Best Friends

−9−


 時は冬休み明け。パラパラと粉雪が舞っている中、翔は登校していた。

翔「うー……肌寒いな。上着、着てくれば良かった」


 休み明けってだけで今までと変わりなかった。……彼女と出会うまでは。

??「ん〜……えっと……」


翔「ん? ……!!!」

 何やら道路に屈みこんで何かを探している様子だった。が、それ以上に翔はその娘の顔を見て態度が一変した。  純粋に好みだった。

翔「どうしたの?」

??「あ、いえ何でもないんです」

翔「明らかに何か探してるようだけど、大事なもの?」

??「はい……家の鍵落としちゃって」

翔「見たところウチ(有舘中学)の制服っぽいけど何で今気づいたの?」

??「学校行ってから確かめたらなかったので……」

翔「学校から戻ってきたの!?」

??「はい」

翔「嘘やん……」


 翔は結構余裕を持って登校している……意外にも。それより早く学校に行き、尚且つ鍵一つのために探しに来るのが信じられなかった。  だがそういう生真面目な性格と会ってすぐ分かり、翔は完全にロックオンした。

翔「よ〜し、どんな鍵? 何か目印みたいなのある?」

??「え? えっと……」

翔「二人で探した方が見つかるよ」

??「そんな。悪いので……」

翔「結構結構。ほら、遅刻しちゃうよ」


 我先に探し出す翔に戸惑いつつ、彼女も近くを探し出した。  そして二十分弱探した時……

翔「お? これは!?」


 木の枝に鍵がぶら下がっていた。誰かが気づき引っ掛けていったらしい。  翔はそれを手に取り彼女の元に持っていく。

翔「ねぇ、これじゃない?」

??「あ、これです! どこに?」

翔「あの木にぶら下がってたんだ。誰かが拾ったんだろう」

??「そうなんですか……あ! ありがとうございました」

翔「いえいえ、それより君の名前――」

??「あ、遅刻しちゃいますよ!?」

翔「へ? ……ゲッ! 急ごう!」

??「はい!」


 猛スピードで駆け出した二人。(翔は彼女の走るスピードに合わせて)  何とか滑り込みセーフ。お互いにマジメで通っていたおかげで先生も特に何も言わなかった。  (※前述通り、翔は朝だけは早い。勉学ではもちろん不真面目ほかならない)

翔「ゼーゼー……」

龍「お、遅かったな珍しく」


 2年に上がってクラス替えがあったさい、龍と同じクラスになった。  隣のクラスに豹と進、そして転校してきた連夜となっている。

翔「ちょっと色々あってな……」

龍「寝坊……なわけないか。お前が」

翔「ところで龍」

龍「急にマジメになんなよ。……で、何?」

翔「俺、ヤバイかもしれん」

龍「何が?」

翔「春が来た」

龍「またかよ!!!」

翔「またとは何だ、オレはマジやねん」

龍「あーはいはい、今度はどんな子?」


 同じクラスになってから同じ台詞を何度も聞いてきたため流し気味だった。

翔「名前は分からんし、見たことない娘だったけどこの学校の制服を着ていた」

龍「へ、一目惚れ?」

翔「うむ。文字通り一目だった」

龍「ふ〜ん……この学校で見たことないって先輩か後輩かな」

翔「恐らく後輩だ。あれはヤバイ」

龍「ヤバイって?」

翔「お人形さんみたいで、一日中家に束縛していたい」

龍「(コイツ、将来大丈夫かな?)」

翔「休み時間探しに行く。付き合え」

龍「構わんが、俺分からんのに役に立つか?」

翔「……っぽい娘を連れて来てくれ」

龍「無茶言うな」


 そんな他愛のない会話をして一時限目に入った。
 授業はいつもマジメに聞いていない翔だったが、いつにも増してボーっとしているのを見て流石の龍も違いに気づきつつあった。

 そして昼休み。

翔「しゃあっ!」


ダッ!

終わったと同時に翔は教室を飛び出した。

龍「………………」

中村「何したの、高波のやつ」

龍「いつもの病気……と思ったんだが、何か今回違うな」

魁琉「また好きな娘出来たの?」

龍「あぁ……」

中村「それでか……」

龍「ん〜……まぁ良いか。売店行ってくるわ」

中村「あぁ」


 校内で暴走していると思われる翔のことを考えつつ、いつものように売店でパンと牛乳を購入する。  そしてハムエッグパンを加えながら教室に戻ろうとしたところで……


ドンッ

龍「ん?」

??「イタタタ……」


 曲がり角で人とぶつかる。と言うか相手の方が思いっきり当たって倒れこんでいた。

龍「ゴメンゴメン、大丈夫?」

??「あ、こちらこそすいません。大丈夫です」

龍「――ッ……」

??「ゴメンなさい。先輩は?」

龍「………………」

??「先輩……?」

龍「へ? あぁ……大丈夫大丈夫」

??「そうですか。良かったです」


 ペコリと頭を下げると先にいる友達の方に駆けていった。

龍「……ヤベッ、これじゃあ翔じゃねーか……」


 頭を振って忘れようとするも先ほどの娘が頭から離れなかった。


・・・・*

龍「………………」

中村「お〜い矢吹〜?」

魁琉「今度はコイツかい」


 教室に戻ってきてからも龍はボーっとしたきりだった。

中村「売店に行って何があったんだ?」

魁琉「知るか」


翔「あーもう! 見つからんかった!」


 昼休みも終わりを告げそうな時、大声を上げて翔が戻ってきた。

中村「お帰り。何してたの?」

翔「ん、ちょっとね」

魁琉「好きな娘、出来たんだろ?」

翔「好きっつーか……気になるっつーか」

魁琉「あれ、何かいつもと違うな」

翔「ん、そうか?」

魁琉「いつもなら『そうそう! もうあの人しかいないわ!』みたいなこと言ってんのに」

翔「う〜ん……いや、そうなんだけど」

魁琉「(あれ、意外とマジ惚れ?)」


龍「………………」


翔「で、龍はどうしたの?」


 窓側の席に座っている龍はずっと外を見ては時折ため息をついていた。  これには翔も不思議に思った。

中村「さぁ? 売店から帰ってきたらこんな感じになってる」

翔「お〜い……リュ――ッ!!!」

龍「な、なんだよ!?」

翔「やっと気づいたか馬鹿者め」

龍「……何の話?」

中村「俺らがずっと話かけても無視しやがって」

龍「え?」

魁琉「無視と言うか気づいてないというか……なんかあったのか?」

龍「い、いや別に」

翔「俺には分かるぞ龍」

龍「ん?」

翔「貴様、さては好きな娘が出来たな!?」

龍「な、なわけねーだろ!」

中村「そうだぜ、高波じゃあるまいし」

龍「まったくだ。一緒にするな!」

魁琉「(じゃあ何だ、その慌てようは……)」

翔「ふぅ、だったら面白かったのにな」

龍「それよりテメェはどうだったんだ?」

翔「ダメダメ。見つからなかった」

龍「そっか……」


 それだけ言うと龍はまた空を見始めた。

中村「……なんか様子変じゃない?」

魁琉「ホントにな」


・・・・*


 午後の授業では翔だけでなく龍までも心ここにあらずの状態でそれは部活の時間まで続いた。

翔「オラァッ」


ビシュッ

連夜「ムッ」


ズバーンッ!


 ただ翔は大好きな野球の時間は違った。逆に妙にやる気になっていた。

連夜「オッケ、いい感じだな」

翔「だろ?」

連夜「冬の間にピークが来ても困るし、投げ込みと走り込みを交互に行おう。 特に翔はスタミナに不安あるし」

翔「良し、じゃあ走ってくるわ」


タッタッタ

連夜「……珍しい。投球もせず走りに行くなんて」


 翔は投球練習が好きで練習ではなるべくそちらの時間を割きたいらしく、連夜がよーく言い聞かせて初めてランニングを行うのだが  こんなにアッサリと走りにいかれると呆気なく、連夜は少し寂しい思いになった。


カキーンッ

進「しっ!」


カキーンッ


 一方、野手組。グラウンド状況が今朝雪が舞っていたわりには悪くなく休み明け初打ちを行っていた。
 冬の間はランニングなど基礎体力を作ることを重視しているが、感覚を春先に忘れていたら意味がないと定期的に行うようにしていた。

豹「キャプテン、調子良いなぁ」

進「キャプテン言うな。普通に呼べ」

豹「まさかキャプテンって言うなと言われるとは思わなかったわ」

進「何か裏があるというか茶化し半分っていうのが嫌だわ」

豹「へいへい、分かりましたよ」

進「そういやお前、外周走ってきたんじゃないの?」

豹「あぁ」

進「早すぎね?」

豹「……誰に言ってんの?」

進「(……また早くなったのか……)」


 つい先ほど野手組で五〜六人で競争してくるとスタートしていたが、あっという間に豹は帰ってきていた。  流石はチームトップの俊足の持ち主といったところか。走るのは元から好きらしく、短距離・長距離関係なしとも言っていただけはある。

進「まぁちょうど良かった。アイツどうにかしてくれ」


龍「…………………」


 進が指さした先には相変わらずボーっとしている龍がいた。

豹「……龍か」

進「部活始まってからずっとあの調子なんだよ」

魁琉「いや、昼休みからなんだよね」

豹「どんだけだよ。何か悩みあんのかな」

進「ん〜……聞くが早いな」

豹「やっぱりか」


 ここ二年の付き合いで進が意外にせっかちだと知った豹は言わずともという感じだった。

龍「………………」

進「おーい、リュー」

龍「…………ん?」

進「何か悩み事あんのか?」

龍「別に」

進「……そうか」

豹「早ッ!」

龍「俺より翔の方がおかしいぞ」

連夜「そうなんだよね」

進「どうした、レン」

連夜「いや、やけにアッサリとランニングに出かけてさ」

豹「まぁ元々翔は走るの嫌いじゃないしな」

連夜「でもピッチング切り上げてまで行うヤツじゃねーのに……」

龍「どうやら、好きな娘できてテンション上がってるらしいぜ」

進「またかい」

龍「それが今回はちと様子が違うんだよね」

豹「それはちょっと気になるな」

連夜「だな、どんな娘なんだろ」

進「つーかこの間、コンビニの店員に惚れてなかったっけ?」

連夜「何言ってやがる。そんなの冬休み中にフられてるぞ」

進「あぁ……そう」

豹「よし、ランニングから帰ってきたら聞いてみるか」

連夜「だな」


 物好きな四人組が練習後、翔に話しかける。もちろん、好きになった娘のことを聞くためだ。

連夜「よー、翔くんや」

翔「お前が君付けで呼ぶ時はろくなことがないぞ」

豹「お前、また好きな娘できたらしいじゃん」

翔「……ま、まぁ……ね」

豹「おりょ?」

連夜「なんだ、その反応は……」

進「らしくないぞ」

連夜「もしかしてマジ惚れ?」

翔「いや、一応いつもマジなんだけど……」

進「へぇ〜、これは本当にどんな娘か気になってきたな」

豹「今度はどこの人だ?」

翔「いや、実は同じ学校なんだ。見たことなかったから先輩か後輩だと思う」

連夜「いやに曖昧だな。お前らしくもない」

翔「今朝学校来る時に会って一目惚れってやつ? だから名前も分からない」

連夜「へぇ〜らしくねぇ」

翔「帰りにちょっと校門で張り込みでもしてみようかと思ってさ」

豹「お、いいね。俺も付き合っちゃる」

翔「いや良いよ」

進「まぁまぁそう言いなさんな」

翔「…………………」

龍「(もしかしたらついでっていうこともあるかな)」

連夜「龍?」

龍「……ん?」

連夜「お前も変だな。ほんと、どした?」

龍「イヤ別に。行くなら行こうぜ」

連夜「あっと俺は残念だがパス」

進「なんで?」

連夜「デート」

進「さっさと行け」

連夜「じゃあ報告よろしくぅ!」


 満面の笑みで部室を出て行く連夜。

進「ったくアイツは……」

豹「デートって星音ちゃん?」

進「多分な」


樋野「………………」

豹「………………」

進「………………」

樋野「今、なんつった氷室」

豹「アハハハ……何か聞こえました?」

樋野「いや、何かうちの娘の名前が聞こえたもんでね」

豹「気のせいっすよ気のせい。それは気のせい森の精っていう」

進「また極一部しか伝わらんネタを」

樋野「………………」

豹「監督、星音ちゃん、誰かと付き合ってるなんて聞いたことあります?」

樋野「む……ないけど」

豹「ズバリ! 女の子は付き合う人が出来るとやたら髪の毛を弄りだします。それがない限りは大丈夫でしょう」

樋野「そ、そうなのか?」

豹「えぇ、うちの姉がそうなので」

樋野「なるほど…………ん?」

進「お前、姉いないだろ」

豹「(バッカ、誤魔化そうとしてるのに)」

樋野「俺でも気づくわ」

龍「いや、でも豹の言うのは一理ありますよ。実際、うちの姉はそうでしたし」

樋野「そうなの?」

龍「ええ。それより翔のやつ行ったけど?」

豹「何ィィィ!? 行くぞ進」

進「お、おう。じゃあ監督、また明日」

樋野「おう。気をつけて帰れよ」


 三人が慌しく出て行った部室に残された監督はボソッと一言呟いた。今度から気をつけて見てみよう……と。

進「龍、さっきのは?」

龍「嘘。つーか豹に合わせた」

豹「ナイスだったな」

進「さて、さっさと翔のところに……」


光「進さん!」

進「ん? 光ちゃん!?」

龍「――ッ!」

豹「おぉ、光ちゃん。部活終わったとこ?」

光「はい。冬なんで基礎ばっかりで……」

豹「だよねぇ。疲れるっていうより飽きちゃうよね」

龍「……お前ら普通に話してっけど、この娘は?」

光「あ、昼に……」

龍「ん、昼はどうも」

光「いえ、こちらこそすいませんでした」

進「ほえ、昼何があったの?」

龍「ちょっとぶつかっただけだ」

豹「何スカしてんの?」

龍「っさい」

豹「………………」

龍「結局、どうなのよ?」

進「あぁ、光ちゃんね。レンの妹」

龍「……何?」

光「初めまして、漣光です」

龍「君が噂のだったのか」

光「噂?」

龍「豹のバカが転校時騒いでたから」

豹「そうなんだよね〜。レンが入部後紹介してもらったんだ」

進「まぁ同時に無理なのが分かったけどな」

豹「………………」

光「えっと……進さん」

進「何?」

光「そちらの先輩は?」

龍「あぁゴメン。矢吹龍だ。よろしく」

光「よろしくお願いします、矢吹先輩」

龍「(ふ〜ん……)」

進「っと、翔のやつはどうなったかな」

光「あ、じゃあ進さんお先に」

進「うん、またね」

豹「さよなら〜」


 昼の時のようにペコッと頭を下げて校門へ歩いていった。  そして目線で校門の方を追って行くと何やら凄い形相の男が凄い勢いで走ってきていた。

豹「どした、翔」

翔「どした、じゃねー!!!」


 翔の叫び声が昇降口に響き渡った。

進「もしかして見つかったのか!?」

翔「おう! お前らが楽しそうに話していた娘だよ!」

進「…………え?」

翔「あぁもう! 知り合いだったのか、お前ら!」

豹「だったら何で話しているうちに来なかったのか?」

翔「うるせ――ッ!!!」

豹「(コイツ、意外とチキンだな)」

翔「っであの娘の名前知ってんのか!?」

進「ま、まぁ……」

翔「なんて言うんだ!?」

龍「漣光ちゃんだって」

翔「光ちゃんか……カワイイ名前だな」

進「俺、こいつの耳が羨ましいわ」

豹「同感だな」

翔「やっぱ年下なのか?」

進「そうだが、一つ確認しておきたいことがある」

翔「なに?」

進「もっかい名前を復唱してみ」

翔「ふくしょうってなんだ?」

進「もう一回名前を言ってみろ」

翔「漣光ちゃんだろ? ……ん?」

進「気づいたか」

翔「漣ってレンの?」

進「そういうこと」

翔「そんな! あんまりだ、あのやろう!」

進「いや、レンにあたるのは間違ってるだろ」

翔「だって中学生で結婚なんて……」

進「……豹、俺耳おかしくなったか?」

豹「安心しろ。俺の耳にも聞こえてきたから」

龍「翔、勘違いしすぎだ」

翔「へ?」

龍「光ちゃんはレンの妹だ」

翔「へ?」

進「後一つ言っとくが中学生での結婚は法律上認められてないから」

豹「女性は16歳、男性は18歳以上じゃないといけないってことぐらい覚えとけ」

翔「へぇ〜、お前ら賢いな」

豹「一般常識だよ!」

進「(と言うか使いまわしじゃねーか)」


 進の作者へのツッコミはスルーして翔はそれを聞き、見事な立ち直りを見せる。

進「………………」

翔「なーんだ、それなら滅茶苦茶チャンスあるじゃん!」

豹「だがそう甘いもんではない」

龍「…………その心は?」

豹「だったら俺がもう彼女にしてるからだ!」


バキッ

豹「ガハッ……」

翔「なんだと?」

進「話を聞け、翔や」

豹「そうだぞ。そのレンの妹っていうのが一番厄介なのだ」

翔「なに?」

龍「……どういうことだ?」

進「うん。あいつ、実はシスコンっぽい」

龍「………………」

翔「……進」

進「シスターコンプレックス。簡単に言うと妹が可愛くて可愛くてしょうがない兄の一種の病気ってやつだ」

豹「………………」


 有無を言わず説明しだす辺り豹は感心してしまった。翔はどうやら本当に意味を知りたかったらしく、しっかりと頷いていた。

翔「っで、何が問題なんだ?」


 しかし、伝えたいことはまったく伝わっていなかった。

豹「つまり光ちゃんに手を出そうもんなら、レンに殺される」

翔「まさか、さすがに俺らならレンも……」

進「と思って豹がアタックしようとした瞬間、階段から突き落とされた」

龍「……された? されそうになったじゃなくて?」

進「そう、落とされた」

龍「豹、ケガは?」

豹「軽い打ち身と脳震盪を」

龍「結構大事じゃねーか!」

翔「あれ、俺その事件知らないぞ」

進「俺らの中で終わらせたからな。結構な生徒は目撃してたが」

豹「って言うことでやめておけ。ハンパないから」

龍「酷いな」

翔「う〜む……」

進「ま、こればかりは仕方ねーさ」


 しかしこの時はまだ進と光が付き合うことになろうとは、想像もしていなかった。


・・・・*


 翌日、連夜が昨日の出来事を聞きに珍しく朝早く来た。  (いつもは遅刻ギリギリ、か遅刻)

連夜「う〜す」

進「レン!?」

豹「早ッ! 何したんだ!?」


 クラス中、今日は雨降る、雪降る、地震が起きるなど散々な言葉が飛び交っていた。  それほど連夜が早く来ることが珍しく、また有り得ない事実だった。

連夜「どんだけ失礼だ、お前ら」

進「でもどうした、ホントに」

連夜「いや、翔の恋のお相手が知りたくてな」

進「そ、そのために?」

連夜「あぁ。で、分かったのか?」

豹「い、いや昨日は現れなかった」

連夜「なんだよ……チクショ」

進「(おいおい、嘘つくのかよ)」

豹「(ここでお前の妹でしたって言ったら、翔のやつベランダから落とされるぞ)」

進「(そうだけどよ……)」

連夜「何コソコソ話してんの?」

進「いや、別に」

連夜「っで、翔は懲りずに張ってるのか?」

進「いや、諦めてんじゃね?」

連夜「俺が来る時、昇降口に立ってたけど」

進「何?」

豹「……レンって光ちゃんと一緒に来ないのか?」

連夜「光のやろう、最近友達と行くって言ってな。しゃーないから一人で来てる」

進「そりゃその歳になって兄妹で登校したくないだろ」

連夜「あのやろう、ちょっと目を離すと男に声かけられてそうだからな。カワイイから」


龍「噂に違わないな、レン」

進「おぉ龍、どした?」

龍「いや翔のやつが来てなくてな。こっちにいるもんかと思って」

連夜「翔だったら――」


ススーム!!! いるかぁぁぁ!?

豹「ご指名だぞ」

進「なにがやねん」


 廊下の方から進を呼ぶ叫び声が響いてきた。明らかに翔の声だったが、主が現れるまで動かないことにした。  しかし相も変わらず騒ぎ続ける翔。その周りの人の白い目が進に向けられてきたところでため息を吐き、声の聞こえる方へ向かった。

進「うるせぇよ、タコ」

翔「進、話がある」

進「は?」

連夜「何があった?」

翔「レンか……豹、龍、レンを連れて教室戻ってくれ。これは進と俺の話だ」

豹「……了解」

連夜「何で!?」

龍「はいはい、つべこべ言わず帰ろうぜ」

連夜「おいおい、お前らは気にならないのか?」

豹「まぁ二人で話したいこともあるでしょ」

連夜「何か納得できね」


 文句言いつつ渋々と二人に連れられ教室に戻っていった。

進「っで何よ」

翔「……進、俺は誘導尋問とか得意じゃない。だから直球で行くぞ」

進「何の話?」

翔「お前、今好きな娘いるか?」

進「はぁ!?」

翔「どうなんだ!?」

進「いねぇけど」

翔「そうか。じゃあ光ちゃんのことどう思う?」

進「……何言ってんの、お前」

翔「質問に答えろよ」

進「あのな、俺は光ちゃんとそれほど話したことないんだぞ?」

翔「印象とかあるだろ」

進「そりゃ……まぁカワイイとは思うけど」

翔「(ニヤッ)

進「あん?」

翔「と言うわけだ! 後は頑張って!」


タッタッタッ

進「はぁ!?」

光「……進さん」

進「ひ、光ちゃん!?」


 走り去る翔を追いかけようとしたら後ろから光に話しかけられパニくる進。  先ほどまでそういう話をしてたのだから当然といえば当然だろう。

進「いつからそこに?」

光「……最初から……」

進「そ、そうなんだ……」

光「あのっ! 前から好きでした。付き合ってください!」

進「…………えぇ――ッ!?」

光「………………」

進「ま、前からって?」

光「あの氷室先輩と一緒に来て初めて話した時……ううん、部活の時いつも見てました」

進「嘘……」

光「本当です」

進「…………えっと……俺で良いの?」

光「はいっ」

進「俺でよかったら喜んで……」

光「ありがとうございます!」


 この瞬間、進の頭の中は真っ白になっており翔や連夜のことをすっかり忘れてしまっていた。


豹「残念だったな、龍」

龍「は?」

 連夜を教室に帰した後、様子見に来た二人は今のシーンを見ていた。  と言うよりこうなるだろうと二人は予想しており、一人パニクってる進を見たかっただけだが。

豹「光ちゃんに惚れてたろ?」

龍「それはテメェだろ」

豹「まぁ好きだったけど、君もね」

龍「何を証拠に」

豹「悪いね。見てたんだよ、ぶつかった時の」

龍「なっ!?」

豹「いや〜ボーっと目で追っていた龍はサイコーに面白かったわ」

龍「テメッ! 他のヤツには言うなよ!」

豹「お前の行い次第だな」

龍「タチ悪ぃぞ!」

豹「ハハハハハッ!」


キーンコーンカーンコーン


 ドタバタした朝の一時もチャイムで終わりを告げ朝のHRが始まった。  しかし、そこに翔の姿はなかったという……


・・・・*

 昼休み。龍たちのクラスに来た進と豹。進はここで朝の出来事を伝えることにした。  翔は売店に買い出しに。連夜は職員室に呼ばれていた。

進「と言うことで光ちゃんと付き合うことになった」

豹「知ってるよ」

進「なんで!?」

豹「つーか、鈍すぎだろ。光ちゃんがお前を好きなのモロに分かるじゃん」

進「へ?」

豹「みんな、苗字で先輩なのにお前だけ名前でさん付けじゃん。気づけタコ」

進「嘘やん」

龍「昨日だけで俺も気づいたが?」

進「………………」


 散々人のこと言ってきたくせに自分のことになると問題外だったことに判明した進だった。

進「そ、それでさ問題は言うまでもなくレンなんだ」

豹「何、俺らから伝えれば良いの?」

進「冗談!」

豹「は?」

進「バレないように付き合う。協力してくれ」

豹「腰抜け野郎」

龍「兄という偉大な壁を破ってこそ妹と付き合えるんだぞ」

進「テメェら他人事だと思って」

龍「他人事だし」

進「いや、お願いします。協力してください」

豹「天下の桜星も落ちたもんだな」

龍「ま、進はともかく光ちゃんもバレないほうが良いだろうしな」

豹「そうだな〜。協力してやるか、な〜リュー」

龍「っせぇ!」


シュッ

進「ん?」


 イスに座っている進の膝にパンが飛んでくる。三人が飛んできた方向を見ると袋にたっぷりのパンを買い込んだ翔がいた。

翔「進、上手くいったのか?」

進「あ、あぁ……」

翔「泣かすなよ。お前だから信じてやる」

進「あぁ」

翔「さ、好きなの食え」

豹「買ってきすぎだろ!」

翔「気にすんな!」

龍「そうそう、どうせすぐなくなるわ。レンも来るし」

翔「あぁっとそうだ、進」

進「ん?」

翔「俺、諦めたわけじゃねーからな!」

進「……それでこそ高波翔だよ」


 翔はいつも損な役回りだった。光の一件だけが特別じゃない、翔はいつも女子から頼まれ告白の協力をしてきた。
 今回のように好きな娘がってこともあったが、翔はその時から思っていた。好きな娘が笑顔になるなら良いやって。
 そして今回も同じだ。そして親友の進なら泣かせるような真似はしないだろうと。そう思ったから上手く行くように仕組んだ。
 それを進も分かっていた。二人にしか見えない絆がそこには確かにあったように思える。










龍「あの時、お前泣いてたろ」

翔「あ?」

龍「光ちゃんが進に告白した時、HRいなかったじゃん」

翔「バーカ、俺が泣くか」

龍「目ぇ赤らせて何言ってんだよ」

翔「………………」

龍「お前、良いヤツだな。お人よしすぎんだろ」

翔「普通だって」

豹「いい加減に振舞ってて一番周りのこと考えてるよな」

翔「…………あん?」

龍「なんでお前がいんだよ!」

豹「俺も二人のことが気になってね」


 一人増えて三人になり、視線の先には進と光が対峙していた。

光「話って何?」

進「あー……っと……」

光「進さん?」

進「(……言わなきゃダメだよな……)」


 せっかくくれた龍のチャンスを無駄にするわけにもいかない。いずれ言わなきゃいけないのなら今言うべきだろうと腹をくくった。

進「光ちゃん、ちょっと大事な話があるんだ。聞いてくれる?」

光「うん……」

進「俺さ、高校卒業したらアメリカに行くんだ」

光「あ……アメリカ……? なんで?」

進「うん、俺中学のとき肩壊しててさ。それを治しに……かな」

光「……すぐ帰ってくる?」

進「……一応二年の予定。せっかくアメリカ行くんだし、本場の野球に触れてみたいし」

光「そっ……か……」

進「でさ……二年後、必ず帰ってくるからそれまで待っててくれる?」

光「……二年の間に他の人好きになっちゃうかもしれないよ?」

進「その時はその時で諦めるよ。でも、お互いの気持ちがそのままだったら……結婚しよ」

光「……えっ!?」


ザワザワザワッ

進「あん?」


 明らかに横の方から騒ぎ声が聞こえてきたが、一応今決めてるところだから確認は後回しにした。

光「け、結婚なんて……そんなすぐ……」

進「二年間ある。気持ち固めてて。もしくは他の人に走るか」

光「進さん……」


 光は目に薄らと涙を浮かべていた。そして小さく、でも確かに頷いて見せた。
 そんな光を優しい微笑みで見つめ抱きしめようと近寄った瞬間――

光――ッ! どこだ――ァッ!!!


 静まる暗闇を引き裂くような叫び声が聞こえてきた。

進「……レン?」

光「え?」


連夜「光ッ! 良かった、ここにいたのか……」


 息を切らしていたため、ここまで走ってきたものだと思われる。

連夜「はぁはぁ……光? お前、泣いてんのか!?」

光「え?」

連夜「一体、どうしたんだ?」

光「違うよ……ちょっと……」

連夜「ん? 進?」

進「よっ」

連夜「なんで……お前が?」

進「ちょっとね」

連夜「……まさかお前が光を?」

進「まぁ否定はしないけどな」

連夜「テメェ……光に何の恨みが!」

光「お兄ちゃん! 違うって」

連夜「あぁ!?」

光「良いから帰ろ。進さんとケンカしたって何にもならないでしょ?」

連夜「それはそうだが……」

進「レン、詳しくはまた明日な」

連夜「チッ……分かったよ。行くぞ光」

光「うん。じゃあ進さん、また」

進「うん」


 漣兄妹を見送った後、先ほど騒いでいた方へ駆け寄ってみる。  目を凝らすと明らかに動く三つの影があった。

進「おいこら」


翔「ハッ!?」

進「ハッ!? じゃねーよ!」

翔「いや、ね。気になってさ」

龍「そうそう。ここまで協力してやったんだから良いだろ」

豹「減るもんじゃないし、証人にもなるしね」

進「開き直ってんじゃねーよ!」

翔「でもまさかプロポーズまでするとはね」

進「うっ……あれは咄嗟に……」

龍「咄嗟にプロポーズなんてすなや」

豹「ま、良いんじゃない」

翔「さ、俺らも帰るか」

龍「だな」

進「なんか釈然としねぇな」


・・・・*

 翌日、四国から来ている豹は朝一番の新幹線で帰るため、朝早くに駅に集合していた。

豹「じゃ、甲子園で会おう」

進「あぁ」

龍「楽しみにしてるよ」

豹「あっとレン」

連夜「ん?」

豹「弟君が覚悟してろよ、だってさ」

連夜「返り討ちだって言っておいてくれ」

豹「おう! じゃまたなー!」

翔「じゃっ!」


 豹らしい満面な笑みで四国へと帰っていった。

進「さてと、俺も行くかな」

龍「もうか?」

進「一応、大会前だからな。流石に今日は出ておきたい」

連夜「むしろ帝王で良く来れたなって思うよ」

龍「それいったら翔もだけどな」

翔「ふっ。帰ったら当然、怖い怖い補習が待っている」

龍「勉強の方かよ!」

進「レン、昨日のだけど」

連夜「……別に、どうでもいいよ」

進「え?」

連夜「昨日帰ってから光にコテンパンに怒られたんだ。進に手ぇ出そうとしただけで……」

進「……そうなんだ……」

龍「(まぁ、普通だろうな)」

翔「(それで未だに気づかないレンってどうなんだ?)」

連夜「ただ俺自身納得出来てない。つーわけで甲子園で桜星進率いる帝王をコテンパンにしてやろうと思う」

進「OK。そう言うことなら」

連夜「ギャフンと言わせてやるからな」

進「死んでも言うか!」


 天が授けたずば抜けた野球センスを誇る進も肩を壊すなど、決して恵まれた野球人生を送ってきたわけじゃない。
 それでも中学での親友との出会い。高校で会った数多くの好敵手の存在。そして守りたい人の支えがあり、今の進がいる。
 さぁ、高校ナンバーワンプレイヤーと称された桜星進と偉才の存在と呼ばれた漣連夜。
 二人の公式戦、最初で最後の試合が今始まる!


〜To be continued〜


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