あの時の選択は間違いじゃなかったって……心から言える日なんてくるのだろうか?  自分がしていることって誰もが悲しみに陥る結果だと分かっていても……  それでもこの道しか歩むことが出来ない現実を恨みたくなる。


虹川「美穂子は良いから座ってて。俺がやるから」

美穂子「良いわよ。それよりそろそろ行かなきゃいけないんじゃない?」

虹川「え、もうそんな時間?」

美穂子「ふふっ、どうしたの? 昨日から落ち着かないけど」

虹川「ちょっと楽しいことがあってね」

美穂子「そう、良かったね」

虹川「……じゃあ行ってくるけど安静にしてるんだよ?」

美穂子「大丈夫よ。今日は麗美子お姉さんが来てくれるみたいだし」

虹川「そっか……早めに帰ってくるようにはするけど……」

美穂子「もういいわよ。それより早く行ったら?」

虹川「ん……じゃあ麗美子さんにもよろしく」

美穂子「うん、いってらっしゃい」


 彼女が選んだ道だからと自分に言い訳する。  先の未来が分かっていても、こうして今を紡いでいかなければならない……


虹川「いっそ時間が止まったりしないかな」


 願いもしない望みを口にして今日もまた崖に向かって歩んでいかなければならない。  この先の未来が分かっていても……







一章『鐘を求めて……』


 講義が始まる前、打ち合わせをすべく早めに集まるように前の日に話していたため  ちょっと出るのが遅れた虹川は例え本人が急いでも速くはならない電車の中で一人焦っていた。


虹川「あ〜あ、出る前まですっかり忘れてたよ」


 出た直後に携帯が鳴り出し、開いてみるとスケジュールを知らせるアラームだった。  どうせアラームを鳴らすなら、一本早く乗れる時間にすれば良かったと後悔をした。


虹川「とりあえずメールぐらい打っておこう」


 連夜と佐々木宛てにメールを出し、その後は返信見る暇のなくただひたすらに大学を目指した。



…………*



 虹川が学校に着いたのは約束の時間から十分弱過ぎたころだった。  約束の場所では携帯を弄っている佐々木の姿があった。


虹川「佐々木〜!」

佐々木「ん、来たか」

虹川「はぁ……はぁ……すまん、遅れた……」

佐々木「メールもらったし気にすんなよ」

虹川「はぁ…………ん? お前、一人?」

佐々木「あぁ。返信したんだけど見なかった?」

虹川「送ってその後は急いでくることしか頭になかったからな」


 そう言って携帯を開く。そこには佐々木から来ていたメールが一通受信BOXに入っていた。  それを送った本人の目の前で開く。


佐々木『漣も来てないからゆっくり来い』


虹川「……はい?」

佐々木「そういうことだ。元々設定した時間が講義始まる一時間以上も前。大学が空いてるかも正直不安だったぞ」

虹川「いや、一時間も前だったらサークル活動もあるから空いてるとは思うけど」

佐々木「極端な話だけどな」

虹川「じゃあ何か? 自分から言ってて来てないのか?」

佐々木「漣って時間にかなりルーズなんだ。だから自分でも計算してこのぐらい早くしたと思うぞ」

虹川「なんだよ……焦って損した」


 走ってきて疲れたのか、佐々木が立っている近くにあるベンチに腰をかける。  その虹川の背後に迫るとある人物の様子を見て、含み笑いをしながら口を開いた。


佐々木「まぁその代わりといっちゃ難だが……」

虹川「ん?」


八代「ほれぇっ!」


スッ!


虹川「うわっ!?」


 突然上からコンビニで売られているおにぎりが降ってきて驚き、後ろを振り向く。  そこには昨日話した先輩がいた。


虹川「八代さん? 何で?」

八代「昨日、練習終わりに漣と話してね。試合するから協力してくれって」

虹川「……は?」

佐々木「だそうだ」

虹川「いやいやいや、いいのか? 一年で、って話だろ?」

佐々木「知らんけど良いんじゃないかな? こっちに入るメリットなんてぶっちゃけないし」

虹川「それは言えてる」

佐々木「谷澤先輩は中学時代に後輩を入れてきたし、多分大丈夫だと思う」

虹川「あー昨日の堂本って人とか慕ってたもんな」

八代「堂本は帝王出身だしな。実力はあるよ」

虹川「それで八代さんは良いんですか?」

八代「いいよいいよ。正直ね、俺もこうやって先輩後輩関係なく話せる状況の方が楽しいし」

虹川「それは助かります」


 そして張本人が来るまで八代が買ってきた朝食を頂いて他愛もない話で時間を潰した。


連夜「おはようさん」

佐々木「やっと来たな」


 講義開始三十分前、ようやく張本人が現れた。


連夜「んじゃ確認しに行くか」

虹川「いや、遅ぇよ。もう三十分前じゃねーか」

連夜「バカかお前? 三十分も前なんだよ」

佐々木「確かに漣からすれば三十分前なんて有り得ないからな」

虹川「良くこいつこの大学入れたな」

佐々木「こいつ、成績だけはずば抜けてたから学校側も光星入れるならって細かい内申は入れなかったみたいだし」


 光星大学は野球ではそこそこといったレベルだが、単純に大学のレベルでは東京大学に次ぐほどとも言われている難所である。  だが東京大学と違うところは単純な入試以外でも入学方法がいくつかある。  それらは表向きに推薦としているのもあれば、裏ルートもあるためここでは記述しないでおくが。


虹川「じゃあ何か? 漣は裏ルートってこと?」

連夜「ちゃんと一般入試だよ」

虹川「一般ッ!? 単純な一般入試って東大より倍率高いだろ!?」

連夜「亨介も言ってたろ。俺、頭はいいのよ」

虹川「……なぁ佐々木」

佐々木「ん?」

虹川「首締めていいか?」

佐々木「いや、必要ない」

虹川「あん?」

連夜「――――――!!!!!」

八代「先輩の実力行使!」

虹川「………………」


…………*


連夜「ゲホッ! ゴホッ!」

虹川「んで、さっき確認って言っていたけど何?」

連夜「スルーか? 今の八代さんの行動はスルーなのか!?」

佐々木「………………」

虹川「講義まで時間がねぇ。最初俺と佐々木は一緒だけど、お前は違うだろ?」

連夜「へいへい……分かりましたよ」


 本当に締められて苦しかったのか、まだ声が掠れているが時間がないのも事実のため話を進めることにした。


連夜「昨日、一年の話せるやつには一通り話をしたんだ」

佐々木「何? いつの間に……」

虹川「誰だよ、昨日知らないやつに話しかけるの苦手って言ってたやつは」

連夜「苦手だが出来ないというのはイコールじゃない」

虹川「屁理屈王子だな」

連夜「まぁハッキリ断られたやつも多いが、曖昧だったり話せなかったりってやつらもいるからそいつらに話しかける」

虹川「なるほど」

八代「上級生にはあたらないのか?」

連夜「八代さんは知り合いだったんで誘ってみたんですが、後は正直無理じゃないかと」

虹川「上級生にとっては今の状況の方が良いだろうからね」

連夜「だろうな」

虹川「それでその曖昧だったり話せないやつの名前や講義日程は分かるのか?」

連夜「分かるわけないだろ」

虹川「………………」


 ハッキリと否定されたため、意見を言うタイミングすらも失い呆れるしかなかった。  だがこのままでは話が終わってしまうと佐々木がすかさず突っ込んだ。


佐々木「それでどうすんだよ?」

連夜「俺だってただひたすら声をかけたわけじゃない。目ぼしいやつに絞ってるんだよ」

佐々木「え?」

連夜「とりあえず神木と如月には声をかけた」

佐々木「神木っつったら帝王のか?」

連夜「そうそう。その二人はお前らに任せる。頼んだ」

佐々木「如月の方が分からないんだけど」

虹川「赤槻のやろ?」

連夜「そうそう。亨介、覚えてないのか? 一年も経ってないぞ?」

佐々木「あのな……確かに覚えはあるが顔までハッキリとはしねぇよ」

連夜「でも虹川が分かってるようだし大丈夫そうだな」

虹川「まぁ俺、高校の地域で言えば西東京出身で良く赤槻とは対戦してたし」

連夜「でも赤槻ばっかり檜舞台に出てたのを見ると……」

虹川「………………」

連夜「んじゃ頼んだ!」

佐々木「………………」

八代「ところで俺は?」

連夜「いざとなったら脅してください」

八代「よし任せろ」

虹川「それじゃ向こうと何ら変わりないだろ」

連夜「冗談だ冗談。八代さんは試合の時、こっちの味方さえしてくれればいいですよ」

八代「そうか〜。でもそれじゃあ詰まらんから味方してくれそうなヤツ誘ってみるよ」

連夜「マジッすか? じゃあお願いします」

虹川「まとまったところで時間だし行くか」

佐々木「了解。んじゃまた後でな」

連夜「あいよ」



 結局、連夜が遅れたため話すだけで時間が来てしまいそれぞれ講義場所へ向かった。



…………*



 虹川も佐々木も推薦での入学だが勉学に関しては光星を目指しただけあって  普通に出来るレベルのため講義もしっかり受けていた。


虹川「(しかし……如月って内野手だったし、帝王の神木は確か外野手……なんでバッテリーを最初に確保しないんだ?)」


ブブブ……ブブブ……


 ペンを回しながら講義を聞く虹川、半ば巻き込まれたとはいえそれなりに考えているみたいだ。  そこにポケットに入れている携帯が震えだした。  ペンを置き一応バレないように机の下で開いてみる。


虹川「(誰だ、こんな時に……)」


 送ってきた人物は同じ講義を受けている佐々木からだった。


佐々木『お前の二つ前の列の一番右、多分神木だと思う』


虹川「(ん〜っと……あいつか)」


 佐々木から届いた情報を元に人物を割り出してみる。  確かにその人物は去年の夏の甲子園で見たことがあり薄らと覚えている帝王の神木に見えた。


虹川「(いきなり講義が一緒とはついてるね)」


 佐々木には了解とだけ打ち、再びペンを手に取りメールを見てた分書き損ねていた  講義内容を慌ててノートに書き写した。


…………*


虹川「あ、危ねぇ……」

佐々木「よぉ、声かけてみようぜ」

虹川「あ、あぁ……だけどメール打つ講義も考えてくれ。あのオッサン、めっちゃ書くしすぐ消すし」

佐々木「あぁ、悪い悪い。だけど予め言っとかないと説明してて見失いそうだったから」

虹川「ま、それもそうだな。良し行くか」


 とか何とか言いつつ早くも講義室から出て行こうとしている神木を急いで追う。


虹川「ちょっと待った!」


グイッ


神木「うわっ!?」


 凄い勢いで後ろから肩を引っ張らればそれは驚きもするだろう。  神木の体は反射的にビクッと上へ跳ね上がった。


神木「急になんだよ!」

虹川「すまんすまん。帝王出身の神木だよな?」

神木「そうだけど……お前、確か虹川だっけ?」

虹川「そうそう。覚えててくれたんだ」

佐々木「何だよ、話したことあんなら知ってただろ」

虹川「とりあえず野球部で見たことあるやつは話しかけてる。が、それがどの講義だったかなんて覚えてない」

佐々木「なーるほど」


 威張るなよと突っ込みたかったが、言ってることは最もだったため佐々木も納得せざるおえなかった。


神木「桜花の佐々木か?」

佐々木「あぁ、良く覚えてたな」

神木「桜星や鳩場がやたら買ってたし、あの試合後高杉とかも評価してたからな。印象に残ってた」

佐々木「ふぅん、褒め言葉と取っておくよ」

神木「普通に褒めてんだけどな。で何よ?」

虹川「昨日、漣と話しただろ?」

神木「あぁ……その話か……」

虹川「というわけでよろしく!」

神木「いや、待て待て待て。やるって言ってねぇ」

虹川「あん? なんでよ?」

神木「何でってな……早い話、先輩たちに楯突くんだろ?」

佐々木「ま、まぁね」

神木「普通に考えたらお断りだよ」

虹川「でもさ、漣と話した時、きちんと断らなかったんだろ?」

神木「………………」

虹川「つまり少しでも俺ら側への気持ちがあるってことじゃないのか?」

神木「実はさ、二年に堂本さんって先輩がいるんだけどさ」

虹川「あぁ、昨日話してたやつやろ?」

佐々木「そうそう。そういえば八代さんが帝王出身って言ってたな」

神木「そうなんだ。そして帝王でもそういう言わば二つに分かれての紛争があったんだ」

佐々木「何ぃ!? 帝王でもあったのかよ!」

虹川「そういや噂で聞いたことあるな」

佐々木「噂?」

虹川「そう、俺らが二年の時、帝王がどこぞの学校に負けたってことでニュースになったけど」

佐々木「あぁ、確かに代表校が違ったな……なんだっけな……三年の時、練習試合したんだよな」

虹川「まぁ高校名は良いけどさ、その時に確かに問題になったんだよ」

佐々木「問題?」

虹川「そう。プロ入りした高杉や鳩場とかが出てなかったんだよ」

佐々木「そいつらでもレギュラーになれないほど帝王の層が厚いってことじゃないのか?」

虹川「じゃなきゃ問題にならんわ」

神木「そいつの言う通りだ。早い話、俺がショートのレギュラーで桜星が外れてた。これだけでおかしな話だろ」

佐々木「確かに俺、桜星とは同じ中学だったからそう言われると納得できる。もちろん神木が下手っていう意味じゃないけどな」

神木「気なんか使わなくていいよ。事実だし。ただ更に言えばその年、プロに指名された友澤先輩、結城先輩、州都先輩とかも夏の大会には 出場しなかった。流石に実力はプロのスカウトも見ていたらしく無事に指名まで至ったけど」

佐々木「なるほど……早い話、桜星たちが反乱的な立場なんだな」

神木「そういうこと。そして対立していた相手は堂本先輩が仕切っていた。いや、むしろあの人の独裁国家だったわけだけど」

虹川「で、相手がその堂本だから気まずいってわけか?」

神木「……曲がりなりにもその後、レギュラーとして出れたのは先輩のおかげでもあるから」

虹川「ふぅん……」

佐々木「でもさ、お前三年でもレギュラーだったよな? 桜星たちとは何もなかったのか?」

神木「当然、俺は堂本先輩側だったから決着ついてからはやりづらかったよ。でも桜星たちは自然と受け入れてくれた。 その時、初めて後悔したよ。自分の力でレギュラー取れば良かったって」

佐々木「………………」

神木「俺、桜星と同じショートだった。けど、入部してすぐ分かった、あいつとはレベルが違い過ぎるって。 落ち込んでいた時に声をかけてくれたのが堂本先輩だったんだ」

虹川「上手く弱みをついたわけだ」

神木「……もしあの時、あの状況で俺が桜星たちの側についていたらどうなってただろうと考えることもある。 そして桜星や高杉が買ってた男……漣に似たようなことで誘われた。そりゃ多少悩むさ」

虹川「じゃあOKじゃん。一緒にやろう」

神木「話を最後まで聞け。悩むけど、先のことを考えたら一歩踏み込む勇気はないよ」

佐々木「桜星も漣も共通点があるんだ」

神木「……?」

佐々木「こうと決めたら周りが何といっても変えない頑固者ってこと」

虹川「あー確かにそんな感じするな。出会って二日程度だけど分かるわ」

佐々木「でもな、そんなやつらについていくって後ろを行くものは楽なんだよね。 堂本って人もある意味そうだと思う。だって慕えば考えなくて良いからな」

神木「………………」

佐々木「でもな、決定的に違うのは二人は周りのことを考えない勝手者だが独裁者ではない」

神木「――!」

佐々木「まぁ、実際は周りのやつらを考えての行動だけどな……巻き込むやつらのことは考えないが」


 二人に二度に渡って巻き込みを食らっている佐々木の言葉は重く神木に伝わっていた。


佐々木「力を貸してくれ。お前の力が必要だ」

虹川「高校の時とは違うところ、堂本に見せようぜ!」

神木「……分かった。ちゃんとした返事ではないが前向きに受け取っておく」

佐々木「OK。ありがとな」

虹川「あ、そうだ。如月って知ってるか?」

神木「野球部のか?」

虹川「そうそう、赤槻出身の」

神木「知ってるよ」

虹川「講義とか分かるか?」

神木「あ〜……午前最後ので一緒ってだけだな」

虹川「そうか! じゃあ終わったら……えっと佐々木、あそこなんて言えばいい?」

佐々木「どこよ?」

虹川「あの、今朝集まったところ」


 ちなみに虹川と連夜が初めて話したところと同じ場所なため、今朝集合場所を決めたときは  昼食べたところでっということで済ませたため明確な場所の呼び方ではないため虹川は言葉に詰まった。


佐々木「なんて言えばいいんだ? 学食とかじゃないしな」


 しかし特別に呼び方があるわけでもないため、佐々木も言葉に詰まった。


神木「どの辺ぐらいでいいよ。早くしないと講義が始まる」

虹川「えっと中心部にベンチとか並んでるだろ?」

神木「あぁ」

虹川「そこを左右に探せば見つかると思う」

神木「ほんとアバウトだが了解」


 神木とは話せ、如月とも話すメドがたったため二人は一安心し、次の講義へと向かった。  最初の講義とは違い、考えることも当面はなくなったため講義に集中できたみたいだ。


虹川「気づいたら結構佐々木と似たような時間割だな」

佐々木「まぁ特別何もなければ野球部王道ルートらしいしね」


 神木とは違ったが、同じ野球部で見たことあるやつらも結構いたことに気づいた。  だが漣から名前が出なかった以上、誘っても無駄なんだろうと二人は解釈し講義を受けていた。



…………*



 午前全ての講義を終え、購買で簡単にパンとお茶を購入して朝集合した場所へ来た。  結局、佐々木とは午前後半では別れたため一人で来たのだが、そこには連夜がいて誰かと話している様子だった。


虹川「(確か野球部にいたな……話してないけど)」


 別にこのまま普通に行ってもいいのだが、何となく入って行きづらい雰囲気があり  話している人物たちがいなくなるまで待つことにした。


連夜「なぁ、お前らほどの実力があれば先輩なんて怖くないだろ?」

??「そういう問題じゃないんだな」

連夜「皆河、お前は少なくてもこういうの嫌いじゃないだろ?」

皆河「嫌いじゃねーよ? 嫌いじゃねーけど、俺らは大地さんの顔で入れてもらってるようなもんだしな。 黙って過ごして、四年後プロ入りしたいわけ」

連夜「……そういや、高校に入ってなかったよな? どんだけ力あるんだよ」

??「アホ言うな。大検(※現高認)受けたんだよ。そこまで裏ルート使ってないつーの」

??「それに皆河以外は一般で入ったし」

連夜「ふ〜ん……なるほどね」

皆河「おい漣、今何に対して納得しやがった? 鴻池も失礼なこと言いやがって」

??「ほんとのことだろ」

皆河「フッジーはちょっと黙ってろよ」

藤原「フッジーって言うな」

連夜「な、勝てば問題ないだろ」

皆河「そういう問題じゃないんだよ。な、笹森」

笹森「ま、そういうことだ。応援ぐらいはしてやるよ」

連夜「見てるだけの応援なんていらねぇよ」

鴻池「ま、いくら誘われても俺らはやらないから頑張れよ」

連夜「へいへい、さっさと消えろ」


 交渉は決裂し、手で追い払う仕草をする。  やや遠くで待機していた虹川はその様子を見て連夜に近づいた。


虹川「今の誰?」

連夜「ん? まぁ知り合い。野球部なんだけど断られた」

虹川「ふ〜ん……」

連夜「それよりお前らの方は?」

虹川「神木は多分大丈夫、如月はこれから話をする」

連夜「おっ、そうかそうか。順調で何よりだ」

虹川「ちなみにあんたは何をした?」

連夜「今、あいつらを誘って断られた」

虹川「………………」


 人が一生懸命やってるのに張本人は……と軽く殺意が芽生えた。


佐々木「よぉ、神木と如月来たぞ」

虹川「おっ? なんでまた?」

佐々木「さっき学食で一緒になったんだ」

如月「それで俺に話って何?」

虹川「……ん? 漣、話してないのか?」

連夜「あぁ、如月には明日話があるってだけ」

虹川「なんでまた?」

連夜「練習の終わりに発見してさ……疲れて帰りたかったから」

虹川「………………」

如月「まぁ来る前に神木や佐々木からは事情は聞いたんだけど」

連夜「それなら話が早いな」

如月「やるわけないだろ。何でそんな危険を冒さなきゃいけないんだ?」

虹川「あっさりと交渉決裂か」

連夜「いやいや如月、危険と言うけどな。こっちの方が勝率高いぞ?」

如月「どっちにも参加することはない。勝っても負けても関係ないな」

連夜「人が下手に出てりゃしゃあしゃあと抜かしやがって」

神木「(どこが下手に?)」

虹川「いいだろ、俺と如月の仲じゃん」

如月「お前とそんな仲になった覚えはない」

虹川「でも野球したいだろ?」

如月「……まぁな」

連夜「練習は確かに出来てはいる……だが面白くないだろ?」

如月「確かに言ってることは分かるよ」

連夜&虹川「だったら協力しろよ」

如月「………………」

佐々木「脅すな脅すな」

連夜「だけどな、冗談抜きでお前の力が必要だ。赤槻でプレーしてたお前なら別に先輩たちが怖いとかないだろ?」

如月「いや、そうでもないけど……今の状況は確かに面白くはないな」

虹川「おっ!?」

如月「一つ聞かせろ」

連夜「ん?」

如月「勝算はあるのか?」

連夜「一つのピースさえはまればな。まぁはまらなくても八割勝てると保障するよ」

如月「分かったよ。協力してやる」

連夜「そーこなくっちゃ」

虹川「おぉーサンキュー!」

如月「如月蓮だ。よろしくな」

連夜「むっ……なんか親近感が湧く名前だな」

如月「ところでメンツ的にどんなやつが集まってんの?」

連夜「ここにいる全員と先輩一人」

如月「…………悪ぃ、なかったことにしてくれ」


スタスタスタ


虹川「だぁっ! 待て待て待て!」

如月「どこに勝算があるんだよ」

神木「それは確かに言えるぞ」

連夜「大丈夫大丈夫、俺に任せとけ」

佐々木「(その自信はどこから来るのやら……)」


 それから昼は高校時代の思い出話に花咲かせ交流を深めていった。



…………*



 そして練習時間になり、真っ先に谷澤と連夜は監督に呼ばれた。  その間、他の野球部はアップ及びフリーとなっていた。


虹川「今頃何話してんのかね?」

佐々木「恐らく試合のことだろ。日時とかじゃないかな?」

??「この大学GWにはほぼ休みなしで練習試合組んでるしね。早めにやらなきゃいけないんじゃない?」

虹川「なるほど……誰ですか?」

佐々木「……え?」

??「よぉ、佐々木。久しぶりだな〜!」

佐々木「上戸さん!? なんでここに!?」

上戸「酷ぇ! 光星に進学するって言ってたじゃん!」

佐々木「あ〜……聞いていた気もしますがあの時はドラフトで大騒ぎでしたからね」

上戸「分かってる、分かってるよーだ」

佐々木「すいませんでしたからすねないでください」

虹川「で誰?」

佐々木「上戸さんって言って高校時代の一つ上の先輩」

虹川「おぉ、そうか。虹川和幸って言います、よろしくお願いします」

上戸「おぉ、よろしく。上戸陽平だ」

佐々木「試合のこと、漣から聞いたんですか?」

上戸「いや、漣とも話してないし向こうも気づいてないんじゃないかな?」

佐々木「え? じゃあ何で?」

上戸「堂本ってやつに誘われたんだよね。そこで事情聞いたら漣の名前が出たからさ」

佐々木「なるほど」

虹川「じゃあ上戸さんは向こうのチームってことですか?」

上戸「んにゃ、断った。あいつらみたいにギスギスしたくないんだよね」

佐々木「さすがですね」

上戸「何だったらこっち側でなら参加してもいいよ。八代先輩もこっちで出るんだろ?」

虹川「おぉー! 佐々木、お前の先輩めっちゃええ人じゃん!」

佐々木「い、いいんですか?」

上戸「いいよいいよ。ぶっちゃけ堂本たち、あんまり好きじゃないし」


 こうして上戸も参戦することが決定した。  そこにアップを終えた神木と如月も来た。


神木「漣は?」

虹川「まだだな」

神木「近いうちに試合するんだろうな、きっと」

如月「早い方がいいだろうからな」

虹川「っと、来たぞ」

如月「ん?」


 監督が現れたことで一斉に部員が集合した。  その後ろから谷澤と連夜も現れ、それぞれ部員の中に混じる。


虹川「どうだった?」

連夜「今、それ話すだろ。聞いてみ」


 連夜の言葉通り、監督の口から発せられた一声目は紅白戦を行うだった。


青南波「今年の一年は世間では高杉世代と呼ばれているからな。試してみたいってこともある」


 本来、光星ではこの時期にそんなことは有り得ないため、ザワついている部員に  最もらしいことを言って事態を収めようとしていた。  監督の意図を聞いた部員たちは徐々に落ち着き始め、改めて監督が詳細を話し始めた。


青南波「試合は今度の木曜日、練習終了後に行う。参加希望をする選手は上級生は谷澤、一年は漣に伝えろ。 それぞれ挙手。参加を希望するやつは覚えておけよ」


 谷澤と連夜が手を挙げ、部員の視線が集中する。


青南波「それから――」

八代「はいはーい!」

青南波「……なんだ、八代」

八代「参加って上級生が一年側っていうのは良いんですか?」

谷澤「なっ! 八代、何を言ってる!?」

八代「俺、お前らとやるよりは漣たちの方が良いんだよね」

青南波「……別に構わない」

谷澤「監督!」

青南波「だが、その意味を知っていて言ってるんだな?」

八代「もちろんですよ」

青南波「ならいい」


 監督の言葉の意味に様々な憶測が飛び交い、また部員たちがザワつく。


青南波「ちなみに八代が言った通り、上級生が一年チームに出てもいいし逆もありだ。だがこれはあくまで一年の実力を見るもの。 結果、やはり一年は一年に過ぎなかったと分かればこれまで通りの指導方法で行う」


連夜「んで早い話、一年に手を貸したら上級生でも干すよってことね」


ザワザワザワ


 連夜の付け足しの一言で一気に部員たちのザワつきの声は大きくなっていった。


青南波「まぁどうとるかは個人次第だ。よし練習に移れ」


 監督の声が全員に届いたのか怪しかったが、監督の手振りが練習開始の指示だったことに  部員たちは戸惑いながら、練習に入っていった。


佐々木「おま……何考えてんの?」

連夜「いや中途半端に協力されて後から恨まれても嫌じゃん」

佐々木「一理あるけど……」

虹川「あ、そういやもう一人見つけたぞ」

連夜「おっ、ほんとか?」

上戸「よぉ!」

連夜「…………上戸さん?」

上戸「あーお前もですか、そうですか」

連夜「すいません、意外な人が現れたんでつい」

上戸「俺、こういうキャラだから誤解されるけど内申悪くないんだよ? 体育推薦で入ったとはいえ」

連夜「だからすいませんって」

虹川「これで七人か、順調じゃん」

八代「いいや八人だ!」

虹川「八代さん…………八人?」

八代「俺が一人連れてきた」

虹川「おぉ! ありがとうございます!」

八代「つーわけで藤浜くんだ!」

藤浜「いや、やるなんて一言も言ってないんだけど……」

八代「えー? だって谷澤たちあんまり好きじゃないだろって聞いたらうんって言ったじゃん」

藤浜「確かに好きではないが、そんなリスキーなことしたくはない」

虹川「ん〜……なんでみんな、そう考えるんだろな」

神木「普通だって」

如月「普通だな」

連夜「藤浜さん、お願いしますよ」

八代「いいじゃん、この大学で干されても社会人野球があるし」

藤浜「なんちゅーフォローだ」

八代「そんな保身だから火浦に勝てないんだよ」

藤浜「いや、高校時代から成績は俺の方がいいけど?」

八代「いいや、高校三年のとき火浦が甲子園に行きお前は地区で負けた。そしてドラフトは火浦がかかったが、お前は無理だった。 どこをどう見てお前が勝ってると言える!?」

藤浜「むっ……」

八代「分かったか! お前は勝負度胸がないんだよ!」

藤浜「分かったよ、そこまで言うならやってやる」

八代「というわけでよろしくね」

佐々木「(意外とムキになるタイプなんだな)」

連夜「でもこれで八人ね。後は一人ぐらいいるだろ」

虹川「誰が?」

連夜「俺やお前みたいな考えのやつ。実力があってこういう場をアピールできる場ととれるやつな」

??「そんなこと言って……私が来るって分かっていたくせに」

連夜「その一人として見てただけだよ、鞘師」

鞘師「まぁいいでしょう。協力してあげますよ」

佐々木「鞘師……良いのか?」

鞘師「えぇ、構いません。先ほどそこの先輩も仰ってましたが、私も少々勝負度胸というのがないみたいなんでね」

虹川「どうでもいいけど、喋り方どうにかならん?」

鞘師「すいません、こういう性分なんでね」

虹川「なんか癪に障るんだけど」

如月「そういうやつなんだ。諦めろ」

連夜「ま、とりあえず九人は揃ったわけだし試合は出来そうだな」

佐々木「肝心の守備位置は?」

連夜「まだやってくれるやついるかもしれないし、直前で良いだろ」

佐々木「まぁ……そうだな」

如月「じゃあ練習に戻るか」


 ひとまずのメンバーが決まり、それぞれが練習に戻っていく中、連夜が虹川を呼びとめた。


連夜「虹川、ちょっといいか?」

虹川「ん?」

連夜「高校時代のポジションってどこだ?」

虹川「内野だけど」

連夜「そうか……捕手、やってみないか?」

虹川「あん?」

連夜「これ以上の追加は恐らく望めないだろう。捕手がいねぇ」

虹川「いや、お前が確か捕手じゃなかったか? 一時期騒ぎになったろ、左腕捕手として」

連夜「お前には伝えておくが上級生との試合、俺が投げるんだ」

虹川「…………はい?」

連夜「野球って八割が投手と言っていいほど勝ち負けを左右するポジションだ。 そこに言い出しっぺの俺が入らなきゃ締まらないだろ?」

虹川「素人にマウンド立たれた方が締まらないと思うぞ」

連夜「これでも投手経験はある。甲子園でも投げたことあるしな」

虹川「その試合は見てたけど……大丈夫なん?」

連夜「大丈夫じゃなくてもやらなきゃいけないんだ。しかし本職のキャッチャーがいないのはマズい」

虹川「つまり俺に居残ってでも金曜日までに捕れるようになれと言いたいわけね」

連夜「正解」

虹川「事情は分かった。だけど帰りは無理だ。やるなら昼休みとかにしてくれ」

連夜「なんだと!?」

虹川「こっちにも都合があるんだ。早く帰らなきゃいけない」

連夜「……分かった。だが今日だけは頼む。後は時間見てやるから」

虹川「(今日は麗美子さんが来てくれるらしいし大丈夫か……)分かった。じゃあ練習後な」

連夜「サンキュ」


 今度の試合、ピッチャーを務めるという連夜。そしてその相方は本職どころかキャッチャー経験のない虹川が務めることとなった。  上級生VS一年、一体どんな試合になるのだろうか?


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