「(フォアボールでいい。絶対出る!)」

翔「(にゃろ……)」

狩野「(フォークで決めよう)」

翔「しっ!」


スットーンッ!


快「………………」


主審『ボール、フォアボール』


翔「くっ!」


 横海バッテリーからすれば完璧なフォークだったが我慢した快がフォアボールを勝ち取った。  翔にとってはこの試合、初めてのフォアボールとなった。  これで桜花は満塁となり、打席にはチャンスに頼りになる2番シュウ。


シュウ「よっしゃ、よく繋いだ!」

翔「しっ!」


スットーンッ!


ブ――ンッ!


シュウ「むぅ、初球からフォークか……」


 ランナーが3塁にいるというのに強気な横海バッテリー。  それほど翔の制球力に自信と信頼を持っていた。


グググッ!


ガキャンッ


坂山「ほいっ」

シュウ「あーッ!」


 打球はどん詰まりのセカンドゴロ。セカンドベース横で捕球してカバーの仲島にトスしチェンジ。  決定的なチャンスで突き放すことが出来なかった。


シュウ「ゴメン!」

松倉「これ抑えたら勝ちだ」

連夜「そうそ。守りきるぞ」


 9回裏、1点を追う横海は4番狩野から。


翔「狩野、頼むぞ!」


松倉「はっ!」


グググッ!


ピキィンッ!


快「くっ……!」


 打球はセカンド横を抜けライト前へ。  先頭のバッターが出塁した。


翔「おぉ、いいぞ狩野!」

仲島「続けぇ、雲雀ぃ!」


連夜「(同点のランナー、送ってくるか?)」

松倉「(嫌な場面だな……)」

連夜「(変に高めに行くと打たれた場合長打があるしな……)」


 相手が5番強打者雲雀ということで決めかねている連夜。  その迷いが松倉にも伝染し……


ズバァンッ!


主審『ボールッ、フォアボール』


松倉「しまった」

連夜「(ん〜由々しき事態だな……)」


 これで無死2塁1塁、打席には6番の伊集院を迎えるが……


連夜「(もう迷わん。バントはない)」

松倉「(い、いいのか?)」

連夜「(バントだったら1塁アウトをもらえばいい)」

松倉「(まぁいいけど……)」


 開き直り、松倉も自分のペースで投球を展開する。


グググッ


ガキィンッ


伊集院「くっ」

久遠「(パシッ)


 浅いライトフライでランナーは進塁出来ずアウトカウントが増える。


カキーンッ


土肥「終われるかよ!」


 しかし7番キャプテン土肥が気迫のヒットを放つ。  ライト久遠の強肩を嫌い、2塁ランナー狩野は3塁ストップで満塁。


ズバァッ!


主審『ストライクッ! バッターアウトッ』


松倉「しゃあ!」

シュウ「後1人!」


 松倉も負けじと三振を奪い、ツーアウト。  桜花勝利まであと1人となった。


翔「ふぅ……ここで俺かい」


 しかし横海も満塁、1打逆転のチャンスに9番の翔が打席に入る。


連夜「(バッターとしての翔か……)」

松倉「(どうする?)」

連夜「(流すなんて器用なバッティング出来る男じゃないし……)」


 とそこまで考えたが、ふと疑問に思った。  横海で1番を打つにまで成長した男が今も巧打出来ないのか、と。


連夜「(まぁ、いい。ここは松倉が投げられる最高のボールで勝負するだけだ)」

松倉「(OK!)」


グググッ!


翔「はぁっ!」


カキーンッ!


シュタタッ


快「たぁっ!」


ビシッ


快「くっ!」


 セカンド快が追いつきそうだったが惜しくも弾き、打球はライト前へ。  3塁ランナー狩野がホームインし、打球が弱くなったのをみてサヨナラのランナー雲雀もホームを狙う。


久遠「このっ!」


ビシュッ!


連夜「(バシッ)


ドガァッ!


連夜「(バッ)


主審『アウトッ!』


松倉「久遠!」

久遠「いやー、焦った……」

連夜「ってぇ……」


 サヨナラのピンチを救った久遠を手荒い祝福で迎える中、連夜が顔を歪めてベンチに戻ってきた。


司「どうかしたか?」

連夜「腕痛めた」


 そう言いながらバットとヘルメットを持ってベンチを出た。


木村「左利きキャッチャーの最大の弱点がここで出たか」

真崎「最大の弱点?」

木村「ブロックのさい、利き腕で接触しやすいんだよ」

真崎「あーランナー向かってくるの左側だもんな」

木村「その辺は漣、上手くブロックしてきたんだが今のは咄嗟のプレーだったからな」

司「腕痛めたって言ってましたけど、代打出さなくていいんですか?」

木村「本人が大丈夫ならいいが……雨宮、一応準備しとけ」

雨宮「はい」

滝口「俺っちもいるんですが……」

木村「どっちかは残しとかないといかんだろ」

滝口「俺のこと、もうキャッチャーとして使う気ないでしょ」

木村「良いから試合に集中してろ」


ガキッ!


連夜「チィッ」


 連夜は平凡なショートゴロに倒れる。  更に4番姿、5番真崎も倒れ、延長の10回表は桜花、得点できず。


翔「しゃあ!」

狩野「ナイスピッチング」

翔「お、珍しいね」

狩野「俺だって褒める時は褒める」


木村「松倉、レフトにまわれ」

松倉「はい」

木村「真崎、ライトにまわってピッチャー大友」

大友「スッ」

真崎「了解」


 10回裏、桜花は投手を交代。  松倉を下げ、大友にスイッチ。レフトに松倉が入り、レフトの真崎がライト。  9回に好返球を見せた久遠がベンチに下がった。


大友「しっ!」


ググッ!


ガキィッ


中村「くっ!」


ズッバァンッ!


坂山「おう!?」


ガキーン


シュウ「オーライ」


大友「おしっ!」

連夜「やるぅ」


 代わった大友が1番から始まる上位打線を3者凡退に抑えた。


シュウ「じゃあ勝ち越しといこう! 僕までねー」

透「その前にワイで決めたる!」


翔「はっ!」


カキーンッ!


松倉「しゃあ!」


 11回表、先頭の松倉がヒットで出塁する。


木村「大友、悪いがここは代えるぞ」

大友「……分かりました」

木村「月見里」

月見里「ハイ」


 ここで代打、1年の月見里を送る。  バッティングはいいがバントは上手くない大友への代打ってことで……


コッ


翔「くっ!」

狩野「一つ」


 ここは確実にバントで送り、1死2塁のチャンス。


翔「(ここで佐々木か。最悪フォアボールでもいいかな)」


ズバァッ!


佐々木「………………」


主審『ボールッ、フォアボール』


佐々木「ふぅ……」

翔「ま、ここでのフォアボールはいい」


 1死2塁1塁となり、打席には9番の倉科が入る。


透「よっしゃ、ええ場面や!」

狩野「(ここはフライングショットで何とかゲッツーが欲しいが……)」

翔「(この9番、打撃は決して悪くない。どういう意図で9番に置いてるかは知らないがな)」

透「(左のワイに対してはカットボールを使ってくるやろ。あえて狙ったろ)」


 ストレートやカーブ、スライダーでカウントを整えに来る横海バッテリー。  2−2と並行カウントになり、5球目。


グググッ!


カキーンッ!


透「どやっ!」

坂山「抜かさん!」


ダッ


ビシッ!


坂山「あっ!?」


 グラブの先に当て、弾いてしまう。  打球がファールグラウンドを転々としているところ、松倉が3塁を蹴ってホームに。


ズシャアァッ


主審『セーフッ』


松倉「おっしゃあ!」

快「ナイスです!」


パチンッ


 3−2、待望の勝ち越し点が桜花に入った。  記録はセカンド強襲のヒットとなった。


坂山「すまん!」

翔「ドンマイ。今のは仕方ない」

狩野「ここから上位だ。気を引き締めよう」

翔「……あぁ」


スットーンッ!


ブ――ンッ!


快「くっ!?」

翔「しゃあ!」


 更に得点のチャンスだったが1番快は空振り三振に倒れ、チェンジに。


木村「薪瀬」

司「はいっ!」

木村「高波、ご苦労だった。月見里、セカンドに入れ」

月見里「了解でっす」


 11回裏、横海の攻撃は9回の同点劇と同じ4番狩野から。  一方桜花は薪瀬が1番に入りピッチャー。セカンドには代打で出た月見里が入った。


司「せぇぇい!」


シュパァンッ!


狩野「――!」

連夜「(いいノビ。ほんとスタミナついたな、司のやつ)」


シュッパァンッ!


狩野「(まだこんなピッチャーを残していたというのか!?)」


ストーンッ


ガキッ


狩野「くっ……!」


シュルシュルシュル


ガキィン


雲雀「あぁ!?」


 ストレートが良ければ変化球も生きてくる。  怖い強打者2人を変化球で打たせてとり、最後は……


シュパァンッ!


主審『ストライクッ! バッターアウトッ!』


司「おーし!」

連夜「しゃあ!」


 薪瀬がパーフェクトリリーフで3−2、桜花が松倉⇒大友⇒薪瀬のリレーで逃げ切った。


ウウウウウウ――ッ!


翔「負けて悔いなし! 負けるなよ、レン」

連夜「あぁ」

翔「快、成長したな」

快「兄さん……」

翔「今後も頑張れよ」

快「……うん!」

連夜「…………ふっ」


 翔と快の対戦結果は4−2、1四球。ヒットは打ったがチャンスでは完璧に抑えられた。


快「まだ兄さんを越えたとは言い難いですね」

連夜「壁はデカイ方がいいさ」

快「漣さん……」

連夜「乗り越えた時の喜びが倍増するからな」

快「……はいっ!」


 投打がかみ合い、名門横浜海琳に勝った桜花。  昨年の勢いそのままに準々決勝進出を決めた。





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