ツーアウト満塁、現在四対三で守っている光星大学が勝っている。  しかし場面は九回の裏、ワンヒットで逆転サヨナラ負けというピンチ。  誰もが緊張している中でマウンド上に立っている男は笑っていた。


??「……もういいんじゃないか?」


 そんな状況を見かねてタイムをとりマウンドに向かった。  それを見て内野もゆっくりと近づいてきた。


??「は? こんな状況で何を言ってるの、虹川や」

虹川「お前は良くやったよ。もう代わろう?」

??「あほ言うな。ここまで来て引き下がれるか」

??「分からないですね」

??「あ? 何だよ、鞘師」

鞘師「こんなところで野球人生終わらせてどうするんですか?」

??「さぁね? お前が気にすることでもねぇだろ。わざわざ忠告ご苦労さんだけどな」

鞘師「…………あなた、バカですね」

虹川「そんなハッキリ言うなよ。気づいてないの漣だけなんだら」

連夜「誰がバカだ」

鞘師「皆河たちも言っていたでしょう。こんなこと何の特にもならないって」

連夜「じゃあ何でお前は俺に協力してくれた?」

鞘師「………………」

連夜「皆、気づいてんだよ。これじゃあいけないってな。だから誰かが動かなきゃ始まらないんだ」

虹川「だからってテメェの人生かけてまでやることかよ!」

連夜「俺は誰かのために犠牲になる役がお似合いなの。ほらさっさと帰れ、俺と岩瀬さんの勝負の邪魔すんな」


 グローブで二、三度払い、各ポジションへ帰そうとする。  全員、仕方なく戻っていこうとするなか一人だけ一歩だけ下がったまま戻ろうとはしなかった。


連夜「おい」

虹川「一つ約束しろよ」

連夜「あ?」

虹川「なんで俺がキャッチャーやったと思う?」

連夜「知るか、そんなもん」

虹川「お前に憧れてたからだよ」

連夜「…………………」

虹川「これからもバッテリー組みたい。ここで散るようなマネは許さないからな」

連夜「……へっ、ど素人が良く言うぜ」

虹川「ど真ん中でいい。打たれて楽になっちまえ」

連夜「それがこの場面でピッチャーにかける言葉かよ」

虹川「ピッチャーにかけてねぇ。お前自身にかけたんだ」

連夜「……くくっ」


 全員ポジションに戻り、ようやくタイムが解けた。  打席には神緑大学の主砲、四番岩瀬が立つ。


岩瀬「後悔するなよ」

連夜「後悔する人生ならもうとっくに歩んでいるんでね」


 満塁の場面、連夜は外野を定位置に戻した。  二塁ランナーがサヨナラのランナーのため普通なら前進守備が定石だが  球威・制球をとるため、セットではなく通常のモーションに入った。


連夜「シィッ!」


ビシュッ!


岩瀬「らぁっ!」


カッキーンッ!


連夜「………………」

虹川「………………」


 振り向かずとも分かった、この打球の行方が。
 投げたときに落ちた帽子を拾い、顔を上げて真っ先に目に入ったのは  にっこりとほほ笑むの虹川の顔だった。








序章『終わりを告げる鐘』


 桜満開の日……と始まれば美しいのだが実際の入学式のころにはピークを過ぎてしまっている。  それでも地面に散った桜の花びらを見るだけでも春を感じることは出来る。


虹川「もっとも、満開が見たければ北に行けばいいだけの話、そうだろ?」

連夜「いや、急になんすか?」

虹川「おっとすまん、すまん。独り言のつもりがつい話しかけてしまった」


 更に言えばとっくに入学式は終わっており、GW間近だ。  そろそろ大学の講義時間にも慣れ、キャンパスライフをエンジョイしようとしているところだ。


虹川「む? ところで君は同じ野球部じゃないかな?」

連夜「……?」

虹川「まぁ俺が君を知ってても、君は俺を知らないだろう」

連夜「そうっすね」

虹川「…………(ヒョイ)


パクッ


連夜「何、人の食ってだよ!」

虹川「お前が聞き流してるからだ!」

連夜「いや、だからって……金返せよ。生活ギリなんだから」

虹川「金はいくらでも出す。だから話を聞け」

連夜「あー、んで何?」

虹川「大抵野球部の同級生の顔と名前は講義なども利用して覚えたんだが、お前見ないよな?」

連夜「あぁ、俺は教育学部受けてるからかな? 専門の方、ばっかり受けてるし」

虹川「うわっ、出たよ。俺、頭いいですよ発言」

連夜「お前の金はいくらでも出すはどうなんだ?」

虹川「でさ名前は?」

連夜「そんなもん聞いてどうすんだ? 女だったらともかく」

虹川「……これから四年間共に戦う選手の名前も聞いちゃいかんのか?」

連夜「………………」

虹川「つーわけでよろしくな、漣連夜くん。俺、虹川和幸って言うんだ」

連夜「知ってるのかよ!」

虹川「あのね、同じ野球部だよ? 当たり前じゃん、君有名人だし」

連夜「有名人ね……」

虹川「何でプロに進まなかったの?」

連夜「俺の勝手だろ。俺らの世代じゃ結構いるんだろ? そういう選手って」

虹川「まぁ〜ね」

連夜「じゃあ珍しいことじゃない。ほっとけや」

虹川「………………」

連夜「…………なんやねん」

虹川「何だ何だ、突き放すのがお前のスキルなのか!?」

連夜「……はい?」

虹川「そんなんじゃ女にモテないぞ!」

連夜「まぁ女には不自由してないし」

虹川「………………」

連夜「嘘だよ、彼女とは別れたばっかだし」

虹川「………………」

連夜「あん?」

虹川「別れただと!? 理由は? 何年付き合ってたんだ?」

連夜「(どっちにしろ絡まれんのかい……)んなもん初対面のお前に語る必要はない」

虹川「………………」

連夜「(ムシャムシャ)

虹川「………………」

連夜「(ゴクッゴクッ)

虹川「………………」

連夜「ウゼーよ!」

虹川「漣、付き合ってたってことはその娘のこと好きだったんだろ?」

連夜「いやに突っかかるね」

虹川「ま、まぁ俺もちょっとワケありでね」

連夜「………そっか」


 虹川がふと寂しげな眼を見せた。それは偽りのない、何かあると思わせる眼だった。  だから連夜も深くは聞かなかった。


虹川「で、何で別れたん?」

連夜「………………」


 しかし人のことは平気で切り返す虹川に少しでも同情してしまった自分がバカだったとすぐに思い返した。


??「おっ珍しいな、人と食べてるなんて」

連夜「亨介、こいつ何とかしてくれ」

虹川「おっ、確か君は佐々木くんだったな」

佐々木「あぁ虹川ね」

連夜「知ってるのか?」

佐々木「同じ野球部で同じ講義とかで話しかけられたからな」

連夜「ふ〜ん」

虹川「佐々木は漣と知り合いなのか?」

佐々木「中・高と一緒だからな」

虹川「おぉ〜そうかそうか! じゃあさ、漣が付き合ってた娘って分かる?」

連夜「言うなよ」

佐々木「お、おう……まぁそりゃあ一応は知ってるが……」

虹川「何で別れたん?」

連夜「亨介ぇ……分かってるよな?」

佐々木「本人が言うなって言ってるからねぇ」

虹川「人に言えないような酷い別れ方したのか?」

連夜「いや、そういう訳じゃないけどよ」

虹川「じゃあ良いじゃん」

佐々木「(え、あれ酷くないのか?)」

連夜「なんだ、亨介」

佐々木「別に」

虹川「ほら、きっと皆さんも知りたがってると思うよ?」

連夜「皆って誰やねん」

佐々木「いいじゃん、話しちゃえば」

連夜「おい!」

佐々木「減るもんじゃないし、お前の株が下がるだけだ」

連夜「絶対嫌だ」

??「後ろからの口封じ!」

連夜「――!?」

??「ささ、どうぞ!」

連夜「(ムームームー!)


 後ろから急に口を塞がれた連夜は椅子から落ちて暴れるもガッチリと抑えられ抵抗出来ずにいた。


虹川「おぉ〜八代さん、ナイス! んじゃ佐々木教えてくれ」

佐々木「い、いいんか?」

八代「俺、野球部の先輩だぞ。先輩の言うことは絶対だと習わなかったか?」

佐々木「はぁ……じゃあ……」

連夜「(ムームームー!)

虹川「で、理由は?」

佐々木「なんて言えば良いのかな。理由って言うと色々とややこしいんだけど」

虹川「ふ〜ん」

佐々木「でも別れを告げた翌日が卒業式でさ」

虹川「凄く嫌なタイミングだね」

佐々木「卒業式の後、屋上から叫ぶっていうイベントがあったんだ」

八代「へぇ〜」

佐々木「その時にその彼女に別れた理由を聞かれて連夜が答えたのが――」

連夜「(ムームームー!)

八代「えい、うるさい!」


ガンッ!


佐々木「(うわっ、痛そう)」


 拳骨を頭に落とされ、頭が揺れたか露骨な抵抗は見せなくなりおとなしくなった。  佐々木はそんな連夜にさすがに同情を見せた。


虹川「で、なんて言ったの?」

佐々木「えっと確か『髪切ったからもう君とは付き合えない』だったかな?」

虹川「……何それ?」

連夜「違うわ。『君を好きだったのは髪の長かったころの俺。今の俺は別人だから卒業後は別々に歩もう』だっつーの」

虹川「まぁ直訳すれば一緒だよね」

八代「じゃあ漣って髪切るごとに別れてるの?」

連夜「違います。俺、高校途中までロングヘアーだったんです……っつーか八代さん、知ってますよね?」

八代「うん、知ってるよ」

連夜「って何すんですか!」

八代「いや〜最近漣が入部したって知ったから話しかけようと思ったら面白い会話してたんでつい」

連夜「ついじゃないですよ!」

虹川「でもさ、そんな理由で別れたん?」

連夜「当時はネタに走ったの。大体髪切ったのは卒業の一年も前だしな」

虹川「それでも彼女可哀そうじゃね?」

連夜「彼女にはその後、ちゃんと説明したって」

佐々木「あれ、説明になんのか?」

連夜「…………何でお前が知ってるんだよ?」

佐々木「いや、俺情報通だし」

連夜「情報通でも情報源がなきゃ知ることもできないだろ」

佐々木「というか本人が言ってたぞ。その後のカラオケ大会で」

連夜「………………」

佐々木「ま、本当のことは言えんよな」

連夜「やかましい」

虹川「本当のこと?」

連夜「家庭の事情だ。そこは聞かないでくれ」

虹川「そっか。なら聞けんな」

連夜「それに大学では野球に専念したかったというのもあるよ。彼女にはそう説明したんだけど」

虹川「の割には実力は影を潜めてるな」

連夜「探ってんの、動向を」

八代「……漣、もしかして黒瀬さんが言ってたことを?」

連夜「俺がこの大学に入ったのはそのためですからね」

八代「黒瀬さんだって本気じゃないだろ。大体うちの野球部の方針は伝統もあるが監督の指導の元だ」

連夜「知りませんよ。間違ってるんだったら正す必要がある。それだけだ」

虹川「えっと……なんの話?」


 急に八代と連夜が真剣な面持ちで会話を始めるものだから虹川はむやみやたらに発言できず空気を読んで質問した。


佐々木「つーか八代さんと知り合いなんだ?」

連夜「あれ、亨介覚えてないか? 高校二年の時、朝里の大会出たろ?」

佐々木「あ、あぁ」

連夜「その時、八代さんとも戦ったんだけど」

佐々木「そうだっけ? すいません、覚えてませんね」

八代「まぁ俺も覚えてないしお互い様でしょ」

虹川「で、何の話よ?」

連夜「野球部の練習に参加して違和感を感じないか?」

虹川「違和感?」

連夜「やつらがやってるのは年功序列という言葉を盾にとったただの独裁社会だ。俺らは監督の駒じゃねーよ」


 ここ光星大学は連夜が言っている通り年功序列、つまり先輩は絶対の元練習を行っている。  下級生が練習のフォローするのはもちろんだが、試合に出るのも先輩優先。  つまり必然的に試合に出るのは四年生、早くても三年生というのが当たり前になっている。


佐々木「でもさ、俺らの高校が特別だっただけで普通じゃないのか?」

虹川「それに練習だって別に球拾いはあるが、普通にさせてもらってるしな」

連夜「だが試合だと出さないんだろ? 大体、あの威張り腐ってるやつらがムカついて仕方がない」

八代「監督も気にしてないからね。それが普通〜みたいに」

佐々木「………………」

連夜「ま、そういうわけで今日、監督には抗議する」

佐々木「何!?」

連夜「このまま穏便に過ごせるか。こんな無駄な四年間過ごすためにここに入ったわけじゃねーんだ」

虹川「そうだよね、プロの誘いは蹴って、彼女とも別れたのにね」

連夜「それは関係ない!」

佐々木「………………」



…………*



 そして全ての講義時間を終え、練習の時間となり連夜は真っ先に監督の元を訪れた。


連夜「監督、お話があります」

青南波監督「なんだ?」

連夜「馬鹿げてませんか、こんなの?」

佐々木「(――バッ! いきなりかよ!)」

虹川「(まぁあの様子で穏便にはいかんよな)」


 心配で声が聞こえる位置で盗み聞きをしている佐々木と虹川。  練習前に佐々木が連夜に忠告をしたのだが、まったく聞き入れていなかったようでいきなりケンカ腰だった。


青南波「なんだと?」

連夜「なんですか、うちの野球部は。年功序列の名のもとにただ歳が上のやつらがひたすら威張りつくして。 本気で強いチームにする気があるのかって聞いてんですよ」

青南波「強いチーム? 何言ってる、うちの大学はいつも上位に位置してるぞ」

連夜「でも優勝はない。勝負どころでは帝王や宣秀に負けていますよね? 完全に実践不足を露呈して」

青南波「……結局、何が言いたい」

連夜「こんな練習して、四年に上がってGWに集中的に練習試合を組んだところで三年間の遅れは取り戻せないって言ってんだよ」


??「貴様、口が過ぎるぞ!」

連夜「あ?」

青南波「谷澤、いいから練習に戻ってろ」

谷澤「すいません、監督。ですがこの男、黙って聞いていれば監督に失礼なことを」

連夜「確かに言葉が悪かったのは謝ります。でも言ったことを取り消すことはないですよ」

青南波「確か漣だっけ?」

連夜「はい」

青南波「聞いてれば試合には上級生しか出さないのが問題ってことか?」

連夜「まぁ極端に言ってしまえばですけどね」

青南波「高校生上がりの一年と大学で経験を積んだ三、四年生とじゃ実力が違い過ぎるんだよ」

連夜「そうですかね? 俺から見れば対して差はないように思えますよ」

??「それにな漣とやら。この大学はリーグでも上位に位置してるし、毎年プロ野球選手も輩出してる。別に間違った指導方針ではないはずだが?」

連夜「なんすか、自分」

堂本「申し遅れたな、2年の堂本だ」

連夜「プロに出してるからってそれが全てじゃないでしょう」

青南波「で、君はどうしてほしいんだ?」

連夜「変えてくれればいいんですよ」

青南波「急に変えたらそれこそ上級生だって戸惑うだろ」

連夜「歳が上ってだけで偉そうにしてるやつらなんて戸惑ったって構いませんよ」

谷澤「テメェッ!」

連夜「………………」

青南波「分かった」

谷澤「監督ッ!?」

青南波「そこまで言うならその一年の実力とやらを見せてもらおう」

堂本「実力の差を見せつけるわけですね」

連夜「……いいですよ」

青南波「ただチーム全体でそのようなことを行うのは流石に気が引ける。そこで谷澤」

谷澤「はい」

青南波「お前がメンバーを集めて指揮をとれ。それに関しては俺が許可する」

谷澤「分かりました」

連夜「んじゃ一年の方は俺が」

青南波「お前みたいな先輩に逆らうようなやつがいれば、だけどな」

連夜「探せばいるでしょ」

青南波「試合はメンバーが揃ったら行う」

谷澤「分かりました」

連夜「了解」

谷澤「では監督、失礼します」

青南波「あぁ」


 監督に頭を下げ谷澤と堂本が練習に戻った。  連夜もそれに合わせ虹川たちの元へ行こうとしたがふと思い出したかのように足を止め振りかえった。


連夜「そんなに朝里が怖いっすか?」

青南波「――!? 貴様、一体……!」

連夜「試合、きちんとやってくださいね」


 これまでの真剣な面持ちが一転、ニコっと微笑み今度こそ虹川たちの元へ向かった。  監督は連夜の後ろ姿を凝視し、強く奥歯を噛みしめていた。



…………*



連夜「つーわけで試合するってさ」

佐々木「唐突すぎるわ」


 二人の元へ来て早速結果を報告する。


連夜「聞いてたんだろ?」

虹川「聞いてたけど度胸あるよな」

連夜「お前らは参加するよな?」

虹川「乗り掛かった船だしな。やってやるよ」

佐々木「俺も?」

連夜「当たり前だろ」

佐々木「なんか嫌だな……谷澤先輩って中学の時の先輩なんだよな」

連夜「あん? そうなの?」

佐々木「そんでもって似たようなこと桜星たちとやったんだよな……」

連夜「あーそういやそんな話(※)聞いたな。懲りない先輩だこと」

佐々木「あのな……」

連夜「だけどな亨介。その時と決定的に違うことがあるぜ」

佐々木「ん?」

連夜「監督が一役絡んでることだ」

佐々木「(だから余計やりたくないんだよな……)」

虹川「で、なんか考えあるのか?」

連夜「一年中心に話しかけて見るしかないだろ。虹川、一通り話したことはあるんだろ?」

虹川「もちろん」

連夜「んじゃ頼む。俺、知らないやつに話しかけるの苦手なんだ」

佐々木「転校繰り返してたくせに?」

連夜「関係ねーだろ」

虹川「OK! んじゃいっちょやったるか!」


 大学入学早々、トラブルに巻き込まれた虹川和幸。  新たに得た仲間、漣連夜と佐々木亨介と共に野球部を変えることが出来るのか?


※Best Friend龍編1・2参照。


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