Best Friends

−10−


 一時の再会を楽しんだ五人はそれぞれの県の代表として甲子園に乗り込んだ。  第二次黄金時代と世間で呼ばれているこの世代。二年前、黄金世代が活躍した年、有望な一年が多くいたことから  そう呼ばれるだろうと当時言われていたのが現実になった形だ。
 だが二年前の黄金世代とは少し勝手が違っていた。二年前は一人ずば抜けた選手がいるわけでもなく、均衡していた。  しかし、今年の世代は……

流戸「高杉を始めとした帝王がずば抜けていて、それを他校が追う形だな」

世那「全国でも帝王って一番なのか?」

流戸「去年は俺らが勝ったし、センバツでは横浜海琳が勝ったけどな。どちらも高杉がいなかった、もしくは不調だったこともある」

世那「ふ〜ん。そう思うと予選で点とった俺らって結構やる方?」

流戸「県によっては出場できたかもな。東京都だったってことが不運だったな」

世那「高杉ってそんな凄いピッチャーなのか……」

流戸「そりゃ全国には高杉と対等なピッチャーもいるだろう。桜星と肩を並べれる選手もいるだろう。だが……」

世那「全員、帝王を目標にこの甲子園戦ってるのか」

流戸「そういうことだな。そういう意味じゃ第二次黄金世代は勝った選手が世代の党首だな」

世那「でも黄金世代って今でも黄金世代って言われてるよな」

流戸「勝ったのは伊勢投手だけどな。伊勢投手は青波投手に敵わないって言うし、実力はその前で負けた投手だって負けてない。 と言うことで黄金世代のまま呼ばれている。ま、あの人達は桁が違うよ」


 地区大会で負けた蒼月学園の蒼界世那と流戸宙夜は夏休みを利用して甲子園に観戦に来ていた。  恐ろしく、ただの暇人である。

世那&流戸「ほっとけ!!!」


 そんな二人の後ろにサングラスをかけた傍目怪しい男が立っていた。

鈴夜「よぉ、宙夜」

流戸「ん?」

世那「――ッ!?」

鈴夜「お前も来てたのか」

流戸「鈴夜さん!?」

世那「え、流戸の知り合い?」

流戸「あぁ、漣鈴夜さん。ほれ、西武のレイ選手」

世那「なに――ッ!!?」

鈴夜「初めまして。宙夜の友達か?」

流戸「蒼界世魔さんの息子ですよ」

鈴夜「ほぉ、セマさんの……」

世那「蒼界世那です。親父を知ってるんですか?」

鈴夜「何年かだけど一緒にやっていたからね」

世那「へ?」

流戸「鈴夜さんは元々オリックスの選手だぞ」

世那「そうなの!?」

鈴夜「意外と認知されてないのね」

流戸「まぁオリックスじゃ成績収めてないですからね」

鈴夜「うっせいやい」

世那「三冠王バッターって凄い人だろうなって思ったら……」

流戸「いつも息子に転がされてる愛嬌あるオッサンだ」

鈴夜「連夜みたいなこと言わないでくれ」

流戸「鈴夜さんもわざわざ息子の勇姿を見に?」

鈴夜「いや、光が来たいっていうから連れてきた」

光「こんにちは」

流戸「お、光ちゃん。愛しい人の応援か?」

光「ち、違うって。お兄ちゃんの……」

流戸「知らんの連夜だけだから隠さんでも良いって」

光「もう!」

世那「ほえ〜、この子が桜星の彼女さんか」

流戸「そういうこと。そして漣連夜の妹」

鈴夜「しかし、今年の高校生はレベルが高いな」

流戸「そうっすよね」

鈴夜「ん? なんでこんなところにいるんだ?」

流戸「ほっといてください!」

世那「………………」


アナウンス『守ります帝王高校、ピッチャー諏訪くん。キャッチャー加納くん……』

鈴夜「おっと始まるか」

流戸「ん? 高杉じゃねーのか」


アナウンス『ファースト高梨くん、セカンド神木くん、サード三瀦くん、ショート桜星くん』

流戸「ほら、桜星だよ」

光「もう、いちいちいいですって!」


アナウンス『レフト鳩場くん、センター高杉くん、ライト内海くん。以上です』

世那「と言うかセンバツのときもそうだったけど、良くこの甲子園で知り合いと会うな」

流戸「まぁ野球見るならやっぱバックネットでしょ」

鈴夜「投手の投げる球が間近で見れるからな」

世那「ふ〜ん……」

流戸「光ちゃんからすれば帝王ベンチ側のほうが良かったかな?」

光「宙夜さん!」


 宙夜らが雑談している中、グラウンドでは投球練習が終わり桜花のトップバッターが打席に立つ。


ウウウウウ――ッ!!!


 帝王のピッチャーがプレートに足をかける。今、夏の最も暑い日、最も熱い戦いが始まろうとしていた。







甲 子 園 大 会 準 決 勝
西千葉県代表 東東京都代表
桜  花  学  院 VS 帝  王  高  校
3年SS森   岡 三   瀦3B3年
3年  漣   加   納 3年
3年2B真   崎 鳩   場LF3年
3年1B  姿   桜   星 SS3年
3年松   倉 高   梨1B 3年
2年LF滝   口 高   杉CF 3年
3年RF久   遠 内   海RF 3年
3年CF佐 々 木 諏   訪3年
3年3B倉   科 神   木2B3年


−試合前・桜花ベンチ−

木村監督「残り二試合だ。ここまで来たら死力を尽くせ。中途半端なプレーしたら許さんぞ」

シュウ「気負わず頑張ろう!」

松倉「未だにシュウがキャプテンで良いのかって感じが否めないんだが」

姿「そう思うなら国定先輩に指名された時、テメェが受ければ良かったじゃん」

松倉「俺は自分のことで精一杯だからな」

真崎「と言うか今更今更。キャプテンは盛り上げるのが上手いヤツに限る」

連夜「同感だな。下手にリーダーシップ取られるよりは楽でいい」

佐々木「ホント、お前ら肝が据わってるよな」

連夜「まだ緊張してんのか? もう準決勝だぞ」

久遠「そういう問題か? 相手が帝王だぞ」

連夜「名前負けすんな。同じ高校生だ」

透「せやせや。ちーっとばかしワイらより名前が売れてるだけやで」

佐々木「何か緊張してる俺らがバカみたいだな」

久遠「同感」

木村「良し、気合入れていけよお前ら!」

シュウ「行くぞォォッ!!!」

桜花ナイン「っしゃあ!!!」


−試合前・帝王ベンチ−

北野監督「昨日言っていた通り、今日の先発は諏訪だ。高杉は外野にまわれ」

高杉「ッス」

進「わざわざ桜花戦で使うんですか?」

北野「前評判はCランク。千葉大会を勝ち進んだとは言え、言うほど強いチームじゃない。決勝前に高杉を温存したいしな」

進「そうですか。(でも相手はレンたちだ。そう甘く行くわけない……)」

諏訪「なんだ、桜星。俺の実力認めてないのか?」

進「そういうわけじゃないけどな。……気ぃ抜くなよ?」

諏訪「あったぼうよ! 後はアキっちが何とかしてくれる」

加納「知るか!」

進「………………」

高杉「……行くぜ」

進「お、おう」


1 回 表



シュウ「よっしゃあぁぁっ!!!」

加納「おーおースゲー気合」

諏訪「オラァァッ!!!」

加納「………………」



世那「何を叫びあってるやら……」

流戸「どうでもいいが、あのピッチャー初めて見るな」

世那「そういやそうだな」

流戸「どんなピッチャーなのやら」



諏訪「行くぜェッ!」


ザッ

シュウ「ん?」


グワッ


 プレートに足をかけ、左足を上げると同時に思いっきり体を沈ませる。

シュウ「なっ!?」



流戸「アンダースロー!?」

鈴夜「ほぉ、高校生でな」



諏訪「シッ!」


ビシィッ

シュウ「む……中々……」


 対角線から内角へストレート。中々厳しい角度にシュウはバットを出せなかった。

加納「(二球目、内角へスライダー)」

諏訪「っしゃあ!」


シュルシュルシュル

シュウ「っとっとっと……」


ブーーンッ!!!

加納「(三球目、外角へシンカー)」

諏訪「てぇぇいっ!」


ククッ!

シュウ「キャッ」


ズビシィ

シュウ「………………」


 ポンポンと攻め込む帝王バッテリーに手も足も出せず三球三振。

シュウ「くっ……漣、気をつけろ。アンダーだが意外と球の出所が見えない」

連夜「了解」


 続いて二番漣が左バッターボックスに立つ。



流戸「お、来たな」

鈴夜「実際、連夜の打席を見るなんて思えばそうなかったな」

流戸「本来なら四番も打てるだろうに」

世那「なのに二番なのか?」

流戸「アイツはそういう男なんだよ」



諏訪「おらっ!」


シュッ

連夜「………………」


 三球目まで振らずに見逃しバッティングカウントとなる。

連夜「なるほどね。シュウの言ってた見づらいって分かったわ」

加納「ん?」

連夜「これは案外、右のほうが打ちやすいかもね」

加納「……かもね」


ククッ

連夜「チィ」


ガキッ

 対角線から内角低めにコントロールされ、そこから鋭く曲がるシンカー。何とか食らい付き三遊間へ流す。

シュウ「さっすが漣!」

真崎「いやっ!」

姿「帝王のショートは……」


パシッ

連夜「あ?」

進「あめぇよ!」


シュッ!

 三遊間へ深いゴロ。ショート進が回り込み、一塁へ大遠投。見事に制球された送球はファースト高梨の胸元に届いた。  瞬間、連夜は天を仰いで悲鳴を上げた。



世那「うめぇ……」

鈴夜「あそこからノーバンねぇ」

光「………………」

流戸「光ちゃん的に複雑?」

光「えっと……」

流戸「進さんカッコイーかな?」

光「い、良いから試合見てください」

流戸「クックック」



 三番真崎も内角のストレートに詰まらされファーストフライでこの回、三者凡退。

真崎「なんだ、アイツ……」

連夜「踏み込み足で上手く隠してるんだよな……」

木村「とりあえず守備だ。点取られたら何にもならんぞ」

連夜「了解」

姿「頼むぜ松倉」

松倉「あぁ」


1 回 裏



諏訪「だーはっはっは。どうでい、桜星!」

進「分かった分かった」

加納「まだ一回だぞ。気を引き締めろよ」

諏訪「はっはっは。オレはいつも気を抜いてるぜ」

加納「………………」

高杉「……良いから攻撃に集中しろ」

進「お、おう」


 攻守変わって帝王の攻撃、一番の快速三瀦がバッターボックスに立つ。

三瀦「よぉ。待ちわびたぜ」

連夜「俺は二度とやりたくなかったがな」

三瀦「ふっ、やっぱ屈辱だったか?」

連夜「……まぁいい。この試合、お前に仕事はさせねぇ」


 三瀦は大きくオープンスタンスを取る。純粋に見れば外角のボールは届かない……が。

連夜「(こいつ、外角を合わせるだけでヒットにしてくるからな)」


 まるで自分の仕事は塁にでることだけと言わんばかりだ。確実に一番としての仕事のみ果たす。それが帝王の選手だ。


シュッ

 初球、外角からストライクゾーンに入ってくるスライダー。  反応せずに見送りワンストライク。

三瀦「いいスライダーだ」

連夜「相変わらず食えないやつだね」

三瀦「お前こそ、俺の足警戒しすぎじゃね?」

連夜「……ほっとけ」


 過去……中学時代、三瀦とは戦っていた。結果、試合には勝利したが一試合四盗塁を食らった。  しかも中学時代からクイックだけは定評あった翔と組んでもだ。

ズバーンッ


審判『ボールッ!』

松倉「チィッ」


 何とかフライで打ち取ろうとする連夜のリードが偏り、カウントを悪くしてしまう。

松倉「(ったく自分の口癖忘れてんのか?)」


 次のリードも内角高めへのストレート。しかし松倉は首を横に振った。  初回だが……先頭バッターだが、ここで帝王に主導権を握らせるわけにはいかない。

松倉「(行くぜ、低めにスライダー)」

連夜「(なっ、ダメだ!)」


 松倉から送られたサインに首を振るが、松倉は無視して投球モーションに入った。

松倉「シッ!」


クククッ


カァンッ

松倉「倉科!」

透「はいなぁ」

連夜「急げ!」

透「いや、焦らんでも大丈夫やって」


シュッ


 サード倉科が落ち着いて捌いてワンアウト。

透「どうしたんや、連夜。らしくあらへんよ」

松倉「お前、自分で言ってただろ。内野安打なんて内野がエラーしなきゃ怖くないって」

連夜「いや、だけどな。足速いヤツはやっぱ警戒しないと」

松倉「殿羽とか進藤とかの時はなんだったんだ?」

連夜「なんだったんだろうねぇ」

松倉「………………」

連夜「はいはい、分かりましたよ」


三瀦「ストレートもだが、スライダーがキレる。気をつけろよ」

加納「了解」


 ワンアウトランナーなし。ここで帝王の司令塔である二番の加納。



世那「こいつ、大会のとき見なかったな」

流戸「いや、ベンチにはいたぞ」

世那「え?」

流戸「指示を良く出してたな。キャッチャーってことで納得したが」

世那「へぇ〜……」

鈴夜「一回のリードを見る限り中々だな。投手の特性をよく理解している」

光「私、野球ってよく分からないけどリードってそんなに重要なの?」

世那「あー、それは俺も思った」

鈴夜「まぁそうだな。実際投げるのは投手だからそう思うのも無理ないだろう」

世那「そうなんですよね」

流戸「言ってしまえばその通りだけど、キャッチャーのリード次第でピッチャーも変わるんだな、これが。 的を得たリードだと安心して投げれるから精度が増す。逆だと投手に不安ができ、ピッチングに影響するってわけ」

鈴夜「結果は投手についてくるから数字面じゃ判断しづらいが、勝つチームっていうのは自然と名捕手に恵まれてるのは事実さ」

光「ふ〜ん」

世那「さすが元プロ……」

流戸「俺の説明に+αしてるだけじゃん」

鈴夜「うるせぇって」



カキィンッ

加納「ふぅ……」

松倉「くっ……」


 世那たちがリード云々の話をしている中、グラウンドではフルカウントから粘り加納相手にすでに八球投じていた。

連夜「(しゃーない。打たせるか)」

松倉「(出たよ……漣の怖いところが……)」


シュッ

加納「……はっ?」


キーンッ

 松倉の投じたボールは何の変哲もない甘いボール。一瞬呆気に取られながらもセンター方向へ打ち返す。


ズシャア

真崎「おらっ」


 しかしセカンド真崎が回り込み、一塁へ反転送球。  少し送球がそれるがファースト姿がカバーし一塁アウト。いずれにせよ好プレーだ。

加納「ゲッ、追いつくか?」


松倉「ふぅ……甘すぎで逆に呆気にとられ反応が遅れた分、追いつけたか」

連夜「そゆこと」

松倉「長打打たれたらどうすんだよ」

連夜「んなもん結果論だ結果論」

松倉「(俺、よくこんなヤツと三年間バッテリー組んできたな)」


カキーンッ

 苦労して一・二番を打ち取りながらも三番魁琉に初球をセンターに運ばれる。

姿「ナイスバッティン」

魁琉「漣ってリードにムラがある。前二人に手こずったなら甘いボールが来るだろうと読んでたよ」

姿「それがなきゃスゲー良いリードすんのにな」


場内アナウンス『四番 ショート 桜星くん』



流戸「来た来た」

光「しつこいですって」

流戸「え、純粋に桜星のバッティングを期待してるだけだが……それがなにか?」

光「もうっ!」

世那「性格悪いな、お前」



連夜「ツーアウトでランナー一塁か。逆に良かったかも」

進「よろしく」

連夜「あぁ。さっきの借りは今返させてもらう」


 初球、抜いたカーブ。完璧に捉えるも引っ張りすぎてファールに。  しかしその打球・スイングの鋭さ、その飛距離に球場内がざわめく。



流戸「多分、あいつぐらいだろう。ここであんなカーブを要求できるのは」

世那「でも裏をかいてたな」

流戸「そりゃあ……な」

鈴夜「さっきの二番でほとんどの球種を出したからな。これは苦しいだろ」

光「………………」



カッキーンッ

松倉「ゲッ!?」


 外角へのスライダーを上手くバットに乗せ流す。完璧な打球がライトへ。

久遠「なろっ!」

姿「バッ、無理すんな!」


ズシャアァッ


一塁審『……アウトッ!』

進「捕った!?」


連夜「ヒューッ、やるぅ」

松倉「おいこら、いきなりスライダー打たれたぞ」

連夜「困ったな。次からどうすっかな」

松倉「………………」


 何にせよランナー出しながらも二つの好プレーで帝王の攻撃を無得点に抑えた桜花だった。

久遠「どーでい」

姿「ナイスプレー」

佐々木「逸らしたら一大事だったが……」

姿「いや、これで流れが来ただろう」

木村「次の回、攻めるぞ」


2 回 表



カキーンッ

内海「オーライ」


ガキッ

三瀦「(シュッ)


木村「…………は?」

姿&松倉「すいませんでした」

連夜「オメェら、わざわざ流れを向こうにやってどうすんだよ」

姿「言っとくが初回のお前の打席でも流れは向こうにいったが?」

連夜「それを守備で取り戻しただろ」

久遠「俺がな」


ビシッ


審判『ボールフォア!』


滝口「オッケー」

諏訪「くっ……」

加納「ドンマイドンマイ、気にするな」



鈴夜「急に乱してきたな」

流戸「かなり変則なモーションですからね。もしかしたら対右は投げづらいのかな」

鈴夜「それはあるかも知れんな」



連夜「良し、見てなかったがタッキーが出た。久遠頼むぞ」

久遠「あいよ」





ガキッ

進「ほい」


 初球、真ん中付近から外角へ滑り落ちるシンカーに手を出しショートゴロ。セカンドフォースアウトでチェンジ。

木村&連夜「…………は?」

久遠「せーやせん」



流戸「何やってんだか」

光「………………」

流戸「こっちは恋人に見とれてるし」

鈴夜「あのアンダーを攻略するのはやはり右ようだな」

流戸「みたいっすね。右アンダーにしてはかなり珍しいパターンっすけど」

世那「でも桜花って少ないよな。さっきの六番が初めての右だったよな」

流戸「後は八番の佐々木だったな、確か」

鈴夜「二人しかいないのかよ」

流戸「さて、どう攻略してくるかな?」


2 回 裏



松倉「オラッ!」


クククッ

高梨「くっ」


ガギッ

松倉「よし!」


 この回、先頭バッターの高梨をピッチャーゴロに抑える。なぜ松倉が気合を入ってるかと言うと  どうせ前の回、加納に球種を探られたのなら後のこと考えず、飛ばす方向にした。

高梨「加納が言ってたスライダーとやら。確かにキレは素晴らしいぞ」

高杉「あっそう。まぁ十回に一回しか打たない五番には期待はしてない」

高梨「酷ッ!」


 いつもは中盤まで隠す決め球スライダーを序盤から使えると松倉は自然とテンションが上がっていた。  しかし投手というのは調子に乗ればいいというものでもない。乗れば乗るほど痛い目見る時もある。

高杉「ハァッ!」


ピキィーン!

透「――ッ!?」


 せっかく追い込みながらも決めにいったストレートだったが甘く入ってしまう。  打球は倉科が反応できないほど速く、あっという間に外野へ抜けていった。

姿「さすが、バッティングも一流か?」

高杉「誰か知らないが試合中に話しかけないでもらおうか」

姿「へいへい、変わらねーな」


 続く内海には四球を与えてしまい、ピンチを広げる。

諏訪「ここで帝王の秘密兵器! 諏訪っちの登場でい!」


連夜「ほぉ」

松倉「(外角のスライダーか……ゲッツー狙いね)」


クククッ

諏訪「どっせぇぇいッ!!!」


ガキッ

真崎「まいど」


 思いっきり引っ掛け真崎のグラブの中に。なす術なく思惑通りダブルプレーに。

高杉「お前は自分の仕事だけしろ」

諏訪「へい、主将」

高杉「主将はやめろ」


連夜「打撃は下手で良かった」

松倉「綺麗に引っ掛けてくれたもんな」


3 回 表



諏訪「はぁ……」

加納「お前さ、ピッチングだけに集中しろって言ってんだろ」

諏訪「とゆーてもチャンスに打てなかったのは結構凹むねん」

加納「どうでもいいけど、ピッチングはしっかりな」

諏訪「おう」




審判『ボール、フォア』

加納「………………」

諏訪「すんません、すんません」


 先頭の佐々木をストレートのフォアボールで出してしまう。  明らかに強烈な視線を送っている加納に対しとりあえず平謝りの諏訪だった。

連夜「良し、透。ここはヒッティングだ。チャンスを広げろ」

透「分かってるわい。まぁ見とれや」


 そして桜花は九番の倉科が打席にたつ。九番を打つから打撃は下手というわけでもない。

加納「(この男、今大会ホームランも打っている……打率も高校通算三割超えている)」


 世那らの会話の通り、加納はレギュラーとして試合に出ていたわけではない。  しかし、その分スコアラーとして他校のデータを取っていた。その量はハンパではなく、名門どころはもちろん桜花のような  実績のない、ビギナーズラックのような高校の選手のデータも揃えていた。


 故に


ガキィン

透「アカン!」


 そのリードは間違いがなく、高確率でしとめられる術を持っていることになる。

透「やけど、飛んだコースはわるぅないで!」


三瀦「そりゃテメェの守備範囲だったらだろうが」


パシッ

透「なんやて!?」


 サード三瀦が素早い動きで捕球すると、そのままのスピードで二塁へ送球。  逸れることなくセカンドに転送され、一塁へ。寸分の狂いもないダブルプレーでチャンスの目を潰す。

連夜「…………は?」

透「上手いなぁ、あのサード」

佐々木「帝王の内野は隙がない。どう練習したらあんなんになるやら」

連夜「誤魔化してんじゃねーよ」

透&佐々木「すいませんでした」


 打順はトップに戻りキャプテン、一番シュウが打席に。一打席目は緩急の前に三振に倒れている。

シュウ「今度は負けないぜ!」

進「ツーアウトだ。気負うなよ」

諏訪「オッス!」

加納「(一打席目と同じような感じで良いだろう)」


 一打席目同様にスライダーやシンカーの緩急差を利用してシュウにバッティングをさせない。  諏訪は球種は少ないものの、それぞれの球種でスピードをコントロールできる技巧派だった。


カ〜〜ンッ

シュウ「ノー!」


 あっという間に追い込まれ、ボール球を体勢崩されながら何とかバットに当てただけ。  バッテリーの思い通りに打ち取られ……


ビシッ

魁琉「ゲッ」


 なかった。レフト魁琉がまさかの落球。  シュウは慌てて二塁に向かおうとしたが内野にボールが素早く返されたので一塁ストップ。

高杉「鳩場、お前素人か」

魁琉「悪い悪い」

高杉「バッティングは一流なのに守備が小学生だもんな……」

魁琉「小学生は言いすぎだ」

高杉「だな。小学生に悪い」

魁琉「そっち!?」


真崎「ツーだが森岡が出たぜ。どうすんだ木村」

木村「走らせてもいいか。あのバッテリーがどんなもんか見ておきたいし」

真崎「良いのか?」

姿「アウトでも次は漣からになるしな」

木村「そゆこと」


連夜「(盗塁ね、了解)」

シュウ「(オッケーッ!)」


 桜花ベンチと打者・走者の様子を見て加納が思考を巡らせ始めた。

加納「(二死から動いてくるか? だが漣を考えれば……)」


 加納の考えは桜花ベンチと一緒だった。そして打者のスキルを考え、盗塁は刺しには行く……が。


シュウ「ナイス!」

佐々木「自分で言うなよ」


 完璧なスタートを見せる。諏訪もクイック、加納も正確な送球で応戦するも  思いっきりのいいスタートをしたシュウには一歩届かず盗塁成功する。

真崎「森岡でギリか〜。やるな、あのキャッチャー」

姿「キャッチャーもだが、クイックの上手さだな」

木村「あぁ。モーションが大きくなるアンダースローであそこまでのマウンド捌きを見せられると……」


連夜「動くに動けねーな」

加納「まぁ刺せたら儲け物だったしな。しかし、これでこの回は終わりだ」

連夜「…………あ?」

加納「漣くん、君の噂は聞いてるよ。世代ナンバーワンキャッチャーってね」

連夜「んなもん、マスコミが呼んでるだけだろ」

加納「そうだね。君なんて、打撃がちょっといいだけのキャッチャーとしては二流選手だ」

連夜「なんだと?」


 別にマスコミや人の評価なんて気にはしない方だ。だが、面と向かって貶されると到底許せないタチだ。  挑発には案外、簡単に乗ってしまう男である。

加納「君は打撃でも致命的な弱点を持つ」

連夜「ほぉ、それは聞いてみたいね」


審判『こら、二人とも私語を慎みなさい』

加納「すいません」


 審判に注意をくらい、パパッとサインを送る。連夜は渋々ながら審判に一礼し、投手の方を向いた。  挑発には乗るが、冷静になるのも早い。自分が今、やらなきゃいけないことをするだけだ。


ククッ

連夜「ハァッ!」


キィーンッ


 外角へ沈む変化球を流し打つが打球は三塁側へ大きく逸れていった。

加納「三年間通算、得点圏打率」

連夜「あん?」

加納「わずか『.236』……通常の打率と1割近く違うことになる」

連夜「………………」


 自分で意識したことはなかった。でも加納の指摘することは思うところでもあった。  わずかでも思うことが、数字化されている。これに連夜は酷く動揺し……

諏訪「りゃっ!」


ビシュッ

連夜「――ッ!」


バッシーンッ!

加納「ナイスボール」


 内角のストレートに手を出せず、見逃し三振となる。

連夜「くっ……」


松倉「漣……」

快「漣さんが……」

布袋「チャンスで三振……」

姿「………………」


 ここぞと言うとき打ってきた漣の三振に落胆の色を隠しきれない桜花ベンチ。
 一方、ピンチを抑えた帝王側は流れを掴み、盛り上がっていた。  自分の完璧なデータとリードで抑えた加納は満足そうな笑みを浮かべていた。

加納「ふっ」

進「レンのやつ、思いっきり悔しがってるが何か言ったのか?」

加納「別に。ちょっとチャンスに弱いんじゃない? ってね」

進「チャンスに弱い? アイツが?」

加納「データ上はな。……まぁ、後々要注意だが」

進「ん〜……逆に打ってるイメージあるけどな」

加納「だろうな」


 進のイメージも桜花側も持っていた。だから驚き、そして唖然とした。  しかし加納の言っている後々要注意……それは文字通り後にそのイメージが確信となる。

加納「漣はただチャンスに弱いわけでもねぇ」

進「え?」

加納「いずれ分かるさ」

進「変に含みを持たせるな」


3 回 裏



北野「……高杉、加納。どうだ、このチームは」

高杉「前評判はともかく、準決勝まで上がってきた実力はあると感じます」

加納「そうですね。今まではデータ通りですが、少なくても二名ほど要注意の選手がいます」

北野「誰だ?」

加納「投手の松倉に四番を打つ姿です。一打席目で諏訪にタイミングを合わせきました。打者として要注意でしょう」

北野「……ふむ。投手の松倉は?」

進「スライダーは基より、対角線から投げてくるボールは厄介……だろ?」

加納「それもあるが、あの投手……センスを感じる。勿体無いねぇ……」

進「何が?」

加納「俺がリードすれば、高杉に負けず劣らずの投手になるぜぇ。クックック」

進「………………」

北野「まぁいい。この回、先制点を挙げるぞ」


ズッバーンッ!

松倉「しゃっ!」

神木「くっ……」


 この回先頭の九番神木を三振に奪う。前の回、ピンチを脱した勢い……  そしてチームがチャンスで得点出来なかった嫌な流れを持って松倉はマウンドに上がっている。

姿「(脱帽するぜ、松倉)」

真崎「(……やるなぁ)」


 松倉の投手としての最大の武器は精神力の高さ。どんな時でも諦めない屈指の力を持っている。  仲間たちもここに来てようやく理解し始めていた。松倉の投手としての実力を……


連夜「さぁここからだ」


 一死となり、帝王は一番の三瀦に打順が戻ってきた。

三瀦「感服するね」

松倉「………………」

連夜「松倉……」



鈴夜「あの投手、覚醒したな」

世那「覚醒……ですか?」

鈴夜「野球だけじゃないがな。どのスポーツにもある話だ」

流戸「そんな覚醒だなんて、漫画の世界じゃあるまいし」

鈴夜「いや、漫画の話じゃない。実際にあることだ。スポーツで言うなら一流のプロ選手の集中力が研ぎ澄まされ 周りの音を一切遮断する。まぁこれはスポーツに限った話ではないけどな」

光「聞いたことある。確かゾーンに入るとか言わなかったっけ?」

鈴夜「その通り。他にも色々言い方はあるけどな」

流戸「……それに今、松倉がなってると?」

鈴夜「恐らくな」



キンッ

三瀦「チィッ」


 カウントを有利に進められた挙句、ボール球を打たされる。  しかし詰まったからこそヒットになることも野球ではそう珍しいことではない。

真崎「あーもう!」


 中途半端に飛んだ打球はポトリと内野と外野の間に落ちた。

真崎「悪い、松倉」

松倉「………………」


 ボールを受け取り、右手を上げそれに応える。まったく気にしてないようだ。

連夜「(だが、三瀦を出してしまった。一死だが……どうしてくる?)」


加納「(こういう場面での漣のリードは高確率で決め球を外角に投げ様子を見る)」

北野「(行け!)」


 北野からのサインに三瀦と加納は相手に悟られないように頷く。

松倉「シッ!」


ズダッ!

姿「ランナースタート!」


クククッ

加納「どんぴしゃ!」

連夜「なっ!?」


 いくら相手がゾーンに入ろうと、来る球が分かっていれば反応ぐらいできる。  加納のバットがスライダーを捉え、そして振り切る!


キィーンッ


 一塁ランナー三瀦とのランエンドヒット。松倉の集中力では盗塁は成功しないだろうと察した三瀦はベンチにサインを送る。  加納が集めたデータによる裏づけでくるボールが分かっているならと、エンドランを仕掛けてきた。  相手の弱いところを的確につく。それが強者、帝王のセオリーにそった着実な野球だ。

真崎「いつまでも松倉にオンブされてるチームじゃねーよ!」


ズシャアッ

加納「嘘ッ!?」


 確実に抜けたと思われた打球をセカンド真崎がダイビングキャッチ。落ち着いて一塁に送球しアウトにした。

真崎「どーや。ワンマンでここまで来れるほど甘くないだろ」

加納「……ふっ……」


 松倉が集中状態に入ったのは今日が初めてではない。それでも三瀦や加納のようにヒット、もしくは鋭い当たりを打つ相手はそういなかった。  真崎のファインプレーで何とか繋いでいるものの、王者帝王。一気に飲み込まれかねない雰囲気が球場を包んでいた。

木村「嫌な……流れだな」

司「え?」

木村「薪瀬、大友、赤木……ちょっと準備してもらってていいか?」

司「えぇ……でもこんな早くですか?」

木村「集中しきった松倉の投球は正直、並の高校生じゃ打てないと思ったんだがな」

司「って言っても松倉だってあの状態で100%抑えてきたわけじゃ……」

木村「まぁ……それ言われたらそうなんだが。まぁ一応さ」

司「……了解」

大友「高波、付き合ってもらっていいか? タキがいないから」

快「あ、はい」


カキーンッ

連夜「くっ……センター!」

魁琉「よし!」


 桜花ベンチが動き始めた時、三番魁琉が右中間へツーベースヒットを放つ。  二塁ランナー三瀦が還って来る。帝王に先制の一点が入った。

進「どうした、レン。こんなもんか?」

連夜「まだ一点だろ。(……化け物たちめ。本当に同じ高校生かよ)」


 三瀦も魁琉も中学のときを知っている。ましてや魁琉なんて同じ中学だった。  しかし、二人とも連夜が知っているときをはるかに上回っている……どう練習すればこんなに差が出るんだろう……と。  口では一点と言っても内心は焦っていた。一点で止められるとは思えなかったから。


クククッ

進「ハッ!」


キィーンッ

松倉「(バシッ)

進「おっと」


 鋭い打球が松倉を襲ったが、無難に捕球しスリーアウト。  先制打を打たれて浮き足立ったチームを冷静に救った。

松倉「漣、何を焦ってる」

連夜「ん?」

松倉「まだ一点だろ? 抑えて行こうぜ」

連夜「別に焦っては……」

松倉「攻撃の方に意識がいってるぞ。まずは守ることだ」

姿「そういうこと。後は俺らに任せとけ」

連夜「へいへい」


 軽く返したが、本心は凄く心強かった。何だかんだ言って、連夜も帝王と言う名前に負けていただけだった。  一点取られたがようやく気持ちが落ち着き、試合は中盤戦に差し掛かる。


・・・・*


流戸「ん〜、攻め方がさすが帝王って感じだったな」

光「やっぱり進さんのほうが強いの?」

流戸「まぁ……やっぱりな」

鈴夜「帝王の選手は完成されている感があるからな。指導力が優れてるんだろうな」

流戸「桜花の監督って元プロですよね?」

世那「え、そうなの!?」

鈴夜「あぁジョウさんだろ。ジョウさんは指導はいいんだけど、戦略面がな……」



木村「ハックションッ!」

連夜「ゲッ、汚ね!」

木村「汚ねぇはないだろ」

連夜「口を添えようともしない人が何を言うんです」

木村「ごもっとも」



光「あのさ……」


カキーンッ

姿「おし!」


ダッ

進「(バシッ!)

諏訪「オッケーイ!」

姿「嘘やん……」

進「ふぅ、届いた」



光「………………」

流戸「お〜い……」

光「あ、ゴメン。お父さん、さっき帝王の方が選手、完成されてるって言ったよね?」

鈴夜「ん? あぁ」

光「それだったら、毎年帝王が優勝するんじゃないの?」

鈴夜「まぁ理屈はそうだが、スポーツって数字上だけで計れるもんじゃないだろ」

流戸「ただ帝王は中学で実績のあるやつが選ばれ、三年間野球漬けになる。そりゃ強くなるわ」

世那「俺らの学校、一応進学校だからな」

流戸「それでも帝王や……全国的に名門とされる学校は毎年のように出てくるな」

光「ふ〜ん……そうなんだ」

世那「鈴夜さんから見て、この試合どうなると思います?」

鈴夜「そうだな。8:2で帝王だな」

世那「そんなですか?」

鈴夜「連夜には悪いけどな。高杉を温存している帝王に後半まででリード奪えるかが鍵だな」

流戸「逆に高杉が出ない理由が不調なら桜花にもチャンスはあると思うけど」

光「そんなに凄いの? 高杉って人……」

流戸「まぁプロでも一年目から活躍できるって言われてる逸材だからな。住む世界が違うよ」

鈴夜「桜花が勝つためには早いうちに逆転して、逃げ切り……だな」



カキーンッ

諏訪「ほわっちゃ!」


バシッ!

諏訪「!!!」

松倉「ゲッ、入った!」

諏訪「ムッ! 入ったとは失礼な! 取ったんだい!」

加納「(絶対、偶然だな)」



流戸「桜花のほうはアンダーにやられてるな……」

世那「でもさ、確か今大会二回目じゃなかった?」

流戸「……あぁ、瑞穂とやってたな」

鈴夜「何だよ、初めてじゃないのか。じゃあ案外、攻略してくるかもな」

流戸「でも瑞穂って左アンダーですからね。それに帝王の投手、完成度が……」

鈴夜「そうだな」



 スタンドで三人が話しているうちに四回の表、桜花の攻撃が終わった。

光「ふぅ……流石に暑いね」

流戸「熱心に見すぎでしょ。一人だけを」

光「うるさいですよ」

鈴夜「そういや宙夜はそういう浮いた話はないんかい?」

流戸「ありませんよ」

鈴夜「否定早いな」

世那「まぁ野球人で付き合ってるヤツなんて数えるぐらいでしょうし!」

流戸「なんだ、先輩と取り合って負けた世那くん」

世那「あぁ!?」

流戸「すいませんでした」



ワアァァァッ!

流戸「ん?」


 帝王側がいやに盛り上がっていたのでグラウンドに目を向けると、ランナーが出たようだ。  電光掲示板を確認すると『E』のランプが点灯していた。

透「すまへん」

松倉「気にすんな」


 集中しようと所詮は高校生……だが、この瞬間から松倉は更に覚醒した。


ククッ!

高杉「――ッ!」


連夜「ナイスボール!」


 連夜の絶妙なリードもプラスされ、帝王打線を寄せ付けない!


ズバーンッ!

内海「くっ……」


ズビシッ

諏訪「ぶぅ……」


 地味に高梨に盗塁を許してはいたが、問題とせず三者連続三振と圧巻のピッチングを見せる。

連夜「オッケー!」

松倉「しゃあっ!」


高梨「………………」

佐々木「どした?」

高梨「せっかく漣から盗塁したのに、完全にスルーされた」

佐々木「………………」



光「……凄いね、あの投手」

流戸「そうだな……今のはキテたな」

鈴夜「点とるなら、次の回……だな」


 鈴夜が言ったさり気ない一言、しかしその言葉通り五回から試合は大きく動き始める。


5 回 表



連夜「監督、何か気づいたことは?」

木村「うむ。一打席目、滝口と佐々木に四球を出したことぐらいかな」

連夜「四球? 制球は良くないってことですか?」

姿「もっと単純だろ」

連夜「え?」

木村「あぁ。右打者が得意じゃないんだろう」

連夜「……そうか!」

姿「左打者に見辛い角度から投げてくるんだ。逆に右打者には投げづらいんだろう」

松倉「俺もクロスファイアー習得したての時はそうだったしな」

連夜「よし、タッキー。甘く来たボールは遠慮なく思いっきりたたけ!」

滝口「了解です!」


 桜花ベンチの考えは的中していた。諏訪は踏み込み足で死角を作り、沈み込んで投げるアンダースロー。  左打者にとっては死角からクロスファイアーで来るため打ちづらい反面、右打者にとっては逆に苦なく打てる。  そのこともあり諏訪自身、対右のときは投球が安定していなかった。


シュッ

加納「ゲッ!」

滝口「おっしゃあ!!!」


パッキーンッ!

諏訪「!!!」


 甘く入ったシンカーを迷わず振りぬく。打球は左中間を真っ二つに破る、桜花初ヒット!  そして同点のランナーが得点圏に進んだ。

木村「よし高波、代走だ。相手バッテリーのペースを乱してくれ」

快「分かりました」


 ここで桜花ベンチは滝口に代え、俊足の高波を代走に送る。

快「お久しぶりです、進さん」

進「よっ。桜花に行ったと聞いた時はビックリしたけどな」

快「ははは。ちょっと興味あったんですよね、一から作った野球部に」

進「兄みたいなこといってら」

快「一緒にしないでください」

進「は、はい」


ズダッ

諏訪「へ?」


サッ

快「ふぅ……」


 セットに入った瞬間、スタートを切るフリをする。諏訪は慌ててプレートから足を外すが、快はゆっくりと二塁へ帰塁する。

進「三盗はない。気にするな」

諏訪「お、おう」


 口ではそう言うものの、投手という人種は走者を嫌う。ましてや快のような足のある選手が投手に対してプレッシャーをかける。  これだけで投手はペースを崩し……


ビシュッ

諏訪「あ――ッ!!!」


久遠「GO!」


 見事な大暴投で二塁ランナーを進塁させてしまう。

加納「おい、落ちつけ」

諏訪「お、おう……」

神木「さもなきゃ高杉主将がセンターから光臨するぞ」

諏訪「おう! 気をつけるわ!」

進「……神木、いつからコイツ、高杉を恐れるように?」

神木「まぁアイツ怖いからな。普通人なら皆恐れるぞ」

進「………………」


シュッ


ズビシッ

久遠「(球威が戻ってきたか……)」


木村「良し、スクイズだ」

連夜「おぉ、勝負に出ますか」

真崎「なんつーか……木村の采配は慣れねーな」

姿「まったくだ」

木村「うるさい」


加納「………………」


シュッ

久遠「しまっ!」

快「――!」


 しかし、加納はそれを読んでいた。何もデータを取ってるのは選手の成績だけじゃない。  采配を揮う監督の傾向すらも……だ。改めて加納がこれまでの帝王を支えてきていたのかが分かるだろう。

久遠「くっ」


カン


 飛びついて何とか当てるも打球は上がってしまう。加納がしっかり捕球し、三塁へ。

快「(ダッ)


ズシャアァ


 それでも当ててくれた分、戻ることができ三塁はセーフになる。

連夜「くそ……あのキャッチャー、何なんだ?」

木村「とりあえず、ナイスだ久遠」

久遠「ッス」

姿「一死だが、どうする?」

木村「まぁ……右だし佐々木に任すか」


シュッ

カァン

諏訪「ふぅ……」


シュッ

カァン

加納「(この男……)」


 追い込まれながらも際どいボールをカットする佐々木。  先ほど高波に揺さぶられ、そして佐々木に粘られる。諏訪は心身ともに良い状態とは言えなかった。


ズバァン

諏訪「おらぁっ!」

佐々木「………………」


審判『……ボールッ!』

諏訪「な、なんだと!?」


 低めに決めに来たボールだったが、わずかに外れフォアボール。平然と一塁へ歩き出す。

諏訪「ちくしょう……なんでアレが……」


 明らかに苛立ちを隠せず、精神的におかしくなっている。  それを逃さないほど桜花のバッターは甘くない。ましてや好打者の倉科ならなおさらだ。


カキーンッ!

透「どや!」


高杉「あのアホがッ!」


 打球は左中間への大飛球。三塁ランナー高波は悠々ホームイン。佐々木は三塁へ、打った倉科も二塁へ。

シュウ「ほわっちゃっ!」


キィーンッ


 チャンスに滅法強い目立ちたがり屋、シュウがセンターへヒット。勝ち越しに成功する。  ここで帝王は守備タイムをとり、諏訪を落ち着かせる。

加納「(くっ、さすが森岡。得点圏打率四割越えは伊達じゃないか)」

連夜「まだ終わりじゃねぇ。追加点取ってやる」

加納「(ふぅ。ここで漣か……助かったな)」

連夜「加納……って言ったっけ? データも大事だが、野球ってデータ通りに中々ならないもんさ」


 そう言い、左打席を通り過ぎる。

加納「な、何の真似だ?」

連夜「別に。左で打ちづらいなら右で打てば良いだけの話」


木村「あのバカ。また立ちやがった」

姿「ホント、常識ないよな漣って」

松倉「だがこの状況でアイツほど頼りになるやつもいない」


加納「(確かに漣は過去、右で打ったこともあるが……)」

連夜「さぁ、来いよ」

諏訪「なめるなよ!」


三瀦「一度は落ち着いたんだがな……」


 連夜が右打席に立った理由はいくつかある。その一つが諏訪への挑発だ。  守備タイムを取った直後ならそれなりに落ち着きを見せるかもしれない。だが逆にそこを狙った。  ここで崩れれば、ノックアウトすることが出来ると。

加納「打てる自信があるのか?」

連夜「あるよ。それともまだチャンスに弱いから〜とか思ってんのか?」

加納「(得点圏打率は確かに低い……それはただのチャンスでしかない……この男は……)」


 どこに投げても打たれる気がした。さっきとはまったく逆の心境だ。

諏訪「オラァッ!!!」


パキーンッ!

連夜「まだまだ二流だな」


 そしてムキになって投げた外角のストレートを逆らわず右中間へ運ぶ、長打コース。  もちろん右打席に立とうとも打てなきゃ意味がない。連夜には打てる自信があったのだ。

透「ナイスバッティンや!」


 三塁から倉科が生還する。三対一と更に点差を広げた。
 二死からの逆転劇。桜花側スタンドは興奮状態だった。

加納「(さすが漣……逆境・勝ち越し場面での得点圏打率は五割近くまで跳ね上がる。 試合の結果を左右する時のみ力を発揮するクラッチヒッター……か)」


真崎「さー来いよ」


 続く三番真崎も右打席に立つ。これまで左で打っていた漣が右に立ち打った。
 そして真崎もそうだった。これまでは左で打っていた。

諏訪「く、にわかの右打席に二度も打たれるわけが!」


シュッ

真崎「にわか、じゃねーよ」


キィーンッ


 そう、真崎は本物のスイッチヒッターだ。  初球を叩き、レフト前ヒット。これで二死満塁となる。

ビシッ

諏訪「ぐわぁぁっ!!!」

姿「儲け儲け」


 完全にペースを乱した諏訪は姿にもストレートのフォアボールを与えてしまう。
 押し出しで更に一点追加。四対一。

連夜「あ〜あ、そろそろ限界じゃないか?」

進「それはともかく、お前右でも打てたんだな」

連夜「親父のバッティングフォームの見よう見まねだがな」

進「本格的にスイッチやったら?」

連夜「イヤだ。あの打法、腰に負担がかかるんだよね」

進「あぁ、そう……」

連夜「いくら下馬評が低いからって舐めすぎだろ。俺らは意外とやるんだぜ」

進「分かってるよ。お前こそ帝王がこのまま終わると思うなよ」


カキーンッ

神木「(バシッ)

松倉「真正面か……」


 満塁のチャンスだったが松倉がセカンドライナーに倒れ、三者残塁。しかし桜花は逆転に成功した。

高杉「……おい、諏訪」

諏訪「あんだよ!?」

高杉「………………」

諏訪「…………………………………………」

進「………………」

北野「良し、このまま終わるなよ」

高梨「分かってます!」

高杉「いや、お前には期待してないし」

高梨「!!!」

進「………………」

三瀦「……出ろよ、神木」

神木「あぁ」

魁琉「ウチも個性派チームだな」

進「そうだな……」


5 回 裏



流戸「上手く逆転できたな」

世那「漣くんって右でも打てたんだな」

鈴夜「しかし連夜の野郎、いつの間にあの打法を……」

流戸「え?」

鈴夜「あれ、俺の打法だ。アイツには教えたことなかったんだけどな」

流戸「他に教えたことあるやついるんですか?」

鈴夜「あぁ白夜にな」

流戸「なるほどね」

世那「さて、後はどう抑えるか……」

流戸「見物だな」


連夜「(さて、ここはビシッと抑えたいところだな)」


 今までと打って変わったリードをしだす連夜。リード面でもようやく真骨頂を発揮しだした。

松倉「(遅ぇよ)」


 連夜がリード面でマジになった時、松倉のゾーンと同じくあまり打たれた記憶はなかった。


カキーンッ

シュウ「むぅ!」


連夜「はぁ!?」


 そう、今までは……

松倉「……マジ……?」

快「ドンマイです。ゲッツーとりましょう」

シュウ「オッケー!」


 守備陣にとってはただの安打。でもバッテリーからすれば打たれるはずのない状況で初球を打たれた。  バッテリーに与えるダメージは決して小さくはなかった。


ズダッ!


 その隙をつき、神木が初球からスタートを切る。

連夜「っざけんな!」


ビシュッ!


ズシャアァッ


審判『セーフッ! セーフッ!』

快「……え?」

松倉「嘘だろ!」


 タイミングはアウトだった。しかし審判の見る位置が悪かった。ただそれだけだった。

松倉「あの審判め……」

姿「審判に文句言ってもしょうがないだろ」

連夜「まぁそうだが、あの神木ってやつ。スライディング上手かったな」

快「そうですね……ベース際でもスピード落ちませんでしたし」

松倉「でも明らかにアウトだろ……」

透「ええから、切り替えろや」

シュウ「ここで点取られたら意味ないぞ」

松倉「同感だが、シュウに言われると何か……」

連夜「つーわけで集中しろよ」

松倉「お前に一番言いたいわ」


 一番、三瀦はセーフティ気味の送りバント。松倉の好守備で一塁はアウトに。

北野「加納、ここで点取れなかったら後々キツイ。頼むぞ」

加納「お任せを」


連夜「俺が本気になった以上、お前には打たせねぇ」

加納「俺に読みあいで勝てると思ってんの?」

連夜「俺を誰だと思ってる……!」


松倉「しっ!」


クククッ

加納「(ズダッ)


キーンッ


 外角へのスライダーを踏み込んで打つが、大きく逸れて一塁側スタンドへ。

加納「相変わらず外一辺倒か?」

連夜「(やっぱ外を打つのが上手い……典型的な二番だな)」


ダッ

透「なんやて!?」

松倉「え?」


 サードからの驚きの声についそちらに耳を傾けてしまった。その結果……

シュッ

松倉「アーーッ!!!」


連夜「姿、松倉、ダッシュ!」


カキーンッ!

透「なっ!?」


ビシッ

 思いっきり引っ張った打球は前進してくる倉科のグラブを弾きレフト前へ。  当然、三塁ランナー神木が生還し二点差に。

松倉「う、打つのかよ……」

連夜「しかも引っ張りやがった。流し打ってくるかと思ったが」


加納「セカンドが塁間詰めてたからね。センスは認めるよ」

姿「(あの状況下でそこまで見てたのか。視野が広いっつーか……)」


 ランナー一塁でバッターは三番の魁琉。守備でお粗末なプレーを見せたが、バッティングは帝王一・二を争う好打者だ。

連夜「(魁琉か……何とかゲッツーに取りたいところだが……)」


 魁琉の打撃は連夜も良く知っている。故に裏をかきたかった。  スライダーやストレートを駆使して何とか追い込む。

松倉「………………」


 そして勝負球に選んだのは松倉の持つ変化球では最もレベルの低いカーブ。


クッ


カキーンッ!

連夜「何ィ!?」


 しかし完璧に捉えられ、ラインドライブで左中間を……


バッシ――ッ!

魁琉「は?」


ズシャアッ

シュウ「どーでい……」


 なんとショート、シュウがハイジャンプを見せ捕球。しかも真上ではないため難しい打球だったが  斜め後方へドンピシャのタイミングだった。

魁琉「……いや、確かに弾道は低かったが……」

姿「ハハハ、お互いビックリだな」


松倉「おぉ――! ナイスだシュウ!」

透「やるやないか!」

シュウ「当然でしょ!」


 逆転した後、誤審があり、そしてすぐ得点され嫌な流れになっていた桜花を救うビッグプレーだ。


パッキーンッ

進「そう簡単に終わるかよ!」


 勢いに乗りそうな桜花を初球から叩く。王者・帝王がそう簡単に流れをやるわけがない。

連夜「アーホ。お前なら分かってるだろ、ウチのセンターの……」


ズダッ


ズシャアァッ


佐々木「守備範囲だぜ、桜星」

進「さ、佐々木……!」


 右中間へ飛んだ打球をセンター佐々木がダイビングキャッチ。流れは今、完全に桜花に来ている!


流戸「おーナイスキャッチ」

光「むー……」

世那「あのセンター、足が速いわけじゃないけどな」

流戸「だな。お前より遅いだろう、でも追いつけそうか?」

世那「多分無理」

鈴夜「内野ほど外野の守備っつーのは分かりづらいところはあるが…… あのセンター、一歩目が良いな。打球判断はプロ級だな」

光「何も進さんの打球で……」

流戸「クックック、惜しかったねぇ」

世那「………………」


6 回 表



カァァン

諏訪「………………」


 この回、先頭の高波の代打・右打者の赤木がレフト前ヒットで出塁。  続く久遠が送りバントを決め、佐々木は敬遠気味のフォアボール。一死二塁一塁でバッターは同点打を打っている倉科。

透「よっしゃあ、行くでー!」

諏訪「くっ……」


シュッ


 自分のペースで投げられないのか、フォームが崩れ今では普通のアンダー以下に。  当然、左打者の倉科にとって見やすくなっていた。


カッキーンッ!

諏訪「!!!」

透「あーもう! 引っ張りすぎたわ!」

加納「(そろそろか……)」


スポッ

諏訪「あっ!」

透「ノ――ッ!!!」


 すっぽ抜けが倉科の背中を直撃する。全然力が入っていないボールだったが、そこは関西人か大げさなリアクションで倒れこむ。

加納「……大丈夫か?」

透「全然問題あらへん。痛いのはお互い様やろ」


 スクッと立ち上がると軽快に一塁へ駆けていった。

加納「(確かに……満塁で森岡だ。厳しいな……)」


 先ほど勝ち越し打を放った一番シュウにまわってくる。突き放す絶好のチャンスだ。


ビシッ


審判『ボールッ!』


 打たれるのが怖いのか、ボールが先行してしまう。

進「入れろ入れろ。押し出しだけはマズイぞ」

三瀦「打たせれば何とかなるかもよ」

諏訪「お、おう……」


 ノースリーからの四球目、ストライクを取りに少し甘いボールが来る。

シュウ「ほいさ!」


 それを迷わず振り抜く!

諏訪「へ?」


パキーンッ

加納「嘘やん……」


 積極的というのはもちろんデータにはあった。しかし、満塁でノースリーという場面、何の迷いもなく打ってくるほどとは思わなかった。  呆気に取られたバッテリーをよそに打球はセンターに抜け、桜花に一点が入る。


ビシュッ!

佐々木「おっと、危ねぇ」


 センター高杉からの好返球。打球が強かったのもあり、二塁ランナー佐々木は三塁でストップしていた。

真壁「タイム!」


連夜「ん?」

真崎「交代のようだな」


 帝王・北野監督が選手に伝令を頼み、ライトの内海に内野に来るように指示する。

連夜「内海か」

真崎「どうするんだ?」

連夜「まぁ……スクイズは無理だろうな。転がせる自信ねぇし」

真崎「珍しいこと」

連夜「内海のカーブってキレがヤバイらしいからな。左の俺じゃとても……」

真崎「さっきみたいに右で打てばいいじゃん」

連夜「バーカ。俺がまともに右で打てるならスイッチになってるわ」

真崎「まともに打っただろ」

連夜「奇襲も良いところ。二打席目じゃあの切れるキャッチャーに見抜かれる。そこだ! って感じで」

真崎「………………」

連夜「まぁいい。一死満塁だ。もう一点は欲しいからな」


 ライトの内海がピッチャー。諏訪に代わり、セカンドに真壁。セカンドの神木がライトにまわった。
 投球練習を終え、試合再開。二番の連夜が左バッターボックスに立つ。

加納「ほぉ、左か?」

連夜「元々左打ちなんでね」


 ここで付け入る隙があるとすれば内海が守備からすぐマウンドに立ったことだ。

加納「(どうせワンポイントだろ。惜しみなく行くぜ)」

内海「(了解)」


ググッ!

連夜「あ?」


バシッ

審判『ストラーイク!』

 連夜の膝元に素晴らしいカーブが決まった。

連夜「これは……」


真崎「見るからに打てなさそうだぞ」

姿「お前が何とかしろ」

真崎「………………」


ググッ

連夜「おんりゃあぁぁっ!!!」


ズバッ

 見当違いのところをフルスイング。見事に当たらずボールはミットの中に。

連夜「せいやぁぁっ!!!」


ブーーーンッ!!!


パシッ

加納「………………」


審判『ストラーイク! バッターアウトッ!!!』

 呆気なく三球三振。打てないときはスッパリ諦める。得点圏打率が低い理由もこういうところからだ。

連夜「く、紙一重か」

真崎「どこがだ」


 この試合二度目となる二死満塁の場面、三番の真崎が右打席に立つ。

真崎「(さて、ここはカーブ以外のボールが来たら積極的に打っていかなきゃな)」

加納「………………」


シュッ

真崎「良し!」


 初球・二球目のカーブを見逃し、平行カウントからの第三球。  外角へストレートが来る。しかも打ち頃のスピードだ。思いっきり踏み込み一・二塁間へ狙いを定める。


カァァンッ

真崎「よっしゃ!」


 快音響かせ、打球は一・二塁間を鋭く抜けて――


パシッ

真壁「(シュッ)


 いかなかった。先ほどよりセカンドに入っている真壁が難なく捌き、スリーアウトチェンジ。  更に得点を挙げることは出来なかった。

真崎「お、追いつくか?」

連夜「スゲー、グラブ捌き。プロみたいだったな」

木村「勝ってはいるが、満塁から得点できてないな」

連夜「嫌な流れにならなきゃ良いですね」

久遠「何で他人事なんだよ」


6 回 裏



 五対二、帝王有利の声を尻目に桜花が三点リードしている。

北野「お前ら、恥ずかしくないのか? ここで同点にしてこい!」

帝王ナイン「はいっ!」

諏訪「俺が持たなかったんだ。あの投手だってそろそろ限界なはず!」

高杉「……だ、そうだ。先頭バッター」

高梨「任されよ!」

進「(流したな……)」


 しかし諏訪の言うことは一理あった。序盤に集中が増した状態で投げていて、しかも帝王という強力打線を相手にだ。  暑さや大会での連投という疲労もプラスすると限界に近いことは目に見えていた。

高梨「おっし!!!」

連夜「(コイツは一度出塁してるが、タイミングは合ってないな)」


 ストレートとスライダーのコンビネーションで十分打ち取れる。そう思い、サインを出した。  連夜のミスはリードに頭が行き、松倉そのものを見ていなかった。


ククッ

連夜「あま――」

高梨「りゃあ!!!」


カッキーンッ

真崎「んなろっ!」


ビシッ

高梨「ゲッ!?」


 タイミングバッチシのジャンプで高梨の打球を弾く。着地後、落ち着いて一塁に送球しワンアウト。

松倉「さ、サンキュー……真崎……」

真崎「球威、落ちてるぞ。シャキッとせい」

姿「相変わらず、乗ってる時はいい守備するな」

真崎「まーね」

姿「ムラがなければいい選手なのに。ふぅ……」

真崎「ため息つくな」


連夜「っで、大丈夫なん?」

松倉「……さぁな」

連夜「……お前な……」

松倉「俺は投手なんでね。悪いが自分でマウンド降りるなんて言わないぞ?」

連夜「あぁそう。めんどくせぇな、投手って」

透「多分、それキャッチャーが言ったらアカンのちゃう?」

姿「まったくだ」


 明らかに球威は落ちてきたが、そのまま続投となった。まだ三点のリードがある。

高杉「その油断が命取りだ」

松倉「ほざけっ!」


シュッ


ズバーンッ!

高杉「……!」

松倉「お前が相手にしてるのは、誰だ?」

高杉「……ふっ」


 高杉は中学・シニアから強豪と呼ばれるチームからそのまま高校野球の名門、帝王に入学した。  大抵の相手はそのチームの名前の前に本気で立ち向かおうなどど考えず、高杉の投球を間近で見て諦めた。  野球を始めて以来、抜群のセンスを誇っていた高杉が高校に入って初めて『野球』をやることができた……  どの競技、スポーツにも言えること……相手がいなければ何も始まらない。

カッキーンッ!

松倉「くっ!」

高杉「………………」


 この大会、対戦した高校は全てそうだった。帝王に本気で勝とうと……高杉雄馬のボールを打ちたいと全力で向かってきたヤツらばかりだった。  今、この瞬間を高杉は楽しんでいた。

内海「あいつもまた一つ、成長したわけだ」

進「最近、楽しく野球やるようになったな」

内海「あのサイボーグがねぇ」

北野「内海、代打を出すぞ」

内海「了解」


 高杉がレフトオーバーのツーベースで出塁し、帝王ベンチが動きをみせる。

連夜「代打?」

松倉「おいおい……内海が下がるってことは……」

透「次の回、出てくるっちゅーわけやな」

シュウ「誰が?」

松倉「高杉に決まってんだろ」

姿「………………」


 一死二塁という場面。内海に代わり、二年の剣崎が打席に立つ。

剣崎「よろしくお願いします」

連夜「(こいつ、前の試合までスタメンだったな)」



世那「あれ、流戸。アイツだよな、帝王の正捕手」

流戸「そうだな。帝王の二年でキャッチャーやらせてもらえるって相当だよな」

鈴夜「まぁキャッチャーなんて試合でなきゃ成長しないからな。そう思うと高校のキャッチャーは不利だよな」

流戸「一つしか試合に出れる枠ないですしね」

世那「そうか……」

流戸「現にプロ入り後、打撃が良いヤツはコンバートさせられる。限られた人数がプロ入りし 更に限られたやつのみがキャッチャー出来るわけだよな」

世那「恐ろしいな……」

光「そんなポジションをお兄ちゃんはやってるの?」

鈴夜「アイツは変わりもんだからな。狭き門ほど進みたくなるやつだよ」



カーンッ


 外角のスライダー、決め球だが序盤よりキレ・変化ともワンランク落ちており上手く合わせて打ちライト前へ。  二塁ランナーは三塁ストップ。しかしチャンスが広がった。

連夜「(ここで左だったら大友に代えるんだけどな……)」


 続くバッターは途中出場の右バッターである真壁。元々は打たせて取る投手の松倉にここは賭けることにした。

連夜「(投球術のレベルだったら高杉より勝ってるしな)」


 ここは一点取られてでもゲッツーを取りに行く。サードのみスクイズを考えてか前進気味だが。  それでもバッテリーの考えの中にスクイズの選択肢はなかった。

北野「(行くぞ)」

真壁「(スクイズ……)」


 高校の試合ではランナー三塁の場合、まず考えられるのがスクイズだ。  しかし帝王は違った。スクイズは何よりリスクが大きい作戦だ。そして打者としてはそれなりのレベルが多い帝王では  スクイズは滅多に使わなかった。それを連夜も頭に入れていることだった。

高杉「(ダッ)


透「(フェイクか?)」


 この試合、似たような場面が一度あった。上記のこともあり、倉科は突っ込みはしなかった。

真壁「(スッ)

松倉「本物か!?」

連夜「何ィ!?」


コッ


 落ち着いて転がし、高杉はホームイン。舌打ちをしながら松倉はボールを一塁へ転送。

進「よし、ナイスバント!」

真壁「ども」

高杉「あいつら、スクイズ如きで驚きすぎじゃね」

北野「まぁ俺はあまりスクイズはやらせないしな」

高梨「そして何より、真壁の打撃のヘボさをアイツらは知らなかったんだろう!」

真壁「本人前にヘボいって言わないで下さい」

諏訪「本当のことだし。な、高杉」

高杉「まぁ……打撃はな……」

真壁「………………」

高杉「でも真壁は守備が上手いからな。守備だけなら帝王のレギュラーに申し分ない」

進「フォローする気ならもうちょっと早くな」

高杉「あん?」


 帝王ベンチで後輩弄りが行われている中、桜花は守備タイムを取っていた。

松倉「はぁ……はぁ……」

連夜「限界だな」

松倉「はぁ……交代……か?」

連夜「あぁ。レフトに行け」

松倉「何?」

連夜「お前を下げれるほどウチの選手層厚くねぇよ」


 そう言い、ベンチに向かって左で投げるフリをする。一応これが投手交代の合図だ。

姿「大友を出すのか?」

連夜「そ。神木、三瀦と左が続くしな」

姿「投手の赤木を下げてまで大友か?」

連夜「後に何があるか考えると……だろ? 確かに勿体無いが、仕方ないだろ」

赤木「そうっすね。それに俺のボールが帝王に通用するとも思えませんし」

真崎「うわっ!」

姿「ビビった……いつの間に……」

連夜「すまないな、赤木」

赤木「当然ですよ」


 ここで桜花は投手交代。松倉に代わって大友。松倉は赤木の変わりにレフトに入る。

大友「こんな場面にお呼びですか……」

連夜「どうしたトモやん。いつものふてぶてしさはどうした?」

大友「いえ、流石に帝王相手だと……と言うかトモやんはやめてください」

連夜「ん、そうか?」

姿「………………」


 場面は二死二塁、バッターは九番の神木。この試合、松倉からヒットを打っている。

連夜「(いくら何でも初見じゃなんとかなるだろ。最初から飛ばしていくぜ)」

大友「(分かりました)」


 連夜から出されたサインに頷き、セットポジションから左腕をしならせる。


ビシュ


ズバーンッ

神木「……中々……」

連夜「(あの加納ってやつのデータ量を考えると隠してても無駄だろうな)」


グッ


ガキャァン

神木「しまっ」


 大友の武器である高速シュートで詰まらせる。MAX140キロを超えるストレートを投げることができる大友。  高校入学後だが取得したこのシュートは130キロ後半で曲げることができる、球種が少ない大友の心強い武器だ。


ボテボテ

シュウ「よっしゃ、任せ」


スカッ!

透「……は?」

真崎「……も、森岡……」


 完全に打ち取った打球をショートのシュウがトンネル。外野が処理に戸惑っているうちに二塁ランナーはホームイン。  バックホームの間に神木は二塁を陥れる。

連夜「どあほ」

シュウ「すんません」

姿「と言うかその後もアタフタしすぎだろ。神木まで進塁させることもなかっただろ」

真崎「それは遅れた外野に言ってくれ」

姿「お前が神木を牽制してれば良かっただろ。まったく見ずにバックホームしやがって」

連夜「真崎が投げた時、塁間の真ん中ぐらいにいたからな」

真崎「え、そんなに?」

連夜&姿「あぁ」

真崎「……言えよ」

シュウ「とりあえず、この後しっかり!」

連夜「お前が言うな」

シュウ「ごもっとも」


 これで一点差となり、ランナーを得点圏に置きバッターは一番に戻って三瀦。

三瀦「さてと、同点にはしときたいな」

連夜「(そういや次の回から高杉が来そうなんだよな……)」

三瀦「……そんなに高杉が怖いか?」

連夜「なにっ!?」

三瀦「お前は今、先のことを考えて今を疎かにしている。失敗するいい例だな」

連夜「言いたいことはそれだけか?」

三瀦「あぁ、ムキになったお前のリードほど打ちやすい球はない」

連夜「言ってくれるじゃねーか」


 左バッターの三瀦、神木と同様にストレートと高速シュートを駆使してカウントを稼ぐ。  カウント2−2となり、連夜が勝負球に選んだのは大友の決め球SFF。

大友「おらぁっ!」


シュッ

三瀦「ふんっ」


ピキィン

連夜「な……ッ」


 落ちるボールに上手く合わせ、ライト前に落とす。二塁ランナー神木は三塁を蹴る。

姿「急げ久遠!」

連夜「ノーカット!」

久遠「らぁっ!」


ビシュッ


 素早く捕球した久遠、ホームの連夜目掛けて完璧な返球を見せる。


神木「(ザッ)


ズシャアァァ


審判『セーフッ! セーフッ!』

連夜「ぐっ……」


 しかし先ほどの盗塁で見せたスライディングの上手さがここでも光り、一歩返球が及ばなかった。  三瀦のタイムリーで5−5の同点に!

大友「ふぅ……」

連夜「大丈夫だ大友。まだ同点、投げ負けてはいないぞ」

大友「さすが帝王っすね。俺的には完璧に投げたつもりだったんですが」

連夜「……だな。俺もリード甘かったわ。データは全部向こうにあるんだもんな」


 三瀦の打席まで隠してきたSFFも完璧に打たれた。初見の初見じゃ打てないだろうという慢心が生んだタイムリーだ。

連夜「んじゃ、次のやつには下手なリードはなしだ。お前の投球、見せてやれ」

大友「ッス」


 俊足三瀦をランナーに置き、二番の加納を迎える。二死だが盗塁を考えてもいい場面だ。

加納「(左か……だが大友はクイックも含めマウンド捌きは発展途上なところがある。付け入る隙はあるだろう)」

連夜「精々考えろよ。帝王の頭脳さん」

加納「……!」

連夜「いつ走らせたらいいだろうな? ん?」

加納「(この男……三瀦に走られるのが怖くないのか? ……確かに二死、俺さえ打ち取ればいいだけだが……)」


 連夜は相手を弱気にすることができる、それほどの肩は持っている。

大友「うおぉぉぉ!」


ビシュッ

加納「うっ」


ズバーンッ!


 相手が悩んでいるすきに威力のあるストレートを投げ込む。流石の加納もこれには反応が遅れ、見逃した。


ズダッ


 テンポ良く二球目のモーションに入る。そこに三瀦が完璧なスタートを見せる。

大友「せぇい!」


ズバァンッ!

三瀦「………………」


ズシャアァァ


 大友は三瀦には気にせず最良のストレートを見せる。しかし三瀦の盗塁を許してしまう。

加納「………………」

連夜「なんだよ?」

加納「い、いや……」


 加納が呆気にとられたのは連夜が二塁へ送球しなかったからだ。執拗に三瀦が挑発したのも全ては漣を煽るため。  魁琉や進が過去に屈辱的な負けを喫した連夜は三瀦のことを必要以上に警戒するだろうと予想した。現に序盤はそうだった。  だから今、ムキに盗塁を刺しにいかなかったことに驚きを隠せなかった。

大友「おらぁっ!」


ビッ

加納「――!」


ズバァァンッ!

加納「……な……」

大友「しゃあっ!」

連夜「俺は諦めが悪いんでね」

加納「は?」

連夜「三瀦をムキに刺しにいってその後、お前に打たれるよりはこの方がいい」

加納「………………」

連夜「俺、一人のプライドよりチームが勝てば良いんだよね」

加納「プライドの塊……と聞いてたが……」

連夜「まぁね。だけどな、とあるヤツに説教くらったことがあるんだよ。 『中途半端なプライド持ってると痛い目みるぞ』ってな。俺、何より負けず嫌いだから」

加納「………………」

連夜「まぁ受売りも嫌いなんだけど……な」


7 回 表



松倉「ナイスピッチン」

大友「……すいません」

松倉「なんで?」

大友「先輩が守ってきた点差を……」

松倉「ははは。なんだよ大友らしくねぇ」

シュウ「ホントホント」

滝口「笑っちゃうわ。初めて見た〜」

大友「うるせぇ! お前は黙ってろ」

木村「おいおい……」

姿「………………」

真崎「ん? どしたい姿」

姿「……さぁな。武者震い……かな?」

真崎「あん?」


 適当にはぐらかした姿はバットとヘルメットを持ってサークルへ向かう。  そして帝王ナインが守備につき、歓声が沸いた。


場内アナウンス『帝王高校、選手の交代をお伝えします。ピッチャー内海くんに代わりまして高杉くん』


ドワワワワッ!

真崎「――!」

連夜「来たな!」


 センターの高杉がピッチャーに。代打で出た剣崎がキャッチャー、キャッチャーの加納がセカンドに。  セカンドの真壁がサードに、サードの三瀦がセンターにまわった。


ズッバーンッ!

高杉「ふぅ……」

進「いけるか、高杉」

高杉「内海に代打が出たときから予想していたことだ」

加納「(それってついさっきじゃん)」

進「た、頼むぞ……」

高杉「あぁ」


 投球練習を終え七回の表、桜花の攻撃が始まる。

姿「待ちわびたぜ、三年間……この時だけをな!」

高杉「……何の話だ?」

姿「テメェは記憶にないだろうがな……過去に負けた男の一人だよ」

剣崎「(高杉先輩と戦ったことがあるのか……)」

高杉「…………………」

姿「…………………」


真崎「姿は高杉と対決するだけに三年間、努力してきたんだ」

連夜「……この一打席が最初で……」

真崎「そして最後の対決だ!」


ザッ

高杉「ふっ!」


ビィッ

姿「らぁっ!」


ズバァァン!

姿「なっ!?」

高杉「――!」

剣崎「(初球から高杉先輩のボールに合わせてる!?)」


 空振りはしたものの、150キロを超えるストレートについてはいってる。  しかし姿もこの高校三年間、150キロのストレートを相手にしたことはなかった。

連夜「150キロの壁……数多くの速球派投手とは戦ってきたが……」

佐々木「同世代で実際に超えたヤツは初めて見るな」


高杉「弱小高校の四番だが、実力はあるようだな」

姿「ほざけ、負けられねーんだよ!」

高杉「それはこっちも――同じだっ!」


ビシュッ

姿「もらっ――」


スッ!


ブーーンッ!

姿「お、落ちた……のか?」

剣崎「高杉先輩のSFF……インフィニティは打てませんよ」

姿「チッ」


 高杉のSFFは落差もさることながら、球筋とキレが並のフォークを軽く越えている。  特にストレートのような球速と球筋からふと落ちるこのボールはよほどヤマを張っていないと当てることすら困難だろう。

高杉「桜花の姿ね」

姿「――!」

高杉「覚えておこう。いいスイングだ」


ビシュッ

姿「(ストレート!)」


ズッバァァン!


 姿、三球三振でワンアウト。

姿「……くっ!」

松倉「悔しがるには早いぞ」


 ベンチに戻る姿と打席に向かう松倉、すれ違う時に松倉が声をかける。

姿「……悪ぃ」

松倉「後、一回まわしてやる。お前がどんなに高杉と戦いたかったか知ってるからな」

姿「松倉……」


 続いて五番、途中から外野にまわっていた松倉が打席に入る。

剣崎「(ここもストレートで押しましょう)」

高杉「(あぁ)」


ビッ

松倉「せぇい!」


ズバァァン!

松倉「……速ッ」

高杉「(コイツもか……)」


 先ほどの姿もだったが、初球からバットを振ってくる相手なんてそういなかった。  まず高杉が投げるボールを見て、そして速さに戦意喪失する。これまでの相手はそうだった。


ビシュッ


ズバァァン!


審判『ボールッ!』

松倉「よし」

剣崎「(見極めができてる?)」


 剣崎はここでカーブを要求。しかし高杉は首を横に振り、あくまでストレートを選択した。


ビッ!


松倉「おらっ!」


ガキャアン

高杉「なっ!」

松倉「飛ばねー……」


 バットには当たったが、三塁方向へボテボテのゴロ。しかも思いっきりファールゾーンを転がっていった。  詰まっていて、更に振り遅れている。ダメダメの結果だが、高杉は不信感を露にしていた。

高杉「ぐっ……」

松倉「(よし、ストレートならついていける)」


ビシュッ

松倉「オッケーッ!」


スッ!


バシィッ

松倉「ゲッ!?」


 決め球SFFを投げられ、ストレートのタイミングで振った松倉のバットにかすりもせず剣崎のミットにボールは吸い込まれた。

高杉「………………」


 こう書いていて何だが高杉だって今大会、まったく打たれなかったわけではない。  ただストレートを当てられただけで驚いているのは桜花が決して良い評価ではなく、むしろ低い評価の高校であった。  その高校の選手に、一打席目から当てられているのが気に食わないだけだ。


ガキッ

高杉「――ッ!」


加納「オーラーイ」


パシッ


大友「……チッ」


 初球を打ち上げてしまい、この回よりセカンドにまわっている加納が難なく捕球しスリーアウトチェンジ。

進「ナイスピッチン」

高杉「……っざけんな」

進「………………」


連夜「さて、切り替えろ大友」

大友「……はい」

真崎「姿と松倉が三振の中、当てただけでも大したもんだよ」

姿&松倉「うるせーよ!」

連夜「そういうこと」

大友「……はい……」


7 回 裏



 帝王の攻撃、三番の魁琉からの好打順。

連夜「魁琉はシュートで詰まらせる。進は最悪歩かせても構わんからな」

大友「……分かりました」

透「なんや、どうかしたんか?」

大友「え?」

透「顔色良くないで?」

大友「……大丈夫ですよ」

連夜「…………?」


魁琉「さて、ここで一点でも取れれば俺らの勝ちだ」

連夜「舐めんな、アホ」

魁琉「普通に悪口言うな」

連夜「(さてさて予定通り頼むぜ)」


シュッ

大友「チィ……」

魁琉「甘いッ!」


ピキィーンッ!

真崎「佐々木、捕れ――ッ!!!」


佐々木「無茶言うな!!!」


 打球はセンターオーバーのツーベースヒット。内角へのシュートが曲がらず、ただの棒球と化してしまった。

連夜「タイム!」


 ここで連夜がタイムをかけ、大友のところに駆け寄る。

透「やっぱどうかしたやろ?」

姿「……打席の時か?」

大友「…………はい」

姿「なんで言わなかった?」

大友「…………………」

姿「後ろには薪瀬も控えてる。無理することはなかったはずだ」

連夜「姿、いいって。大友だってピッチャーだ。譲れないもんだってある」

大友「……すいません」


 大友は一礼すると連夜にボールを預け、ベンチへ下がる。

連夜「アイツは人一倍責任感が強い。ピッチャーとしてな」

姿「……それは分かってる」

連夜「なら大目に見てやれよ。この試合、勝とうが負けようが今のはアイツの糧になる」

姿「………………」

連夜「……“アイツ”ならそういうと思うんだ」

姿「……だな」


 ここで桜花は大友に代え、薪瀬をマウンドに上げる。

連夜「もう細かいことは何も言わねぇ。ボールに食らいつけ!」

シュウ「おっしゃあ!」

透「任せとき!」

司「ここに来て精神論かい」

姿「まったくだ」

真崎「さぁ正念場だ」


 無死でランナーを二塁に置き、帝王の四番……桜星進に打席がまわってくる。


流戸「相変わらず良い場面でまわってくること」

鈴夜「良い打者っつーのは不思議とこういう場面がまわってくるんだよな」

光「進さん……」


 光は左右の手を合わせ祈るように打席の進を見つめていた。


連夜「本当に……」

進「ん?」


 打席に入り、足場を慣らしていると連夜が急に話しかけてきた。

連夜「本当にアメリカ行くのか?」

進「あぁ。プロ入りのために、肩を万全にしたいんだ」

連夜「……そうか」

進「と言うわけで、いい思い出持ってアメリカに行きたいからさ」

連夜「バーカ、そう簡単に打たれるかよ」


 好守備に阻まれているとはいえ、今日の進は打撃では結果を出していなかった。  最後に一本、打っておきたい。愛しの人の目の前で……

司「しっ!」


ピッ


シュパーンッ

連夜「(良し、いい回転だ)」

進「なるほど、ノビ・キレは凄いな」


 薪瀬のストレートは球速は140キロ出るか程度だが、ノビ・キレ共に磨きがかかっており下手なストレートより早く見える。


シュッ

進「――くっ」


シュルシュルシュル


 そして多彩な変化球を武器とする薪瀬は短いイニングスであれば世代でも指折りの実力者だ。

連夜「(よしよし、変化球も問題ないな)」


 様子見でここまでカウント0−2とボール先行しているが、調子は悪くないようだ。

司「(さて、ここからは連夜のリード次第か)」


 薪瀬はコントロールは悪くない、むしろ良い方だ。調子も悪くないとくれば後はリードで勝負は決まる。

連夜「(進の苦手コースは内角高め。……司の球威があれば問題はないだろう)」

進「(レンがマジでリードするなら、内角ストレートの後、外角に曲げるかな)」


 奇想天外、摩訶不思議なリードで有名な連夜もマジな時はかなり王道なリードをする。  そのギャップに戸惑い、マジなリードの時は際立って凄く見えると言う。

司「(ザッ)


 ここで連夜が選択したリードは内角高めのストレート。あくまで薪瀬のストレートの威力を信じた。


ピシュッ

進「ふっ!」


カキーンッ

連夜「透!」

透「無理にきまっとるやろ!」


 鋭いスイングで厳しいコースにきたボールを打ち返す。
 打球はサード倉科の頭上を大きく超え……


バンッ

松倉「危ねぇ……」


 外野フェンス直撃する。しかしそれはわずかに切れており、ファールゾーンだった。

連夜「なるほど。成長はしてるってわけか」

進「いや、確かに苦手なままだが狙ってれば打てるよ」

連夜「……つーことは俺のリードが分かってるわけか」

進「さぁね」

連夜「(さて、どうすっかな……)」


 苦手と思われたコースもこう難なく打たれると次の配球に困る。  王道だと外角へ変化球なのだが、リードが読まれてると思うといつものようにリードできなくなる。

連夜「(ここは外角……で、ストレートだ。変化球なら合わせてくるだろう)」


 薪瀬は変化球は多彩だがいわゆる決め球というものは持ってなかった。ただストレートが決め球になっているわけだが。  ここは下手に変化球よりはストレートのキレの良さに連夜は賭けた。

司「てぇい!」


シュパァ

進「(ズザッ)


 薪瀬が腕を振った瞬間、思いっきり左足を踏み込む。

連夜「コイツ――!」


 外角と決め込んでの狙い打ち! 螺旋回転のストレートを真芯で捉え、そして打球が空に舞い上がった。

司「――!」

連夜「いや、上がりすぎだろ!」


 ライトスタンドに向かって高々と上がったボールは嫌にゆっくりと進んでいるように見える。  その隙に二塁ランナー魁琉は三塁手前で立ち止まっており、バッターランナーの進は全速力で一塁を蹴る。

久遠「くっ……おらぁぁぁ!!!」


ズダッ


ビシッ

 打球は久遠のグラブを弾き、グラウンド内に落ちる。瞬間、魁琉は三塁をまわりホームへ。  進も二塁を蹴って三塁へ。

久遠「チィッ、んなろ!」


ズシャアァッ


 久遠が内野に返球する間に進は三塁に到達。勝ち越しのタイムリースリーベースヒットを放つ。

進「しゃあっ!」


 グッと握った拳をバックネット方向へ突き出す。その瞳は一点を見ていた。

連夜「あ〜あ、まさか完全に読まれてるとはね」

司「しかし今日の俺の球威は悪くないと思うんだがな……」

連夜「あぁ、お前は悪くねぇよ。ただ狙いが完璧だったんだ。進クラスなら打つさ」

姿「……まだ一点だ。例え高杉でも一点なら」

真崎「あぁ、何とかなる」

連夜「そうだな……」


 しかしハイレベルなバッターが揃う帝王高校、続く高梨はきっちりとセンターへ犠牲フライを放つ。

司「せぇぇい!」


シュパーンッ!

高杉「むっ……」


キィン

シュウ「よっしゃ!」


 ランナーがいなくなり気持ちを切り替えた薪瀬は後続を何とか打ち取る。

司「……ちくしょう!」

姿「悔しがるのはまだ早いぜ」

松倉「お前が言うな、お前が」

姿「っせぇ!」

連夜「九回には上位打線にまわってくる。このまま終わらせるかよ」


 七回の裏、帝王高校勝ち越し成功!


8 回 表



鈴夜「やっぱこうなったか……」

流戸「つーか桜星のやつ、気づいてたんだな」

世那「思いっきり光ちゃんに向かってガッツポーズしてたもんね」

光「そんなことないですって……」

流戸「そうかな〜?」

光「むぅ……」

流戸「しかしアイツも魅せる男だよな」

世那「あれだったら他の女子も放っておかないだろ」

光「うん……そう思う……」

世那「あ、えっと……」

流戸「安心めされ光嬢。帝王は男子校だから問題ない」

世那「…………何が?」

流戸「だから神代さんも言ってたけど帝王、特に野球部なんかは出会いなんてないってさ」

世那「あぁ、そう言う意味ね」

光「ホント?」

流戸「ホント、ホント。クリスマスだってちゃんと埼玉に行ったんでしょ?」

光「そうだけど……なんで宙夜さんが知ってるの?」

流戸「俺に知らないことなどない。イイことしたんでしょ?」

世那「………………」

鈴夜「なんだと?」

流戸「せい!」


ズボッ

流戸「まったく野球を見てくださいよ」

鈴夜「それは酷すぎる……」

世那「………………」



ガキィン

佐々木「あーもう!」


 グラウンドに舞台を戻す。桜花の攻撃は七番の久遠からだが三振に倒れ、八番佐々木も打ち上げたところだ。

連夜「……あっさりやな」

久遠「確かに見所ではないかもしれんが、もう少しないかな……」


佐々木「倉科、確かに下位打線は手を抜く傾向がありそうだな。もしかしたら……」

透「せやな。ワイをただの九番と見てくれれば今回はありがたいな」


 ここで二死ながら二点を追いかける桜花は九番の倉科に託す。

剣崎「(この人は少し警戒しましょう)」

高杉「(ふぅ……たかが九番にか?)」

剣崎「(加納先輩によるとクリンナップ並に打ってるみたいですし)」


 だが高杉からすればそんなデータだけで九番に座っている男相手に警戒して投げたくはなかった。  案の定、剣崎のリードに首を横に振り、カーブのサインを逆に出し投球モーションに入る。


シュッ


スルスルスル……

透「せいやぁぁぁ!」


クァキーンッ!

高梨「ほいさっ!」


パシッ


ズシャアァ

透「なんやて!?」


 一塁線に抜ける鋭い当たりをファースト高梨がダイビングキャッチ……も。


審判『ファール! ファール!』

高梨「ファールかよ!」


高杉「……な……」

加納「高杉、そこらの九番と同じと考えるなよ」

高杉「……今のはたまたまだろ」

加納「おいおい……」


ククッ

透「甘いでぇ!」


カーーンッ


 外角へのシュートも上手く拾い、レフト線へ流し打ち。これも惜しくも切れファールとなる。

透「かぁ――! なんやねん、さっきから!」


進「おい、高杉」

高杉「……分かってるよ。俺だって少し見ればそれぐらいの見分けはつく」

進「あぁ、そう」


透「さぁええで!」

高杉「(スゥ……)ふぅ……行くぞ」


 深呼吸をし、ゆっくりと独特のモーションに入っていく。

高杉「ハァッ!」


ビッ

透「――!」


ズッバァァン

透「なんやて……」

高杉「お前と俺じゃレベルが違う」


 前の回、姿に出した150キロオーバーのストレートが炸裂。  バットを振り切ることが出来ず、ボールはあっという間にミットに唸りを上げて収まった。

高杉「ふぅ……」

進「最初からそう投げろよ」

高杉「別に。それよりバックネットにいる流戸や蒼界と一緒にいる娘か?」

進「何が?」

高杉「お前の彼女」

進「何でよ?」

高杉「前の回、向かってガッツポーズしてただろ」

進「何のことやら?」

魁琉「あ、そうだぜ」

進「普通にバラすなよ!」

高梨「ほほぉ、中々の上玉じゃないか」

加納「桜星も隅に置けないな」

進「うるせぇ!」

高杉「後一回だからって油断するな。騒ぐのは終わってからにしろ」

進「ってお前が言い出したんだろ!」

内海「(ちょっと天然なところあるからな、高杉って……)」


8 回 裏



シュパーンッ

真壁「くぅ……」


 この回、先頭の真壁は三振に倒れワンアウト。

連夜「よっしゃ、いいぞ」

姿「ナイスピー」

真崎「まだまだ!」

シュウ「バッチコーイ!」

透「これからやで」


 連夜からボールが内野を渡り、ピッチャーの元に返ってくる。

司「よし!」


 二点差、残りの攻撃はラストイニングのみとなった桜花だが、追い込まれた危機感はまるでない。  むしろ……

司「しぃっ!」


シュパァ

神木「なろぉ!」


シュパァァンッ

神木「何ィ!?」


 この状況下を楽しむように、薪瀬のボールはより生き生きとし……


キィン

真崎「任せッ」


 守備陣も軽快に動く。こう言っては何だが、今までで一番いい動きをしていた。

神木「なんだってんだ……」


カッキーンッ

司「センターッ!」


真崎「間に合うぞ!」


佐々木「うぉぉぉ!」


ズッシャアァァ!


審判『アウトッ! アウトォォッ!』


久遠「ナイスキャッチ!」

佐々木「あー良かった、入ってくれたか」

松倉「ナイスプレー」


 桜花のナインは皆、笑顔でベンチに引き返していく。これには流石に帝王ナインも不思議に思っていた。  これまでの相手は終盤になれば嫌でも負けを意識し、込み上げてくるものがある。実際に涙を流している高校もあった。

 それが普通だろう?

高杉「……桜星」

進「ん?」

高杉「なぜお前がこのチームに思い入れするのか……何となく分かった」

進「……なんでだと思う?」

高杉「さぁな」

進「言わねぇのかよ!」

高杉「……忘れていたよ。打者との勝負を楽しむ心をな」

進「……高杉……」


9 回 表



連夜「まだだ! このまま終われるかよ!」


 ラストイニング、この回の先頭バッターは一番のシュウからという好打順。

シュウ「よ〜し! 絶対打ってやる!」


 その前に立ち塞がる、高杉というあまりにも大きな壁。


ズッバァァン!

高杉「………………」

シュウ「くっ……」


 さすがのシュウもそのストレートの威力には驚きを隠せなかった。  この高杉相手に二点という数字は余りにも大きかった。


姿「……漣」

連夜「どうした?」


 サークル内で片膝をついて待機している連夜をベンチから呼ぶ。

姿「何か考えあるのか?」

連夜「さぁな。ストレート一辺倒で来てくれるなら……何とかなりそうだな」

姿「厳しいな」

連夜「お前には悪いがあの落ちるヤツも混ぜられると対処のしようがない」

真崎「じゃあどうすんだ?」

連夜「初球攻撃。何とかストレートを打つ」

真崎「……博打だな」

連夜「まさか全球フォークなんてないだろうし、ストレート投げてこないってこともないだろ」

姿「だが確実に一球のストレートを打たなければ……」

連夜「かわされて終わりだな」


ズッバァァンッ

シュウ「くそぉっ!」


 途中に挟んだ変化球にはついていくも、最後に高めのストレートを振らされ空振り三振。  怪腕・高杉に死角なし!

シュウ「すまん、漣……後は頼む」

連夜「あぁ、任せろ」


 一死ランナーなし。二番・連夜が打席に向かう。桜花に残された一筋の希望。

高杉「……お前ならあるいは……」

連夜「あ?」

高杉「俺の心を満たしてくれるかもな」


ザッ

連夜「(行くぜ!)」


高杉「オラァッ!」


ビッ!

連夜「いち……に……」


ビシュッ


ガシャンッ

連夜「チィッ!」


 初球から捉えたものの、わずかにバットの上辺にあたり打球はバックネットに突き刺さる。

連夜「(しまった……まさかここまで速いとは思わなかった……)」


 実際、後ろに飛んだと言うことはタイミング的には合っている。あえて言うなら高杉のノビが連夜のスイングに勝ったというわけだ。

剣崎「(完全にストレート狙い……インフィニティいきます?)」

高杉「(妥当……だが、すまない。ここはストレートで行かせてくれ)」


 剣崎のサインに首を横に振り、サインを送り返す。しかしその目はいつもと違っていた。  サインが気に食わないから変えるのでない。そんな感じが剣崎には伝わっていた。

高杉「行くぜ」

連夜「っざけんな!」


 モーションに入る前、握りを見せる……そう予告投球!

高杉「ハァッ!」


ビッ!

連夜「――!」


ビシュッ


ズバァァンッ!!!

連夜「んだと!?」

高杉「ふっ、どうした?」


 屈辱だった。来る球が100%で分かっていたのにも関わらず空振りした。  自分の実力が低いのか……相手が高すぎるのか……どちらにせよ屈辱だった……

高杉「漣……だったな。貴様にはセンスがある」

連夜「あぁ!?」

高杉「お前は原石だ。磨かなきゃ光り輝くことは出来ないぞ」

連夜「………………」

高杉「望むなら、より一層努力したお前と戦いたいものだ」

連夜「……言ってろよ」


 中学を機に野球なんて辞めるつもりだった。弟の件があったから高校でも続けた。  だがそれも済んだこと。だから高校で野球とは縁を切るつもりだった。なのにどうして野球と言うロープで縛ろうとするんだ。

連夜「ドイツもコイツも……!」


 連夜もプロの子。幼い頃から野球を教えられ育った。ガキの頃は父親みたいになりたいと思った時もあった。  しかし弟が本気で始めたのを皮切りに全て託した。弟にはセンスがあり、自分にはなかったから。  それでも連夜は野球を始めた……やはり蛙の子は蛙なのだ。

連夜「来いよ、高杉」

高杉「――行くぜ!」


ビッ!


 とあるキッカケで連夜も才能が開花した。そしてそ高杉に……いや何人かには同じことを言われていた。  『お前、センスはあるな』  そうセンス「は」あった。ただそれだけだった。


ギュンッ


 年齢が上がるに連れ、体格等はもちろん良くなる。だが技術的には中学から完成されたままだった。  良くも悪くも連夜は一定のレベルから上がろうとしなかったのだ。父は弟に期待している……だからいずれは辞める気だった。

連夜「うぉぉぉ!!!」


ビシュッ


 それでも……体は正直だった。心よりはるかに……


ズッバァァンッ!!!


 グラウンドに立つと何もかも忘れ、ただ野球に真っ直ぐに向き合える。  意志を受け継ぐとか血とかややこしいもの全部忘れることができる。連夜が『漣連夜』になれる唯一の場所がグラウンドだった。

連夜「………………」

高杉「また会おう」


 悔しさで下唇を思いっきり噛んだ。血の味が染み出てきた。  それでもなぜか気持ちはスッキリした。これが野球の醍醐味だろ?

連夜「次は負けねぇ!」


 バットの先端を高杉に向ける。それに対し高杉は微笑し、グラブを連夜に向けギュッと握った。



流戸「後、一人か……」

鈴夜「これで連夜も野球、辞めないだろうな」

流戸「……辞めるつもりだったんですか?」

鈴夜「知らないが、そんな気がしたんだ」

光「うん。お兄ちゃん、しきりに白夜のためだって言って野球してたから」

流戸「決着ついたから高校で辞めるってわけか」

鈴夜「野球を本格的にやり始めたキッカケも人のためだったからな……」

流戸「……どんだけだよ、アイツは……」

鈴夜「これでようやく自分のために野球をやってくれるだろう……」


 連夜、三振でツーアウト。絶体絶命の状況ではあるが、それでも桜花ベンチは意気消沈しなかった。  それが逆境を乗り越えてきた桜花の野球だから。

真崎「さぁ来いよ!」

高杉「お前たちと戦えてよかった」

真崎「へっ、光栄だね」

高杉「俺もまだまだだな」


ビッ!


真崎「んなろっ!」


ガキッ!


 叩きつけた打球は高杉の頭上を超え、二塁ベース手前に落ちる。


パシッ

進「しっ!」


 勢いよく前に突っ込んで捕球、そのままのスピードで流れながらも一塁へジャンピング送球。


ズッシャアァッ!


審判『アウトォ!』


進「しゃあ!」


 最後は進のファインプレーでゲームセット。  5対7で帝王高校が勝利を収め、決勝の舞台へ駒を進めた。







−試合後−

諏訪「よ〜し勝てた勝てた。後一勝だな」

加納「ベンチに下がってからすっかり立ち直ってるな、コイツ」


 勝って意気揚々と帰る準備をする帝王ナイン。

進「………………」

魁琉「どうした、桜星?」

進「……え? いや別に……」

高杉「彼女のところに行きたいんだろ?」

進「!!!」

魁琉「おぉ、言うねぇ高杉〜」

三瀦「で、そこで呆気にとられてる男はマジなのか?」

進「へ? あ、いや違うって」

高杉「監督にはテキトーに言って誤魔化しておく。良いぞ、行っても」

進「高杉……お前……」

内海「(裏があるな……)」

高杉「行けよ」

進「悪ぃ、後頼む」


タッタッタ

内海「お前、何のつもりだ?」

高杉「別に。何だかんだ言っても俺だって高校生だからな」

内海「ほぉ……」


北野「全員、準備はいいか?」

高梨「オッケーッス!」

北野「……ん、桜星はどうした?」

高杉「彼女の元に行きましたよ」

北野「……は?」

内海「(いきなりバラした!!!)」

魁琉「(隠す気ゼロだ!)」

北野「高杉、それは本当か?」

高杉「えぇ」

北野「……そうか」


 監督のため息でここにいる全員が後の桜星の運命を察した。

内海「お前、何のつもりだ?」

高杉「言ったろ? 俺も高校生だって」

高梨「一人彼女がいる桜星への罰だよな!」

高杉「と言うより面白くなりそうな方向に転がしたかっただけだが」

高梨「お主も悪よのぉ」

高杉「……ふっ」

内海「………………」


・・・・*

流戸「あ〜あ、明日で最後だな」

世那「ようやくか……金なくなったぞ」

流戸「後一泊分ある?」

世那「まぁギリギリだろうな」

流戸「マジか……」


タッタッタ

進「はぁ……はぁ……」

流戸「桜星?」

進「流戸! お前、確か光ちゃんと一緒だったな」

流戸「お、何だよ。彼女のために抜け出してきたのか?」

進「ん、まぁ……」

世那「お、やるねぇ」

進「と、とにかく! どこか分かるか?」

流戸「あぁ、鈴夜さんと桜花側に行ったよ。その後、イトコのところ行くって言ってたな」

進「そっか、ありがと」


タッタッタ

流戸「いずれ、連夜にバレるんだろうな」

世那「……なぁ、漣くんってそんなになの?」

流戸「あぁ、アイツのシスコンぶりはハンパじゃねーよ」

世那「ふ〜ん……」


・・・・*

光「はぁ……」


 鈴夜は連夜に激励に行くと言って桜花ベンチ側の方へ入っていった。その間に進に会いに行けって言われたが立ち往生をしていた。  それは当たり前の話で人は多いし、鈴夜と違ってコネがあるわけでもないのに会いにいけるわけがなかった。

霧島「お、キュートなお嬢ちゃん発見や」

輪刃「やめろ、恥ずかしい」

霧島「バカ言うなや、輪刃。こういうナンパから激しい恋へと発展するもんやねん」

輪刃「お前がナンパ成功したところ見たことないんだが」

霧島「せやな〜。外(県外)の人は皆、ガードが固いんや……って誰がモテないやて!」


ビシッ

輪刃「言うとらんわ!」


光「えっと……」


 急に声をかけられたかと思ったら目の前で漫才が展開され、光は戸惑っていた。

霧島「おっとアカン、ワイとしたことがカワイイお嬢さんを放置プレイしてもうたわ」

濱北「ほぉ、霧島にはそんな趣味が?」

霧島「せやねん。ただワイはムチでピシっと叩かれるのが……って誰がMやねん!」


ピシッ!

輪刃「痛ッ! ってどっからムチが!?」


光「って濱北先輩?」

濱北「へ? ……あぁ、漣の!」

光「はい、お久しぶりです」

霧島「なんや自分ら、知り合いやったんか?」

濱北「あぁ、桜花の漣の妹で帝王の桜星の彼女」

霧島「おぉ、自分がそうか」

濱北「んで、桜星に会いに来たの?」

光「ち、違いますって。そんなはっきり……」

霧島「照れると余計にかわええな。何だったらワイの彼女に……」


進「霧島、人の彼女に手ぇ出すな」

光「進さん!?」

霧島「おっとアカン、ナイトさんの登場や! ワイら邪魔もんは撤退やな」

濱北「だな。じゃあな、桜星」

進「あぁ」

輪刃「どうでも良いが、ムチで引っ叩いた行為は無視か?


 輪刃は二人に引きずられるように立ち去った。

進「まったく、ビックリしたよ。来てるなんてさ」

光「えっと、いつから気づいたの?」

進「最初からって言えばカッコつくかな?」

光「……本当は?」

進「守備の最中にね、偶然だけど。鈴夜さんが目立つ格好だったし」

光「うっ……」


 流石にバックネットにサングラスをかけた妙に若作りの男がいれば確かに目立つだろう。

進「そういえばこの前の話、考えてくれてる?」

光「うん……だけど全然実感わかなくて、サッパリ……」

進「だろうね。自分で言っててなんだけど俺もそうだもん」

光「それは無責任じゃ……」

進「だな」


 瞬間、二人は笑みを浮かべた。  ガヤガヤと周りでは人が行き来しているなか、二人だけの空間がそこにできていた。

光「やっぱり、アメリカ行くの?」

進「あぁ、俺から野球とったら何にもないし、しっかり治してプロになる」

光「そっか……言い出したら聞かないもんね」

進「ん、そうかな?」

光「うん、意外と頑固」

進「………………」

光「……浮気したら許さないから」

進「俺の台詞〜。俺、海外行くんだぜ?」

光「クスッ……待ってるからね」

進「あぁ。必ず一緒になろう」

光「うんっ」


 たかが高校生同士のそれは小さな約束かもしれない。それでも二人にとってはとても大きな……自らを支える確かな約束となる。  それは決して色褪せぬことなく……その先の未来へと繋がっていく――










 甲子園大会も終わりを告げ、秋にもドタバタありながら月日は流れ三月を迎える。  高校生活、最後の日である卒業式――


パシャパシャパシャ


ガヤガヤガヤ……


 高卒でプロ入りを果たした高杉や魁琉の卒業式。多くのマスコミや一部の熱狂的ファンが帝王高校を訪れていた。  そんな中、一人の男が帝王高校の門をくぐる。

連夜「……進……テメェを黙ってアメリカには行かせねぇ」


 男はどす黒い空気を放ちながら、一歩一歩帝王高校の校舎内へ向かって進んでいく。

 それは最後の最後でひと騒動起きる……予兆だった。



〜To be continued〜


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